2016年3月15日火曜日

審決取消訴訟 特許 平成27(行ケ)10097 無効審判 無効審決 請求認容

事件番号
事件名
 審決取消請求事件
裁判年月日
 平成28年3月8日
裁判所名
 知的財産高等裁判所第3部
裁判長裁判官 大 鷹 一 郎
裁判官 田 中 正 哉
裁判官 神 谷 厚 毅 

「(2) 相違点5の判断の誤りの有無について
ア 原告は,相違点5に関し,照明ユニットにおいて効率を高めるために,製造条件の最適化等により内部量子効率ができるだけ高められた蛍光体を用いることは,当業者の通常の創作能力の発揮の範囲内のことであり,甲3発明において,蛍光体の内部量子効率がどの程度以上の蛍光体を用いるかは設計事項にすぎないとした本件審決の判断は誤りである旨主張する。
 そこで検討するに,甲5の段落【0012】に「窒化物蛍光体中は,…基本構成元素の他に,原料中に含まれる不純物も残存する。例えば,Co,Mo,Ni,Cu,Feなどである。これらの不純物は,発光輝度を低下させたり,賦活剤の活用を阻害したりする原因にもなるため,できるだけ系外に除去することが好ましい。」,段落【0035】に「原料のⅠⅠ価のLも,酸化されやすい。…このOは,不純物となり,発光劣化を引き起こすため,極力,系外へ除去することが好ましい。…」との記載などに鑑みると,本件出願の優先日当時,照明ユニットにおいて発光効率を高めるために,不純物の除去等の製造条件の最適化等により,蛍光体の内部量子効率をできるだけ高めることは,当業者の技術常識であったことが認められる。
 しかしながら,他方で,不純物の除去等の製造条件の最適化等により,蛍光体の内部量子効率を高めることについても,自ずと限界があることは自明であり,出発点となる内部量子効率の数値が低ければ,上記の最適化等により内部量子効率を80%以上とすることは困難であり,内部量子効率を80%以上とすることができるかどうかは,出発点となる内部量子効率の数値にも大きく依存するものと考えられる。
 しかるところ,甲3には,量子効率に関し,別紙2の表3に3種の化合物の「量子効率(QE)」が「29」%,「51」%,「30」%であること,段落【0067】に,「サイアロンSrSiAl2O3N2:Eu2+(4%)(試験番号TF31A/01)」について「量子効率QE43%」であることの記載があるだけであり,これ以外には,量子効率,外部量子効率又は内部量子効率について述べた記載はないし,別紙2の表4記載の赤色蛍光体である「Sr2Si4AlON7:Eu2+」の内部量子効率についての記載もない。また,甲3には,「Sr2Si4AlON7:Eu2+」の「Sr2」を「Ca」又は「Ba」に置換した蛍光体の内部量子効率についての記載もない。
 このほか,別紙2の表4記載の赤色蛍光体である「Sr2Si4AlON7:Eu2+」,さらには「Sr2Si4AlON7:Eu2+」の「Sr2」を「Ca」又は「Ba」に置換した蛍光体の内部量子効率がどの程度であるのかをうかがわせる証拠はない。
 以上によれば,甲3に接した当業者は,甲3発明において,Sr2Si4AlON7:Eu2+蛍光体のSrの少なくとも一部をBaやCaに置換したニトリドアルミノシリケート系の窒化物蛍光体を採用した上で,さらに,青色発光素子が放つ光励起下におけるその内部量子効率を80%以上とする構成(相違点5に係る本件訂正発明の構成)を容易に想到することができたものと認めることはできない。
 したがって,本件審決における本件訂正発明と甲3発明の相違点5の容易想到性の判断には誤りがある。
イ これに対し被告は,内部量子効率が高いことが望ましいことは,本件出願の優先日前の技術常識であったから,内部量子効率ができるだけ高められた蛍光体を用いることは,当業者の通常の創作能力の発揮の範囲内のことである,本件出願の優先日前において,「ニトリドシリケート系の窒化物蛍光体」(α-サイアロン蛍光体を含む。)の内部量子効率が80%以上のものを製造できる可能性を,技術常識に基づいて想定できたものといえるなどとして,内部量子効率がどの程度以上の蛍光体を用いるかは,目標とする効率や蛍光体の入手・製造の容易性などを勘案して,当業者が適宜設定すべき設計事項にすぎないから,当業者は,甲3発明において,相違点5に係る本件訂正発明の構成を採用することを容易に想到することができた旨主張する。
 しかしながら,一般論として,本件出願の優先日前において,青色発光素子が放つ光励起下における「ニトリドシリケート系の窒化物蛍光体」(α-サイアロン蛍光体を含む。)の内部量子効率が80%以上のものを製造できる可能性を技術常識に基づいて想定できたとしても,甲3に接した当業者が,甲3の記載事項を出発点として,甲3発明において,Sr2Si4AlON7:Eu2+蛍光体のSrの少なくとも一部をBaやCaに置換したニトリドアルミノシリケート系の窒化物蛍光体を採用した上で,さらに,青色発光素子が放つ光励起下におけるその内部量子効率を80%以上とする構成に容易に想到することができたかどうかは別問題であり,被告の上記主張は,甲3の具体的な記載事項を踏まえたものではないから,採用することができない。」
(相変わらず上付き文字がうまく表示できませんので,頭の中で補ってください。以下も同じです。)

【コメント】
 審決では無効審決だったのが,逆転で取消となった白色LEDの発明の事件です。

 クレームからです。
【請求項1】
 赤色蛍光体と,緑色蛍光体とを含む蛍光体層と,発光素子とを備え,
 前記赤色蛍光体が放つ赤色系の発光成分と,前記緑色蛍光体が放つ緑色系の発光成分と,前記発光素子が放つ発光成分とを出力光に含む発光装置であって,
 前記出力光が,白色光であり,
 前記赤色蛍光体は,前記発光素子が放つ光によって励起されて,Eu2+で付活され,かつ,600nm以上660nm未満の波長領域に発光ピークを有するニトリドアルミノシリケート系の窒化物蛍光体(ただし,Sr2Si4AlON7:Eu2+を除く)であり,
 前記緑色蛍光体は,前記発光素子が放つ光によって励起されて,Eu2+又はCe3+で付活され,かつ,500nm以上560nm未満の波長領域に発光ピークを有する緑色蛍光体であり,
 前記発光素子は,440nm以上500nm未満の波長領域に発光ピークを有する光を放つ青色発光素子であり,
 前記蛍光体層に含まれる蛍光体はEu2+又はCe3+で付活された蛍光体のみを含み,
 前記青色発光素子が放つ光励起下において前記赤色蛍光体は,内部量子効率が80%以上であり,
 前記蛍光体層に含まれる蛍光体の励起スペクトルは,前記青色発光素子の放つ光の波長よりも短波長域に励起ピークを有し,
 前記蛍光体層は,窒化物蛍光体又は酸窒化物蛍光体以外の無機蛍光体を実質的に含まないことを特徴とする発光装置。

 白色LEDって,三原色のLEDを組み合わせて作っていると思っている人は多いと思います。
 勿論,それでも作れるのですが,そうすると,キンキンした白色のLEDしかできなないので,波長の一番短い(つまりエネルギーの一番高い)青色のLEDと蛍光体の組み合わせで白色LEDを作るというのが実はデフォーです。
 この発明も,「特に,暖色系の白色光を放つ発光装置を提供するもの」というわけです。所謂電球色を出すLED電球に採用されるやつですね。
 で,主引例たる甲3発明はこんなのです。
 
 その甲3発明との一致点・相違点です。
「(一致点)
「赤色蛍光体と,緑色蛍光体とを含む蛍光体層と,発光素子とを備え,
 前記赤色蛍光体が放つ赤色系の発光成分と,前記緑色蛍光体が放つ緑色系の発光成分と,前記発光素子が放つ発光成分とを出力光に含む発光装置であって,
 前記出力光が,白色光であり,
 前記蛍光体層は,窒化物蛍光体又は酸窒化物蛍光体以外の無機蛍光体を実質的に含まない発光装置。」である点。

(相違点1)
 本件訂正発明の「赤色蛍光体」は,「前記発光素子が放つ光によって励起されて,Eu2+で付活され,かつ,600nm以上660nm未満の波長領域に発光ピークを有するニトリドアルミノシリケート系の窒化物蛍光体(ただし,Sr2Si4AlON7:Eu2+を除く)であ」るのに対し,甲3発明の「赤」に発光する「ニトリド含有顔料」は,そのようなものであるのか否か不明である点。
(相違点2)
 本件訂正発明の「緑色蛍光体」は,「前記発光素子が放つ光によって励起されて,Eu2+又はCe3+で付活され,かつ,500nm以上560nm未満の波長領域に発光ピークを有する緑色蛍光体であ」るのに対し,甲3発明の「緑」に発光する「ニトリド含有顔料」は,そのようなものであるのか否か不明である点。
(相違点3)
 本件訂正発明の「青色発光素子」は,「440nm以上500nm未満の波長領域に発光ピークを有する光を放つ青色発光素子」であるのに対し,甲3発明の「青色発光LED」は,そのようなものであるのか否か不明である点。
(相違点4)
 本件訂正発明の「蛍光体層に含まれる蛍光体」は,「Eu2+又はCe3+で付活された蛍光体のみを含」むのに対し,甲3発明の「凹設部に充填された注入材料」が含有するニトリド含有顔料がそのようなものか否か不明である点。
(相違点5)
 本件訂正発明の「赤色蛍光体」は,「前記青色発光素子が放つ光励起下において」「内部量子効率が80%以上であ」るのに対し,甲3発明の「赤」に発光する「ニトリド含有顔料」がそのようなものか否か不明である点。

(相違点6)
 本件訂正発明が「前記蛍光体層に含まれる蛍光体の励起スペクトルは,前記青色発光素子の放つ光の波長よりも短波長域に励起ピークを有」するものであるのに対し,甲3発明がそのようなものか否か不明である点。
」 

 結構たくさん相違点がありますが,大体どれも微差と考えたようです。
 例えば,相違点5について審決は,「本件審決は,相違点5に関し,照明ユニットにおいて効率を高めることは一般的な課題であり,効率を高めるために,製造条件の最適化等により内部量子効率ができるだけ高められた蛍光体を用いることは,当業者の通常の創作能力の発揮の範囲内のことであるとして,内部量子効率がどの程度以上の蛍光体を用いるかは,目標とする効率や蛍光体の入手・製造の容易性などを勘案して,当業者が適宜設定すべき設計事項にすぎない旨判断した。」ようです。

 そう言われればそうかなと思えます。
 ところが判決は上記のとおり,この相違点5については,想到容易じゃないとしました。

 確かに判決も,「照明ユニットにおいて発光効率を高めるために,不純物の除去等の製造条件の最適化等により,蛍光体の内部量子効率をできるだけ高めることは,当業者の技術常識であったことが認められる。」とは認定しました。
 しかし,それでも,判決は,甲3の具体的な事例において,内部量子効率を80%にする具体策なんて,思いもかけないことですよね,と認定したのです。

 うーん,どうですかね。
 勝った原告も,え,そこ!と思ったでしょうし,負けた被告もえ,そんな所で負けるんだと思ったことでしょう。
 何だかわかりませんが,原告を勝たせるという結論が先にあったような気がします。それで一番当たり障りのない取消事由を持ち上げたというような判決という印象です。こんなのでいいのですかね。