2016年4月22日金曜日

保全異議 著作権 平成28(モ)40004 東京地裁 決定認可


事件番号
事件名
 保全異議申立事件
裁判年月日
 平成28年4月7日
裁判所名
 東京地方裁判所民事第29部
裁判長裁判官 嶋 末 和 秀
裁判官 笹 本 哲 朗
裁判官 天 野 研 司
 
著作者性
「 イ まず,前記1(3)で認定したとおり,本件著作物では,①表紙において,「A・X・B・C編」と表示され,②はしがきにおいて,これら4名が,「この間の立法や,著作権をめぐる技術の推移等を考慮し,第4版では新たな構成を採用し,かつ収録判例を大幅に入れ替え,113件を厳選し,時代の要求に合致したものに衣替えをした」主体として表示されている。上記①のような,氏名に「編」を付する表示(編者の表示)は,その者が編集著作物の著作者であることを示す通常の方法であるとみられる(この点は,氏名に「著」を付する表示すなわち著者の表示が言語の著作物の著作者を示す通常の方法であるのと同様と解される。)ところ,本件著作物における上記②の表示をも併せ考慮すると,本件著作物には,その公衆への提供の際に,債権者を含む上記4名が編集著作者名として通常の方法により表示されているものであることは明らかというべきである。したがって,著作権法14条により,債権者は,編集著作物たる本件著作物の著作者(編集著作者)と推定される。
 なお,債務者は,前記1(3),(4)のとおり,これまで債権者を本件著作物の「編者」として扱ってきたものであるが,「編」と表示されている者(「編」者)が著作権法上の編集著作者とは異なる場合も少なくないなどと主張する。しかしながら,そのような場合も存するとしても,だからといって,編者の表示が上記のとおり編集著作者名を示す通常の方法であることを直ちに否定することはできず,これを否定するに足りるほどの社会的事実を示す的確な疎明資料はない。
ウ そこで,上記イの判断を前提に,本件において,債権者が本件著作物の編集著作者であるとの推定を覆す事情が疎明されているか否かについて検討する。
 前記1(4)で認定した事実によると,①債権者は,執筆者について,特定の実務家1名を削除するとともに新たに別の特定の実務家3名を選択することを独自に発案してその旨の意見を述べ,これがそのまま採用されて,本件著作物に具現されていること,②本件著作物については,当初から債権者ら4名を編者として『著作権判例百選[第4版]』を創作するとの共同の意思の下に編集作業が進められ,編集協力者として関わったD教授の原案作成作業も,編者の納得を得られるものとするように行われ,本件原案については,債権者による修正があり得るという前提でその意見が聴取,確認されたこと,③このような経緯の下で,債権者は,編者としての立場に基づき,本件原案やその修正案の内容について検討した上,最終的に,本件編者会合に出席し,他の編者と共に,判例113件の選択・配列と執筆者113名の割当てを項目立ても含めて決定,確定する行為をし,その後の修正についても,メールで具体的な意見を述べ,編者が意見を出し合って判例及び執筆者を修正決定,再確定していくやりとりに参画したことを指摘することができる。そして,執筆者の執筆する解説は,本件著作物の素材をなしているところ,その執筆者の選定については,とりわけ実務家を含めると選択の幅が小さくないこと,債権者が推挙した当該3名の人選について,誰が選択しても同じ人選になるようなものとはいえないことに照らせば,債権者による上記①の素材の選択には創作性があるというべきである。その上,上記③の確定行為の対象となった判例,執筆者及び両者の組合せの選択並びにこれらの配列には,もとより創作性のあるものが多く含まれているところ,債権者が編者としての確定行為によりこれに関与したとみられるのである。そうすると,上記①ないし③を総合しただけでも(その余の債権者主張事実の有無について認定・判断するまでもなく),他の共同著作者の範囲はともかくとして,債権者が本件著作物の編集著作者の一人であるとの評価を導き得るところ,本件において,前記イの推定を覆す事情が疎明されているということはできない。
 したがって,債権者は,編集著作物たる本件著作物の著作者の一人であるというべきである。」

翻案該当性ないし直接感得性
「ア 前記1(5),(6)で認定した事実によると,①判例の選択については,本件著作物の収録判例と本件雑誌の収録判例とで97件が一致しており(そのうち94件は審級も含めて全く同一であり,3件は審級のみ異なり対象事件が同一である。),割合的には,本件著作物の収録判例113件のうち約86%が本件雑誌にも維持され,かつ,当該一致部分が本件雑誌の収録判例116件のうち約84%を占めていること,②執筆者(執筆者の執筆する解説)の選択については,本件著作物における執筆者と本件雑誌における執筆者とで93名が一致しており,割合的には,本件著作物の執筆者113名のうち約82%が本件雑誌にも維持され,かつ,当該一致部分が本件雑誌の執筆者117名のうち約79%を占めていること,③判例と執筆者(執筆者の執筆する解説)の組合せの選択については,本件著作物における組合せと本件雑誌における組合せとで83件が一致しており,割合的には,本件著作物における判例と執筆者の組合せ113件のうち約73%が本件雑誌にも維持され,かつ,当該一致部分が本件雑誌における判例と執筆者の組合せ117件のうち約71%を占めていること,④判例及びその解説(以下,併せて「判例等」という。)の配列については,本件著作物の判例等と本件雑誌の判例等とで合計83件の配列(順序)が一致しており,割合的には,本件著作物の判例等113件のうち約73%の判例等の配列(順序)が本件雑誌にも維持され,かつ,当該一致部分が本件雑誌の判例等117件のうち約71%を占めていること,⑤判例等の配列を位置付ける項目立てについても,本件著作物の大項目及び小項目の立て方と本件雑誌の大項目及び小項目の立て方とでその大半が一致していることを指摘することができる。そうすると,本件著作物と本件雑誌とで判例等の選択及び配列が全体として類似していることは明らかであって,本件著作物の判例等の選択・配列の大部分が本件雑誌にも維持されていることが確認できるとともに,本件雑誌の判例等の選択・配列を見たときに本件著作物のそれに由来する上記各一致部分の全部又は一部を優に感得することができる。
 そして,本件著作物及び本件雑誌に掲載される判例と執筆者の執筆する解説が編集著作物たる本件著作物及び本件雑誌の素材であるところ,その表現(素材の選択又は配列)の選択の幅(個性を発揮する余地)を考えると,『判例百選』の性格上,判例の選択や判例等の配列に係る選択の幅はある程度限られるものの,執筆者の選択すなわち誰が執筆する解説を載せるかという選択の幅は決して小さくない上,どの判例の解説の執筆者として誰を選ぶかに係る選択の幅は極めて広いというべきである。そうすると,上記①ないし⑤で指摘した,本件著作物と本件雑誌とで表現(素材の選択又は配列)上共通する部分には,創作性を有する表現部分が相当程度あるものということができる(なお,編集著作物における素材の選択及び配列に係る上記各一致部分の組合せ全体に創作性を認めることもできると考えられる。)。
 以上の事情を総合すれば,本件著作物と本件雑誌とで創作的表現が共通し同一性がある部分が相当程度認められる一方,本件雑誌が,新たに付加された創作的な表現部分により,本件著作物とは別個独立の著作物になっているとはいい難い。
 このように検討したところによると,本件雑誌の表現からは,本件著作物の表現上の本質的特徴を直接感得することができるというべきである。」
 
【コメント】 
 昨年少し話題になった著作権判例百選第5版をめぐる,債権者である大渕哲也先生と債務者である株式会社有斐閣の戦いの事件です。

 本件に先立つ仮地位に基づく仮処分の方は,判旨にあるとおり,東京地方裁判所平成27年(ヨ)第22071号仮処分命令申立事件であり,平成27年10月26日に仮処分決定(「債務者は,別紙雑誌目録記載の雑誌の複製,頒布,頒布する目的をもってする所持又は頒布する旨の申出をしてはならない。」)が出ております。
 
 仮地位に基づく仮処分は,民事保全法23条2項に基づくもので,通常満足的仮処分と呼ばれております。認容に相当する仮処分決定が出れば,本案で確定したと同様(別途執行が必要な場合もあります。),債権者の満足が得られるからです。 

 しかし,民事保全は暫定的に早急に決定を出すものであるため,間違っていることもあります。そこで,同じ審級でもう一度審査してもらうのが,今回のような保全異議ということになります(民事保全法26条)。

 さて,内容ですが,まず大渕先生の編集著作物への著作権については認められております。これは,著作権判例百選第4版に対するものです。
 
 つぎに,この第4版と第5版では, ①判例は97件が一致,②執筆者は93名が一致,③判例と執筆者の組合せは83件が一致,④判例等の配列は,合計83件の配列(順序)が一致,⑤項目立ても,その大半が一致,していたのです。
  つまり,第4版と第5版とはそっくりなわけです。
 
 もちろん,個々の判例の解説は全く違うでしょうが,今回編集著作物への著作権の話ですので,これで十分なはずです。

 ですので,保全異議が認められないのもさにあらんってところでしょう。有斐閣は,この後保全抗告をするのかもしれません。
 まあそれよりも,損害賠償請求でもした方が効果的でしょうね。あと,今回の保全事件の担保は300万円だったようですが,「債権者に代わり第三者弁護士hに債務者のため300万円の担保を立てさせた上」とあり,この辺は謎です。
 
 ということで,結論はいいとして,気になるのはなぜこのような紛争に至ったかです。
 第5版の経緯には,こんな記載があります。
(7) 本件雑誌の企画から本件仮処分決定に至る経緯等
ア 平成26年8月頃,債務者において,本件著作物の改訂版(『著作権判例百選[第5版]』。以下,単に「第5版」ということがある。)を出版することが企画に上がった。債務者の担当者であったEは,同月4日,A教授に対し,この企画について,A教授が間もなく古稀を迎える年齢であったことなどからA教授には編者を依頼できないように思うがどうかなどと相談した。A教授は,Eに対し,自身は編者就任の意向はない旨告げた上,本件著作物発行後の債権者の言動に対する認識等に基づき「もはや債権者を外すことはやむを得ない。」と考えたことから,債権者を編者とせずB教授及びC教授の両名を中心に両名が考える編者構成で進めるのがよい旨を示唆した。そして,債務者において,これを含めて検討した結果,本件著作物の編者のうちA教授及び債権者には第5版の編者を依頼しないことが決定された。
 そこで,Eは,同年9月24日,債権者と面談し,「本件著作物の編者は,A教授,債権者,B教授及びC教授であるが,第5版の編者については,A教授と債権者に依頼することはせず,B教授及びC教授を中心とした新体制で進めたい。」旨を告げ,その理由としては,本音は言わず,「債権者が審議会など行政関係の仕事で全く身動きがとれない様子であり,その上に債務者からも複数の仕事をお願いしており,そちらの方も滞っている状態であるので,これに加えて第5版の編者就任をお願いして健康に差し障りがあっては大変であること」を挙げたが,債権者は,回答を留保して面談を終えた。Eは,同日,A教授に対し,「債権者は納得はされていないご様子で,ご了解をいただけたとまでは言えないが,認めないとか許さないといったご発言はなかった。ともかく挨拶は済んで,筋は通したといえようかと思う。」旨報告した。もっとも,債権者は,納得できなかったことから,Eに対し再度の説明を求めるメールを送信し,その後,同年10月30日に両名の間で2回目の面談が行われた。
 さらに,債権者は,同年11月14日に,Eに対し,「なぜ蛇蝎のごとく嫌われ,切られる羽目になるのか,やはり分からない。率直に聞かせてほしい。」と連絡し,同日,再び両名の間で面談がされることとなった。この面談においては,Eは,債権者については,①色々引き受けて身動きがとれなくなるという既に伝えた前記理由のほか,②学習用の基本教材としての『判例百選』の性格に適合しない編集方針をお考えのように見受けられること,③編者自らが原稿提出が遅かったり規定枚数を超えたりするのでは他の執筆者に示しがつかず,刊行計画が守られないおそれがあること,④自分の考えどおりに進めないと気が済まず,共同作業は難しい方のように思われることという理由を伝えた。これに対し,債権者から「債務者に迷惑はかけないようにする」旨の反論等があったが,Eは,「先生が本当にそのようにしてくださるというなら嬉しいですが,既にA先生に対しては,X先生にも退いていただくと申し上げています。そうでないとなると今度はA先生がお許しにならないかもしれませんので,今日のこの話をA先生にお伝えして,A先生のご判断を仰ぎます。」と話して,その場を引き取った。
 Eは,同月19日,A教授に対し,第5版の編者に自分も加わるべきであるという債権者の申出についての意見を聴いたところ,A教授からは,「これまでの債権者の振る舞いを考えると共同作業は無理ではないか。この判断に異議があれば聞く。」との回答を受けた。そこで,Eは,翌20日,債権者に対し,A教授の上記回答内容を記載した上,「その他いろいろな方からも事情をうかがった結果,編集部としても,債権者に先日お会いして申し上げた懸念はやはり誤解に基づくものではなく,債権者に編者をお願いすると刊行準備作業がスムーズに進まなくなって,計画に遅れを生ずるおそれが大きいと判断いたしました。」,「今回はご希望に添えない結果となりますこと,どうかご了承くださいますようお願い申し上げます。」と記載したメールを送信した。(以上につき,甲12,21,33,乙5,106,109,110〔添付資料1・2〕,審尋の全趣旨)
イ Eは,平成26年11月21日,債務者の代表取締役社長e(以下「e社長」という。)に対し,「『著作権判例百選[第5版]』の編者の件で少し面倒を抱えている。」「A教授と債権者にご勇退いただいてB教授・C教授以下の先生方にお願いするようにしようとしたところ,債権者がご納得にならない。」「債権者は,まだ編者を退くような年齢ではないが,降りていただくべきだろうというのがA教授のご判断であり,また,編集部としても,A教授という重石がいなくなると債権者が自分中心で勝手なことをなさり,場合によっては他の編者の気分を害して編集作業がストップしたり,あるいは執筆者たちのモチベーションを下げたり,というおそれが高いと判断した。」などと報告した。
 同月28日には債権者と債務者の法務部門担当取締役f(以下「f取締役」という。)との間で,さらに平成27年1月6日,同月23日及び同年2月5日には債権者とe社長及びf取締役との間で,それぞれ第5版の出版に関する話し合いが持たれたが,第5版の編者に債権者を入れるか否かの点について合意が付かなかった。そして,債権者は,同日の話し合いにおいては,e社長及びf取締役に対し,自身は本件著作物の編集著作権を有するのでその侵害となる改訂版については差止めを請求することもできる旨告げた。(以上につき,甲12,21,乙5,110,111,審尋の全趣旨)

 うーん,何だかちょっと切ない感じがします。
 大御所に嫌われ,外されるというのがご自身でもわかったのでしょう。学者とは世の中でもっともチャイルディッシュな人たちだと言われることもありますが,まさにそんな感じがします。
 むしろ,有斐閣がトバッチリというような気がするのは私だけでしょうか。