2016年3月26日土曜日

侵害訴訟 特許  平成27(ネ)10014 知財高裁 控訴棄却(請求全部認容)

事件番号
事件名
 特許権侵害行為差止請求控訴事件
裁判年月日
 平成28年3月25日
裁判所名
 知的財産高等裁判所特別部
裁判長裁判官 設 樂 一
裁判官 清 水 節
裁判官 髙 部 眞規子
裁判官 大 鷹 一 郎
裁判官 大 寄 麻 代

均等第一要件
「(3) 均等の第1要件(非本質的部分)について
ア 本質的部分の認定について
 特許法が保護しようとする発明の実質的価値は,従来技術では達成し得なかった技術的課題の解決を実現するための,従来技術に見られない特有の技術的思想に基づく解決手段を,具体的な構成をもって社会に開示した点にある。したがって,特許発明における本質的部分とは,当該特許発明の特許請求の範囲の記載のうち,従来技術に見られない特有の技術的思想を構成する特徴的部分であると解すべきである。
 そして,上記本質的部分は,特許請求の範囲及び明細書の記載に基づいて,特許発明の課題及び解決手段 (特許法36条4項,特許法施行規則24条の2参照)とその効果(目的及び構成とその効果。平成6年法律第116号による改正前の特許法36条4項参照)を把握した上で,特許発明の特許請求の範囲の記載のうち,従来技術に見られない特有の技術的思想を構成する特徴的部分が何であるかを確定することによって認定されるべきである。すなわち,特許発明の実質的価値は,その技術分野における従来技術と比較した貢献の程度に応じて定められることからすれば,特許発明の本質的部分は,特許請求の範囲及び明細書の記載,特に明細書記載の従来技術との比較から認定されるべきであり,そして,①従来技術と比較して特許発明の貢献の程度が大きいと評価される場合には,特許請求の範囲の記載の一部について,これを上位概念化したものとして認定され(後記ウ及びエのとおり,訂正発明はそのような例である。),②従来技術と比較して特許発明の貢献の程度がそれ程大きくないと評価される場合には,特許請求の範囲の記載とほぼ同義のものとして認定されると解される。
 ただし,明細書に従来技術が解決できなかった課題として記載されているところが,出願時(又は優先権主張日。以下本項(3)において同じ)の従来技術に照らして客観的に見て不十分な場合には,明細書に記載されていない従来技術も参酌して,当該特許発明の従来技術に見られない特有の技術的思想を構成する特徴的部分が認定されるべきである。そのような場合には,特許発明の本質的部分は,特許請求の範囲及び明細書の記載のみから認定される場合に比べ,より特許請求の範囲の記載に近接したものとなり,均等が認められる範囲がより狭いものとなると解される。
 また,第1要件の判断,すなわち対象製品等との相違部分が非本質的部分であるかどうかを判断する際には,特許請求の範囲に記載された各構成要件を本質的部分と非本質的部分に分けた上で,本質的部分に当たる構成要件については一切均等を認めないと解するのではなく,上記のとおり確定される特許発明の本質的部分を対象製品等が共通に備えているかどうかを判断し,これを備えていると認められる場合には,相違部分は本質的部分ではないと判断すべきであり,対象製品等に,従来技術に見られない特有の技術的思想を構成する特徴的部分以外で相違する部分があるとしても,そのことは第1要件の充足を否定する理由とはならない。
イ 訂正明細書の記載 
・・・
エ 訂正発明の本質的部分
 訂正発明の上記課題及び解決手段とその効果に照らすと,訂正発明の本質的部分(特許請求の範囲の記載のうち,従来技術に見られない特有の技術的思想を構成する特徴的部分)は,ビタミンD構造又はステロイド環構造の20位アルコール化合物を,末端に脱離基を有する構成要件B-2のエポキシ炭化水素化合物と反応させることにより,一工程でエーテル結合によりエポキシ基を有する側鎖を導入することができるということを見出し,このような一工程でエーテル結合によりエポキシ基を有する側鎖が導入されたビタミンD構造又はステロイド環構造という中間体を経由し,その後,この側鎖のエポキシ基を開環するという新たな経路により,ビタミンD構造又はステロイド環構造の20位アルコール化合物にマキサカルシトールの側鎖を導入することを可能とした点にあると認められる。
 一方,出発物質の20位アルコール化合物の炭素骨格(Z)がシス体又はトランス体のビタミンD構造のいずれであっても,出発物質を,末端に脱離基を有するエポキシ炭化水素化合物と反応させることにより,出発物質にエーテル結合によりエポキシ基を有する側鎖が導入された中間体が合成され,その後,この側鎖のエポキシ基を開環することにより,マキサカルシトールの側鎖を導入することができるということに変わりはない。この点は,中間体の炭素骨格(Z)がシス体又はトランス体のビタミンD構造のいずれである場合であっても同様である。したがって,出発物質又は中間体の炭素骨格(Z)のビタミンD構造がシス体であることは,訂正発明の特許請求の範囲の記載のうち,従来技術に見られない特有の技術的思想を構成する特徴的部分とはいえず,その本質的部分には含まれない。
オ 控訴人方法の第1要件の充足
 控訴人方法は,ビタミンD構造の20位アルコール化合物(出発物質A)を,末端に脱離基を有する構成要件B-2のエポキシ炭化水素化合物と同じ化合物(試薬B)と反応させることにより,出発物質にエーテル結合によりエポキシ基を有する側鎖が導入されたビタミンD構造という中間体(中間体C)を経由し,その後,こ
の側鎖のエポキシ基を開環することにより,マキサカルシトールの側鎖をビタミンD構造の20位アルコール化合物に導入するものであるから,訂正発明の特許請求の範囲の記載のうち,従来技術に見られない特有の技術的思想を構成する特徴的部分を備えているといえる。
 一方,控訴人方法のうち,訂正発明との相違点である出発物質及び中間体の「Z」に相当するビタミンD構造がシス体ではなく,トランス体であることは,前記エのとおり,訂正発明の本質的部分ではない。
 したがって,控訴人方法は,均等の第1要件を充足すると認められる。」

均等第五要件
「 (ア) この点,特許請求の範囲に記載された構成と実質的に同一なものとして,出願時に当業者が容易に想到することのできる特許請求の範囲外の他の構成があり,したがって,出願人も出願時に当該他の構成を容易に想到することができたとしても,そのことのみを理由として,出願人が特許請求の範囲に当該他の構成を記載しなかったことが第5要件における「特段の事情」に当たるものということはできない。
 なぜなら,①上記のとおり,特許発明の実質的価値は,特許請求の範囲に記載された構成以外の構成であっても,特許請求の範囲に記載された構成からこれと実質的に同一なものとして当業者が容易に想到することのできる技術に及び,その理は,出願時に容易に想到することのできる技術であっても何ら変わりがないところ,出願時に容易に想到することができたことのみを理由として,一律に均等の主張を許さないこととすれば,特許発明の実質的価値の及ぶ範囲を,上記と異なるものとすることとなる。また,②出願人は,その発明を明細書に記載してこれを一般に開示した上で,特許請求の範囲において,その排他的独占権の範囲を明示すべきものであることからすると,特許請求の範囲については,本来,特許法36条5項,同条6項1号のサポート要件及び同項2号の明確性要件等の要請を充たしながら,明細書に開示された発明の範囲内で,過不足なくこれを記載すべきである。 しかし,先願主義の下においては,出願人は,限られた時間内に特許請求の範囲と明細書とを作成し,これを出願しなければならないことを考慮すれば,出願人に対して,限られた時間内に,将来予想されるあらゆる侵害態様を包含するような特許請求の範囲とこれをサポートする明細書を作成することを要求することは酷であると解される場合がある。これに対し,特許出願に係る明細書による発明の開示を受けた第三者は,当該特許の有効期間中に,特許発明の本質的部分を備えながら,その一部が特許請求の範囲の文言解釈に含まれないものを,特許請求の範囲と明細書等の記載から容易に想到することができることが少なくはないという状況がある。均等の法理は,特許発明の非本質的部分の置き換えによって特許権者による差止め等の権利行使を容易に免れるものとすると,社会一般の発明への意欲が減殺され,発明の保護,奨励を通じて産業の発達に寄与するという特許法の目的に反するのみならず,社会正義に反し,衡平の理念にもとる結果となるために認められるものであって,上記に述べた状況等に照らすと,出願時に特許請求の範囲外の他の構成を容易に想到することができたとしても,そのことだけを理由として一律に均等の法理の対象外とすることは相当ではない。
(イ) もっとも,このような場合であっても,出願人が,出願時に,特許請求の範囲外の他の構成を,特許請求の範囲に記載された構成中の異なる部分に代替するものとして認識していたものと客観的,外形的にみて認められるとき,例えば,出願人が明細書において当該他の構成による発明を記載しているとみることができるときや,出願人が出願当時に公表した論文等で特許請求の範囲外の他の構成による発明を記載しているときには,出願人が特許請求の範囲に当該他の構成を記載しなかったことは,第5要件における「特段の事情」に当たるものといえる。
 なぜなら,上記のような場合には,特許権者の側において,特許請求の範囲を記載する際に,当該他の構成を特許請求の範囲から意識的に除外したもの,すなわち,当該他の構成が特許発明の技術的範囲に属しないことを承認したもの,又は外形的にそのように解されるような行動をとったものと理解することができ,そのような理解をする第三者の信頼は保護されるべきであるから,特許権者が後にこれに反して当該他の構成による対象製品等について均等の主張をすることは,禁反言の法理に照らして許されないからである。」


【コメント】
 マスコミでも少し話題になった大合議の,薬の製造方法に関する,後発薬をめぐる事件です。

 クレームはこういうものです。
A-1 下記構造を有する化合物の製造方法であって:   省略  
A-2’ (式中,nは1であり;   
A-3’ R1およびR2はメチルであり;   
A-4’ WおよびXは各々独立に水素またはメチルであり;  
A-5’ YはOであり;   
A-6’ そしてZは,式:省略  のステロイド環構造,または式:省略 のビタミンD構造であり,Zの構造の各々は,1以上の保護または未保護の置換基および/または1以上の保護基を所望により有していてもよく,Zの構造の環はいずれも1以上の不飽和結合を所望により有していてもよい)   
B-1 (a)下記構造:省略  (式中,W,X,YおよびZは上記定義の通りである)  を有する化合物を   
B-2 塩基の存在下で下記構造:省略  を有する化合物と反応させて,   
B-3 下記構造:省略  を有するエポキシド化合物を製造すること; 
C (b)そのエポキシド化合物を還元剤で処理して化合物を製造すること;および   
D (c)かくして製造された化合物を回収すること;   
E を含む方法。

 ポイントは,シスとトランスの違いです。
 出発物質は,上記左がシス体です(本件発明)。この図で,一番下のベンゼン環の右上の二重結合のみを左上に動かしたのが,右のトランス体となります(被告方法)。

 さて,均等の第一要件の規範としては,従来とおりのものです。ただ,多少,説明がましい所があり,そこは今後役に立つのではないかと思います。

 つまり,パイオニア的発明であれば, 本質的部分は広くなるような書きぶりなのです,判決は。そうすると均等の範囲は逆に狭くなりそうなのですが,この判決の書き方からすると,均等の範囲も広くなるように読めるので,ちょっと不思議な感じがします。

 本件では,「従来技術に開示されていなかった新規な製造方法により,ビタミンD構造又はステロイド環構造の20位アルコール化合物にマキサカルシトールの側鎖を導入することを可能としたという点」が本質的部分ということですので,それ以外の所に差異があろうが,微差微差!,技術的範囲内だということなのでしょう。

 私が注目したのは,むしろ第五要件の方です。
 論者によって多少異なるのですが,均等論は,迂闊な出願人(後の特許権者) の救済のためではない,とされています。つまり,ちゃんともう少しの想像力をもって考えてクレームすればいいのであって,何故そんな想像力のない,ぼんやりしているような出願人を救わなけばならないのだ!というものです。

 本件でも,そんな重要な発明なら,シスだけではなくトランスを含むような広いクレームを初めからすればいいだけの話であって,そんなことをしなかったのに,今更どうしてトランスに対しても権利行使できるなどとするのだ!おかしい!ということです。

 これは確かにもっともだと思います。

 しかし,判決も言うように,先願主義の下,一刻も早くという要請から,分かる範囲で行うというのもこれは致し方無い所もあります。下手に恐らくこうだろう,この範囲なら大丈夫だろうと広いクレームをするとサポート要件違反,ということもありえますからね。

 とは言え,大合議の判決で,均等論はときに迂闊な出願人を救うものだということを明確にしたことは大きな意義があるのではないかと思います。
 などと言っておりますが,本件は上告されると思いますので,これで最終決着にはならないでしょう。