2015年12月28日月曜日

審決取消訴訟 特許 平成27(行ケ)10018 不服審判 拒絶審決 請求認容

事件番号
事件名
 審決取消請求事件
裁判年月日
 平成27年12月17日
裁判所名
 知的財産高等裁判所第4部
裁判長裁判官 髙 部 眞 規 子
裁判官 田 中 芳 樹
裁判官 鈴 木 わ か な
「⑵ 引用発明に周知技術Aを適用することの阻害要因について
ア 周知例3及び4には,周知技術A,すなわち,端末装置の種類(通常画面サイズも異なる)に対応する複数のスタイルシート(CSS)をあらかじめ用意しておき,そのうちの1つを選択するようにすることが開示されているものと認められる(甲4,甲5)。
 したがって,周知技術Aは,周知性の有無はともかく,本願優先日当時において公知の技術であったことは明らかである。
 そこで,以下では,引用発明に周知技術Aを適用することにつき,阻害要因の存否を検討する。
イ(ア) 前記2⑵のとおり,従来,サーバ装置から提供されるコンテンツデータは,端末装置の種類等の違いにかかわらず,同一の表示形式で提供されていたので,端末装置の画像解像度によっては,必ずしも提供されたコンテンツデータを適切に表示することができないという問題があった。その対策として,様々な種類の端末装置ごとに別々のコンテンツデータを製作(制作)し,それらのコンテンツデータを端末装置の種類ごとに分けてサーバ装置に用意しておく方法等があったものの,そのような方法においては,サーバ装置側に,バッチファイル等の複数の選択肢(例えば,バッチファイル等)をあらかじめ用意しておく必要があることから,端末装置の種類や機種の増加に伴って,サーバ装置側の製作負荷が膨大なものとなり,コストも増大するという問題がある。
(イ) そこで,引用発明は,これらの問題をいずれも解決すること,すなわち,端末装置の特性や能力等に応じて別々のコンテンツ及び選択肢を用意することなく,コンテンツのメンテナンスに要する負担やコスト等を軽減しつつ,端末装置に応じた最適なコンテンツを提示することができる情報提示装置の提供を課題とした。そして,引用発明は,前記課題解決手段として,ユーザに対して情報を提示する端末装置の表示画面サイズを含む端末情報を取得し,コンテンツを構成するページに対応する構造化データに規定された素材データの提示形式を,前記端末情報に基づいて前記端末装置に合った提示形式に調整した上で,前記素材データをフォーマット変換してXHTML文書とCSSから成るページデータを生成するという構成を採用した。引用発明は,同構成を採用して,各コンテンツに係る素材データにつき,前記調整,変換を行い,最終的に各端末装置に合った提示形式を備えたページデータにすることにより,各端末装置の特性等に応じて複数のコンテンツ及び選択肢を用意しなくても,各端末装置に応じた最適なコンテンツを提供できるようにして,前記課題を解決するものである。
ウ 他方,周知技術Aは,端末装置の種類(通常画面サイズも異なる)に対応する複数のスタイルシート(CSS)をあらかじめ用意しておき,そのうちの1つを選択するようにすることであり,これは,前記イ(ア)において従来技術の一例として挙げた「様々な種類の端末装置ごとに別々のコンテンツデータを製作(制作)し,それらのコンテンツデータを端末装置の種類ごとに分けてサーバ装置に用意しておく方法」と同様に,サーバ装置側に複数の選択肢をあらかじめ用意しておく必要があることから,端末装置の種類や機種の増加に伴って,サーバ装置側の製作負荷が膨大なものとなり,コストも増大するという問題を生じさせるものである。
 そして,この問題は,引用発明がその解決を課題とし,前記イ(イ)の課題解決手段の採用によって解決しようとした問題にほかならない。
 したがって,引用発明に周知技術Aを適用すれば,引用発明の課題を解決することができなくなることは明らかであるから,上記適用については,阻害要因があるものというべきである。」

【コメント】
  本願発明のクレームは以下のとおりです。
A:マルチデバイスに対応したシステムにおいて用いられる装置であって,
B :前記装置は,ネットワークを介して,前記マルチデバイスとしての複数の端末のうちの少なくとも1つの端末に接続されるように構成され,
B1:前記装置は,プロセッサ部とメモリ部とを含み,
B2:前記メモリ部には,少なくとも1つのスタイルシートが予め格納されており,前記少なくとも1つのスタイルシートのそれぞれは,コンテンツの表示形式を定義するものであり,前記少なくとも1つのスタイルシートのそれぞれは,前記少なくとも1つの端末のうちの1つに対応し,
C :前記プロセッサ部は,
C1:要求端末からの要求を前記ネットワークを介して受信することであって,前記要求端末は,前記少なくとも1つの端末のうちの1つである,ことと,
C2:前記要求端末のユーザ・エージェント情報を認識することにより前記要求端末のタイプを判定し,
C3:前記要求端末のタイプに応じたスクリプトを,前記ネットワークを介して,前記要求端末に送信し,前記送信されたスクリプトを前記要求端末が実行することによって前記要求端末において取得された前記要求端末の画面サイズを示す情報を,前記ネットワークを介して,前記要求端末から受信することによって,前記要求端末の画面サイズを示す情報を取得することと,
C4:前記要求端末の画面サイズを示す情報に少なくとも基づいて,前記少なくとも1つのスタイルシートのうちのスタイルシートを選択することと,
C5:前記選択されたスタイルシートに基づく情報を前記ネットワークを介して前記要求端末に提供することと
C :を行うように構成されている,
A :装置
 要するに,様々な端末でのウェブサイトなど,コンテンツの表示をプログラムの再開発などの面倒臭いことを行うことなく,「開発期間を短縮し,開発コストを低減することができ,前記イの課題を解決することができる 」ようにしたものです。

 他方,引用発明のとの一致点・相違点は以下のとおりです。
ア 一致点
A マルチデバイスに対応したシステムにおいて用いられる装置であって,
B 前記装置は,ネットワークを介して,前記マルチデバイスとしての複数の端末のうちの少なくとも1つの端末に接続されるように構成され,
B1 前記装置は,プロセッサ部とメモリ部とを含み,
C 前記プロセッサ部は,
C1 要求端末からの要求を前記ネットワークを介して受信することであって,前記要求端末は,前記少なくとも1つの端末のうちの1つである,ことと,
C2 前記要求端末のユーザ・エージェント情報を認識することにより前記要求端末のタイプを判定し,
C3 前記要求端末のタイプに応じたスクリプトを,前記ネットワークを介して,前記要求端末に送信し,前記送信されたスクリプトを前記要求端末が実行することによって前記要求端末において取得された前記要求端末の画面サイズを示す情報を,前記ネットワークを介して,前記要求端末から受信することによって,前記要求端末の画面サイズを示す情報を取得することと,
C4’前記要求端末の画面サイズを示す情報に少なくとも基づいて,コンテンツの表示形式を定義するものであるスタイルシートを特定すること,
C5’前記特定されたスタイルシートに基づく情報を前記ネットワークを介して前記要求端末に提供することと
C を行うように構成されている,
A 装置

イ 相違点
(ア) 本件審決は,本願発明と引用発明とは,以下の点において相違すると認定した(以下「本件審決認定の相違点」という。)。
 すなわち,本願発明においては,①B1の「メモリ部」が,B2「前記メモリ部には,少なくとも1つのスタイルシートが予め格納されており,前記少なくとも1つのスタイルシートのそれぞれは,コンテンツの表示形式を定義するものであり,前記少なくとも1つのスタイルシートのそれぞれは,前記少なくとも1つの端末のうちの1つに対応し,」とするものであり,②前記アのC4’の「(前記要求端末の画面サイズを示す情報に少なくとも基づいて,コンテンツの表示形式を定義するものである)スタイルシートを特定すること」が,「前記少なくとも1つのスタイルシートのうちのスタイルシートを選択すること」(「C4”」)であり,③前記アのC5’の「特定されたスタイルシート(に基づく情報を前記ネットワークを介して前記要求端末に提供すること)」が,「選択されたスタイルシート(に基づく情報を前記ネットワークを介して前記要求端末に提供すること)」である。
 これに対し,引用発明においては,①本願発明のB1の「メモリ部」に相当するqの「記憶部22」が,本願発明のB2に相当する構成を有しておらず,②前記アのC4’の「(前記要求端末の画面サイズを示す情報に少なくとも基づいて,コンテンツの表示形式を定義するものである)スタイルシートを特定すること」が,前記C4”とすること(そのように選択すること)ではなく,「取得された端末情報に含まれる表示画面サイズに合わせて,前記取得された構造化データに規定された素材データの提示形式を,当該端末装置に合った提示形式に調整し」,「調整後の構造化データにおける素材データの提示形式に相当する部分が最終的にCSSで記述されるようにフォーマット変換して」行うこと(「uv」)であり,③前記アのC5’の「特定されたスタイルシート(に基づく情報を前記ネットワークを介して前記要求端末に提供すること)」が,「選択されたスタイルシート(に基づく情報を前記ネットワークを介して前記要求端末に提供すること)」ではない。


 要するに,本願発明では,端末に応じたスタイルシートというものを予め用意しておくのに対し,引用発明では,端末情報に応じて調整,変換することにより,スタイルシートを生成するという違いが大きな差異です。
 しかしながら周知発明には,「端末装置の種類(通常画面サイズも異なる)に対応する複数のスタイルシート(CSS)をあらかじめ用意しておき,そのうちの1つを選択するようにすることが開示されているもの 」という開示がありましたので,これを引用発明と組み合わせることができれば,本願発明の構成要件はほぼ勢揃いということになります。

 それ故,周知発明を引用発明に適用できるかどうかが最大のポイントになったわけです。
 この点に関し,上記のとおり, 高部さんの合議体では,阻害要因があって組み合わせることができないと認定しました。
 それは,予めスタイルシートを用意しておくような発明の課題を克服しようとして,引用発明が生まれたのだから,そんな先祖返りのようなことはするわけがない!ということなのです。

 そうすると,本願発明というのは先祖返りしたような発明ですので,そもそも本当に進歩性があるのかどうか怪しい気もします。しかし,進歩性とは,抽象的に考えるものではなく,引用発明との差を通じて具体的に考えるものですので,このような結論もありうるところだと思います。
 とは言え,出願人・特許権者としては,知財高裁に係属する際は,是非とも4部を指名したいところだと思います。
  なお,実施者ないし無効審判の請求人としては,是非とも3部を指名したいのではないかと思います。
 上記とも,2015年末現在の話ではあります。
 

2015年12月14日月曜日

審決取消訴訟 特許 平成27(行ケ)10042 不服審判 拒絶審決 請求認容


事件番号
事件名
 審決取消請求事件
裁判年月日
 平成27年12月10日
裁判所名
 知的財産高等裁判所第4部
裁判長裁判官 髙 部 眞 規 子
裁判官 田 中 芳 樹
裁判官 鈴 木 わ か な

「4 取消事由2(相違点2の判断の誤り)について
⑴ 相違点2について
 本願発明と引用発明との間には,相違点2,すなわち,カルシウム含有層が,本願発明では,「実質的にポリマーを含まず,かつ,該顆粒の外表面のほとんどはポリマーで覆われていない」と特定されているのに対して,引用発明では,「粒子の一部が露出した状態で固定されている」と特定されているという相違点が存在する。そして,前記1⑵イのとおり,本願発明の上記特定に係る「該顆粒」は,個々の顆粒を指し,「実質的にポリマーを含まず」の趣旨は,カルシウム含有層中のポリマー含有量が,約0.5重量%未満,好ましくは約0.2重量%未満,より好ましくは約0.1重量%未満,多くの場合皆無であることを意味することから,「該顆粒の外表面のほとんどはポリマーで覆われていない」の趣旨は,「個々の顆粒の外表面の全てではないが,少なくとも半分以上はポリマーで覆われていない」ことを意味する。他方,前記3⑵アのとおり,引用発明の上記特定に係る「粒子の一部が露出した状態で固定されている」は,個々の粒子の一部が,同粒子の基材シートへの固定が妨げられない程度に露出していることを意味するものと解される。そうすると,前記相違点は,実質において,本願発明における「個々のカルシウム化合物の顆粒」及び引用発明における「個々のリン酸カルシウム系化合物からなる粒子」,すなわち,個々のカルシウム系化合物粒子が基材シートから露出する程度の相違であり,本願発明は,引用発明よりも,露出の程度が大きいものと解される。
⑵ 引用発明における粒子の露出
・・・
エ また,本件審決は,引用例【0048】から【0051】には,基材シートと粒子を直接付着する方法等が記載されており,必ずしも「プレス」による付着方法のみが記載されているわけではなく,しかも,「粒子の露出の程度」は,それらの方法に応じて様々なものになることは技術常識であるとして,粒子の露出の程度を適宜変更するべくプレス以外の付着方法を採用することも当業者が容易になし得た旨判断した。
 しかし,前記2のとおり,引用例においては,従来技術の課題を解決する手段として,①基材シートの少なくとも片面側にリン酸カルシウム系化合物からなる粒子を付着させること及び②その粒子をプレスして基材シートに埋入させることが開示されており,本件審決が指摘する【0048】から【0051】は,前記①の「付着」の方法に関するものである。また,前記2によれば,前記②の「プレス」は,前記課題を解決する手段として不可欠なものというべきである。
 したがって,引用例に接した当業者において,前記②の「プレス」を実施しないことは,通常,考え難い。
オ 以上のとおり,引用例の記載において,露出の程度に触れているものはないことに照らすと,引用例には,個々のカルシウム化合物粒子が基材シートから露出する程度につき,大きい方が好ましいことが示されているということはできない。 
⑶ 相違点2の容易想到性
 前記⑵のとおり,引用例には,個々のカルシウム化合物粒子が基材シートから露出する程度につき,大きい方が好ましいことが示されているということはできない。また,本願優先日当時においてそのような技術常識が存在していたことを示す証拠もない。
 したがって,本願優先日当時において,引用例に接した当業者が,個々のカルシウム化合物粒子が基材シートから露出する程度をより大きくしようという動機付けがあるということはできない。
 そうすると,引用例に基づいて,相違点2に係る本願発明の構成に至ることが容易であるということはできない。
 以上によれば,原告主張の取消事由2には,理由がある。」

【コメント】
 本発明は生体内で,骨の代わりとして使う(手術のときなど) 骨複合材の発明のようです。
 クレームは以下のとおりです。
【請求項1】
 (a)合成吸収性ポリマーを含み,第1の面および第2の面を有する第1のポリマー層であって,前記第1のポリマー層がそれに穿孔を有し,かつ,前記第1のポリマー層が薄膜の形態である,前記第1のポリマー層;および 
(b)前記ポリマー層の前記第1の面に化学的,物理的またはその両方で付着し,カルシウム化合物の顆粒を含む第1のカルシウム含有層(該第1のカルシウム含有層は実質的にポリマーを含まず,かつ,該顆粒の外表面のほとんどはポリマーで覆われていない)
 を有する可撓性骨複合材。
 
 図はこのようなものです。

【図1】ポリマー層およびカルシウム含有層を有する本発明の可撓性骨複合材の1実施形態の断面図(ポリマー層30,顆粒22,カルシウム含有層20,可撓性骨複合材10,ポリマー層30の第1の面32および第2の面34。)。

 そして,主引例との一致点・相違点は以下のとおりです。
イ 本願発明と引用発明との一致点
(a)合成吸収性ポリマーを含み,第1の面および第2の面を有する第1のポリマー層であって,前記第1のポリマー層がそれに穿孔を有し,かつ,前記第1のポリマー層が薄膜の形態である,前記第1のポリマー層;および
(b)前記ポリマー層の前記第1の面に化学的,物理的またはその両方で付着した,第1のカルシウム含有層
 を有する可撓性骨複合材である点
ウ 本願発明と引用発明との相違点
(相違点1)
 本願発明は,カルシウム化合物が「顆粒を含む」と規定しているのに対し,引用発明は,そのような規定を有しない点
(相違点2)
 カルシウム含有層が,本願発明では,「実質的にポリマーを含まず,かつ,該顆粒の外表面のほとんどはポリマーで覆われていない」と特定されているのに対し,引用発明では,「粒子の一部が露出した状態で固定されている」と特定されている点

 判旨は相違点2の部分に関する所です。
 要するに,上記の顆粒22の部分について,「個々のカルシウム系化合物粒子が基材シートから露出する程度の相違であり,本願発明は,引用発明よりも,露出の程度が大きい」という違いがあるけれども,これが想到容易かどうか?ということです。
 そして,上記のとおり,高部部長の合議体は, 引用例には露出の程度についての明示の記載はなく,さらに技術常識等の適用もできない(引用例の発明で違う方法をとりえない)ことから,「引用例の記載において,露出の程度に触れているものはないことに照らすと,引用例には,個々のカルシウム化合物粒子が基材シートから露出する程度につき,大きい方が好ましいことが示されているということはできない。 」と判断したわけです。

 とは言え,かなり微妙な判断のような感じもします。
 今回,拒絶査定の不服の審判ということで,被告が特許庁でしたので,ある程度やればいいかなという心持ちが見え隠れします。
 ですので,無効が争いになった場合等,特許庁とは比べものにならない真剣度の相手方(要するに,侵害訴訟での被告)でしたら,技術常識等も探しだして,進歩性無いことを証明できるのではないかと思えます。
 
 

2015年12月9日水曜日

侵害訴訟 特許 平成27(ネ)10075 知財高裁 控訴棄却(請求棄却)

事件番号
事件名
 損害賠償請求控訴事件
裁判年月日
 平成27年11月30日
裁判所名
 知的財産高等裁判所第3部
裁判長裁判官 大 鷹 一 郎
裁判官 大 西 勝 滋
裁判官 神 谷 厚 毅

「控訴人は,①仮にAが本件発明の発明者であると法的に評価される場合であっても,本件の事実関係を前提とすれば,Aは,本件発明について控訴人名義で特許出願を行うべきであると認識し,控訴人代表者もそのことに同意していたと評価できるから,Aから控訴人に対して,本件発明についての特許を受ける権利が黙示的に譲渡されたものであり,②仮に上記①が認められないとしても,Aは,遅くとも,平成15年6月ころ,控訴人が本件発明に係る特許出願等につき,日立ディスプレイズと本件特許等を対象としたライセンス契約を締結し,控訴人においてライセンス料を受領することを容認していたことからすると,Aは,そのころ,控訴人が本件特許を受ける権利の権利者であることを追認し,控訴人は本件発明についての特許を受ける権利を有していたから,本件特許は,その発明について特許を受ける権利を有しない者の特許出願に対してされたものとはいえず,本件特許には,特許法123条1項6号の無効理由は存在しない旨主張するので,以下において判断する。
(1) 上記①について
 控訴人の上記①の譲渡の主張は,Aが本件発明についての特許を受ける権利が自己に帰属することを認識した上で,これを控訴人に対して譲渡するに至った経過や,譲渡の対価の有無及び対価額その他の譲渡の条件等についての具体的な主張を伴うものではなく,Aが本件発明について控訴人名義で特許出願を行うべきであると認識していたからといって直ちにAが本件発明についての特許を受ける権利を控訴人に対して譲渡する意思表示をしたことの根拠となるものではない。他にAが本件発明についての特許を受ける権利を控訴人に対して譲渡する意思表示をしたことを認めるに足りる証拠はない。また,控訴人代表者は,本件発明は,控訴人代表者が自ら発明をしたものであり,本件発明の発明者は控訴人代表者であって,Aではない旨を一貫して供述しており,控訴人代表者の上記供述は,Aにおいて本件発明についての特許を受ける権利が帰属していたことを否定するとともに,控訴人がAから本件発明についての特許を受ける権利の譲渡を受けたことを否定する趣旨の供述であるといえる。そうすると,控訴人代表者の供述から,控訴人がAから本件発明についての特許を受ける権利の譲渡を受けることに同意し,又はこれを承諾する旨の意思表示をしたものと認めることはできない。他にこれを認めるに足りる証拠はない。
 したがって,控訴人の上記①の譲渡の主張は理由がない。
(2) 上記②について
 控訴人の上記②の追認の主張は,仮に上記①の譲渡の主張が認められなとしても,Aは,平成15年6月ころ,控訴人代表者が本件特許を受ける権利の権利者であることを追認したから,控訴人は本件発明についての特許を受ける権利を有していたものであり,追認の対象は,「本件特許を受ける権利の承継」であるというものであるが,その権利の承継がいつ,いかなる態様でされたのかその主張自体から明らかではない。また,仮に控訴人の上記②の追認の主張は,Aが本件発明についての特許を受ける権利を控訴人に承継させる意思表示をしたことを意味するのであるとすれば,上記①の譲渡の主張との実質的な違いは明らかとはいえないのみならず,Aにおいて控訴人が本件発明に係る特許出願等につき日立ディスプレイズと本件特許等を対象としたライセンス契約を締結し,ライセンス料を受領することを容認していた事実があるからといってAが本件発明についての特許を受ける権利を控訴人に承継させる意思表示をしたことの根拠となるものではなく,他にこれを認めるに足りる証拠はない(かえって,上記事実は,Aが控訴人代表者又は控訴人の名義を借りて特許出願をしていたこと(原判決62頁20行目から63頁8行目)をうかがわせるものといえる。)。
 したがって,控訴人の上記②の追認の主張は,理由がない。」

【コメント】
 原審は,東京地裁平成25(ワ)14849号(平成27年4月24日判決)で,東京地裁民事40部の東海林部長の合議体でした。

 発明は, 以下のようなクレームの,液晶ディスプレイに関するものです。
A 基板上に走査信号配線と映像信号配線と前記走査信号配線と映像信号配線との各交差部に形成された薄膜トランジスタと前記薄膜トランジスタに接続された液晶駆動電極と,少なくとも一部が前記液晶駆動電極と対向して形成された共通電極とを有するアクティブマトリックス基板と,
B 前記アクティブマトリックス基板に対向する対向基板と,
C 前記アクティブマトリックス基板と前記対向基板に挟持された液晶層と
D からなる横電界方式液晶表示装置において,
E 前記走査線信号配線と前記映像信号配線と前記液晶駆動電極と前記共通電極とがそれぞれ絶縁膜を介して互いに異なった層に形成分離されており,
F かつ共通電極がアクティブマトリックス基板のパッシベージョン層の上に形成され,配向膜と直接接触しており,
G かつ映像信号配線の両側に映像信号配線とオーバーラップするように共通電極が配置され,
H かつ各画素の共通電極は映像信号配線の上層で互いに連結されている
I ことを特徴とする横電界方式液晶表示装置。


 IPS方式のLCDで,TFT基板上のショートなどを防止するのが目的のような発明です。

 さて,一審では驚いたことに,冒認による無効の抗弁が成立し,権利行使不能となってしまいました。

以上の事情を総合考慮すると,本件発明の構成要件Eに係る構成は,原告代表者が着想したとは認めるに足りず,少なくとも,被告らの主張する冒認を疑わせる具体的な事情を凌ぐ立証がされたということはできないばかりか,むしろこれを着想し,具体化して発明を完成させたのは,Bⅰであると認めるのが相当である。

 ここでいうBiというのは,原告代表者とのソニー時代からの知り合いで,今回の発明の明細書等を作成した液晶に関する知識を有する人物のことです。さらに,この人物は,本件の補助参加人であるエルジーディスプレイにソニー退社後入社していたりしたようです。

 ですので,この一審判決で認定されたように,真の発明者はこのBiである可能性が高いのです。それ故一審では無効の抗弁が成立し,二審でもその認定を覆すことはできなかったのです。

 ただ,発明者から特許を受ける権利を譲り受ければ冒認は解消されます。
 上記の判旨のとおり,二審で原告はこの主張を行ったようです。しかし,証拠が不足していたためか,認定を覆すことはできませんでした。

 とは言え,今回の事件は無理でしょうが,このBiを見つけ出して,譲渡証をまとめれば,万事うまくいくのではないかと思います。
 一審の判旨によりますと, 「Bⅰは,ソニーやセイコープレシジョン株式会社において液晶パネルの開発業務に従事した経験があり,被告補助参加人から液晶パネルの製造工程に関する技術指導を求められ,平成3年5月頃に被告補助参加人に入社した。Bⅰは,平成10年6月頃に被告補助参加人を退社するまで,被告補助参加人において,研究所や液晶パネルの製造工場で液晶パネルの生産ラインの立ち上げや改善等の業務に従事した。」らしいですから,補助参加人からは既に退社しているわけです。

 ですので,通常は友人である原告代表者に協力するのではないかと思います。
 急いで譲渡証をまとめ,あとは既判力の及ばないこの補助参加人を相手にするなど面白いかなあと思います。
 ただ,そのように簡単にできそうなことをやっていなかったわけですので,何らかの高いハードルがあるのかもしれません。

 なお,今回の被告はアップルですが,別特許で東芝を訴えた事件もあります(東地平成25年(ワ)第10151号,控訴審は知財高裁平成27(ネ)10024号。やはり,冒認の無効の抗弁が成立しております。)。冒認の無効の抗弁が成立するなんていう非常に珍しい事例となります。

2015年12月4日金曜日

審決取消訴訟 特許 平成27(行ケ)10026 無効審判 不成立審決 請求認容


事件番号
事件名
 審決取消請求事件
裁判年月日
 平成27年11月24日
裁判所名
 知的財産高等裁判所第2部
裁判長裁判官清水 節
裁判官中村 恭
裁判官中武由紀
「 2 取消事由2(サポート要件違反の判断の誤り)について
 特許法36条6項1号は,特許請求の範囲の記載は「特許を受けようとする発明が発明の詳細な説明に記載したものであること」に適合するものでなければならないと定めている。特許法がこのような要件を定めたのは,発明の詳細な説明に記載していない発明を特許請求の範囲に記載すると,公開されていない発明について独占的,排他的な権利を認めることになり,特許制度の趣旨に反するからである。
 特許請求の範囲の記載が上記要件に適合するかどうかについては,特許請求の範囲の記載と発明の詳細な説明の記載とを対比し,当業者が,特許請求の範囲に記載された発明について,発明の詳細な説明の記載又はその示唆により,当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるかどうか,また,その記載や示唆がなくとも出願時の技術常識に照らし当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるかどうかを検討して判断すべきものである。
 そして,当業者が,特許請求の範囲に記載された発明が,発明の詳細な説明の記載又は示唆あるいは出願時の技術常識に照らし,当該発明の課題を解決できると認識できるというためには,当業者が,いかなる場合において課題に直面するかを理解できることが前提となるというべきであるから,以下,この観点から,訂正発明1の課題を解決できると認識できる範囲のものであるかどうかを検討する。
(1) 訂正発明に係る特許請求の範囲について
 訂正発明1の特許請求の範囲は,前記第2,2に記載のとおりであるところ,磁気検出素子の位置について「縦長形状のカバー」側に固定されていることは特定されているものの,この磁気検出素子がカバーのどの位置に固定されるかは特定されておらず,磁気検出素子がカバー側の任意の位置に固定されること,又は,磁気検出素子が固定されたステータコアがカバー側の任意の位置に成形されることを包含するものである。また,「カバー」について,金属製の「本体ハウジングの開口部を覆い前記本体ハウジングより熱膨張率が大きい樹脂製で縦長形状」であることの特定はあるが,カバーの形状,厚み等についての特定はなく,均一な平板でないものや,凸凹があるもの,左右対称でないもの等も包含するものである。
 また,訂正発明1においては,回転角検出装置の用途についての特定はない
 なお,訂正発明2以下においても,ステータコアが樹脂製のカバーにモールド成形され,このステータコアに直径方向に貫通するように形成された磁気検出ギャップ部に磁気検出素子が固定されていることの特定はあるが,カバーのどの位置に同素子又はステータコアを配置するかに関する特定はなく,回転角検出装置の用途についての特定もない。
(2) 課題について
 訂正明細書によれば,訂正発明1の課題は,次のとおりである。すなわち,スロットルバルブの回転角(スロットル開度)を検出する従来の回転角検出装置において,ホールIC(ホール素子(磁気検出素子)と信号増幅回路とを一体化したIC)を固定するステータコアをモールド成形した樹脂製のカバーは,これを取り付ける金属製のスロットルボディーに比べて熱膨張率が大きく,縦長形状に形成されているため,その長手方向の熱変形量が大きく,しかも,ホールICの磁気検出方向(磁気検出ギャップ部と直交する方向)とカバーの長手方向が平行になっていたため,カバーの熱変形によって,ステータコアと磁石とのギャップが変化して,磁気検出ギャップ部を通過する磁束密度が変化しやすい構成となっていたので,カバーの熱変形によってホールICの出力が変動しやすく,回転角の検出精度が低下するという欠点があった。そこで,カバーの熱変形による磁気検出素子の出力変動を小さく抑えることができ,回転角の検出精度を向上することができる回転角検出装置を提供することを目的とするものである。
 上記によれば,A 樹脂製のカバーは,これを取り付ける金属製の本体ハウジングに比べて熱膨張率が大きいことにより,カバーの熱変形が生じ,本体ハウジングとの間に横(水平)方向の相対的な位置ずれが生じること(以下「横すべり」ともいう。),B カバーが縦長形状に形成されているため,長手方向の熱変形量が大きく,Aの横すべりの長さ(延び)は,短尺方向よりも長手方向が大きいこと,C Bの横すべりの結果,カバーに固定された磁気検出素子の位置がずれ,磁気検出素子と金属製の本体ハウジングに固定された磁石との間のエアギャップが変化すること(以下「磁気検出素子と磁石との位置ずれ」ともいう。),D Cの位置ずれは,短尺方向よりも長手方向が大きいこと,が備われば,当業者は,訂正発明1の上記課題に直面し,これを理解できると解される。
(3) 以上を前提として,当業者が,特許請求の範囲に記載された発明が,発明の詳細な説明の記載又は示唆あるいは出願時の技術常識に照らし,当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるかどうかを検討する。
ア まず,カバーと本体ハウジングとが,ボルトにより固定されるのが通常であることについては,当事者間に争いがないところ,原告は,カバーと本体ハウジングの位置ずれを防止するためには,ボルトをできるだけ強く締めてカバーを固定すべきことは技術常識というべきであるから,ボルト固定力が比較的弱い場合を前提に議論する審決は誤りであり,そもそも,課題に直面することはないと主張する。
 しかし,甲15には,「図10-15に示すようにボルト軸直角方向に振動外力Pが作用する場合,被締付け物間にすべりが発生すると,ボルト・ナット間にゆるみ回転が発生する」(549頁左欄最下行から2行目~右欄1行)との記載があり,部材同士がボルトにより固定されていても,ボルト軸線と直角方向の荷重を受けた場合に被締付け物間にすべりが発生する場合があるということが,本件特許出願時点において機械工学における技術常識であったことが認められる。
 したがって,原告の主張するように,できるだけボルトを強く締めてカバーを固定するとしても,熱や振動によって,ボルトにゆるみが発生し,カバーと本体ハウジングとの間に横すべりが生じる場合があり得ると解され,そのような場合を想定して課題を設定することに問題はない。したがって,原告の上記の主張部分は採用できない。
 もっとも,カバーと本体ハウジングとの間の相対的な位置ずれ(横すべり)は,常に生じるものではなく,審決が述べるように,ボルトの固定力がカバーに生じる熱応力との関係において強い場合には,横すべりはそもそも生じず,ボルトの固定力がカバーに生じる熱応力を下回る場合にのみ,横すべりが生ずる場合があり得るということになる。
イ また,カバーの熱変形が生じ,本体ハウジングとの間に横方向の相対的な位置ずれ(横すべり)が生ずるとしても,短尺方向よりも長手方向に大きくずれるということ(上記B)が常に生ずるものではない
 すなわち,審決も,「熱膨張率が方向によらず均一であり,カバーが縦長形状であれば,その長手方向が短尺方向より大きい」としているように,カバーが均質組成の平板形状でなかったり,カバー内部の温度分布が均一でなかったり,熱膨張により3次元的に変形したりする場合には,実証実験を行うなどして確認しない限り,縦長形状のカバーにおいて横すべりが生じるものとしたとしても,縦長形状のカバーの長手方向が短尺方向に比べて,熱変形量(延び)が常に大きくなるともいえない。
 上記において述べたとおり,訂正発明1の特許請求の範囲にはこの点を特定する記載はない。
ウ これらの点を措いて,カバー内部の温度分布を均一とするとともに,カバー自体が均質組成で,熱膨張により2次元的に変形し,3次元的変形量は無視できるものと仮定したとしても,以下のとおり,横すべりの結果,横すべりが長手方向に大きく生じること(上記B),磁気検出素子の位置がずれ,磁石とのギャップが変化すること(磁気検出素子と磁石との位置ずれ,上記C),及び,その位置ずれは,短尺方向よりも長手方向が大きいこと(上記D)が生じるとは限らない
 すなわち,縦長形状のカバーにおいて,長手方向及び短尺方向の寸法変化(位置ずれ)の大きさは,カバーのボルト等による係止位置とカバー内における磁気検出素子の取付位置との相互の位置関係や,ボルト等の締付力と大いに関係するもので,このことは当業者にとって明らかであり,審決も認めるところである。例えば,長方形のカバーを,その左右の長辺に沿ってそれぞれ均等に3か所,計6か所をボルト等で係止した際に,熱応力とボルト固定力との関係で,カバーの熱応力が勝って熱変形が生じ,かつ,その熱変形量について長手方向が短尺方向よりも大きいとしたとしても,つまり,上記のA及びBを満たすとしても,磁気検出素子をカバーの中心点(対角線の交点)に配置した場合には,磁気検出素子の位置を起点として熱変形が生ずることとなるから,長手方向にも短尺方向にも位置ずれは生じないこととなる。また,左辺側のボルトの締付けが右辺側のボルトに対して相対的に強い場合,右辺側ボルトの近傍の位置においては,短尺方向が長手方向に比べて寸法変化(位置ずれ)が大きくなることは,当業者にとって明らかである。
 そうすると,磁気検出素子の位置は,少なくとも,長尺方向の熱変形の影響により,短尺方向よりも大きく動く位置に配置される場合でなければ,訂正発明1の課題に直面することはないといえるが,訂正発明1に係る特許請求の範囲には,前記のとおり,カバーにおける磁気検出素子の位置についての特定はない
 以上によれば,訂正発明1の特許請求の範囲の特定では,訂正発明1の前提とする課題である「熱変形により縦長形状のカバーの長手方向が短尺方向に比べて寸法変化(位置ずれ)が大きくなること」に直面するか否かが不明であり,結局,上記課題自体を有するものであるか不明である。
 そして,仮に,磁石と磁気検出素子とのずれが,短尺方向に大きく生じる場合においては,磁石と磁気検出素子との間のエアギャップの磁気検出方向への寸法変化は大きくなってしまうのであるから,訂正発明1の課題解決手段である「磁気検出素子をその磁気検出方向と縦長形状のカバーの長手方向が直交するよう配置」したとしても,出力変動は抑制されず,回転角の検出精度も向上しない。
 よって,訂正発明1は,上記課題を認識し得ない構成を一般的に含むものであるから,発明の課題が解決できることを当業者が認識できるように記載された範囲を超えたものであり,サポート要件を充足するものとはいえない。」

【コメント】
 これは,自動車のエンジン等に使われる電子スロットルシステムの発明です。
 クレームは以下のとおりです。

【請求項1】(訂正発明1)
「金属製の本体ハウジングと,
 この本体ハウジング側に設けられて被検出物の回転に応じて回転する磁石と,
 前記本体ハウジングの開口部を覆い前記本体ハウジングより熱膨張率が大きい樹脂製で縦長形状のカバーと,
 このカバー側に固定された磁気検出素子とを備え,
 前記磁石と前記磁気検出素子との間にはエアギャップが形成され,
 前記磁石の回転によって変化する前記磁気検出素子の出力信号に基づいて前記被検出物の回転角を検出する回転角検出装置において,
 前記磁気検出素子は,その磁気検出方向と前記カバーの長手方向が直交するように
配置されていることを特徴とする回転角検出装置。

 こう見てわかるとおり,自動車の電子スロットルに使われることすら書いておりません。
  
 さて,本件の発明は,カバーの熱膨張により,回転角の検出精度が落ちるという課題があり,それを解決したものです。しかし,その課題がどういうときにどういう形で起きるのかという所が,若干あいまいで抽象的です。
 判決が上記のとおり指摘しているシチュエーションは,クレームでの制限がないため,含まれるようにも見えます。ところが,明細書にはそれに対応する記載はないので,広すぎるクレームのようにも思えるのですね。

 そうなると判決の結論も致し方ないように思えます。

2015年11月30日月曜日

審決取消訴訟 特許 平成27(行ケ)10228 無効審判 無効審決 請求棄却

事件名
 審決取消請求事件
裁判年月日
 平成27年11月25日
裁判所名
 知的財産高等裁判所第1部
裁判長裁判官 設 樂 一
裁判官 大 寄 麻 代
裁判官 岡 田 慎 吾

「3 取消事由1(相違点1に関する判断の誤り)について
(1) 本件発明1と甲1発明との相違点1は,審決の認定(前記第2,3(2)ウ(ア))のとおりである。すなわち,本件発明1では,イオン源が「加熱可能なイオンエミッタを有しており,該イオンエミッタの場にさらされる領域が液体金属層で被覆されており」,「前記液体金属層は純粋な金属ビスマスまたは低融点のビスマス含有合金からなり,その際電場の影響下でイオンエミッタを用いてビスマスイオン混合ビームを放射可能であり」,用いるイオンビームが「n≧2」であるのに対して,引用発明では,「一次イオンビームはGa,In,Sn,Au又はBiの液体金属イオンカラム中に生成された金属イオン」であるものの,イオン源の具体的構成が不明で,用いるイオンビームが「n≧1」である点で相違する。
(2) 検討
ア 本件発明1と甲1発明の相違点1のうち,「加熱可能なイオンエミッタを有しており,該イオンエミッタの場にさらされる領域が液体金属層で被覆されて」いる構成のイオン源を,二次イオン及び後からイオン化された中性の二次粒子を分析するための質量分析器において用いることが,周知技術(甲3)であり,甲1発明のイオン源として当該周知のものを用いることに,格別の技術的困難性も,阻害要因も認められないとした審決の判断には誤りがないことは,当事者間に争いがない。
イ 甲1発明の目的は,甲1文献の記載によれば,スパイク確率モデルに基づく計算結果をkeVイオンの有機液滴スパッタリングから得られたデータと比較することによって,スパイク確率モデルの有効性を検証することにあるのに対し,本件発明1の目的は,二次イオン質量分析器の操作において,クラスターイオンに関し,改善された二次イオン生成量を有するイオン源を提供することにあるから,本件発明1と甲1発明では,その目的を共通にするものとはいえない。
 しかし,TOF-SIMS(飛行時間型質量分析器)は,パルス状の一次イオンビームを試料表面に照射し(甲3の2),試料表面から放出される二次イオンを検出して,試料表面の質量分析を行うものであるから,当業者が甲1文献に接すれば,効率のよい測定を行うために,パルス状のイオンビームとしてどのような一次イオンビームを選択すれば,二次イオンの生成量を多くできるのかということについて着想するものと認められる。

 すなわち,甲1文献には,液体金属イオン源(液体金属イオンカラム)を用いた飛行時間型二次イオン質量分析器(TOF-SIMS)用の一次イオンビームとて,①Ga,In,Biの単原子イオン(Bi+,In+,Ga+)ビームを用いた場合(図6),②Auの単原子イオン(Au+,Au2+)ビーム及びクラスターイオン(Au2+,Au3+)ビームを用いた場合(図4),③Biの単原子イオン(Bi+)ビーム及びクラスターイオン(Bi2+,Bi3+)ビームを用いた場合(図2)のそれぞれについて,二次イオン([dAMP-H]-)の生成量を測定した結果がデータとして開示されているのであるから,当業者であれば,甲1発明の目的にかかわらず,甲1文献に開示された測定結果をもとに,甲1文献に列挙された一次イオンビームの中から,二次イオン生成量の多い一次イオンビームを選択して使用することは適宜なし得ることであるといえる。
 そうすると,相違点1を解消して本件発明1の当該構成に想到することができるかについては,甲1文献に列挙された一次イオンビームの中から,Biのクラスターイオンを選択することが可能であるか否かという問題であるといえる。
・・・以上によれば,甲1文献に接した当業者は,一次イオンビームとして単原子イオンビームを用いた場合には,Ga,InよりもAu,Biが二次イオン生成量の点で優れており,さらに,一次イオンビームとして,Au,Biの単原子イオンビームよりも,Au,Biのクラスターイオンビームを用いた場合の方が,二次イオン生成量の点で優れていることを理解する。
 他方,甲1文献には,Au,Biのクラスターイオン生成量についての測定値は記載されていないため,Au,Biいずれのクラスターイオンビームが二次イオン生成量の点で優れているのかについては,直ちには明らかではないと理解するといえる。
 そこで,上記の点について,甲2文献に開示された内容を次に検討する。
ウ 甲2文献に開示された内容
・・・
エ 液体金属イオン源について,多くの応用に向けた開発が行われてきたことなど甲2文献の上記記載によれば,甲2文献に開示された技術内容は,液体金属イオン源の特性に関するものであるといえ,甲1発明と同一の液体金属イオン源を用いる技術分野に関するものであると認められる。
 そうすると,甲2文献の上記記載に接した当業者であれば,Auイオンに比べてBiイオンの方がクラスターイオンの含まれる割合が高いことから,Biのクラスターイオンビームが二次イオン生成量の点で優れていることを理解するのであって,甲1文献に列挙された一次イオンビームの中から,Biのクラスターイオンを選択することは容易になし得ることであるといえる。
 また,甲2文献に開示された実験結果は,およそ液体金属イオン源を用いる技術分野に関するものであれば,特定の分野に限定されることはないものと考えられるから,原告の指摘するように甲2文献が学術論文であったとしても,このことが,液体イオン源を飛行時間型二次イオン質量分析器(TOF-SIMS)用の一次イオンビーム源として用いることを内容とする甲1発明に,甲2文献に開示された実験結果を組み合わせることについての阻害要因になるとは認められない。
 したがって,甲1発明と本件発明1の相違点1に係る構成は,甲1発明と甲2文献に記載の技術等に基づいて,当業者が容易に想到し得たものであると認められるから,この点に関する審決の判断に誤りはない。」

「4 取消事由2(相違点2に関する判断の誤り)について
(1) 本件発明1と甲1発明との相違点2は,審決の認定(前記第2,3(2)ウ(イ))のとおりである。すなわち,本件発明1の試料が「固体試料」であるのに対し,甲1発明の試料は「グリセリン」であって,甲1文献全体の記載を参酌すれば「液体試料」である点で相違する。
・・・
ウ 甲5文献の上記記載によれば,一次イオンとして,金の単原子イオン(Au+)及びクラスターイオン(Au2+,Au3+,Au4+,Au5+)を,脂質EG(Lipid EG),ポリアニオン化合物(R4SiW12O40)及び金のターゲットに衝突させたときに生成される二次イオンの生成量が,クラスターサイズが大きくなるほど増大する傾向にあることが認められる。
 そうすると,甲1文献及び甲5文献の各記載から,Auを一次イオンとした場合には,試料(ターゲット)が液体,固体のいずれであっても,クラスターイオンの方が単原子イオンよりも二次イオンの生成率が高いということができ,スパッタリングの機序が主として物理的な現象によるものであることも考慮すれば,Biを一次イオンとした場合についても同様の結果が得られるものと推認することができる。
 以上に加えて,甲1発明において,固体試料を分析することが通常想定できないものであるなどの特段の事情も認められないことを併せて考慮すれば,甲1発明において,試料を「液体試料」から「固体試料」と置き換えることは,当業者であれば,格別の困難なく容易になし得ることであると認められる。」

【コメント】
 SIMSという分析技術の,一次イオン源に関する発明です。
 クレームはこういうものです。
【請求項1】
 二次イオン及び後からイオン化された中性の二次粒子を分析するための質量分析器であって,固体試料を照射することで二次粒子を発生させるための一次イオンビームを作り出すイオン源と,二次粒子の質量分析のための分析ユニットとを有しており,前記イオン源は,加熱可能なイオンエミッタを有しており,該イオンエミッタの場にさらされる領域が液体金属層で被覆されており,該液体金属層は一次イオンビームとして放射されかつイオン化される金属を含有しており,該一次イオンビームは,異なるイオン化段階とクラスター状態とを有する金属イオンを含有しているものにおいて,
 前記液体金属層は純粋な金属ビスマスまたは低融点のビスマス含有合金からなり,その際電場の影響下でイオンエミッタを用いてビスマスイオン混合ビームを放射可能であり,該ビスマスイオン混合ビームから,それらの質量が単原子の1重または多重に電荷されたビスマスイオンBiP+の複数倍となる複数のビスマスイオン種のうちの1種が,フィルタ手段により,質量の純粋なイオンビームとしてろ過可能であり,該イオンビームは1種類のBiP+イオンのみから成っており,その際n≧2およびp≧1であり,かつnとpはそれぞれ自然数であることを特徴とする質量分析器。
」 (添字のP+は上付き文字です。他方1やnは下付き文字です。)

 審決では,進歩性がないとして,無効になってしまいました。
 ということで,一致点・相違点は以下のとおりです。
イ 一致点
 二次イオン及び後からイオン化された中性の二次粒子を分析するための質量分析器であって,試料を照射することで二次粒子を発生させるための一次イオンビームを作り出すイオン源と,二次粒子の質量分析のための分析ユニットとを有しており,液体金属層は一次イオンビームとして放射されかつイオン化される金属を含有しており,該一次イオンビームは,異なるイオン化段階とクラスター状態とを有する金属イオンを含有しているものにおいて,
 イオン混合ビームから,それらの質量が単原子の1重または多重に電荷された特定のイオンの複数倍となる複数の特定イオン種のうちの1種が,フィルタ手段により,質量の純粋なイオンビームとしてろ過可能であり,該イオンビームは質量が単原子のn倍でp重に電化された1種類の特定のイオンのみから成っており,p≧1であり,かるnとpはそれぞれ自然数である質量分析器
ウ 相違点
(ア) 相違点1
 本件発明1では,イオン源が「加熱可能なイオンエミッタを有しており,該イオンエミッタの場にさらされる領域が液体金属層で被覆されており」,「前記液体金属層は純粋な金属ビスマスまたは低融点のビスマス含有合金からなり,その際電場の影響下でイオンエミッタを用いてビスマスイオン混合ビームを放射可能であり」,用いるイオンビームが「n≧2」であるのに対して,引用発明では,「一次イオンビームはGa,In,Sn,Au又はBiの液体金属イオンカラム中に生成された金属イオン」であるものの,イオン源の具体的構成が不明で,用いるイオンビームが「n≧1」である点
(イ) 相違点2
 本件発明1の試料が「固体試料」であるのに対し,引用発明のそれは「グリセリン」であって,甲1文献の全体の記載を参酌すれば「液体試料」である点 。

 そして,判旨にもあるとおり,相違点1の,「加熱可能なイオンエミッタを有しており,該イオンエミッタの場にさらされる領域が液体金属層で被覆されており」の部分は周知技術ということですので,問題にはなっておりません。
 要するに,ポイントは,液体金属Biのイオンビームが着想可能かどうか?ということです。

 そして,今回の判旨では,甲1と甲2は組み合わせることができる,つまり動機付けはOKとしております(それ故,審決を取消しておりません。)。
 しかし,甲1は,本来のSIMSの使用法ではありません。甲1は,別目的のため(スパイク確率モデルの検討及び妥当性に関して検証)に,SIMSの装置を借用したわけです。ですので,二次イオンを発生させる試料として,相違点2のように,液体試料を使っているわけです。

 また,甲2もSIMSの装置ではありません。甲2は,液体金属イオン源に関してだけの論文です。SIMSに使うことを前提としたものではありません。
 ですので, 今回の判決は,久々の逆張り(つまりはアンチパテント)の判決ではないかと思います。

 数年前の,進歩性でのプロパテント時代なら,これくらいだと動機付けがない!(識者によっては,主引例適格性の問題などと言われているものです。)として,審決が取り消された可能性が結構高いと思います。

 裁判といえども,人が判断するものですから,流行り廃りがあります。
 一時期は何でもかんでも進歩性なしとされました(同一技術分野論などの時代)。
 そして,その後,飯村部長の合議体で,新傾向判決が連発され,それが他の部へも波及し(部長の交代,飯村さんの所長就任など),進歩性プロパテントの時代が到来しました。
 現時点(2015.11)でも,進歩性プロパテントの時代は続いていると思われていたのですが,若干違う面も出てきたわけです。
 この判決は,知財高裁第一部,つまりは設樂所長の合議体の判断ですから,これからの推移を慎重に見守る必要があると思います。
 

2015年11月18日水曜日

行政上告受理事件 特許 平成26(行ヒ)356  審決取消訴訟 請求認容判決 上告棄却


事件番号
事件名
 審決取消請求事件
裁判年月日
 平成27年11月17日
法廷名
 最高裁判所第三小法廷 
裁判長裁判官 木内道祥 
裁判官 岡部喜代子 
裁判官 大谷剛彦 
裁判官 大橋正春 
裁判官 山崎敏充

「上告代理人都築政則ほかの上告受理申立て理由について
1 本件は,特許第3398382号(以下「本件特許」といい,本件特許に係る特許権を「本件特許権」という。)の特許権者である被上告人が,本件特許権の存続期間の延長登録出願に係る拒絶査定不服審判の請求を不成立とした特許庁の審決の取消しを求める事案である。特許権の存続期間の延長登録出願(以下「延長登録出願」という。)の理由となった医薬品,医療機器等の品質,有効性及び安全性の確保等に関する法律(平成25年法律第84号による改正前の題名は,薬事法。以下,同改正の前後を通じて「医薬品医療機器等法」という。)の規定による医薬品の製造販売の承認(以下「出願理由処分」という。)に先行して,同一の特許発明につき医薬品医療機器等法の規定による医薬品の製造販売の承認(以下「先行処分」という。)がされている場合において,先行処分の存在により延長登録出願に係る特許発明の実施に出願理由処分を受けることが必要であったとは認められないとして,特許法(以下「法」という。)67条の3第1項1号に該当することになるか否かが争われている。
2 原審が適法に確定した事実関係等の概要は,次のとおりである。
(1) 本件特許(請求項の数は11である。)は,発明の名称を血管内皮細胞増殖因子アンタゴニストとして,平成4年10月28日に特許出願がされ,平成15年2月14日に設定登録がされた。
 本件特許に係る発明は,血管内皮細胞増殖因子アンタゴニストを治療有効量含有する,がんを治療するための組成物に関するものである。
(2) 被上告人は,平成21年9月18日,販売名を「アバスチン点滴静注用100mg/4mL」,一般名を「ベバシズマブ(遺伝子組換え)」とする医薬品につき,医薬品医療機器等法14条9項の規定による医薬品の製造販売の承認事項の一部変更承認を受けた(以下,この承認を「本件処分」といい,本件処分の対象となった医薬品を「本件医薬品」という。)。本件医薬品は,その有効成分を本件特許の特許請求の範囲の請求項1に記載された「抗VEGF抗体であるhVEGFアンタゴニスト」に当たる「ベバシズマブ(遺伝子組換え)」とし,効能又は効果を「治癒切除不能な進行・再発の結腸・直腸癌」とし,用法及び用量を「他の抗悪性腫瘍剤との併用において,通常,成人にはベバシズマブとして1回7.5mg/kg(体重)を点滴静脈内注射する。投与間隔は3週間以上とする。」などとするものである。本件医薬品の製造販売は,本件特許権の特許発明の実施に当たる。
(3) 本件処分よりも前に,用法及び用量以外を本件医薬品のそれと同じくする医薬品につき,医薬品医療機器等法14条1項による製造販売の承認がされている(以下,この承認を「本件先行処分」といい,本件先行処分の対象となった医薬品を「本件先行医薬品」という。)。本件先行医薬品は,その用法及び用量を「他の抗悪性腫瘍剤との併用において,通常,成人には,ベバシズマブとして1回5mg/kg(体重)又は10mg/kg(体重)を点滴静脈内投与する。投与間隔は2週間以上とする。」とするものである。本件先行医薬品の製造販売は,本件特許権の特許発明の実施に当たる。
(4) 本件先行処分によっては,XELOX療法(1サイクルを3週間とし,内服薬と2時間の点滴薬の投与で済む療法)とベバシズマブ療法との併用療法のための本件医薬品の製造販売は許されなかったところ,本件処分によって初めてこれが可能となった。
(5) 被上告人は,平成21年12月17日,本件処分を受けることが必要であったために本件特許権の特許発明の実施をすることができない期間があったとして,本件特許権につき延長登録出願をしたが,審査官から拒絶査定を受けたので,これを不服として拒絶査定不服審判の請求をした。
(6) 特許庁は,平成25年3月5日,法67条の3第1項1号にいう特許発明の実施は,法67条2項の政令で定める処分(以下「政令処分」という。)の対象となった医薬品の承認書に記載された事項のうち特許発明の発明特定事項(出願人が特許を受けようとする発明を特定するために必要と認める事項)に該当する全ての事項によって特定される医薬品の製造販売行為と捉えるべきところ,本件特許権の特許発明のうち本件医薬品に係る発明特定事項に該当する全ての事項によって特定される範囲は,既に本件先行処分によって実施できるようになっており,本件特許権の特許発明の実施に本件処分を受けることが必要であったとは認められないことを理由に上記審判の請求を不成立とする審決(以下「本件審決」という。)をした。
3 特許権の存続期間の延長登録の制度は,政令処分を受けることが必要であったために特許発明の実施をすることができなかった期間を回復することを目的とするものである。法67条の3第1項1号の文言上も,延長登録出願について,特許発明の実施に政令処分を受けることが必要であったとは認められないことがその拒絶の査定をすべき要件として明記されている。これらによれば,医薬品の製造販売につき先行処分と出願理由処分がされている場合については,先行処分と出願理由処分とを比較した結果,先行処分の対象となった医薬品の製造販売が,出願理由処分の対象となった医薬品の製造販売をも包含すると認められるときには,延長登録出願に係る特許発明の実施に出願理由処分を受けることが必要であったとは認められないこととなるというべきである。そして,このように,出願理由処分を受けることが特許発明の実施に必要であったか否かは,飽くまで先行処分と出願理由処分とを比較して判断すべきであり,特許発明の発明特定事項に該当する全ての事項によって判断すべきものではない。
 ところで,医薬品医療機器等法の規定に基づく医薬品の製造販売の承認を受けることによって可能となるのは,その審査事項である医薬品の「名称,成分,分量,用法,用量,効能,効果,副作用その他の品質,有効性及び安全性に関する事項」(医薬品医療機器等法14条2項3号柱書き)の全てについて承認ごとに特定される医薬品の製造販売であると解される。もっとも,前記のとおりの特許権の存続期間の延長登録の制度目的からすると,延長登録出願に係る特許の種類や対象に照らして,医薬品としての実質的同一性に直接関わることとならない審査事項についてまで両処分を比較することは,当該医薬品についての特許発明の実施を妨げるとはいい難いような審査事項についてまで両処分を比較して,特許権の存続期間の延長登録を認めることとなりかねず,相当とはいえない。そうすると,先行処分の対象となった医薬品の製造販売が,出願理由処分の対象となった医薬品の製造販売を包含するか否かは,先行処分と出願理由処分の上記審査事項の全てを形式的に比較することによってではなく,延長登録出願に係る特許発明の種類や対象に照らして,医薬品としての実質的同一性に直接関わることとなる審査事項について,両処分を比較して判断すべきである。
 以上によれば,出願理由処分と先行処分がされている場合において,延長登録出願に係る特許発明の種類や対象に照らして,医薬品としての実質的同一性に直接関わることとなる審査事項について両処分を比較した結果,先行処分の対象となった医薬品の製造販売が,出願理由処分の対象となった医薬品の製造販売を包含すると認められるときは,延長登録出願に係る特許発明の実施に出願理由処分を受けることが必要であったとは認められないと解するのが相当である。
4 これを本件についてみると,本件特許権の特許発明は,血管内皮細胞増殖因子アンタゴニストを治療有効量含有する,がんを治療するための組成物に関するものであって,医薬品の成分を対象とする物の発明であるところ,医薬品の成分を対象とする物の発明について,医薬品としての実質的同一性に直接関わることとなる両処分の審査事項は,医薬品の成分,分量,用法,用量,効能及び効果である。そして,本件処分に先行して,本件先行処分がされているところ,本件先行処分と本件処分とを比較すると,本件先行医薬品は,その用法及び用量を「他の抗悪性腫瘍剤との併用において,通常,成人には,ベバシズマブとして1回5mg/kg(体重)又は10mg/kg(体重)を点滴静脈内投与する。投与間隔は2週間以上とする。」とするものであるのに対し,本件医薬品は,その用法及び用量を「他の抗悪性腫瘍剤との併用において,通常,成人にはベバシズマブとして1回7.5mg/kg(体重)を点滴静脈内注射する。投与間隔は3週間以上とする。」などとするものである。そして,本件先行処分によっては,XELOX療法とベバシズマブ療法との併用療法のための本件医薬品の製造販売は許されなかったが,本件処分によって初めてこれが可能となったものである。
 以上の事情からすれば,本件においては,先行処分の対象となった医薬品の製造販売が,出願理由処分の対象となった医薬品の製造販売を包含するとは認められない。
5 以上によれば,本件特許権についての延長登録出願に係る特許発明の実施に本件処分を受けることが必要であったとは認められないとする本件審決を違法であるとした原審の判断は,正当として是認することができる。論旨は採用することができない。
 よって,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり判決する。」

【コメント】
 判旨は短いため,全文を載せました。今年は,特許で最高裁の判決が3つもあるという珍しい年ですね。そのうち2つが,知財高裁の大合議判決だったというのは,偶然ではないでしょうね。それだけ重大な事件だということです。
 さて,この事件は,特許の延長登録出願の拒絶審決が発端です。 
 原審は,上記のとおり,知財高裁の大合議なのですが,平成25年(行ケ)第10195号(平成26年5月30日判決)です。他にも3つ事件(10195~10198)があり,全部で4つの知財高裁の判決があったのですが,何故か今回は1つの事件のみに対して,上告受理が申し立てられたようです。
 経緯等はどこかで見て頂くとして,今回問題になったのは, 2度めの延長登録出願だからなのです。ですので,本件での薬事法に基づく処分(本件処分)の前に,先行処分がありました。
【本件処分】
「  ア  延長登録の理由となる処分
  薬事法14条9項に規定する医薬品に係る同項の承認
  イ  処分を特定する番号
  承認番号  21900AMX00921000
  ウ  処分の対象となったもの
  販売名  アバスチン点滴静注用400mg/16mL
  一般名  ベバシズマブ(遺伝子組換え)
  (以下,上記販売名及び一般名で特定される医薬品を「本件医薬品」という。)
  エ  処分の対象となったものについて特定された用途
  「治癒切除不能な進行・再発の結腸・直腸癌に対する他の抗悪性腫瘍剤との併用における,成人への,ベバシズマブとして1回7.5mg/kg(体重)での,投与間隔3週間以上の点滴静脈内注射」
  オ  処分を受けた日
  平成21年9月18日
 カ  政令で定める処分を受けた物が特許請求の範囲に記載されていること
  請求項1に記載の抗hVEGF抗体が処分を受けたベバシズマブ(遺伝子組換え)である。
【先行処分】
ア  処分の根拠
  薬事法14条1項
  イ  承認番号
  21900AMX00921000
  ウ  効能又は効果
  「治癒切除不能な進行・再発の結腸・直腸癌」
  エ  用法及び用量
  他の抗悪性腫瘍剤との併用において,通常,成人には,ベバシズマブとして15mg/kg(体重)又は10mg/kg(体重)を点滴静脈内注射する。投与間隔は2週間以上とする。
 比べるとわかるとおり, 本件処分と先行処分は,用法用量の違いだけで,成分や効能効果は同じです。
 
 原審の知財高裁は,「「その特許発明の実施に政令で定める処分を受けることが必要であった」との事実が存在するといえるためには,①「政令で定める処分」を受けたことによって禁止が解除されたこと(例えば,先行処分を受けたことによって既に禁止が解除されていると評価判断できない こと等),及び,②「政令で定める処分」によって禁止が解除された当該行為が「その特許発明の実施」に該当する行為(例えば,物の発明にあっては,その物 を生産等する行為)に含まれることが前提となり,その両者が成立することが必要」と判示しました(ただし,主張立証責任は,審査官になりますので,①の否定又は②の否定のどちらかの立証でOKです。)

 そして,①の要件は,処分の同一性の判断が必要となります。
 そうすると,薬事法の規定「名称,成分,分量,用法,用量,効能,効果,副作用その他の品質,有効性及び安全 性に関する事項」から,実質的に同一性を判断するものとして,(成分,分量,用法,用量,効能,効果)を抜き出したわけです。
 
 他方,今回の最高裁は,この知財高裁の判断を容認しました。別に新たに具体的な規範を導いたわけではありません。
 ただ,判旨において下線が引かれた所は重要なのでしょう。
 特に,「先行処分の対象となった医薬品の製造販売が,出願理由処分の対象となった医薬品の製造販売を包含すると認められるときは,延長登録出願に係る特許発明の実施に出願理由処分を受けることが必要であったとは認められない」 の部分は,重要です。

 ポイントは,先行処分が本件処分を包含するか否かであり,包含する場合は拒絶してもOKで,包含しない場合は拒絶してはダメということです。
 そして,その時の同一性の判断の要素としては,上記の(成分,分量,用法,用量,効能,効果)で判断するというわけです。
 なお,本件では②の要件を満たすことは前提のようですから,そこは論点とはなっておりません。 

 最高裁は上記のとおり,具体的な規範を提示したわけではありません。しかし,知財高裁の判断を容認しているわけですから,今後の基準としては,知財高裁の示した基準でよいのではないでしょうか。
 つまり,上記の①と②の要件であり,そして①の要件での同一性の判断については,(成分,分量,用法,用量,効能,効果)で判断するということです。
 現行の審査基準もこれと大きく齟齬しているわけではないようですが,同一性の基準は明記するよう再度の改訂はした方がよいでしょう。

 ところで,余計な話ではあるのですが,本件での代理人が気になります。
 仮に原審のとおりの事務所が代理人をやっているということになると,その事務所には,原審の判決を下した裁判長(前知財高裁所長)が天下っています。つまり上告事件の代理人には当該判決を下した者が加わっている可能性があるのです。
 他方,国側の代理人は,特許庁の官僚が指定代理人をするのが普通ですが,今回の上告審の代理人は,訟務検事つまり裁判官が担当しているのです。

 相手方代理人が原審の裁判長だけに?特許庁の官僚では力不足と感じて,わざわざ訟務検事を呼んだのでしょうか。
 兎も角も仮に相手方代理人に,原審の裁判長が加わっていた場合,現役の最高裁の判事と言えどもそれを覆すというのはなかなか大変なのではないかと思います。
 こういう場合,本来李下に冠を正さずという諺のとおり,自らは代理人に加わらないという態度が必要だとは思いますが,どうだったのでしょうか。
 判例雑誌では代理人まで明らかになりますので,はっきりするには,それを待つしかありません。ちょっと気になった次第です。
 
 

 

2015年11月17日火曜日

侵害訴訟 特許 平成26(ワ)27277 東京地裁 請求棄却

事件名
 損害賠償請求事件
裁判年月日
 平成27年10月14日
裁判所名
 東京地方裁判所民事第29部
裁判長裁判官 嶋 末 和 秀
裁判官 笹 本 哲 朗
裁判官 天 野 研 司

「 1 争点2(被告方法が文言上,本件特許発明の技術的範囲に属するか)について
(1) 事案に鑑み,まず,構成要件F4の充足性について検討する。
(2)ア 本件請求項1の記載によれば,本件特許発明は,「Webサーバ・クライアント・システム」(構成要件A)において実現される「Web-POSネットワーク・システムの制御方法」(構成要件I)に関する発明であって,「Web-POSサーバ・システム」が備えるべき構成を構成要件Cにおいて規定し,「Web-POSクライアント装置」が備えるべき構成を構成要件Dにおいて規定した上で,「Web-POSサーバ・システム」「Web-POSクライアント装置」との基本的な関係について,「Web-POSクライアント装置」上の「Webブラウザ」から「Web-POSサーバ・システム」にアクセスすると,「Web-POSサーバ・システム」から「Web-POSクライアント装置」に対し,当該装置において商品の選択や発注に係るユーザ操作を受け付ける「HTMLリソース」が提供されること,当該ユーザ操作に基づく商品の売上情報が「Web-POSサーバ・システム」において管理されることを構成要件Eにおいて規定し,さらに,「Web-POSクライアント装置」上の「Webブラウザ」による処理が,少なくとも(構成要件F1),「カテゴリーの変更または入力(選択)に関する表示制御過程」(構成要件F2),「商品識別情報の入力(選択)のための表示制御過程」(構成要件F3)及び「商品注文内容の表示制御過程」(構成要件F4)を含むべきことを構成要件Fにおいて規定していることが認められる。
 これらのうち,「Web-POSクライアント装置」上の「Webブラウザ」による処理について具体的にみると,まず,「カテゴリーの変更または入力(選択)に関する表示制御過程」については,①「Web-POSサーバ・システム」から「Web-POSクライアント装置」に取扱商品に関する基礎情報に含まれたカテゴリーに対応する「カテゴリーリスト」を含む「HTMLリソース」が供給され,「Web-POSクライアント装置」の「表示装置」に「カテゴリーリスト」が表示されること,②ユーザが,「Web-POSクライアント装置」の「入力手段」により,表示された上記①の「カテゴリーリスト」からカテゴリーを変更又は入力(選択)するごとに,「Web-POSクライアント装置」が「Web-POSサーバ・システム」に変更又は入力(選択)されたカテゴリーに対応する商品基礎情報を含む「HTMLリソース」を要求する「HTTPメッセージ」を送信すること,③「Web-POSサーバ・システム」が上記②で受信した「HTTPメッセージ」に基づき,変更又は入力(選択)されたカテゴリーに対応する商品基礎情報を抽出して,「Web-POSクライアント装置」に同情報を含む「HTMLリソース」を送信し,「Web-POSクライアント装置」の「表示装置」に変更又は入力(選択)されたカテゴリーに対応する商品基礎情報からなる商品リストが表示されることがそれぞれ規定されているものと認められる(以上につき,構成要件F2)。次に,「商品識別情報の入力(選択)のための表示制御過程」においては,④ユーザが「Web-POSクライアント装置」の「入力手段」により,上記③のとおり表示された商品リストにつき商品識別情報を入力(選択)するごとに,「Web-POSクライアント装置」が「Web-POSサーバ・システム」に同商品識別情報に対応する商品基礎情報を問い合わせること,⑤「Web-POSサーバ・システム」が「Web-POSクライアント装置」に上記④のとおり問い合わせられた商品識別情報に対応する商品基礎情報を送信し,「Web-POSクライアント装置」の「表示装置」に商品基礎情報に基づく商品の情報が表示されることがそれぞれ規定されているものと認められる(以上につき,構成要件F3)。さらに,「商品注文内容の表示制御過程」については,⑥上記⑤のとおり表示された商品の情報について,「ユーザが,該入力手段により数量を入力(選択)すると,該数量に基づく計算が行われると共に,前記入力(選択)された商品識別情報と該商品識別情報に対応して取得された上記商品基礎情報に基づく商品の注文明細情報が該入力手段を有する表示装置に表示されると共に,ユーザが,該入力手段によりオーダ操作(オーダ・ボタンをクリック)を行うと,該商品の注文明細情報に対する該数量入力(選択)に基づく計算結果の注文情報が該Web-POSサーバ・システムにおいて取得(受信)される」ことが規定されているものと認められる(構成要件F4)。
 このように,本件特許発明は,「Web-POSクライアント装置」上の「Webブラウザ」による処理について,その表示制御過程(上記①ないし⑥)を具体的に規定しているところ,「Web-POSクライアント装置」上でされたユーザの操作(例えば,上記②におけるカテゴリーの変更又は入力〔選択〕や,上記④における商品識別情報の入力〔選択〕)に対応して,「Web-POSサーバ・システム」において何らかの処理が行われる場合には,その都度,「Web-POSクライアント装置」から「Web-POSサーバ・システム」に何らかの要求が送信されること(例えば,上記②における「HTMLリソース」を要求する「HTTPメッセージ」の送信,上記④における商品識別情報に対応する商品基礎情報の問い合わせ,上記⑥におけるユーザがオーダ操作に対応する計算結果の注文情報の送信〔「Web-POSサーバー・システムにおいて取得(受信)」する以上,「Web-POSクライアント装置」から送信されていることは,明らかである。〕などがこれに該当する。)が明確に規定されているといえる。
 しかるに,本件請求項1は,「ユーザが,該入力手段により数量を入力(選択)する」操作が行われた場合に,構成要件F4にいう「該数量に基づく計算」を「Web-POSサーバ・システム」に行うよう要求することを規定していないのであるから,「該数量に基づく計算」は,専ら「Web-POSクライアント装置」において行われるものと解するのが相当である。
イ 上記アの解釈は,本件特許の出願手続からも裏付けられるところである。
 すなわち,証拠(乙13ないし18)によれば,本件特許の出願人である原告は,本件特許の出願手続において,当初(分割出願時)は,「数量に基づく計算」を「Web-POSクライアント装置」により行うか,「Web-POSサーバ・システム」により行うかについて,本件特許請求の範囲により規定していなかったところ,第1手続補正により,本件特許請求の範囲に「3)商品オーダ内容の操作に関する表示制御,すなわち,上記Web-POSクライアント装置の入力手段を有する表示装置に表示された上記商品の注文明細情報について,ユーザが,該入力手段により,オーダ内容(数量)を入力(選択)すると,該オーダ内容に基づく計算が上記Web-POSサーバ・システムにおいて行われると共に,その結果が上記Web-POSクライアント装置に通知され,また,ユーザが,該入力装置により,オーダ操作(オーダ・ボタンをクリック)を行うと,該商品の注文明細情報に対する該オーダ内容に基づく計算結果の販売情報または注文情報が該Web-POSサーバ・システムにおいて取得(受信)されること」との構成を付加しようとしたこと,特許庁審査官は,同構成を付加する補正は,願書に最初に添付された明細書,特許請求の範囲又は図面に記載した事項の範囲内においてしたものでなく,特許法17条の2第3項に違反するなどの理由により,第1手続補正を同法53条1項により却下する旨の決定をしたこと,原告は,同却下決定を受けて,第2手続補正により,本件特許請求の範囲に「ユーザが,該入力手段により数量を入力(選択)すると,該数量に基づく計算が行われると共に,」との構成を付加したことが認められる。
 上記手続に照らせば,原告は,第2手続補正により,「該数量に基づく計算」が「Web-POSサーバ・システム」により行われ,その結果が「Web-POSクライアント装置」に通知される構成を本件特許請求の範囲から除外したと解するのが相当である(なお,本件明細書の段落【0137】の記載は,上記判断を左右するものではない。)。
 (3) 原告は,構成要件F4にいう「ユーザが,該入力手段により数量を入力(選択)すると,該数量に基づく計算が行われる」とする「計算」について,同計算が行われるのは「Web-POSクライアント装置」側に限定されるものではない旨主張するが,上記説示したところに照らし,採用することができない。
 (4) 以上の解釈を前提に,被告方法が構成要件F4を充足するか検討する。
 証拠(乙1)によれば,被告方法においては,「(ユーザ端末の)表示画面上で,商品の『数量』を入力して『カートに追加』がクリックされると,数量の情報がWebサーバに送られて金額の計算が行われ,計算結果が顧客のコンピュータに送られて表示され・・・ユーザ端末において,入力した数量に基づく金額の計算が行われることはない」(被告システム説明書「4」参照)と認められる(なお,この点は,原告も否定していない。)。
そうすると,仮に,被告システムにおける「ユーザ端末」が本件特許発明にいう「Web-POSクライアント装置」に該当するとしても,構成要件F4にいう「該数量に基づく計算」は,当該ユーザ端末において行われないのであるから,被告方法は,構成要件F4を充足しない。
(5) 以上によれば,構成要件F4以外の各構成要件の充足性につき検討するまでもなく,被告方法が文言上,本件特許発明の技術的範囲に属するということはできない。」
「 2 争点3(被告方法が本件特許発明と均等なものとしてその技術的範囲に属するか)について
・・・(2) 事案に鑑み,まず,前記1において認定説示した本件特許発明と被告方法とが相違する部分(構成要件F4と被告方法との相違部分)に関し,均等の第5要件(上記(1)⑤)の成否を検討する。
 前記1(3)において認定説示したとおり,本件特許の出願人である原告は,本件特許の出願手続において,当初(分割出願時)は,「数量に基づく計算」を「Web-POSクライアント装置」により行うか,「Web-POSサーバ・システム」により行うかについて,本件特許請求の範囲により規定していなかったところ,第1手続補正により,本件特許請求の範囲に「3)商品オーダ内容の操作に関する表示制御,すなわち,上記Web-POSクライアント装置の入力手段を有する表示装置に表示された上記商品の注文明細情報について,ユーザが,該入力手段により,オーダ内容(数量)を入力(選択)すると,該オーダ内容に基づく計算が上記Web-POSサーバ・システムにおいて行われると共に,その結果が上記Web-POSクライアント装置に通知され,また,ユーザが,該入力装置により,オーダ操作(オーダ・ボタンをクリック)を行うと,該商品の注文明細情報に対する該オーダ内容に基づく計算結果の販売情報または注文情報が該Web-POSサーバ・システムにおいて取得(受信)されること」との構成を付加しようとしたこと,特許庁審査官は,同構成を付加する補正は,願書に最初に添付された明細書,特許請求の範囲又は図面に記載した事項の範囲内においてしたものでなく,特許法17条の2第3項に違反するなどの理由により,第1手続補正を同法53条1項により却下する旨の決定をしたこと,原告は,同却下決定を受けて,第2手続補正により,本件特許請求の範囲に「ユーザが,該入力手段により数量を入力(選択)すると,該数量に基づく計算が行われると共に,」との構成を付加したことが認められ,また,同補正により,本件請求項1記載の発明は,「該数量に基づく計算」が「Web-POSクライアント装置」により行われるものに限定されたと解すべきである。
 そうすると,原告は,本件特許の出願手続において,被告方法のような「該数量に基づく計算」が「Web-POSサーバ・システム」により行われ,その結果が「Web-POSクライアント装置」に通知される構成について,これを明確に認識しながら,あえて本件特許請求の範囲から除外したものと外形的に評価し得る行動をとったものというべきである(なお,原告は,前記1において認定説示した本件特許発明と被告方法とが相違する部分〔構成要件F4と被告方法との相違部分〕以外については,被告方法が本件特許発明と同一であるか,少なくとも均等であると主張しているのであるから,同主張を前提とする限り,被告方法は,客観的にみて,本件特許の出願手続において特許請求の範囲から意識的に除外されたものにあたることになるといえる。)。」

【コメント】
 本件は,所謂eコマースの通販サイトに関する発明と言うと早いでしょう。 

 クレームは以下のとおりです。

A:汎用のコンピュータとインターネットを用い,HTTPに基づくHTMLリソースの通信が行われるWebサーバ・クライアント・システムにおいて,
B:商品の販売時点における情報を管理するためのWeb-POSネットワーク・システムの制御方法であって,
C:上記Webサーバ・システムが,取扱商品に関する基礎情報を管理する商品(PLU)マスタDBを備え,該商品(PLU)マスタDBの管理,HTTPメッセージに基づくプログラムの実行及び,HTMLリソースの生成及び供給を行うサーバ装置からなる,Web-POSサーバ・システムであり,
D:上記Webクライアント装置が,タッチパネル,キーボード,マウス,電子ペンからなる入力手段を有する表示装置とWebブラウザを備えた,Web-POSクライアント装置であって,
E:上記Web-POSクライアント装置から,Webブラウザを介し,上記Web-POSサーバ・システムにアクセスすることにより,該Web-POSサーバ・システムから該Web-POSクライアント装置に対し,該Web-POSクライアント装置における商品の選択や発注に係るユーザ操作を受け付けるHTMLリソースが供給されると共に,該Web-POSクライアント装置におけるユーザ操作に基づく商品の売上情報が,該Web-POSサーバ・システムによって管理されるWeb-POSネットワーク・システムにおいて,
F1:上記Webブラウザによる処理が,少なくとも,
F2:1)カテゴリーの変更または入力(選択)に関する表示制御過程,すなわち,上記Web-POSサーバ・システムから上記Web-POSクライアント装置に該Web-POSサーバ・システムの商品(PLU)マスタDBにおいて管理されている取扱商品に関する基礎情報に含まれたカテゴリーに対応するカテゴリーリストを含むHTMLリソースが供給され,該供給されたカテゴリーリストを含むHTMLリソースが上記Webブラウザにおいて処理されることで,該Web-POSクライアント装置の入力手段を有する表示装置に該カテゴリーリストが表示され,ユーザが,該入力手段により,該表示されたカテゴリーリストからカテゴリーを変更または入力(選択)するごとに,該変更または入力(選択)されたカテゴリーに対応する商品基礎情報を含むHTMLリソースを要求するHTTPメッセージが上記Web-POSサーバ・システムに送信され,該要求のHTTPメッセージに基づき,該Web-POSサーバ・システムの商品(PLU)マスタDBにおいて管理されている取扱商品に関する基礎情報から該変更または入力(選択)されたカテゴリーに対応する商品基礎情報が抽出され,該抽出された商品基礎情報を含むHTMLリソースが生成されると共に,該Web-POSクライアント装置に送信され,該送信された商品基礎情報を含むHTMLリソースが該Webブラウザにおいて処理されることで,該変更または入力(選択)されたカテゴリーに対応する商品基礎情報からなる商品リストが該入力手段を有する表示装置に表示される,ユーザが所望するカテゴリーの商品(PLU)リストが表示される,カテゴリーの変更または入力(選択)に関する表示制御過程,
F3:2)商品識別情報の入力(選択)のための表示制御過程,すなわち,上記Web-POSクライアント装置の入力手段を有する表示装置に表示された上記カテゴリーに対応する上記商品(PLU)リストにおいて,ユーザが,該入力手段により,商品を特定するための商品識別情報を入力(選択)するごとに,該入力(選択)された商品識別情報に対応する商品基礎情報が上記Web-POSサーバ・システムに問い合わされて取得され,該取得された商品基礎情報に基づく商品の情報が該入力手段を有する表示装置に表示される,ユーザが所望する商品の情報が表示される,商品識別情報の入力(選択)のための表示制御過程,
F4:3)商品注文内容の表示制御過程,すなわち,上記Web-POSクライアント装置の入力手段を有する表示装置に表示された上記商品の情報について,ユーザが,該入力手段により数量を入力(選択)すると,概数量に基づく計算が行われると共に,前記入力(選択)された商品識別情報と該商品識別情報に対応して取得された上記商品基礎情報に基づく商品の注文明細情報が該入力手段を有する表示装置に表示されると共に,ユーザが,該入力手段によりオーダ操作(オーダ・ボタンをクリック)を行うと,該商品の注文明細情報に対する該数量入力(選択)に基づく計算結果の注文情報が該Web-POSサーバ・システムにおいて取得(受信)されることになる,ユーザが所望する商品の注文のための表示制御過程,を含み,
G:更に,上記Web-POSサーバ・システムにおいて,上記商品(PLU)マスタDBの1レコードが1商品に対応し,該レコードに上記商品識別情報に対応するフィールドが含まれることで,取扱商品に関する商品ごとの基礎情報が,該商品識別情報に対応するフィールドを含むレコードによって管理されることで,上記Web-POSクライアント装置におけるユーザ操作に基づく商品選択時点のPLU情報が,Webブラウザを介して,上記Web-POSサーバ・システムから供給されると共に,該PLU情報に基づく商品ごとの注文情報が,Webブラウザを介して,該Web-POSサーバ・システムにおいてリアルタイムに取得される,Web-POSネットワーク・システムによるPOS管理(商品の販売時点における情報の管理)が実現され,
H:更にまた,上記Web-POSサーバ・システムにおいて,上記Web-POSクライアント装置からリアルタイムで取得(受信)した上記商品の注文情報を売上管理DBに反映する売上管理DBへの登録過程を含むことで,上記Web-POSクライアント装置におけるユーザによる商品の注文操作が,Webブラウザを介するだけで,該商品ごとの注文情報として上記Web-POSサーバ・システムにおいて取得され,該取得された商品ごとの注文情報に基づく売上管理が実現されることを特徴とする
I:Web-POSネットワーク・システムの制御方法。

 クレーム自体は非常に長いのですが,通販サイトでの遷移をそのまま書いたようなクレームですので,それほどわかりにくいということはありません。

 さて,ポイントは,上記F4のところです。要するに,ユーザが買いたい商品をクリックし,それが複数個だった場合等に数量を入力することになるわけですが,その場合の小計の計算はどこでやるのか?っていうところです。

 それは,ウェブを用いたサーバクライアントシステムですので,サーバーでやるか,クライアントでやるか2つに一つです。
 
 とは言え,本来,このような小計をどこでやるかなんて大した話ではありませんから,特許の明細書上,またはクレーム上は,どこでもよい,クライアントでもサーバーでも,または第三サーバーでもよい, とするのが良い明細書というわけです。

 しかし,この事件では,クレーム解釈上,クライアント限定ということにされました。なぜなら,出願人(特許権者)が,審査段階で,サーバーでの計算の場合について限定する補正をしようとしたところ,新規事項追加ということでその補正は却下され,代わりに,今のようなクレーム,すなわち,計算はクライアントで行うようなものになったという経緯があるからです。
 勿論,初めのクレームには,小計の計算をどこでやるかなんていう限定はありませんでした。しかし,補正において,サーバーでの計算がNGで,クライアントでの計算がOKということは,明細書中には,クライアントでの計算の記載しかなく,しかもその他の場合を許容する記載がなかったのでしょう。

 これは実にまずいです。

 非常に有効な先行技術があり,それにサーバー計算の話が書いてあったので,無効事由を防ぐためにクライアントでの計算に限定したのであれば,まだ言い訳が立ちます。しかし,そんなことではなく,単なる想像力の不足により,本来広がるはずの権利範囲が狭くなったわけですので,責任は重大だと思います。
 今回の件は実に色んな勉強をさせてくれる素材だと思います。このような明細書の書き方について,重要な示唆ももたらせてくれますし,別紙の記載内容も参考になります。
 さらに,明細書の件もそうですが,このようなタイプの技術における,特許制度の意義についてもちょっと考えてしまう感もあります。