2016年3月30日水曜日

侵害訴訟 特許 平成26(ワ)20422 東京地裁 請求棄却

事件番号
事件名
 特許権侵害差止等請求事件
裁判年月日
 平成28年3月17日
裁判所名
 東京地方裁判所民事第46部
裁判長裁判官 長谷川 浩 二
裁判官 萩原孝基
裁判官 中嶋邦人

「1 争点⑴イ(構成要件D2「押付部材の球状面からなる球状部」の充足性)について
 事案に鑑み,争点⑴イから判断する。
 本件発明の「押付部材」に対応する被告製品中の「コマ」は,別紙被告ポゴピン断面図のとおり,球形ではなく,一部に球状の面を有するにとどまる。被告が押付部材は球に限られるので被告製品は構成要件D2を充足しない旨主張するのに対し,原告は押付部材の一部(プランジャーピンの傾斜凹部に押圧される部分)が球状の面であれば足りる旨主張するので,以下,検討する。
⑴ まず,特許請求の範囲の記載をみるに,本件発明は,コイルバネで付勢してプランジャーピンを突出させる接触端子に関するものであり(構成要件A~C),コイルバネがプランジャーピンを直接押圧するのではなく,コイルバネとプランジャーピンの間に「押付部材」が介在し,これがコイルバネから付勢を受けて,その「球状面からなる球状部」がプランジャーピンの傾斜凹部を押圧することに特徴がある(構成要件D1~3)。
 この「押付部材」という語は当該部材が果たす機能をそのまま記述したものであるところ,その形状に関しては,プランジャーピンの傾斜凹部に押圧される部分が「球状面からなる球状部」であるとされるのみであり,それ以外の部分(コイルバネから付勢される部分,コイルバネ側とプランジャーピン側の中間部分)の形状については特許請求の範囲に何ら記載がない。そうすると,上記押圧される部分が球状に丸くなっていればそれ以外の部分はいかなる形状でもよいと解する余地がある。他方,押付部材の形状は,上記機能を果たし得るものに限定されると考えられる上,同機能を果たすものであればいかなる形状の部材でも本件発明の技術的範囲に含まれるとすることは,現に発明をして明細書に開示した範囲で保護を与えるという特許制度の趣旨に反しかねない。そこで,特許請求の範囲に記載された「押付部材」の語の意義を解釈するため,本件明細書(甲2)の発明の詳細な説明の記載及び図面を考慮することとする。
⑵ 本件明細書の発明の詳細な説明の記載をみると,「押付部材」との語は一切用いられていない。本件発明の接触端子においてプランジャーピンとコイルバネの間に介在する部材として開示されているのは「絶縁球」のみであり,図面に示されたのも球のみである。
 すなわち,本件発明は,背景技術として,コイルバネが直接プランジャーピンに触れるとコイルバネに電流が流れて焼き切れてしまうので,プランジャーピンとコイルバネの間に絶縁球を介在させた接触端子が存在したことを前提に(段落【0002】~【0004】),比較的大きな電流を流し得る接触端子を提供することを目的として(同【0008】),プランジャーピンの大径部(コイルバネ側)の端部を切削して袋孔を形成し,その底部を円錐面とするとともに,円錐の中心軸とプランジャーピンの中心軸をオフセットさせることによって,プランジャーピンの大径部の外側面を本体ケースの内周面に強く押し付け,確実に電流を流すことができるようにしたものである(同【0009】,【0013】~【0015】)。そして,実施例及び参考例をみても,押付部材に相当する部材としては「絶縁球」のみが記載されている(同【0024】~【0030】,【0032】,【0036】,【0039】~【0042】,【図2】,【図4】,【図6】)。
 以上のとおり,押付部材として本件明細書に開示されているのは球のみであり,これと異なる形状の押付部材があり得ることを示唆する記載は見当たらない。そうすると,本件明細書の記載を考慮すると,本件発明における押付部材の形状は球に限られると解するのが相当である。
⑶ さらに,本件特許の出願経過についてみるに,後掲の証拠及び弁論の全趣旨によれば,①本件特許は,特願2011-192407号を優先権の基礎とする特願2011-271985号(原出願)から分割出願されたものであること(甲2),②上記優先権の基礎とされた出願及び原出願は,いずれも名称を「接触端子」とする発明に関するものであり,特許請求の範囲,発明の詳細な説明及び図面を通じ,プランジャーピンとコイルバネの間に介在する部材として記載されているのは「絶縁球」のみであること(乙13,14),③本件特許は平成25年4月19日に分割出願されたものであり,その特許請求の範囲に,プランジャーピンとコイルバネの間に「押付部材」を介在させる旨記載されたこと(乙15),④原告は,同年10月11日,押付部材に係る特許請求の範囲の記載を「少なくとも一部に球状面を有する押付部材の球状部」と補正したこと(乙17),⑤これに対し,同月25日,特許法36条6項1号違反を理由1(発明の詳細な説明には押圧部材に絶縁球を用いることが記載される一方,請求項1には絶縁性を有しない押圧部材が記載されていること),同法29条1項3号及び2項の違反を理由2及び3(原出願に「押付部材」として記載されていたのは「絶縁球」のみであり,これを「少なくとも一部に球状面を有する押付部材」とすることは適法な分割出願でないので,請求項1記載の発明は原出願の公開特許公報により新規性又は進歩性を欠くこと)とする拒絶理由通知が発せられたこと(乙4),⑥原告は,同年11月8日,上記④の補正後の特許請求の範囲の記載を「押付部材の球状面からなる球状部」と補正する旨の手続補正書と,絶縁性を有しない押付部材でも本件発明の効果を奏するので,発明の詳細な説明に記載されたものといえる旨の意見書を提出したこと(乙5,6),⑦同月27日に特許査定がされたこと(乙19),以上の事実が認められる。
 上記事実関係によれば,本件発明の「押付部材」は,少なくとも一部に球状面を有するものでは足りず,その全体が球であるものに限られるということができる(仮に,一部にのみ球状面を有するものが含まれるとすれば,本件特許は違法な分割出願によるものとして新規性欠如の無効理由を有することが明らかである。)。
⑷ 以上によれば,構成要件D2の「押付部材」は「球」に限定されると解すべきものであって,別紙被告ポゴピン断面図記載の「コマ」がこれに当たるとは認められないから,被告製品は本件発明の技術的範囲に属しないと判断するのが相当である。」

【コメント】
 マスコミでも話題になった日本の中小企業とアップルとの特許紛争です。
 そのため,構図としては,まさに下町ロケットのような図式なのですが,小説とは違い,現実はそううまく行かなかったようです。
 クレームからです。

A 管状の本体ケース内に収容されたプランジャーピンの該本体ケースからの突出端部を対象部位に接触させて電気的接続を得るための接触端子であって,
B 前記プランジャーピンは前記突出端部を含む小径部及び前記本体ケースの管状内周面に摺動しながらその長手方向に沿って移動自在の大径部を有する段付き丸棒であり,
C 前記プランジャーピンの前記突出端部を前記本体ケースから突出するように前記本体ケースの管状内部に収容したコイルバネで付勢し,
D1 前記プランジャーピンの中心軸とオフセットされた中心軸を有する前記大径部の略円錐面形状を有する傾斜凹部に,
D2 押付部材の球状面からなる球状部を前記コイルバネによって押圧し,
D3 前記大径部の外側面を前記本体ケースの管状内周面に押し付けることを特徴とする接触端子。


 こういう機構のものは,図がわかりやすいと思います。


 で,どこが問題になったかというと,構成要件D2の「押付部材の球状面からなる球状部」という所です。
 この図でいうと,「30絶縁球」ですね。

 さて,被告のアップルですが,こういう部品をどこに使っているのだろうと思ったのですが,判決を見ると,マックブックエアーの電源アダプタがイ号ということで,よく見比べました。
 そうすると,この写真の部分でしょうかね。
 
 
  マックブックエアーの本体につなぐ部分の所です。ここに5つのピンが出ているのですが,ここがポゴピンと言われ,押すと確かにバネがあるなあって感じのする所です。

 で,マックブックエアーのポゴピンはどうなっていたかというと,「被告製品の押付部材は,マッシュルーム形状であり,球でないから,構成要件D2を充足しない。」ということだったわけです。

 他方,原告としても,構成要件には,「球」ではなく,もっと広い, 「押付部材の球状面からなる球状部」で,一部が球状面でもよいのだ!と主張したわけです。

 そして,裁判所がどう判断したかというと,上記の判旨のとおりです。

 クレーム文言からはようわからん→明細書を見るぞ→明細書には「球」しかないぞ→念の為,包袋も見るぞ→広い意味内容を排除した経緯があるぞ→「球」という限定した意味だ!
 という最近流行りの限定解釈バージョンですね。

 さて,構成要件充足性がないという場合,均等論を主張して,逆転勝利を狙うパターンもあるのですが,本件の場合,上記のとおり包袋での限定主張がありますので,均等論の第5要件をクリアできないでしょう。

 なので,結論としては,下町ロケット不発,という所に落ち着きそうです。

2016年3月26日土曜日

侵害訴訟 特許  平成27(ネ)10014 知財高裁 控訴棄却(請求全部認容)

事件番号
事件名
 特許権侵害行為差止請求控訴事件
裁判年月日
 平成28年3月25日
裁判所名
 知的財産高等裁判所特別部
裁判長裁判官 設 樂 一
裁判官 清 水 節
裁判官 髙 部 眞規子
裁判官 大 鷹 一 郎
裁判官 大 寄 麻 代

均等第一要件
「(3) 均等の第1要件(非本質的部分)について
ア 本質的部分の認定について
 特許法が保護しようとする発明の実質的価値は,従来技術では達成し得なかった技術的課題の解決を実現するための,従来技術に見られない特有の技術的思想に基づく解決手段を,具体的な構成をもって社会に開示した点にある。したがって,特許発明における本質的部分とは,当該特許発明の特許請求の範囲の記載のうち,従来技術に見られない特有の技術的思想を構成する特徴的部分であると解すべきである。
 そして,上記本質的部分は,特許請求の範囲及び明細書の記載に基づいて,特許発明の課題及び解決手段 (特許法36条4項,特許法施行規則24条の2参照)とその効果(目的及び構成とその効果。平成6年法律第116号による改正前の特許法36条4項参照)を把握した上で,特許発明の特許請求の範囲の記載のうち,従来技術に見られない特有の技術的思想を構成する特徴的部分が何であるかを確定することによって認定されるべきである。すなわち,特許発明の実質的価値は,その技術分野における従来技術と比較した貢献の程度に応じて定められることからすれば,特許発明の本質的部分は,特許請求の範囲及び明細書の記載,特に明細書記載の従来技術との比較から認定されるべきであり,そして,①従来技術と比較して特許発明の貢献の程度が大きいと評価される場合には,特許請求の範囲の記載の一部について,これを上位概念化したものとして認定され(後記ウ及びエのとおり,訂正発明はそのような例である。),②従来技術と比較して特許発明の貢献の程度がそれ程大きくないと評価される場合には,特許請求の範囲の記載とほぼ同義のものとして認定されると解される。
 ただし,明細書に従来技術が解決できなかった課題として記載されているところが,出願時(又は優先権主張日。以下本項(3)において同じ)の従来技術に照らして客観的に見て不十分な場合には,明細書に記載されていない従来技術も参酌して,当該特許発明の従来技術に見られない特有の技術的思想を構成する特徴的部分が認定されるべきである。そのような場合には,特許発明の本質的部分は,特許請求の範囲及び明細書の記載のみから認定される場合に比べ,より特許請求の範囲の記載に近接したものとなり,均等が認められる範囲がより狭いものとなると解される。
 また,第1要件の判断,すなわち対象製品等との相違部分が非本質的部分であるかどうかを判断する際には,特許請求の範囲に記載された各構成要件を本質的部分と非本質的部分に分けた上で,本質的部分に当たる構成要件については一切均等を認めないと解するのではなく,上記のとおり確定される特許発明の本質的部分を対象製品等が共通に備えているかどうかを判断し,これを備えていると認められる場合には,相違部分は本質的部分ではないと判断すべきであり,対象製品等に,従来技術に見られない特有の技術的思想を構成する特徴的部分以外で相違する部分があるとしても,そのことは第1要件の充足を否定する理由とはならない。
イ 訂正明細書の記載 
・・・
エ 訂正発明の本質的部分
 訂正発明の上記課題及び解決手段とその効果に照らすと,訂正発明の本質的部分(特許請求の範囲の記載のうち,従来技術に見られない特有の技術的思想を構成する特徴的部分)は,ビタミンD構造又はステロイド環構造の20位アルコール化合物を,末端に脱離基を有する構成要件B-2のエポキシ炭化水素化合物と反応させることにより,一工程でエーテル結合によりエポキシ基を有する側鎖を導入することができるということを見出し,このような一工程でエーテル結合によりエポキシ基を有する側鎖が導入されたビタミンD構造又はステロイド環構造という中間体を経由し,その後,この側鎖のエポキシ基を開環するという新たな経路により,ビタミンD構造又はステロイド環構造の20位アルコール化合物にマキサカルシトールの側鎖を導入することを可能とした点にあると認められる。
 一方,出発物質の20位アルコール化合物の炭素骨格(Z)がシス体又はトランス体のビタミンD構造のいずれであっても,出発物質を,末端に脱離基を有するエポキシ炭化水素化合物と反応させることにより,出発物質にエーテル結合によりエポキシ基を有する側鎖が導入された中間体が合成され,その後,この側鎖のエポキシ基を開環することにより,マキサカルシトールの側鎖を導入することができるということに変わりはない。この点は,中間体の炭素骨格(Z)がシス体又はトランス体のビタミンD構造のいずれである場合であっても同様である。したがって,出発物質又は中間体の炭素骨格(Z)のビタミンD構造がシス体であることは,訂正発明の特許請求の範囲の記載のうち,従来技術に見られない特有の技術的思想を構成する特徴的部分とはいえず,その本質的部分には含まれない。
オ 控訴人方法の第1要件の充足
 控訴人方法は,ビタミンD構造の20位アルコール化合物(出発物質A)を,末端に脱離基を有する構成要件B-2のエポキシ炭化水素化合物と同じ化合物(試薬B)と反応させることにより,出発物質にエーテル結合によりエポキシ基を有する側鎖が導入されたビタミンD構造という中間体(中間体C)を経由し,その後,こ
の側鎖のエポキシ基を開環することにより,マキサカルシトールの側鎖をビタミンD構造の20位アルコール化合物に導入するものであるから,訂正発明の特許請求の範囲の記載のうち,従来技術に見られない特有の技術的思想を構成する特徴的部分を備えているといえる。
 一方,控訴人方法のうち,訂正発明との相違点である出発物質及び中間体の「Z」に相当するビタミンD構造がシス体ではなく,トランス体であることは,前記エのとおり,訂正発明の本質的部分ではない。
 したがって,控訴人方法は,均等の第1要件を充足すると認められる。」

均等第五要件
「 (ア) この点,特許請求の範囲に記載された構成と実質的に同一なものとして,出願時に当業者が容易に想到することのできる特許請求の範囲外の他の構成があり,したがって,出願人も出願時に当該他の構成を容易に想到することができたとしても,そのことのみを理由として,出願人が特許請求の範囲に当該他の構成を記載しなかったことが第5要件における「特段の事情」に当たるものということはできない。
 なぜなら,①上記のとおり,特許発明の実質的価値は,特許請求の範囲に記載された構成以外の構成であっても,特許請求の範囲に記載された構成からこれと実質的に同一なものとして当業者が容易に想到することのできる技術に及び,その理は,出願時に容易に想到することのできる技術であっても何ら変わりがないところ,出願時に容易に想到することができたことのみを理由として,一律に均等の主張を許さないこととすれば,特許発明の実質的価値の及ぶ範囲を,上記と異なるものとすることとなる。また,②出願人は,その発明を明細書に記載してこれを一般に開示した上で,特許請求の範囲において,その排他的独占権の範囲を明示すべきものであることからすると,特許請求の範囲については,本来,特許法36条5項,同条6項1号のサポート要件及び同項2号の明確性要件等の要請を充たしながら,明細書に開示された発明の範囲内で,過不足なくこれを記載すべきである。 しかし,先願主義の下においては,出願人は,限られた時間内に特許請求の範囲と明細書とを作成し,これを出願しなければならないことを考慮すれば,出願人に対して,限られた時間内に,将来予想されるあらゆる侵害態様を包含するような特許請求の範囲とこれをサポートする明細書を作成することを要求することは酷であると解される場合がある。これに対し,特許出願に係る明細書による発明の開示を受けた第三者は,当該特許の有効期間中に,特許発明の本質的部分を備えながら,その一部が特許請求の範囲の文言解釈に含まれないものを,特許請求の範囲と明細書等の記載から容易に想到することができることが少なくはないという状況がある。均等の法理は,特許発明の非本質的部分の置き換えによって特許権者による差止め等の権利行使を容易に免れるものとすると,社会一般の発明への意欲が減殺され,発明の保護,奨励を通じて産業の発達に寄与するという特許法の目的に反するのみならず,社会正義に反し,衡平の理念にもとる結果となるために認められるものであって,上記に述べた状況等に照らすと,出願時に特許請求の範囲外の他の構成を容易に想到することができたとしても,そのことだけを理由として一律に均等の法理の対象外とすることは相当ではない。
(イ) もっとも,このような場合であっても,出願人が,出願時に,特許請求の範囲外の他の構成を,特許請求の範囲に記載された構成中の異なる部分に代替するものとして認識していたものと客観的,外形的にみて認められるとき,例えば,出願人が明細書において当該他の構成による発明を記載しているとみることができるときや,出願人が出願当時に公表した論文等で特許請求の範囲外の他の構成による発明を記載しているときには,出願人が特許請求の範囲に当該他の構成を記載しなかったことは,第5要件における「特段の事情」に当たるものといえる。
 なぜなら,上記のような場合には,特許権者の側において,特許請求の範囲を記載する際に,当該他の構成を特許請求の範囲から意識的に除外したもの,すなわち,当該他の構成が特許発明の技術的範囲に属しないことを承認したもの,又は外形的にそのように解されるような行動をとったものと理解することができ,そのような理解をする第三者の信頼は保護されるべきであるから,特許権者が後にこれに反して当該他の構成による対象製品等について均等の主張をすることは,禁反言の法理に照らして許されないからである。」


【コメント】
 マスコミでも少し話題になった大合議の,薬の製造方法に関する,後発薬をめぐる事件です。

 クレームはこういうものです。
A-1 下記構造を有する化合物の製造方法であって:   省略  
A-2’ (式中,nは1であり;   
A-3’ R1およびR2はメチルであり;   
A-4’ WおよびXは各々独立に水素またはメチルであり;  
A-5’ YはOであり;   
A-6’ そしてZは,式:省略  のステロイド環構造,または式:省略 のビタミンD構造であり,Zの構造の各々は,1以上の保護または未保護の置換基および/または1以上の保護基を所望により有していてもよく,Zの構造の環はいずれも1以上の不飽和結合を所望により有していてもよい)   
B-1 (a)下記構造:省略  (式中,W,X,YおよびZは上記定義の通りである)  を有する化合物を   
B-2 塩基の存在下で下記構造:省略  を有する化合物と反応させて,   
B-3 下記構造:省略  を有するエポキシド化合物を製造すること; 
C (b)そのエポキシド化合物を還元剤で処理して化合物を製造すること;および   
D (c)かくして製造された化合物を回収すること;   
E を含む方法。

 ポイントは,シスとトランスの違いです。
 出発物質は,上記左がシス体です(本件発明)。この図で,一番下のベンゼン環の右上の二重結合のみを左上に動かしたのが,右のトランス体となります(被告方法)。

 さて,均等の第一要件の規範としては,従来とおりのものです。ただ,多少,説明がましい所があり,そこは今後役に立つのではないかと思います。

 つまり,パイオニア的発明であれば, 本質的部分は広くなるような書きぶりなのです,判決は。そうすると均等の範囲は逆に狭くなりそうなのですが,この判決の書き方からすると,均等の範囲も広くなるように読めるので,ちょっと不思議な感じがします。

 本件では,「従来技術に開示されていなかった新規な製造方法により,ビタミンD構造又はステロイド環構造の20位アルコール化合物にマキサカルシトールの側鎖を導入することを可能としたという点」が本質的部分ということですので,それ以外の所に差異があろうが,微差微差!,技術的範囲内だということなのでしょう。

 私が注目したのは,むしろ第五要件の方です。
 論者によって多少異なるのですが,均等論は,迂闊な出願人(後の特許権者) の救済のためではない,とされています。つまり,ちゃんともう少しの想像力をもって考えてクレームすればいいのであって,何故そんな想像力のない,ぼんやりしているような出願人を救わなけばならないのだ!というものです。

 本件でも,そんな重要な発明なら,シスだけではなくトランスを含むような広いクレームを初めからすればいいだけの話であって,そんなことをしなかったのに,今更どうしてトランスに対しても権利行使できるなどとするのだ!おかしい!ということです。

 これは確かにもっともだと思います。

 しかし,判決も言うように,先願主義の下,一刻も早くという要請から,分かる範囲で行うというのもこれは致し方無い所もあります。下手に恐らくこうだろう,この範囲なら大丈夫だろうと広いクレームをするとサポート要件違反,ということもありえますからね。

 とは言え,大合議の判決で,均等論はときに迂闊な出願人を救うものだということを明確にしたことは大きな意義があるのではないかと思います。
 などと言っておりますが,本件は上告されると思いますので,これで最終決着にはならないでしょう。

2016年3月15日火曜日

審決取消訴訟 特許 平成27(行ケ)10097 無効審判 無効審決 請求認容

事件番号
事件名
 審決取消請求事件
裁判年月日
 平成28年3月8日
裁判所名
 知的財産高等裁判所第3部
裁判長裁判官 大 鷹 一 郎
裁判官 田 中 正 哉
裁判官 神 谷 厚 毅 

「(2) 相違点5の判断の誤りの有無について
ア 原告は,相違点5に関し,照明ユニットにおいて効率を高めるために,製造条件の最適化等により内部量子効率ができるだけ高められた蛍光体を用いることは,当業者の通常の創作能力の発揮の範囲内のことであり,甲3発明において,蛍光体の内部量子効率がどの程度以上の蛍光体を用いるかは設計事項にすぎないとした本件審決の判断は誤りである旨主張する。
 そこで検討するに,甲5の段落【0012】に「窒化物蛍光体中は,…基本構成元素の他に,原料中に含まれる不純物も残存する。例えば,Co,Mo,Ni,Cu,Feなどである。これらの不純物は,発光輝度を低下させたり,賦活剤の活用を阻害したりする原因にもなるため,できるだけ系外に除去することが好ましい。」,段落【0035】に「原料のⅠⅠ価のLも,酸化されやすい。…このOは,不純物となり,発光劣化を引き起こすため,極力,系外へ除去することが好ましい。…」との記載などに鑑みると,本件出願の優先日当時,照明ユニットにおいて発光効率を高めるために,不純物の除去等の製造条件の最適化等により,蛍光体の内部量子効率をできるだけ高めることは,当業者の技術常識であったことが認められる。
 しかしながら,他方で,不純物の除去等の製造条件の最適化等により,蛍光体の内部量子効率を高めることについても,自ずと限界があることは自明であり,出発点となる内部量子効率の数値が低ければ,上記の最適化等により内部量子効率を80%以上とすることは困難であり,内部量子効率を80%以上とすることができるかどうかは,出発点となる内部量子効率の数値にも大きく依存するものと考えられる。
 しかるところ,甲3には,量子効率に関し,別紙2の表3に3種の化合物の「量子効率(QE)」が「29」%,「51」%,「30」%であること,段落【0067】に,「サイアロンSrSiAl2O3N2:Eu2+(4%)(試験番号TF31A/01)」について「量子効率QE43%」であることの記載があるだけであり,これ以外には,量子効率,外部量子効率又は内部量子効率について述べた記載はないし,別紙2の表4記載の赤色蛍光体である「Sr2Si4AlON7:Eu2+」の内部量子効率についての記載もない。また,甲3には,「Sr2Si4AlON7:Eu2+」の「Sr2」を「Ca」又は「Ba」に置換した蛍光体の内部量子効率についての記載もない。
 このほか,別紙2の表4記載の赤色蛍光体である「Sr2Si4AlON7:Eu2+」,さらには「Sr2Si4AlON7:Eu2+」の「Sr2」を「Ca」又は「Ba」に置換した蛍光体の内部量子効率がどの程度であるのかをうかがわせる証拠はない。
 以上によれば,甲3に接した当業者は,甲3発明において,Sr2Si4AlON7:Eu2+蛍光体のSrの少なくとも一部をBaやCaに置換したニトリドアルミノシリケート系の窒化物蛍光体を採用した上で,さらに,青色発光素子が放つ光励起下におけるその内部量子効率を80%以上とする構成(相違点5に係る本件訂正発明の構成)を容易に想到することができたものと認めることはできない。
 したがって,本件審決における本件訂正発明と甲3発明の相違点5の容易想到性の判断には誤りがある。
イ これに対し被告は,内部量子効率が高いことが望ましいことは,本件出願の優先日前の技術常識であったから,内部量子効率ができるだけ高められた蛍光体を用いることは,当業者の通常の創作能力の発揮の範囲内のことである,本件出願の優先日前において,「ニトリドシリケート系の窒化物蛍光体」(α-サイアロン蛍光体を含む。)の内部量子効率が80%以上のものを製造できる可能性を,技術常識に基づいて想定できたものといえるなどとして,内部量子効率がどの程度以上の蛍光体を用いるかは,目標とする効率や蛍光体の入手・製造の容易性などを勘案して,当業者が適宜設定すべき設計事項にすぎないから,当業者は,甲3発明において,相違点5に係る本件訂正発明の構成を採用することを容易に想到することができた旨主張する。
 しかしながら,一般論として,本件出願の優先日前において,青色発光素子が放つ光励起下における「ニトリドシリケート系の窒化物蛍光体」(α-サイアロン蛍光体を含む。)の内部量子効率が80%以上のものを製造できる可能性を技術常識に基づいて想定できたとしても,甲3に接した当業者が,甲3の記載事項を出発点として,甲3発明において,Sr2Si4AlON7:Eu2+蛍光体のSrの少なくとも一部をBaやCaに置換したニトリドアルミノシリケート系の窒化物蛍光体を採用した上で,さらに,青色発光素子が放つ光励起下におけるその内部量子効率を80%以上とする構成に容易に想到することができたかどうかは別問題であり,被告の上記主張は,甲3の具体的な記載事項を踏まえたものではないから,採用することができない。」
(相変わらず上付き文字がうまく表示できませんので,頭の中で補ってください。以下も同じです。)

【コメント】
 審決では無効審決だったのが,逆転で取消となった白色LEDの発明の事件です。

 クレームからです。
【請求項1】
 赤色蛍光体と,緑色蛍光体とを含む蛍光体層と,発光素子とを備え,
 前記赤色蛍光体が放つ赤色系の発光成分と,前記緑色蛍光体が放つ緑色系の発光成分と,前記発光素子が放つ発光成分とを出力光に含む発光装置であって,
 前記出力光が,白色光であり,
 前記赤色蛍光体は,前記発光素子が放つ光によって励起されて,Eu2+で付活され,かつ,600nm以上660nm未満の波長領域に発光ピークを有するニトリドアルミノシリケート系の窒化物蛍光体(ただし,Sr2Si4AlON7:Eu2+を除く)であり,
 前記緑色蛍光体は,前記発光素子が放つ光によって励起されて,Eu2+又はCe3+で付活され,かつ,500nm以上560nm未満の波長領域に発光ピークを有する緑色蛍光体であり,
 前記発光素子は,440nm以上500nm未満の波長領域に発光ピークを有する光を放つ青色発光素子であり,
 前記蛍光体層に含まれる蛍光体はEu2+又はCe3+で付活された蛍光体のみを含み,
 前記青色発光素子が放つ光励起下において前記赤色蛍光体は,内部量子効率が80%以上であり,
 前記蛍光体層に含まれる蛍光体の励起スペクトルは,前記青色発光素子の放つ光の波長よりも短波長域に励起ピークを有し,
 前記蛍光体層は,窒化物蛍光体又は酸窒化物蛍光体以外の無機蛍光体を実質的に含まないことを特徴とする発光装置。

 白色LEDって,三原色のLEDを組み合わせて作っていると思っている人は多いと思います。
 勿論,それでも作れるのですが,そうすると,キンキンした白色のLEDしかできなないので,波長の一番短い(つまりエネルギーの一番高い)青色のLEDと蛍光体の組み合わせで白色LEDを作るというのが実はデフォーです。
 この発明も,「特に,暖色系の白色光を放つ発光装置を提供するもの」というわけです。所謂電球色を出すLED電球に採用されるやつですね。
 で,主引例たる甲3発明はこんなのです。
 
 その甲3発明との一致点・相違点です。
「(一致点)
「赤色蛍光体と,緑色蛍光体とを含む蛍光体層と,発光素子とを備え,
 前記赤色蛍光体が放つ赤色系の発光成分と,前記緑色蛍光体が放つ緑色系の発光成分と,前記発光素子が放つ発光成分とを出力光に含む発光装置であって,
 前記出力光が,白色光であり,
 前記蛍光体層は,窒化物蛍光体又は酸窒化物蛍光体以外の無機蛍光体を実質的に含まない発光装置。」である点。

(相違点1)
 本件訂正発明の「赤色蛍光体」は,「前記発光素子が放つ光によって励起されて,Eu2+で付活され,かつ,600nm以上660nm未満の波長領域に発光ピークを有するニトリドアルミノシリケート系の窒化物蛍光体(ただし,Sr2Si4AlON7:Eu2+を除く)であ」るのに対し,甲3発明の「赤」に発光する「ニトリド含有顔料」は,そのようなものであるのか否か不明である点。
(相違点2)
 本件訂正発明の「緑色蛍光体」は,「前記発光素子が放つ光によって励起されて,Eu2+又はCe3+で付活され,かつ,500nm以上560nm未満の波長領域に発光ピークを有する緑色蛍光体であ」るのに対し,甲3発明の「緑」に発光する「ニトリド含有顔料」は,そのようなものであるのか否か不明である点。
(相違点3)
 本件訂正発明の「青色発光素子」は,「440nm以上500nm未満の波長領域に発光ピークを有する光を放つ青色発光素子」であるのに対し,甲3発明の「青色発光LED」は,そのようなものであるのか否か不明である点。
(相違点4)
 本件訂正発明の「蛍光体層に含まれる蛍光体」は,「Eu2+又はCe3+で付活された蛍光体のみを含」むのに対し,甲3発明の「凹設部に充填された注入材料」が含有するニトリド含有顔料がそのようなものか否か不明である点。
(相違点5)
 本件訂正発明の「赤色蛍光体」は,「前記青色発光素子が放つ光励起下において」「内部量子効率が80%以上であ」るのに対し,甲3発明の「赤」に発光する「ニトリド含有顔料」がそのようなものか否か不明である点。

(相違点6)
 本件訂正発明が「前記蛍光体層に含まれる蛍光体の励起スペクトルは,前記青色発光素子の放つ光の波長よりも短波長域に励起ピークを有」するものであるのに対し,甲3発明がそのようなものか否か不明である点。
」 

 結構たくさん相違点がありますが,大体どれも微差と考えたようです。
 例えば,相違点5について審決は,「本件審決は,相違点5に関し,照明ユニットにおいて効率を高めることは一般的な課題であり,効率を高めるために,製造条件の最適化等により内部量子効率ができるだけ高められた蛍光体を用いることは,当業者の通常の創作能力の発揮の範囲内のことであるとして,内部量子効率がどの程度以上の蛍光体を用いるかは,目標とする効率や蛍光体の入手・製造の容易性などを勘案して,当業者が適宜設定すべき設計事項にすぎない旨判断した。」ようです。

 そう言われればそうかなと思えます。
 ところが判決は上記のとおり,この相違点5については,想到容易じゃないとしました。

 確かに判決も,「照明ユニットにおいて発光効率を高めるために,不純物の除去等の製造条件の最適化等により,蛍光体の内部量子効率をできるだけ高めることは,当業者の技術常識であったことが認められる。」とは認定しました。
 しかし,それでも,判決は,甲3の具体的な事例において,内部量子効率を80%にする具体策なんて,思いもかけないことですよね,と認定したのです。

 うーん,どうですかね。
 勝った原告も,え,そこ!と思ったでしょうし,負けた被告もえ,そんな所で負けるんだと思ったことでしょう。
 何だかわかりませんが,原告を勝たせるという結論が先にあったような気がします。それで一番当たり障りのない取消事由を持ち上げたというような判決という印象です。こんなのでいいのですかね。
 

2016年3月11日金曜日

審決取消訴訟 特許 平成27(行ケ)10115 不服審判 拒絶審決 請求棄却

事件名
 審決取消請求事件
裁判年月日
 平成28年2月24日
裁判所名
 知的財産高等裁判所第2部
裁判長裁判官清水 節
裁判官中村 恭
裁判官中武由紀

取消事由1(本件補正の目的要件についての判断の誤り)について
「 (2) 本件補正が,特許法17条の2第5項2号にいう「特許請求の範囲の減縮」に該当するためには,請求項に記載された発明を特定するために必要な事項を限定するものであって,補正前発明と補正後の発明の産業上の利用分野及び解決しようとする課題が同一である必要がある。
 本件補正は,前記第2,2のとおり,請求項1において,透明材料からなる「光方向変換素子」について,「前記発光素子から放射される光を入射する入射面と,前記入射面から入射した光を反射する反射面と,前記反射面で反射した光を屈折して側面方向へ出射する出射面とを有する」を,「前記発光素子から放射される光を入射する入射面,前記入射面から入射した光を反射する反射面,及び前記反射面で反射した光を屈折して側面方向へ出射する出射面を有する光方向変換部と,嵌合部が形成されたケース部とを有する」とする補正事項を含むものである。・・・・
(4) 以上を前提に,本件補正の目的要件について検討する。
ア 発明特定事項の限定について
 補正前発明は,請求項において「前記光方向変換素子に設けられるホルダ片とを有し」と特定され,「光方向変換素子」に「ホルダ片」を設けることが記載されるとともに,「前記発光素子から放射される光を入射する入射面と,前記入射面から入射した光を反射する反射面と,前記反射面で反射した光を屈折して側面方向へ出射する出射面」を「有する」ことが記載されているところ,この「前記発光素子から放射される光を入射する入射面と,前記入射面から入射した光を反射する反射面と,前記反射面で反射した光を屈折して側面方向へ出射する出射面」は,本願明細書の記載によれば,「光方向変換部」と呼ばれるものである。そうすると,「光方向変換素子」中には,「光方向変換部」と「ホルダ片」を設ける部分が記載されているものの,その「ホルダ片」を設ける部分の具体的形状が特定されていないものと解される。一方,補正発明は,「光方向変換部」を明示するとともに,「光方向変換素子」の具体的形状,ホルダ片を設ける態様などについて,請求項に記載のとおり「嵌合部が形成されたケース部」に限定したものである。
 そうすると,本件補正は,補正発明の「光方向変換素子」を前記のとおり規定することによって,補正発明を特定するために必要な事項を限定するものと認められる。
イ 産業上の利用分野及び解決課題について
 補正発明及び補正前発明は,いずれも,「光源モジュール」であり,両者の産業上の利用分野は同一である。 
 また,前記1のとおり,補正発明及び補正前発明の解決しようとする課題は,光方向の厳密な調整を不要とし,輝度ムラのない光源モジュールを提供することである。
 したがって,補正発明及び補正前発明の解決しようとする課題は,同一であると認められる。
ウ よって,本件補正は,補正前発明を特定するために必要な事項を限定するものであって,補正前発明と補正発明の産業上の利用分野及び解決しようとする課題は同一であるから,特許法17条の2第5項2号にいう「特許請求の範囲の減縮」に該当し,これを目的要件違反とした審決の判断は,誤りである。」

取消事由2(補正発明の独立特許要件の判断の誤り)について
「原告は,審決が認定した周知技術は,補正発明に対し適切な周知技術ではないと
主張するので,以下,検討する。・・・
(エ) 以上の甲2ないし4に開示された内容に照らせば,光源モジュール等の発光装置において,発光素子を覆いその光を入射し出射する透明な材料に光拡散剤を含有させ,光の屈折率を変えて拡散させ,配光特性を制御することは,当業者にとって従来周知の技術であると認められる。・・・
(ウ) したがって,発光装置において,光源から放射される光を入射し外部へ出射する材料に対して,材料内に光拡散剤を含有させて,全反射面から一部光を通過させて光を出射するように構成することは,当業者にとって従来周知の技術と認められる。・・・
(ア) 原告は,審決が周知技術を認定した根拠とした甲2ないし4について,いずれも発光素子を封止する透光性の封止剤に拡散剤を含有させたものにすぎず,透光性の封止剤は全反射するように設計された反射面を有しておらず,拡散剤は発光素子の光を反射面の裏側から表側に透過させるものでもないことから,拡散剤によって裏側から表側へ光を透過させる反射面を有した光方向変換部を備える補正発明に対し,適切な周知技術ではないと主張する。
 しかし,審決は,単に,「光拡散剤は,透明な材料(樹脂等)に含ませることで,光を拡散させて,配光特性を制御し得るものであること」が周知の技術であると認定したものであるところ,前記イからも明らかなとおり,発光素子から入射する光は,界面における屈折率や形状等により,透過するか反射するかが異なるにすぎないものであるから,光拡散剤を含有させる透明な材料が,光反射面を有しないとしても,周知技術と補正発明との技術分野が異なるものではなく,前者の後者への適用に阻害事由があるものでもない。したがって,審決の認定に誤りはない。
 また,上記イ(ウ)のとおり,発光装置において,光源から放射される光を入射し外部へ出射する材料に対して,材料内に光拡散剤を含有させて,全反射面から一部光を通過させて光を出射するように構成することも,当業者にとって従来周知の技術と認められる。・・・」

「ア 前記(1)のとおり,引用発明は,甲1に記載された第1の実施の形態と同様の光方向変換部を有する第2の実施の形態に基づいて認定されたもので,LED28から出射された光が光入射面29Aに入射すると,その大部分の光を屈折させ,これら屈折光を光反射面29Bで全反射し,さらに,光出射面29Cから屈折させて斜め前方及び斜め後方・側方に,一部が光反射面(界面)29Bからそれぞれ出射して透過するように構成し,それぞれの方向に出射させた出射光が混合されることによって,LED素子の単体特性としての発光量及び色むらのばらつきが平均化され,発光むら及び色むらの発生を十分に抑制することができるというものである。
 ところで,甲1には,前記(1)アのとおり,第3の実施の形態について,[0062]~[0064]の記載がある。これらの記載によれば,第1の実施の形態では,光反射面で屈折した光を全面的に側面出射させているため,厚さが特に薄い面光源に使用した場合に光源直上が暗くなってしまうことから,光源上方にも光を出射させることにより,超薄型の場合においても均一の面光源を得ることができる旨が記載されており,光反射面29Dを有しない第1の実施の形態では,光源直上,すなわち,光反射面29Bの直上が暗くなるという課題があることが示されている。そして,このような第1の実施の形態における課題は,光方向変換部が同様のものである第2の実施の形態(引用発明)においても当てはまる。
 そうすると,このような課題を有する引用発明において,均一の光源を得るために,上記(3)アにおいて認定した周知の技術を採用し,光方向変換素子の光方向変換部及びケース部に光拡散剤を含有して,光の屈折率を変えて拡散させ,配光特性を制御し,補正発明の相違点1に係る発明のように構成することは,当業者が容易に想到し得たことである。
 したがって,認定した周知技術を引用発明に適用した審決の判断に誤りはない。」

「原告は,光拡散剤の含有量に関する数値範囲に技術的意義があるから,その含有量について当業者が適宜設計し得る設計事項であるとした審決の判断は,誤りであると主張する。
 しかし,光拡散剤の含有量について,本願明細書には,「透明樹脂100重量%に対して0.01重量%以上0.1重量%以下であることが好適である」,「光拡散剤14の含有量が0.1重量%を超すと,光方向変換素子10の機械的強度の低下をもたらすので好ましくない。一方,光拡散剤14の含有量が0.01重量%未満であると,光拡散効果が得られないばかりでなく,方向変換素子10の光反射面12dに光の明暗部が点在するので好ましくない。」(【0026】),「透明樹脂100重量%に対する光拡散剤14の添加量を0.01重量%以上0.1重量%以下の範囲内に調整することで,LED40から発する光が光方向変換素子10内において多方向に適度に拡散され,光方向変換素子10の光反射面12dの裏側から表側へ向けて透過する光が略均一に拡散放射される。」(【0027】),「透明樹脂100重量%に対する光拡散剤14の含有量を0.01重量%以上0.1重量%以下の範囲内に調整することで,光方向変換素子10から光反射面12dへの出射光の指向性を容易に変更させることが可能となる。・・・透明材質からなる光方向変換素子10に0.01重量%以上0.1重量%以下の拡散剤14を調合することで,光の光路を容易に変更することができるので,光方向の厳密な調整を行うことなく,光源モジュール1からの光を均一に分散できるようになり,光学的な均一性の効果が得られる。」(【0028】)との各記載及びその他の記載(【0036】,【0037】等)があるが,上記の数値範囲で調整すれば,適切な配光が可能であると定性的に述べるにすぎないものであり,当該数値範囲において補正発明を実施した場合に,当該数値範囲外のものと比較して臨界的な作用効果を奏すると認められるに十分な実験結果等が記載されているわけではない。
 そして,光源装置において,光源の光を入射し広範囲に光を出射する透明な材料に,光拡散剤を含有させる際に,含有させる光拡散剤が少ないと十分な光拡散の効果が発揮されず,一方,多すぎると,材料の強度や耐熱性に問題が生じることは,当業者にとって従来普通に知られていることである(例えば,特開2005-259593号公報(乙5)の【0016】)ところ,材料に含有させる光拡散剤の量は,当業者が適宜設定すべき設計的事項である。
 また,光源の光を入射し広範囲に光を出射する透明な材料において,その透明な材料に含有させる光拡散剤の量として,透明樹脂100重量%に対する光拡散剤の添加量を0.01重量%~0.1重量%とすることは,当業者にとって普通に含有させる量である(乙4の【0024】,乙5の【0016】を参照。)。
 以上を勘案すると,引用発明において,光方向変換素子に光拡散剤を含有させる際に,光拡散剤の含有量を「透明材料100重量%に対して0.01重量%以上0.1重量%以下」とし,補正発明の相違点2に係る発明のように構成することは,当業者が容易に想到し得たことである。
 したがって,相違点2に関する審決の判断に誤りはない。」

【コメント】
 請求棄却になってしまいましたが,なかなか論点満載で面白い事件です。
 発明の内容は,「光源モジュール」で,LCDのバックライトなどに用いる技術のようです。

 補正発明のクレームです。
【請求項1】発光素子と,
 前記発光素子から放射される光を入射する入射面,前記入射面から入射した光を反射する反射面,及び前記反射面で反射した光を屈折して側面方向へ出射する出射面を有する光方向変換部と,嵌合部が形成されたケース部とを有する透明材料からなる光方向変換素子と,
 前記光方向変換素子の前記ケース部の前記嵌合部に嵌合して前記入射面側に設けられるホルダ片とを有し, 
 前記ホルダ片は,前記光方向変換素子側に向けて開口する収納部を有し,前記収納部内に前記発光素子を搭載する回路基板を保持する構成を有してなり,
 前記光方向変換素子の前記光方向変換部及び前記ケース部に光拡散剤を含有してなり,前記入射面に入射して前記反射面に向かう光のうち,一部の光を前記光拡散剤によって前記入射面から入射した光線の方向を変更して第1の光として前記反射面の裏側から表側に向けて透過させ,残りの光を前記光拡散剤又は前記反射面で反射させて第2の光として前記出射面から前記側面方向に出射させ,
 前記光拡散剤の含有量は,前記透明材料100重量%に対して0.01重量%以上0.1重量%以下とすることにより,前記第1の光の光量と前記第2の光の光量とを所定の比率としたことを特徴とする光源モジュール。

 図で見たほうがいいでしょう。
 
 こんなものです。
 
 さて,論点は,補正について,目的外補正の論点です。

 あとは進歩性です。
 進歩性については,周知技術の認定の誤り,周知技術を主引例に適用した場合の動機付け,数値限定発明の臨界的意義,というところが論点になっています。

 目的外補正(特許法17条の2第5項)については,「審決が,補正前発明においては,透明材料からなる光方向変換素子が入射面,反射面,出射面を有することによって特定されていたのに対し,補正発明においては,上記特定事項に加えて,「嵌合部が形成されたケース部」という構成によっても特定されることになったとして,本件補正の目的要件を欠くと判断したのは,誤り」という話です。

 ところで,この目的外補正については,法上拒絶理由にもなっておりませんし,無効理由にもなっておりません。

 では,拒絶理由にもなっていないのに,何故拒絶査定不服審判→審決取消訴訟で争うかというと,補正の却下の53条1項に,この17条の2第5項が入っており,53条3項で,補正の却下は拒絶査定不服審判で争える,とあるからです。
 多少,法技工的な話なので,この辺が特許法がとっつきにくいとされる所かもしれません。

 そして,この目的外補正なのですが,審査基準にも,「審査官は、既になされた審査結果を有効に活用して審査を迅速に行うことができる場合において、本来保護されるべき発明についてまで、同項の規定を、必要以上に厳格に運用することがないように留意する。 」とあるのですね。

 ですので,今回,判決がここは誤りとしたのも致し方無い所かもしれません(しかし,審決を取り消すほどの誤りだとは認めてもらえませんでした。)。


 続いて進歩性です。
 主引例はこんなものです。
 
 
 引用発明との一致点・相違点は,こんな感じです。
【一致点】
「発光素子と,
 前記発光素子から放射される光を入射する入射面,前記入射面から入射した光を反射する反射面,及び前記反射面で反射した光を屈折して側面方向へ出射する出射面を有する光方向変換部と,嵌合部が形成されたケース部とを有する透明材料からなる光方向変換素子と,
 前記光方向変換素子の前記ケース部の前記嵌合部に嵌合して前記入射面側に設けられるホルダ片とを有し,
 前記ホルダ片は,前記光方向変換素子側に向けて開口する収納部を有し,前記収納部内に前記発光素子を搭載する回路基板を保持する構成を有してなる光源モジュール。」
【相違点1】
補正発明は,「前記光方向変換素子の前記光方向変換部及び前記ケース部に光拡散剤を含有してなり,前記入射面に入射して前記反射面に向かう光のうち,一部の光を前記光拡散剤によって前記入射面から入射した光線の方向を変更して第1の光として前記反射面の裏側から表側に向けて透過させ,残りの光を前記光拡散剤又は前記反射面で反射させて第2の光として前記出射面から前記側面方向に出射させ」るのに対し,引用発明は,そのようなものでない点。
【相違点2】
補正発明は,「前記光拡散剤の含有量は,前記透明材料100重量%に対して0.01重量%以上0.1重量%以下とすることにより,前記第1の光の光量と前記第2の光の光量とを所定の比率とした」のに対し,引用発明は,そのようなものでない点。

 そして,上記のとおり,進歩性での論点として,周知技術の認定の誤り,周知技術を主引例に適用した場合の動機付け,数値限定発明の臨界的意義などが注目される所でした。

 まず,周知技術の認定についてはOKとされました。周知技術の認定は,上位概念的な抽出を行うと下手をこくことになるのですが,今回周知技術とされたものは,いずれもLEDの光を樹脂(モールド材)に透過させる技術に関わるもので,その樹脂中に拡散剤を混入させるというものです。
 そうすると,上位概念的な抽出など行わなくても,相違点1の部分について補えるに十分と言えそうです。

 つぎに,周知技術がそうだとしても,主引例に組み合わせることができるかどうか,つまりは動機付けが問題になるのですが,判決はここもOKとしたわけです。

 注目すべきは,その動機付けにあたり,この判決では,主引例と周知技術との技術分野の関連性や,課題の共通性などを特別に吟味したりはしておりません。
 これは,今回の裁判長でもある清水部長が最近講演した内容からしても,頷ける話ではあります。ただし,その是非は別途問われる所だとは思いますが。 

 そして,最後に数値限定発明ですので,臨界的意義についての論点があるのですが,判決は,臨界的意義がなく,OKだとしたわけです。

 この臨界的意義について,判決は,明細書中の記載に関し,「上記の数値範囲で調整すれば,適切な配光が可能であると定性的に述べるにすぎないものであり,当該数値範囲において補正発明を実施した場合に,当該数値範囲外のものと比較して臨界的な作用効果を奏すると認められるに十分な実験結果等が記載されているわけではない。」と論難しております。

 つまり,「0.01重量%以上0.1重量%以下」なら,何故,下限が0.009でも0.011でもなく,0.01なのか,また上限も0.09でも0.11でもなく何故0.1なのかを示さないといけないということです。

 一見それはそうだと思えますが,この辺まで確かめるとなると,かなりな実験をやらないといけなくなりますので,コストと時間がかかり見合わないような気もします。

 実務的にはなかなか酷な要求です。とは言え,少なくとも清水部長の合議体では,そのようなことを気にするということですので,単にこれくらいの範囲での,数値限定をしても臨界的意義は全く認めてもらえないということを肝に銘じておいた方が良いと思います。