2016年4月19日火曜日

侵害訴訟 特許 平成27(ワ)12414 東京地裁 請求棄却

事件番号
事件名
 特許権侵害差止請求事件
裁判年月日
 平成28年3月30日
裁判所名
 東京地方裁判所民事第29部 
裁判長裁判官 嶋末  和秀 
裁判官鈴木 千帆 
裁判官笹本 哲朗

「 (1) 本件各処分の対象となった物について
  ア  特許権の存続期間の延長登録の制度趣旨
 特許権の存続期間の延長登録の制度は,特許法67条2項の「安全性の確保等を目的とする法律の規定による許可その他の処分であつて当該処分の目的,手続等からみて当該処分を的確に行うには相当の期間を要するものとして政令で定めるもの」(以下「政令処分」という。)を受けることが必要であったために特許発明の実施をすることができなかった期間を回復することを目的とするものである(最高裁平成26年(行ヒ)第356号同27年11月17日第三小法廷判決〔以下「平成27年最判」という。〕参照)。
 すなわち,特許法は,同法67条1項において,特許権の存続期間を特許出願の日から20年と定めるが,同時に,同条2項において,その特許発明の実施について政令処分を受けることが必要であるために,その特許発明の実施をすることができない期間があったときは,5年を限度として,その存続期間の延長をすることができると定めて,特許権の存続期間の延長登録制度を設けた。「その特許発明の実施」について,政令処分を受けることが必要な場合には,特許権者は,たとえ,特許権を有していても,特許発明を実施することができず,実質的に特許期間が侵食される結果を招く(もっとも,このような期間においても,特許権者が「業として特許発明の実施をする権利」を専有していることに変わりはなく,特許権者の許諾を受けずに特許発明を実施する第三者の行為について,当該第三者に対して,差止めや損害賠償を請求することが妨げられるものではない。したがって,特許権者の被る不利益の内容として,特許権の全ての効力のうち,特許発明を実施できなかったという点にのみ着目したものであるといえる。)。そして,このような結果は,特許権者に対して,研究開発に要した費用を回収することができなくなる等の不利益をもたらし,また,開発者,研究者に対しても,研究開発のためのインセンティブを失わせることから,そのような不都合を解消させ,研究開発のためのインセンティブを高める目的で,特許発明を実施することができなかった期間について,5年を限度として,特許権の存続期間を延長することができるようにしたものである。
 なお,特許法施行令2条は,政令処分として,医薬品,医療機器等の品質,有効性及び安全性の確保等に関する法律(平成25年法律第84号による改正前の題名は,薬事法。以下,同改正の前後を通じて「医薬品医療機器等法」という。)の承認や農薬取締法の登録を定めているところ,これらの処分は,いわゆる講学上の許可に該当し,製造販売等の行為が,一般的抽象的に禁止され,各行政法規に基づく個別的具体的な処分を受けることによって初めて,当該行為を行うことが許されるものであるから,特許権者が,許可を得ようとしない限り,当該製造販売等の行為を禁止された法的状態が継続することになる。しかし,特許法は,特許権者が,許可を得ようとしなかった期間も含めて,特許発明を実施することができなかった全ての期間(5年の限度はさておいて)について,存続期間延長の算定の基礎とするのではなく,特許発明を実施する意思及び能力があってもなお,特許発明を実施することができなかった期間,すなわち,当該政令処分を受けるために必要であった期間に限って,存続期間延長の対象とするものとした。この点については,「その特許発明の実施をすることができない期間」とは,政令処分を受けるのに必要な試験を開始した日又は特許権の設定登録の日のうちのいずれか遅い方の日から,当該政令処分が申請者に到達することにより処分の効力が発生した日の前日までの期間を意味すると解すべきであるとした裁判例(最高裁平成10年(行ヒ)第43号同11年10月22日第二小法廷判決・民集53巻7号1270頁)に照らしても明らかである。
 このように,特許権の存続期間の延長登録の制度は,特許発明を実施する意思及び能力があってもなお,特許発明を実施することができなかった特許権者に対して,政令処分を受けることによって禁止が解除されることとなった特許発明の実施行為について,当該政令処分を受けるために必要であった期間,特許権の存続期間を延長する措置を講じることによって,特許発明を実施するこ
とができなかった不利益の解消を図った制度であるということができる(知財高裁平成25年(行ケ)第10195号同26年5月30日特別部判決〔以下「平成26年知財高判」という。〕,知財高裁平成20年(行ケ)第10460号同21年5月29日第三部判決参照)。
イ  特許権の存続期間が延長された場合の当該特許権の効力 特許法68条の2は,「特許権の存続期間が延長された場合(第67条の2第5項の規定により延長されたものとみなされた場合を含む。)の当該特許権の効力は,その延長登録の理由となつた第67条第2項の政令で定める処分の対象となつた物(その処分においてその物の使用される特定の用途が定められている場合にあつては,当該用途に使用されるその物)についての当該特許発明の実施以外の行為には,及ばない。」と規定している。
 この規定によれば,特許権の存続期間が延長された場合の当該特許権の効力は,政令処分の対象となった物(その処分においてその物の使用される特定の用途が定められている場合にあっては,当該用途に使用されるその物〔以下,鍵括弧を付して「当該用途に使用される物」という。〕)(以下,かかる政令処分の対象となった物を鍵括弧を付して「(当該用途に使用される)物」ということがある。)についての当該特許発明の実施行為にのみ及ぶということになる。
 また,前記アで説示したところに照らせば,特許権の存続期間の延長登録の制度は,特許権者が特許発明を実施する意思及び能力があっても,政令処分を受けることが必要であったためにその特許発明を実施することができなかったという特許期間の侵食を,特許発明全体の範囲(特許法70条)ではなく,当該政令処分を受けることが必要であったために実施することができなかった「(当該用途に使用される)物」の範囲について回復させるというものと解される。
 したがって,特許権の存続期間が延長された場合の当該特許権の効力は,原則として,政令処分を受けることによって禁止が解除されることとなった特許発明の実施行為,すなわち,当該政令処分を受けることが必要であったために実施することができなかった「(当該用途に使用される)物」についての実施行為にのみ及び,特許発明のその余の実施行為には及ばないと解するのが相当である。
 もっとも,特許権者が研究開発に要した費用を回収することができるようにするとともに,研究開発のためのインセンティブを高めるという目的で,特許期間の延長を認めることとした特許権の存続期間の延長登録の制度趣旨に鑑みると,侵害訴訟における対象物件が政令処分の対象となった「(当該用途に使用される)物」の範囲をわずかでも外れれば,存続期間が延長された特許権の効力がもはや及ばないと解するべきではなく,当該政令処分の対象となった「(当該用途に使用される)物」と相違する点がある対象物件であっても,当該対象物件についての製造販売等の準備が開始された時点(当該対象物件の製造販売等に政令処分が必要な場合は,当該政令処分を受けるのに必要な試験が開始された時点と解される。)において,存続期間が延長された特許権に係る特許発明の種類や対象に照らして,その相違が周知技術・慣用技術の付加,削除,転換等であって,新たな効果を奏するものではないと認められるなど,当該対象物件が当該政令処分の対象となった「(当該用途に使用される)物」の均等物ないし実質的に同一と評価される物(以下「実質同一物」ということがある。)についての実施行為にまで及ぶと解するのが合理的であり,特許権の本来の存続期間の満了を待って特許発明を実施しようとしていた第三者は,そのことを予期すべきであるといえる。なお,上記のように解すると,政令処分を受けることによって禁止が解除される特許発明の実施の範囲よりも,存続期間が延長された特許権の効力が及ぶ特許発明の実施の範囲が広いことになるが,上述した意味での均等物や実質同一物についての実施行為の範囲にとどまる限り,第三者の利益が不当に害されることはないというべきである。
ウ  政令処分が医薬品医療機器等法所定の医薬品に係る承認である場合について
 本件各処分は,いずれも医薬品に係る厚生労働大臣の承認である。
 医薬品医療機器等法の規定に基づく医薬品の製造販売の承認の審査事項は,医薬品の「名称,成分,分量,用法,用量,効能,効果,副作用その他の品質,有効性及び安全性に関する事項」(医薬品医療機器等法14条2項3号柱書き)と定められているから,医薬品医療機器等法所定の医薬品に係る承認がされるに際しては,当該医薬品の「用途」を特定する事項に該当すると考えられる「用法,用量,効能,効果」について必ず審査されることになる。したがって,同承認は,特許法68条の2括弧書きの「その処分においてその物の使用される特定の用途が定められている場合」に該当するものと解され,政令処分が医薬品医療機器等法所定の医薬品に係る承認である場合,同法68条の2の延長された特許権の効力の及ぶ範囲を検討する際には,「当該用途に使用される物」についての特許発明の実施か否かを判断しなければならず,「物」及び「用途」の特定が必要となる
 医薬品医療機器等法の規定に基づく医薬品の製造販売承認を受けることによって可能となる(禁止が解除される)のは,その審査事項である医薬品の「名称,成分,分量,用法,用量,効能,効果,副作用その他の品質,有効性及び安全性に関する事項」(医薬品医療機器等法14条2項3号柱書き)の全てについて承認ごとに特定される医薬品の製造販売であると解されるとしても,前記ア,イのとおりの特許権の存続期間の延長登録の制度目的からすると,上記審査事項の全てではなく,存続期間が延長された特許権に係る特許発明の種類や対象に照らして,医薬品としての実質的同一性に直接関わる審査事項(医薬品の成分の発明の場合は,「成分,分量,用法,用量,効能,効果」である〔平成27年最判参照〕。)の範囲で,当該政令処分を受けることが必要であったために実施することができなかった「当該用途に使用される物」(「物」及び「用途」)を特定することが相当というべきである。
 そして,上記審査事項のうち,「名称」は,医薬品としての実質的同一性を左右するものではなく,また,「副作用その他の品質,有効性及び安全性」は,医薬品としての実質的な同一性があれば,これらの事項もまた同一となる性質のものであって,いずれも「物」及び「用途」を特定するための独立の事項とする必要性はないのに対し,「成分,分量」は,「物」それ自体としての客観的同一性を左右するものであるところ,「用途」に該当し得る性質のものではないから,「物」を特定するための事項とみるべきであり,他方,「用法,用量,効能,効果」は,「物」それ自体としての客観的同一性を左右するものとはいえないが,「用途」に該当し得る性質のものであるから,「用途」を特定するための事項とみるべきである。
 したがって,医薬品の成分を対象とする特許発明の場合,特許法68条の2によって存続期間が延長された特許権は,「物」に係るものとして,「成分(有効成分に限らない。)及び分量」によって特定され,かつ,「用途」に係るものとして,「効能,効果」及び「用法,用量」によって特定された当該特許発明の実施の範囲で,効力が及ぶものと解するのが相当である。ただし,延長登録制度の立法趣旨に照らして,「当該用途に使用される物」の均等物や「当該用途に使用される物」の実質同一物が含まれることは,前示のとおりである(なお,平成26年知財高判は,「分量」については,「延長された特許権の効力を制限する要素となると解することはできない」旨判示しているが,その趣旨は,「分量」は,「成分」とともに,「物」を特定するための事項ではあるものの,「分量」のみが異なっている場合には,「用法,用量」などとあいまって,政令処分の対象となった「物」及び「用途」との関係で均等物ないし実質同一物として,延長された特許権の効力が及ぶことが通常であることを注意的に述べたものと理解するのが相当と思われる。)。
エ  本件各処分を受けることが必要であったために実施することができなかった「当該用途に使用される物」について
 前記前提事実によれば,本件処分1,同3及び同5の対象となった医薬品がエルプラット50であり,本件処分2,同4及び同6の対象となった医薬品がエルプラット100であり,本件処分7の対象となった医薬品がエルプラット200であることが認められ,証拠(甲3)によれば,その性状・組成は,次前記前提事実によれば,本件処分1,同3及び同5の対象となった医薬品がエルプラット50であり,本件処分2,同4及び同6の対象となった医薬品がエルプラット100であり,本件処分7の対象となった医薬品がエルプラット200であることが認められ,証拠(甲3)によれば,その性状・組成は,次のとおりであることが認められる。
   
 また,証拠(甲3,4,11の1ないし11の6,乙3の1ないし3の3,17ないし19)及び弁論の全趣旨によれば,エルプラット50,エルプラット100及びエルプラット200は,「物」を特定するための事項である「成分」及び「分量」のうち,「分量」のみが異なるものであって,いずれも「オキサリプラチン」と「注射用水」のみを含み,それ以外の成分を含まないものとされている(ただし,25℃±2℃/60%RH±5%RHの条件下で12か月及び24か月保存後には,0.1wt%を若干超える程度〔モル濃度換算で,5×10 -5 M~1×10 -4 Mの範囲〕のシュウ酸を含有するに至ることがある。なお,証拠〔甲2,乙11,13,16の2〕によれば,水溶液中のオキサリプラチンが時間を追って分解し,シュウ酸イオンが自然発生するものと考えられる。)ものと認められる。
 そうすると,「物」に係るものとしての「分量」及び「用途」に係るものとしての「効能,効果,用法,用量」の点をひとまず措くとすれば,本件各処分を受けることが必要であったために実施することができなかった「当該用途に使用される物」とは,「オキサリプラチン」と「注射用水」のみを含み,それ以外の成分を含まない製剤ただし,保存中にオキサリプラチンが自然分解し,シュウ酸を含有するに至ることがある。)であると認められる。
  (2) 被告各製品は本件各処分の対象となった「当該用途に使用される物」と
いえるかについて
  前記前提事実,上記(1)エの認定事実,及び弁論の全趣旨によれば,本件各処分の対象となった「当該用途に使用される物」の「成分」は,いずれも「オキサリプラチン」と「注射用水」のみ(ただし,保存中にオキサリプラチンが自然分解し,シュウ酸を含有するに至ることがある。)であるのに対し,被告各製品の「成分」は,いずれも「オキサリプラチン」と「水」以外に,添加物として「濃グリセリン」を含むものであり,その使用目的は,「安定剤」であることが認められる(被告製品3における添加物(濃グリセリン)」の使用目的は,被告製品1及び同2と同じであると推認される。)。
  そうすると,本件各処分の対象となった「当該用途に使用される物」と被告各製品とは,その「成分」において異なるものというほかはない。したがって,「分量,用法,用量,効能,効果」について検討するまでもなく,被告各製品は,本件各処分の対象となった「当該用途に使用される物」とはいえない。・・・」

「 (3) 被告各製品は本件各処分の対象となった「当該用途に使用される物」の
均等物ないし実質同一物に該当するといえるかについて
  ア  考え方
  上記(2)のとおり,被告各製品が本件各処分の対象となった「当該用途に使用される物」とはいえないとしても,前記(1)イで説示したところによれば,被告各製品と本件各処分の対象となった「当該用途に使用される物」との相違が,被告各製品について政令処分を受けるのに必要な試験が開始された時点において,本件発明の種類や対象に照らして,周知技術・慣用技術の付加,削除,転換等であって,新たな効果を奏するものではない場合には,その「当該用途に使用される物」の均等物,あるいはその「当該用途に使用される物」の実質同一物と認めるのが相当である。
 医薬品医療機器等法所定の医薬品に係る特許発明において,「当該用途に使用される物」との均等物,あるいは「当該用途に使用される物」の実質同一物かどうかを判断するに当たっては,例えば,次のように考えることができる。当該特許発明が新規化合物に関する発明や特定の化合物を特定の医薬用途に用いることに関する発明など,医薬品の有効成分(薬効を発揮する成分)のみを特徴的部分とする発明である場合には,延長登録の理由となった処分の対象となった「物」及び「用途」との関係で,有効成分以外の成分のみが異なるだけで,生物学的同等性が認められる物については,当該成分の相違は,当該特許発明との関係で,周知技術・慣用技術の付加,削除,転換等に当たり,新たな効果を奏しないことが多いから,「当該用途に使用される物」の均等物や実質同一物に当たるとみるべきときが少なくないと考えられる。他方,当該特許発明が製剤に関する発明であって,医薬品の成分全体を特徴的部分とする発明である場合には,延長登録の理由となった処分の対象となった「物」及び「用途」との関係で,有効成分以外の成分が異なっていれば,生物学的同等性が認められる物であっても,当該成分の相違は,当該特許発明との関係で,単なる周知技術・慣用技術の付加,削除,転換等に当たるといえず,新たな効果を奏することがあるから,「当該用途に使用される物」の均等物や実質同一物に当たらないとみるべきときが一定程度存在するものと考えられる。
  イ  本件発明の種類及び対象
  そこで,本件発明の種類や対象について検討するに,本件明細書には,従来技術,発明の目的及び課題の解決に関し,次の記載がある。・・・

  ウ  検討
 上記のとおり,本件発明は,「オキサリプラティヌムの医薬的に安定な製剤」に関する発明であり,医薬品の成分全体を特徴的部分とする発明であって,原告は,その実施として,「オキサリプラチン」と「注射用水」のみを含み,それ以外の成分を含まないとするエルプラット点滴静注液(製剤)について本件各処分を受けたものである。これに対し,前記前提事実,上記(1)エ及び(2)の各認定事実,証拠(乙4)並びに弁論の全趣旨によれば,被告各製品は,「オキサリプラチン」と「水」又は「注射用水」のほか,有効成分以外の成分として,「オキサリプラチン」と等量の「濃グリセリン」を含有するもので,オキサリプラチンを水に溶解したもの(以下,「オキサリプラチン」と「水」又は「注射用水」以外の成分の有無を問わず,「オキサリプラチン水溶液」という。)にグリセリンを加えたのは,オキサリプラチン水溶液の保存中に,オキサリプラチンの分解が徐々に進行し,類縁物質であるジアクオDACHプラチンやその二量体であるジアクオDACHプラチン二量体を主とした種々の不純物が生成するため,オキサリプラチンの自然分解自体を抑制するということを目的としたものであることが認められる。これを,本件発明との関係でみると,被告各製品について政令処分を受けるのに必要な試験が開始された時点において,オキサリプラチン水溶液にオキサリプラチンと等量の濃グリセリンを加えることが,単なる周知技術・慣用技術の付加等に当たると認めるに足りる証拠はなく,むしろ,オキサリプラチン水溶液に添加したグリセリンによりオキサリプラチンの自然分解を抑制するという点で新たな効果を奏しているとみることができる(なお,本件各処分の対象となった「当該用途に使用される物」については,保存中にオキサリプラチンが自然分解し,シュウ酸を含有するに至ることがあることは,前示のとおりである。また,オキサリプラチン水溶液に添加されたシュウ酸がオキサリプラチンの自然分解を抑制することは知られているが,シュウ酸は人体に有害な物質である。)。
 そうすると,被告各製品は,「オキサリプラティヌムの医薬的に安定な製剤」に関する発明であって,医薬品の成分全体を特徴的部分とする本件発明との関係では,本件各処分の対象となった物とは有効成分以外の成分が異なる物であり,当該成分の相違は,被告各製品について政令処分を受けるのに必要な試験が開始された時点において,本件発明との関係では,単なる周知技術・慣用技術の付加等に当たるとはいえず,新たな効果を奏するものというべきである。
 したがって,「分量,用法,用量,効能,効果」について検討するまでもなく,被告各製品は,本件各処分の対象となった「当該用途に使用される物」の均等物ないし実質同一物に該当するということはできない。 」

【コメント】
 昨年, 最高裁で薬の延長登録出願にまつわる事件がありました(ベバシズマブ事件です。平成27年11月17日判決。)
 これは,あくまで特許庁との行政処分(延長登録が認められるかどうかということ。)について争った事件です。ですので,その結果として,延長登録が認められた場合にどのような効力があるかは射程の範囲外となります。

 そして,その効力については,特許法68条の2が規定しています。

(存続期間が延長された場合の特許権の効力)
第六十八条の二  特許権の存続期間が延長された場合(第六十七条の二第五項の規定により延長されたものとみなされた場合を含む。)の当該特許権の効力は、その延長登録の理由となつた第六十七条第二項の政令で定める処分の対象となつた物(その処分においてその物の使用される特定の用途が定められている場合にあつては、当該用途に使用されるその物)についての当該特許発明の実施以外の行為には、及ばない。

 つまり延長されたからと言って,100%の効力で延長されるのではなく,その中の一部,つまり処分により制限された部分のみが延長された場合の効力になるのですよ,と言っているわけです。

 とは言え,実際のあてはめの際には,これってどうなの?というのはよくあります。
 「ここで犬の散歩をさせてはいけない」というときに,馬を連れてきたり,トカゲを連れてきたりするのはどうなのでしょう?という話です。

 さて,まずは,クレームです。

A  濃度が1ないし5mg/mlで
B  pHが4.5ないし6の
C  オキサリプラティヌムの水溶液からなり,
D  医薬的に許容される期間の貯蔵後,製剤中のオキサリプラティヌム含量
が当初含量の少なくとも95%であり,
E  該水溶液が澄明,無色,沈殿不含有のままである,
F  腸管外経路投与用の
G  オキサリプラティヌムの医薬的に安定な製剤。

 こんな感じです。
 実は,このクレームというかこの特許,何度も無効審判を起こされ,その度に審決取消訴訟まで行って(知財高裁平成22(行ケ)10122号,知財高裁平成23年1月31日判決。知財高裁平成27(行ケ)10105号,平成28年3月9日判決など。),生き延びています。しぶといやつです。

 本件でもそのしぶとさが生きるかと思いましたが,まあ侵害訴訟は相手あってのものですので,ちょっと勝手が違ったようです。

 さて,この東京地裁の論理は以下のような感じです。
・延長登録出願した特許権の効力の,原則は,特許法68条の2のそのままの文言とおり。例外は,実質同一物ということで若干広がる。
・原則を検討する場合の「物」の同一性は,上記ベバシズマブ事件で見る。すなわち,「物」に係るものとして,「成分(有効成分に限らない。)及び分量」によって特定され,かつ,「用途」に係るものとして,「効能,効果」及び「用法,用量」によって特定される。
・ 本件でのあてはめを検討する。
 「当該用途に使用される物」とは,「オキサリプラチン」と「注射用水」のみを含み,それ以外の成分を含まない製剤(ただし,保存中にオキサリプラチンが自然分解し,シュウ酸を含有するに至ることがある。)である。
 他方,被告製品には, 添加物として「濃グリセリン」を含むものであることから,同一性がない。
 したがって,原則の範疇外。
・例外の要件の検討。
 本件発明の種類や対象に照らして,周知技術・慣用技術の付加,削除,転換等であって,新たな効果を奏するものではない場合には,実質同一物である。
・例外のあてはめを検討する。 
 上記のとおり,被告製品には, 添加物として「濃グリセリン」を含み,当該成分の相違は,被告各製品について政令処分を受けるのに必要な試験が開始された時点において,本件発明との関係では,単なる周知技術・慣用技術の付加等に当たるとはいえず,新たな効果を奏するものというべきであって,例外にも当てはまらない。
・以上のとおり,原則,例外のどちらにも当てはまらず,非侵害。 

 このような論理になると思います。かなり論理を重ねていく話ですので,規範の部分が長くなります。ですので,ここでも長く引用させて頂きました。

 ということで,薬関係を扱っている方以外にははっきり言ってそんな重要ではないかもしれませんが,取り敢えず,ということです。