2015年11月30日月曜日

審決取消訴訟 特許 平成27(行ケ)10228 無効審判 無効審決 請求棄却

事件名
 審決取消請求事件
裁判年月日
 平成27年11月25日
裁判所名
 知的財産高等裁判所第1部
裁判長裁判官 設 樂 一
裁判官 大 寄 麻 代
裁判官 岡 田 慎 吾

「3 取消事由1(相違点1に関する判断の誤り)について
(1) 本件発明1と甲1発明との相違点1は,審決の認定(前記第2,3(2)ウ(ア))のとおりである。すなわち,本件発明1では,イオン源が「加熱可能なイオンエミッタを有しており,該イオンエミッタの場にさらされる領域が液体金属層で被覆されており」,「前記液体金属層は純粋な金属ビスマスまたは低融点のビスマス含有合金からなり,その際電場の影響下でイオンエミッタを用いてビスマスイオン混合ビームを放射可能であり」,用いるイオンビームが「n≧2」であるのに対して,引用発明では,「一次イオンビームはGa,In,Sn,Au又はBiの液体金属イオンカラム中に生成された金属イオン」であるものの,イオン源の具体的構成が不明で,用いるイオンビームが「n≧1」である点で相違する。
(2) 検討
ア 本件発明1と甲1発明の相違点1のうち,「加熱可能なイオンエミッタを有しており,該イオンエミッタの場にさらされる領域が液体金属層で被覆されて」いる構成のイオン源を,二次イオン及び後からイオン化された中性の二次粒子を分析するための質量分析器において用いることが,周知技術(甲3)であり,甲1発明のイオン源として当該周知のものを用いることに,格別の技術的困難性も,阻害要因も認められないとした審決の判断には誤りがないことは,当事者間に争いがない。
イ 甲1発明の目的は,甲1文献の記載によれば,スパイク確率モデルに基づく計算結果をkeVイオンの有機液滴スパッタリングから得られたデータと比較することによって,スパイク確率モデルの有効性を検証することにあるのに対し,本件発明1の目的は,二次イオン質量分析器の操作において,クラスターイオンに関し,改善された二次イオン生成量を有するイオン源を提供することにあるから,本件発明1と甲1発明では,その目的を共通にするものとはいえない。
 しかし,TOF-SIMS(飛行時間型質量分析器)は,パルス状の一次イオンビームを試料表面に照射し(甲3の2),試料表面から放出される二次イオンを検出して,試料表面の質量分析を行うものであるから,当業者が甲1文献に接すれば,効率のよい測定を行うために,パルス状のイオンビームとしてどのような一次イオンビームを選択すれば,二次イオンの生成量を多くできるのかということについて着想するものと認められる。

 すなわち,甲1文献には,液体金属イオン源(液体金属イオンカラム)を用いた飛行時間型二次イオン質量分析器(TOF-SIMS)用の一次イオンビームとて,①Ga,In,Biの単原子イオン(Bi+,In+,Ga+)ビームを用いた場合(図6),②Auの単原子イオン(Au+,Au2+)ビーム及びクラスターイオン(Au2+,Au3+)ビームを用いた場合(図4),③Biの単原子イオン(Bi+)ビーム及びクラスターイオン(Bi2+,Bi3+)ビームを用いた場合(図2)のそれぞれについて,二次イオン([dAMP-H]-)の生成量を測定した結果がデータとして開示されているのであるから,当業者であれば,甲1発明の目的にかかわらず,甲1文献に開示された測定結果をもとに,甲1文献に列挙された一次イオンビームの中から,二次イオン生成量の多い一次イオンビームを選択して使用することは適宜なし得ることであるといえる。
 そうすると,相違点1を解消して本件発明1の当該構成に想到することができるかについては,甲1文献に列挙された一次イオンビームの中から,Biのクラスターイオンを選択することが可能であるか否かという問題であるといえる。
・・・以上によれば,甲1文献に接した当業者は,一次イオンビームとして単原子イオンビームを用いた場合には,Ga,InよりもAu,Biが二次イオン生成量の点で優れており,さらに,一次イオンビームとして,Au,Biの単原子イオンビームよりも,Au,Biのクラスターイオンビームを用いた場合の方が,二次イオン生成量の点で優れていることを理解する。
 他方,甲1文献には,Au,Biのクラスターイオン生成量についての測定値は記載されていないため,Au,Biいずれのクラスターイオンビームが二次イオン生成量の点で優れているのかについては,直ちには明らかではないと理解するといえる。
 そこで,上記の点について,甲2文献に開示された内容を次に検討する。
ウ 甲2文献に開示された内容
・・・
エ 液体金属イオン源について,多くの応用に向けた開発が行われてきたことなど甲2文献の上記記載によれば,甲2文献に開示された技術内容は,液体金属イオン源の特性に関するものであるといえ,甲1発明と同一の液体金属イオン源を用いる技術分野に関するものであると認められる。
 そうすると,甲2文献の上記記載に接した当業者であれば,Auイオンに比べてBiイオンの方がクラスターイオンの含まれる割合が高いことから,Biのクラスターイオンビームが二次イオン生成量の点で優れていることを理解するのであって,甲1文献に列挙された一次イオンビームの中から,Biのクラスターイオンを選択することは容易になし得ることであるといえる。
 また,甲2文献に開示された実験結果は,およそ液体金属イオン源を用いる技術分野に関するものであれば,特定の分野に限定されることはないものと考えられるから,原告の指摘するように甲2文献が学術論文であったとしても,このことが,液体イオン源を飛行時間型二次イオン質量分析器(TOF-SIMS)用の一次イオンビーム源として用いることを内容とする甲1発明に,甲2文献に開示された実験結果を組み合わせることについての阻害要因になるとは認められない。
 したがって,甲1発明と本件発明1の相違点1に係る構成は,甲1発明と甲2文献に記載の技術等に基づいて,当業者が容易に想到し得たものであると認められるから,この点に関する審決の判断に誤りはない。」

「4 取消事由2(相違点2に関する判断の誤り)について
(1) 本件発明1と甲1発明との相違点2は,審決の認定(前記第2,3(2)ウ(イ))のとおりである。すなわち,本件発明1の試料が「固体試料」であるのに対し,甲1発明の試料は「グリセリン」であって,甲1文献全体の記載を参酌すれば「液体試料」である点で相違する。
・・・
ウ 甲5文献の上記記載によれば,一次イオンとして,金の単原子イオン(Au+)及びクラスターイオン(Au2+,Au3+,Au4+,Au5+)を,脂質EG(Lipid EG),ポリアニオン化合物(R4SiW12O40)及び金のターゲットに衝突させたときに生成される二次イオンの生成量が,クラスターサイズが大きくなるほど増大する傾向にあることが認められる。
 そうすると,甲1文献及び甲5文献の各記載から,Auを一次イオンとした場合には,試料(ターゲット)が液体,固体のいずれであっても,クラスターイオンの方が単原子イオンよりも二次イオンの生成率が高いということができ,スパッタリングの機序が主として物理的な現象によるものであることも考慮すれば,Biを一次イオンとした場合についても同様の結果が得られるものと推認することができる。
 以上に加えて,甲1発明において,固体試料を分析することが通常想定できないものであるなどの特段の事情も認められないことを併せて考慮すれば,甲1発明において,試料を「液体試料」から「固体試料」と置き換えることは,当業者であれば,格別の困難なく容易になし得ることであると認められる。」

【コメント】
 SIMSという分析技術の,一次イオン源に関する発明です。
 クレームはこういうものです。
【請求項1】
 二次イオン及び後からイオン化された中性の二次粒子を分析するための質量分析器であって,固体試料を照射することで二次粒子を発生させるための一次イオンビームを作り出すイオン源と,二次粒子の質量分析のための分析ユニットとを有しており,前記イオン源は,加熱可能なイオンエミッタを有しており,該イオンエミッタの場にさらされる領域が液体金属層で被覆されており,該液体金属層は一次イオンビームとして放射されかつイオン化される金属を含有しており,該一次イオンビームは,異なるイオン化段階とクラスター状態とを有する金属イオンを含有しているものにおいて,
 前記液体金属層は純粋な金属ビスマスまたは低融点のビスマス含有合金からなり,その際電場の影響下でイオンエミッタを用いてビスマスイオン混合ビームを放射可能であり,該ビスマスイオン混合ビームから,それらの質量が単原子の1重または多重に電荷されたビスマスイオンBiP+の複数倍となる複数のビスマスイオン種のうちの1種が,フィルタ手段により,質量の純粋なイオンビームとしてろ過可能であり,該イオンビームは1種類のBiP+イオンのみから成っており,その際n≧2およびp≧1であり,かつnとpはそれぞれ自然数であることを特徴とする質量分析器。
」 (添字のP+は上付き文字です。他方1やnは下付き文字です。)

 審決では,進歩性がないとして,無効になってしまいました。
 ということで,一致点・相違点は以下のとおりです。
イ 一致点
 二次イオン及び後からイオン化された中性の二次粒子を分析するための質量分析器であって,試料を照射することで二次粒子を発生させるための一次イオンビームを作り出すイオン源と,二次粒子の質量分析のための分析ユニットとを有しており,液体金属層は一次イオンビームとして放射されかつイオン化される金属を含有しており,該一次イオンビームは,異なるイオン化段階とクラスター状態とを有する金属イオンを含有しているものにおいて,
 イオン混合ビームから,それらの質量が単原子の1重または多重に電荷された特定のイオンの複数倍となる複数の特定イオン種のうちの1種が,フィルタ手段により,質量の純粋なイオンビームとしてろ過可能であり,該イオンビームは質量が単原子のn倍でp重に電化された1種類の特定のイオンのみから成っており,p≧1であり,かるnとpはそれぞれ自然数である質量分析器
ウ 相違点
(ア) 相違点1
 本件発明1では,イオン源が「加熱可能なイオンエミッタを有しており,該イオンエミッタの場にさらされる領域が液体金属層で被覆されており」,「前記液体金属層は純粋な金属ビスマスまたは低融点のビスマス含有合金からなり,その際電場の影響下でイオンエミッタを用いてビスマスイオン混合ビームを放射可能であり」,用いるイオンビームが「n≧2」であるのに対して,引用発明では,「一次イオンビームはGa,In,Sn,Au又はBiの液体金属イオンカラム中に生成された金属イオン」であるものの,イオン源の具体的構成が不明で,用いるイオンビームが「n≧1」である点
(イ) 相違点2
 本件発明1の試料が「固体試料」であるのに対し,引用発明のそれは「グリセリン」であって,甲1文献の全体の記載を参酌すれば「液体試料」である点 。

 そして,判旨にもあるとおり,相違点1の,「加熱可能なイオンエミッタを有しており,該イオンエミッタの場にさらされる領域が液体金属層で被覆されており」の部分は周知技術ということですので,問題にはなっておりません。
 要するに,ポイントは,液体金属Biのイオンビームが着想可能かどうか?ということです。

 そして,今回の判旨では,甲1と甲2は組み合わせることができる,つまり動機付けはOKとしております(それ故,審決を取消しておりません。)。
 しかし,甲1は,本来のSIMSの使用法ではありません。甲1は,別目的のため(スパイク確率モデルの検討及び妥当性に関して検証)に,SIMSの装置を借用したわけです。ですので,二次イオンを発生させる試料として,相違点2のように,液体試料を使っているわけです。

 また,甲2もSIMSの装置ではありません。甲2は,液体金属イオン源に関してだけの論文です。SIMSに使うことを前提としたものではありません。
 ですので, 今回の判決は,久々の逆張り(つまりはアンチパテント)の判決ではないかと思います。

 数年前の,進歩性でのプロパテント時代なら,これくらいだと動機付けがない!(識者によっては,主引例適格性の問題などと言われているものです。)として,審決が取り消された可能性が結構高いと思います。

 裁判といえども,人が判断するものですから,流行り廃りがあります。
 一時期は何でもかんでも進歩性なしとされました(同一技術分野論などの時代)。
 そして,その後,飯村部長の合議体で,新傾向判決が連発され,それが他の部へも波及し(部長の交代,飯村さんの所長就任など),進歩性プロパテントの時代が到来しました。
 現時点(2015.11)でも,進歩性プロパテントの時代は続いていると思われていたのですが,若干違う面も出てきたわけです。
 この判決は,知財高裁第一部,つまりは設樂所長の合議体の判断ですから,これからの推移を慎重に見守る必要があると思います。
 

2015年11月18日水曜日

行政上告受理事件 特許 平成26(行ヒ)356  審決取消訴訟 請求認容判決 上告棄却


事件番号
事件名
 審決取消請求事件
裁判年月日
 平成27年11月17日
法廷名
 最高裁判所第三小法廷 
裁判長裁判官 木内道祥 
裁判官 岡部喜代子 
裁判官 大谷剛彦 
裁判官 大橋正春 
裁判官 山崎敏充

「上告代理人都築政則ほかの上告受理申立て理由について
1 本件は,特許第3398382号(以下「本件特許」といい,本件特許に係る特許権を「本件特許権」という。)の特許権者である被上告人が,本件特許権の存続期間の延長登録出願に係る拒絶査定不服審判の請求を不成立とした特許庁の審決の取消しを求める事案である。特許権の存続期間の延長登録出願(以下「延長登録出願」という。)の理由となった医薬品,医療機器等の品質,有効性及び安全性の確保等に関する法律(平成25年法律第84号による改正前の題名は,薬事法。以下,同改正の前後を通じて「医薬品医療機器等法」という。)の規定による医薬品の製造販売の承認(以下「出願理由処分」という。)に先行して,同一の特許発明につき医薬品医療機器等法の規定による医薬品の製造販売の承認(以下「先行処分」という。)がされている場合において,先行処分の存在により延長登録出願に係る特許発明の実施に出願理由処分を受けることが必要であったとは認められないとして,特許法(以下「法」という。)67条の3第1項1号に該当することになるか否かが争われている。
2 原審が適法に確定した事実関係等の概要は,次のとおりである。
(1) 本件特許(請求項の数は11である。)は,発明の名称を血管内皮細胞増殖因子アンタゴニストとして,平成4年10月28日に特許出願がされ,平成15年2月14日に設定登録がされた。
 本件特許に係る発明は,血管内皮細胞増殖因子アンタゴニストを治療有効量含有する,がんを治療するための組成物に関するものである。
(2) 被上告人は,平成21年9月18日,販売名を「アバスチン点滴静注用100mg/4mL」,一般名を「ベバシズマブ(遺伝子組換え)」とする医薬品につき,医薬品医療機器等法14条9項の規定による医薬品の製造販売の承認事項の一部変更承認を受けた(以下,この承認を「本件処分」といい,本件処分の対象となった医薬品を「本件医薬品」という。)。本件医薬品は,その有効成分を本件特許の特許請求の範囲の請求項1に記載された「抗VEGF抗体であるhVEGFアンタゴニスト」に当たる「ベバシズマブ(遺伝子組換え)」とし,効能又は効果を「治癒切除不能な進行・再発の結腸・直腸癌」とし,用法及び用量を「他の抗悪性腫瘍剤との併用において,通常,成人にはベバシズマブとして1回7.5mg/kg(体重)を点滴静脈内注射する。投与間隔は3週間以上とする。」などとするものである。本件医薬品の製造販売は,本件特許権の特許発明の実施に当たる。
(3) 本件処分よりも前に,用法及び用量以外を本件医薬品のそれと同じくする医薬品につき,医薬品医療機器等法14条1項による製造販売の承認がされている(以下,この承認を「本件先行処分」といい,本件先行処分の対象となった医薬品を「本件先行医薬品」という。)。本件先行医薬品は,その用法及び用量を「他の抗悪性腫瘍剤との併用において,通常,成人には,ベバシズマブとして1回5mg/kg(体重)又は10mg/kg(体重)を点滴静脈内投与する。投与間隔は2週間以上とする。」とするものである。本件先行医薬品の製造販売は,本件特許権の特許発明の実施に当たる。
(4) 本件先行処分によっては,XELOX療法(1サイクルを3週間とし,内服薬と2時間の点滴薬の投与で済む療法)とベバシズマブ療法との併用療法のための本件医薬品の製造販売は許されなかったところ,本件処分によって初めてこれが可能となった。
(5) 被上告人は,平成21年12月17日,本件処分を受けることが必要であったために本件特許権の特許発明の実施をすることができない期間があったとして,本件特許権につき延長登録出願をしたが,審査官から拒絶査定を受けたので,これを不服として拒絶査定不服審判の請求をした。
(6) 特許庁は,平成25年3月5日,法67条の3第1項1号にいう特許発明の実施は,法67条2項の政令で定める処分(以下「政令処分」という。)の対象となった医薬品の承認書に記載された事項のうち特許発明の発明特定事項(出願人が特許を受けようとする発明を特定するために必要と認める事項)に該当する全ての事項によって特定される医薬品の製造販売行為と捉えるべきところ,本件特許権の特許発明のうち本件医薬品に係る発明特定事項に該当する全ての事項によって特定される範囲は,既に本件先行処分によって実施できるようになっており,本件特許権の特許発明の実施に本件処分を受けることが必要であったとは認められないことを理由に上記審判の請求を不成立とする審決(以下「本件審決」という。)をした。
3 特許権の存続期間の延長登録の制度は,政令処分を受けることが必要であったために特許発明の実施をすることができなかった期間を回復することを目的とするものである。法67条の3第1項1号の文言上も,延長登録出願について,特許発明の実施に政令処分を受けることが必要であったとは認められないことがその拒絶の査定をすべき要件として明記されている。これらによれば,医薬品の製造販売につき先行処分と出願理由処分がされている場合については,先行処分と出願理由処分とを比較した結果,先行処分の対象となった医薬品の製造販売が,出願理由処分の対象となった医薬品の製造販売をも包含すると認められるときには,延長登録出願に係る特許発明の実施に出願理由処分を受けることが必要であったとは認められないこととなるというべきである。そして,このように,出願理由処分を受けることが特許発明の実施に必要であったか否かは,飽くまで先行処分と出願理由処分とを比較して判断すべきであり,特許発明の発明特定事項に該当する全ての事項によって判断すべきものではない。
 ところで,医薬品医療機器等法の規定に基づく医薬品の製造販売の承認を受けることによって可能となるのは,その審査事項である医薬品の「名称,成分,分量,用法,用量,効能,効果,副作用その他の品質,有効性及び安全性に関する事項」(医薬品医療機器等法14条2項3号柱書き)の全てについて承認ごとに特定される医薬品の製造販売であると解される。もっとも,前記のとおりの特許権の存続期間の延長登録の制度目的からすると,延長登録出願に係る特許の種類や対象に照らして,医薬品としての実質的同一性に直接関わることとならない審査事項についてまで両処分を比較することは,当該医薬品についての特許発明の実施を妨げるとはいい難いような審査事項についてまで両処分を比較して,特許権の存続期間の延長登録を認めることとなりかねず,相当とはいえない。そうすると,先行処分の対象となった医薬品の製造販売が,出願理由処分の対象となった医薬品の製造販売を包含するか否かは,先行処分と出願理由処分の上記審査事項の全てを形式的に比較することによってではなく,延長登録出願に係る特許発明の種類や対象に照らして,医薬品としての実質的同一性に直接関わることとなる審査事項について,両処分を比較して判断すべきである。
 以上によれば,出願理由処分と先行処分がされている場合において,延長登録出願に係る特許発明の種類や対象に照らして,医薬品としての実質的同一性に直接関わることとなる審査事項について両処分を比較した結果,先行処分の対象となった医薬品の製造販売が,出願理由処分の対象となった医薬品の製造販売を包含すると認められるときは,延長登録出願に係る特許発明の実施に出願理由処分を受けることが必要であったとは認められないと解するのが相当である。
4 これを本件についてみると,本件特許権の特許発明は,血管内皮細胞増殖因子アンタゴニストを治療有効量含有する,がんを治療するための組成物に関するものであって,医薬品の成分を対象とする物の発明であるところ,医薬品の成分を対象とする物の発明について,医薬品としての実質的同一性に直接関わることとなる両処分の審査事項は,医薬品の成分,分量,用法,用量,効能及び効果である。そして,本件処分に先行して,本件先行処分がされているところ,本件先行処分と本件処分とを比較すると,本件先行医薬品は,その用法及び用量を「他の抗悪性腫瘍剤との併用において,通常,成人には,ベバシズマブとして1回5mg/kg(体重)又は10mg/kg(体重)を点滴静脈内投与する。投与間隔は2週間以上とする。」とするものであるのに対し,本件医薬品は,その用法及び用量を「他の抗悪性腫瘍剤との併用において,通常,成人にはベバシズマブとして1回7.5mg/kg(体重)を点滴静脈内注射する。投与間隔は3週間以上とする。」などとするものである。そして,本件先行処分によっては,XELOX療法とベバシズマブ療法との併用療法のための本件医薬品の製造販売は許されなかったが,本件処分によって初めてこれが可能となったものである。
 以上の事情からすれば,本件においては,先行処分の対象となった医薬品の製造販売が,出願理由処分の対象となった医薬品の製造販売を包含するとは認められない。
5 以上によれば,本件特許権についての延長登録出願に係る特許発明の実施に本件処分を受けることが必要であったとは認められないとする本件審決を違法であるとした原審の判断は,正当として是認することができる。論旨は採用することができない。
 よって,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり判決する。」

【コメント】
 判旨は短いため,全文を載せました。今年は,特許で最高裁の判決が3つもあるという珍しい年ですね。そのうち2つが,知財高裁の大合議判決だったというのは,偶然ではないでしょうね。それだけ重大な事件だということです。
 さて,この事件は,特許の延長登録出願の拒絶審決が発端です。 
 原審は,上記のとおり,知財高裁の大合議なのですが,平成25年(行ケ)第10195号(平成26年5月30日判決)です。他にも3つ事件(10195~10198)があり,全部で4つの知財高裁の判決があったのですが,何故か今回は1つの事件のみに対して,上告受理が申し立てられたようです。
 経緯等はどこかで見て頂くとして,今回問題になったのは, 2度めの延長登録出願だからなのです。ですので,本件での薬事法に基づく処分(本件処分)の前に,先行処分がありました。
【本件処分】
「  ア  延長登録の理由となる処分
  薬事法14条9項に規定する医薬品に係る同項の承認
  イ  処分を特定する番号
  承認番号  21900AMX00921000
  ウ  処分の対象となったもの
  販売名  アバスチン点滴静注用400mg/16mL
  一般名  ベバシズマブ(遺伝子組換え)
  (以下,上記販売名及び一般名で特定される医薬品を「本件医薬品」という。)
  エ  処分の対象となったものについて特定された用途
  「治癒切除不能な進行・再発の結腸・直腸癌に対する他の抗悪性腫瘍剤との併用における,成人への,ベバシズマブとして1回7.5mg/kg(体重)での,投与間隔3週間以上の点滴静脈内注射」
  オ  処分を受けた日
  平成21年9月18日
 カ  政令で定める処分を受けた物が特許請求の範囲に記載されていること
  請求項1に記載の抗hVEGF抗体が処分を受けたベバシズマブ(遺伝子組換え)である。
【先行処分】
ア  処分の根拠
  薬事法14条1項
  イ  承認番号
  21900AMX00921000
  ウ  効能又は効果
  「治癒切除不能な進行・再発の結腸・直腸癌」
  エ  用法及び用量
  他の抗悪性腫瘍剤との併用において,通常,成人には,ベバシズマブとして15mg/kg(体重)又は10mg/kg(体重)を点滴静脈内注射する。投与間隔は2週間以上とする。
 比べるとわかるとおり, 本件処分と先行処分は,用法用量の違いだけで,成分や効能効果は同じです。
 
 原審の知財高裁は,「「その特許発明の実施に政令で定める処分を受けることが必要であった」との事実が存在するといえるためには,①「政令で定める処分」を受けたことによって禁止が解除されたこと(例えば,先行処分を受けたことによって既に禁止が解除されていると評価判断できない こと等),及び,②「政令で定める処分」によって禁止が解除された当該行為が「その特許発明の実施」に該当する行為(例えば,物の発明にあっては,その物 を生産等する行為)に含まれることが前提となり,その両者が成立することが必要」と判示しました(ただし,主張立証責任は,審査官になりますので,①の否定又は②の否定のどちらかの立証でOKです。)

 そして,①の要件は,処分の同一性の判断が必要となります。
 そうすると,薬事法の規定「名称,成分,分量,用法,用量,効能,効果,副作用その他の品質,有効性及び安全 性に関する事項」から,実質的に同一性を判断するものとして,(成分,分量,用法,用量,効能,効果)を抜き出したわけです。
 
 他方,今回の最高裁は,この知財高裁の判断を容認しました。別に新たに具体的な規範を導いたわけではありません。
 ただ,判旨において下線が引かれた所は重要なのでしょう。
 特に,「先行処分の対象となった医薬品の製造販売が,出願理由処分の対象となった医薬品の製造販売を包含すると認められるときは,延長登録出願に係る特許発明の実施に出願理由処分を受けることが必要であったとは認められない」 の部分は,重要です。

 ポイントは,先行処分が本件処分を包含するか否かであり,包含する場合は拒絶してもOKで,包含しない場合は拒絶してはダメということです。
 そして,その時の同一性の判断の要素としては,上記の(成分,分量,用法,用量,効能,効果)で判断するというわけです。
 なお,本件では②の要件を満たすことは前提のようですから,そこは論点とはなっておりません。 

 最高裁は上記のとおり,具体的な規範を提示したわけではありません。しかし,知財高裁の判断を容認しているわけですから,今後の基準としては,知財高裁の示した基準でよいのではないでしょうか。
 つまり,上記の①と②の要件であり,そして①の要件での同一性の判断については,(成分,分量,用法,用量,効能,効果)で判断するということです。
 現行の審査基準もこれと大きく齟齬しているわけではないようですが,同一性の基準は明記するよう再度の改訂はした方がよいでしょう。

 ところで,余計な話ではあるのですが,本件での代理人が気になります。
 仮に原審のとおりの事務所が代理人をやっているということになると,その事務所には,原審の判決を下した裁判長(前知財高裁所長)が天下っています。つまり上告事件の代理人には当該判決を下した者が加わっている可能性があるのです。
 他方,国側の代理人は,特許庁の官僚が指定代理人をするのが普通ですが,今回の上告審の代理人は,訟務検事つまり裁判官が担当しているのです。

 相手方代理人が原審の裁判長だけに?特許庁の官僚では力不足と感じて,わざわざ訟務検事を呼んだのでしょうか。
 兎も角も仮に相手方代理人に,原審の裁判長が加わっていた場合,現役の最高裁の判事と言えどもそれを覆すというのはなかなか大変なのではないかと思います。
 こういう場合,本来李下に冠を正さずという諺のとおり,自らは代理人に加わらないという態度が必要だとは思いますが,どうだったのでしょうか。
 判例雑誌では代理人まで明らかになりますので,はっきりするには,それを待つしかありません。ちょっと気になった次第です。
 
 

 

2015年11月17日火曜日

侵害訴訟 特許 平成26(ワ)27277 東京地裁 請求棄却

事件名
 損害賠償請求事件
裁判年月日
 平成27年10月14日
裁判所名
 東京地方裁判所民事第29部
裁判長裁判官 嶋 末 和 秀
裁判官 笹 本 哲 朗
裁判官 天 野 研 司

「 1 争点2(被告方法が文言上,本件特許発明の技術的範囲に属するか)について
(1) 事案に鑑み,まず,構成要件F4の充足性について検討する。
(2)ア 本件請求項1の記載によれば,本件特許発明は,「Webサーバ・クライアント・システム」(構成要件A)において実現される「Web-POSネットワーク・システムの制御方法」(構成要件I)に関する発明であって,「Web-POSサーバ・システム」が備えるべき構成を構成要件Cにおいて規定し,「Web-POSクライアント装置」が備えるべき構成を構成要件Dにおいて規定した上で,「Web-POSサーバ・システム」「Web-POSクライアント装置」との基本的な関係について,「Web-POSクライアント装置」上の「Webブラウザ」から「Web-POSサーバ・システム」にアクセスすると,「Web-POSサーバ・システム」から「Web-POSクライアント装置」に対し,当該装置において商品の選択や発注に係るユーザ操作を受け付ける「HTMLリソース」が提供されること,当該ユーザ操作に基づく商品の売上情報が「Web-POSサーバ・システム」において管理されることを構成要件Eにおいて規定し,さらに,「Web-POSクライアント装置」上の「Webブラウザ」による処理が,少なくとも(構成要件F1),「カテゴリーの変更または入力(選択)に関する表示制御過程」(構成要件F2),「商品識別情報の入力(選択)のための表示制御過程」(構成要件F3)及び「商品注文内容の表示制御過程」(構成要件F4)を含むべきことを構成要件Fにおいて規定していることが認められる。
 これらのうち,「Web-POSクライアント装置」上の「Webブラウザ」による処理について具体的にみると,まず,「カテゴリーの変更または入力(選択)に関する表示制御過程」については,①「Web-POSサーバ・システム」から「Web-POSクライアント装置」に取扱商品に関する基礎情報に含まれたカテゴリーに対応する「カテゴリーリスト」を含む「HTMLリソース」が供給され,「Web-POSクライアント装置」の「表示装置」に「カテゴリーリスト」が表示されること,②ユーザが,「Web-POSクライアント装置」の「入力手段」により,表示された上記①の「カテゴリーリスト」からカテゴリーを変更又は入力(選択)するごとに,「Web-POSクライアント装置」が「Web-POSサーバ・システム」に変更又は入力(選択)されたカテゴリーに対応する商品基礎情報を含む「HTMLリソース」を要求する「HTTPメッセージ」を送信すること,③「Web-POSサーバ・システム」が上記②で受信した「HTTPメッセージ」に基づき,変更又は入力(選択)されたカテゴリーに対応する商品基礎情報を抽出して,「Web-POSクライアント装置」に同情報を含む「HTMLリソース」を送信し,「Web-POSクライアント装置」の「表示装置」に変更又は入力(選択)されたカテゴリーに対応する商品基礎情報からなる商品リストが表示されることがそれぞれ規定されているものと認められる(以上につき,構成要件F2)。次に,「商品識別情報の入力(選択)のための表示制御過程」においては,④ユーザが「Web-POSクライアント装置」の「入力手段」により,上記③のとおり表示された商品リストにつき商品識別情報を入力(選択)するごとに,「Web-POSクライアント装置」が「Web-POSサーバ・システム」に同商品識別情報に対応する商品基礎情報を問い合わせること,⑤「Web-POSサーバ・システム」が「Web-POSクライアント装置」に上記④のとおり問い合わせられた商品識別情報に対応する商品基礎情報を送信し,「Web-POSクライアント装置」の「表示装置」に商品基礎情報に基づく商品の情報が表示されることがそれぞれ規定されているものと認められる(以上につき,構成要件F3)。さらに,「商品注文内容の表示制御過程」については,⑥上記⑤のとおり表示された商品の情報について,「ユーザが,該入力手段により数量を入力(選択)すると,該数量に基づく計算が行われると共に,前記入力(選択)された商品識別情報と該商品識別情報に対応して取得された上記商品基礎情報に基づく商品の注文明細情報が該入力手段を有する表示装置に表示されると共に,ユーザが,該入力手段によりオーダ操作(オーダ・ボタンをクリック)を行うと,該商品の注文明細情報に対する該数量入力(選択)に基づく計算結果の注文情報が該Web-POSサーバ・システムにおいて取得(受信)される」ことが規定されているものと認められる(構成要件F4)。
 このように,本件特許発明は,「Web-POSクライアント装置」上の「Webブラウザ」による処理について,その表示制御過程(上記①ないし⑥)を具体的に規定しているところ,「Web-POSクライアント装置」上でされたユーザの操作(例えば,上記②におけるカテゴリーの変更又は入力〔選択〕や,上記④における商品識別情報の入力〔選択〕)に対応して,「Web-POSサーバ・システム」において何らかの処理が行われる場合には,その都度,「Web-POSクライアント装置」から「Web-POSサーバ・システム」に何らかの要求が送信されること(例えば,上記②における「HTMLリソース」を要求する「HTTPメッセージ」の送信,上記④における商品識別情報に対応する商品基礎情報の問い合わせ,上記⑥におけるユーザがオーダ操作に対応する計算結果の注文情報の送信〔「Web-POSサーバー・システムにおいて取得(受信)」する以上,「Web-POSクライアント装置」から送信されていることは,明らかである。〕などがこれに該当する。)が明確に規定されているといえる。
 しかるに,本件請求項1は,「ユーザが,該入力手段により数量を入力(選択)する」操作が行われた場合に,構成要件F4にいう「該数量に基づく計算」を「Web-POSサーバ・システム」に行うよう要求することを規定していないのであるから,「該数量に基づく計算」は,専ら「Web-POSクライアント装置」において行われるものと解するのが相当である。
イ 上記アの解釈は,本件特許の出願手続からも裏付けられるところである。
 すなわち,証拠(乙13ないし18)によれば,本件特許の出願人である原告は,本件特許の出願手続において,当初(分割出願時)は,「数量に基づく計算」を「Web-POSクライアント装置」により行うか,「Web-POSサーバ・システム」により行うかについて,本件特許請求の範囲により規定していなかったところ,第1手続補正により,本件特許請求の範囲に「3)商品オーダ内容の操作に関する表示制御,すなわち,上記Web-POSクライアント装置の入力手段を有する表示装置に表示された上記商品の注文明細情報について,ユーザが,該入力手段により,オーダ内容(数量)を入力(選択)すると,該オーダ内容に基づく計算が上記Web-POSサーバ・システムにおいて行われると共に,その結果が上記Web-POSクライアント装置に通知され,また,ユーザが,該入力装置により,オーダ操作(オーダ・ボタンをクリック)を行うと,該商品の注文明細情報に対する該オーダ内容に基づく計算結果の販売情報または注文情報が該Web-POSサーバ・システムにおいて取得(受信)されること」との構成を付加しようとしたこと,特許庁審査官は,同構成を付加する補正は,願書に最初に添付された明細書,特許請求の範囲又は図面に記載した事項の範囲内においてしたものでなく,特許法17条の2第3項に違反するなどの理由により,第1手続補正を同法53条1項により却下する旨の決定をしたこと,原告は,同却下決定を受けて,第2手続補正により,本件特許請求の範囲に「ユーザが,該入力手段により数量を入力(選択)すると,該数量に基づく計算が行われると共に,」との構成を付加したことが認められる。
 上記手続に照らせば,原告は,第2手続補正により,「該数量に基づく計算」が「Web-POSサーバ・システム」により行われ,その結果が「Web-POSクライアント装置」に通知される構成を本件特許請求の範囲から除外したと解するのが相当である(なお,本件明細書の段落【0137】の記載は,上記判断を左右するものではない。)。
 (3) 原告は,構成要件F4にいう「ユーザが,該入力手段により数量を入力(選択)すると,該数量に基づく計算が行われる」とする「計算」について,同計算が行われるのは「Web-POSクライアント装置」側に限定されるものではない旨主張するが,上記説示したところに照らし,採用することができない。
 (4) 以上の解釈を前提に,被告方法が構成要件F4を充足するか検討する。
 証拠(乙1)によれば,被告方法においては,「(ユーザ端末の)表示画面上で,商品の『数量』を入力して『カートに追加』がクリックされると,数量の情報がWebサーバに送られて金額の計算が行われ,計算結果が顧客のコンピュータに送られて表示され・・・ユーザ端末において,入力した数量に基づく金額の計算が行われることはない」(被告システム説明書「4」参照)と認められる(なお,この点は,原告も否定していない。)。
そうすると,仮に,被告システムにおける「ユーザ端末」が本件特許発明にいう「Web-POSクライアント装置」に該当するとしても,構成要件F4にいう「該数量に基づく計算」は,当該ユーザ端末において行われないのであるから,被告方法は,構成要件F4を充足しない。
(5) 以上によれば,構成要件F4以外の各構成要件の充足性につき検討するまでもなく,被告方法が文言上,本件特許発明の技術的範囲に属するということはできない。」
「 2 争点3(被告方法が本件特許発明と均等なものとしてその技術的範囲に属するか)について
・・・(2) 事案に鑑み,まず,前記1において認定説示した本件特許発明と被告方法とが相違する部分(構成要件F4と被告方法との相違部分)に関し,均等の第5要件(上記(1)⑤)の成否を検討する。
 前記1(3)において認定説示したとおり,本件特許の出願人である原告は,本件特許の出願手続において,当初(分割出願時)は,「数量に基づく計算」を「Web-POSクライアント装置」により行うか,「Web-POSサーバ・システム」により行うかについて,本件特許請求の範囲により規定していなかったところ,第1手続補正により,本件特許請求の範囲に「3)商品オーダ内容の操作に関する表示制御,すなわち,上記Web-POSクライアント装置の入力手段を有する表示装置に表示された上記商品の注文明細情報について,ユーザが,該入力手段により,オーダ内容(数量)を入力(選択)すると,該オーダ内容に基づく計算が上記Web-POSサーバ・システムにおいて行われると共に,その結果が上記Web-POSクライアント装置に通知され,また,ユーザが,該入力装置により,オーダ操作(オーダ・ボタンをクリック)を行うと,該商品の注文明細情報に対する該オーダ内容に基づく計算結果の販売情報または注文情報が該Web-POSサーバ・システムにおいて取得(受信)されること」との構成を付加しようとしたこと,特許庁審査官は,同構成を付加する補正は,願書に最初に添付された明細書,特許請求の範囲又は図面に記載した事項の範囲内においてしたものでなく,特許法17条の2第3項に違反するなどの理由により,第1手続補正を同法53条1項により却下する旨の決定をしたこと,原告は,同却下決定を受けて,第2手続補正により,本件特許請求の範囲に「ユーザが,該入力手段により数量を入力(選択)すると,該数量に基づく計算が行われると共に,」との構成を付加したことが認められ,また,同補正により,本件請求項1記載の発明は,「該数量に基づく計算」が「Web-POSクライアント装置」により行われるものに限定されたと解すべきである。
 そうすると,原告は,本件特許の出願手続において,被告方法のような「該数量に基づく計算」が「Web-POSサーバ・システム」により行われ,その結果が「Web-POSクライアント装置」に通知される構成について,これを明確に認識しながら,あえて本件特許請求の範囲から除外したものと外形的に評価し得る行動をとったものというべきである(なお,原告は,前記1において認定説示した本件特許発明と被告方法とが相違する部分〔構成要件F4と被告方法との相違部分〕以外については,被告方法が本件特許発明と同一であるか,少なくとも均等であると主張しているのであるから,同主張を前提とする限り,被告方法は,客観的にみて,本件特許の出願手続において特許請求の範囲から意識的に除外されたものにあたることになるといえる。)。」

【コメント】
 本件は,所謂eコマースの通販サイトに関する発明と言うと早いでしょう。 

 クレームは以下のとおりです。

A:汎用のコンピュータとインターネットを用い,HTTPに基づくHTMLリソースの通信が行われるWebサーバ・クライアント・システムにおいて,
B:商品の販売時点における情報を管理するためのWeb-POSネットワーク・システムの制御方法であって,
C:上記Webサーバ・システムが,取扱商品に関する基礎情報を管理する商品(PLU)マスタDBを備え,該商品(PLU)マスタDBの管理,HTTPメッセージに基づくプログラムの実行及び,HTMLリソースの生成及び供給を行うサーバ装置からなる,Web-POSサーバ・システムであり,
D:上記Webクライアント装置が,タッチパネル,キーボード,マウス,電子ペンからなる入力手段を有する表示装置とWebブラウザを備えた,Web-POSクライアント装置であって,
E:上記Web-POSクライアント装置から,Webブラウザを介し,上記Web-POSサーバ・システムにアクセスすることにより,該Web-POSサーバ・システムから該Web-POSクライアント装置に対し,該Web-POSクライアント装置における商品の選択や発注に係るユーザ操作を受け付けるHTMLリソースが供給されると共に,該Web-POSクライアント装置におけるユーザ操作に基づく商品の売上情報が,該Web-POSサーバ・システムによって管理されるWeb-POSネットワーク・システムにおいて,
F1:上記Webブラウザによる処理が,少なくとも,
F2:1)カテゴリーの変更または入力(選択)に関する表示制御過程,すなわち,上記Web-POSサーバ・システムから上記Web-POSクライアント装置に該Web-POSサーバ・システムの商品(PLU)マスタDBにおいて管理されている取扱商品に関する基礎情報に含まれたカテゴリーに対応するカテゴリーリストを含むHTMLリソースが供給され,該供給されたカテゴリーリストを含むHTMLリソースが上記Webブラウザにおいて処理されることで,該Web-POSクライアント装置の入力手段を有する表示装置に該カテゴリーリストが表示され,ユーザが,該入力手段により,該表示されたカテゴリーリストからカテゴリーを変更または入力(選択)するごとに,該変更または入力(選択)されたカテゴリーに対応する商品基礎情報を含むHTMLリソースを要求するHTTPメッセージが上記Web-POSサーバ・システムに送信され,該要求のHTTPメッセージに基づき,該Web-POSサーバ・システムの商品(PLU)マスタDBにおいて管理されている取扱商品に関する基礎情報から該変更または入力(選択)されたカテゴリーに対応する商品基礎情報が抽出され,該抽出された商品基礎情報を含むHTMLリソースが生成されると共に,該Web-POSクライアント装置に送信され,該送信された商品基礎情報を含むHTMLリソースが該Webブラウザにおいて処理されることで,該変更または入力(選択)されたカテゴリーに対応する商品基礎情報からなる商品リストが該入力手段を有する表示装置に表示される,ユーザが所望するカテゴリーの商品(PLU)リストが表示される,カテゴリーの変更または入力(選択)に関する表示制御過程,
F3:2)商品識別情報の入力(選択)のための表示制御過程,すなわち,上記Web-POSクライアント装置の入力手段を有する表示装置に表示された上記カテゴリーに対応する上記商品(PLU)リストにおいて,ユーザが,該入力手段により,商品を特定するための商品識別情報を入力(選択)するごとに,該入力(選択)された商品識別情報に対応する商品基礎情報が上記Web-POSサーバ・システムに問い合わされて取得され,該取得された商品基礎情報に基づく商品の情報が該入力手段を有する表示装置に表示される,ユーザが所望する商品の情報が表示される,商品識別情報の入力(選択)のための表示制御過程,
F4:3)商品注文内容の表示制御過程,すなわち,上記Web-POSクライアント装置の入力手段を有する表示装置に表示された上記商品の情報について,ユーザが,該入力手段により数量を入力(選択)すると,概数量に基づく計算が行われると共に,前記入力(選択)された商品識別情報と該商品識別情報に対応して取得された上記商品基礎情報に基づく商品の注文明細情報が該入力手段を有する表示装置に表示されると共に,ユーザが,該入力手段によりオーダ操作(オーダ・ボタンをクリック)を行うと,該商品の注文明細情報に対する該数量入力(選択)に基づく計算結果の注文情報が該Web-POSサーバ・システムにおいて取得(受信)されることになる,ユーザが所望する商品の注文のための表示制御過程,を含み,
G:更に,上記Web-POSサーバ・システムにおいて,上記商品(PLU)マスタDBの1レコードが1商品に対応し,該レコードに上記商品識別情報に対応するフィールドが含まれることで,取扱商品に関する商品ごとの基礎情報が,該商品識別情報に対応するフィールドを含むレコードによって管理されることで,上記Web-POSクライアント装置におけるユーザ操作に基づく商品選択時点のPLU情報が,Webブラウザを介して,上記Web-POSサーバ・システムから供給されると共に,該PLU情報に基づく商品ごとの注文情報が,Webブラウザを介して,該Web-POSサーバ・システムにおいてリアルタイムに取得される,Web-POSネットワーク・システムによるPOS管理(商品の販売時点における情報の管理)が実現され,
H:更にまた,上記Web-POSサーバ・システムにおいて,上記Web-POSクライアント装置からリアルタイムで取得(受信)した上記商品の注文情報を売上管理DBに反映する売上管理DBへの登録過程を含むことで,上記Web-POSクライアント装置におけるユーザによる商品の注文操作が,Webブラウザを介するだけで,該商品ごとの注文情報として上記Web-POSサーバ・システムにおいて取得され,該取得された商品ごとの注文情報に基づく売上管理が実現されることを特徴とする
I:Web-POSネットワーク・システムの制御方法。

 クレーム自体は非常に長いのですが,通販サイトでの遷移をそのまま書いたようなクレームですので,それほどわかりにくいということはありません。

 さて,ポイントは,上記F4のところです。要するに,ユーザが買いたい商品をクリックし,それが複数個だった場合等に数量を入力することになるわけですが,その場合の小計の計算はどこでやるのか?っていうところです。

 それは,ウェブを用いたサーバクライアントシステムですので,サーバーでやるか,クライアントでやるか2つに一つです。
 
 とは言え,本来,このような小計をどこでやるかなんて大した話ではありませんから,特許の明細書上,またはクレーム上は,どこでもよい,クライアントでもサーバーでも,または第三サーバーでもよい, とするのが良い明細書というわけです。

 しかし,この事件では,クレーム解釈上,クライアント限定ということにされました。なぜなら,出願人(特許権者)が,審査段階で,サーバーでの計算の場合について限定する補正をしようとしたところ,新規事項追加ということでその補正は却下され,代わりに,今のようなクレーム,すなわち,計算はクライアントで行うようなものになったという経緯があるからです。
 勿論,初めのクレームには,小計の計算をどこでやるかなんていう限定はありませんでした。しかし,補正において,サーバーでの計算がNGで,クライアントでの計算がOKということは,明細書中には,クライアントでの計算の記載しかなく,しかもその他の場合を許容する記載がなかったのでしょう。

 これは実にまずいです。

 非常に有効な先行技術があり,それにサーバー計算の話が書いてあったので,無効事由を防ぐためにクライアントでの計算に限定したのであれば,まだ言い訳が立ちます。しかし,そんなことではなく,単なる想像力の不足により,本来広がるはずの権利範囲が狭くなったわけですので,責任は重大だと思います。
 今回の件は実に色んな勉強をさせてくれる素材だと思います。このような明細書の書き方について,重要な示唆ももたらせてくれますし,別紙の記載内容も参考になります。
 さらに,明細書の件もそうですが,このようなタイプの技術における,特許制度の意義についてもちょっと考えてしまう感もあります。
 

2015年11月16日月曜日

審決取消訴訟 商標 平成27(行ケ)10157 不使用取消審判 取消審決 請求認容

事件番号
事件名
 審決取消請求事件
裁判年月日
 平成27年11月11日
裁判所名
 知的財産高等裁判所第1部
裁判長裁判官 設 樂 一
裁判官 大 寄 麻 代
裁判官 岡 田 慎 吾

「当裁判所は,原告の主張する取消事由1には理由があり,審決は取り消されるべきであると判断する。その理由は,以下のとおりである。
1 商標法は,審決は,「審決の結論及び理由」を記載した文書をもって行わなければならない旨を定めている(商標法56条1項,特許法157条2項4号)。商標法が,民事訴訟手続に準じた審判手続を設け,商標登録の取消事由があるかどうかについては審判手続において法律上及び事実上の争点について十分な審理判断をすべきものとし,また,当事者の関与の下でそのような十分な審理判断がされていることを前提として,事実審を省略し,審決に対する訴えを東京高等裁判所の専属管轄としていること(商標法63条1項)に鑑みると,上記審決の記載事項を義務付けた規定の趣旨は,審判官の判断の慎重,合理性を担保しその恣意を抑制して審決の公正を保障すること,当事者が審決に対する取消訴訟を提起するかどうかを考慮するのに便宜を与えること及び審決の適否に関する裁判所の審査の対象を明確にすることにあるというべきであり,したがって,審決書に記載すべき理由としては,特段の事由がない限り,審判における最終的な判断として,その判断の根拠を証拠による認定事実に基づき具体的に明示することを要するものと解するのが相当である(最高裁判所第三小法廷昭和59年3月13日判決・裁民141号339頁参照)。
 そして,商標登録の不使用取消審判においては,審判請求の登録前3年以内に日本国内において商標権者等がその請求に係る指定商品・役務のいずれかについての登録商標の使用をしていることを証明しない限り,商標権者はその指定商品・役務に係る商標登録の取消しを免れないとされ(商標法50条2項),使用についての立証責任は被請求人が負うものとされている。したがって,商標登録の不使用取消審判での審理の中心となるのは,被請求人が主張する具体的な登録商標の使用の事実の存否であり,審判体が,商標登録の取消しという「結論」を導き出すための「理由」としては,被請求人が主張する具体的な登録商標の使用の事実を特定した上で,同主張に係る使用の事実が認められるか否かについての判断(同主張に係る使用が商標法50条2項の「使用」に該当するかについての法的判断を含む。)及びその根拠を,証拠に基づいて具体的に明示することを要するものと解するのが相当である。
 なお,商標登録の不使用取消審判の審決に対する取消訴訟においては,特許無効審判の審決に対する取消訴訟における無効事由の主張と異なり,審判において主張されていなかった新たな登録商標の使用の事実の立証も許されるが(最高裁判所第三小法廷平成3年4月23日判決・民集45巻4号538頁参照),このことをもって,審判において既に主張されている登録商標の使用の事実についての判断をしないことが許されるものではない。
2  証拠(文中掲記)によれば,原告は,審判手続において,平成27年2月13日付けで,口頭審理陳述要領書(乙6)を提出し,同書面においては,「本件審判請求の登録前3年以内の商標の使用」との見出しの下,「使用行為①」ないし「使用行為③」として,本件各使用行為を詳細に主張するとともに,これらの本件各使用行為が商標法2条3項の「使用」に該当する旨を主張し,これらの本件各使用行為を裏付ける書証として,A,B及びCの各陳述書を含む審判乙4号証ないし同乙15号証(甲4ないし甲15)を提出したこと,これに対する反論として,被告は,平成27年2月27日付けで口頭審理陳述要領書(乙7)を提出したことが認められる。
 しかし,審決の理由においては,「被請求人の主張」として,本件各使用行為の主張が摘示されているにもかかわらず,「当審の判断」においては,前記第2の3のとおりの判断が記載されているのみである。同記載のうち,前記第2の3の②の記載部分は,平成26年2月28日付け納品書が実態を反映したものではない旨を原告が自認していることを根拠として,無償譲渡も含めて,「同時期に使用商品が同納品書の名宛人である龍IMPROVEに譲渡されたものということはできない」との判断をしたものと一応理解することもできるから,そのような根拠が無償譲渡の事実をも否定する理由として合理的なものといえるかどうかは別として,使用行為3についての判断を記載したものと理解する余地もないではない。しかし,それ以外には,審決には,使用行為1及び2の事実が認められるかどうかについての判断は一切記載されておらず(なお,前記第2の3の③は,平成25年11月5日にエッセンシャルオイルを提供したという使用事実について判断したものであり,同年10月19日にBにMariquitaボトル入りのエッセンシャルオイル数種類及び価格表を交付したという使用行為2についての判断を示したものではない。),判断を示さないことについての特段の事由も認められない。そうすると,審決が,法が要求する「理由」を記載したものと解することはできないから,審決は違法であり,取り消すのが相当である。 」

【コメント】
 事例としては,商標の不使用取消審判のものです。しかし,通常の不使用取消とは異なる論点となっております。
 通常の不使用取消での論点は,商標の使用があったかどうかです。この点については,商標権者の主張立証責任とされているようですから,商標権者は,ある所定の期間内で,現に商標の使用があったことを証拠等に基いて主張立証することになります。

 そして,その結果については,当然審決でも記載しなければなりません。

 条文上も,商標法56条1項で準用する特許法157条2項4号は,
2  審決は、次に掲げる事項を記載した文書をもつて行わなければならない。

・・・
四  審決の結論及び理由
とあります。 

 これは判旨にもありますが,「趣旨は,審判官の判断の慎重,合理性を担保しその恣意を抑制して審決の公正を保障すること,当事者が審決に対する取消訴訟を提起するかどうかを考慮するのに便宜を与えること及び審決の適否に関する裁判所の審査の対象を明確にすること」のためです。
 ですので,理由が書いていないというのはとてつもないエラーというわけです。本件の審決は,原告である商標権者が主張した使用行為1と使用行為2については,何らの判断を示しておらず,これで審決が取り消されるのもやむを得ない所でしょう。

 なお,判旨に引用された判例は,こちらです。 この判例,前の版の特許判例百選にはあったのですが,今の第四版には載っておりません。評釈を書いていたのは,当時東京高裁の西田美昭裁判官でした。百選に関しては,大学の先生の色んな思惑がありそうですから,この程度にしておきましょう。
 

2015年11月13日金曜日

審決取消訴訟 特許 平成27(行ケ)10037 無効審判 不成立審決 請求棄却

事件番号
事件名
 審決取消請求事件
裁判年月日
 平成27年11月10日
裁判所名
 知的財産高等裁判所第2部
裁判長裁判官清 水 節
裁判官片 岡 早 苗
裁判官新 谷 貴 昭 
「 イ 「上記フランジ部は上記ピストンの半球凹状の摺動面を含む仮想球面の
内部に位置し」ていることについて
(ア) 原告は,甲1に記載された「半球状凸曲面10dの半径」は,下図の青色の矢印で示した箇所の長さを指すことが明らかであると主張する。

そして,原告は,甲1の「略半球状凸曲面10dよりも外側へ延びているフランジ部10b」という記載(【0017】)は,フランジ部10bが半球状凸曲面10dよりも外側に延びていることを意味するにすぎないとした上で,「平坦面10aの半径は半球状凸曲面10dの半径に対して,小さくも大きくも設定可能である。」という記載(【0018】)は上図の構成だけでなく下図の構成も可能であることを意味すると主張する。
 
 確かに,半球状凸曲面10dの半径は,あくまでも,「凸曲面」の「半径」であるから,原告が主張するとおり,半球状凸曲面10dをその一部として含む仮想円(仮想球面)の半径(つまり,上記2つの図の青色の矢印で示した線分の長さ)を意味すると解される。また,半球状凸曲面10dは,「ピストン6のピストン連結部6aの内側面に形成されている半球凹状の摺接面6bに摺接する」(【0017】)から,半球状凸曲面10dの半径は,明らかに,ピストン6の半球凹状の摺接面6bの半径と同じかそれより小さくなければならない。すなわち,甲1には,半球状凸曲面10dを含む仮想球面が,ピストン6の半球凹状の摺接面6bを含む仮想球面の内部に位置することが,記載されている。
 しかし,甲1の「略半球状凸曲面10dよりも外側へ延びているフランジ部10b」という記載(【0017】)は,フランジ部10bが半球状凸曲面10dよりも外側に延びていることを意味する。そして,甲1には,「平坦面10aの半径は半球状凸曲面10dの半径に対して,小さくも大きくも設定可能である。」(【0018】)と記載されているところ,平坦面10aの半径を半球状凸曲面10dの半径に対して大きく設定した場合,フランジ部10bが半球状凸曲面10dを含む仮想球面の内部に位置しないことは,明らかである。また,小さく設定した場合も,フランジ部10bは,前記ア(イ)に示した図から明らかなように,半球状凸曲面10dを含む仮想球面の内部には位置しない。そうすると,半球状凸曲面10dの半径がピストン6の半球凹状の摺接面6bの半径と同じ場合は,フランジ部10bは,ピストン6の半球凹状の摺接面6bを含む仮想球面の内部に位置しないし,半球状凸曲面10dの半径がピストン6の半球凹状の摺接面6bの半径より小さい場合も,フランジ部10bがピストン6の半球凹状の摺接面6bを含む仮想球面の内部に位置するか否かは,半球状凸曲面10dの半径がピストン6の半球凹状の摺接面6bの半径よりどれくらい小さいか,フランジ部10bが半球状凸曲面10dよりもどれくらい外側に延びているかなどに依存するから,一義的に定まるものではなく,結局,フランジ部10bは,ピストン6の半球凹状の摺接面6bを含む仮想球面の内部に位置しているとは認められない。また,甲1発明の課題,解決手段及び作用効果(前記(1)イ(ア))から見ても,フランジ部10bがピストン6の半球凹状の摺接面6bを含む仮想球面の内部に位置することが想定されていると認めることはできない。
 原告の主張は,甲1の図2に示されたシュー10の半球状凸曲面10dには半球からずれる箇所(すなわち,筒状部)が存在することを前提とするものであるが,この前提に根拠がないことは,前記アで述べたとおりである。
 したがって,原告の主張は,採用することができない。 
(イ) 原告は,シューは斜板が回転することでピストンの半球凹状の摺動面内を移動するものであり,仮に,シューのある部分が半球凹状の摺動面を含む仮想球面の内部に存在しないとすると,シューが最大角まで傾斜した際にその部分とピストンとが衝突してしまうため,シューはピストンの半球凹状の摺動面を含む仮想球面の内部に存在しなければならないという大前提(原告大前提)が存在すると主張し,したがって,甲1発明のシュー10のフランジ部10bはピストン6の半球凹状の摺接面6bを含む仮想球面の内部に位置すると主張する。そして,原告は,上記大前提が存在することの根拠として,本件公知文献の各図(甲2の図1,甲3の図11,甲4の図8,甲5の図4,甲6の図5,甲16の図1,甲17の図1。)に示されたシューを,甲1に記載されたシュー10に置き換えた場合,仮に,フランジ部10bがピストンの半球凹状の摺動面を含む仮想球面の内部に存在しないとすると,シュー10が最大角まで傾斜した際にフランジ部10bがピストンに衝突することを挙げる。
 しかし,本件公知文献に記載されているのは,いずれも,フランジ部を有しないシューに関する発明であり,公開特許公報である本件公知文献の各図は,その発明に係る技術内容を当業者に理解させるための説明図にすぎないから,そこに示されたシューを,本件公知文献に記載された各発明と技術的関連性のないシュー(例えば,甲1に記載されたシュー10)に置き換えたときの状況を見て取れるほど正確なものではない。したがって,原告の主張は,そもそも根拠がない。
 また,本件公知文献の各図に示される斜板式圧縮機(斜板式コンプレッサ)に,同文献に記載された各発明と技術的関連性なくフランジ部を有するシューを組み込むことは,およそ想定されておらず,そのような想定されていない状態を仮定した場合に何らかの技術的な不都合が生じるとしても,それによって格別の技術常識の存在が根拠付けられるわけではない。
 以上のとおりであるから,原告大前提が存在すると認めることはできず,したがって,甲1に記載されたシュー10のフランジ部10bは,ピストン6の半球凹状の摺接面6bを含む仮想球面の内部に位置すると認めることができない。」

【コメント】
 これは機械系の発明ですので,図を見た方が早いと思います。
 
【請求項1】
回転軸を中心に回転する斜板と,該斜板の回転に伴って進退動するとともに半球凹状の摺動面の形成されたピストンと,上記斜板に摺接する平坦状の端面部および上記ピストンの摺動面に摺接する球面部の形成されたシューとを備えた斜板式コンプレッサにおいて,
 上記シューにおける上記球面部と端面部との間に筒状部を形成するとともに,該筒状部と端面部との境界部分に該筒状部よりも半径方向外方に突出して斜板に摺接するフランジ部を形成し,
 上記フランジ部は上記ピストンの半球凹状の摺動面を含む仮想球面の内部に位置し,筒状部の径を上記ピストンにおける摺動面の開口部の径よりも小径としたことを特徴とする斜板式コンプレッサ。
」(本件発明1) 

 クレームはこんな感じなので,上の図と対照しながら見ていくといいでしょう。

 何に使うかというと,コンプレッサーなのですが,主としてカーエアコン用で,冷媒を圧縮するのに使っているらしいのですね。軸が回転すると斜めの板も回り,それにつられて,回りのピストンがピストン運動をするという機構です。うまく考えたものです。
 そして,今回問題になったのが,斜めの板とピストンとの間に入る,シューです。本件発明1で,その部分を拡大すると,下の図のようになります。
 
 シューの端に,フランジ部があり( 14),それが仮想球面Sの内部に位置しているということがポイントです。

 こうすると,「フランジ部は上記空間に流入した潤滑油の外部への排出を可及的に阻止し,上記空間に潤滑油を保持するためのもの(【0006】)である。」という利点があるようです。

 今回問題になったのは,進歩性です。
 主引例の甲1発明は,上の判旨での図のとおり,フランジ部が,仮想球面の外部に若干飛び出ているように見えます。
 一致点・相違点認定です。
(一致点)
「回転軸を中心に回転する斜板と,該斜板の回転に伴って進退動するとともに半球凹状の摺動面の形成されたピストンと,上記斜板に摺接する平坦状の端面部および上記ピストンの摺動面に摺接する球面部の形成されたシューとを備えた斜板式コンプレッサにおいて,半径方向外方に突出して斜板に摺接するフランジ部を形成した斜板式コンプレッサ。」である点。
(相違点)
本件発明1は,「上記シューにおける上記球面部と端面部との間に筒状部を形成するとともに,該筒状部と端面部との境界部分に該筒状部よりも」半径方向外方に突出するフランジ部を形成し,「上記フランジ部は上記ピストンの半球凹状の摺動面を含む仮想球面の内部に位置し,筒状部の径を上記ピストンにおける摺動面の開口部の径よりも小径」とするのに対し,甲1発明は,「半球状凸曲面10dと平坦面10aとの境界部分に上記半球状凸曲面10dよりも」半径方向外方に突出して斜板11に摺接するフランジ部10bを形成した点。
 相違点は何点かあるのですが,このフランジ部が出ているか出ていないかが一番のポイントのように見えます。 

 そして,判旨で指摘しているように,無効を主張したい原告のいうとおりに甲1の明細書が書かれているとは思えず,フランジ部の相違点はなかなか克服できないのだと思います。
 そうなると,審決の認定・判断は妥当と言え,審決を取り消すのは難しいところです。