2016年5月26日木曜日

侵害訴訟 特許 平成25(ワ)30799 東京地裁 請求棄却/追伸あり

事件名
 特許権侵害差止請求事件
裁判年月日
 平成28年4月27日
裁判所名
 東京地方裁判所第29部
裁判長裁判官嶋 末 和 秀
裁判官鈴 木 千 帆
裁判官笹 本 哲 朗 
「(1) 構成要件B-(1)及び同B-(2)の充足性について
ア 構成要件B-(1)及び同B-(2)の文理解釈について
 本件特許の特許請求の範囲の請求項2の記載によれば,本件特許発明は,「金属素地(A)」の中に,「Coを90wt%以上含有する長径と短径の差が0~50%であって,直径が30~150μmの範囲にある球形の相(B)をターゲットの全体積又はエロージョン面の面積の20%以上有し」ているものであることが認められる(構成要件B-(1)及び同B-(2))。
 すなわち,構成要件B-(1)及び同B-(2)は,文理上,①「金属素地(A)」の中に「長径と短径の差が0~50%であって,直径が30~150μmの範囲にある球形の相(B)」が存在すること,②上記①の「球形の相(B)」が「Coを90wt%以上含有する」こと,③上記①の「球形の相(B)」の量が「ターゲットの全体積又はエロージョン面の面積の20%以上」であることを規定しているといえる。
 そうすると,被告製品1が構成要件B-(1)及び同B-(2)を充足するというためには,被告製品1のターゲット中に存在する①「長径と短径の差が0~50%であって,直径が30~150μmの範囲にある球形の相」(以下,単に「球形の相」ということがある。)を特定できること,②上記①の球形の相が「Coを90wt%以上含有する」ことが立証されること,及び③上記①の球形の相の量が「ターゲットの全体積又はエロージョン面の面積の20%以上」であることが立証されることが必要である。・・・
 イ 被告製品1において「長径と短径の差が0~50%であって,直径が30~150μmの範囲にある球形の相」を特定できるかについて

(ウ) 原告は,原告の従業員が被告製品1を分析した結果であるとする平成25年3月8日付け実験結果報告書(甲5。以下「甲5報告書」という。)に記載された実験(以下「甲5実験」という。)により,同報告書の図6と同じ位置のレーザー顕微鏡写真(図8)を得て,画像処理し(図9),a,b,d,e,f,h,l,mの各相の面積,長径,短径を測定し(表3),長径と短径の差が0~50%であることを確認した旨主張する。
 しかし,構成要件B-(1)が規定するのは,「球形の相」,すなわち「立体形状」が「球形」である「相」における「長径及び短径」並びに「直径」の数値範囲であるところ,証拠(乙32)によれば,ターゲットの断面(一水平面)において「円形」に観察される相であっても,当該相の立体形状がいかなるものであるは不明であり,当然に「球形」であるといえるものではないことが認められる。
 また,上記の点を措き,ターゲットの断面(一水平面)において「円形」に観察される相の立体形状が「球形」であると仮定しても,上記証拠によれば,同断面が球の中心を通るのか否か,通らない場合にはどの程度中心から外れているのかは,不明であるというほかはなく,同断面において「円形」に観察される相について行った測定結果に基づいて,当該相が「球形」である場合の「直径」を近似的に求めることはできないものと認められる。
 この点,本件明細書において,前記(ア)のとおり「球形そのものを確認することが難しい場合は,相(B)の断面の中心と外周までの長さの最小値に対する最大値の比が2以下であることを目安としてよい。」(【0026】)とされていることに鑑み,ある相の断面が上記要件を充たすことをもって,構成要件B-(1)にいう「長径と短径の差が0~50%」の「球形の相」であると推認することが許されないではないとしても,そのことをもって,直ちにその相の「直径が30~150μmの範囲にある」ことまで推認されるということはできない。
 したがって,甲5実験によっては,被告製品1における「長径と短径の差が0~50%であって直径が30~150μmの範囲にある球形の相」が特定されたということはできない。」
【コメント】
 スパッタリングのターゲットに関する発明による,特許権侵害の事案です。
 クレームは以下のとおりです。
A Crが20mol%以下,Ptが5mol%以上30mol%以下,残余がCoである組成の金属からなるスパッタリングターゲットであって,
B このターゲットの組織が,金属素地(A)と,
B-(1) 前記(A)の中に,Coを90wt%以上含有する長径と短径の差が0~50%であって,直径が30~150μmの範囲にある球形の相(B)を
B-(2) 前記ターゲットの全体積又は前記ターゲットのエロージョン面の面積の20%以上有し,

B-(3) 前記球形の相(B)は,研磨面を顕微鏡で観察したときに前記金属素地(A)で囲まれている
C ことを特徴とする強磁性材スパッタリングターゲット。
 材質と,その組成の割合,さらに組成の状態までに特徴のある発明です。ですので,権利範囲は狭いのではないかと思えます。
 
 そして,訴訟で論点になったのは,上のB-(1)及び同B-(2)で,判決では,B-(1)の球形の相の特定ができなかったとして,請求棄却になっております(それ以外も検討しておりますが,傍論でしょう。)。
 構成要件該当性は,結局事実の問題になりますので,特段言及するようなところはありません。
 特筆すべきは,本件の訴訟の推移です。
 被告によれば,本件は以下のような経緯があったようです。
ア 原告は,本件訴訟に先立ち,被告製品1を対象とする訴訟(東京地方裁判所平成25年(ワ)第3356号事件。以下「前訴」という。)を提起し,被告に対し,差止めのほか,損害賠償も請求したが(乙26),前訴の受訴裁判所より被告製品2を対象とする訴訟を遂行すればよいのではないかとの示唆を受けたことから,被告製品1を対象とする本件特許権の侵害についてはもはや問題にしないことを前提として,前訴を取り下げた(乙25)。セミコンライト社は,原告の依頼を受けて,被告に被告製品1を発注したものであるが,同発注の目的は,被告に「特許権侵害」をさせること及び被告製品1を詐取することにあり,それゆえ,被告がセミコンライト社から被告製品1と同一の製品について再度発注される見込みはなく,差止めの利益があるかが疑わしい上,被告が被告製品1をセミコンライト社に販売しなかった場合に,原告がこれと競合する製品(ターゲット)を同社に販売したであろうという関係が成立せず,損害があるかも疑わしいことに鑑み,前訴につき上記のような示唆がされたものと理解される。被告は,前訴の受訴裁判所の訴訟指揮には,被告を騙して「特許権侵害」を原告自ら生じさせておきながら,他方でかかる事実を秘匿して裁判所の助力を求めるがごとき原告の態度に対する批判の意味が込められていたであろうと推測し,原告が被告製品1についてもはや再訴しないことを前提として,前訴の取下げに同意するよう前訴の受訴裁判所から示唆されたものと考え,前訴の取下げに同意した。
 原告が,本件訴訟において,被告製品1に係る損害賠償を請求することは,前訴における訴訟物(被告製品1に係る損害賠償請求)と同一の訴訟物についての再訴に当たるところ,被告は,前訴の取下げに同意する際,原告が再訴しないことを信頼して自己に不利な立場を受け入れたものであって(仮に,原告が再訴をする意向であると知っていたならば,原告には請求の放棄を求めただろう。),本件訴訟において,原告が被告製品1に係る請求をすることは,訴訟上の信義則違反であるから,本件訴えは却下されるべきである。
 
 やはり同じく特許の紛争を中心とするアデランス事件(最高裁平成6年5月31日)を彷彿させるような話です。
 原告としては,証拠取りができなかったため,ちょっと冒険したのでしょう。

 で,この却下の主張に対して,裁判所は以下のように判断しています。
被告は,原告が,本件訴訟において,前訴の訴訟物と同一の訴訟物である被告製品1に係る損害賠償を請求することは,前訴の蒸し返しであって,訴訟上の信義則違反であるとして,本件訴えの却下を求めている。
 そこで検討するに,争いのない事実(当裁判所に顕著な事実を含む。),証拠(甲34ないし36,41,乙9)及び弁論の全趣旨によれば,前訴と本件訴訟とは,いずれも同一の当事者間の訴訟であること,両者は,被告による被告製品1の製造販売が本件特許権の侵害を構成することを理由とする損害賠償請求であって,訴訟物が同一であること,前訴は,原告による訴えの取下げ及びこれに対する被告の同意をもって終了したことが認められる。
 しかし,被告が前訴の取下げに至る経緯に基づいて再訴されない旨の期待を抱いたことがあったとしても,被告が原告による前訴の取下げに同意するに当たり,原告が被告に対し再訴をしない旨約したなどの事実関係があるわけではないから,上記期待は,被告が一方的に抱いたものにすぎず,未だ法律上保護されるほどのものとは認められない。
また,原告が本件訴訟において被告製品1に係る損害賠償を請求した理由が,被告主張のとおり,被告製品2に係る請求の立証のために必要であることを理由としたものであったとしても,同請求につき放棄がされたことをもって,直ちに原告が被告製品1に係る損害賠償を請求することを禁止しなければならない事情に当たるとは,認め難い。
 したがって,原告が本件訴訟において被告製品1に係る損害賠償を請求することは,訴訟上の信義則に反するものとはいえず,本件訴えを却下すべきであるとの被告の主張は,採用することができない。

 こういうことは牽制の意義が大きいでしょうから,まともに認められなくても十分効果があります。裁判官も人の子ですので,原告は汚い手を使うところだという印象を与えることができれば,それだけで被告には非常に有利になります。
 原告は非常に有名な大きな会社ですが,結局のところ訴額は非常に微々たるものになっております。効果があったのは,裁判所だけではなかったようです。

【追伸】
 本件の控訴審がありました。
事件番号
事件名
 特許権侵害差止請求控訴事件
裁判年月日
 平成28年10月5日
裁判所名
 知的財産高等裁判所第4部
裁判長裁判官 髙 部 眞 規 子
裁判官 古 河 謙 一
裁判官 鈴 木 わ か な
です。 

 内容としては,この原審を追認したような形であり,控訴人(原告)の新たな主張はあるものの,目新しいものはありません。
 それ故,新たに項目を立て,この控訴審判決の紹介などは致しません。