2016年8月30日火曜日

審決取消訴訟 特許 平成27(行ケ)10245  無効審判 不成立審決 請求認容

事件番号
事件名
 審決取消請求事件
裁判年月日
 平成28年8月24日
裁判所名
 知的財産高等裁判所第2部
裁判長裁判官清 水 節
裁判官中 村 恭
裁判官森 岡 礼 子 
 
「 (1) 補正の経緯及び審決の判断
 当初明細書等の請求項1は,次のとおりである(他の請求項は,いずれも,直接又は間接に請求項1を引用する従属項である。)。(甲1)
「 トイレットペーパーで臀部を拭く臀部拭き取り装置であって,
 便座を昇降させる便座昇降部と,
 前記トイレットペーパーを取り付けるための拭き取りアームと,
 前記便座昇降部によって前記便座が上昇された際に生じる便器と前記便座との間隙を介して,前記便座の排便用開口から前記拭き取りアームに取り付けられた前記トイレットペーパーが露出するように,前記拭き取りアームを駆動させる拭き取りアーム駆動部とを備える,臀部拭き取り装置。」
 本件補正は,上記請求項1から便座昇降部や拭き取りアームを駆動させる「便座と便器との間隙」を除く等した,次のとおりの請求項15を新設するなどしたものである。(甲2)
「 トイレットペーパーで臀部を拭く臀部拭き取り装置であって,
 前記トイレットペーパーを取り付けるための拭き取りアームと,
 前記臀部を拭き取る位置まで前記拭き取りアームを移動させる拭き取りアーム駆動部とを備えることを特徴とする,臀部拭き取り装置。」(なお,本件発明15は,平成22年11月2日付け補正により,上記請求項15と,同じく本件補正により新設された,拭き取りアームが移動するのが「便座と便器との間隙」とする請求項16とを併せて請求項15としたものである。〔甲3,4〕)
 本件補正のうち,便座昇降部を除くとした補正事項は,当初明細書等の請求項1に記載された「便座と便器との間隙」が,便座昇降部により形成されるものには限定されないとするものであるから,便座昇降部以外の手段で間隙が形成されても,又は当初から間隙が形成されていてもよいことになる。このように,本件補正は,当初明細書等の請求項1の発明特定事項を削除し,発明を上位概念化したものである。
 審決は,便座昇降部は本件発明の目的を達成するために必ずしも必要なものではなく,拭き取りアームを移動させるための間隙が便器と便座との間に形成されさえすればよいことは,当業者にとって自明の事項であり,公開特許公報(甲7,【0007】【0008】)によれば,便座昇降部によらずに便器と便座との間に間隙を設けることは,本件特許出願前に公知であったから,拭き取りアームを移動させるための,便座昇降部により便座が上昇された際に生じるものに限定されない便器と便座との間隙は,当初明細書等に実質的に記載されていたものといえると判断した。そこで,以下,検討する。
(2) 検討
 当初明細書等の記載には,前記1(1)のとおり,便器と便座との間隙を形成する手段としては便座昇降装置が記載されているが,他の手段は,何の記載も示唆もない。すなわち,補正前発明は,便器と便座との間隙を形成する手段として,便座昇降装置のみをその技術的要素として特定するものである。
 そうすると,便座と便器との間に間隙を設けるための手段として便座昇降装置以外の手段を導入することは,新たな技術的事項を追加することにほかならず,しかも,上記のとおり,その手段は当初明細書等には記載されていないのであるから,本件補正は,新規事項を追加するものと認められる。
(3) 被告の主張について
① 被告は,当初明細書等に接した当業者にとって,便器と便座との間に拭き取りアームを移動させるための間隙さえ形成されていればよく,その手段が当初明細書等に例示されたもの限られないということは,自明の事項であると主張する。
 しかしながら,便器と便座との間の間隙を形成する手段が自明な事項というには,その手段が明細書に記載されているに等しいと認められるものでなければならず,単に,他にも手段があり得るという程度では足りない。上記のとおり,当初明細書等には,便座昇降装置以外の手段については何らの記載も示唆もないのであり,他の手段が,当業者であれば一義的に導けるほど明らかであるとする根拠も見当たらない。
② また,被告は,公開特許公報には,便座昇降装置以外の手段で便器と便座との間に間隙を設ける技術が開示されているから,当初明細書等に便座昇降装置以外の手段で便器と便座との間に間隙を設けることは,当初明細書等に実質的に記載されていると主張する。
 しかしながら,上記の自明な事項の解釈からいって,他に公知技術があるからといって当該公知技術が明細書に実質的に記載されていることになるものでないことは,明らかである。のみならず,上記公報に記載された技術は,容器6と座部3との間に介護者が手を入れられる隙間を設けることを開示しているだけであり,便器と便座との間に機械的な拭き取りアームが通過する間隙を設けることとは,全く技術的意義を異にしている。
③ 被告の上記各主張は,いずれも採用することはできない。」

【コメント】
 有効審決だったのに,逆転で無効となった特許の審決取消訴訟の事件です。
 技術的には,「臀部拭き取り装置並びにそれを用いた温水洗浄便座及び温水洗浄便座付き便器」という発明です。

 クレームは,最初のクレーム1でこんな感じです。
 
便座を昇降させる便座昇降装置と一緒に用いられ,トイレットペーパーで臀部を拭く臀部拭き取り装置であって,
   前記トイレットペーパーを取り付けるための拭き取りアームと,
   前記便座昇降部によって前記便座が上昇された際に生じる便器と前記便座との間隙を介して,前記便座の排便用開口から前記拭き取りアームに取り付けられた前記トイレットペーパーが露出するように,前記拭き取りアームを駆動させる拭き取りアーム駆動部とを備える,臀部拭き取り装置。
 
 やはり図がわかりやすいでしょう。
  
 
 こういうものです。
 
 問題となったのは補正での新規事項の追加ですね。
 
 判旨にもありますが,こういうクレーム15を補正で追加したのです。
「  トイレットペーパーで臀部を拭く臀部拭き取り装置であって,
    前記トイレットペーパーを取り付けるための拭き取りアームと,
    前記臀部を拭き取る位置まで前記拭き取りアームを移動させる拭き取りアーム駆動部とを備え,
    前記拭き取りアーム駆動部は,便器と便座との間隙を介して,前記拭き取りアームを移動させることを特徴とする,臀部拭き取り装置。
」 

 便座の昇降装置がありません。すなわちどういう隙間でもいいから拭き取りアームが伸ばせればいい~♬っていうものになっています。
 
 かなりの上位概念化です。
 
 他方,隙間を昇降装置以外で設けるやり方は全く何の記載も無かったようです。なので,これはしょうがないかなと思います。
 
 さて,こういう風に新規事項追加でNGとなったものの,特許自体はつぶれないと思います。
 これで負けた被告は上告はしないでしょうから, これはこれで確定。そうすると,特許法134条の2で,訂正のチャンスがあります。

 それで,新規事項追加だと言われたクレーム15などを削除すればよいのです。
 
 では,他方,原告は?ってことになるのですが,原告もそれならそれでよいのだと思います。クレーム1は昇降装置が必要と,かなり限定した発明ですので,応用は効かないでしょうから。