2015年9月28日月曜日

審決取消訴訟 特許 平成26(行ケ)10026 無効審判 不成立審決 請求棄却

事件番号
事件名
 審決取消請求事件
裁判年月日
 平成27年9月24日
裁判所名
 知的財産高等裁判所第4部
裁判長裁判官 髙 部 眞 規 子
裁判官 田 中 芳 樹
裁判官 柵 木 澄 子

「 (2) 本件発明1について
 そこで,本件発明1が引用発明1-1に基づき容易に発明をすることができたかについて判断するに,事案に鑑み,まず,相違点2の容易想到性について検討する。
ア 前記1(2)のとおり,本件発明1は,従来のフェライト系ステンレス鋼をベースとし,高温水蒸気雰囲気に曝される石油系燃料改質器の環境を考慮して,加熱初期の酸化皮膜を強化するとともに,中温から高温域での高温強度を改善し,常温から900℃前後の高温に至る温度域で,水蒸気等を含む酸化性の雰囲気に曝され,水素の需要に応じて加熱・冷却が頻繁に繰り返される過酷な環境下で十分な耐久性を呈するとの改質器の要求特性を満足する燃料電池用石油系燃料改質器用フェライト系ステンレス鋼を提供することを目的とし,かかる課題を解決する手段として,本件発明1の特許請求の範囲請求項1の構成を採用することにより,Cr系酸化物が安定化した酸化皮膜が表面に形成され,高温雰囲気に長時間曝された状態でも酸化皮膜が優れた環境遮断機能を呈し,高温水蒸気雰囲気下での酸化や硫化が防止され,また,組織強化により優れた耐熱疲労特性が維持されるため,過酷な高温水蒸気雰囲気下で稼動され,高温から常温の広い温度域にわたって加熱・冷却が繰り返される燃料電池用石油系燃料改質器に好適な材料として使用されることができるとの効果を有するものである。
 これに対して,前記(1)のとおり,引用発明1-1は,排気ガスによって強い酸化を受けるととともに繰り返し加熱と冷却(約50℃から850℃の範囲で変化する)を受け,引っ張り応力と圧縮応力を交互に受ける自動車エンジンのマニホールドの材料として,自動車エンジンの高出力化及び高効率化に伴って排気ガス温度が900℃を超えるものについても,良好な加工性と溶接性を備えるとともに,優れた耐酸化性と耐熱疲労特性を有する自動車エンジンのマニホールドなどに好適なフェライト系ステンレス鋼を提供することを目的とし,かかる課題を解決する手段として,耐熱疲労特性を高めるためにC含有量をできるだけ低くし,炭化物の結晶粒界への析出を少なくし,やむを得ず析出するものは結晶粒内に広く分散させ,所定温度域での脆化を防止するとともに耐酸化性を向上させるために,Crの含有量を減らすと同時に適正量のAlを含有させることで,高い耐熱疲労特性と耐酸化性を兼備させることができるとの知見に基づき,特許請求の範囲記載のフェライト系ステンレス鋼とすることにより,加工性がよく,しかも高温環境における耐酸化性と耐熱疲労特性がともに優れ,最近の高性能化された自動車エンジンのマニホールドなどの材料として最適であるとの効果を生じるものである。
 そして,当業者が,引用発明1-1に基づいて,引用発明1-1に開示されたフェライト系ステンレス鋼を,本件発明1の燃料電池用石油系燃料改質器の用途に使用することを容易に想到できたか否かを判断するに当たっては,引用発明1-1に係るフェライト系ステンレス鋼について,これを本件発明1の燃料電池用石油系燃料改質器用のフェライト系ステンレス鋼に用いることについての動機付けがあり,本件発明1の上記の高温水蒸気耐酸化性,耐熱疲労特性,高温強度を備えるものとすることを容易に想到し得るかを検討しなければならない。
 イ 引用発明1-1のフェライト系ステンレス鋼は,自動車エンジンのマニホールドなどの材料に好適なものとされており,引用例1には,引用発明1-1のフェライト系ステンレス鋼を燃料電池用石油系燃料改質器の部材として使用することについての記載も示唆もない。・・・
オ 引用発明1-1に基づく容易想到性について
(ア) 前記アないしエによれば,引用例1には,引用発明1-1のフェライト系ステンレス鋼を燃料電池用石油系燃料改質器の部材として使用することについての記載も示唆もない上,当業者であっても,引用発明1-1に係るフェライト系ステンレス鋼が,少なくとも燃料電池用石油系燃料改質器に要求される高温水蒸気耐酸化性及び耐熱疲労特性を備えるものと予測することは困難であるから,引用発明1-1のフェライト系ステンレス鋼を燃料電池用石油系燃料改質器に用いることについての動機付けがないというべきである。
 そうすると,当業者が,引用発明1-1に基づいて,引用発明1-1のフェライト系ステンレス鋼を,燃料電池用石油系燃料改質器に用いることを容易に想到し得たということはできない。」

【コメント】
 引用発明については,2系統あるのですが,そのうち1系統のみ示します。進歩性を有するという論理付けが,双方で基本同じでしたので。

 本件発明1は以下のとおりです。
【請求項1】
Cr:8~35質量%,C:0.03質量%以下,N:0.03質量%以下,Mn:1.5質量%以下,S:0.008質量%以下,Si:0.8~2.5質量%及び/又はAl:0.6~6.0質量%を含み,更にNb:0.05~0.80質量%,Ti:0.03~0.50質量%,Mo:0.1~4.0質量%,Cu:0.1~4.0質量%の1種又は2種以上を含み,残部がFe及び不可避的不純物からなり,Si及びAlの合計量が1.5質量%以上に調整された組成を有していることを特徴とする燃料電池用石油系燃料改質器用フェライト系ステンレス鋼。

 つまり,ある特殊用途(燃料電池用石油系燃料改質器用)の合金(鉄系)の発明です。
 他方,引用発明1-1との一致点・相違点は,以下のとおりです。
ア 一致点
Cr13.27%,C0.005%,Mn0.52%,Al2.02%,Nb0.10%,Ti0.06%を含み,残部がFe及び不可避的不純物からなり,Si及びAlの合計量が2.51%に調整された組成を有しているフェライト系ステンレス鋼

イ 相違点
(ア) 相違点1
本件発明1がN:0.03%以下,S:0.008%以下と規定しているのに対して,引用発明1-1がこれらを規定していない点
(イ) 相違点2
本件発明1が燃料電池用石油系燃料改質器用と規定しているのに対して,引用発明1-1がこれらを規定していない点

 上記のとおり,重要なのは,相違点2です。つまり,用途が全然違うということが重要なわけです。
 本件発明1が,燃料電池用石油系燃料改質器用で,他方,引用発明1-1は, 自動車エンジンのマニホールド用(排気ガスの出るパイプがグニャグニャしている部分です。)で,かなり用途が違うのですね。
 そうすると,どのような化学組成の気体,圧力,頻度,時間に耐えればよいかなどの点に大きな違いがあることが容易に推察されます。
 この点,用途発明の技術的範囲の認定と,発明の要旨認定の件について,PBPクレームと同様の論点もあるのですが(客観的構成以外のものが構成要件に入り込んでいる点),PBPクレームとは異なり, 技術的範囲の認定と,発明の要旨認定との間に齟齬がありませんので(例えば,裁判所と特許庁審査の間で),大きな問題とはなっておりません。
 ですので,今回,進歩性の論点に当たり,客観的構成の差異の方ではなく(客観的構成も異なりました。),用途の差異に着目して, 判示したというのは実に着目すべき点ではないかと考えます。
 

2015年9月25日金曜日

審決取消訴訟 特許 平成26(行ケ)10157 無効審判 無効審決 請求棄却

事件番号
事件名
 審決取消請求事件
裁判年月日
 平成27年9月16日
裁判所名
 知的財産高等裁判所第3部
裁判長裁判官 大 鷹 一 郎
裁判官 田 中 正 哉
裁判官 神 谷 厚 毅

「 イ 前記アによれば,本件明細書には,訂正発明1に関し,次のような開示があることが認められる。
(ア) 従来の表面実装型発光装置の成形体に遮光性樹脂として用いられる熱可塑性エンジニアリングポリマーは,耐熱性に優れるものの分子内に芳香族成分を有するため耐光性に乏しく,発光素子の高出力化に伴う成形体の光劣化が顕著となっており,また,分子末端に接着性を向上させる水酸基等を有しないため,リードフレーム及び透光性封止樹脂との密着が得られないという問題があった(段落【0003】,【0005】)。
(イ) 訂正発明1は,高寿命で量産性に優れた表面実装型発光装置を提供することを目的とするものであり(段落【0007】),上記課題を解決するための手段として,請求項1記載の構成を採用した。
 訂正発明1では,第1の樹脂成形体と第2の樹脂成形体を熱硬化性樹脂にすることにより両者の接着界面が強固になるため,光劣化が少なく,耐剥離性に優れ,経年変化の少ない表面実装型発光装置を得ることができ(段落【0030】),また,第1のリードの発光素子が載置されている領域の主面側と反対の裏面側は,発光素子からの熱を最短距離で外部に放熱できるように,第1の樹脂成形体から露出されているため,極めて効率よく放熱することができ(段落【0034】),さらには,第1の樹脂成形体は,複雑な形状の成形体を成形できるトランスファ・モールドにより成形されているため,凹部を持つ第1の樹脂成形体を容易に成形することができ(段落【0038】,【0050】),その際に,第1のリード及び第2のリードを所定の金型(上金型と下金型)で挟み込んでリードのばたつきを抑制するため,樹脂流動性が良好な熱硬化樹脂を用いても,バリの発生を抑制し,量産性を向上させることができる(段落【0035】,【0049】,【0051】,【0125】)という効果を奏する。・・・
(3) 相違点61の容易想到性の判断の誤り(取消事由1-1)について
 原告は,本件審決が,甲3-1発明において,相違点61に係る訂正発明1の構成とすることは,当業者が設計上適宜なし得る程度のことである旨判断したのは誤りである旨主張するので,以下において判断する。 ・・・
 (イ) 甲3には,甲3-1発明の「第2の樹脂部材」(訂正発明1の「第1の樹脂成形体」に相当)に関し,段落【0057】に「樹脂部3および8は,LEDチップ4から発せられた光を樹脂部3で効率良く反射するために,反射率が高い白色の樹脂から形成されている。また,製造時におけるリフロー工程を考慮して,樹脂部3および8は,耐熱性に優れた樹脂から形成されている。具体的には,上述の両方の条件を満たす液晶ポリマーまたはポリアミド系樹脂などが使用されている。なお,これ以外の樹脂およびセラミックなどについても,樹脂部3および8を形成する材料として使用することができる。」との記載があり,「第2の樹脂部材」(別紙2の図1記載の樹脂部3及び8)に熱可塑性樹脂である「液晶ポリマーまたはポリアミド系樹脂」が使用されていることが具体的に摘示され,「これ以外の樹脂」を使用することができることも記載されている。
 一方で,甲3には,「これ以外の樹脂」についての具体的な例示はなく,「これ以外の樹脂」に熱硬化性樹脂が含まれることを明示した記載はない。
 また,甲3には,「第2の樹脂部材」に酸化チタン顔料が含有されていることについての記載もない。・・・
(オ) 検討
a 前記(ア)及び(イ)によれば,本件出願当時,LEDチップ等の半導体発光素子からの光を傾斜面で反射して半導体発光装置の前面へ出射させるための反射部材の材料として,熱可塑性樹脂材料又は熱硬化性樹脂材料が通常使用される樹脂として認識されており,反射部材を熱硬化性樹脂材料で形成することは,周知技術であったものと認められる。
b 前記(ア)ないし(エ)によれば,本件出願当時,反射部材の反射率を向上させるために,反射部材にTiO2(酸化チタン)等の白色粉末を配合することは,周知技術であったものと認められる。
ウ 相違点61の容易想到性について
(ア) 半導体発光装置の設計に当たっては,反射部材と発光素子の封止部材との結合強度,光透過性,屈折率,温度安定性,機械的強度等が所望の性能となるように調整するため,反射部材と封止部材との部材相互間の接着性,反射部材の反射率等は当然に考慮すべき事項であるといえる。
 そして,前記アによれば,甲3には,「第2の樹脂部材」(別紙2の図1記載の樹脂部3及び8)に使用することができる「これ以外の樹脂」についての具体的な例示はないが,段落【0057】には,「第2の樹脂部材」は,「LEDチップ4から発せられた光を樹脂部3で効率良く反射するために,反射率が高い白色の樹脂から形成されている」こと,「製造時におけるリフロー工程を考慮して…耐熱性に優れた樹脂から形成されている」ことの両方の条件を満たす必要があることが記載されている。
(イ) 前記イ(オ)a認定のとおり,本件出願当時,熱可塑性樹脂材料又は熱硬化性樹脂材料が反射部材において通常使用される樹脂として認識されており,反射部材を熱硬化性樹脂材料で形成することは,周知技術であったものと認められる。
 また,①甲15(「化学大事典」1989年10月20日発行)に「熱硬化性樹脂は一般に三次元構造をとるので,耐熱性,…接着性…が高いので塗料,接着剤として使用されることが多い。」(1719頁)との記載があること,②甲16(「新エポキシ樹脂」昭和60年5月10日発行)に「エポキシ樹脂硬化物の物性や接着性が他の樹脂より優れている」(246頁)との記載があること,③甲27(特開平10-163519号公報)に「【0006】エポキシ樹脂は成形時の流動性及び硬化後の第1のリードフレーム11及び第2のリードフレーム12との密着性に優れているため広く用いられている。…」との記載があることからすると,本件出願当時,エポキシ樹脂等の熱硬化性樹脂が耐熱性及び接着性・密着性に優れていることは,技術常識であったことが認められる。
(ウ) 前記イ(オ)b認定のとおり,本件出願当時,反射部材の反射率を向上させるために,反射部材にTiO2(酸化チタン)等の白色粉末を配合することは,周知技術であったものと認められる。
(エ) 前記(ア)ないし(ウ)を総合すると,甲3に接した当業者には,甲3-1発明の半導体発光装置において,反射部材である「第2の樹脂部材」と封止部材である「第1の樹脂部材」との結合強度を高めるとともに,「第2の樹脂部材」の反射率を向上させるために,本件出願当時,反射部材に使用されることが周知であり,かつ,耐熱性及び接着性・密着性に優れている熱硬化性樹脂を「第2の樹脂部材」として採用し,これにTiO2(酸化チタン)の白色粉末を配合することの動機付けがあるものと認められるから,当業者は,甲3-1発明において,相違点61に係る訂正発明1の構成とすることを容易に想到することができたものと認められる。」

【コメント】
 本件では,進歩性が問題となりました。
 相違点は,以下のとおりですが, 相違点51(本来,1は下付き文字なのですが,表現できないためこのようになっております。)は,原告が争っていないため,相違点61以降が争われています。
 また,上記の判示は,相違点61のみの部分ですが,相違点71も相違点81も,似たような判示のため,省略しました。
 さて,訂正発明1は,以下のとおりです。

 【請求項1】
 発光素子と,発光素子を載置するための第1のリードと発光素子と電気的に接続される第2のリードとを一体成形してなる第1の樹脂成形体と,発光素子を被覆する第2の樹脂成形体と,を有する表面実装型発光装置であって,
 発光素子は,発光波長が420nm以上490nm以下にあり,
 第1の樹脂成形体は,酸化チタン顔料が含有されており,第1の樹脂成形体は,底面と側面とを持つ凹部が形成されており,第1の樹脂成形体の凹部の底面から第1のリードが露出されており,その露出部分に発光素子が載置されており,
 第1のリードの発光素子が載置されている領域の主面側と反対の裏面側は,発光素子からの熱を最短距離で外部に放熱できるように,第1の樹脂成形体から露出されており,
 第1の樹脂成形体と第2の樹脂成形体とは熱硬化性樹脂であり,
 第1の樹脂成形体は,トランスファ・モールドにより成形されていることを
特徴とする表面実装型発光装置。


 他方,引用発明(甲3-1発明)との一致点・相違点は以下のとおりです。
(一致点)
「発光素子と,発光素子を載置するための第1のリードと発光素子と電気的に接続される第2のリードとを一体成形してなる第1の樹脂成形体と,発光素子を被覆する第2の樹脂成形体と,を有する表面実装型発光装置であって,
 第1の樹脂成形体は,底面と側面とを持つ凹部が形成されており,第1の樹脂成形体の凹部の底面から第1のリードが露出されており,その露出部分に発光素子が載置されており,
 発光素子が載置されている主面側と反対の第1のリードの裏面側は,第1の樹脂成形体から露出されている表面実装型発光装置」である点。

(相違点51)
 発光素子の発光波長が,訂正発明1では,「420nm以上490nm以下」にあるのに対して,甲3-1発明では,発光波長は特定されない点。
(相違点61)
 訂正発明1では,第1の樹脂成形体と第2の樹脂成形体とは熱硬化性樹脂であり,第1の樹脂成形体は,酸化チタン顔料が含有されているのに対して,甲3-1発明では,第2の樹脂部材(第1の樹脂成形体)は,反射率が高い白色の樹脂から形成され,第1の樹脂部材(第2の樹脂成形体)は,エポキシ樹脂である点。
(相違点71)
 第1の樹脂成形体が,訂正発明1では,「トランスファ・モールドにより成形されている」のに対して,甲3-1発明では,成形方法は特定されない点。
(相違点81)
 第1のリードの裏面側の露出について,訂正発明1では,「第1のリードの発光素子が載置されている領域の主面側と反対の裏面側は,発光素子からの熱を最短距離で外部に放熱できるように,第1の樹脂成形体から露出されており」と特定されるのに対して,甲3-1発明では,そのように特定されない点。 

 こう眺めるだけでも,相違点の数はあるものの,どれも微差のように感じられます。

 相違点61は熱硬化性樹脂に酸化チタンを配合した点,相違点71はトランスファーモールドにした点,相違点81は熱放出の点です。どれもこれもよくある手です。
 
 そもそも発光素子のモールドの場合,光を反射させる樹脂と素子を固定させ光を透過させる樹脂という二通りの樹脂等を用いるのが定番だったようです。
 そうすると,それ以外のところで何か画期的な工夫があれば兎も角も,発明当時似た技術分野でよく使われていた技術の転用ではなかなか進歩性をクリアするのは難しいのだと思います。
 
 ちなみに,今回の引例である甲3は,無効審判になってから請求人が新しく探してきたもののようですので,そのような近い技術が見つかった時点でアウト!だったのでしょう。

2015年9月24日木曜日

審決取消訴訟 商標 平成27(行ケ)10025 無効審判 不成立審決 請求認容

事件番号
事件名
 審決取消請求事件
裁判年月日
 平成27年9月15日
裁判所名
 知的財産高等裁判所第2部
裁判長裁判官清 水 節
裁判官片 岡 早 苗
裁判官新 谷 貴 昭

「 2 取消事由2について
(1) 商標法4条1項15号にいう「他人の業務に係る商品又は役務と混同を生ずるおそれがある商標」には,当該商標をその指定商品又は役務に使用したときに,当該商品又は役務が他人の業務に係る商品又は役務であると誤信されるおそれがある商標のみならず,当該商品又は役務が上記他人との間にいわゆる親子会社や系列会社等の緊密な営業上の関係又は同一の表示による商品化事業を営むグループに属する関係にある営業主の業務に係る商品又は役務であると誤信されるおそれがある商標が含まれる。そして,上記の「混同を生ずるおそれ」の有無は,当該商標と他人の表示との類似性の程度,他人の表示の周知著名性及び独創性の程度や,当該商標の指定商品又は指定役務と他人の業務に係る商品又は役務との間の性質,用途又は目的における関連性の程度並びに商品又は役務の取引者及び需要者の共通性その他取引の実情などに照らし,当該商標の指定商品又は指定役務の取引者及び需要者において普通に払われる注意力を基準として,総合的に判断されるべきものである(最(三)判平成12年7月11日,民集54巻6号1848頁)。
(2) これを本件について見ると,以下のとおりである。
ア 本件商標は,その外観上,「舞妓図形」,「舞妓マークの」の文字,「京都赤帽」の文字からなる結合商標であって,その構成中に「赤帽」商標と同一の「赤帽」の語を含むものである。また,本件商標は,全体として一個不可分の既成の概念を示すものとは認められないし,その称呼は「マイコマークノキョートアカボー」と14音からなる比較的長い商標であるから,簡易迅速性を重んずる取引の実際においては,その一部分だけによって簡略に表記ないし称呼され得るものであるということができる。
イ 他方,上記認定のとおり,原告の前身団体が,昭和50年5月12日から,「赤帽」の標章を貨物軽自動車に付し,運送事業を開始し,昭和51年7月には,赤帽軽自動車運送共同組合を設立し,その後,全国の京都府を含む各都道府県ごとに,会員組合を設立した上で,昭和53年には各会員組合を連合会組織にして原告が成立し,その組合員に運送業のノウハウを提供する一方,「赤帽」の文字よりなる商標を会員組合員の貨物自動車運送事業のサービスマークとして使用することを許諾する方式の営業を行ってきており,本件商標出願前である平成19年12月には,原告の組合員数は約1万5000名,車両台数は1万8000台となり,平成22年8月ころ以降,組合員数1万3000名程度,車両台数1万5000台程度となった。また,近年においては,原告は,「赤帽」商標の外に,平仮名の「あかぼう」,キャラクターの「あかぼうくん」及び欧文字の「Akabou」をデザイン化した商標も用いているが,原告ないし原告の営業を簡略に表示する場合には「赤帽」の語が用いられ(甲30ないし34),原告の組合員の屋号には「赤帽」の語が冠されるのが通常である。そうすると,「赤帽」商標は,原告の営業を示すものとして,我が国の貨物自動車及び軽自動車等による輸送の役務において,その取引者及び需要者の間に広く認識されているものであって,周知著名性の程度が高い表示である。
 もっとも,「赤帽」の語は,造語ではなく,赤い帽子又は駅において乗降客の荷物を運ぶ人の意味があり,駅において乗降客の荷物を運ぶ人の意味は,本件商標の指定役務である貨物運送業と関連するといえるから,「赤帽」商標の独創性の程度は,造語による商標に比して,低いとも考えられる。しかしながら,駅において乗降客の荷物を運ぶ人を「赤帽」と称することがほとんど見られなくなった現在では,前記認定の事実に照らせば,「赤帽」といえば駅において乗降客の荷物を運ぶ人より原告を想起すると考えられるから,「赤帽」の語が,本件商標の指定役務との関係で識別力が低いとはいえない。そうすると,本件商標の本号該当性の判断をする上で,「赤帽」商標の独創性の程度が低いことを重視するのは相当でないというべきである。
ウ 本件商標を構成する「赤帽」の語以外の部分のうち,「京都」は,地名としての京都府や京都市との観念を生じ,「舞妓図形」及び「舞妓マークの」は,京都の「舞妓さん」を想起させるものである。そして,原告を構成する組合は,京都府にも存在する。
 さらに,「赤帽」商標の周知著名性の程度の高さや,本件商標と「赤帽」商標とにおける役務の同一性並びに取引者及び需要者の共通性に照らすと,本件商標が指定役務に使用されたときは,その構成中の「赤帽」部分がこれに接する取引者及び需要者の注意を特に強く引くであろうことは容易に予想できるのであって,本件商標からは,原告又は原告と緊密な関係にある営業主の業務に係る役務であるとの観念も生ずるということができる。
 この点につき,被告は,被告の顧客が,原告の営業と被告の営業とを混同したことはない旨を証明した「証明願」と題する文書を複数提出する(乙17ないし44)。
 しかしながら,これら文書は,被告と取引関係のある顧客のみが被告の依頼に基づいて提出したものであって,被告と特定の取引のない一般の顧客の認識を証明するものではないから,上記認定を左右するに足りない。
(3) 以上のとおり,本件商標は,「赤帽」商標と同一の部分をその構成の一部に含む結合商標であって,その外観,称呼及び観念上,この同一の部分がその余の部分から分離して認識され得るものであることに加え,「赤帽」商標の周知著名性の程度が高く,しかも,本件商標の指定役務と「赤帽」商標の使用されている役務とが重複し,両者の取引者及び需要者も共通している。これらの事情を総合的に判断すれば,本件商標は,これに接した取引者及び需要者に対し「赤帽」商標を連想させて役務の出所につき誤認を生じさせるものであり,その商標登録を維持する場合には,「赤帽」商標の持つ顧客吸引力へのただ乗りやその希釈化を招くという結果を生じ兼ねないと考えられる。そうすると,本件商標は,商標法4条1項15号にいう「混同を生ずるおそれがある商標」に当たると判断するのが相当であって,「赤帽」商標の独創性の程度が造語による商標に比して低いことや,原告が「赤帽」商標以外の標章も使用していることは,この判断を左右するものでないというべきである(最(二)判平成13年7月6日,裁判集民事202号599頁参照)。
(4) したがって,本件商標の登録は,商標法4条1項15号に違反してなされたものであり,原告の主張する取消事由2は理由があるから,他の取消事由を判断するまでもなく,原告の請求には理由がある。

【コメント】
 被告の商標権(本件商標)は,以下のような商標です。
  
 他方,原告の所有し,原告が引用商標(「赤帽」商標)としたのは,以下を代表とするものです。
 
 そして,本件で問題となったのは,商標法4条1項15号でした。この条文は,「他人の業務に係る・・・役務と混同を生ずるおそれがある商標(第十号から前号までに掲げるものを除く。)」とあり,条文中に,「類似」などという言葉は全く入ってないことに注意です。
 それ故, 「混同を生じるおそれ」とは一体どういう状態のことか,条文からはよくわからない点があるのです。
 この点については,この判決でも引用した判例,(最(三)判平成12年7月11日,民集54巻6号1848頁,デュールダン事件)が,いわゆる広義の混同を生ずるおそれがある商標の定義みたいなもの, 「混同を生ずるおそれ」の有無を判断する基準及びその当てはめを示しました。
 ですので,4条1項15号が問題になったときには,何も考えず,この判例を引いてくればよく,場合によっては,この1年後に出た,パームスプリングスポロクラブ事件(最(二)判平成13年7月6日,裁判集民事202号599頁参照) を補充的に確認すれば済むような感じさえします(この判決も引いてます。)。
 要するに,「混同を生ずるおそれ」=類似+周知のことに過ぎないのではないかと思ってしまうわけです。
 他方,類似の基準に,混同のおそれが入り込んでおります(小僧寿し事件,最高裁平成9年3月11日判決,民集51巻3号1055頁)。
 
 そうすると,これらは何だかトートロジーの様相を呈するのではないかと思います。どうもこの辺が商標って分かりにくいなあって感じる所です。

 さて,本件については,「赤帽」商標が周知でもあり,かつ本件商標の一部がその「赤帽」商標と重複することもあり(審査基準参照),この結論となるのはやむを得ない所だと考えます。