2016年3月9日水曜日

侵害訴訟 特許 平成27(ワ)12416 東京地裁 請求認容

事件番号
事件名
 特許権侵害差止請求事件
裁判年月日
 平成28年3月3日
裁判所名
 東京地方裁判所第46部
裁判長裁判官 長谷川 浩二
裁判官 萩原孝基
裁判官 中嶋邦人

「 1 争点(1)ア(「(有効安定化量の)緩衝剤」(構成要件B,F,G)の充足性)について 
  前記前提事実(3)イのとおり,被告製品は構成要件Gに規定されているモル濃度の範囲内にある量のシュウ酸を含有するところ,このシュウ酸は添加されたものではない。原告は,「緩衝剤」であるシュウ酸はオキサリプラチン水溶液中に存在すれば足り,添加されたシュウ酸に限定されないから,被告製品は構成要件B,F及びGを充足すると主張するのに対し,被告は,「緩衝剤」であるシュウ酸はオキサリプラチン水溶液に添加されたものに限定されるから,被告製品は上記各構成要件を充足しないと主張するので,以下検討する。
(1) まず,特許請求の範囲の記載をみるに,本件発明は,その文言上,オキサリプラチン,水及び「有効安定化量の緩衝剤」である「シュウ酸またはそのアルカリ金属塩」を「包含」する「安定オキサリプラチン溶液組成物」に係る物の発明であり,緩衝剤であるシュウ酸等のモル濃度を一定の範囲に限定したものである。そして,オキサリプラチン水溶液に「包含」される緩衝剤であるシュウ酸等の量のみが規定され(構成要件G),シュウ酸等を添加することなど上記組成物の製造方法に関する記載はない。この「包含」とは「要素や事情を中にふくみもつこと」(広辞苑〔第六版〕参照)をいうことからすれば,オキサリプラチン水溶液に「包含」されるシュウ酸とは,オキサリプラチン水溶液中に存在する全てのシュウ酸をいい,添加したシュウ酸に限定されるものではないと解するのが相当である。 
(2)緩衝剤であるシュウ酸に関する上記解釈は,以下のとおり,本件明細書の記載から裏付けることができる。
・・・「緩衝剤は,有効安定化量で本発明の組成物中に存在する。」
(段落【0022】,【0023】)・・・
イ 本件明細書の上記各記載を総合すると,本件発明は,従来からある凍結乾燥粉末形態のオキサリプラチン生成物及びオキサリプラチン水溶液(乙1発明)の欠点を克服し,すぐに使える形態の製薬上安定であるオキサリプラチン溶液組成物を提供することを目的とする発明であって(段落【0010】,【0012】~【0017】),オキサリプラチン,有効安定化量の緩衝剤及び製薬上許容可能な担体を包含する安定オキサリプラチン溶液組成物に関するものである(同【0018】)。この緩衝剤は本件発明の組成物中に存在することでジアクオDACHプラチン等の不純物の生成を防止し,又は遅延させ得ることができ(同【0022】,【0023】),これによって本件発明はこれら従来既知のオキサリプラチン組成物と比較して優れた効果,すなわち,①凍結乾燥粉末形態のオキサリプラチン生成物と比較すると,低コストであって複雑でない製造方法により製造が可能であること,投与前の再構築を必要としないので再構築に際してのミスが生じることがないこと,②従来既知の水性組成物(乙1)と比較すると,製造工程中に安定であること(ジアクオDACHプラチンやジアクオDACHプラチン二量体といった不純物が少ないこと)といった効果を有するもの(同【0030】,【0031】)と認められる。そうすると,本件明細書の記載からは,本件発明が,従来既知のオキサリプラチン組成物(凍結乾燥粉末形態のものや乙1発明のように水溶液となっているもの)の欠点を克服し,改良することを目的とし,その解決手段としてシュウ酸等を緩衝剤として包含するという構成を採用したと認められるのであり,更にこの緩衝剤を添加したものに限定するという構成を採用したとみることはできない。 
(3)以上によれば,構成要件Gに規定されたモル濃度の範囲内にある量のシュウ酸を含んでいれば構成要件B,F及びGを充足すると解すべきところ,被告製品は前記前提事実(3)イのとおりこれを含有する。したがって,被告製品は本件発明の技術的範囲に属すると判断するのが相当である。」

【コメント】
 この分野はあまり詳しくないのですが,癌の薬らしいです(固形腫瘍の治療に有用な細胞増殖抑制性抗新生物剤)。

 最近よくある限定解釈事例ではないのですが,クレーム解釈が問題になってます。また,前に紹介した判決と同じ部の判決の上に,対照的だったので,取り上げました。


 クレームは,こんな感じです。
A オキサリプラチン,
 B 有効安定化量の緩衝剤および
 C 製薬上許容可能な担体を包含する
 D 安定オキサリプラチン溶液組成物であって,
 E 製薬上許容可能な担体が水であり,
 F 緩衝剤がシュウ酸またはそのアルカリ金属塩であり,
 G  1)緩衝剤の量が,以下の:
 (a)5×10-5M~1×10-2M,
 (b)5×10-5M~5×10-3M
 (c)5×10-5M~2×10-3M
 (d)1×10-4M~2×10-3M,または
 (e)1×10-4M~5×10-4M
の範囲のモル濃度である,
 H  pHが3~4.5の範囲の組成物,あるいは
 I  2)緩衝剤の量が,5×10-5M~1×10-4Mの範囲のモル濃度である,組成物。
」(-5とか-2とかあるのは,指数の上付き文字ですので。)

 つまり,オキサリプラチンと,緩衝剤と,担体という3つの要素から成り立っている薬の発明なわけです。
 そして,争いになっている構成要件は, このうちの,B,F,Gの「緩衝剤」です。

 被告は,緩衝剤は,「「緩衝剤」である「シュウ酸」とは添加したシュウ酸をいうものと解される。」として,添加したものに限られるという主張をしたのです。つまりは,限定解釈すべきという主張です。

 他方,原告は,クレームには「包含」という記載しかないのだから,「「緩衝剤」であるシュウ酸は,溶液中に存在すれば足り,自然に生成されたものであっても,添加したものであってもいずれでもよいと解される。 」と主張しました。

 そして,前の判決でも,辞書的意味を重視したように, 46部の合議体は,今回の判決でも,辞書的意味を重視し,そして,念の為ということで,明細書を加味して,クレームの「緩衝剤」の意味を探ったのです。

 一方は辞書的意味から広く捉え,一方は辞書的意味から狭く捉えたということで,実に対照的で,結論もまったく逆です(前者は請求の全部認容で,後者は請求の全部棄却です。)。

 これから民事46部に係属する場合は,辞書的意味を最重要視するということでよろしいかと思います。