2015年11月4日水曜日

不正競争  平成26(ワ)6372 東京地裁 請求棄却

事件番号
事件名
 不正競争行為差止等請求事件
裁判年月日
 平成27年10月22日
裁判所名
 東京地方裁判所民事第46部
裁判長裁判官 長谷川 浩 二
裁判官 清野正彦
裁判官 藤原典子

「(2)技術上又は営業上の情報が不競法上の営業秘密として保護されるためには,当該情報が秘密として管理され,事業活動に有用であって,かつ,公然と知られていないことを要する(不競法2条6項)。
 原告は,本件名刺帳に収納された名刺に記載された情報が原告の営業秘密に当たる旨主張するが,名刺は他人に対して氏名,会社名,所属部署,連絡先等を知らせることを目的として交付されるものであるから,その性質上,これに記載された情報が非公知であると認めることはできない。なお,守秘義務を負うべき状況下で特定の者に対して名刺を手交するような場合には,その記載内容が非公知性を有することもあり得ようが,本件においてそのような事情は見当たらない。
 また,本件名刺帳に収納された2639枚の名刺を集合体としてみた場合には非公知性を認める余地があるとしても,本件名刺帳は,上記認定事実によれば,被告Aが入手した名刺を会社別に分類して収納したにとどまるのであって,当該会社と原告の間の取引の有無による区別もなく,取引内容ないし今後の取引見込み等に関する記載もなく,また,古い名刺も含まれ,情報の更新もされていないものと解される(甲16参照)。これに加え,原告においては顧客リストが本件名刺帳とは別途作成されていたというのであるから,原告がその事業活動に有用な顧客に関する営業上の情報として管理していたのは上記顧客リストであったというべきである。そうすると,名刺帳について顧客名簿に類するような有用性を認め得る場合があるとしても,本件名刺帳については,有用性があると認めることはできない。
 さらに,上記認定事実によれば,原告においては,従業員又は取締役が業務上入手した名刺の管理や処分につき就業規則等に定めを置いておらず,従業員等に対しこの点に関する指示をすることもなかったというのであるから,上記顧客リストの記載とは別に従業員等が所持する名刺については,その処分を従業員等に委ねていたと認めるのが相当である。本件名刺帳は,上記認定の収納及び管理の状況に照らせば,被告Aが原告から処分を委ねられた名刺を単に自己の営業活動等のために整理していたにすぎないものというべきであり,原告が管理していたとみることはできない。また,原告による管理を認め得るとしても,本件名刺帳が保管された引き出しは施錠されておらず,秘密とする旨の表示もなかったというのであるから,秘密管理性を認めることは困難である。 
(3)以上によれば,本件名刺帳を営業秘密ということはできないから,4号又は5号の不正競争をいう原告の主張は失当と解すべきである。 」

【コメント】
 本件は,原告会社の元取締役が,原告を退社の際に名刺帳を持ち出してライバルメーカーに入り,その後,原告会社の従業員を引き抜いたという事例です。

 知財関係的に重要なのは,この名刺帳が営業秘密に当たるかということですが,上記の判旨のとおり,東京地裁の民事第46部の合議体はこれを否定しました。
 ご存知のとおり,不競法上の営業秘密に当たるかどうかは3つの要件をクリアする必要があります。①非公知性,②有用性,③秘密管理性です。 
 さて,裁判上問題になるのは,③の秘密管理性の場合が多いです。経済産業省が,この営業秘密の秘密管理性について,どの程度の管理でよいか示した営業秘密管理指針が近時改訂されました。
 これによると,「秘密管理性要件は、従来、①情報にアクセスできる者が制限されていること(アクセス制限)、②情報にアクセスした者に当該情報が営業秘密であることが認識できるようにされていること(認識可能性)の2つが判断の要素になると説明されてきた。しかしながら、両者は秘密管理性の有無を判断する重要なファクターであるが、それぞれ別個独立した要件ではなく、「アクセス制限」は、「認識可能性」を担保する一つの手段であると考えられる。したがって、情報にアクセスした者が秘密であると認識できる(「認識可能性」を満たす)場合に、十分なアクセス制限がないことを根拠に秘密管理性が否定されることはない。」(同秘密管理指針p5の注5)とあります。

 そうすると,営業秘密かどうか見て分かるというのが非常に重要であるというわけです。

 本件でも,判旨のとおり,「秘密とする旨の表示もなかった」とありますので,この点を重視していることがわかります。
 ただ,本件では別の特徴があります。それは,①の要件も②の要件も認められないとうことです。この点は珍しいと思います。
 通常は,世に知られていない情報で,商売にとって有用な情報の持ち出し等が問題になるわけです。ところが本件では,名刺は人様にあげるものだから,その情報は非公知のものではなく,その名刺を会社別に分類したくらいでは役に立つとも言えないとしたわけです。 名刺帳は営業秘密としての保護には値しないと判断されたのです。

 さらに,原告にとって不幸なのは,他の請求(従業員の引き抜きや信用毀損行為)も認められなかったということです。
 キーとなる人物が転出し,同業他社へ行った挙句,何の対抗措置もとれなかった(現時点では)ということになります。
 これはよくある話なのですが(特に人の出入りの激しいソフトウェア系の業界など),個人の職業選択の自由等もあり,非常に悩ましい所です。 本件では問題となっておりませんが,誓約書等の徴収である程度の対策になりえます。恐らくですが,本件ではこの誓約書に基いての請求をしてない所を見ると,誓約書などが無かったのでしょう。
 トラブって辞める人間に誓約書などを書かせるのはなかなか難しい所ではあるのですが,退職金等をうまく使えば,何とか署名まで持っていけるのではないかと考えます。勿論,無理強いはできない所だと思いますが。