2015年11月18日水曜日

行政上告受理事件 特許 平成26(行ヒ)356  審決取消訴訟 請求認容判決 上告棄却


事件番号
事件名
 審決取消請求事件
裁判年月日
 平成27年11月17日
法廷名
 最高裁判所第三小法廷 
裁判長裁判官 木内道祥 
裁判官 岡部喜代子 
裁判官 大谷剛彦 
裁判官 大橋正春 
裁判官 山崎敏充

「上告代理人都築政則ほかの上告受理申立て理由について
1 本件は,特許第3398382号(以下「本件特許」といい,本件特許に係る特許権を「本件特許権」という。)の特許権者である被上告人が,本件特許権の存続期間の延長登録出願に係る拒絶査定不服審判の請求を不成立とした特許庁の審決の取消しを求める事案である。特許権の存続期間の延長登録出願(以下「延長登録出願」という。)の理由となった医薬品,医療機器等の品質,有効性及び安全性の確保等に関する法律(平成25年法律第84号による改正前の題名は,薬事法。以下,同改正の前後を通じて「医薬品医療機器等法」という。)の規定による医薬品の製造販売の承認(以下「出願理由処分」という。)に先行して,同一の特許発明につき医薬品医療機器等法の規定による医薬品の製造販売の承認(以下「先行処分」という。)がされている場合において,先行処分の存在により延長登録出願に係る特許発明の実施に出願理由処分を受けることが必要であったとは認められないとして,特許法(以下「法」という。)67条の3第1項1号に該当することになるか否かが争われている。
2 原審が適法に確定した事実関係等の概要は,次のとおりである。
(1) 本件特許(請求項の数は11である。)は,発明の名称を血管内皮細胞増殖因子アンタゴニストとして,平成4年10月28日に特許出願がされ,平成15年2月14日に設定登録がされた。
 本件特許に係る発明は,血管内皮細胞増殖因子アンタゴニストを治療有効量含有する,がんを治療するための組成物に関するものである。
(2) 被上告人は,平成21年9月18日,販売名を「アバスチン点滴静注用100mg/4mL」,一般名を「ベバシズマブ(遺伝子組換え)」とする医薬品につき,医薬品医療機器等法14条9項の規定による医薬品の製造販売の承認事項の一部変更承認を受けた(以下,この承認を「本件処分」といい,本件処分の対象となった医薬品を「本件医薬品」という。)。本件医薬品は,その有効成分を本件特許の特許請求の範囲の請求項1に記載された「抗VEGF抗体であるhVEGFアンタゴニスト」に当たる「ベバシズマブ(遺伝子組換え)」とし,効能又は効果を「治癒切除不能な進行・再発の結腸・直腸癌」とし,用法及び用量を「他の抗悪性腫瘍剤との併用において,通常,成人にはベバシズマブとして1回7.5mg/kg(体重)を点滴静脈内注射する。投与間隔は3週間以上とする。」などとするものである。本件医薬品の製造販売は,本件特許権の特許発明の実施に当たる。
(3) 本件処分よりも前に,用法及び用量以外を本件医薬品のそれと同じくする医薬品につき,医薬品医療機器等法14条1項による製造販売の承認がされている(以下,この承認を「本件先行処分」といい,本件先行処分の対象となった医薬品を「本件先行医薬品」という。)。本件先行医薬品は,その用法及び用量を「他の抗悪性腫瘍剤との併用において,通常,成人には,ベバシズマブとして1回5mg/kg(体重)又は10mg/kg(体重)を点滴静脈内投与する。投与間隔は2週間以上とする。」とするものである。本件先行医薬品の製造販売は,本件特許権の特許発明の実施に当たる。
(4) 本件先行処分によっては,XELOX療法(1サイクルを3週間とし,内服薬と2時間の点滴薬の投与で済む療法)とベバシズマブ療法との併用療法のための本件医薬品の製造販売は許されなかったところ,本件処分によって初めてこれが可能となった。
(5) 被上告人は,平成21年12月17日,本件処分を受けることが必要であったために本件特許権の特許発明の実施をすることができない期間があったとして,本件特許権につき延長登録出願をしたが,審査官から拒絶査定を受けたので,これを不服として拒絶査定不服審判の請求をした。
(6) 特許庁は,平成25年3月5日,法67条の3第1項1号にいう特許発明の実施は,法67条2項の政令で定める処分(以下「政令処分」という。)の対象となった医薬品の承認書に記載された事項のうち特許発明の発明特定事項(出願人が特許を受けようとする発明を特定するために必要と認める事項)に該当する全ての事項によって特定される医薬品の製造販売行為と捉えるべきところ,本件特許権の特許発明のうち本件医薬品に係る発明特定事項に該当する全ての事項によって特定される範囲は,既に本件先行処分によって実施できるようになっており,本件特許権の特許発明の実施に本件処分を受けることが必要であったとは認められないことを理由に上記審判の請求を不成立とする審決(以下「本件審決」という。)をした。
3 特許権の存続期間の延長登録の制度は,政令処分を受けることが必要であったために特許発明の実施をすることができなかった期間を回復することを目的とするものである。法67条の3第1項1号の文言上も,延長登録出願について,特許発明の実施に政令処分を受けることが必要であったとは認められないことがその拒絶の査定をすべき要件として明記されている。これらによれば,医薬品の製造販売につき先行処分と出願理由処分がされている場合については,先行処分と出願理由処分とを比較した結果,先行処分の対象となった医薬品の製造販売が,出願理由処分の対象となった医薬品の製造販売をも包含すると認められるときには,延長登録出願に係る特許発明の実施に出願理由処分を受けることが必要であったとは認められないこととなるというべきである。そして,このように,出願理由処分を受けることが特許発明の実施に必要であったか否かは,飽くまで先行処分と出願理由処分とを比較して判断すべきであり,特許発明の発明特定事項に該当する全ての事項によって判断すべきものではない。
 ところで,医薬品医療機器等法の規定に基づく医薬品の製造販売の承認を受けることによって可能となるのは,その審査事項である医薬品の「名称,成分,分量,用法,用量,効能,効果,副作用その他の品質,有効性及び安全性に関する事項」(医薬品医療機器等法14条2項3号柱書き)の全てについて承認ごとに特定される医薬品の製造販売であると解される。もっとも,前記のとおりの特許権の存続期間の延長登録の制度目的からすると,延長登録出願に係る特許の種類や対象に照らして,医薬品としての実質的同一性に直接関わることとならない審査事項についてまで両処分を比較することは,当該医薬品についての特許発明の実施を妨げるとはいい難いような審査事項についてまで両処分を比較して,特許権の存続期間の延長登録を認めることとなりかねず,相当とはいえない。そうすると,先行処分の対象となった医薬品の製造販売が,出願理由処分の対象となった医薬品の製造販売を包含するか否かは,先行処分と出願理由処分の上記審査事項の全てを形式的に比較することによってではなく,延長登録出願に係る特許発明の種類や対象に照らして,医薬品としての実質的同一性に直接関わることとなる審査事項について,両処分を比較して判断すべきである。
 以上によれば,出願理由処分と先行処分がされている場合において,延長登録出願に係る特許発明の種類や対象に照らして,医薬品としての実質的同一性に直接関わることとなる審査事項について両処分を比較した結果,先行処分の対象となった医薬品の製造販売が,出願理由処分の対象となった医薬品の製造販売を包含すると認められるときは,延長登録出願に係る特許発明の実施に出願理由処分を受けることが必要であったとは認められないと解するのが相当である。
4 これを本件についてみると,本件特許権の特許発明は,血管内皮細胞増殖因子アンタゴニストを治療有効量含有する,がんを治療するための組成物に関するものであって,医薬品の成分を対象とする物の発明であるところ,医薬品の成分を対象とする物の発明について,医薬品としての実質的同一性に直接関わることとなる両処分の審査事項は,医薬品の成分,分量,用法,用量,効能及び効果である。そして,本件処分に先行して,本件先行処分がされているところ,本件先行処分と本件処分とを比較すると,本件先行医薬品は,その用法及び用量を「他の抗悪性腫瘍剤との併用において,通常,成人には,ベバシズマブとして1回5mg/kg(体重)又は10mg/kg(体重)を点滴静脈内投与する。投与間隔は2週間以上とする。」とするものであるのに対し,本件医薬品は,その用法及び用量を「他の抗悪性腫瘍剤との併用において,通常,成人にはベバシズマブとして1回7.5mg/kg(体重)を点滴静脈内注射する。投与間隔は3週間以上とする。」などとするものである。そして,本件先行処分によっては,XELOX療法とベバシズマブ療法との併用療法のための本件医薬品の製造販売は許されなかったが,本件処分によって初めてこれが可能となったものである。
 以上の事情からすれば,本件においては,先行処分の対象となった医薬品の製造販売が,出願理由処分の対象となった医薬品の製造販売を包含するとは認められない。
5 以上によれば,本件特許権についての延長登録出願に係る特許発明の実施に本件処分を受けることが必要であったとは認められないとする本件審決を違法であるとした原審の判断は,正当として是認することができる。論旨は採用することができない。
 よって,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり判決する。」

【コメント】
 判旨は短いため,全文を載せました。今年は,特許で最高裁の判決が3つもあるという珍しい年ですね。そのうち2つが,知財高裁の大合議判決だったというのは,偶然ではないでしょうね。それだけ重大な事件だということです。
 さて,この事件は,特許の延長登録出願の拒絶審決が発端です。 
 原審は,上記のとおり,知財高裁の大合議なのですが,平成25年(行ケ)第10195号(平成26年5月30日判決)です。他にも3つ事件(10195~10198)があり,全部で4つの知財高裁の判決があったのですが,何故か今回は1つの事件のみに対して,上告受理が申し立てられたようです。
 経緯等はどこかで見て頂くとして,今回問題になったのは, 2度めの延長登録出願だからなのです。ですので,本件での薬事法に基づく処分(本件処分)の前に,先行処分がありました。
【本件処分】
「  ア  延長登録の理由となる処分
  薬事法14条9項に規定する医薬品に係る同項の承認
  イ  処分を特定する番号
  承認番号  21900AMX00921000
  ウ  処分の対象となったもの
  販売名  アバスチン点滴静注用400mg/16mL
  一般名  ベバシズマブ(遺伝子組換え)
  (以下,上記販売名及び一般名で特定される医薬品を「本件医薬品」という。)
  エ  処分の対象となったものについて特定された用途
  「治癒切除不能な進行・再発の結腸・直腸癌に対する他の抗悪性腫瘍剤との併用における,成人への,ベバシズマブとして1回7.5mg/kg(体重)での,投与間隔3週間以上の点滴静脈内注射」
  オ  処分を受けた日
  平成21年9月18日
 カ  政令で定める処分を受けた物が特許請求の範囲に記載されていること
  請求項1に記載の抗hVEGF抗体が処分を受けたベバシズマブ(遺伝子組換え)である。
【先行処分】
ア  処分の根拠
  薬事法14条1項
  イ  承認番号
  21900AMX00921000
  ウ  効能又は効果
  「治癒切除不能な進行・再発の結腸・直腸癌」
  エ  用法及び用量
  他の抗悪性腫瘍剤との併用において,通常,成人には,ベバシズマブとして15mg/kg(体重)又は10mg/kg(体重)を点滴静脈内注射する。投与間隔は2週間以上とする。
 比べるとわかるとおり, 本件処分と先行処分は,用法用量の違いだけで,成分や効能効果は同じです。
 
 原審の知財高裁は,「「その特許発明の実施に政令で定める処分を受けることが必要であった」との事実が存在するといえるためには,①「政令で定める処分」を受けたことによって禁止が解除されたこと(例えば,先行処分を受けたことによって既に禁止が解除されていると評価判断できない こと等),及び,②「政令で定める処分」によって禁止が解除された当該行為が「その特許発明の実施」に該当する行為(例えば,物の発明にあっては,その物 を生産等する行為)に含まれることが前提となり,その両者が成立することが必要」と判示しました(ただし,主張立証責任は,審査官になりますので,①の否定又は②の否定のどちらかの立証でOKです。)

 そして,①の要件は,処分の同一性の判断が必要となります。
 そうすると,薬事法の規定「名称,成分,分量,用法,用量,効能,効果,副作用その他の品質,有効性及び安全 性に関する事項」から,実質的に同一性を判断するものとして,(成分,分量,用法,用量,効能,効果)を抜き出したわけです。
 
 他方,今回の最高裁は,この知財高裁の判断を容認しました。別に新たに具体的な規範を導いたわけではありません。
 ただ,判旨において下線が引かれた所は重要なのでしょう。
 特に,「先行処分の対象となった医薬品の製造販売が,出願理由処分の対象となった医薬品の製造販売を包含すると認められるときは,延長登録出願に係る特許発明の実施に出願理由処分を受けることが必要であったとは認められない」 の部分は,重要です。

 ポイントは,先行処分が本件処分を包含するか否かであり,包含する場合は拒絶してもOKで,包含しない場合は拒絶してはダメということです。
 そして,その時の同一性の判断の要素としては,上記の(成分,分量,用法,用量,効能,効果)で判断するというわけです。
 なお,本件では②の要件を満たすことは前提のようですから,そこは論点とはなっておりません。 

 最高裁は上記のとおり,具体的な規範を提示したわけではありません。しかし,知財高裁の判断を容認しているわけですから,今後の基準としては,知財高裁の示した基準でよいのではないでしょうか。
 つまり,上記の①と②の要件であり,そして①の要件での同一性の判断については,(成分,分量,用法,用量,効能,効果)で判断するということです。
 現行の審査基準もこれと大きく齟齬しているわけではないようですが,同一性の基準は明記するよう再度の改訂はした方がよいでしょう。

 ところで,余計な話ではあるのですが,本件での代理人が気になります。
 仮に原審のとおりの事務所が代理人をやっているということになると,その事務所には,原審の判決を下した裁判長(前知財高裁所長)が天下っています。つまり上告事件の代理人には当該判決を下した者が加わっている可能性があるのです。
 他方,国側の代理人は,特許庁の官僚が指定代理人をするのが普通ですが,今回の上告審の代理人は,訟務検事つまり裁判官が担当しているのです。

 相手方代理人が原審の裁判長だけに?特許庁の官僚では力不足と感じて,わざわざ訟務検事を呼んだのでしょうか。
 兎も角も仮に相手方代理人に,原審の裁判長が加わっていた場合,現役の最高裁の判事と言えどもそれを覆すというのはなかなか大変なのではないかと思います。
 こういう場合,本来李下に冠を正さずという諺のとおり,自らは代理人に加わらないという態度が必要だとは思いますが,どうだったのでしょうか。
 判例雑誌では代理人まで明らかになりますので,はっきりするには,それを待つしかありません。ちょっと気になった次第です。