2016年6月30日木曜日

侵害訴訟 特許  平成28(ネ)10007  知財高裁 控訴棄却(請求棄却)

事件番号
事件名
 特許権侵害行為差止等請求控訴事件
裁判年月日
 平成28年6月29日
裁判所名
 知的財産高等裁判所第4部
裁判長裁判官 髙 部 眞 規 子
裁判官 柵 木 澄 子
裁判官 片 瀬 亮

 均等第一要件
「 ア 本質的部分の認定について
 特許法が保護しようとする発明の実質的価値は,従来技術では達成し得なかった技術的課題の解決を実現するための,従来技術に見られない特有の技術的思想に基づく解決手段を,具体的な構成をもって社会に開示した点にある。したがって,特許発明における本質的部分とは,当該特許発明の特許請求の範囲の記載のうち,従来技術に見られない特有の技術的思想を構成する特徴的部分であると解すべきであ る。
 そして,上記本質的部分は,特許請求の範囲及び明細書の記載に基づいて,特許発明の課題及び解決手段(特許法36条4項,特許法施行規則24条の2参照)とその効果(目的及び構成とその効果)を把握した上で,特許発明の特許請求の範囲の記載のうち,従来技術に見られない特有の技術的思想を構成する特徴的部分が何であるかを確定することによって認定されるべきである。すなわち,特許発明の実質的価値は,その技術分野における従来技術と比較した貢献の程度に応じて定められることからすれば,特許発明の本質的部分は,特許請求の範囲及び明細書の記載,特に明細書記載の従来技術との比較から認定されるべきであり,そして,①従来技術と比較して特許発明の貢献の程度が大きいと評価される場合には,特許請求の範囲の記載の一部について,これを上位概念化したものとして認定され,②従来技術と比較して特許発明の貢献の程度がそれ程大きくないと評価される場合には,特許請求の範囲の記載とほぼ同義のものとして認定されると解される。
 ただし,明細書に従来技術が解決できなかった課題として記載されているところが,出願時の従来技術に照らして客観的に見て不十分な場合には,明細書に記載されていない従来技術も参酌して,当該特許発明の従来技術に見られない特有の技術的思想を構成する特徴的部分が認定されるべきである。そのような場合には,特許発明の本質的部分は,特許請求の範囲及び明細書の記載のみから認定される場合に比べ,より特許請求の範囲の記載に近接したものとなり,均等が認められる範囲がより狭いものとなると解される。・・・

(イ) 本件発明の貢献の程度
 ところで,上記認定のとおり,本件発明は,座席を連続して揺動させることが可能な乳幼児用の椅子等であって,揺動制御手段としてソレノイドを採用し,座席支持機構としてロッド1点支持方式を採用するものが有する,①直線状であるソレノイドの貫通穴に,弧形状の鉄心が挿入されることにより,ソレノイドと鉄心との距離が生じるという問題点及び②座席の重心位置が偏った場合,座席の回転中心軸となる基点を中心とした回転モーメントが増大するという問題点を解決することを課題とするものである。
 もっとも,座席を連続して揺動させることが可能な乳幼児用の椅子等において,座席支持機構としてロッド2点支持方式が存在することは,本件特許の優先日において,当業者に周知であったものである(甲11の1~3,乙6~8,12)。そして,座席支持機構にロッド1点支持方式ではなく,ロッド2点支持方式を採用することができれば,座席の揺動時における上下動を抑えること,座席の重心位置が偏った場合に座席の回転中心軸となる基点を中心とした回転モーメントを減少させることは可能となる。
 また,ソレノイドの貫通穴に,直線状のシャフトを挿入するという構成が存在することは,本件特許の優先日において当業者に周知であったものである(乙13~17)。そして,座席を連続して揺動させることが可能な乳幼児用の椅子等において,揺動制御手段として採用されたソレノイドに,上記構成を採用することができれば,シャフト等とソレノイドを近接させることが可能となる。
 したがって,座席支持機構としてロッド2点支持方式を採用するという周知技術,及び,ソレノイドに直線状の鉄心を挿入するという周知技術は,座席を連続して揺動させることが可能な乳幼児用の椅子等であって,揺動制御手段としてソレノイドを採用し,座席支持機構としてロッド1点支持方式を採用するものが有する問題点を解決するものということができる。
 しかし,本件明細書には,座席を連続して揺動させることが可能な乳幼児用の椅子等における座席支持機構としてロッド2点支持方式を採用するという周知技術,及び,ソレノイドに直線状のシャフトを挿入するという周知技術の記載はない。したがって,本件明細書に従来技術が解決できなかった課題として記載されているところは,従来技術に照らして客観的に見て不十分であるから,本件発明の本質的部分は,本件明細書の記載に加えて,優先権主張日の従来技術たる上記各周知技術との比較から認定されるべきである。
 そして,本件明細書の記載及び上記各周知技術によれば,本件発明は,座席を連続して揺動させることが可能な乳幼児用の椅子等であって,揺動制御手段としてソレノイドを採用し,座席支持機構としてロッド1点支持方式を採用するものに,従来技術である,ロッド2点支持方式という座席支持機構,及び,直線状のシャフトをソレノイドに挿入するという構成を適用したものということができる。また,従来技術であるロッド2点支持方式は,座席を連続して揺動させることが可能な乳幼児用の椅子等に従来から存在した座席支持機構であるから,座席を連続して揺動させることが可能な乳幼児用の椅子等であれば,揺動制御手段としてソレノイドを採用するものであっても,座席支持機構自体にロッド2点支持方式を組み合わせるこ
とは,さほど困難なこととはいえない。
 したがって,本件発明の貢献の程度は,座席支持機構としてロッド1点方式ではなく,ロッド2点支持方式を採用するという点においては,それ程大きくないと評価することができるから,本件発明の本質的部分は,座席支持機構に関する限度においては,特許請求の範囲の請求項1の記載とほぼ同義となる。
オ 本件発明の本質的部分
(ア) 以上によれば,座席を連続して揺動させることが可能な乳幼児用の椅子等であって,揺動制御手段としてソレノイドを有するものにおいて,座席支持機構としてロッド2点支持方式を採用したことは,本件発明の本質的部分(特許請求の範囲のうち,従来技術に見られない特有の技術的思想を構成する特徴的部分)であると認められる。
(イ) これに対し,控訴人は,本件発明の課題解決原理は,座席の支持部材を,座席の揺動方向に対して離間された異なる2つの位置に設け,当該2つの位置の支持点の軌道がそれぞれ振子運動となるようにして,座席の揺動時における上下動を若干程度に抑えると同時に,ソレノイドの貫通穴に直線状のシャフトを挿入する構成を採用することで,ソレノイドと磁性材料との距離を,非接触状態のまま可能な限り短縮することを可能とした点にあると主張する。しかし,座席の支持部材を座席の揺動方向に対して離間された異なる2つの位置に設け,当該2つの位置の支持点の軌道がそれぞれ振子運動となるようにすることは,ロッド2点支持方式の構成要素であるロッドの存在を捨象するものであるから,控訴人の上記主張は,採用することができない。
 また,控訴人は,本件発明の課題解決原理には,座席を支持する部材を揺動方向に対して離間した2点に設けることで,揺動方向に対して離間した2点において座席を支持した点もあると主張する。しかし,座席を支持する部材を揺動方向に対して離間した2点に設けることも,ロッド2点支持方式の構成要素であるロッドの存在を捨象するものであるから,控訴人の上記主張は,採用することができない。
カ 各被告製品の第1要件の非充足
 各被告製品は,座席を連続して揺動させる手段として,ソレノイドを用いる乳幼児用の椅子等ではあるものの,座席支持機構として「座席の下部に」「揺動方向に対して離間された2つの異なる位置にそれぞれ二組(合計4個)のコロ(車輪)」を「回動可能に設け」,「ベースの上部には,二組(4つ)の湾曲レール」を,「上記の各コロに対応する位置にそれぞれ設け」,「ベースの上部に設けられた各湾曲レールが前記座席の下部に回動可能に設けられた各コロを受けることによって,前記座席」を「前記ベースに対して揺動可能に支持」する方式を採用するものである。
 このように,各被告製品は,座席支持機構としてロッド2点支持方式,すなわちベースに2つのロッドが互いに座席の揺動方向に離間した位置で揺動可能に設けられ,この2つのロッドに座席が揺動方向に対して離間された2つの異なる位置で揺動可能に支持されるという方式を用いていない。したがって,各被告製品は,本件発明の本質的部分を備えているとはいえない。
 したがって,各被告製品は,均等の第1要件を充足するとは認められない。」

均等第五要件
「ア 第5要件の判断基準について 
 均等の第5要件は,特許請求の範囲に記載された構成中に,対象製品等と異なる部分が存する場合であっても,同対象製品等が特許発明の特許出願手続において特許請求の範囲から意識的に除外されたものに当たるなどの特段の事情もないことである。すなわち,特許出願手続において出願人が特許請求の範囲から意識的に除外したなど,特許権者の側において一旦特許発明の技術的範囲に属しないことを承認するか,又は外形的にそのように解されるような行動をとったものについて,特許権者が後にこれと反する主張をすることは,禁反言の法理に照らし許されないから,このような特段の事情がある場合には,均等が否定されることとなる。・・・
 前記イのとおり,控訴人は,本件特許の出願時,座席を連続して揺動させることが可能な乳幼児用の椅子等であって,揺動制御手段としてソレノイドを有するものについて,旧請求項1においては,座席支持機構を特段限定せず,旧請求項2においては,座席支持機構をロッド2点支持方式に限定し,旧請求項3においては,座席支持機構を,座席とベースとの間に,ベースに対して座席が「水平往復動可能なスライド手段を設けたことを特徴とする」ものに限定していたものである。そして,控訴人は,本件補正により,旧請求項1を,本件特許の特許請求の範囲から削除し,その範囲を旧請求項2及び旧請求項3に限定したものである。
 このように,控訴人は,本件補正において,座席を連続して揺動させることが可能な乳幼児用の椅子等であって,揺動制御手段としてソレノイドを有するものについて,拒絶理由通知に対応して,座席支持機構を特段限定していない旧請求項1を削除し,座席支持機構にロッド2点支持方式を採用する旧請求項2(本件発明)及び座席とベースとの間に,ベースに対して座席が「水平往復動可能なスライド手段を設けたことを特徴とする」方式を採用する旧請求項3に限定したものである。そして,本件発明の出願時には既に,座席を連続して揺動させることが可能な乳幼児用の椅子等の座席支持機構として,コロと湾曲レールを利用した方式が存在することは周知であり(乙3~5),コロと湾曲レールを利用する方式に係る座席支持機構は,上記のとおり削除された旧請求項1に係る座席支持機構の範囲内に客観的に含まれるものである。
 したがって,控訴人は,コロと湾曲レールを利用する方式に係る座席支持機構についても,本件発明の技術的範囲に属しないことを承認したもの,又は外形的にそのように解されるような行動をとったものと評価することができる。よって,均等の第5要件の充足は,これを認めることができない。 」

【コメント】
 大手のベビー用品メーカー同士の争いです。
 発明は,「振動機能付き椅子」 ,つまり,赤ちゃんを置いて,コイル(ソレノイド)の電磁力によりゆらゆら揺らすというものです。
 
 クレームは以下のとおりです。
A ベースと,該ベースに対して揺動可能に設けられた座席と,を備えた揺動機能付き椅子であって,
B 前記座席に支持された磁性材料の部材と,
C 前記座席の静止時における磁性材料の部材位置とは異なる位置に,前記磁性
材料の部材に近接して前記ベースに固定され,電磁力により前記磁性材料の部材を
揺動方向に吸引するソレノイドと,
D 該ソレノイドを所定のタイミングで励磁することで前記座席の揺動動作を制御する揺動制御手段と,を備え,
E 前記磁性材料の部材とソレノイドとは離間した状態で揺動する揺動機能付き椅子において,
F´ 前記ベースには,少なくとも2つのロッドが互いに前記座席の揺動方向に離間した位置で揺動可能に設けられ,この2つのロッドに前記座席が揺動方向に対して離間された2つの異なる位置で支持され,
G 前記磁性材料の部材は,所定の間隔で対向配置された2つの磁性材料の部材で構成され,
H 前記ソレノイドは前記座席の揺動静止時における前記2つの磁性材料の部材間の中点位置近傍で前記ベースに固定され,
I 前記ソレノイドは,巻線軸に沿った貫通穴を有し,前記巻線軸を前記座席の揺動方向に対して平行に前記ベースに固定され,
J 前記2つの磁性材料の部材は,前記座席に固定された直線形状のシャフトに固定され,
K 前記シャフトは,前記貫通穴に挿入されていることを特徴とする
L 揺動機能付き椅子。


 機構部分は,下の絵が早いでしょう。構成要件F'のとおり,2本のロッドで支持されています。公園にある箱ブランコをイメージすると早いでしょう。
 

 他方,被告製品は,支持部分の機構は,コロとレールを使ったものです。
 
 なので,文言上は,当然非侵害です。それ故,原告(控訴人)は,均等侵害を主張したのです。
 
 さて,本件が注目すべき点は,上記のとおり,その均等論の判断基準が,今年(2016)の春に判決 の出たマキサカルシトール事件(知財高裁H28.3.25判決)の大合議判決を早速使っているということです。

 まず,第1要件からです。
 私が上記の事件のコメントで書いたように, 本質的部分が広くなると,「つまり,パイオニア的発明であれば, 本質的部分は広くなるような書きぶりなのです,判決は。そうすると均等の範囲は逆に狭くなりそうなのですが,この判決の書き方からすると,均等の範囲も広くなるように読めるので,ちょっと不思議な感じがします。」ということになる気がします。

 しかし,今回第1要件NGだったことから,このような考えは,間違いだということがわかりました。

 本質的部分を思想(技術的思想)と考え,このことから,「上記のとおり確定される特許発明の本質的部分を対象製品等が共通に備えているかどうかを判断し,これを備えていると認められる場合には,相違部分は本質的部分ではないと判断すべきであり,対象製品等に,従来技術に見られない特有の技術的思想を構成する特徴的部分以外で相違する部分があるとしても,そのこと は第1要件の充足を否定する理由とはならない。」というのが,マキサカルシトール事件の一番大事な部分だったということになります。

 私も特許実務をかれこれ20年近くやっているのですが,そこまでは気が付きませんでした。今回,具体的な当てはめでNGとなったため,漸くマキサカルシトール事件の本質的部分!に気づいた次第です。面目ない所です。 

 ということで,本件での本質的部分は,さまさまな検討を経て,「座席支持機構としてロッド2点支持方式を採用したことは,本件発明の本質的部分(特許請求の範囲のうち,従来技術に見られない特有の技術的思想を構成する特徴的部分)であると認められる。」となりました。

 つまり,ロッド2本で支える箱ブランコ方式が本質的部分であるとしたのです。

 そうすると,被告製品は,コロとレール方式ですから,当然この本質的部分を備えておりません。 それ故,本質的部分を共通に備えていない以上,相違部分が本質的部分となり?,均等第1要件を満たしていないとしたわけです。

 でも,上記?としたとおり,マキサカルシトール事件(当然,本件も)の論理は,少なくとも否定する場合には,いまいちわかりにくいものと言えます。

 この場合は,本質的部分が相違部分であると言った方がわかりやすいかもしれません。
 とは言え何故私が勘違いしたかというと,本質的部分を技術的思想と捉えるのではなく,あくまで「部分」にこだわり過ぎたためと思われます。

 次に第5要件に行きます。

 第5要件については,今回,ここもNGでした。
 広いクレームのままだと本件の被告製品も含んだのに,補正でロッドに限定したからというのがその理由です。

 そうしますと,今後の特許実務は非常なるジレンマに陥ります。
 広いクレームにした場合,途中の拒絶で狭いクレームに補正する可能性があります。そして,その場合,一旦補正で取り除いた部分に,被告製品が含まれることになっても,均等は不成立になります。
 とは言え,拒絶されず,広いままのクレームが認められる可能性もあります。

 他方,狭いクレームにして,明細書も限定しておきます。そうすると,今回というかマキサカルシトール事件の規範が使われる限り,均等主張できます。
 とは言え,どこまで均等で広く認めてくれるかはさっぱりわかりませんし,このマキサカルシトールの規範がいつまで使えるかもさっぱりわかりません。 

 どうすればいいのでしょうか?弁理士の皆さん,ここは悩みどころですね~。