2016年10月24日月曜日

審決取消訴訟 特許 平成26(行ケ)10155  無効審判 不成立審決 請求認容

事件番号
事件名
 審決取消請求事件
裁判年月日
 平成28年10月19日
裁判所名
 知的財産高等裁判所第2部
裁判長裁判官清水 節
裁判官片岡早苗
裁判官古庄 研 
 
「(ウ) 食塩濃度の下限値である7w/w%の場合に,本件発明1の課題を解決できることを当業者が認識できるか
 本件発明1が課題を解決できると認識できるといえるためには ,食塩濃度7~9w/w%の全範囲にわたって,上記課題が解決できると認識できることが必要であるところ,食塩濃度が下限値の場合が,食塩による塩味を最も感じにくく,課題解決が最も困難であることは明らかであるから,食塩濃度が下限値の7w/w%である場合について検討する。
a 表1に基づく検討
(a) 前記(イ)のとおり,本件明細書の実施例・比較例から,食塩濃度を9.0w/w%から減少させた場合に,調味料・酸味料を添加しない状態で,塩味がどの程度低下するのかを把握することはできない
 そうすると,食塩濃度9.0w/w%,カリウム濃度が上限値の3.7w/w%である実施例7,9及び11(塩味5,苦み3,総合評価○)から,食塩濃度を低くして7.0w/w%とした場合に,塩味が5という評価からどの程度まで低下するのかを把握することはできず,窒素濃度と窒素/カリウムの重量比を調節しても,塩味が3以上となるものと推認することはできない。
(b) 本件明細書の表1において,比較例14,実施例3,4,5,6,9をみると,食塩濃度9.0w/w%,窒素濃度2w/v%付近の場合に,カリウム濃度が下限付近の1.1w/w%から上限の3.7w/w%まで増加すると,カリウム濃度の増加に依存して,塩味が3から5と向上している。
 しかしながら,本件明細書には,当業者において,カリウム濃度の増加(1.1w/w%→3.7w/w%)による塩味の向上が,食塩濃度の減少(9.0w/w%→7.0w/w%)による塩味の低下を補うに足りるものであることを認識するに足りる記載はないし,このことが技術常識であることを示す証拠も見当たらない。
 そうすると,食塩濃度が9.0w/w%,カリウム濃度が下限値に近い1.1w/w%である実施例3(窒素濃度1.99w/v%,窒素/カリウムの重量比1.62,塩味3,苦み1,総合評価○)において,食塩濃度を7.0w/w%に下げても,カリウム濃度を上限値の3.7w/w%まで増加させれば,塩味が3以上,苦みは3以下となり,総合評価も○となるものと,推認することはできない。
(c) その他本件明細書の表1の実施例・比較例を検討しても,食塩濃度7.0w/w%の場合に,塩味が3以上,苦みが3以下,総合評価が○以上という評価が得られ,本件発明1の課題を解決できることを認識することができる記載は認められない。
b 表2及び表3に基づく検討
 表2及び表3記載の各実施例に基づいて,食塩濃度が8.13~8.21w/w%又は8.32~8.50w/w%において,調味料・酸味料を添加せず,カリウム濃度を上限値の3.7w/w%とした場合に,塩味が3以上,苦みが3以下,総合評価が○以上という評価が得られ,本件発明1の課題が解決できることを,直ちに認識することができないことは,前記(イ)c 及びd のとおりである。
 そうすると,更に食塩濃度を7.0w/w%まで下げた場合において,塩味が3以上,苦みが3以下,総合評価が○以上という評価が得られることを,表2及び表3に基づいて合理的に推認できないことは明らかである。
(エ) 小括
 以上によれば,本件発明1のうち,少なくとも食塩が7w/w%である減塩醤油について,本件出願日当時の技術常識及び本件明細書の記載から,本件発明1の課題が解決できることを当業者は認識することはできず,サポート要件を満たしているとはいえない。 」

【コメント】
 特許の無効審判の不成立審決に対する審決取消訴訟の事案です。そして,珍しく,サポート要件違反であるとして,逆転で審決が取り消されております。

 クレームは以下のとおりです。

【請求項1】食塩濃度7~9w/w%,カリウム濃度1~3.7w/w%,窒素濃度1.9~2.2w/v%であり,かつ窒素/カリウムの重量比が0.44~1.62である減塩醤油。
 
 醤油という,食品ですので,官能検査も重要であり,しかも数値限定発明です。
 
 この清水部長の合議体では, 特段規範を示していませんが,あてはめの部分からは,パラメータ事件の判決であるものと推測されます。
 
 さて,ポイントですが,あてはめなどに先立つ,下記の記載がポイントのように思えます。
 
 明細書には,基準として,
【0027】
〔塩味の指標〕
1:減塩醤油と同等(食塩9w/w%相当)
2:減塩醤油とレギュラー品(通常品)(食塩14w/w%相当)の中間位
3:レギュラー品(通常品)に比べ若干弱い
4:レギュラー品(通常品)と同等
5:レギュラー品(通常品)よりも強い
【0028】
〔苦みの指標〕
1:なし
2:ごくわずかに感じる
3:わずかに感じる
4:感じる
5:強く感じる
【0029】
〔総合評価の判断基準〕
◎:塩味があり,かつ苦味及び異味がない
○:塩味が3以上で,かつ苦みが3以下であり,更に次の何れかに当てはまるもの
・塩味がやや弱く,苦味及び異味が少ない
・塩味がやや弱く,苦味及び異味がない
・塩味があり,苦味及び異味が少ない
△:塩味が3以上,かつ苦味が3以下であるが,異味がある
×:塩味が弱く,かつ/又は苦味・異味がある
」という基準があったようです。
 つまり,数値の基準は,一応数値ですが,通知表の五段階評価同様,まあざっくりこれくらい,という程度のものだったのです。
 
 
 ところが,それをマスでの評価にした際などには,何故か通常の数値と同様,平均等していたようです。このような点を以下のとおり判旨では指摘しております。

ウ 課題と官能評価との関係
(ア) 本件発明1に相当する実施例(実施例1~11)は全て,塩味が3以上,苦みが3以下,総合評価が○以上であり,他方,本件発明1から外れるもの(比較例1~25,実施例26,27)は,塩味,苦み,総合評価のいずれかが前記の官能評価を下回っている。
 そうすると,本件発明1の課題における「食塩濃度が低い(7~9w/w%)にもかかわらず塩味があり,カリウム含量が増加した場合の苦みが低減でき,従来の減塩醤油の風味を改良した」とは,具体的には,「官能評価により,食塩14w/w%相当のレギュラー品(通常品)に比べ若干弱いかそれ以上の塩味であり(塩味3以上),苦みはあったとしてもわずかに感じる程度であり(苦み3以下),かつ,異味が少ないという評価(総合評価○以上)がされること」を意味するものと解される。
(イ) したがって,本件発明1が当該発明の課題を解決できることを,認識できるというためには,本件発明1に係る減塩醤油が,官能評価の結果,塩味と苦みについて上記値を満たし,総合評価においても上記評価をされるものと認識できることが必要である。
(ウ) なお,本件明細書の表1及び表3における官能評価の塩味に関する基準は,食塩濃度9w/w%相当の従来の減塩醤油と同等な場合を「1」,食塩濃度14w/w%相当のレギュラー品と同等な場合を「4」とし,減塩醤油とレギュラー品の中間位を「2」,レギュラー品よりも若干弱い場合を「3」,レギュラー品よりも強い場合を「5」としている(【0027】)。そして,官能評価は10名のパネラーの評価を平均した上で,0.5単位の近似値を算出したものと解されるが(【0026】,【0030】,【0035】参照),上記1から5までの指標は,醤油における食塩濃度又はそれに応じた塩味の程度に正比例した数値となっていない。また,5については塩味がレギュラー品と比較してどの程度強いかにかかわらず,一律5と評価されるため,塩分濃度に換算すると上限のない幅のある範囲に相当する数値といえる。さらに,食塩濃度が9w/w%相当の従来の減塩醤油よりも低い場合の塩味の指標は決められておらず,食塩濃度7w/w%相当の場合の塩味の評価も,食塩濃度9w/w%相当の減塩醤油より若干塩味を感じない場合の塩味の評価もどのように行うのか不明である。加えて,食塩濃度7~9w/w%の間の減塩醤油の塩味が数値上区別されるか否か,1に達していないと感じたパネラーの評価がパネラーの平均値算出時にどのように反映されているかも,不明である
 
 そして,上記の判旨のとおり,多数のパラメータのどれを動かすとどのようになるかということが当業者に分かるようにはなっておらず,明細書記載に穴ぼこが存在すると判断されたようです。

 化学の分野では昔からよくあるサポート要件違反のパターンと言え,この結論はなかなか覆すのが難しいように思えます。