2016年12月14日水曜日

侵害訴訟 特許  平成27(ワ)29158 東京地裁 請求棄却

事件名
 特許権侵害差止請求事件
裁判年月日
 平成28年12月7日
裁判所名
 東京地方裁判所民事第40部
裁判長裁判官 東 海 林 保
裁判官 廣瀬 孝
裁判官 勝 又 来 未 子 
 
「 2 争点(1)ア(構成要件B,F及びGの「緩衝剤」の充足性)について
(1) 本件発明における「緩衝剤」は,添加されたシュウ酸またはそのアルカリ金属塩をいい,オキサリプラチンが分解して生じたシュウ酸イオン(解離シュウ酸)は「緩衝剤」には当たらないと解することが相当である。理由は以下のとおりである。
(2)ア 化学大事典2(乙41)によれば,「緩衝剤」とは,「緩衝液をつくるために用いられる試薬の総称」をいうものとされており,広辞苑第六版(乙93)によれば,「試薬」とは「実験室などで使用する純度の高い化学物質」を意味するものとされている。また,広辞苑第六版(乙88)によれば,緩衝剤の「剤」とは「各種の薬を調合すること。また,その薬。」を意味するものとされているから,「緩衝剤」は,緩衝のために「調合された薬」をいうものと考えられる。ところが,解離シュウ酸は,「純度の高い化学物質」である「試薬」や「調合された薬」に当たるとは考えがたいから,解離シュウ酸は一般的な意味で「緩衝剤」とはいえないというべきである。
 さらに神戸薬科大学特別教授乙作成の意見書(乙80。以下「乙意見書」という。)によれば,緩衝剤は「緩衝作用を付与したい溶液に予め添加され,その溶液で生じる変化を緩衝作用によって緩和するためのもの」と解するのが化学分野の技術常識であると認められるから,「緩衝剤」が添加された物を指すと考えることは上記化学分野の技術常識に合致するといえる。
イ 次に,特許請求の範囲に記載された用語の意義は,明細書の記載を考慮して解釈するものとされているから(特許法70条2項),本件明細書の記載をみると,段落【0022】には「緩衝剤という用語は,本明細書中で用いる場合,オキサリプラチン溶液を安定化し,それにより望ましくない不純物,例えばジアクオDACHプラチンおよびジアクオDACHプラチン二量体の生成を防止するかまたは遅延させ得るあらゆる酸性または塩基性剤を意味する。」という記載があり,「緩衝剤」という用語の定義がされている。
 ここで,「緩衝剤」は,「酸性または塩基性剤」と定義されているところ,上記アのとおり,「剤」は「各種の薬を調合すること。また,その薬。」を意味するから,「酸性または塩基性剤」は「各種の薬を調合した酸性又は塩基性の薬」を意味すると解され,添加したものに限られると考えるのが自然である。
 そして,オキサリプラチンは,次式の反応によりジアクオDACHプラチンとシュウ酸に分解する(以下この反応を「本件可逆反応」という。)。

乙意見書及び星薬科大学教授丙作成の意見書(乙85の2。以下「丙意見書」という。)によれば,本件可逆反応は化学的平衡にあるが,平衡状態にあるオキサリプラチン水溶液にシュウ酸が添加されると,上記式の右から左へ向かう反応が進行し,新たな平衡状態が形成されることが認めら
れる。そして,新たな平衡状態においては,シュウ酸を添加する前の平衡状態と比べると,ジアクオDACHプラチンの量が少ないので,シュウ酸の添加により,オキサリプラチン水溶液が安定化され,不純物の生成が防止されたといえる。
 ところが,シュウ酸が添加されない場合には,オキサリプラチン水溶液の平衡状態には何ら変化が生じないから,オキサリプラチン溶液が,安定化されるとはいえない。
 したがって,本件明細書の段落【0022】に記載された「緩衝剤」の定義は,緩衝剤に解離シュウ酸が含まれることを意味していないというべきである。・・・

(4) そして,前記第2,2(8)イのとおり,被告各製品には「緩衝剤」たり得るシュウ酸又はそのアルカリ金属塩が添加されていないから,被告各製品は,構成要件B,F及びGを充足せず,本件発明の技術的範囲に属しない。
 なお,本件訂正において構成要件B及びFは訂正されていないところ,被告各製品は構成要件B及びFを充足しないから,仮に本件訂正が認められたとしても,被告各製品は,本件訂正発明の技術的範囲に属しない。」

【コメント】
  これもオキサリプラチンの特許(特許第4430229号)に関するものです。大合議に係属しているものとは別系統の特許です。
 
 40部の判決ですので,やはりこの前の事件の判決とほぼおなじです。 クレームも前の記事で見て下さい。
 
 要するに,自然に分解した解離シュウ酸も「緩衝剤」に当たるのか,それとも,添加されたシュウ酸またはそのアルカリ金属塩のみを言うのか,というクレーム解釈が論点です。
 
 そして,いつものとおり,添加されたシュウ酸またはそのアルカリ金属塩のみという結論です。
 
 さらに,またまとめますと,こんな感じです。
 
1 平成27(ワ)12416  46部 被告1 差し止めのみ 請求認容 原告寄りクレーム解釈
2 平成28(ワ)15355  29部 被告1 賠償請求のみ 請求棄却 被告寄りクレーム解釈
3 平成27(ワ)28468   40部 被告2 差し止めのみ 請求棄却 被告寄りクレーム解釈
4 平成27(ワ)12415   40部 被告3 差し止めのみ 請求棄却 被告寄りクレーム解釈
5 平成27(ワ)28699等 40部 被告4,5,6 差し止めのみ 請求棄却 被告寄りクレーム解釈 
6 平成27(ワ)29001  47部 被告7 差し止めのみ 請求棄却 被告寄りクレーム解釈
7 平成27(ワ)29158   40部 被告8 差し止めのみ 請求棄却 被告寄りクレーム解釈 
 
  そろそろ打ち止めかな。