2015年12月28日月曜日

審決取消訴訟 特許 平成27(行ケ)10018 不服審判 拒絶審決 請求認容

事件番号
事件名
 審決取消請求事件
裁判年月日
 平成27年12月17日
裁判所名
 知的財産高等裁判所第4部
裁判長裁判官 髙 部 眞 規 子
裁判官 田 中 芳 樹
裁判官 鈴 木 わ か な
「⑵ 引用発明に周知技術Aを適用することの阻害要因について
ア 周知例3及び4には,周知技術A,すなわち,端末装置の種類(通常画面サイズも異なる)に対応する複数のスタイルシート(CSS)をあらかじめ用意しておき,そのうちの1つを選択するようにすることが開示されているものと認められる(甲4,甲5)。
 したがって,周知技術Aは,周知性の有無はともかく,本願優先日当時において公知の技術であったことは明らかである。
 そこで,以下では,引用発明に周知技術Aを適用することにつき,阻害要因の存否を検討する。
イ(ア) 前記2⑵のとおり,従来,サーバ装置から提供されるコンテンツデータは,端末装置の種類等の違いにかかわらず,同一の表示形式で提供されていたので,端末装置の画像解像度によっては,必ずしも提供されたコンテンツデータを適切に表示することができないという問題があった。その対策として,様々な種類の端末装置ごとに別々のコンテンツデータを製作(制作)し,それらのコンテンツデータを端末装置の種類ごとに分けてサーバ装置に用意しておく方法等があったものの,そのような方法においては,サーバ装置側に,バッチファイル等の複数の選択肢(例えば,バッチファイル等)をあらかじめ用意しておく必要があることから,端末装置の種類や機種の増加に伴って,サーバ装置側の製作負荷が膨大なものとなり,コストも増大するという問題がある。
(イ) そこで,引用発明は,これらの問題をいずれも解決すること,すなわち,端末装置の特性や能力等に応じて別々のコンテンツ及び選択肢を用意することなく,コンテンツのメンテナンスに要する負担やコスト等を軽減しつつ,端末装置に応じた最適なコンテンツを提示することができる情報提示装置の提供を課題とした。そして,引用発明は,前記課題解決手段として,ユーザに対して情報を提示する端末装置の表示画面サイズを含む端末情報を取得し,コンテンツを構成するページに対応する構造化データに規定された素材データの提示形式を,前記端末情報に基づいて前記端末装置に合った提示形式に調整した上で,前記素材データをフォーマット変換してXHTML文書とCSSから成るページデータを生成するという構成を採用した。引用発明は,同構成を採用して,各コンテンツに係る素材データにつき,前記調整,変換を行い,最終的に各端末装置に合った提示形式を備えたページデータにすることにより,各端末装置の特性等に応じて複数のコンテンツ及び選択肢を用意しなくても,各端末装置に応じた最適なコンテンツを提供できるようにして,前記課題を解決するものである。
ウ 他方,周知技術Aは,端末装置の種類(通常画面サイズも異なる)に対応する複数のスタイルシート(CSS)をあらかじめ用意しておき,そのうちの1つを選択するようにすることであり,これは,前記イ(ア)において従来技術の一例として挙げた「様々な種類の端末装置ごとに別々のコンテンツデータを製作(制作)し,それらのコンテンツデータを端末装置の種類ごとに分けてサーバ装置に用意しておく方法」と同様に,サーバ装置側に複数の選択肢をあらかじめ用意しておく必要があることから,端末装置の種類や機種の増加に伴って,サーバ装置側の製作負荷が膨大なものとなり,コストも増大するという問題を生じさせるものである。
 そして,この問題は,引用発明がその解決を課題とし,前記イ(イ)の課題解決手段の採用によって解決しようとした問題にほかならない。
 したがって,引用発明に周知技術Aを適用すれば,引用発明の課題を解決することができなくなることは明らかであるから,上記適用については,阻害要因があるものというべきである。」

【コメント】
  本願発明のクレームは以下のとおりです。
A:マルチデバイスに対応したシステムにおいて用いられる装置であって,
B :前記装置は,ネットワークを介して,前記マルチデバイスとしての複数の端末のうちの少なくとも1つの端末に接続されるように構成され,
B1:前記装置は,プロセッサ部とメモリ部とを含み,
B2:前記メモリ部には,少なくとも1つのスタイルシートが予め格納されており,前記少なくとも1つのスタイルシートのそれぞれは,コンテンツの表示形式を定義するものであり,前記少なくとも1つのスタイルシートのそれぞれは,前記少なくとも1つの端末のうちの1つに対応し,
C :前記プロセッサ部は,
C1:要求端末からの要求を前記ネットワークを介して受信することであって,前記要求端末は,前記少なくとも1つの端末のうちの1つである,ことと,
C2:前記要求端末のユーザ・エージェント情報を認識することにより前記要求端末のタイプを判定し,
C3:前記要求端末のタイプに応じたスクリプトを,前記ネットワークを介して,前記要求端末に送信し,前記送信されたスクリプトを前記要求端末が実行することによって前記要求端末において取得された前記要求端末の画面サイズを示す情報を,前記ネットワークを介して,前記要求端末から受信することによって,前記要求端末の画面サイズを示す情報を取得することと,
C4:前記要求端末の画面サイズを示す情報に少なくとも基づいて,前記少なくとも1つのスタイルシートのうちのスタイルシートを選択することと,
C5:前記選択されたスタイルシートに基づく情報を前記ネットワークを介して前記要求端末に提供することと
C :を行うように構成されている,
A :装置
 要するに,様々な端末でのウェブサイトなど,コンテンツの表示をプログラムの再開発などの面倒臭いことを行うことなく,「開発期間を短縮し,開発コストを低減することができ,前記イの課題を解決することができる 」ようにしたものです。

 他方,引用発明のとの一致点・相違点は以下のとおりです。
ア 一致点
A マルチデバイスに対応したシステムにおいて用いられる装置であって,
B 前記装置は,ネットワークを介して,前記マルチデバイスとしての複数の端末のうちの少なくとも1つの端末に接続されるように構成され,
B1 前記装置は,プロセッサ部とメモリ部とを含み,
C 前記プロセッサ部は,
C1 要求端末からの要求を前記ネットワークを介して受信することであって,前記要求端末は,前記少なくとも1つの端末のうちの1つである,ことと,
C2 前記要求端末のユーザ・エージェント情報を認識することにより前記要求端末のタイプを判定し,
C3 前記要求端末のタイプに応じたスクリプトを,前記ネットワークを介して,前記要求端末に送信し,前記送信されたスクリプトを前記要求端末が実行することによって前記要求端末において取得された前記要求端末の画面サイズを示す情報を,前記ネットワークを介して,前記要求端末から受信することによって,前記要求端末の画面サイズを示す情報を取得することと,
C4’前記要求端末の画面サイズを示す情報に少なくとも基づいて,コンテンツの表示形式を定義するものであるスタイルシートを特定すること,
C5’前記特定されたスタイルシートに基づく情報を前記ネットワークを介して前記要求端末に提供することと
C を行うように構成されている,
A 装置

イ 相違点
(ア) 本件審決は,本願発明と引用発明とは,以下の点において相違すると認定した(以下「本件審決認定の相違点」という。)。
 すなわち,本願発明においては,①B1の「メモリ部」が,B2「前記メモリ部には,少なくとも1つのスタイルシートが予め格納されており,前記少なくとも1つのスタイルシートのそれぞれは,コンテンツの表示形式を定義するものであり,前記少なくとも1つのスタイルシートのそれぞれは,前記少なくとも1つの端末のうちの1つに対応し,」とするものであり,②前記アのC4’の「(前記要求端末の画面サイズを示す情報に少なくとも基づいて,コンテンツの表示形式を定義するものである)スタイルシートを特定すること」が,「前記少なくとも1つのスタイルシートのうちのスタイルシートを選択すること」(「C4”」)であり,③前記アのC5’の「特定されたスタイルシート(に基づく情報を前記ネットワークを介して前記要求端末に提供すること)」が,「選択されたスタイルシート(に基づく情報を前記ネットワークを介して前記要求端末に提供すること)」である。
 これに対し,引用発明においては,①本願発明のB1の「メモリ部」に相当するqの「記憶部22」が,本願発明のB2に相当する構成を有しておらず,②前記アのC4’の「(前記要求端末の画面サイズを示す情報に少なくとも基づいて,コンテンツの表示形式を定義するものである)スタイルシートを特定すること」が,前記C4”とすること(そのように選択すること)ではなく,「取得された端末情報に含まれる表示画面サイズに合わせて,前記取得された構造化データに規定された素材データの提示形式を,当該端末装置に合った提示形式に調整し」,「調整後の構造化データにおける素材データの提示形式に相当する部分が最終的にCSSで記述されるようにフォーマット変換して」行うこと(「uv」)であり,③前記アのC5’の「特定されたスタイルシート(に基づく情報を前記ネットワークを介して前記要求端末に提供すること)」が,「選択されたスタイルシート(に基づく情報を前記ネットワークを介して前記要求端末に提供すること)」ではない。


 要するに,本願発明では,端末に応じたスタイルシートというものを予め用意しておくのに対し,引用発明では,端末情報に応じて調整,変換することにより,スタイルシートを生成するという違いが大きな差異です。
 しかしながら周知発明には,「端末装置の種類(通常画面サイズも異なる)に対応する複数のスタイルシート(CSS)をあらかじめ用意しておき,そのうちの1つを選択するようにすることが開示されているもの 」という開示がありましたので,これを引用発明と組み合わせることができれば,本願発明の構成要件はほぼ勢揃いということになります。

 それ故,周知発明を引用発明に適用できるかどうかが最大のポイントになったわけです。
 この点に関し,上記のとおり, 高部さんの合議体では,阻害要因があって組み合わせることができないと認定しました。
 それは,予めスタイルシートを用意しておくような発明の課題を克服しようとして,引用発明が生まれたのだから,そんな先祖返りのようなことはするわけがない!ということなのです。

 そうすると,本願発明というのは先祖返りしたような発明ですので,そもそも本当に進歩性があるのかどうか怪しい気もします。しかし,進歩性とは,抽象的に考えるものではなく,引用発明との差を通じて具体的に考えるものですので,このような結論もありうるところだと思います。
 とは言え,出願人・特許権者としては,知財高裁に係属する際は,是非とも4部を指名したいところだと思います。
  なお,実施者ないし無効審判の請求人としては,是非とも3部を指名したいのではないかと思います。
 上記とも,2015年末現在の話ではあります。
 

2015年12月14日月曜日

審決取消訴訟 特許 平成27(行ケ)10042 不服審判 拒絶審決 請求認容


事件番号
事件名
 審決取消請求事件
裁判年月日
 平成27年12月10日
裁判所名
 知的財産高等裁判所第4部
裁判長裁判官 髙 部 眞 規 子
裁判官 田 中 芳 樹
裁判官 鈴 木 わ か な

「4 取消事由2(相違点2の判断の誤り)について
⑴ 相違点2について
 本願発明と引用発明との間には,相違点2,すなわち,カルシウム含有層が,本願発明では,「実質的にポリマーを含まず,かつ,該顆粒の外表面のほとんどはポリマーで覆われていない」と特定されているのに対して,引用発明では,「粒子の一部が露出した状態で固定されている」と特定されているという相違点が存在する。そして,前記1⑵イのとおり,本願発明の上記特定に係る「該顆粒」は,個々の顆粒を指し,「実質的にポリマーを含まず」の趣旨は,カルシウム含有層中のポリマー含有量が,約0.5重量%未満,好ましくは約0.2重量%未満,より好ましくは約0.1重量%未満,多くの場合皆無であることを意味することから,「該顆粒の外表面のほとんどはポリマーで覆われていない」の趣旨は,「個々の顆粒の外表面の全てではないが,少なくとも半分以上はポリマーで覆われていない」ことを意味する。他方,前記3⑵アのとおり,引用発明の上記特定に係る「粒子の一部が露出した状態で固定されている」は,個々の粒子の一部が,同粒子の基材シートへの固定が妨げられない程度に露出していることを意味するものと解される。そうすると,前記相違点は,実質において,本願発明における「個々のカルシウム化合物の顆粒」及び引用発明における「個々のリン酸カルシウム系化合物からなる粒子」,すなわち,個々のカルシウム系化合物粒子が基材シートから露出する程度の相違であり,本願発明は,引用発明よりも,露出の程度が大きいものと解される。
⑵ 引用発明における粒子の露出
・・・
エ また,本件審決は,引用例【0048】から【0051】には,基材シートと粒子を直接付着する方法等が記載されており,必ずしも「プレス」による付着方法のみが記載されているわけではなく,しかも,「粒子の露出の程度」は,それらの方法に応じて様々なものになることは技術常識であるとして,粒子の露出の程度を適宜変更するべくプレス以外の付着方法を採用することも当業者が容易になし得た旨判断した。
 しかし,前記2のとおり,引用例においては,従来技術の課題を解決する手段として,①基材シートの少なくとも片面側にリン酸カルシウム系化合物からなる粒子を付着させること及び②その粒子をプレスして基材シートに埋入させることが開示されており,本件審決が指摘する【0048】から【0051】は,前記①の「付着」の方法に関するものである。また,前記2によれば,前記②の「プレス」は,前記課題を解決する手段として不可欠なものというべきである。
 したがって,引用例に接した当業者において,前記②の「プレス」を実施しないことは,通常,考え難い。
オ 以上のとおり,引用例の記載において,露出の程度に触れているものはないことに照らすと,引用例には,個々のカルシウム化合物粒子が基材シートから露出する程度につき,大きい方が好ましいことが示されているということはできない。 
⑶ 相違点2の容易想到性
 前記⑵のとおり,引用例には,個々のカルシウム化合物粒子が基材シートから露出する程度につき,大きい方が好ましいことが示されているということはできない。また,本願優先日当時においてそのような技術常識が存在していたことを示す証拠もない。
 したがって,本願優先日当時において,引用例に接した当業者が,個々のカルシウム化合物粒子が基材シートから露出する程度をより大きくしようという動機付けがあるということはできない。
 そうすると,引用例に基づいて,相違点2に係る本願発明の構成に至ることが容易であるということはできない。
 以上によれば,原告主張の取消事由2には,理由がある。」

【コメント】
 本発明は生体内で,骨の代わりとして使う(手術のときなど) 骨複合材の発明のようです。
 クレームは以下のとおりです。
【請求項1】
 (a)合成吸収性ポリマーを含み,第1の面および第2の面を有する第1のポリマー層であって,前記第1のポリマー層がそれに穿孔を有し,かつ,前記第1のポリマー層が薄膜の形態である,前記第1のポリマー層;および 
(b)前記ポリマー層の前記第1の面に化学的,物理的またはその両方で付着し,カルシウム化合物の顆粒を含む第1のカルシウム含有層(該第1のカルシウム含有層は実質的にポリマーを含まず,かつ,該顆粒の外表面のほとんどはポリマーで覆われていない)
 を有する可撓性骨複合材。
 
 図はこのようなものです。

【図1】ポリマー層およびカルシウム含有層を有する本発明の可撓性骨複合材の1実施形態の断面図(ポリマー層30,顆粒22,カルシウム含有層20,可撓性骨複合材10,ポリマー層30の第1の面32および第2の面34。)。

 そして,主引例との一致点・相違点は以下のとおりです。
イ 本願発明と引用発明との一致点
(a)合成吸収性ポリマーを含み,第1の面および第2の面を有する第1のポリマー層であって,前記第1のポリマー層がそれに穿孔を有し,かつ,前記第1のポリマー層が薄膜の形態である,前記第1のポリマー層;および
(b)前記ポリマー層の前記第1の面に化学的,物理的またはその両方で付着した,第1のカルシウム含有層
 を有する可撓性骨複合材である点
ウ 本願発明と引用発明との相違点
(相違点1)
 本願発明は,カルシウム化合物が「顆粒を含む」と規定しているのに対し,引用発明は,そのような規定を有しない点
(相違点2)
 カルシウム含有層が,本願発明では,「実質的にポリマーを含まず,かつ,該顆粒の外表面のほとんどはポリマーで覆われていない」と特定されているのに対し,引用発明では,「粒子の一部が露出した状態で固定されている」と特定されている点

 判旨は相違点2の部分に関する所です。
 要するに,上記の顆粒22の部分について,「個々のカルシウム系化合物粒子が基材シートから露出する程度の相違であり,本願発明は,引用発明よりも,露出の程度が大きい」という違いがあるけれども,これが想到容易かどうか?ということです。
 そして,上記のとおり,高部部長の合議体は, 引用例には露出の程度についての明示の記載はなく,さらに技術常識等の適用もできない(引用例の発明で違う方法をとりえない)ことから,「引用例の記載において,露出の程度に触れているものはないことに照らすと,引用例には,個々のカルシウム化合物粒子が基材シートから露出する程度につき,大きい方が好ましいことが示されているということはできない。 」と判断したわけです。

 とは言え,かなり微妙な判断のような感じもします。
 今回,拒絶査定の不服の審判ということで,被告が特許庁でしたので,ある程度やればいいかなという心持ちが見え隠れします。
 ですので,無効が争いになった場合等,特許庁とは比べものにならない真剣度の相手方(要するに,侵害訴訟での被告)でしたら,技術常識等も探しだして,進歩性無いことを証明できるのではないかと思えます。
 
 

2015年12月9日水曜日

侵害訴訟 特許 平成27(ネ)10075 知財高裁 控訴棄却(請求棄却)

事件番号
事件名
 損害賠償請求控訴事件
裁判年月日
 平成27年11月30日
裁判所名
 知的財産高等裁判所第3部
裁判長裁判官 大 鷹 一 郎
裁判官 大 西 勝 滋
裁判官 神 谷 厚 毅

「控訴人は,①仮にAが本件発明の発明者であると法的に評価される場合であっても,本件の事実関係を前提とすれば,Aは,本件発明について控訴人名義で特許出願を行うべきであると認識し,控訴人代表者もそのことに同意していたと評価できるから,Aから控訴人に対して,本件発明についての特許を受ける権利が黙示的に譲渡されたものであり,②仮に上記①が認められないとしても,Aは,遅くとも,平成15年6月ころ,控訴人が本件発明に係る特許出願等につき,日立ディスプレイズと本件特許等を対象としたライセンス契約を締結し,控訴人においてライセンス料を受領することを容認していたことからすると,Aは,そのころ,控訴人が本件特許を受ける権利の権利者であることを追認し,控訴人は本件発明についての特許を受ける権利を有していたから,本件特許は,その発明について特許を受ける権利を有しない者の特許出願に対してされたものとはいえず,本件特許には,特許法123条1項6号の無効理由は存在しない旨主張するので,以下において判断する。
(1) 上記①について
 控訴人の上記①の譲渡の主張は,Aが本件発明についての特許を受ける権利が自己に帰属することを認識した上で,これを控訴人に対して譲渡するに至った経過や,譲渡の対価の有無及び対価額その他の譲渡の条件等についての具体的な主張を伴うものではなく,Aが本件発明について控訴人名義で特許出願を行うべきであると認識していたからといって直ちにAが本件発明についての特許を受ける権利を控訴人に対して譲渡する意思表示をしたことの根拠となるものではない。他にAが本件発明についての特許を受ける権利を控訴人に対して譲渡する意思表示をしたことを認めるに足りる証拠はない。また,控訴人代表者は,本件発明は,控訴人代表者が自ら発明をしたものであり,本件発明の発明者は控訴人代表者であって,Aではない旨を一貫して供述しており,控訴人代表者の上記供述は,Aにおいて本件発明についての特許を受ける権利が帰属していたことを否定するとともに,控訴人がAから本件発明についての特許を受ける権利の譲渡を受けたことを否定する趣旨の供述であるといえる。そうすると,控訴人代表者の供述から,控訴人がAから本件発明についての特許を受ける権利の譲渡を受けることに同意し,又はこれを承諾する旨の意思表示をしたものと認めることはできない。他にこれを認めるに足りる証拠はない。
 したがって,控訴人の上記①の譲渡の主張は理由がない。
(2) 上記②について
 控訴人の上記②の追認の主張は,仮に上記①の譲渡の主張が認められなとしても,Aは,平成15年6月ころ,控訴人代表者が本件特許を受ける権利の権利者であることを追認したから,控訴人は本件発明についての特許を受ける権利を有していたものであり,追認の対象は,「本件特許を受ける権利の承継」であるというものであるが,その権利の承継がいつ,いかなる態様でされたのかその主張自体から明らかではない。また,仮に控訴人の上記②の追認の主張は,Aが本件発明についての特許を受ける権利を控訴人に承継させる意思表示をしたことを意味するのであるとすれば,上記①の譲渡の主張との実質的な違いは明らかとはいえないのみならず,Aにおいて控訴人が本件発明に係る特許出願等につき日立ディスプレイズと本件特許等を対象としたライセンス契約を締結し,ライセンス料を受領することを容認していた事実があるからといってAが本件発明についての特許を受ける権利を控訴人に承継させる意思表示をしたことの根拠となるものではなく,他にこれを認めるに足りる証拠はない(かえって,上記事実は,Aが控訴人代表者又は控訴人の名義を借りて特許出願をしていたこと(原判決62頁20行目から63頁8行目)をうかがわせるものといえる。)。
 したがって,控訴人の上記②の追認の主張は,理由がない。」

【コメント】
 原審は,東京地裁平成25(ワ)14849号(平成27年4月24日判決)で,東京地裁民事40部の東海林部長の合議体でした。

 発明は, 以下のようなクレームの,液晶ディスプレイに関するものです。
A 基板上に走査信号配線と映像信号配線と前記走査信号配線と映像信号配線との各交差部に形成された薄膜トランジスタと前記薄膜トランジスタに接続された液晶駆動電極と,少なくとも一部が前記液晶駆動電極と対向して形成された共通電極とを有するアクティブマトリックス基板と,
B 前記アクティブマトリックス基板に対向する対向基板と,
C 前記アクティブマトリックス基板と前記対向基板に挟持された液晶層と
D からなる横電界方式液晶表示装置において,
E 前記走査線信号配線と前記映像信号配線と前記液晶駆動電極と前記共通電極とがそれぞれ絶縁膜を介して互いに異なった層に形成分離されており,
F かつ共通電極がアクティブマトリックス基板のパッシベージョン層の上に形成され,配向膜と直接接触しており,
G かつ映像信号配線の両側に映像信号配線とオーバーラップするように共通電極が配置され,
H かつ各画素の共通電極は映像信号配線の上層で互いに連結されている
I ことを特徴とする横電界方式液晶表示装置。


 IPS方式のLCDで,TFT基板上のショートなどを防止するのが目的のような発明です。

 さて,一審では驚いたことに,冒認による無効の抗弁が成立し,権利行使不能となってしまいました。

以上の事情を総合考慮すると,本件発明の構成要件Eに係る構成は,原告代表者が着想したとは認めるに足りず,少なくとも,被告らの主張する冒認を疑わせる具体的な事情を凌ぐ立証がされたということはできないばかりか,むしろこれを着想し,具体化して発明を完成させたのは,Bⅰであると認めるのが相当である。

 ここでいうBiというのは,原告代表者とのソニー時代からの知り合いで,今回の発明の明細書等を作成した液晶に関する知識を有する人物のことです。さらに,この人物は,本件の補助参加人であるエルジーディスプレイにソニー退社後入社していたりしたようです。

 ですので,この一審判決で認定されたように,真の発明者はこのBiである可能性が高いのです。それ故一審では無効の抗弁が成立し,二審でもその認定を覆すことはできなかったのです。

 ただ,発明者から特許を受ける権利を譲り受ければ冒認は解消されます。
 上記の判旨のとおり,二審で原告はこの主張を行ったようです。しかし,証拠が不足していたためか,認定を覆すことはできませんでした。

 とは言え,今回の事件は無理でしょうが,このBiを見つけ出して,譲渡証をまとめれば,万事うまくいくのではないかと思います。
 一審の判旨によりますと, 「Bⅰは,ソニーやセイコープレシジョン株式会社において液晶パネルの開発業務に従事した経験があり,被告補助参加人から液晶パネルの製造工程に関する技術指導を求められ,平成3年5月頃に被告補助参加人に入社した。Bⅰは,平成10年6月頃に被告補助参加人を退社するまで,被告補助参加人において,研究所や液晶パネルの製造工場で液晶パネルの生産ラインの立ち上げや改善等の業務に従事した。」らしいですから,補助参加人からは既に退社しているわけです。

 ですので,通常は友人である原告代表者に協力するのではないかと思います。
 急いで譲渡証をまとめ,あとは既判力の及ばないこの補助参加人を相手にするなど面白いかなあと思います。
 ただ,そのように簡単にできそうなことをやっていなかったわけですので,何らかの高いハードルがあるのかもしれません。

 なお,今回の被告はアップルですが,別特許で東芝を訴えた事件もあります(東地平成25年(ワ)第10151号,控訴審は知財高裁平成27(ネ)10024号。やはり,冒認の無効の抗弁が成立しております。)。冒認の無効の抗弁が成立するなんていう非常に珍しい事例となります。

2015年12月4日金曜日

審決取消訴訟 特許 平成27(行ケ)10026 無効審判 不成立審決 請求認容


事件番号
事件名
 審決取消請求事件
裁判年月日
 平成27年11月24日
裁判所名
 知的財産高等裁判所第2部
裁判長裁判官清水 節
裁判官中村 恭
裁判官中武由紀
「 2 取消事由2(サポート要件違反の判断の誤り)について
 特許法36条6項1号は,特許請求の範囲の記載は「特許を受けようとする発明が発明の詳細な説明に記載したものであること」に適合するものでなければならないと定めている。特許法がこのような要件を定めたのは,発明の詳細な説明に記載していない発明を特許請求の範囲に記載すると,公開されていない発明について独占的,排他的な権利を認めることになり,特許制度の趣旨に反するからである。
 特許請求の範囲の記載が上記要件に適合するかどうかについては,特許請求の範囲の記載と発明の詳細な説明の記載とを対比し,当業者が,特許請求の範囲に記載された発明について,発明の詳細な説明の記載又はその示唆により,当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるかどうか,また,その記載や示唆がなくとも出願時の技術常識に照らし当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるかどうかを検討して判断すべきものである。
 そして,当業者が,特許請求の範囲に記載された発明が,発明の詳細な説明の記載又は示唆あるいは出願時の技術常識に照らし,当該発明の課題を解決できると認識できるというためには,当業者が,いかなる場合において課題に直面するかを理解できることが前提となるというべきであるから,以下,この観点から,訂正発明1の課題を解決できると認識できる範囲のものであるかどうかを検討する。
(1) 訂正発明に係る特許請求の範囲について
 訂正発明1の特許請求の範囲は,前記第2,2に記載のとおりであるところ,磁気検出素子の位置について「縦長形状のカバー」側に固定されていることは特定されているものの,この磁気検出素子がカバーのどの位置に固定されるかは特定されておらず,磁気検出素子がカバー側の任意の位置に固定されること,又は,磁気検出素子が固定されたステータコアがカバー側の任意の位置に成形されることを包含するものである。また,「カバー」について,金属製の「本体ハウジングの開口部を覆い前記本体ハウジングより熱膨張率が大きい樹脂製で縦長形状」であることの特定はあるが,カバーの形状,厚み等についての特定はなく,均一な平板でないものや,凸凹があるもの,左右対称でないもの等も包含するものである。
 また,訂正発明1においては,回転角検出装置の用途についての特定はない
 なお,訂正発明2以下においても,ステータコアが樹脂製のカバーにモールド成形され,このステータコアに直径方向に貫通するように形成された磁気検出ギャップ部に磁気検出素子が固定されていることの特定はあるが,カバーのどの位置に同素子又はステータコアを配置するかに関する特定はなく,回転角検出装置の用途についての特定もない。
(2) 課題について
 訂正明細書によれば,訂正発明1の課題は,次のとおりである。すなわち,スロットルバルブの回転角(スロットル開度)を検出する従来の回転角検出装置において,ホールIC(ホール素子(磁気検出素子)と信号増幅回路とを一体化したIC)を固定するステータコアをモールド成形した樹脂製のカバーは,これを取り付ける金属製のスロットルボディーに比べて熱膨張率が大きく,縦長形状に形成されているため,その長手方向の熱変形量が大きく,しかも,ホールICの磁気検出方向(磁気検出ギャップ部と直交する方向)とカバーの長手方向が平行になっていたため,カバーの熱変形によって,ステータコアと磁石とのギャップが変化して,磁気検出ギャップ部を通過する磁束密度が変化しやすい構成となっていたので,カバーの熱変形によってホールICの出力が変動しやすく,回転角の検出精度が低下するという欠点があった。そこで,カバーの熱変形による磁気検出素子の出力変動を小さく抑えることができ,回転角の検出精度を向上することができる回転角検出装置を提供することを目的とするものである。
 上記によれば,A 樹脂製のカバーは,これを取り付ける金属製の本体ハウジングに比べて熱膨張率が大きいことにより,カバーの熱変形が生じ,本体ハウジングとの間に横(水平)方向の相対的な位置ずれが生じること(以下「横すべり」ともいう。),B カバーが縦長形状に形成されているため,長手方向の熱変形量が大きく,Aの横すべりの長さ(延び)は,短尺方向よりも長手方向が大きいこと,C Bの横すべりの結果,カバーに固定された磁気検出素子の位置がずれ,磁気検出素子と金属製の本体ハウジングに固定された磁石との間のエアギャップが変化すること(以下「磁気検出素子と磁石との位置ずれ」ともいう。),D Cの位置ずれは,短尺方向よりも長手方向が大きいこと,が備われば,当業者は,訂正発明1の上記課題に直面し,これを理解できると解される。
(3) 以上を前提として,当業者が,特許請求の範囲に記載された発明が,発明の詳細な説明の記載又は示唆あるいは出願時の技術常識に照らし,当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるかどうかを検討する。
ア まず,カバーと本体ハウジングとが,ボルトにより固定されるのが通常であることについては,当事者間に争いがないところ,原告は,カバーと本体ハウジングの位置ずれを防止するためには,ボルトをできるだけ強く締めてカバーを固定すべきことは技術常識というべきであるから,ボルト固定力が比較的弱い場合を前提に議論する審決は誤りであり,そもそも,課題に直面することはないと主張する。
 しかし,甲15には,「図10-15に示すようにボルト軸直角方向に振動外力Pが作用する場合,被締付け物間にすべりが発生すると,ボルト・ナット間にゆるみ回転が発生する」(549頁左欄最下行から2行目~右欄1行)との記載があり,部材同士がボルトにより固定されていても,ボルト軸線と直角方向の荷重を受けた場合に被締付け物間にすべりが発生する場合があるということが,本件特許出願時点において機械工学における技術常識であったことが認められる。
 したがって,原告の主張するように,できるだけボルトを強く締めてカバーを固定するとしても,熱や振動によって,ボルトにゆるみが発生し,カバーと本体ハウジングとの間に横すべりが生じる場合があり得ると解され,そのような場合を想定して課題を設定することに問題はない。したがって,原告の上記の主張部分は採用できない。
 もっとも,カバーと本体ハウジングとの間の相対的な位置ずれ(横すべり)は,常に生じるものではなく,審決が述べるように,ボルトの固定力がカバーに生じる熱応力との関係において強い場合には,横すべりはそもそも生じず,ボルトの固定力がカバーに生じる熱応力を下回る場合にのみ,横すべりが生ずる場合があり得るということになる。
イ また,カバーの熱変形が生じ,本体ハウジングとの間に横方向の相対的な位置ずれ(横すべり)が生ずるとしても,短尺方向よりも長手方向に大きくずれるということ(上記B)が常に生ずるものではない
 すなわち,審決も,「熱膨張率が方向によらず均一であり,カバーが縦長形状であれば,その長手方向が短尺方向より大きい」としているように,カバーが均質組成の平板形状でなかったり,カバー内部の温度分布が均一でなかったり,熱膨張により3次元的に変形したりする場合には,実証実験を行うなどして確認しない限り,縦長形状のカバーにおいて横すべりが生じるものとしたとしても,縦長形状のカバーの長手方向が短尺方向に比べて,熱変形量(延び)が常に大きくなるともいえない。
 上記において述べたとおり,訂正発明1の特許請求の範囲にはこの点を特定する記載はない。
ウ これらの点を措いて,カバー内部の温度分布を均一とするとともに,カバー自体が均質組成で,熱膨張により2次元的に変形し,3次元的変形量は無視できるものと仮定したとしても,以下のとおり,横すべりの結果,横すべりが長手方向に大きく生じること(上記B),磁気検出素子の位置がずれ,磁石とのギャップが変化すること(磁気検出素子と磁石との位置ずれ,上記C),及び,その位置ずれは,短尺方向よりも長手方向が大きいこと(上記D)が生じるとは限らない
 すなわち,縦長形状のカバーにおいて,長手方向及び短尺方向の寸法変化(位置ずれ)の大きさは,カバーのボルト等による係止位置とカバー内における磁気検出素子の取付位置との相互の位置関係や,ボルト等の締付力と大いに関係するもので,このことは当業者にとって明らかであり,審決も認めるところである。例えば,長方形のカバーを,その左右の長辺に沿ってそれぞれ均等に3か所,計6か所をボルト等で係止した際に,熱応力とボルト固定力との関係で,カバーの熱応力が勝って熱変形が生じ,かつ,その熱変形量について長手方向が短尺方向よりも大きいとしたとしても,つまり,上記のA及びBを満たすとしても,磁気検出素子をカバーの中心点(対角線の交点)に配置した場合には,磁気検出素子の位置を起点として熱変形が生ずることとなるから,長手方向にも短尺方向にも位置ずれは生じないこととなる。また,左辺側のボルトの締付けが右辺側のボルトに対して相対的に強い場合,右辺側ボルトの近傍の位置においては,短尺方向が長手方向に比べて寸法変化(位置ずれ)が大きくなることは,当業者にとって明らかである。
 そうすると,磁気検出素子の位置は,少なくとも,長尺方向の熱変形の影響により,短尺方向よりも大きく動く位置に配置される場合でなければ,訂正発明1の課題に直面することはないといえるが,訂正発明1に係る特許請求の範囲には,前記のとおり,カバーにおける磁気検出素子の位置についての特定はない
 以上によれば,訂正発明1の特許請求の範囲の特定では,訂正発明1の前提とする課題である「熱変形により縦長形状のカバーの長手方向が短尺方向に比べて寸法変化(位置ずれ)が大きくなること」に直面するか否かが不明であり,結局,上記課題自体を有するものであるか不明である。
 そして,仮に,磁石と磁気検出素子とのずれが,短尺方向に大きく生じる場合においては,磁石と磁気検出素子との間のエアギャップの磁気検出方向への寸法変化は大きくなってしまうのであるから,訂正発明1の課題解決手段である「磁気検出素子をその磁気検出方向と縦長形状のカバーの長手方向が直交するよう配置」したとしても,出力変動は抑制されず,回転角の検出精度も向上しない。
 よって,訂正発明1は,上記課題を認識し得ない構成を一般的に含むものであるから,発明の課題が解決できることを当業者が認識できるように記載された範囲を超えたものであり,サポート要件を充足するものとはいえない。」

【コメント】
 これは,自動車のエンジン等に使われる電子スロットルシステムの発明です。
 クレームは以下のとおりです。

【請求項1】(訂正発明1)
「金属製の本体ハウジングと,
 この本体ハウジング側に設けられて被検出物の回転に応じて回転する磁石と,
 前記本体ハウジングの開口部を覆い前記本体ハウジングより熱膨張率が大きい樹脂製で縦長形状のカバーと,
 このカバー側に固定された磁気検出素子とを備え,
 前記磁石と前記磁気検出素子との間にはエアギャップが形成され,
 前記磁石の回転によって変化する前記磁気検出素子の出力信号に基づいて前記被検出物の回転角を検出する回転角検出装置において,
 前記磁気検出素子は,その磁気検出方向と前記カバーの長手方向が直交するように
配置されていることを特徴とする回転角検出装置。

 こう見てわかるとおり,自動車の電子スロットルに使われることすら書いておりません。
  
 さて,本件の発明は,カバーの熱膨張により,回転角の検出精度が落ちるという課題があり,それを解決したものです。しかし,その課題がどういうときにどういう形で起きるのかという所が,若干あいまいで抽象的です。
 判決が上記のとおり指摘しているシチュエーションは,クレームでの制限がないため,含まれるようにも見えます。ところが,明細書にはそれに対応する記載はないので,広すぎるクレームのようにも思えるのですね。

 そうなると判決の結論も致し方ないように思えます。