2016年10月24日月曜日

審決取消訴訟 特許 平成26(行ケ)10155  無効審判 不成立審決 請求認容

事件番号
事件名
 審決取消請求事件
裁判年月日
 平成28年10月19日
裁判所名
 知的財産高等裁判所第2部
裁判長裁判官清水 節
裁判官片岡早苗
裁判官古庄 研 
 
「(ウ) 食塩濃度の下限値である7w/w%の場合に,本件発明1の課題を解決できることを当業者が認識できるか
 本件発明1が課題を解決できると認識できるといえるためには ,食塩濃度7~9w/w%の全範囲にわたって,上記課題が解決できると認識できることが必要であるところ,食塩濃度が下限値の場合が,食塩による塩味を最も感じにくく,課題解決が最も困難であることは明らかであるから,食塩濃度が下限値の7w/w%である場合について検討する。
a 表1に基づく検討
(a) 前記(イ)のとおり,本件明細書の実施例・比較例から,食塩濃度を9.0w/w%から減少させた場合に,調味料・酸味料を添加しない状態で,塩味がどの程度低下するのかを把握することはできない
 そうすると,食塩濃度9.0w/w%,カリウム濃度が上限値の3.7w/w%である実施例7,9及び11(塩味5,苦み3,総合評価○)から,食塩濃度を低くして7.0w/w%とした場合に,塩味が5という評価からどの程度まで低下するのかを把握することはできず,窒素濃度と窒素/カリウムの重量比を調節しても,塩味が3以上となるものと推認することはできない。
(b) 本件明細書の表1において,比較例14,実施例3,4,5,6,9をみると,食塩濃度9.0w/w%,窒素濃度2w/v%付近の場合に,カリウム濃度が下限付近の1.1w/w%から上限の3.7w/w%まで増加すると,カリウム濃度の増加に依存して,塩味が3から5と向上している。
 しかしながら,本件明細書には,当業者において,カリウム濃度の増加(1.1w/w%→3.7w/w%)による塩味の向上が,食塩濃度の減少(9.0w/w%→7.0w/w%)による塩味の低下を補うに足りるものであることを認識するに足りる記載はないし,このことが技術常識であることを示す証拠も見当たらない。
 そうすると,食塩濃度が9.0w/w%,カリウム濃度が下限値に近い1.1w/w%である実施例3(窒素濃度1.99w/v%,窒素/カリウムの重量比1.62,塩味3,苦み1,総合評価○)において,食塩濃度を7.0w/w%に下げても,カリウム濃度を上限値の3.7w/w%まで増加させれば,塩味が3以上,苦みは3以下となり,総合評価も○となるものと,推認することはできない。
(c) その他本件明細書の表1の実施例・比較例を検討しても,食塩濃度7.0w/w%の場合に,塩味が3以上,苦みが3以下,総合評価が○以上という評価が得られ,本件発明1の課題を解決できることを認識することができる記載は認められない。
b 表2及び表3に基づく検討
 表2及び表3記載の各実施例に基づいて,食塩濃度が8.13~8.21w/w%又は8.32~8.50w/w%において,調味料・酸味料を添加せず,カリウム濃度を上限値の3.7w/w%とした場合に,塩味が3以上,苦みが3以下,総合評価が○以上という評価が得られ,本件発明1の課題が解決できることを,直ちに認識することができないことは,前記(イ)c 及びd のとおりである。
 そうすると,更に食塩濃度を7.0w/w%まで下げた場合において,塩味が3以上,苦みが3以下,総合評価が○以上という評価が得られることを,表2及び表3に基づいて合理的に推認できないことは明らかである。
(エ) 小括
 以上によれば,本件発明1のうち,少なくとも食塩が7w/w%である減塩醤油について,本件出願日当時の技術常識及び本件明細書の記載から,本件発明1の課題が解決できることを当業者は認識することはできず,サポート要件を満たしているとはいえない。 」

【コメント】
 特許の無効審判の不成立審決に対する審決取消訴訟の事案です。そして,珍しく,サポート要件違反であるとして,逆転で審決が取り消されております。

 クレームは以下のとおりです。

【請求項1】食塩濃度7~9w/w%,カリウム濃度1~3.7w/w%,窒素濃度1.9~2.2w/v%であり,かつ窒素/カリウムの重量比が0.44~1.62である減塩醤油。
 
 醤油という,食品ですので,官能検査も重要であり,しかも数値限定発明です。
 
 この清水部長の合議体では, 特段規範を示していませんが,あてはめの部分からは,パラメータ事件の判決であるものと推測されます。
 
 さて,ポイントですが,あてはめなどに先立つ,下記の記載がポイントのように思えます。
 
 明細書には,基準として,
【0027】
〔塩味の指標〕
1:減塩醤油と同等(食塩9w/w%相当)
2:減塩醤油とレギュラー品(通常品)(食塩14w/w%相当)の中間位
3:レギュラー品(通常品)に比べ若干弱い
4:レギュラー品(通常品)と同等
5:レギュラー品(通常品)よりも強い
【0028】
〔苦みの指標〕
1:なし
2:ごくわずかに感じる
3:わずかに感じる
4:感じる
5:強く感じる
【0029】
〔総合評価の判断基準〕
◎:塩味があり,かつ苦味及び異味がない
○:塩味が3以上で,かつ苦みが3以下であり,更に次の何れかに当てはまるもの
・塩味がやや弱く,苦味及び異味が少ない
・塩味がやや弱く,苦味及び異味がない
・塩味があり,苦味及び異味が少ない
△:塩味が3以上,かつ苦味が3以下であるが,異味がある
×:塩味が弱く,かつ/又は苦味・異味がある
」という基準があったようです。
 つまり,数値の基準は,一応数値ですが,通知表の五段階評価同様,まあざっくりこれくらい,という程度のものだったのです。
 
 
 ところが,それをマスでの評価にした際などには,何故か通常の数値と同様,平均等していたようです。このような点を以下のとおり判旨では指摘しております。

ウ 課題と官能評価との関係
(ア) 本件発明1に相当する実施例(実施例1~11)は全て,塩味が3以上,苦みが3以下,総合評価が○以上であり,他方,本件発明1から外れるもの(比較例1~25,実施例26,27)は,塩味,苦み,総合評価のいずれかが前記の官能評価を下回っている。
 そうすると,本件発明1の課題における「食塩濃度が低い(7~9w/w%)にもかかわらず塩味があり,カリウム含量が増加した場合の苦みが低減でき,従来の減塩醤油の風味を改良した」とは,具体的には,「官能評価により,食塩14w/w%相当のレギュラー品(通常品)に比べ若干弱いかそれ以上の塩味であり(塩味3以上),苦みはあったとしてもわずかに感じる程度であり(苦み3以下),かつ,異味が少ないという評価(総合評価○以上)がされること」を意味するものと解される。
(イ) したがって,本件発明1が当該発明の課題を解決できることを,認識できるというためには,本件発明1に係る減塩醤油が,官能評価の結果,塩味と苦みについて上記値を満たし,総合評価においても上記評価をされるものと認識できることが必要である。
(ウ) なお,本件明細書の表1及び表3における官能評価の塩味に関する基準は,食塩濃度9w/w%相当の従来の減塩醤油と同等な場合を「1」,食塩濃度14w/w%相当のレギュラー品と同等な場合を「4」とし,減塩醤油とレギュラー品の中間位を「2」,レギュラー品よりも若干弱い場合を「3」,レギュラー品よりも強い場合を「5」としている(【0027】)。そして,官能評価は10名のパネラーの評価を平均した上で,0.5単位の近似値を算出したものと解されるが(【0026】,【0030】,【0035】参照),上記1から5までの指標は,醤油における食塩濃度又はそれに応じた塩味の程度に正比例した数値となっていない。また,5については塩味がレギュラー品と比較してどの程度強いかにかかわらず,一律5と評価されるため,塩分濃度に換算すると上限のない幅のある範囲に相当する数値といえる。さらに,食塩濃度が9w/w%相当の従来の減塩醤油よりも低い場合の塩味の指標は決められておらず,食塩濃度7w/w%相当の場合の塩味の評価も,食塩濃度9w/w%相当の減塩醤油より若干塩味を感じない場合の塩味の評価もどのように行うのか不明である。加えて,食塩濃度7~9w/w%の間の減塩醤油の塩味が数値上区別されるか否か,1に達していないと感じたパネラーの評価がパネラーの平均値算出時にどのように反映されているかも,不明である
 
 そして,上記の判旨のとおり,多数のパラメータのどれを動かすとどのようになるかということが当業者に分かるようにはなっておらず,明細書記載に穴ぼこが存在すると判断されたようです。

 化学の分野では昔からよくあるサポート要件違反のパターンと言え,この結論はなかなか覆すのが難しいように思えます。

 
 
 


2016年10月21日金曜日

侵害訴訟 著作権 平成28(ネ)10041  知財高裁 控訴一部認容(請求一部認容)


事件番号
事件名
 著作権侵害差止等請求控訴事件
裁判年月日
 平成28年10月19日
裁判所名
 知的財産高等裁判所第4部
裁判長裁判官 髙 部 眞 規 子
裁判官 古 河 謙 一
裁判官 鈴 木 わ か な

「(1) 著作権の利用主体について
本件店舗において,1審原告管理著作物を演奏(楽器を用いて行う演奏,歌唱)をしているのは,その多くの場合出演者であることから,このような場合誰が著作物の利用主体に当たるかを判断するに当たっては,利用される著作物の対象,方法,著作物の利用への関与の内容,程度等の諸要素を考慮し,仮に著作物を直接演奏する者でなくても,ライブハウスを経営するに際して,単に第三者の演奏を容易にするための環境等を整備しているにとどまらず,その管理,支配下において,演奏の実現における枢要な行為をしているか否かによって判断するのが相当である(最高裁昭和59年(オ)第1204号同63年3月15日第三小法廷判決・民集42巻3号199頁,最高裁平成21年(受)第788号同23年1月20日第一小法廷判決・民集65巻1号399頁等参照)
(2) 1審被告らの演奏主体性について
 前記1の認定事実(引用に係る原判決の「事実及び理由」の第4の1(1)ないし(3))のとおり,本件店舗は,ライブの開催を伴わずにバーとして営業する場合もあるものの,ライブの開催を主な目的として開設されたライブハウスであり,本件店舗の出演者は,1審被告Y2も含め,1審原告管理著作物を演奏することが相当程度あり,本件店舗においては,1審原告管理著作物の演奏が日常的に行われている(なお,1審被告らは,平成28年4月8日,本件店舗の運営方針をバー営業を主とするものに改めたとして,今後は,演奏者が1審原告との間で個別の許諾を得ない限り,1審原告管理著作物の演奏を認めない方針である旨出演予定者に告知しているが,後記7(2)のとおり,同日以降も,1審原告管理著作物の演奏がされている。)。
 また,前記1の認定事実(引用に係る原判決の「事実及び理由」の第4の1(1)ないし(3))のとおり,1審被告らは,共同して,ミュージシャンが自由に演奏する機会を提供するために本件店舗を設置,開店したこと,本件店舗にはステージや演奏用機材等が設置されており,出演者が希望すればドラムセットやアンプなどの設置された機材等を使用することができること,本件店舗が,出演者から会場使用料を徴収しておらず,ライブを開催することで集客を図り,ライブを聴くために来場した客から飲食代として最低1000円を徴収していることからすれば,本件店舗は,1審原告管理著作物の演奏につき,単に出演者の演奏を容易にするための環境等を整備しているにとどまるものではないというべきである。
 そして,1審被告Y1は,本件店舗の経営者である。また,前記1の認定事実(引用に係る原判決の「事実及び理由」の第4の1(1)ないし(3)及び(5))のとおり,1審被告Y2は,自らを本件店舗の経営者と認識しているものではないものの,①本件店舗の開店・運営のための資金を提供し,本件店舗の賃貸借契約の連帯保証人となり,本件店舗に自らを契約者とする固定電話を設置し,自らのバンド名を本件店舗の名称として使用することを決定し,ミュージシャン仲間らとともに,本件店舗に無償で,ライブに不可欠な音響設備等を提供するなど,本件店舗の開店に積極的に関与したこと,②また,本件店舗の開店前には20組ほどのバンドやグループなどのミュージシャン仲間にライブバーが開店することを伝えて出演するよう声をかけ,本件店舗開店当初は単独でブッキング(電子メール等で出演申込みを受け付ける業務)を行っていたこともあり,さらに,自らのブログ等において本件店舗や本件店舗のライブの宣伝活動をし,本件店舗のアルバイト募集の記事,本件店舗におけるライブの様子を紹介する記事等を掲載するなどしているほか,本件店舗のチラシを1審被告Y2の所属するロックバンドの所属事務所が印刷しているのであって,本件店舗の経営に積極的に関与していること,③本件店舗が,出演者に自由に演奏させるという1審被告Y2の意思に沿った運営をしていること,④さらには,本件調停において,1審被告Y2は,平成24年6月11日以降の使用料については演奏した作品に分配される仕組みを採りたいと述べ,「社交場利用楽曲報告書」に記載をして演奏楽曲を報告すること及び「積算算定額による包括許諾契約」によって支払をする旨述べたり,「社交場利用楽曲報告書」への記載のあり方について1審原告と折衝したりするなど,自ら本件店舗のライブを主催する者として振る舞っていたことからすれば,1審被告Y2においても,1審被告Y1とともに,本件店舗の共同経営者としてその経営に深く関わっていることが認められる。これらの事実を総合すると,1審被告らは,いずれも,本件店舗における1審原告告管理著作物の演奏を管理・支配し,演奏の実現における枢要な行為を行い,それによって利益を得ていると認められるから,1審原告管理著作物の演奏主体(著作権侵害主体)に当たると認めるのが相当である。」

「1審被告らは,自ら制作したオリジナル曲を演奏することは,1審原告に著作権管理を信託している著作者自身が許諾しているのであるから,不法行為に当たらないと主張する。
 しかし,前記1の認定事実(引用に係る原判決の「事実及び理由」の第4の1(7)イ)のとおり,1審原告と著作権信託契約を締結した委託者は,その契約期間中,全ての著作権及び将来取得する全ての著作権を,信託財産として1審原告に移転しているから,1審原告管理著作物の著作権者は,1審原告である。そうすると,利用者が誰であっても,1審原告の許諾を得ずに1審原告管理著作物を利用した場合には,当該利用行為は著作権侵害に当たるといわざるを得ない。
 このことは,著作権信託契約約款11条が,自作曲の自己利用に関し,著作物の関係権利者の全員の同意を得た自己利用(委託者がその提示につき対価を得る場合を除く。)については,あらかじめ受託者の承諾を得て,管理委託の範囲についての留保又は制限をすることができると定めていることからも,裏付けられるところである。
 以上のとおり,演奏者が1審原告に著作権管理を信託した楽曲を演奏する場合であっても,1審原告の許諾を得ない楽曲の演奏が,1審原告の著作権侵害に当たることは明らかであり,1審原告には使用料相当額の損害の発生が認められるから,著作権侵害の不法行為が成立する。」

【コメント】
 著作権の事件の紹介は久々かもしれません。

 さて,この事件は,その昔のカラオケ法理(本件でも引用されています。もう一つの判決は,「枢要な行為」でおなじみのロクラクⅡ事件です。)での経過事実と,似たような事件です。

 ただし,登場人物が有名人なわけです。この判旨で言うY2さんがミュージシャンのファンキー末吉さんのようですね。

 控訴審ということで,一審は,東京地裁平成25年(ワ)第28704号(平成28年3月25日判決)です。
 一審判決から半年くらいでの判決ですので, 結論が大きく変わる所はありません。ただし,時間が経過したため,損害賠償額が大きくなっております。

 上記のとおり,事実認定上,法上は,こうならばこうだろうとしか言いようのない話です。
 被告の方は,色々主張して,確かにJASRACの不実な所は垣間見えるわけです。しかし,だからと言って使用料を払わないで済むかというとそうではありません。

 裁判所の裁判官は,潔癖症というか何というか,そのような廉潔性を非常に気にしますので,払ってない以上,このような結論になるのは致し方ない所です。

 ですが,こうなると被告としてももはや戦い続けるしかないわけで,最高裁に行くのは確実でしょう(最高裁が受理するかどうかは別の問題と思えますが。)。それが被告や,JASRACにとっても,良いことかどうかはわかりません。最高裁でも和解はできますので,そうなることがベストに思えます。

2016年10月19日水曜日

審決取消訴訟 特許 平成27(行ケ)10251  無効審判 不成立審決 請求棄却

事件番号
事件名
 審決取消請求事件
裁判年月日
 平成28年10月12日
裁判所名
 知的財産高等裁判所第2部
裁判長裁判官 清水 節
裁判官 中村 恭
裁判官 森岡礼子

「(2) 本件発明1と甲1発明の相違点の容易想到性について
ア 本件発明1と甲1発明の相違点について
 本件発明1と甲1発明とを対比すると,審決が認定したとおり,前記第2の4(1)イの【一致点】記載の点で一致し,同【相違点】(1-ⅰ)及び(1-ⅱ)記載の点で相違する。
 すなわち,本件発明1と甲1発明とは,ステロイド環構造の20位炭素原子に水酸基(-OH)が結合した化合物(以下「20位アルコール」という。)に脱離基を有する側鎖形成試薬を反応させてエーテル結合を形成させる反応(ウィリアムソン反応)である点で一致するが,脱離基を有する側鎖形成試薬における脱離基以外の構造(相違点1-ii)及び反応により得られる化合物の側鎖部分構造(相違点1-i)が,本件発明1は「2,3-エポキシ-3-メチル-ブチル基」であるのに対し,甲1発明は「-CH2-CH2-CH=CH2」である点で相違する(下図参照)。
 
 
イ 動機付けについて
(ア) 原告は,甲1発明に甲2の試薬を組み合わせることにより,本件発明1に係る構成を容易に想到することができる旨を主張しているところ,甲1発明の試薬は,本件発明1の試薬である甲2の試薬とは異なるから,甲1発明から本件発明1に想到するには,甲2の試薬を甲1発明の試薬に代えて使用する動機付けが必要となる。
 そこで,以下検討する。
・・・前記によれば,甲4には,本件優先日当時,OCTの製造方法において,当初用いられていた甲1発明を第一工程とするOCTの製造方法には,アルコール(8)の水酸基の立体障害に起因する反応性の低さから,アルコール(8)のアルキル化の際に副生成物(9)を生成するという欠点があったため,アルコール(8)のアルキル化反応を数十系統の反応で検討した結果,Michael付加反応-メチル化反応を経由する改良法が開発されたものの,そのメチル化反応においても大量合成に不利な点があることから,更なる改良が検討されていたのであって,OCTの製造方法における第一工程である甲1発明において,効率的な反応経路を探索するという課題があったことが記載されていると認められる。
・・・(ウ)a(a) 前記認定事実((イ)a)及び弁論の全趣旨によれば,甲1に記載されたOCTの製造方法については,出発物質,試薬,反応過程につき,他のより効率的な製造方法を探索するという課題があったことが認められ,甲1発明は,OCTの製造方法における第一工程であるから,OCTの製造方法の一工程である甲1発明においても,他のより効率的な反応経路を探索するという課題があったことが認められる。
 しかしながら,前記(イ)aのとおり,甲4には,甲1発明の出発物質であるアルコール(8)のアルキル化反応を数十系統の反応で検討した結果,Michael付加反応-メチル化反応を経由する改良法が開発されたものの,大量合成に不利な点があるから,更なる改良が検討されていることが記載されているのであって,アルコール(8)のアルキル化反応が数十系統検討されたが,大量合成に有利な反応経路は開発できなかったことが記載されているといえる。
 また,甲1の記載中には,甲1発明の出発物質は替えずに,試薬のみを替えることを示唆する記載や,甲2の試薬についての記載はないから,甲1発明において試薬のみを甲2の試薬に替えることは全く示唆されていない。
(b) 甲1には,甲1発明の出発物質に,甲2のようなエポキシ基を有する試薬をエポキシ基を保持したまま反応させて合成されるエポキシ中間体を合成し,これを経てOCTを製造する方法についても,記載がない。
 甲4及び14には,前記(イ)c及びdのとおり,エポキシエーテル化合物を合成した上,エポキシ基の開環により,水酸基を得ることが記載されているが,いずれも,側鎖に二重結合を有する化合物を合成した上,これを酸化してエポキシ基とし,当該エポキシ基を開環して水酸基を形成する一連の化合物の製造方法の一工程であり,エポキシ基を有する試薬を出発物質と反応させ,当該エポキシ基の開環により水酸基を得るという一連の化合物の製造方法の一工程として記載されているわけではない。そして,甲4及び甲14には,甲1の本件エポキシエーテル化合物を得る工程を経るOCTの製造方法は記載されておらず,二重結合を有する化合物を合成した上,これを酸化してエポキシ基とするという各工程とは関係なく,エポキシ基を開環して水酸基を形成する工程のみを取り出して,そのエポキシ基を有する試薬をエポキシ基を保持したまま他の化合物と反応させた後,その次の工程として適用することを前提に,エポキシ基を有する試薬を,エポキシ基を保持したまま他の化合物と反応させることにつき,記載も示唆もない。
 そうすると,エポキシ基の開環反応によってアルコールを合成する方法が技術常識であること(甲9)を考慮しても,甲1発明につき,前記課題を解決するための手段として,エポキシ中間体を経由する反応経路を探索する動機付けはなく,エポキシ基を有する甲2の試薬を特に適用する動機付けもない。
b 次に,前記(イ)bのとおり,甲2には,メタノール,エタノール,プロピルアルコール,イソプロピルアルコール,ブタノール等のアルコール類を,エポキシ基を有する甲2の試薬と反応させてエポキシエーテル化合物を製造する方法が記載されているものの,ビタミンD構造又はステロイド環構造若しくはそれらと類似の構造を有するアルコール類を用いることについては,記載も示唆もない。
 また,前記(イ)bのとおり,甲2には,ブタノールと甲2記載の試薬とを反応させて得られる4-ブトキシ-2-メチル-2,3-エポキシブタンを,還元してエポキシ基を開環し,4-ブトキシ-2-メチル-2-ブタノールを製造する方法が記載されているが,4-ブトキシ-2-メチル-ブタノールの部分構造がOCT側鎖と共通するとしても,甲2には,OCTの製造方法について記載も示唆もないのであって,上記記載から直ちに,OCTの製造方法における第一工程である甲1発明において,甲2の試薬を適用することが示唆されるわけではない。
 そうすると,甲1発明において,甲1発明の出発物質と反応する試薬として,1-ブロモ-3-ブテンに替えて,甲2の試薬を適用する動機付けがあるとはいえない。・・・

ウ 構成の容易想到性について
 前記(1)イのとおり,甲1発明は,OCTを製造する方法における工程の第一工程であり,前記イ(イ)aのとおり,甲1発明を第一工程とするOCTの製造方法には,効率的な反応経路を探索するという課題があったところ,OCTの製造方法の工程における中間物質としてどのような化合物を選択するかと,当該化合物を得る反応として,どのような化合物を反応させるかは,当該化合物を得るための反応が想到できなければ,当該化合物を経てOCTを製造すること自体を断念せざるを得ないという意味で関連している。したがって,何段階もの工程を含む一連の工程の一部の反応に係る発明の容易想到性を判断するに当たっては,その中間物質の選択の容易想到性と当該中間物質を得るための反応の容易想到性を,これらの工程を含む一連の工程全体を設計するという見地から,検討すべきであり,当業者が,エポキシ基の開環という基本的知識を有しており,OCTの前駆物質として,エポキシ基を有する中間物質を想到し得たとしても,エポキシ基を開環させる工程とエポキシ基を有する中間物質を合成する工程を全く無関係なものとして,各別にその容易想到性を検討することは相当でない。
 前記イ(ウ)a(b)のとおり,甲1には,甲1発明の出発物質に,甲2のようなエポキシ基を有する試薬をエポキシ基を保持したまま反応させて合成されるエポキシ中間体を合成し,これを経てOCTを製造する方法について,記載がなく,甲4及び14には,エポキシ基を有する試薬を他の化学物質と合成し,当該エポキシ基の開環により水酸基を得るという一連のOCTの製造方法が記載されているわけではないのであって,エポキシ基を開環して水酸基を形成する工程のみを取り出して,エポキシ基を有する試薬をエポキシ基を保持したまま他の化合物と反応させた後,その次の工程として適用することを前提に,エポキシ基を有する試薬を,エポキシ基を保持したまま他の化合物と反応させることにつき,記載も示唆もない。エポキシ基の開環反応によってアルコールを合成する方法が技術常識であることを考慮しても,甲1発明につき,エポキシ中間体を経由する反応経路を探索する動機付けはない。当業者が,エポキシ基を開環するという基本的知識を有していたとしても,OCTのより効率的な製造方法としての一連の工程として,エポキシ基を有する試薬をエポキシ基を保持させたまま甲1発明の出発物質と反応させて,エポキシ中間体を経由する反応経路を探索することが容易に想到できたということはできない。
 したがって,エポキシ基が開裂する付加反応が生じる可能性についての当業者の認識を検討するまでもなく,前記イのとおりであって,本件発明1の容易想到性は,認められない。」
 なお,OCTとは,「最終目的物である1α,25-ジヒドロキシ-22-オキサビタミンD3(マキサカルシトール。以下「OCT」という。) 」のことです。

【コメント】
 この事件で問題となった特許は, 名称を「ビタミンDおよびステロイド誘導体の合成用中間体およびその製造方法」とする発明で特許第3310301号です。

 何かというと,知財高裁の大合議で,シスとトランスの違いは,均等だと判示したマキサカルシトール事件と同じ特許です。
 
 それについて,実施者側から無効審判が請求され,それが不成立審決で終わったため,今度は審決取消訴訟となったものです。

 クレームは以下のとおりです。
【請求項1】(本件発明1)
下記構造を有する化合物の製造方法であって:

(式中,nは1であり;R1及びR2はメチルであり;W及びXは各々独立に水素又はメチルであり;YはOであり;そしてZは,式
のステロイド環構造,又は式

のビタミンD構造であり,Zの構造の各々は,1以上の保護又は未保護の置換基及び/又は1以上の保護基を所望により有していてもよく,Zの構造の環はいずれも1以上の不飽和結合を所望により有していてもよい)
(a)下記構造:

(式中,W,X,Y及びZは上記定義のとおりである)
を有する化合物を塩基の存在下で下記構造:

又は

(式中,n,R1及びR2は上記定義のとおりであり,そしてEは脱離基である)
を有する化合物と反応させて化合物を製造すること;並びに
(b)かくして製造された化合物を回収すること,
を含む方法。


 ちなみに,侵害訴訟で問題になったのは,上から3番めの構造,
 
でした。
 
 さて,本件での一致点・相違点は以下のとおりですが,冗長なので,相違点だけ。
【相違点】
(1-i)「

」の「A」に対応する部分構造が,
本件発明1では,「下記構造:

(式中,nは1であり;R1及びR2はメチルである)」であるのに対して,
甲1発明では,「-CH2-CH2-CH=CH2」である点

(1-ⅱ)「E-B」の「B」に対応する部分構造が,本件発明1では,
「下記構造:
又は

(式中,nは1であり;R1及びR2はメチル,Eは脱離基である)」(以下,上に示した化学構造を「2,3-エポキシ-3―メチル-ブチル基」という。)であるのに対して,甲1発明では,「-CH2-CH2-CH=CH2」である点

 ほんで,重要なのは,「相違点(1―ⅱ)における「E-B」の「B」構造を,「-CH2-CH2-CH=CH2」から,「2,3-エポキシ-3―メチル-ブチル基」にすることによって,相違点(1-i)における「A」も,必然的に,「-CH2-CH2-CH=CH2」から,「2,3-エポキシ-3―メチル-ブチル基」になる。
 そうすると,甲1発明において,相違点(1―ⅱ)の構成が満たされることで,必然的に,相違点(1-ⅰ)の構成も満たされることになる。
」ということです。

 これについては,審決は動機づけなしとしたわけです。
 そして,判決も基本,それでよしとしたわけです。
  で,判決の理解は,上記の判示中も引用しましたが,図がわかりやすいと思えます。つまりエーテル結合の側鎖を形成する反応に使う側鎖形成試薬が異なるわけです。 

 この違いについて,判決も,側鎖形成試薬を副引例のものに変え,主引例について,本件発明のとおりにする示唆等がなく,動機づけできないとしたのです。

 これは,技術分野が化学ということも大きいとは思います。原告としては,似たようなこれもあるあれもあると主張していますが,そうそう当業者が知っていたとか予測できたとは言えないとして,退けられています。

 ですので,この結論については致し方ない所です。それ故,実施者としては,もっと似ている引用発明を探すか,今現在上告受理申立てにかかっている侵害訴訟の事件について祈るか,どちらかではないでしょうか。