2016年8月5日金曜日

審決取消訴訟 特許 平成27(行ケ)10148 不服審判 拒絶審決

事件番号
事件名
 審決取消請求事件
裁判年月日
 平成28年8月3日
裁判所名
 知的財産高等裁判所第4部
裁判長裁判官 髙 部 眞 規 子
裁判官 柵 木 澄 子
裁判官 片 瀬 亮

「2 取消事由1(実施可能要件に係る判断の誤り)について
(1) 特許法36条4項1号が実施可能要件を定める趣旨は,明細書の発明の詳細な説明に,当業者がその実施をすることができる程度に発明の構成等が記載されていない場合には,発明が公開されていないことに帰し,発明者に対して特許法の規定する独占的権利を付与する前提を欠くことになるからであると解される。
 そして,物の発明における発明の実施とは,その物の生産,使用等をする行為をいうから(同法2条3項1号),物の発明について上記の実施可能要件を充足するためには,当業者が,明細書の発明の詳細な説明の記載及び出願当時の技術常識とに基づいて,過度の試行錯誤を要することなく,その物を製造し,使用することができる程度の記載があることを要する。
(2) 本願発明1について
ア 前記1(2)によれば,本願発明1は,EDGEアーキテクチャのようなハイブリッドなデータフローのアーキテクチャでは,分岐とプレディケートとが混在していることがあるが,この場合,どの分岐をプレディケートにif変換するか決定するのが複雑となり,また,完全に制御の履歴を管理して正確なプレディケート予測を行うことは困難であるため,現在知られているほとんどの分散型のデータフローマシンでは,プレディケート予測が利用されていないという問題を課題とし,かかる課題を解決するため,分散型マルチコアアーキテクチャにおいてプレディケート予測を生成するためのシステムを提供するものであり,本願発明1のシステムを用いることにより,分岐命令についての概略プレディケート経路情報をインテリジェントに符号化することができ,この静的に生成された概略プレディケート経路情報を用いることで,分散型プレディケート予測器は,信頼性の高いプレディケートの正確な予測に役立ち得る,動的なプレディケート履歴を生成することができ,同時にコア間の通信を最小にするという作用効果を奏するというものである。
 そして,本願発明1に係る特許請求の範囲(請求項1)の記載によれば,本願発明1は,複数のプロセッサコアを含むマルチコアプロセッサを備えるコンピューティングシステムであって,①複数のプロセッサコアの各々がプレディケート予測器を備え,②少なくとも1つのプレディケート予測器が,複数のプロセッサコアのうちの対応するプロセッサコアにマッピングされたプレディケート命令の出力を予測するように構成され,③プレディケート命令は,命令ブロックに含まれる分岐命令から生成され,④命令ブロックは,複数のプロセッサコアのうちのどのプロセッサコアが分岐命令を実行するのに割り当てられるかを決定するブロックアドレスを含み,⑤予測は,分岐命令内に符号化された情報に基づき,分岐命令内に符号化された情報は,概略プレディケート経路を表す,という構成を有する。すなわち,本願発明1は,「複数のプロセッサコア」の各々が備える「プレディケート予測器」のうち,少なくとも1つの「プレディケート予測器」が,分岐命令内に符号化された「概略プレディケート経路を表す」「情報」に基づき,対応するプロセッサコアにマッピングされた「プレディケート命令の出力を予測する」というものである。
 そうすると,本願発明1が実施可能要件を満たすというためには,本願明細書の発明の詳細な説明に,少なくとも,「複数のプロセッサコア」という分散された環境において,「プレディケート予測器」が「概略プレディケート経路を表す情報」に基づいて「プレディケート命令の出力を予測する」という処理を行うことにより,信頼性の高いプレディケートの正確な予測に役立ち得るプレディケート履歴を生成することができ,同時にコア間の通信を最小にするという作用効果を奏するコンピューティングシステムを製造し,使用することができる程度,すなわち,「概略プレディケート経路を表す情報」の意義,及び,「複数のプロセッサコア」という分散された環境に備えられた「プレディケート予測器」において,信頼性の高いプレディケートの正確な予測に役立ち得るプレディケート履歴を生成し,コア間の通信を最小にするために,「概略プレディケート経路を表す情報」に基づいて行われる「予測」の処理内容を当業者が理解することができる程度の記載があることを要するというべきである。
イ 「概略プレディケート経路を表す情報」についての記載本願明細書には,「概略プレディケート経路を表す情報」に関し,【0021】,【0022】,【0026】,【0032】,【0034】及び【0035】の記載があるが,これらの記載は,いずれも,コンパイラによって,「概略プレディケート経路を表す情報」に相当する「概略プレディケート経路情報」が分岐命令に符号化されることを示しているにすぎず,「予測」に用いられる「概略プレディケート経路を表す情報」が,具体的にどのような内容のものであるのか特定されるように記載されていない。
 そして,当業者にとって,本願の優先日当時の技術常識に基づき,「概略プレディケート経路を表す情報」が具体的にどのような内容のものであるのかが自明であることを認めるに足りる証拠はない。
 したがって,本願明細書の発明の詳細な説明は,当業者が「概略プレディケート経路を表す情報」の意義を理解することができるように記載されているということ
はできない。
ウ 「概略プレディケート経路を表す情報」に基づいて行われる「予測」の処理内容についての記載
 本願明細書には,「複数のプロセッサコア」という分散された環境に備えられた「プレディケート予測器」において行われる「プレディケート命令の出力」の「予測」処理の内容に関し,【0026】ないし【0029】の記載があり,ここには,「概略プレディケート経路情報」を用いて,2つの履歴レジスタ,すなわち,コアローカル履歴レジスタとグローバル分岐履歴レジスタを生成し,それを用いて「プレディケート命令の出力」の予測を行うこと(【0026】,【0027】),並びに,上記グローバル分岐履歴レジスタに対応するグローバル履歴レジスタとして,「コアローカルプレディケート履歴レジスタ」を用いる実施例(【0028】,図6A)及び「グローバルブロック履歴レジスタ」を用いる実施例(【0029】,図6B)が記載されている。
 しかし,上記記載からは,「概略プレディケート経路情報」からコアローカル履歴レジスタとグローバル分岐履歴レジスタという二つの履歴レジスタをどのような処理により分けて生成するのか,また,当該二つの履歴レジスタをどのような処理により「プレディケート命令の出力」「予測」において使い分けるのか,さらに,上記二つの履歴レジスタを用いた「プレディケート命令の出力」の「予測」を信頼性の高く正確なものとするために「概略プレディケート経路情報」として具体的にどのような内容が必要とされるのか,把握することはできない。
 したがって,本願明細書の上記記載から,「複数のプロセッサコア」という分散された環境に備えられた「プレディケート予測器」において,信頼性の高いプレディケートの正確な予測に役立ち得るプレディケート履歴を生成し,コア間の通信を最小にするために,「概略プレディケート経路を表す情報」に基づく「予測」の処理が具体的にどのように行われているのか明らかであるということはできない。 
 そして,当業者にとって,本願の優先日当時の技術常識に基づき,「複数のプロセッサコア」という分散された環境に備えられた「プレディケート予測器」において,信頼性の高いプレディケートの正確な予測に役立ち得るプレディケート履歴を生成し,コア間の通信を最小にするために,「概略プレディケート経路を表す情報」に基づいて行われる「予測」の処理内容が自明であることを認めるに足りる証拠はない。
 そうすると,本願明細書の発明の詳細な説明は,当業者が,「複数のプロセッサコア」という分散された環境に備えられた「プレディケート予測器」において,信頼性の高いプレディケートの正確な予測に役立ち得るプレディケート履歴を生成し,コア間の通信を最小にするために,「概略プレディケート経路を表す情報」に基づいて行われる「予測」の処理内容を理解するこができるように記載されているということはできない。
エ 以上によれば,本願明細書の発明の詳細な説明は,「複数のプロセッサコア」という分散された環境において,「プレディケート予測器」が「概略プレディケート経路を表す情報」に基づいて「プレディケート命令の出力を予測する」という処理を行うことにより,信頼性の高いプレディケートの正確な予測に役立ち得るプレディケート履歴を生成することができ,同時にコア間の通信を最小にするという作用効果を奏するコンピューティングシステムを製造し,使用することができる程度に記載されていない。
 したがって,本願明細書の発明の詳細な説明は,当業者が本願発明1の実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載したものということはできない。」

【コメント】
 何だか久々訳のわからない発明だなあという感想です。

 クレームは以下のとおりです。
【請求項1】複数のプロセッサコアを含むマルチコアプロセッサを備えるコンピューティングシステムであって,前記複数のプロセッサコアの各々がプレディケート予測器を備え,少なくとも1つのプレディケート予測器が,前記複数のプロセッサコアのうちの対応するプロセッサコアにマッピングされたプレディケート命令の出力を予測するように構成され,前記プレディケート命令は,命令ブロックに含まれる分岐命令から生成され,前記命令ブロックは,前記複数のプロセッサコアのうちのどのプロセッサコアが前記分岐命令を実行するのに割り当てられるかを決定するブロックアドレスを含み,前記予測は,前記分岐命令内に符号化された情報に基づき,前記分岐命令内に符号化された前記情報は,概略プレディケート経路を表す,コンピューティングシステム。

 プレディケートという用語がたくさん出ますが,predicateでしょうね。意味は,断言するとか叙述する,とからしいです。この名詞形がpredicationですね。

 これで,審決は,実施可能要件,サポート要件,明確性要件と,記載不備三羽ガラスで拒絶!としたわけです。

 ところで,コンピュータとかソフトウェア関連の,特に外国出願をもとにしている発明はただでさえわかりにくいものです。
 技術も最先端ですし,用語も熟れていないというか,わかりやすい日本語が書け,その技術がよく分かっているという翻訳者というか弁理士が殆どいないからでしょうね(技術と英語が分かっていても,機械翻訳並の明細書しか書けませんからね。)。

 とは言え,通常の場合は,明細書を見れば,ああ,このことね,と分かる場合が殆どです(そりゃそうだ。)。
 
 本件も,出願人がアメリカの大学ですし, 代理人も六本木にある大手の事務所(法律事務所としての方が有名かな。)なので,そういう所は抜け目の無いパターンとも思えました。
 
 しかし,判旨を見ると全く違うようですね。
 
  明細書を見ると,こんな図が載っているのですが,これだけじゃさっぱりわかりません。

 なので,本件は,実施可能要件しか判断していないのですが,他のサポート要件も明確性要件もダメでしょうね。


 あと,本件では,高部部長の審決に対する苦言があります。

本件審決は,最終的な結論において誤りはなかったことから,取り消すべきものとはされなかったが,以下の問題があるから,事案に鑑み,本件審決書について付言する。まず,本件審決は,その判断において,平成25年9月6日付けで通知した拒絶理由及び同年12月27日付けでした拒絶査定の内容を引用した上で,本願発明が,拒絶査定で示された理由を解消しているか否かを判断するという体裁で,しかも,前記第2の3のとおり,本件補正前の請求項と本件補正後の請求項が混在したまま,審決の理由を示している。しかし,本件審決における判断対象は,本件補正後の請求項であり,本件補正後の本願発明に拒絶理由が存在するか否かを判断すべきである。また,本件審決におけるサポート要件に係る判断は,その結論部分において,本件補正後の請求項の全てについてサポート要件を満たさない旨判断していながら,本件補正後の請求項1についてしかその具体的理由が言及されておらず,実施態様の異なる他の請求項についても,サポート要件を満たさないことになる理由は,何ら具体的に述べられていない。以上のとおり,本件審決書は,適切とはいい難いものであって,判断対象を明確にして,結論を導くに足りる理由を示すことが望まれる。

 特許がわけわからんと言って,審決までわけわからんのでよいわけがない,ということでしょうね。