2015年10月29日木曜日

侵害訴訟 特許 平成26(ネ)10109 知財高裁 控訴棄却(請求棄却)

事件番号
事件名
 特許権侵害行為差止等請求控訴事件
裁判年月日
 平成27年10月28日
裁判所名
 知的財産高等裁判所第3部
裁判長裁判官 大 鷹 一 郎
裁判官 大 西 勝 滋
裁判官 田 中 正 哉

「 (1) 本件訂正に係る各訂正事項が訂正要件を満たすものか否かについて
ア 訂正事項①について
(ア) 訂正事項①は,本件発明の構成要件AないしGに,構成要件Oを付加するとともに,本件発明の「経皮吸収製剤」(構成要件G)を「経皮吸収製剤保持シート」(構成要件H’)とするものである。
 訂正事項①に係る訂正について,控訴人は,特許請求の範囲の減縮を目的とするものであり(特許法134条の2第1項ただし書1号),その他の訂正要件も満たす旨主張するのに対し,被控訴人らは,発明の対象を変更するものであるから,「実質上特許請求の範囲を拡張し,又は変更するもの」(特許法134条の2第9項,126条6項)に当たり,訂正要件を欠く旨主張するので,以下,訂正事項①に係る訂正が「実質上特許請求の範囲を拡張し,又は変更するもの」に当たるか否かにつき検討する。
(イ) 特許法は,訂正審判又は特許無効審判における訂正請求による特許請求の範囲等の訂正について,特許請求の範囲の減縮,誤記又は誤訳の訂正,明瞭でない記載の釈明を目的とするものに限って許されるものとし(126条1項,134条の2第1項),更に,「実質上特許請求の範囲を拡張し,又は変更するものであってはならない」(126条6項,134条の2第9項)ことを定めている。これは,訂正をすべき旨の審決が確定したときは,訂正の効果は特許出願の時点まで遡って生じ(128条),しかも,訂正された特許請求の範囲,明細書又は図面に基づく特許権の効力は不特定多数の一般第三者に及ぶものであることに鑑み,特許請求の範囲等の記載に対する一般第三者の信頼を保護することを目的とするものであり,特に,126条6項の規定は,訂正前の特許請求の範囲には含まれない発明が訂正後の特許請求の範囲に含まれることとなると,第三者にとって不測の不利益が生じるおそれがあるため,そうした事態が生じないことを担保する趣旨の規定であると解される。
(ウ) そこで,以上を踏まえて検討するに,本件訂正における訂正事項①は,本件訂正前の請求項1について,同請求項の「水溶性かつ生体内溶解性の高分子物質」の前に「シート状の支持体の少なくとも一方の面に経皮吸収製剤が1又は2個以上保持され,皮膚に押し当てられることにより前記皮膚吸収製剤が皮膚に挿入される経皮吸収製剤保持シートであって,」(構成要件O)を新たに加え,同請求項の「経皮吸収剤。」(構成要件G)を「である,経皮吸収製剤保持シート。」(構成要件H’)に訂正するというものであり,発明の対象を「経皮吸収製剤」という物の発明から「経皮吸収製剤保持シート」という物の発明に変更するものといえる。
 そして,①本件訂正前の特許請求の範囲中には,請求項19として,「シート状の支持体の少なくとも一方の面に請求項1~17のいずれかに記載の経皮吸収製剤が1又は2個以上保持され,皮膚に押し当てられることにより前記皮膚吸収製剤が皮膚に挿入される経皮吸収製剤保持シート」との記載があり,「経皮吸収製剤」の発明とは別に,「経皮吸収製剤保持シート」の発明の記載があること,②本件明細書には,「経皮吸収製剤」の発明は,「難経皮吸収性の薬物等であっても高い効率で皮膚から目的物質を吸収させることができる」という効果(段落【0059】)を奏することが,「経皮吸収製剤保持シート」の発明は,「本発明の経皮吸収製剤を簡便かつ効率的に投与することができる」という効果(段落【0060】)を奏することが記載されるなど,「経皮吸収製剤」の発明と「経皮吸収製剤保持シート」の発明とは,構成及び効果を異にする別個の発明として開示されていることを併せ考慮すると,本件訂正前の請求項1の「経皮吸収製剤」という物の発明を「経皮吸収製剤保持シート」という物の発明に変更する訂正事項①に係る訂正は,実質上特許請求の範囲を変更するものとして,特許法134条の2第9項において準用する同法126条6項に違反するものと認められる。仮にこのような物の発明の対象を変更する訂正が許されるとすれば,「その物の生産にのみ用いる物」又は「その物の生産に用いる物」の生産等の行為による間接侵害(同法101条1号ないし3号)が成立する範囲も異なるものとなり,特許請求の範囲の記載を信頼する一般第三者の利益を害するおそれがあるといえるから,前記(イ)で述べた同法126条6項の規定の趣旨に反するといわざるを得ない。他方で,本件においては,請求項19の「経皮吸収製剤保持シート」の発明について,発明の対象を変更することなく必要な訂正を行い,当該請求項に基づいて特許権を行使することも可能であるから,請求項1について,発明の対象の変更となるような訂正をあえて認めなければ,特許権者である控訴人の権利保護に欠けるという特段の事情もない。
 以上によれば,上記のとおり発明の対象を変更することとなる訂正事項①に係る訂正は,実質上特許請求の範囲を変更するものとして許されないものというべきである。・・・
(2) 小括
 以上によれば,本件訂正前の請求項1に係る本件訂正は,その余の点について判断するまでもなく,訂正要件を欠くものであって許されないものといえる。
 そうすると,控訴人の本件訂正に係る訂正の対抗主張は,その余の点について判断するまでもなく,採用することができない。」

【コメント】
 本件訂正前の請求項1は以下のとおりです。
【請求項1】
 水溶性かつ生体内溶解性の高分子物質からなる基剤と,該基剤に保持された目的物質とを有し,皮膚に挿入されることにより目的物質を皮膚から吸収させる経皮吸収製剤であって,
 前記高分子物質は,コンドロイチン硫酸ナトリウム,ヒアルロン酸,グリコーゲン,デキストラン,キトサン,プルラン,血清アルブミン,血清α酸性糖タンパク質,及びカルボキシビニルポリマーからなる群より選ばれた少なくとも1つの物質であり,
 尖った先端部を備えた針状又は糸状の形状を有すると共に前記先端部が皮膚に接触した状態で押圧されることにより皮膚に挿入される,経皮吸収製剤。

 要するに生体内で溶けるようなマイクロニードル系の発明なのですね。ただ,この請求項1は,「尖った先端部を備えた針状又は糸状の形状を有する」とあるものの,基剤がそうなのか,それとも,違うものがそうなのか,クレームからだけでは不明瞭です。
 そもそも,こういう問題がある発明だということに留意しておきましょう。
 他方,本件訂正後の請求項1は以下のとおりです。
【請求項1】
 シート状の支持体の少なくとも一方の面に経皮吸収製剤が1又は2個以上保持され,皮膚に押し当てられることにより前記皮膚吸収製剤が皮膚に挿入される経皮吸収製剤保持シートであって,
 前記経皮吸収製剤は,水溶性かつ生体内溶解性の高分子物質からなる基剤と,該基剤に保持された目的物質とを有し,皮膚(但し,皮膚は表皮及び真皮から成る。以下同様)に挿入されることにより目的物質を皮膚から吸収させるものであり,
 前記高分子物質は,コンドロイチン硫酸ナトリウム,ヒアルロン酸,グリコーゲン,デキストランプルラン,血清アルブミン,血清α 酸性糖タンパク質,及びカルボキシビニルポリマーからなる群より選ばれた少なくとも1つの物質(但し,デキストランのみからなる物質は除く)であり,
 尖った先端部を備えた針状又は糸状の形状を有すると共に前記先端部が皮膚に接触した状態で押圧されることにより皮膚に挿入され,
 経皮吸収製剤を前記形状に成形する際に,基剤は,水に溶解して曳糸性を示す状態に調製することを特徴とする,経皮吸収製剤である,
 経皮吸収製剤保持シート

 これは判旨から抜粋したのですが,この時点で確認できるミスがあります。
 クレームの二行目に「前記」とありますが,前記で指すその用語はありません。皮膚吸収製剤と経皮吸収製剤とをごっちゃにしています。
 それはいいとしても,訂正により,経皮吸収製剤だったものを経皮吸収製剤保持シートとしたのです。 そして,これらが全く別物と判断されたわけです。

 さて,本件で問題となったのは,特許法126条6項です。
第一項の明細書、特許請求の範囲又は図面の訂正は、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものであつてはならない。
 この条文の趣旨は,判旨にもあるとおり,「第三者にとって不測の不利益が生じるおそれがあるため,そうした事態が生じないことを担保する趣旨」で,異論はないところでしょう。
 ですが,どの程度の訂正が違法な「変更」に当たるかはよくわかりません。例えば,上記に書いた経皮吸収製剤を皮膚吸収製剤とする訂正ならばどうでしょうか。
 本判決では, 「変更」に当たる理由として,経皮吸収製剤と経皮吸収製剤保持シートとでは,クレームで書き分けている,作用効果も異なる,ということを挙げております。
 しかし,私が注目するのは,実質的な理由です。
 判決では,間接侵害の成立の範囲が異なってきて不当だ,という旨を挙げております。これは言われればそのとおりですが,勉強不足故,寡聞にして知りませんでした。
 この判決はそのような点を判示したということで,なかなか注目すべき判決だと思います。

2015年10月22日木曜日

審決取消訴訟 特許 平成27(行ケ)10021 不服審判 拒絶審決 請求棄却

事件番号
事件名
 審決取消請求事件
裁判年月日
 平成27年10月13日
裁判所名
 知的財産高等裁判所第2部
裁判長裁判官清水 節
裁判官中村 恭
裁判官中武由紀

「 2 取消事由1(実施可能要件の判断の誤り)について
(1) 特許法36条4項1号は,明細書の発明の詳細な説明の記載は,「その発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者がその実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載したもの」でなければならないと定めるところ,この規定にいう「実施」とは,物の発明においては,当該発明にかかる物の生産,使用等をいうものであるから,実施可能要件を満たすためには,明細書の発明の詳細な説明の記載は,当業者が当該発明に係る物を生産し,使用することができる程度のものでなければならない。
 そして,医薬の用途発明においては,一般に,物質名,化学構造等が示されることのみによっては,当該用途の有用性及びそのための当該医薬の有効量を予測することは困難であり,当該医薬を当該用途に使用することができないから,医薬用途発明において実施可能要件を満たすためには,本願明細書の発明の詳細な説明は,その医薬を製造することができるだけでなく,出願時の技術常識に照らして,医薬としての有用性を当業者が理解できるように記載される必要がある。
 本願発明は,前記1において述べたように,抗ウイルス化合物であるシドフォビルの脂質含有プロドラッグとして公知のHDP-CDVに対し,免疫抑制剤をエンハンサーとして併用することにより,HDP-CDVの生物学的利用能を増強させ,より良い治療効果を奏する組成物とすることを技術的特徴とすることに照らせば,本願発明について医薬としての有用性があるというためには,HDP-CDVと免疫抑制剤を併用すると,HDP-CDVの生物学的利用能が増強されるだけでなく,HDP-CDVを単独で用いた場合に比べて,ウイルス感染の治療効果が向上することが必要であると解するのが相当である。
(2) 原告は,審決が,当業者の本願明細書の詳細な説明の理解を検討するに際し,「抗ウイルス剤であるところのHDP-CDV又はその塩と『免疫抑制剤』は,一般的には,互いに相反する作用を有するものといえることを考慮すると,HDP-CDV又はその塩と免疫抑制剤を併せて投与した場合に十分な治療効果が得られるとは認められない。」としたことは誤りであると主張するので,まず,免疫抑制剤とウイルス感染症に関する本願出願日当時の技術常識について検討する。・・・
イ 以上にあるとおり,免疫抑制剤は,臓器移植における拒絶反応を抑制するために主に用いられているところ,免疫抑制剤を投与するとウイルスなどに対する生体防御機構である免疫が抑制されてしまうために,感染症が起こりやすくなるという副作用があること(乙4,5),及び,免疫抑制剤を投与された移植患者におけるサイトメガロウイルス疾患などの感染症を予防・治療するために,ガンシクロビルやシドフォビルなどの抗ウイルス薬が投与されていること(甲7,8)が記載されている。
 したがって,本願出願日当時において,免疫抑制剤を投与すると,免疫を抑制してしまうために,サイトメガロウイルスなどのウイルス感染症が起こりやすくなることは技術常識であったと認められる。
ウ そうすると,本願出願日当時において,ウイルス感染症を発症している患者に,免疫抑制剤を投与すると,患者に備わっている免疫が抑制され,ウイルス感染症が悪化する懸念を抱くことは,当業者にとって極めて自然なことであった。
 以上によれば,本願明細書の発明の詳細な説明において,上記のような技術常識の存在にもかかわらず,本願発明が医薬としての有用性を有すること,すなわち,HDP-CDVと免疫抑制剤を併用すると,HDP-CDVの生物学的利用能が増強されるだけでなく,HDP-CDVを単独で用いた場合に比べて,ウイルス感染の治療効果が向上することを,当業者が理解できるように記載する必要があるというべきである。
(3) そこで,本願明細書の発明の詳細な説明におけるHDP-CDV並びにエンハンサー及び免疫抑制剤に関する記載について検討すると,以下のとおりである。
 前記1(1)のとおり,本願明細書の発明の詳細な説明には,脂質含有プロドラッグとして,HDP-CDVが使用できること(【0029】,【0034】),及び,エンハンサーとして,シトクロムP450 3A酵素(CYP3A酵素)の阻害剤又は基質,あるいは,P糖タンパク質-媒介性膜輸送の阻害剤が使用できること(【0016】~【0018】,【0062】,【0066】,【0075】)が記載されている。
 また,シトクロムP450 3A酵素の基質として免疫抑制剤(シクロスポリン,FK-506,ラパマイシン)が,また,P糖タンパク質-媒介性膜輸送の阻害剤としてシクロスポリンが例示され(【0010】,【0067】,【0068】の表1,【0070】),エンハンサーとして適切な化合物を選択するために,酵素阻害を測定するなどの試験を行うことができることが記載されている(【0061】,【0077】)。
 このように,脂質含有プロドラッグは,シトクロムP450 3A酵素の阻害剤又は基質,P糖タンパク質-媒介性膜輸送の阻害剤をエンハンサーとして併用すると生物学的利用能が向上すること,シクロスポリンを含む免役抑制剤の一部がシトクロムP450 3A酵素(CYP3A酵素)の阻害剤又は基質となり,また,シクロスポリンがP糖タンパク質-媒介性膜輸送の阻害剤となることが記載されており,脂質含有プロドラッグとエンハンサーの組合せとして,本願発明のようにHDPCDVと免疫抑制剤との組合せを選択した場合にも,免疫抑制剤は,HDP-CDVの生物学的利用能を向上させる役割を果たすことについて一応の示唆がある。
 しかし,本願明細書の発明の詳細な説明には,【0136】以下において,実施例1~12が示されているところ,HDP-CDVあるいはその上位概念である抗ウイルス化合物と,特定の「免疫抑制剤」を併用した事例についての記載は,生体内(インビボ)における実験だけでなく,生体外(インビトロ)における実験についても一切記載されていない。前記のとおり,表1において,エンハンサーとして使用できる薬物として,抗不整脈や抗鬱薬などの種々の薬物と並んで免疫抑制剤が記載されているのみであって,免疫抑制剤によりHDP-CDVの生物学的利用能がどの程度向上するのかは具体的に確認されておらず,また,免疫抑制剤にはウイルス感染症を悪化させるという技術常識があることを念頭においた説明(例えば,免疫抑制作用によるウイルス感染症の悪化が生じない程度のエンハンサーとしての免疫抑制剤の用量など。)もないから,HDP-CDVと免疫抑制剤を投与すると,免疫抑制作用によるウイルス感染症の悪化が生じてエンハンサーとしての作用を減殺してしまい,HDP-CDV自体が有するウイルス感染治療作用を損なうという疑念が生じるものといわざるを得ない。
 そうすると,本願明細書の発明の詳細な説明の記載から,ウイルス感染症を発症している患者に対してHDP-CDVと共に免疫抑制剤を投与すると,HDP-CDVの生物学的利用能が増強されることを当業者が理解することが可能であったとしても,上記の技術常識に照らすと,それと同時に,免疫抑制剤の利用により免疫が抑制されて感染症が悪化することが懸念されることから,HDP-CDVと免疫抑制剤を併用した場合には,HDP-CDVを単独で用いる場合に比べてウイルス感染の治療効果が向上するか否かは不明であるというほかなく,当業者が本願発明に医薬としての有用性があることを合理的に理解することは困難である。
 したがって,本願明細書の発明の詳細な説明の記載は,本願出願日当時の技術常識に照らして,当業者が,本願発明の医薬としての有用性があることを理解できるように記載されていないから,実施可能要件を充足するということはできない。」

【コメント】
 クレームは以下のとおりです。

【請求項1】
 薬理学的に有効な量の下記の構造を有する化合物または医薬上許容可能されるそ
の塩(裁判所注:以下,下線部分を「HDP-CDV又はその塩」ともいう。)と,
 少なくとも1つの免疫抑制剤とを含む,ウイルス感染を治療するための医薬組成物であって,前記ウイルス感染は,アデノウイルス,オルソポックスウイルス,HIV,B型肝炎ウイルス,C型肝炎ウイルス,サイトメガロウイルス,単純ヘルペスウイルス1型,単純ヘルペスウイルス2型又はパピローマウイルス感染である,医薬組成物。
【化1】
 

 で,この薬が何が良いかと言いますと,上記の判旨にもあるとおり,「脂質含有プロドラッグとして公知のHDP-CDVに対し,免疫抑制剤をエンハンサーとして併用することにより,HDP-CDVの生物学的利用能を増強させ,より良い治療効果を奏する組成物とすることを技術的特徴とする」のですね。
 つまり公知のHDP-CDVに免疫抑制剤を混ぜるとあーら不思議,様々なウィルス感染が治療できるというわけです。 

 すごく画期的なわけです。
 ただ,上記の判旨のとおり,「HDP-CDVあるいはその上位概念である抗ウイルス化合物と,特定の「免疫抑制剤」を併用した事例についての記載は,生体内(インビボ)における実験だけでなく,生体外(インビトロ)における実験についても一切記載されていない。」のです。
 この点が,審決で,実施可能要件違反と言われたポイントです。

 素人でも少し考えるとわかるとおり, 普通は,免疫抑制剤を使うと免疫は抑制されますので,ウィルス治癒につながらない筈です。ですので,そこをブレークスルーした本願発明は,実に進歩性のある発明だと言えます(阻害要因ってやつです。)。

 そこはいいのです。ですが,だったら,そこの部分をきちんと記載(開示)する必要があったのでしょうね。じゃないと常識に反するような効用なのですから,きちんと書かない限り,言わずもがなというわけにはいかないわけです。

 そこを十分に書いていなかったとすると,今回の結論でも致し方なしという所だと思います。
 

2015年10月19日月曜日

侵害訴訟 特許 平成25(ワ)3360 東京地裁 請求棄却

事件番号
事件名
 特許権侵害差止請求事件
裁判年月日
 平成27年9月29日
裁判所名
 東京地方裁判所民事第46部
裁判長裁判官 長谷川 浩 二
裁判官 清野正彦
裁判官 藤原典子

「 1  争点(1)(被告製品1の構成要件1-B充足性)について
 (1)前記前提事実(4)のとおり,構成要件1-Bは研磨面で観察される組織の非磁性材の全粒子が粗大粒子(半径2μmの仮想円を内包する大きさの粒子)でないことを要件とするところ,鑑定嘱託の結果及び当事者の主張によれば,被告製品1には2回目の研磨後の研磨面に少なくとも4か所の粗大粒子が存在することが明らかである。そうすると,被告製品1は構成要件1-Bを充足せず,本件発明1の技術的範囲に属しない(したがって,本件発明2,3及び6の技術的範囲にも属しない)と判断するのが相当である。 
(2)これに対し,原告は,① 不可避的な粗大粒子は「全粒子」に含まれない,② 「研磨面」とは1回目の研磨後の面をいう,③ 非磁性材の粒子中に含まれる強磁性材は除外される,④ 被告製品1は本件発明1の構成と均等であるとして,構成要件1-Bを充足する旨主張するが,以下のとおり,いずれも失当と解すべきである。
ア 上記①(不可避的な粗大粒子)について 構成要件1-Bに係る特許請求の範囲の記載は「前記材料の研磨面で観察される組織の非磁性材の全粒子は,非磁性材料粒子内の任意の点を中心に形成した半径2μmの全ての仮想円よりも小さいか,又は該仮想円と,強磁性材と非磁性材の界面との間で,少なくとも2点以上の接点又は交点を有する形状及び寸法の粒子とからなり,」というものであり,非磁性材の全ての粒子が「非磁性材料粒子内の任意の点を中心に形成した半径2μmの全ての仮想円よりも小さい」か,又は「該仮想円と,強磁性材と非磁性材の界面との間で,少なくとも2点以上の接点又は交点を有する」形状及び寸法であること,すなわち,半径2μmの仮想円を内包する大きさでないことを要件としている。
 そうすると,特許請求の範囲の文言上,非磁性材の粗大粒子が存在する場合には構成要件1-Bを充足しないと解するのが相当である。・・・
(ウ)上記(イ)の事実関係に照らすと,本件発明1は,粗大な非磁性材の粒子が存在することによりパーティクルが発生するとの従来技術の問題点を解決するため,非磁性材の粒子を特許請求の範囲に記載された形状及び寸法に限定するという構成を採用したものであり,これにより上記の効果が得られたと認められる。そうすると,非磁性材の粒子の大きさが上記の範囲内にあること,すなわち,非磁性材の粗大粒子が存在しないことは課題解決のための本質的部分であり,粗大粒子の存在は本件発明1の目的に反するとみることができる。 ・・・」

【コメント】
 念のために無効の抗弁も判断しておりますが(こちらも成立で権利行使不能です。),基本的には,構成要件充足性なしとされた事例です。

 クレームは以下のとおりです。
1-A Co若しくはFe又は双方を主成分とする材料の強磁性材の中に酸化物,窒化物,炭化物,珪化物から選択した1成分以上の材料からなる非磁性材の粒子が分散した材料からなる焼結体スパッタリングターゲットであって,
1-B 前記材料の研磨面で観察される組織の非磁性材の全粒子は,非磁性材料粒子内の任意の点を中心に形成した半径2μmの全ての仮想円よりも小さいか,又は該仮想円と,強磁性材と非磁性材の界面との間で,少なくとも2点以上の接点又は交点を有する形状及び寸法の粒子とからなり,
1-C 研磨面で観察される非磁性材の粒子が存在しない領域の最大径が40μm以下であり,
1-D 直径10μm以上40μm以下の非磁性材の粒子が存在しない領域の個数が1000個/mm2以下である
1-E ことを特徴とする焼結体からなる非磁性材粒子分散型強磁性材スパッタリングターゲット。

 これは半導体等の製膜に使うスパッタリングのターゲット材の発明です。そのうち,問題となったのは,1-Bです。
 焼結体中の粒子の大きさが問題になったわけです。
 
 さて,本件では,被告製品に対して, 鑑定嘱託を行ったのですが,「観察の結果,① 観察試料1及び3の表面積はそれぞれ126.9mm2,98.3mm2であった,② 1回目の研磨後の観察では,観察試料1及び3のいずれにも非磁性材の粗大粒子は確認できなかった,③ 2回目の研磨後の観察では,観察試料1につき1か所,観察試料3につき6か所,非磁性材の粗大粒子を確認できたとされた。」という結果が出ております。

 そして,この結果のうち,原告も,上記③の観察試料1の1か所について粗大粒子が観測できたことについては争っていないようです。
 それ故,文言に形式的には非該当のようだけども,その原則を貫くとおかしいといえる例外的な状況があるかどうかなど問題となったわけです。
 つまり,そういう大きな粗大粒子は他の所からやってきた, 観測されたものは例外的な不可避粒子だ,それは許容されるなどなど・・・です。
 しかし,上記のとおり,明細書などには,そのような例外的な事情を許容するような部分はなく, 原則とおり,充足性はないと裁判所に判断されております。
 客観的な第三者に原告被告双方同意して鑑定を依頼したのですから,その結果が変だからとして,妙な言い訳を考えるのは若干筋が悪いような気がします。文句をつけるのでしたら,はじめから鑑定嘱託なんぞOKしないことですね。
 

2015年10月14日水曜日

侵害訴訟 特許 平成27(ネ)10097 知財高裁 控訴棄却(請求棄却)


事件番号
事件名
 差止請求控訴事件
裁判年月日
 平成27年10月8日
裁判所名
 知的財産高等裁判所第4部
裁判長裁判官 髙 部 眞 規 子
裁判官 田 中 芳 樹
裁判官 鈴 木 わ か な

「 1 争点⑴(被控訴人による被告製品の製造,販売,輸出の事実の有無)について

⑴ 控訴人は,被控訴人に対し,特許法100条1項に基づき,被告製品の製造,販売及び輸出の差止めを請求しているところ,同請求が認められるためには,被控訴人において被告製品の製造,販売及び輸出をしていること又はそのおそれがあることが立証されなければならない。
 しかしながら,本件において,控訴人は,被控訴人が被告製品の製造,販売及び輸出をしていること又はそれらの行為に及ぶおそれがあることについて,何らの立証をしていない。
 なお,証拠(乙ハ1~3)によれば,①被控訴人がインターネット上で運営するショッピングモール「楽天市場」は,出店者が,被控訴人との間の契約に基づき,出店ページを開設するなどして出店者の物品の販売又は役務の提供を行うものであること,②上記物品の売買又は役務の提供は,出店者と上記出店ページを閲覧した者,すなわち,顧客との間で行われ,出店者は,顧客に対し,取引の当事者は出店者と顧客であることを明確に表示する旨が上記ショッピングモールの利用規約(乙ハ1)に明記されていることが認められ,これらの事実によれば,たとえ被告製品が上記ショッピングモール上に紹介されていたとしても,直ちに被控訴人が自ら当該被告製品を販売しているということはできない。
⑵ 控訴人は,被控訴人が共同不法行為責任を負うなどと主張する。それが,出店者の販売行為を教唆,幇助するものであるという趣旨であるとしても,以下のとおり,被控訴人に対して特許法100条1項に基づく販売の差止めを請求することはできない。
ア すなわち,特許法100条1項は,特許権を侵害する者又は侵害するおそれがある者(以下「特許権を侵害する者等」という。)に対し,その侵害の停止又は予防を請求することができる旨を規定しているところ,特許権を侵害する者等とは,自ら特許発明の実施(同法2条3項)若しくは同法101条所定の行為をした者又はそのおそれがある者を意味し,特許権侵害の教唆,幇助をした者は,これに含まれないと解するのが相当である。
 このように解する理由は,以下のとおりである。すなわち,①民法上,不法行為に基づく差止めは認められておらず,特許法100条1項所定の「侵害の停止又は予防」としての差止めは,特許権の排他的効力に基づき,特許法により特に定められたものである。②他方,教唆又は幇助による不法行為責任は,自ら他人の権利を侵害する者ではないにもかかわらず,被害者保護の観点から特に教唆及び幇助を共同不法行為として損害賠償責任(民法719条2項)を負わせることとしたものであり,上記①の特許権の排他的効力に基づく特許法100条1項所定の差止請求権とは,制度の目的,趣旨において異なる。③教唆又は幇助については,その行為態様として様々なものがあり,特許権侵害の教唆行為又は幇助行為に対して無制限に差止めを認めると,差止請求の相手方が無制限に広がり,差止めの範囲が広範にすぎるなどの弊害が生じるおそれがあるところ,特許法101条所定の間接侵害の規定は,上記弊害の点に鑑み,特許権侵害の幇助行為の一部の類型に限り侵害とみなして差止めの対象としたものと解されるから,それを超えて幇助行為一般及び教唆行為について差止めを認めることは,同条の趣旨に反するものということができる。
イ そして,前記⑴によれば,被控訴人が本件発明を実施したとは認められず,特許法101条所定の行為をしたとも認められないし,そのおそれもないから,被控訴人に対する製造,販売及び輸出の差止請求が認められる余地はない。
⑶ 以上のとおり,控訴人の本件差止請求は,理由がない。」

【コメント】
 これは特許権者が,ショッピングモールの主催者(楽天)を訴えたものです。 

 原審の東京地裁民事46部(長谷川部長の合議体)は,構成要件充足性なしとして,原告の請求を棄却しました(平成26(ワ)23512号, 平成27年3月24日判決)。
 クレームは以下のとおりです。
炭酸カルシウムの方解石型構造による結晶構造体を備えた貝殻を粉砕した粉末からなる炭酸カルシウム粉末と該炭酸カルシウム粉末を焼成してなる酸化カルシウム粉末とが混合されていることを特徴とする洗浄剤。
 この炭酸カルシウム粉末について,「貝殻を粉砕した粉末そのものであることを要するものであり,ホタテ貝殻を粉砕した粉末を焼成して得られた酸化カルシウム粉末が化学反応を経て炭酸カルシウム粉末になったものは含まないものと解される。」と判断されたのでした。
 他方,控訴審でも構成要件充足性の判断はありますが,重要なのは,ショッピングモールを訴えた論点についてです(この論点について,一審の判断はありません。)。 

 商標権に関する事件で,やはり楽天が訴えられた,知財高裁平成22(ネ)10076号(平成24年02月14日判決)があります(チュッパチャップス事件)。
 このときも,実際の販売者ではないけれども,幇助的な立場の者(ショッピングモールの主催者など)を捕捉できないかが問題となりました。
 そして,当時の中野部長の合議体は,画期的なことに,商標法37条に規定する以外の行為についても,商標権侵害として捕捉できる余地を認めたのです。 
侵害者が商標法2条3項に規定する「使用」をしている場合に限らず,社会的・経済的な観点から行為の主体を検討することも可能というべきであり,商標法が,間接侵害に関する上記明文規定(同法37条)を置いているからといって,商標権侵害となるのは上記明文規定に該当する場合に限られるとまで解する必要はないというべきである。

 そのときの要件としては,「ウェブページの運営者が,単に出店者によるウェブページの開設のための環境等を整備するにとどまらず,運営システムの提供・出店者からの出店申込みの許否・出店者へのサービスの一時停止や出店停止等の管理・支配を行い,出店者からの基本出店料やシステム利用料の受領等の利益を受けている者であって,その者が出店者による商標権侵害があることを知ったとき又は知ることができたと認めるに足りる相当の理由があるに至ったときは,その後の合理的期間内に侵害内容のウェブページからの削除がなされない限り,上記期間経過後から商標権者はウェブページの運営者に対し,商標権侵害を理由に,出店者に対するのと同様の差止請求と損害賠償請求をすることができると解するのが相当である。」としました。
 つまり,管理・支配+利益享受(ここまでカラオケ法理)+知って合理的期間内に削除しない,の場合は,商標権侵害として,損害賠償に加えて差止までできる,ということです。
 他方,特許権の場合は,上記の本件の判示のとおりです。兎に角,幇助的なものは,特許法101条に規定されているもの以外に,差止は認めない!ということです。勿論,共同不法行為として,損害賠償請求できる余地はあるのでしょうが,差止はダメだと示されました。
 場合にはよっては差止を認めてもよいとする商標権とは大きな違いです。
 このように大きな違いが生じた理由はよくわかりませんが,やはり,見ただけである程度類否のわかる商標と,クレームと詳細に照らし合わせる必要のある特許とでは,ショッピングモールの主催者に求められる注意義務に大きな違いがあるからなのでしょう。 

 そうすると,今回のこの結論でも致し方ないところだと思います。
 あと,ヤフーなどを訴えた別事件もあり,これもまた控訴棄却(請求棄却)で終わっております(知財高裁平成27(ネ)10059号)。
 

2015年10月9日金曜日

審決取消訴訟 特許 平成26(行ケ)10176 無効審判 無効審決 請求棄却

事件番号
事件名
 審決取消請求事件
裁判年月日
 平成27年10月8日
裁判所名
 知的財産高等裁判所第4部
裁判長裁判官 髙 部 眞 規 子
裁判官 田 中 芳 樹
裁判官 柵 木 澄 子

「 (1) サポート要件の判断基準について
 特許制度は,発明を公開させることを前提に,当該発明に特許を付与して,一定期間その発明を業として独占的,排他的に実施することを保障し,もって,発明を奨励し,産業の発達に寄与することを趣旨とするものである。そして,ある発明について特許を受けようとする者が願書に添付すべき明細書は,本来,当該発明の技術内容を一般に開示するとともに,特許権として成立した後にその効力の及ぶ範囲(特許発明の技術的範囲)を明らかにするという役割を有するものであるから,特許請求の範囲に発明として記載して特許を受けるためには,明細書の発明の詳細な説明に,当該発明の課題が解決できることを当業者において認識できるように記載しなければならないというべきである。特許法36条6項1号の規定する明細書のサポート要件が,特許請求の範囲の記載を上記規定のように限定したのは,発明の詳細な説明に記載していない発明を特許請求の範囲に記載すると,公開されていない発明について独占的,排他的な権利が発生することになり,一般公衆からその自由利用の利益を奪い,ひいては産業の発達を阻害するおそれを生じ,上記の特許制度の趣旨に反することになるからである。
 そして,特許請求の範囲の記載が,明細書のサポート要件に適合するか否かは,特許請求の範囲の記載と発明の詳細な説明の記載とを対比し,特許請求の範囲に記載された発明が,発明の詳細な説明に記載された発明で,発明の詳細な説明の記載により当業者が当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否か,また,その記載や示唆がなくとも当業者が出願時の技術常識に照らし当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否かを検討して判断すべきものである。
(2) 本件発明について
 ・・・
(3) 本件発明の課題について
 本件明細書の【0001】によれば,本件明細書に記載された発明は,光電子デバイスのうち,燐光ドーパント化合物を含む発光層を有する有機発光デバイスに関するものであるということができる。
 そこで,本件明細書の発明の詳細な説明における「燐光ドーパント化合物を含む発光層を有する有機発光デバイス」に関する記載に着目して,本件発明の課題について検討するに,本件明細書の【0027】には,有機発光デバイス中に生じた励起子の大部分が非発光三重項電子状態になり,そのような三重項状態の形成は,有機発光デバイスの励起エネルギーの基底状態への無放射遷移による実質的な損失を与える結果になるが,この励起子三重項状態を通るエネルギー遷移経路を利用することにより,例えば,励起子三重項状態のエネルギーを発光物質へ移行させることにより,全有機発光デバイスの量子効率を向上させることが望ましいところ,励起三重項状態からのエネルギーはある環境下で燐光発光分子の三重項状態へ効果的に転移させて,全有機発光デバイスの量子効率を向上させることができることは知られているが,燐光消滅速度が,表示デバイスで用いるのに適切になるほど十分速いものとは考えられていなかったという従来のデバイスの問題点に対処した有機発光デバイスを提供することが記載されている。そうすると,本件発明の課題は,「非放射性励起子三重項状態のエネルギーを励起子三重項状態のエネルギーに移行させ,励起子三重項状態から燐光放射線を発光し,かつ,その燐光消滅速度が表示デバイスで用いるのに適切になるほど十分速い,有機発光デバイスを提供すること」であると認めるのが相当である。
(4) 本件優先権主張日当時の有機発光デバイスにおける燐光発光に関する技術常識について
 ・・・ある金属錯体を用いた燐光発光を示す有機発光デバイスにおいて,金属錯体の金属イオンを別のものに変えても,同様な燐光発光特性を有する有機発光デバイスが得られるとの技術常識は確立されていなかったということができる。
(5) 本件発明の課題を解決できると認識できる範囲について
 ・・・しかし,前記(4)のとおり,ある金属錯体を用いた燐光発光を示す有機発光デバイスにおいて,金属イオンを別のものに変えても,同様な燐光発光特性を有する有機発光デバイスが得られるとの技術常識は確立されていなかったことを考慮すると,一般式【化45】において,【0175】に記載された「M1は,二価,三価,又は四価の金属」のうちどのような金属を選択すれば,ホスト材料の非放射性励起子三重項状態のエネルギーを励起子三重項状態のエネルギーに移行させ,励起子三重項状態から燐光放射線を発光し,かつ,燐光消滅速度が表示デバイスで用いるのに適切になるほど十分速くなるのか,当業者にとって自明であるということはできない。
 したがって,M1がPtとは異なる一般式【化45】の構造を有する燐光化合物をドーパントとして用いた有機発光デバイスは,当業者において,本件発明の課題を解決できることを認識し得たということはできない。
エ さらに,本件明細書の【0183】~【0186】には,【化46】の構造を有する燐光化合物が記載されているところ,【化46】の構造を有する燐光化合物は,M1がPtであり,一般式【化45】に包含される構造を有することから,PtOEPと同様な燐光特性を示し,燐光消滅速度が表示デバイスで用いるのに適切になるほど十分速く,本件発明の課題が解決できるものと認識できる。
 また,本件明細書の【0187】~【0189】には,【化47】の構造を有する化合物が,本件発明の有機発光デバイスに用いることができる旨記載されていることから,【化47】の構造を有する燐光化合物をドーパントとして用いた有機発光デバイスは,PtOEPと同様な燐光特性を示し,燐光消滅速度が表示デバイスで用いるのに適切になるほど十分速く,本件発明の課題が解決できるものと認識できる。
オ 前記アないしエによれば,本件明細書の発明の詳細な説明の記載及び本件優先権主張日当時の技術常識に照らせば,本件発明の課題を解決できると当業者が認識できるのは,【化43】,【化44】の構造を有するPtOEP,一般式【化45】においてM1=Ptである燐光化合物,【化46】又は【化47】の構造を有する燐光化合物をドーパントとして用いた有機発光デバイスであると認められる。
(6) 本件発明のサポート要件の適合性について
 本件発明には,燐光材料の構造に関わらず,「電荷キャリアーホスト材料の非放射性励起子三重項状態のエネルギーが前記燐光材料の三重項分子励起状態に移行することができ,且つ前記燐光材料の前記三重項分子励起状態から燐光放射線を室温において発光する有機発光デバイス」は,全て包含される。
 しかし,前記(5)オのとおり,本件明細書の発明の詳細な説明の記載及び本件優先権主張日当時の技術常識に照らして,当業者が本件発明の課題を解決できると認識できるのは,【化43】,【化44】の構造を有するPtOEP,一般式【化45】においてM1=Ptである燐光化合物,【化46】又は【化47】の構造を有する燐光化合物をドーパントとして用いた有機発光デバイスであると認められる。
 したがって,燐光材料の構造が特定されていない本件発明は,本件明細書の発明の詳細な説明の記載及び本件優先権主張日当時の技術常識に照らして,当業者が本件発明の課題を解決できると認識できる範囲を超えており,サポート要件に適合しないというほかない。」

【コメント】 
 本件は,サポート要件が問題となりました。
 クレームは, 請求項1で,以下のとおりです。
【請求項1】
 発光層を有する,エレクトロルミネッセンスを生ずることができる有機発光デバイスであって,
 前記発光層は,電荷キャリアーホスト材料と,前記電荷キャリアーホスト材料のドーパントとして用いられる燐光材料とからなり,
 前記有機発光デバイスに電圧を印加すると,前記電荷キャリアーホスト材料の非放射性励起子三重項状態のエネルギーが前記燐光材料の三重項分子励起状態に移行することができ,且つ前記燐光材料の前記三重項分子励起状態から燐光放射線を室温において発光する有機発光デバイス。
 要するに有機ELのデバイスに関するものです。 

 審決は,以下のとおり判断しております。
本件明細書の記載において,課題を解決できると認識できる範囲,又は,その記載や示唆がなくとも当業者が出願時の技術常識に照らして当該発明の課題を解決できると認識できる範囲は,「発光層を有する,エレクトロルミネッセンスを生ずることができる有機発光デバイスであって,前記発光層は,電荷キャリアーホスト材料と,前記電荷キャリアーホスト材料のドーパントとして用いられる燐光材料とからなり,燐光材料が,【化44】…,【化45】…,【化46】…,又は,【化47】…であり,前記有機発光デバイスに電圧を印加すると,前記電荷キャリアーホスト材料の非放射性励起子三重項状態のエネルギーが前記燐光材料の三重項分子励起状態に移行することができ,且つ前記燐光材料の前記三重項分子励起状態から燐光放射線を発光する有機発光デバイス」であって,励起子三重項状態から燐光放射線を発光する有機電界発光材料として見いだされたのは,上述の【化44】~【化47】(ただし,M1は白金である。)のみである。これに対して,本件発明は,ドーパントとして用いられる燐光材料として,具体的な材料が何ら限定されていないことは明らかであるところ,ドーパントとして用いられる燐光材料として,具体的な材料が何ら限定されていない本件発明には,例えば,金属を考えてみても,Eu,Gd,Ru,Ir等というPt以外の金属が広く含まれることになる。してみると,本件発明は,発明の詳細な説明の記載により当業者が当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるとも,また,その記載や示唆がなくとも当業者が出願時の技術常識に照らして当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるともいうことはできず,発明の詳細な説明の記載の範囲を超えているものである。

 つまりは,明細書中には,ドーパントとして用いたのは,白金を含む燐光材料だけの記載しかなかったのに,クレームは,広く別の金属を含む燐光材料までのものだったのですね。

 そして,技術常識からしても,明細書記載以外の何の金属を用いたら発明の課題を解決できるか全くわからないということでもありました。

 そうすると,これはなかなか厳しいです。

 なお,規範は,もう10年前になりますか,いわゆるパラメータ事件判決の規範そのままです。

 ところで,この程度と言いましょうか,無効事由があることが比較的わかりやすい事案だと思いますので,現在でしたら異議申立ての方で決着がつくのではないかと思われます。
 
 

2015年10月5日月曜日

侵害訴訟 特許  平成26(ネ)10108 知財高裁 控訴棄却(請求棄却)

事件番号
事件名
 特許権侵害行為差止等請求控訴事件
裁判年月日
 平成27年9月28日
裁判所名
 知的財産高等裁判所第3部
裁判官 田 中 正 哉
裁判官 神 谷 厚 毅
裁判長裁判官鶴岡稔彦は,差支えのため署名押印することができない。
裁判官 田 中 正 哉

「(1) 乙9に基づく本件特許発明2の進歩性の欠如の有無について
事案に鑑み,まず,本件特許発明2の進歩性の有無について判断する。
・・・
(イ) 一致点
 以上によれば,本件特許発明2と乙9発明2は以下の点で一致する。n型の窒化物系半導体基板からなる第1半導体層の上面上に,活性層を含む窒化物半導体層からなる第2半導体層を形成する第1工程と,前記第1半導体層の裏面を研磨することにより厚み加工する第2工程と,
 その後,前記第1半導体層の裏面上に,n側電極を形成する工程とを備えた窒化物系半導体素子の製造方法である点。
(ウ) 相違点
 また,本件特許発明2と乙9発明2は以下の点で相違する。
a 相違点1
 本件特許発明2では,前記第1工程及び前記第2工程の後,前記研磨により発生した転位を含む前記第1半導体層の裏面近傍の領域を除去して前記第1半導体層の裏面の転位密度を1×109cm-2以下とする第3工程を備えているのに対し,乙9発明2では,前記研磨によって生じた表面歪み及び酸化膜を除去してp型,n型電極のコンタクト抵抗の低減と電極剥離を防止するために,フッ酸又は熱燐酸を含む硫酸からなる混合溶液で前記ウエハーをエッチング処理している点。
b 相違点2
 前記第1半導体層と前記n側電極とのコンタクト抵抗が,本件特許発明2では,0.05Ωcm2以下であるのに対し,乙9発明2では,0.05Ωcm2以下であるか否かが明らかではない点。 
・・・
オ 容易想到性の検討
(ア) 相違点1について
 前記イのとおり,乙9発明2では,GaN基板を研磨機により研磨することによって生じた表面歪み及び酸化膜を除去してn型電極のコンタクト抵抗の低減を図り,また,電極剥離を防止するために,ウエハーをフッ酸又は熱燐酸を含む硫酸からなる混合溶液でエッチング処理するものとされている。そうすると,乙9発明2においては,GaN基板では,必要とするコンタクト抵抗を確保するためには,研磨機による研磨及び鏡面出しのみでは不十分であり,表面歪み等を除去する必要があることが示唆されているものといえる。しかしながら,他方で,乙9には,表面歪みの程度や除去すべき範囲についての具体的な記載はない。そうすると,乙9発明2に接した当業者は,乙9発明2において,研磨機による研磨後,ウエハーのエッチング処理を行う際に,コンタクト抵抗の低減を図るために,上記表面歪みをどの程度の範囲のものととらえてこれを除去する必要があるかについて検討する必要性があることを認識するものといえる。
 そして,かかる認識をした当業者であれば,前記エ(ア)ないし(ウ)において認定した技術常識等に基づいて,乙9発明2においても,研磨機による研磨によって加工変質層と呼ばれる層に転位が生じているため,この転位がキャリアである電子をトラップしてキャリア濃度が低下し,それによってコンタクト抵抗が高くなるという作用機序は容易に想起できるものといえる。そして,前記エ(エ)において認定したとおり,少なくともシリコンについては,転位を含む加工変質層は完全に除去すべきものとされていたところ,前記エ(イ)のとおり,上記の転位を含む加工変質層がコンタクト抵抗に与える影響についてはシリコンにおいてもGaN系化合物半導体においても同様である上に,コンタクト抵抗は低いほど望ましいことに鑑みると,当業者としては,乙9発明2における表面歪み(なお,ひずみ層も加工変質層に含まれる。)を,研磨機による研磨で生じ,透過型電子顕微鏡で観察可能な転位を含む加工変質層としてとらえ,あるいは,表面歪みのみならず加工変質層の除去についても考慮して,コンタクト抵抗上昇の原因となる加工変質層を全て除去できるまで上記のエッチング処理を行って,基板に当初から存在していた転位密度の値に戻すことで,キャリア濃度が低下する要因を最大限に排除し,コンタクト抵抗の低減を図ることは,容易に想到できたことと認められる。
 そして,本件優先日当時のGaN基板の転位密度が,1×104~108cm-2程度であったことは,当業者に周知の事項であるから(乙1の3ないし9,乙57),乙9発明2において,加工変質層を全て除去すれば,除去後の基板の転位密度が1×109cm-2以下となることは自明である。
 したがって,乙9発明2において,技術常識等に基づいて相違点1に係る構成を採用することは,当業者が容易になし得たことであるものと認められる。
(イ) 相違点2について
 乙9発明2においては,n型GaN基板のキャリア濃度は限定されていないものの,乙9【0186】には,n型GaN基板の成長時にSi濃度が3×1018/cm3となるようにドーピングすることが記載されている。
 他方,前記エ(ウ)において説示したとおり,Siをドーピングして形成されたn型GaN基板のキャリア濃度とコンタクト抵抗との関係について,乙9発明2と同じ電極材料(Ti/Alの積層構造)を用いた場合に,不純物濃度が1×1017cm-3を超えると接触比抵抗が1×10-5Ω・cm2以下となることは,本件優先日当時,当業者に周知の事項であったと認められる。
 そうすると,乙9発明2において,前記(ア)において説示したとおり,相違点1に係る構成を採用してキャリアをトラップする要因となる研磨によって生じた転位を含む加工変質層を全て除去し,転位密度をGaN基板に当初から存在していた値にまで戻した上で,GaN基板へドーピングするSi等の不純物濃度を3×1018/cm3程度にすることにより,コンタクト抵抗が少なくとも0.05(=5×10-2)Ω・cm2以下となるようにすることは当業者であれば容易になし得たことと認められる。」(上付き文字が表示できないのはいつものとおりです。各自自分で補正を。)

【コメント】 
 まず,本件発明2のクレームは,以下のとおりです。

A2 n型の窒化物系半導体層および窒化物系半導体基板のいずれかからなる第1半導体層の上面上に,活性層を含む窒化物半導体層からなる第2半導体層を形成する第1工程と,
B2 前記第1半導体層の裏面を研磨することにより厚み加工する第2工程と,
C2 前記第1工程及び前記第2工程の後,前記研磨により発生した転位を含む前記第1半導体層の裏面近傍の領域を除去して前記第1半導体層の裏面の転位密度を1×109cm-2以下とする第3工程と,
D2 その後,前記転位を含む前記第1半導体層の裏面近傍の領域が除去された第1半導体層の裏面上に,n側電極を形成する第4工程とを備え,
E2 前記第1半導体層と前記n側電極とのコンタクト抵抗を0.05Ωcm2以下とする,
F2 窒化物系半導体素子の製造方法。

 乙9発明との一致点と相違点は,判旨のとおりです。要するに,所定の数値以下の転位密度と,所定の数値以下のコンタクト抵抗に関するものです。
 それ故,数値の選び方やその数値そのものに何らかの意味があればよいのですが(臨界的意義というものです。),技術常識で言われている程度のものだと,微差に留まるという判断になってしまうのも致し方ない所だと思います。
 ちなみに,今回の主引例となった乙9,特開 2001-176823は,同時に係属していた審決取消訴訟(平成26年(行ケ)第10148号)でも主引例(甲11)として使われ,無効化に一役買っています(ちなみに,さらにもう一つの審決取消訴訟平成26年(行ケ)第10147号では記載要件などが無効事由に挙がっていますが,こちらは無効にできなかったようです。)。

 ところで,一審の東地平成23(ワ)26676(平成26年9月25日判決)では,構成要件充足性のところで請求棄却になっております(無効の抗弁の判断はありません。)。
 この時は,「転位」という用語のクレーム解釈について,明細書等からかなり限定した解釈をしていることが特徴でした。
 クレームの限定解釈というのは,無効の抗弁が法定化等されて以来,あまり流行らない手法と言えますので,控訴審では意識的にそれを避けたのではないかと思われます。と言いますのは,控訴審では,逆に構成要件充足性の判断は全くしていないからです。



2015年10月1日木曜日

審決取消訴訟 商標 平成27(行ケ)10008 不使用取消審判 不成立審決 請求棄却

事件番号
事件名
 審決取消請求事件
裁判年月日
 平成27年9月29日
裁判所名
 知的財産高等裁判所第2部
裁判長裁判官 清 水 節
裁判官 片 岡 早 苗
裁判官 新 谷 貴 昭

「 1 認定事実
 証拠及び弁論の全趣旨によれば,以下の事実が認められる。
(1)ア 被告は,自らはイヤホンの製造及び販売を行わず,専ら,イヤホン製造業者や納入業者に対し,特許や意匠等を提供してその製造及び販売のライセンスを許諾することを業とする会社である(甲2)。
イ 被告は,平成21年6月1日,韓国に所在するクレシン社との間で,本件ライセンス契約を締結した(甲21)。本件ライセンス契約には,以下の条項が含まれている(日本語訳)。・・・
ウ 以上からすれば,被告は,本件ライセンス契約に基づいて,クレシン社に対し,C型イヤプラグに関する技術(付属書2で特定されたもの。)若しくは,欧州特許第EP1410607B1(これを変更したり拡張したりするものも含む。)又はその組合せを形にした技術(改良されたものも含む。)を適用した,音楽プレイヤーなどと有線又は無線で接続できるイヤホン等(付属書3)を製造販売等することを許諾し(1.2条,1.3条,1.4条,1.6条,2条),また,クレシン社は,本件ライセンス契約に基づいて,製造販売等する製品に,「Freebit(マルR)技術に基づくものである。」との記載をする義務を負担している(4条)ものと認めることができる。
(2) クレシンジャパン社は,クレシン社のグループ会社である日本法人であるが(甲4),平成21年11月12日,オーディオテクニカ社との間で本件購入契約を締結した。同契約には,オーディオテクニカ社が発注する仕様書で定める仕様に適合する特定の製品をクレシンジャパン社が製造,販売,出荷し,オーディオテクニカ社が当該製品を購入・納入することが定められている(甲22)。
 また,クレシンジャパン社は,平成24年6月5日,オーディオテクニカ社との間で本件覚書を締結した。同覚書には,クレシンジャパン社が,金型を使用し,「ATH-CKP500Series製品」をオーディオテクニカ社に納入する旨が記載されている(甲23)。
(3) クレシンジャパン社の担当者は,平成23年11月22日から平成24年4月6日までの間,クレシンジャパン社がオーディオテクニカ社に対してイヤプラグを付属するイヤホンを販売するに当たって,被告のデザイナーと調整しながら,前記「ヘッドホンをあしらったと思しき図形」のロゴの使用について,また,被告の希望を聴取した上で,特許ライセンスに関する表示について,オーディオテクニカ社の担当者と協議した(甲25)。
(4) オーディオテクニカ社は,平成24年7月19日に,使用商品1の発売を開始した。使用商品1のパッケージには,赤地に白抜きの文字で「FREEBITSTYLE(前者がやや太字で表されている。)」「選べるフィット感 新形状“FREEBIT”採用」の表示,及び,被告からデザインの提供を受けた商標とほぼ同態様の「ヘッドホンをあしらったと思しき図形と共に白色で書されたFREEBIT(マルR)」の表示がある(甲8の1ないし3,甲9,甲11の1及び2,甲12ないし14,甲15の1及び2の1,甲20)。
 また,オーディオテクニカ社のウェブサイトの同商品に関するウェブページには,「運動中も快適な装着感をキープする3サイズの“FREEBIT”採用」などの説明や,テクニカルデータの項に「●付属品:CKP500専用フリービットS,M,L」の記載があり,さらに,同商品の取扱説明書の「フリービットについて」の項には,「本製品にはS,M,L,3サイズのフリービットが付属されており,お買い求め時はMサイズが装着されています。/よりよい装着のために,耳のサイズや収まりに合わせてフリービットを交換し,ご使用ください。」などの記載と共に,左右一対の「イヤプラグ」の形状の図が表示されている(甲8の1ないし3)。
2 取消事由1について
(1) 上記認定のとおり,本件ライセンス契約によれば,被告からクレシン社に対し許諾対象とされている技術は,C型イヤプラグに関する広い範囲のものであって,その技術を用いた製品は,有線であるか無線であるかを問わないことからすれば,使用商品1は,本件ライセンス契約の許諾対象技術を用いた製品であると認められる。また,クレシン社は,本件ライセンス契約に基づいて,許諾対象技術を用いた製品に,「Freebit(マルR)技術に基づくものである。」と記載する義務を有していること,本件商標を使用することは禁じられていないこと,使用商品1に「FREEBIT」の表示をするに当たっては,クレシンジャパン社は被告側と連絡をとりながら検討していること,事後的にではあるが,被告が,オーディオテクニカ社による「FREEBIT」の使用は自らの許諾による本件商標の使用のであると認めていること(甲19)からすれば,オーディオテクニカ社が販売する使用商品1に対する「FREEBIT」の表示は,被告の許諾に基づいてなされたものであると認めることができる。
(2) これに対して,原告は,①本件ライセンス契約は,特許及びノウハウの実施のみを対象とし,本件商標の使用許諾をするものではなく,むしろ,本件商標の使用を排除している,②オーディオテクニカ社は,本件ライセンス契約に基づく特許技術を用いている旨の表示義務を怠り,同契約に違反しているのであるから,同契約は存続していない,③オーディオテクニカ社の製品はワイヤレス機能を有しないから,ワイヤレス機能を持つイヤホンに限定された本件ライセンス契約の対象たる特許発明を用いておらず,本件ライセンス契約の範囲に属しない,④オーディオテクニカ社には本件商標の使用意思がなかったことを理由に,オーディオテクニカ社の使用商品1に関する「FREEBIT」の表示は,被告の許諾に基づいてなされたものであるとはいえない,と主張する。
 しかし,上記①については,本件ライセンス契約においては,「ラインセンシーが製造・販売した当該製品の全ての単位に,ライセンシーの自社プランド,又は,ライセンシーの顧客が有するブランドを付すことができる。」(4条)と記載され,ライセンシーが自らの商標等を使用することを排除していないとはいえるが,ライセンシー等の商標と被告の有する商標を共に使用することは観念できるから,本件商標の使用を禁止するものではないことが明らかである同契約は,むしろ,許諾対象技術について「FREEBIT(マルR)」と表示することを義務付けている(4条)のであるから,本件商標の使用をも視野に入れていると解される。
 上記②については,本件ライセンス契約は,被告とクレシン社との間で締結された契約であるから,クレシン社のグループ会社であるクレシンジャパン社と本件購入契約等を締結したオーディオテクニカ社において,仮に本件ライセンス契約に違反するような事実があったとしても,それが直ちに本件ライセンス契約の終了をもたらすものとはいえず,むしろ,被告は,オーディオテクニカ社による「FREEBIT」表示の使用を自らの許諾によるものである本件商標の使用であると認めているのであるから,本件ライセンス契約が存続していることは明らかである。
 上記③については,本件ライセンス契約においては,許諾対象技術は同契約において特許番号をもって特定された特許に限られず,それに関する技術を広く含むものであり,かつ,契約当事者もワイヤレス機能を持たない使用商品1が本件ライセンス契約に基づいて製造販売されたものであると認識しているのであるから,ワイヤレス機能を持たないことを理由に使用商品1が本件ライセンス契約に基づいて製造販売されたものではないとはいえない。
 上記④については,オーディオテクニカ社の販売する使用商品1において,被告の特許発明を実施していないことや,同社が,米国において販売した商品を含め,使用商品1以外に「FREEBIT」の表示を使用していなかったことは,必ずしもオーディオテクニカ社の本件商標の使用意思を否定する根拠となるものではない。
(3) よって,取消事由1は,理由がない。」

【コメント】
 特許ライセンス契約を初めとして,技術的なライセンス契約中に,ライセンサーの商標の取り扱いを盛り込むことはよくあります。
 この場合,絶対使用禁止!とにかく使っちゃダメ!とするのはむしろ少数です。多くの場合,これこれこういう態様だったら使ってもいいよ~という限定的で消極的な許容を示すのが普通です。
 仮に積極的な許容をしてしまうと,それこそ商標のライセンスとなりますので,ライセンサーの知財の戦略を超えてしまうと思われます。他方,全く使わせないと,ライセンサーの宣伝にはなりませんので,ブランド戦略上, これも旨味がないわけです。

 ということで,技術的なライセンス契約でも,商標使用の限定的で消極的な許容があることがデフォ―になっております。
 今回,そういう前提で,このような限定的で消極的な許容を受けただけの者も,商標法50条に言う「通常使用権者」に当たるかどうかが問題になったわけです。
 で,知財高裁は,このような場合であっても通常使用権者に当たるとしたわけです(正確には,そういう審決の判断の是認ということですが。)。
 実務的に若干迷いそうなところについて,ある程度確かな判断が出ましたので,参考になると思います。