2015年10月29日木曜日

侵害訴訟 特許 平成26(ネ)10109 知財高裁 控訴棄却(請求棄却)

事件番号
事件名
 特許権侵害行為差止等請求控訴事件
裁判年月日
 平成27年10月28日
裁判所名
 知的財産高等裁判所第3部
裁判長裁判官 大 鷹 一 郎
裁判官 大 西 勝 滋
裁判官 田 中 正 哉

「 (1) 本件訂正に係る各訂正事項が訂正要件を満たすものか否かについて
ア 訂正事項①について
(ア) 訂正事項①は,本件発明の構成要件AないしGに,構成要件Oを付加するとともに,本件発明の「経皮吸収製剤」(構成要件G)を「経皮吸収製剤保持シート」(構成要件H’)とするものである。
 訂正事項①に係る訂正について,控訴人は,特許請求の範囲の減縮を目的とするものであり(特許法134条の2第1項ただし書1号),その他の訂正要件も満たす旨主張するのに対し,被控訴人らは,発明の対象を変更するものであるから,「実質上特許請求の範囲を拡張し,又は変更するもの」(特許法134条の2第9項,126条6項)に当たり,訂正要件を欠く旨主張するので,以下,訂正事項①に係る訂正が「実質上特許請求の範囲を拡張し,又は変更するもの」に当たるか否かにつき検討する。
(イ) 特許法は,訂正審判又は特許無効審判における訂正請求による特許請求の範囲等の訂正について,特許請求の範囲の減縮,誤記又は誤訳の訂正,明瞭でない記載の釈明を目的とするものに限って許されるものとし(126条1項,134条の2第1項),更に,「実質上特許請求の範囲を拡張し,又は変更するものであってはならない」(126条6項,134条の2第9項)ことを定めている。これは,訂正をすべき旨の審決が確定したときは,訂正の効果は特許出願の時点まで遡って生じ(128条),しかも,訂正された特許請求の範囲,明細書又は図面に基づく特許権の効力は不特定多数の一般第三者に及ぶものであることに鑑み,特許請求の範囲等の記載に対する一般第三者の信頼を保護することを目的とするものであり,特に,126条6項の規定は,訂正前の特許請求の範囲には含まれない発明が訂正後の特許請求の範囲に含まれることとなると,第三者にとって不測の不利益が生じるおそれがあるため,そうした事態が生じないことを担保する趣旨の規定であると解される。
(ウ) そこで,以上を踏まえて検討するに,本件訂正における訂正事項①は,本件訂正前の請求項1について,同請求項の「水溶性かつ生体内溶解性の高分子物質」の前に「シート状の支持体の少なくとも一方の面に経皮吸収製剤が1又は2個以上保持され,皮膚に押し当てられることにより前記皮膚吸収製剤が皮膚に挿入される経皮吸収製剤保持シートであって,」(構成要件O)を新たに加え,同請求項の「経皮吸収剤。」(構成要件G)を「である,経皮吸収製剤保持シート。」(構成要件H’)に訂正するというものであり,発明の対象を「経皮吸収製剤」という物の発明から「経皮吸収製剤保持シート」という物の発明に変更するものといえる。
 そして,①本件訂正前の特許請求の範囲中には,請求項19として,「シート状の支持体の少なくとも一方の面に請求項1~17のいずれかに記載の経皮吸収製剤が1又は2個以上保持され,皮膚に押し当てられることにより前記皮膚吸収製剤が皮膚に挿入される経皮吸収製剤保持シート」との記載があり,「経皮吸収製剤」の発明とは別に,「経皮吸収製剤保持シート」の発明の記載があること,②本件明細書には,「経皮吸収製剤」の発明は,「難経皮吸収性の薬物等であっても高い効率で皮膚から目的物質を吸収させることができる」という効果(段落【0059】)を奏することが,「経皮吸収製剤保持シート」の発明は,「本発明の経皮吸収製剤を簡便かつ効率的に投与することができる」という効果(段落【0060】)を奏することが記載されるなど,「経皮吸収製剤」の発明と「経皮吸収製剤保持シート」の発明とは,構成及び効果を異にする別個の発明として開示されていることを併せ考慮すると,本件訂正前の請求項1の「経皮吸収製剤」という物の発明を「経皮吸収製剤保持シート」という物の発明に変更する訂正事項①に係る訂正は,実質上特許請求の範囲を変更するものとして,特許法134条の2第9項において準用する同法126条6項に違反するものと認められる。仮にこのような物の発明の対象を変更する訂正が許されるとすれば,「その物の生産にのみ用いる物」又は「その物の生産に用いる物」の生産等の行為による間接侵害(同法101条1号ないし3号)が成立する範囲も異なるものとなり,特許請求の範囲の記載を信頼する一般第三者の利益を害するおそれがあるといえるから,前記(イ)で述べた同法126条6項の規定の趣旨に反するといわざるを得ない。他方で,本件においては,請求項19の「経皮吸収製剤保持シート」の発明について,発明の対象を変更することなく必要な訂正を行い,当該請求項に基づいて特許権を行使することも可能であるから,請求項1について,発明の対象の変更となるような訂正をあえて認めなければ,特許権者である控訴人の権利保護に欠けるという特段の事情もない。
 以上によれば,上記のとおり発明の対象を変更することとなる訂正事項①に係る訂正は,実質上特許請求の範囲を変更するものとして許されないものというべきである。・・・
(2) 小括
 以上によれば,本件訂正前の請求項1に係る本件訂正は,その余の点について判断するまでもなく,訂正要件を欠くものであって許されないものといえる。
 そうすると,控訴人の本件訂正に係る訂正の対抗主張は,その余の点について判断するまでもなく,採用することができない。」

【コメント】
 本件訂正前の請求項1は以下のとおりです。
【請求項1】
 水溶性かつ生体内溶解性の高分子物質からなる基剤と,該基剤に保持された目的物質とを有し,皮膚に挿入されることにより目的物質を皮膚から吸収させる経皮吸収製剤であって,
 前記高分子物質は,コンドロイチン硫酸ナトリウム,ヒアルロン酸,グリコーゲン,デキストラン,キトサン,プルラン,血清アルブミン,血清α酸性糖タンパク質,及びカルボキシビニルポリマーからなる群より選ばれた少なくとも1つの物質であり,
 尖った先端部を備えた針状又は糸状の形状を有すると共に前記先端部が皮膚に接触した状態で押圧されることにより皮膚に挿入される,経皮吸収製剤。

 要するに生体内で溶けるようなマイクロニードル系の発明なのですね。ただ,この請求項1は,「尖った先端部を備えた針状又は糸状の形状を有する」とあるものの,基剤がそうなのか,それとも,違うものがそうなのか,クレームからだけでは不明瞭です。
 そもそも,こういう問題がある発明だということに留意しておきましょう。
 他方,本件訂正後の請求項1は以下のとおりです。
【請求項1】
 シート状の支持体の少なくとも一方の面に経皮吸収製剤が1又は2個以上保持され,皮膚に押し当てられることにより前記皮膚吸収製剤が皮膚に挿入される経皮吸収製剤保持シートであって,
 前記経皮吸収製剤は,水溶性かつ生体内溶解性の高分子物質からなる基剤と,該基剤に保持された目的物質とを有し,皮膚(但し,皮膚は表皮及び真皮から成る。以下同様)に挿入されることにより目的物質を皮膚から吸収させるものであり,
 前記高分子物質は,コンドロイチン硫酸ナトリウム,ヒアルロン酸,グリコーゲン,デキストランプルラン,血清アルブミン,血清α 酸性糖タンパク質,及びカルボキシビニルポリマーからなる群より選ばれた少なくとも1つの物質(但し,デキストランのみからなる物質は除く)であり,
 尖った先端部を備えた針状又は糸状の形状を有すると共に前記先端部が皮膚に接触した状態で押圧されることにより皮膚に挿入され,
 経皮吸収製剤を前記形状に成形する際に,基剤は,水に溶解して曳糸性を示す状態に調製することを特徴とする,経皮吸収製剤である,
 経皮吸収製剤保持シート

 これは判旨から抜粋したのですが,この時点で確認できるミスがあります。
 クレームの二行目に「前記」とありますが,前記で指すその用語はありません。皮膚吸収製剤と経皮吸収製剤とをごっちゃにしています。
 それはいいとしても,訂正により,経皮吸収製剤だったものを経皮吸収製剤保持シートとしたのです。 そして,これらが全く別物と判断されたわけです。

 さて,本件で問題となったのは,特許法126条6項です。
第一項の明細書、特許請求の範囲又は図面の訂正は、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものであつてはならない。
 この条文の趣旨は,判旨にもあるとおり,「第三者にとって不測の不利益が生じるおそれがあるため,そうした事態が生じないことを担保する趣旨」で,異論はないところでしょう。
 ですが,どの程度の訂正が違法な「変更」に当たるかはよくわかりません。例えば,上記に書いた経皮吸収製剤を皮膚吸収製剤とする訂正ならばどうでしょうか。
 本判決では, 「変更」に当たる理由として,経皮吸収製剤と経皮吸収製剤保持シートとでは,クレームで書き分けている,作用効果も異なる,ということを挙げております。
 しかし,私が注目するのは,実質的な理由です。
 判決では,間接侵害の成立の範囲が異なってきて不当だ,という旨を挙げております。これは言われればそのとおりですが,勉強不足故,寡聞にして知りませんでした。
 この判決はそのような点を判示したということで,なかなか注目すべき判決だと思います。