2016年11月30日水曜日

民事訴訟 特許  平成25(ワ)34182  東京地裁 請求棄却

事件名
 特許を受ける権利確認等請求事件
裁判年月日
 平成28年10月24日
裁判所名
 東京地方裁判所民事第29部
裁判長裁判官 嶋末和秀
裁判官 鈴木千帆
裁判官 天野研司

「 (1) 発明者の意義について
 特許を受ける権利は,原始的には,発明をした者(発明者)に帰属するところ,特許出願された発明の発明者とは,特許請求の範囲に記載された発明について,その具体的な技術手段を完成させた者をいう。ある技術手段を着想し,完成させるための全過程に関与した者が一人だけであれば,その者のみが発明者となるが,その過程に複数の者が関与した場合には,当該過程において発明の特徴的部分の完成に技術的に寄与した者が発明者となり,そのような者が複数いる場合にはいずれの者も発明者(共同発明者)となる。ここで,発明の特徴的部分とは,特許請求の範囲に記載された発明の構成のうち,従来技術には見られない部分,すなわち,当該発明特有の課題解決手段を基礎付ける部分をいう。なぜなら,特許権は,従来の技術では解決することのできなかった課題を,新規かつ進歩性を備えた構成により解決することに成功した発明に対して付与されるものであり(特許法29条参照),特許法が保護しようとする発明の実質的価値は,従来技術では達成し得なかった技術課題の解決を実現するための,従来技術には見られない特有の技術的思想に基づく解決手段を,具体的構成をもって社会に開示した点にあるから,特許請求の範囲に記載された発明の構成のうち,当該発明特有の課題解決手段を基礎付ける部分の完成に寄与した者でなければ,同保護に値する実質的な価値を創造した者とはいい難いからである(知財高裁平成18年(行ケ)第10048号同19年7月30日判決
参照)。
(2) 原告従業員Aⅰの情報(知見)について
 原告は,原告従業員Aⅰが本件知見①ないし④を有しており,これらを被告従業員等に提供したことから,同人が本件各発明の共同発明者の一人である旨主張する。
 しかし,以下に詳述するとおり,これらの知見は,公知技術にすぎないか,具体的な技術的裏付けを伴わない単なる願望ないし要望にすぎず,本件各発明の特徴的部分の着想から完成に至る過程への実質的関与と評価し得るものでないから,同人が本件各発明の共同発明者の一人であることを根拠付ける理由とはならない
(3) 本件発明1について
ア 本件発明1の目的及び効果並びに従来技術との関係について
 本件明細書1の段落【0004】及び【0008】の記載によれば,本件発明1は,α-GGよりも優れた保湿性を発揮する材料が求められていたこと,α-GGの従来の製造方法は,手間や時間がかかるなど大量生産に適さず,コストが高くなるという問題があったことに鑑みて,発明されたものであり,α-GG単独の場合よりも保湿性が向上し,大量生産も容易な糖組成物及びその製造方法を提供することを目的としたものであって,本件発明1によれば,α-GG単独の場合よりも保湿性が向上し,大量生産も容易な糖組成物及びその製造方法を提供できるとされている。
 他方,前記1の認定事実のほか,特表2005-532311号公報(乙4)によれば,本件出願1がされた平成22年5月10日より前である平成17年10月27日の時点において,GGを化学合成法によって製造することができること,化学合成法によるGGの製造の際,グルコースとグリセリンとを酸性触媒を用いて反応させること,GGを化学合成法により製造した場合,反応物中にグリセリンが残留すること,GG組成物を保湿剤として用いることについては,いずれも公知であったと認められる。
イ 本件発明1-1について
(ア) 本件発明1-1の特徴的部分について
 本件出願1の願書に添付した特許請求の範囲(平成25年12月24日付け手続補正書〔乙1〕による補正後のもの)の請求項1の記載によれば,本件発明1-1は,①α-GGとβ-GGとを45~75:15~25の質量比で含むこと(以下「構成①」という。),②当該糖組成物中に含まれる全糖の合計量に対するα-GGの割合が58.4~65.3質量%で,β-GGの割合が21.6~24.5質量%であること(以下「構成②」という。)を発明特定事項とするものである。
 そして,上記アで説示した本件発明1の目的及び効果並びに従来技術との関係に照らすと,本件発明1-1は,糖組成物の一種であるGG組成物を保湿剤とするに当たり,構成①及び構成②をともに充足するところの,α-GGとβ-GGの混合物からなるGG組成物を用いることによって,α-GG単独の場合よりも保湿性の向上を図ったことを特徴とするものというべきである(本件明細書1の段落【0008】,【実施例】〔【0031】以下〕)。
 そうすると,本件発明1-1は,構成①及び②が同発明特有の課題解決手段を基礎付ける部分であって,これらの構成が同発明の特徴的部分に当たり,同発明のその余の発明特定事項は,同発明の特徴的部分とは認めらない。
 もっとも,糖組成物中のα-GGとβ-GGの量的関係が構成②を充足する場合,当然に構成①を充足することになるから,本件発明1-1の特徴的部分を画定するのは,結局,構成②であるということになる。
(イ) 本件発明1-1の発明者について
 上記(ア)の本件発明1-1の特徴的部分を前提とし,原告従業員Aⅰが,当該特徴的部分における技術手段を着想し,かつ,特徴的部分の完成に至る過程に技術的関与した者といえるかについて検討する。
 そもそも,化学合成法によりGG組成物を製造することや化学合成法により得られるGG組成物について,原告従業員Aⅰが何らかの新規かつ具体的な知見を有していたことを裏付ける的確な証拠はない
 むしろ,前記1(1)で認定したとおり,原告が被告に化学合成法によるGG組成物の製造を依頼したのは,原告は,酵素法によりGG組成物を試作していたものの,コスト面での難点があり,他方で,原告が自ら化学合成法によってGG組成物を製造することは困難であったため,他社に化学合成法によりGG組成物を低価格で大量生産することを委託することとし,候補とした2社から被告を選択したという経緯があることからすると,原告従業員Aⅰは,化学合成法によりGG組成物を製造することについて,新規かつ具体的な知見を有していたものではなく,したがって,化学合成法により得られるGG組成物についても,新規かつ具体的な知見を有していたものではなかったと推認するのが合理的である。
 そして,本件明細書1の記載によれば,本件発明1-1における構成②の数値範囲は,実施例1ないし3により導き出されたものであることが認められるところ,前記1の認定事実によれば,これらの実施例は,いずれも被告従業員Aⅱを中心とする被告従業員等が実験的に導出し,その効果を確認したものであって,この過程に原告従業員Aⅰが実質的に関与したとみることはできない。
 そうすると,本件発明1-1の発明者ないし共同発明者と評価され得る者は,被告従業員Aⅱを中心とする被告従業員等のみであって,原告従業員Aⅰが同発明の共同発明者の一人であると認めることはできない。」

「3 争点(1)イ(原告は本件開発協力合意の定めに従って本件各発明について特許を受ける権利を被告と持分2分の1の割合で準共有するに至ったか)について
(1) 本件開発協力合意書6条の解釈について
 本件開発協力合意書6条は,前記前提事実(第2の2(3)イ)のとおり,「甲(判決注:原告)及び乙(判決注:被告)は,本開発に基づき,発明,考案,意匠の創作等の技術的成果が生じたときは,直ちに相手方に対して通知する。当該技術的成果の帰属,知的財産権を受ける権利,帰属及びその取扱い等については基本的に折半とするが,詳細につて(ママ)は別途協議するものとする。」と規定するところ,原告は,同条が,発明者が原告の従業者等であるか被告の従業者等であるかを問うことなく,各種グルコース誘導体に関する発明についての特許を受ける権利は,原告と被告とで折半する(すなわち,特許を受ける権利の共有持分各2分の1を原告と被告とが保有する)旨を規定したものであり,同規定により,本件各発明についての特許を受ける権利のうち持分2分の1の共有持分は,その発明者を問うことなく,原告が保有する旨主張する。
ア そこで検討するに,まず,上記規定の文理に従えば,技術的成果として発明が生じた場合の特許を受ける権利の帰属等は,原告と被告との間で,別途協議の上,その詳細について定めることとされているものと解され,したがって,「基本的に折半とするが」との点は,協議に際しての基本的な指針を定めたものにすぎないと解するのが相当であり,特許を受ける権利(共有持分)につき,協議結果に基づかない予約承継の合意をしたものではないと解するのが素直である。
 仮に,原告が主張するように,別途協議が成立しない限り,技術的成果としての発明に対する原告と被告との寄与の有無及び割合のいかんにかかわらず,当該発明について特許を受ける権利を原告と被告が持分2分の1の割合で準共有することをあらかじめ取り決めた(寄与割合が2分の1ずつでない場合につき,予約承継の合意をした)というのであれば,(別途協議が成立した場合に,当該協議結果によることは当然であるから)「詳細につて(ママ)は別途協議する」とわざわざ規定した理由を合理的に説明することができない。原告が主張するように,協議を行わなかった場合や協議を行ったが成立に至らなかった場合にまで,権利関係を変動させることまで意図していたというのであれば,「基本的に折半とするが,詳細につて(ママ)は別途協議する」とするのではなく,端的に,「別途協議して定めない限り,折半とする」とか,「折半とする。ただし,別途協議の上,これと異なる定めをすることを妨げない」などと規定してしかるべきである。
イ 次に,本件開発協力合意書6条後段において,「詳細につて(ママ)は別途協議する」との文言の前に「基本的に折半とするが,」との文言が置かれるに至った経緯をみるに,この点は,前記1でも認定したとおり,被告従業員等が作成・提案した合意書案では別途協議して定める旨の規定であったところ,原告従業員Aⅰが合意書修正案を作成した際に「基本的に折半とするが,」との文言を挿入したことによるものである。しかるに,原告従業員Aⅰは,同挿入を契約条件の大きな変更であるとは認識しておらず,被告従業員等に合意書修正案を送付した際のメール本文には,単に「ご確認いただきたくお願い致します」など記載するのみで,同挿入の意味するところ(原告の主張によれば,単に別途協議することを定めていたにすぎない合意書案6条が,協議結果に基づかない予約承継の定めに改められたことになるのであるから,同挿入は,契約条件に関する極めて重大な変更であることになる。)を何ら説明することなく,被告に合意書修正案の「確認」を促したにすぎないことからすれば(甲57,乙44,47,証人Aⅰ〔8,9,26,28頁〕),原告従業員Aⅰにおいても,同挿入は,被告従業員等から提案された合意書案に実質的な変更を加えるものではない旨認識していたものと認められる。そうすると,「基本的に折半とするが,」との文言の起草者である原告従業員Aⅰでさえ,別途協議が成立しない限り,技術的成果としての発明に対する原告と被告との寄与の有無及び割合のいかんにかかわらず,当該発明について特許を受ける権利を原告と被告が持分2分の1の割合で準共有することを定めたとの認識は有していなかったと認められるところであり,被告従業員等において,合意書修正案6条後段の規定をそのようなものとして理解し得なかったことは,明らかである。
ウ 上記に検討したところによれば,本件開発協力合意書6条後段の規定は,技術的成果として発明が生じた場合の特許を受ける権利の帰属等について,原告と被告との間の協議なしに,実体的な権利関係を変更することをあらかじめ定めたものと解することはできない。そして,原告と被告との間で本件各発明について特許を受ける権利の帰属等に関する協議が整わなかったことは明らかであるから,本件開発協力合意書6条後段の規定に基づいて,本件各発明について特許を受ける権利を原告が被告と持分2分の1の割合で準共有するに至ったと認める余地はないというべきである。
・・・
(2) 本件開発協力合意の対象となる「各種グルコース誘導体」の研究並びに開発業務にGGの研究・開発業務が含まれるか否かについて
 原告は,本件開発協力合意書1条が,開発協力合意の対象を「各種グルコース誘導体」とするところ,「各種グルコース誘導体」がGGを含む概念であることは明らかであるから,GGに関する本件各発明について,本件開発協力合意書6条後段の定めが適用される旨主張する。
ア そこで検討するに,前記1の認定事実によれば,本件開発協力合意に至るきっかけは,被告によるGG組成物の試作品が原告が想像していたよりも早く出来上がったため,従前,酵素法では効率よく製造することができなかった化合物(を主成分とする組成物)に関し,原告が被告に共同開発を持ちかけたことにあるといえる。他方で,原被告間には,既に,平成20年5月8日付けで,原告が指定する化合物(GG)を被告が製造することが可能か否かを検討するにあたり,原被告間で
取り扱われる情報等について定めた本件秘密保持契約が締結されていた。
 しかるところ,原告と被告とは,本件開発協力合意に際し,その契約期間の始期を,本件開発協力合意書の調印日ではなく,原告と被告との間の共同開発についての打合せの日である平成20年7月15日まで遡及させたが,本件秘密保持契約の契約期間の始期である同年5月8日までは遡及させなかったばかりか,本件秘密保持契約と本件開発協力合意とは,契約期間の満了日,契約期間終了後の秘密保持義務の期間,秘密を開示できる者の範囲などが異なるにもかかわらず,両者を調整する取り決めをすることなく,本件開発協力合意の後,本件秘密保持契約を2度にわたって延長していることが認められる。これらの事情は,仮に,本件開発協力合意の対象となる「各種グルコース誘導体」の研究並びに開発業務にGGの研究・開発業務が含まれるとすれば,本件開発協力合意と本件秘密保持契約との間に重大な齟齬があったにもかかわらず,これが放置されていたことを示すものであって,極めて不自然というほかない。
イ 次に,本件開発協力合意書が締結された時点における原告及び被告の状況について検討するに,もともとGG組成物については,●(省略)●の要求を充たす一定の仕様が求められ,安価に大量に製造できることが要求されていたところ,原告が●(省略)●の要求を基に被告に求めた仕様基準は,本件開発協力合意書が締結された時点において,被告の製造に係るGG組成物の試作品において既に達成され,これを安価に大量に製造できるか否かが検討されていたという段階にあった。
 したがって,本件秘密保持契約における「本検討」(製造することが可能か否か)の結果を受けて,原告が被告に製造を委託することを決定した場合には,別途製造委託契約書を締結することを予定していたものとしても何ら不合理とはいえない(なお,原告と被告の間のGGの取引に関し,「売買契約書案」のやりとりがあるとしても,契約書のタイトルを「製造委託契約」とするか,「売買契約」とするかは,具体的な取引の実情に応じて,適宜,選択されることにすぎず,本件秘密保持契約書が「売買契約」に言及していないことをもって,直ちにGG組成物の売買取引が本件秘密保持契約の想定した範囲に含まれないと評価すべきものではない。)。また,上記のとおり,安価に大量に製造できるか否かを検討する段階というのは,原告が酵素法では製造を効率よくできなかっ化合物をリストアップし,これについて,化学合成法により効率よく製造できるか否かを検討するという段階とは,質的に異なるとみることもでき,両者を別の段階のものとして,分けて契約を締結することにも,十分に合理性があると考えられる。
ウ さらに,次に挙げるような原告従業員等及び原告の関係者の言動からして,原告も,本件開発協力合意の対象にGGの研究・開発業務が含まれていなかったことを認識していたことがうかがわれるところである。
・・・
オ 以上の事情を総合すると,本件開発協力合意にいう「各種グルコース誘導体」という非常に広い概念に,形式的にはGGが含まれるとしても,GGの研究・開発業務を本件開発協力合意の対象として,原告及び被告が本件開発協力合意に至ったものと認めることは,困難というべきである。
(3) 小括
 以上のとおりであるから,原告が本件開発協力合意に従って本件各発明について特許を受ける権利を被告と持分2分の1の割合で準共有するに至ったということはできない。 」

【コメント】
 特許の話なのですが,特許権侵害の話ではなく,開発協力合意(本質は,ただの開発委託)が揉めて,問題となる特許の行方が論点になった事件です。

 経緯としては,ざっと以下のとおりです。
・平成20年4月14日 原告は,被告に対し,化学合成法によるGG組成物(本件で問題となっている化合物です。)の製造を依頼した。
・平成20年5月8日 原告と被告間で本件秘密保持契約が締結された。
・平成20年5月19日,原告は,被告から提供されたGG試作品の評価を行い,原告従業員Aⅲが,被告従業員Aⅱに対し,GG試作品の評価結果を報告した。
・平成20年6月25日 原告従業員等は,被告従業員等に対し,GG試作品についての●(省略)●の評価状況を報告し,色調,成分比率については問題がないこと,結論を得るには,更に二,三か月の検討期間を要すること,被告を第2又は第3のGGメーカーとして検討する模様であることなどを伝えた。
・平成20年8月27日 本件開発協力合意は,本件開発協力合意書8条により,上記締結日ではなく,共同研究開発の最初の打合せの日である同年7月15日に遡及して効力を生じさせた。
・平成22年5月10日,被告は,本件出願1をした。

 
 ということで,原告には,化学合成法によるGG組成物の量産の技術は無かったわけです(だからこそ,被告に依頼したわけです。)。
 
 このような場合,原告関係者が発明者となることは,基本ありません。それは判旨のとおりです。とは言え,世の中の力関係上,ゴリ押しが通ることもままあるというのもよく知られた事実ではあります。

 
 しかしながら,発明行為は事実行為と言っても,特許を受ける権利は譲渡できます。
 そのため,共同開発契約などで,兎に角(判旨にもあるとおり),「「別途協議して定めない限り,折半とする」とか,「折半とする。ただし,別途協議の上,これと異なる定めをすることを妨げない」などと規定してしかるべきである。」」なんて条項を入れればそれで済む話です(勿論,これも力関係のゴリ押しがあり得るところですので,独禁法上問題が有り,そのため公序良俗違反で無効なんてことも有りえます。)。

 ところが,今回は,そういう契約条項の詰めが甘く,裁判所からはこれでは折半になっていない等として,結局請求は棄却になってしまったわけです(あと,契約の対象でも無かったみたいな判示もされています。)。

 と書いていますが,諸手を挙げて裁判所,大賛成というわけではなく,上級審でひっくり返る可能性があることを一応指摘しておきましょう。契約文言の解釈は人によりけりですので。

 さて,こういう事件は非常に勉強になるのではないでしょうか。
 契約の詰めを厳しくすることは勿論なのですが,よくあるパターンだと思います。何についてよくあるパターンかと言いますと,上手く行った場合に揉めるパターンです。

 最初から躓いていますよね。NDAしか結んでおらず,口約束的に開発委託をしたということがそもそもの躓きの石です。

 他の会社にも粉かけていたため,後回し後回しになったのかもしれません。しかし,そんなことでは言い訳にはなりません。

 なお,発明者でない人物が発明者の欄に記載されていた場合,日本ではそれだけでは無効事由にはなりません。特許を受ける権利が適法に移転していればよいのですから。
 他方,アメリカではそのような場合,適法に特許を受ける権利が移転していても, fraudととられてしまう可能性があるようです。米国出願をやっている方は気をつけた方がいいですね。

2016年11月22日火曜日

侵害訴訟 特許  平成27(ワ)34732  東京地裁 請求棄却

事件番号
事件名
裁判年月日
 平成28年11月16日
裁判所名
 東京地方裁判所民事第29部
裁判長裁判官 嶋末和秀
裁判官 鈴木千帆
裁判官 天野研司 

「ア 構成要件Eの解釈について
(ア) 構成要件Eは,「前記機枠に設けられ前記支持ロッドを介して前記整地体を整地作業位置及び土寄せ作業位置に設定する整地体操作手段と,」と規定する。
 この点について,原告は,「整地作業位置」とは,「整地体が上下回動自在となり,整地作業に応じた状態」をいい,この「整地作業位置」及び「土寄せ作業位置」に「設定する」とは,支持ロッドをロックし,又はロック解除することにより,整地作業に応じた状態」や「土寄せ作業に応じた状態」になることをいうのであって,整地体の場所の移動を伴うことを要するものではないと主張し,また,「支持ロッドを介して」とは,支持ロッドが整地体操作手段と整地体との間にあるとの位置関係を特定したものであると主張する。
 これに対し,被告は,「整地作業位置」及び「土寄せ作業位置」への「設定」は,整地体が2つの異なる「位置」に設定される,すなわち,整地体の場所の移動を伴うことを要すると主張し,また,「支持ロッドを介して・・・設定する」とは,支持ロッドを介して何らかの作用が整地体に及ぼされることをいうと主張する。
(イ) そこで検討するに,特許発明の技術的範囲は,願書に添付した明細書の特許請求の範囲の記載に基づいて定められるべきである(特許法70条1項〔ただし,平成14年法律第24号による改正前の規定〕)。
 本件明細書の特許請求の範囲には,「前記整地体を整地作業位置及び土寄せ作業位置に設定する」(判決注:下線を付した。)と記載されているところ,「位置」とは,通常,「ある人・物・事柄が,他との関係もしくは全体との関係で占める場所,あるいは立場」という意義を有する(広辞苑第六版)のであるし,技術的意義を考慮するとしても,整地体は,整地作業をする際には,圃場を均すために圃場面に対して略平行になると考えられるのに対し,土寄せ作業をする際には,土をかき
寄せるために圃場面に対して垂直又はある程度の角度をもって接すると考えられるのであるから,「整地作業位置」と「土寄せ作業位置」とでは,整地体の「場所」が異なるものと解するのが自然である。
 また,本件明細書の特許請求の範囲には,「前記機枠に設けられ前記支持ロッドを介して前記整地体を整地作業位置及び土寄せ作業位置に設定する整地体操作手段」(判決注:下線を付した。)と記載されているところ,同記載は,文言の係り結びからして,「整地体操作手段が,支持ロッドを介して,整地体を各位置に設定する」旨を記載していると解される。そうすると,支持ロッドは,単に整地体操作手段と整地体との間に存在するというのみならず,整地体操作手段が整地体を各位置に設定するに際して,整地体操作手段からの作用を整地体に伝達する機能を果たしているものと解するのが自然である。
(ウ) 次に,特許請求の範囲以外の本件明細書の記載等を参照する(特許法70条2項〔ただし,平成14年法律第24号による改正前の規定〕)。
a 本件明細書の段落【0007】ないし同【0009】には,「整地作業位置」に関し,次の記載がある。
「【作用】本発明の農作業機の整地装置では,整地作業を行う場合には,スイッチをONしてモータを動作させると,このモータの正転方向の回転駆動により係合体が支軸を中心として回動され,この係合体の係合凹部が支持体の支軸から外れる方向に向かって回動され,この係合凹部が支持体の支軸から外れるとともに,この係合凹部の一側部にて支持体の支軸が押動される。」「そして,この支持体を有する回動体がブラケットの支軸を中心として回動され,この回動体の係合部が支持ロッドの先端部の係止突部から外れ,この支持ロッドのロックが解除され,この支持ロッドは支持体に対して軸方向に進退自在の状態になるが,この際,支持ロッドは先端部の係止突部が支持体に係止されることにより抜け止めされる。」「また,支持ロッドのロックが解除されることにより,この支持ロッドに支持された整地体は土寄せ作業位置から上下回動自在の整地作業位置に切替え設定される。」(判決注:下線を付した。)
b また,本件明細書の段落【0010】ないし同【0012】には,「土寄せ作業位置」に関し,次の記載がある。「土寄せ作業を行う場合には,スイッチをONしてモータを動作させると,このモータの逆転方向の回転駆動により係合体が支軸を中心として前記の場合とは反対方向に回動され,この係合体の係合凹部が支持体の支軸に向かって回動され,この係合凹部が支軸に係合されるとともに,この係合体にて支持体を有する回動体がブラケットの支軸を中心として前記の場合とは反対方向に連動されて復帰回動される。」「そして,この回動体の係合部が支持ロッドの先端部の係止突部に係合されるとともに,この回動体の係合部にて支持ロッドの係止突部が軸方向に向かって押動され,この支持ロッドが支持体に沿って押し戻され,この支持ロッドの係止突部がブラケットに当接されることにより,この回動体及び係合体にて支持ロッドがロックされる。」「また,支持ロッドがロックされることにより,この支持ロッドに支持された整地体は整地作業位置から土寄せ作業位置に切替え設定される。」(判決注:下線を付した。)
c 本件明細書には,「【図1】本発明の一実施例を示す農作業機の整地装置の側面図である。【図2】同上支持ロッドをロックした状態の整地体操作機構部の側面図である。【図3】同上支持ロッドのロックを解除した状態の整地体操作機構部の側面図である。」として,次の図面が記載されている。
 
d 本件明細書の上記記載等によれば,本件明細書は,「整地作業位置」について,支持ロッドのロックが解除され,整地体が上下に回動自在とはなるが,支持ロッドの先端部の係止突部が支持体に係止されることにより抜け止めされ,このために,特定の位置以降は,整地体の下方への回動は制限されるものと説明する一方,支持ロッドが押し戻されてロックされることにより,整地体は「土寄せ作業位置」に設定されると説明している。ここで,支持ロッドがロックされることにより整地体も回動しなくなるのであるから,支持ロッドが押し戻される場合には,整地体もこれに伴って移動するものと考えられる(特許請求の範囲の「支持ロッドを介して・・・設定する」との文言とも符合する。)。
 このことは,上記図面のうち,「支持ロッドをロックした状態」,すなわち,「土寄せ作業位置」に設定したときの「支持ロッド26」と「整地体14」の位置関係(【図1】の実線記載部分と【図2】参照)と,「支持ロッドのロックを解除した状態」,すなわち,「整地作業位置」に設定したときの「支持ロッド26」と「整地体14」の位置関係(【図1】の破線記載部分と【図3】参照)とを対照すればより明らかとなる。
e なお,原告は,本件明細書の上記記載部分などは,いずれも特許請求の範囲の請求項2記載の発明に関する記載であるとして,本件発明の技術的範囲の解釈に影響するものではないと主張するが,上記に認定した本件明細書の段落【0007】ないし同【0012】は,本件明細書で開示する発明(当然,本件発明を含むものである。)の【作用】欄として記載された部分の全てであり,特許請求の範囲の請求項2記載の発明についてのみ説明したものとは解されないし,本件発明について上記記載と異なる機序により作用を奏することをうかがわせるような記載は,本件明細書には見当たらない。また,本件明細書には,実施例がひとつしか記載されておらず,上記に認定した本件明細書の図面に記載されたものと異なる機序により作用を奏することをうかがわせるような記載は,やはり本件明細書には見当たらない。
 したがって,本件発明の特許請求の範囲の記載を解釈するに際して,本件明細書の段【0007】ないし同【0012】や図面を参酌することは,むしろ当然というべきである。
(エ) 特許請求の範囲を含む本件明細書の記載等の上記検討結果からすれば,構成要件E(「前記機枠に設けられ前記支持ロッドを介して前記整地体を整地作業位置及び土寄せ作業位置に設定する整地体操作手段と,」)は,整地体操作手段が整地体を整地作業位置及び土寄せ作業位置へ設定するに際して,整地体操作手段から支持ロッドに作用を及ぼし,この作用が整地体に伝達されることにより,整地体の場所が,異なる場所(「位置」)に移動することを規定しているというべきであり,かかる作用を及ぼすものが「整地体操作手段」に当たると解するのが相当である。
(オ) これに対し,原告は,「整地作業位置」とは「整地体が上下回動可能な状態となり,整地作業に応じた状態」と解すべきと主張し,これと「土寄せ作業位置」との設定に際して,整地体の場所の移動を伴うことを要するものではないと主張する。
 そもそも,特許請求の範囲に明確に「位置」と記載しているものを,あえて「状態」と読み替えるべき根拠は,本件明細書には見当たらないというべきである(原告が主張する段落【0003】は,発明が解決すべき課題に関する記載であって,本件発明が有する構成の説明ではないし,同【0009】及び同【0029】の記載は,整地体の場所の移動を伴うことを要するとの解釈と矛盾しないというべきである。)。
 ところで,本件明細書の段落【0012】は,「支持ロッドがロックされることにより,この支持ロッドに支持された整地体は整地作業位置から土寄せ作業位置に切替え設定される。」として,支持ロッドをロックすると,整地体が「土寄せ作業位置」に切替え設定されると明確に記載しているが,原告は,このように支持ロッドがロックされることにより設定された「土寄せ作業位置」にある整地体が,いかなる位置にあるかを具体的に主張していない。すなわち,原告の主張によれば,「土寄せ作業位置」とは,「整地体が整地作業に応じた状態」をいうのであろうが,本件明細書が「支持ロッドは先端部の係止突部が支持体に係止されることにより抜け止めされる」(段落【0008】)と記載する状態(すなわち,整地体が「整地作業位置」に設定された状態)から「整地体が整地作業に応じた状態」に設定される際に,整地体が移動するか否かについては何ら主張していない。
 しかし,「土寄せ作業に応じた状態」とは,土を寄せる作業を行うに適した状態ということであるから,整地作業を行う場合よりも,整地体が圃場面に対して垂直又はある程度の角度をもって接し,かつ,整地体が固定されている必要があると考えられるが,この場合の整地体の位置が,「整地体が上下回動自在となり,整地作業に応じた状態」の位置と一致するためには,「トラクタにより作業機全体を持ち上げ,整地体が自重により下方に回動したが,支持ロッドの先端部の係止突部が支持体に係止されることにより抜け止めされているために,又は整地体が圃場面に接しているために,これ以上整地体が下方へ回動しない位置」にあるときに支持ロッドがロックされ,ロックされた際の整地体の位置がロックする前の整地体の位置と変わらなかった,という場合を想定しなければならないが,本件明細書には,トラクタによる作業機全体の持上げ動作を含め,そのような場合を想定した記載は何らうかがわれない。
 そうすると,本件明細書の段落【0012】が,「支持ロッドがロックされることにより,この支持ロッドに支持された整地体は整地作業位置から土寄せ作業位置に切替え設定される。」と記載しているのは,やはり整地体の場所が移動していることを意味していると解するのが素直というべきであ る。
 したがって,原告の主張は採用することができない。 」

【コメント】
 トラクターの後ろなどに付ける整地装置の発明です。クレームは以下のとおりです。
 
A:ロータリー作業体を回転自在に設けた機枠と,
B:この機枠に設けられ前記ロータリー作業体の上方部を被覆したカバー体と,
C:前記ロータリー作業体の後方部に位置して前記カバー体に上下動自在に取着され前記ロータリー作業体にて耕耘された耕耘土を整地する整地体と,
D:この整地体を支持するとともに先端部に係止突部を有する支持ロッドと,
E:前記機枠に設けられ前記支持ロッドを介して前記整地体を整地作業位置及び土寄せ作業位置に設定する整地体操作手段と,
F:この整地体操作手段を駆動操作する正逆転用モータと,
G:このモータを制御する遠隔操作用のスイッチと,を具備し,
H:前記機枠は,トラクタに連結される連結マストを有し,
I:前記正逆転用モータは,前記連結マストに固着されたブラケットに固定されている
J:ことを特徴とする農作業機の整地装置。
 
 本件発明の図は,上記の判旨の中に現れています。
 
 
 さて,ポイントは,上記の構成要件Eの 「整地作業位置及び土寄せ作業位置」という文言のクレーム解釈です。
 
 最近は本当クレーム解釈が一番の問題になっていると思える事件が相次ぎます。

 今回は,原告は,文言を離れ,「位置」は状態を意味するのだ,と主張しました。他方,被告は,「位置」は位置でしょ,場所の話ですよ,と主張したわけです。
 このようなことからわかるとおり,被告製品は,ロッドを介しての整地体の位置が変わらない製品だったわけです。 

 そのため,原告としては,文言の「位置」よりも広いクレーム解釈を主張したわけです。他方,被告は文言とおりの解釈の主張です。
 
 そして,判決はどちらを支持したかというと,被告の方です。 
 判決は,「そもそも,特許請求の範囲に明確に「位置」と記載しているものを,あえて「状態」と読み替えるべき根拠は,本件明細書には見当たらないというべきである」と短く書いておりますが,これが最大のポイントでしょうね。
 
 普通の辞書的意味じゃない意味に捉える必要があるなら,どこかにそう書いていないと, 第三者に不測の不利益を生じさせます。あとで,そんな意味じゃなかった!とするのはやめてくれ,ということです。