2016年3月4日金曜日

侵害訴訟 特許 平成27(ワ)12748 東京地裁 請求棄却


事件番号
事件名
 特許権侵害差止等請求事件
裁判年月日
 平成28年2月23日
裁判所名
 東京地方裁判所第46部
裁判長裁判官 長谷川 浩 二
裁判官 萩原孝基
裁判官 中嶋邦人
 
「 ⑴ 構成要件1Iにつき,本件発明の特許請求の範囲には,「レッグレストフレーム……の当接部材」が「座席フレームの湾曲部」に「滑らかに当接」して「徐々に停止する」ものであると記載されている。この「滑らか」は,本件明細書(甲1)において定義づけられていないので,「すらすらと通るさま。つかえないさま。よどみないさま」(広辞苑〔第六版〕2103頁),「物事がよどみなく運ぶさま。すらすらと進むさま」(大辞林〔新装第二版〕1924頁)といった意味を有すると解される。また,「徐々に停止する」とは,「徐々に」が「停止」を修飾していることに照らすと,引き出されてきたレッグレストフレームの当接部材が座席フレームの湾曲部に当接すると直ちに停止するのではなく,当接した後も移動を続けつつも次第に減速して停止に至ることを意味すると解される。さらに,「座席フレームの湾曲部」が座席フレームの「開放する側の両端部」にあって「下方に鈍角状に折り曲げられた」構造を有していること(構成要件1E。なお,構成要件1B,1E及び1Fにいう「座部フレーム」は構成要件1Iにいう「座席フレーム」と同一の部材を指すと認める。)からすれば,レッグレストフレームの当接部材に対しては,引き出す方向に対する抵抗力が次第に大きくなる一方,下方に向かう力がかかっていくと考えられる。
 以上を総合考慮すると,「滑らかに当接して徐々に停止する」とは,引き出されてきたレッグレストフレームの当接部材が座席フレームの湾曲部に当接しても直ちに停止することなく更に引き出され続けるが,湾曲部との当接後は湾曲部から受ける力により次第に減速して,当接から多少なりとも間を置いて停止することを意味すると解される。
⑵ この点につき,念のため本件明細書の記載及び本件特許の出願経過を見るに,本件明細書(甲1)においては,「発明を実施するための形態」欄において,円形当接部材が座部フレームの湾曲部の基端部に滑らかに当接すること,及び,鈍角状の上記湾曲部により徐々に停止していくので強く引き出しても衝撃がないことが記載されている(段落【0032】)。また,本件の特許出願について,引用文献(登録実用新案第3046819号公報。乙3)に基づき容易想到であるとする拒絶理由通知(乙2)に対し,原告は,特許請求の範囲(構成要件1I)に「滑らかに」を加える補正をした上,平成25年3月28日付け意見書(乙4)において,本件発明が本件明細書の上記記載のとおりの作用効果を奏するものであり,上記引用文献記載の考案は当接部が屈曲部の下側の曲線部にいきなり当接するもので,滑らかに当接し徐々に停止していくものでは全くないと述べている。
 そうすると,構成要件1Iは,レッグレストフレームを引き出した際に衝撃を感じることがないという効果を奏するために,当接部材が座席フレームの湾曲部に当接しても突然停止するのでなく,その後に次第に速度を落として停止することをいうものと解するのが相当であるから,前記⑴の解釈と合致するということができる。
⑶ 以上を前提に被告製品が構成要件1Iを充足するかどうかについて検討するに,証拠(甲9,乙7の1)及び弁論の全趣旨によれば,被告製品は,レッグレストフレームを前方に引き出していくと,同フレームに取り付けられた側面視略L字型のストッパー部材の上端ないし引き出し方向先端の角の部分が座席フレームの湾曲部に当接し,その直後にレッグレストフレームが,次第に減速するのではなく,ほぼ一瞬にして停止するものと認められる。
 したがって,被告製品は,「滑らかに当接して徐々に停止する」ものでないから,構成要件1Iを充足しない。」

【コメント】
 リクライニング椅子の発明に関する特許権侵害訴訟の事件です。 
 最近よくある限定解釈で棄却したのではないのですが,クレーム解釈が問題になったので,取り上げました。
 
 クレームは,こんな感じです。
1A レッグレストを備え,アームレストの操作によりバックレストを傾倒・起立させるようにしたアームレスト操作式のリクライニング椅子であって,
1B レッグレストフレームと,バックレストフレームと,前記バックレストフレームの下端部に後端部位がピンP4により枢支される座部フレームと,
1C 前脚フレームと後脚フレームの左右上方端部の交差部を枢支してなる脚部と,
1D 後端側をピンP2により前記バックレストフレームに枢支され前端側を上方に回動可能とし,かつ内部に前記交差部を所望の位置に係止可能とした係止部を有するアームレストフレームとを具備し,
1E 前記座部フレームの開放する側の両端部は下方に鈍角状に折り曲げられた湾曲部14cが形成され,該湾曲部の端部には連結棒が取り付けられており,
1F 前記レッグレストフレームが前記座部フレームの前方から引き出し可能であり,
1G 該レッグレストフレームの開放する側の両端部近傍には連結棒が取り付けられ,
1H 連結棒の両端部から突出する先端には,それぞれ当接部材が取り付けられており,
1I 前記レッグレストフレームが引き出される際には,その当接部材が座席フレームの湾曲部に滑らかに当接して徐々に停止するものである
1J ことを特徴とするリクライニング椅子。
 
 図1
 
 図で見ると分かりやすいです。
 問題のところは,1I「湾曲部に滑らかに当接して徐々に停止する」の所です。図でいうと19Cの当接部材が,座席フレーム14の曲がった所に当たる箇所の部分です。
 
 他方,被告製品はどうかというとこんな感じです。 
 
 原告の明細書の図だと丸い当接部材ですので,レッグレストフレーム19を引き出すと,丸の当接部材が滑らかに当接して徐々に停止するのかなと思います。 

 他方,被告の製品はそこがL字型なので,バッファなくカチャッと止まる感じがします。

 そうすると,クレーム解釈として,
「 「滑らかに当接して徐々に停止する」とは,引き出されてきたレッグレストフレームの当接部材が座席フレームの湾曲部に当接しても直ちに停止することなく更 に引き出され続けるが,湾曲部との当接後は湾曲部から受ける力により次第に減速して,当接から多少なりとも間を置いて停止することを意味する」
というのはあり得る所です。
 
 今回のポイントとしては,限定解釈するのではなく,辞書的意味にとらえて,そしてそれを被告製品と比べた,ということになると思います(明細書の記載と出願経過も参照しておりますが,それは念の為ということで,基本,辞書的意味がメインです。)。
 
 クレーム解釈の基本の基本が見られたようで,初学者の学習などにも好適ではないかと思います。