2016年12月15日木曜日

侵害訴訟 特許   平成28(ネ)10031  知財高裁 控訴認容(請求棄却)


事件番号
事件名
 特許権侵害差止請求控訴事件
裁判年月日
 平成28年12月8日
裁判所名
 知的財産高等裁判所第3部
裁判長裁判官 鶴岡稔彦
裁判官 大西勝滋
裁判官 杉浦正樹
 
「2 本件発明の「緩衝剤」としての「シュウ酸」は,添加シュウ酸に限られるか,解離シュウ酸も含むか。
(1)特許請求の範囲の記載について
 特許発明の技術的範囲は,願書に添付した特許請求の範囲の記載に基づいて定めなければならない(特許法70条1項)から,まずは,「緩衝剤」の意義について,本件発明に係る特許請求の範囲の記載からみて,いかなる解釈が自然に導き出されるものであるかを検討する。
ア まず,本件発明に係る特許請求の範囲の記載によると,本件発明は,①「オキサリプラチン」(構成要件A),②「緩衝剤」である「シュウ酸またはそのアルカリ金属塩」(構成要件B,F)及び③「担体」である「水」(構成要件C,E)を「包含」する「オキサリプラチン溶液組成物」に係る発明であることが明らかである。そして,ここでいう「包含」とは「要素や事情を中にふくみもつこと」(広辞苑〔第六版〕)を意味する用語であるから,本件発明の「オキサリプラチン溶液組成物」は,上記①ないし③の3つの要素を含みもつものとして組成されていると理解することができる。すなわち,本件発明の「オキサリプラチン溶液組成物」においては,上記①ないし③の各要素が,当該組成物を組成するそれぞれ別個の要素として把握され得るものであると理解するのが自然である。
 しかるところ,本件特許の優先日当時の技術常識によれば,「解離シュウ酸」は,オキサリプラチン水溶液中において,「オキサリプラチン」と「水」が反応し,「オキサリプラチン」が自然に分解すること(前記第2の4(1)の(被控訴人の主張)記載の図のうち,平衡①に示された反応)によって必然的に生成されるものであり,「オキサリプラチン」と「水」が混合されなければそもそも存在しないものである(当事者間に争いがない。)。してみると,このような「解離シュウ酸」をもって,「オキサリプラチン溶液組成物」を組成する,「オキサリプラチン」及び「水」とは別個の要素として把握することは不合理というべきであり,そうであるとすれば,本件発明における「緩衝剤」としての「シュウ酸」とは,解離シュウ酸を含むものではなく,添加シュウ酸に限られると解するのが自然といえる。
イ 次に,「緩衝剤」の用語に着目すると,「剤」とは,一般に,「各種の薬を調合すること。また,その薬。」(広辞苑〔第六版〕・乙49)を意味するものであるから,このような一般的な語義に従えば,「緩衝剤」とは,「緩衝作用を有するものとして調合された薬」を意味すると解するのが自然であり,そうであるとすれば,オキサリプラチンの分解によって自然に生成されるものであって,「調合」することが想定し難い解離シュウ酸(シュウ酸イオン)は,「緩衝剤」には当たらないということになる。
ウ 更に,本件発明においては,「緩衝剤」は「シュウ酸」又は「そのアルカリ金属塩」であるとされるから,「緩衝剤」として「シュウ酸のアルカリ金属塩」のみを選択することも可能なはずであるところ,オキサリプラチンの分解によって自然に生じた解離シュウ酸は「シュウ酸のアルカリ金属塩」ではないから,「緩衝剤」としての「シュウ酸のアルカリ金属塩」とは,添加されたものを指すと解さざるを得ないことになる。そうであるとすれば,「緩衝剤」となり得るものとして「シュウ酸のアルカリ金属塩」と並列的に規定される「シュウ酸」についても同様に,添加されたものを意味すると解するのが自然といえる。
エ 以上のとおり,本件発明に係る特許請求の範囲の記載からみれば,本件発明における「緩衝剤」としての「シュウ酸」は,解離シュウ酸を含むものではなく,添加シュウ酸に限られるものと解するのが自然であるといえる。
 なお,被控訴人は,本件発明の特許請求の範囲には,オキサリプラチン溶液組成物に「包含」される「緩衝剤の量」のみが規定され,「添加」という文言は含まれていないこと,包含とは「つつみこみ,中に含んでいること」を意味することから,本件発明の「緩衝剤の量」とは,オキサリプラチン溶液組成物に現に含まれる全ての緩衝剤の量であり,したがって,本件発明の「緩衝剤」としての「シュウ酸」には,添加シュウ酸のみならず,解離シュウ酸も含まれる旨主張する。
 しかし,本件発明の「緩衝剤」を外部から添加されるものに限定するとの解釈をとることが,被控訴人指摘の特許請求の範囲の記載と矛盾するとはいえない。すなわち,「包含」の意味が上記のとおりであることを前提としても,「緩衝剤…を包含する…組成物」とは,「緩衝剤をつつみこみ,中にふくむ組成物」を意味するにすぎず,これによって,当該組成物中の「緩衝剤」の由来について,添加されたものに限るか否かの解釈が当然に定まるものではなく,他の根拠に基づいて,本件発明の「緩衝剤」を外部から添加されたものに限るとの解釈をとることが,上記文言と矛盾することにはならない。同様に,「緩衝剤」は添加されたものに限るとの解釈をとったとしても,「緩衝剤の量」という文言を添加された緩衝剤の量を意味すると解釈することが,被控訴人指摘の特許請求の範囲の文言と矛盾するとはいえない。
 したがって,被控訴人が主張する特許請求の範囲の上記記載を考慮しても,「緩衝剤」としての「シュウ酸」の解釈に関する上記判断が左右されるものではない。
(2)本件明細書における定義について
 次に,特許請求の範囲に記載された用語の意義は,明細書の記載を考慮して解釈するものとされる(特許法70条2項)ところ,本件明細書には,「緩衝剤という用語」について,「オキサリプラチン溶液を安定化し,それにより望ましくない不純物,例えばジアクオDACHプラチンおよびジアクオDACHプラチン二量体の生成を防止するかまたは遅延させ得るあらゆる酸性または塩基性剤を意味する。」(段落【0022】)として,これを定義付ける記載(以下,この定義を「本件定義」という。)があるので,これとの関係で,いかなる解釈が相当であるかについて検討する。
ア 「酸性または塩基性剤」との記載について
 本件定義においては,「緩衝剤」について「酸性または塩基性剤」であるとされ,飽くまでも「剤」に該当するものであることが前提とされている。しかるところ,前記(1)イ のとおりの「剤」という用語の一般的な語義に従う限り,オキサリプラチンの分解によって自然に生成されるものであって,「調合」することが想定し難い解離シュウ酸(シュウ酸イオン)は,上記「酸性または塩基性剤」には当たらないと解するのが相当といえる。・・・
ウ 小括
 以上によれば,オキサリプラチン水溶液中の解離シュウ酸は,本件定義における「酸性または塩基性剤」に当たるものとは解されず,また,「不純物,例えばジアクオDACHプラチンおよびジアクオDACHプラチン二量体の生成を防止するかまたは遅延させ得る」ものともいえないというべきであるから,本件定義に照らしてみても,本件発明における「緩衝剤」としての「シュウ酸」は,解離シュウ酸を含むものではなく,添加シュウ酸に限られるものと解するのが相当である。
(3)本件明細書のその他の記載について 
 さらに,本件明細書のその他の記載をみると,次のようなことがいえる。
・・・
エ 以上によれば,本件定義以外の本件明細書の記載に照らしてみても,本件発明における「緩衝剤」としての「シュウ酸」は,解離シュウ酸を含むものではなく,添加シュウ酸に限られるものと解するのが相当といえる。
・・・
(5)まとめ
 以上の検討結果を総合すれば,控訴人主張の「外国における対応特許等の出願経過」を考慮するまでもなく,本件発明における「緩衝剤」としての「シュウ酸」は,添加シュウ酸に限られ,解離シュウ酸を含まないものと解される。
 しかるところ,被告製品は,解離シュウ酸を含むものの,シュウ酸が添加されたものではないから,「緩衝剤」を含有するものとはいえず,構成要件B,F及びGの「緩衝剤」に係る構成を有しない。
 そうすると,被告製品は,その余の構成要件について検討するまでもなく,本件発明の技術的範囲に属しないものと認められる。」

【コメント】
 昨日からボンボン上げていたオキサリプラチンの特許の(特許第4430229号)事件の,おそらく掉尾を飾るものとなると思います。
 マスコミにも若干取り上げられたりしました。 

 そんなこともあり,このブログでも一審は取り上げております。
 
 論点は,自然に分解した解離シュウ酸も,構成要件B,F,Gの「緩衝剤」に当たるのか,それとも,添加されたシュウ酸またはそのアルカリ金属塩のみを言うのか,というクレーム解釈の話です。

 このときも思ったのですが,一審の46部は,文言そのままに文理解釈する傾向があったようですね,当時。
 
 ところが,昨日以来ボンボン判決がアップされた他のオキサリプラチンの事件を見ると,この46部の判断とは皆異なります。
 
 そして,今般,知財高裁も, そういう流れのとおりということでした。
 
 簡単にまとめると,クレームの構造上,クレーム用語の辞書的意味,明細書の定義,明細書の他の記載などからすると,構成要件B,F,Gの「緩衝剤」とは,添加されたシュウ酸またはそのアルカリ金属塩のみを言う!ということです。
 
 まとめるとこうなります。
 
1 平成27(ワ)12416  46部 被告1 差し止めのみ 請求認容 原告寄りクレーム解釈
2 平成28(ワ)15355  29部 被告1 賠償請求のみ 請求棄却 被告寄りクレーム解釈
3 平成27(ワ)28468   40部 被告2 差し止めのみ 請求棄却 被告寄りクレーム解釈
4 平成27(ワ)12415   40部 被告3 差し止めのみ 請求棄却 被告寄りクレーム解釈
5 平成27(ワ)28699等 40部 被告4,5,6 差し止めのみ 請求棄却 被告寄りクレーム解釈 
6 平成27(ワ)29001  47部 被告7 差し止めのみ 請求棄却 被告寄りクレーム解釈
7 平成27(ワ)29158   40部 被告8 差し止めのみ 請求棄却 被告寄りクレーム解釈 
8 平成28(ネ)10031   知財高裁3部 被告1 1の控訴審 請求棄却 被告寄りクレーム解釈 

 いやあ,こうなると,46部が実に浮いて見えますね。
 ところで,2から7の事件も原告が控訴すると,また波乱も起きる可能性もありますが,どうなんでしょうね。