2017年1月30日月曜日

その他訴訟 特許 平成28(ネ)10020等  知財高裁 控訴棄却(請求棄却)


事件番号
事件名
 特許権移転登録手続請求控訴,同附帯控訴事件
裁判年月日
 平成29年1月25日
裁判所名
 知的財産高等裁判所第3部
裁判長裁判官 鶴 岡 稔 彦
裁判官 大 西 勝 滋
裁判官 寺 田 利 彦
 
「 (2) 一審原告の主位的主張(契約成立日を平成16年4月3日とするもの)について
 一審原告は,Bが平成16年3月23日に本件合意書の案文を送付したことにより,本件契約の申込みを行い,これに対し,Aが同年4月3日に本件サインページを一審原告に返送したことにより,一審被告大林精工が同申込みを承諾した旨主張する。
 しかしながら,次のとおり,かかる一審原告の主張を採用することは困難である。
ア まず,前記認定事実によれば,Aは,本件サインページを一審原告に送付する際,本件カバーレターを同封しているところ,同カバーレターには,「貴殿の2004年3月23日付ファックスを受け取りました。1点を除いて,貴殿の申し入れを全て受け入れたいと思います。下記の点で承認を頂くことができなければ,貴殿の申入れは全く受け入れることができません。ご存知のとおり,我々は,既に日立株式会社および日立デスプレイ株式会社との間で契約がありますので,貴殿の申入れ全てを受け入れれば,おそらく,日立と対立しなければならなくなってしまいます。私は,そのような状況を回避したいと思います。」と,明示的に,本件合意書の条項の一部を拒否し,この拒否が受け入れられないのであれば,一審原告の申入れは全く受け入れられない旨が記載されており(なお,同カバーレターには,「貴殿からのファックスにおいて,貴殿は貴社が19件の発明を保有していると主張されております。まず,2000年以前の5件だけであると思います。これら全ての特許権を貴社に譲渡します。」と記載されているから,一審被告大林精工による譲渡の対象とすべきものは,「2000年以前の5件」,すなわち,一審被告大林精工が登録名義人となっている特許のうち,2000年以前に出願された5件〔本件合意書[表]の番号1ないし5〕のみであって,本件合意書[表]の番号17の特許に係る権利は譲渡の対象としない旨の申入れもされていると解する余地もある。),これによれば,本件サインページの返送をもって,一審被告大林精工が,本件合意書の案文の送付による一審原告の契約の申込みを承諾したと認めることは困難である
 この点に関し,一審原告は,Aが条件を付した部分は本件合意書との関係では付随的な部分にすぎないと主張するが,前記認定事実によれば,Aが異議を述べた本件合意書の規定は,一審被告大林精工が既に行ったライセンス契約等が無効であることを確認するものであって,同被告にとって重大な効果を及ぼすものであるから,付随的な部分にすぎないとは到底認められないというべきであり,その主張は採用できない。
イ 次に,一審原告自身も,本件サインページの返送を受けた後,すぐに本件合意書を完成(自社の署名欄に代表権限を有する者が署名することを指す。以下同じ。)して一審被告らに送付しておらず,これを行ったのは,1年半以上も経過した平成17年10月になってからである。一審原告が,同月に至るまで本件合意書を完成させず,この間,一審被告らとの間で交渉を継続していたということは,とりもなおさず,一審原告としても,本件カバーレターにおいて一審被告らが留保した点が正に契約の要素に関する重要な部分であって,この点が解決しない限りは,全体として合意の成立に至らないとの認識に立っていたことの表れであると解さざるを得ない
 この点に関し,一審原告は,平成16年4月3日以降の一審原告と一審被告大林精工とのやり取りは,本件契約が成立したことを前提としつつ,ロイヤルティ収益のために本件各特許権の移転登録手続を行う時期を事実上調整しようとするものであり,このことは,甲12,13,31,32の各書簡の内容からも明らかであるなどと主張するが,Aが異議を述べた本件合意書の規定は,一審被告大林精工にとって重大な効果を及ぼすものであることや,一審原告自身が本件サインページの返送を受けた後も契約の成立を前提とした行為(契約書の完成と相手方への送付)を行わずに一審被告らとの間で交渉を継続していたこと等前記認定の事実からしても,平成16年4月3日以降の当事者間のやり取りが契約成立を前提とした単なる事後的な調整手続であるとは到底認めることはできない。このことは,一審原告が指摘する上記の各書証の内容を検討してみても覆るものではない。
ウ 以上によれば,一審原告が主張するその余の点,すなわち,Aには,本件サインページに署名するに当たり,本件米国訴訟を解決する(本件米国訴訟を取り下げてもらう)という明確な動機があったとする点や,Aは,本件特許権1及び同3に係る発明を完成させる能力を有しておらず,同人はこれらの発明の発明者ではなかったとする点を考慮しても,一審被告らによる本件サインページの返送により,平成16年4月3日の時点で直ちに本件契約が成立したと認定することは困難というべきである。
 したがって,主位的主張に関する一審原告の主張は,採用することができない。」

「5 争点4(一審原告と一審被告Yとの間に,本件契約〔本件権利2を無償で譲渡する旨の契約〕が成立したか)について
 前記4の認定判断のとおり,一審原告と一審被告大林精工との間で本件合意書による本件契約の成立を認めることができない以上,一審原告と一審被告Yとの間においても,同様に本件合意書による本件契約の成立を認めることは困難である。
 すなわち,前記1に認定した事実経過によれば,本件合意書は,一審原告と一審被告らとの間で本権利1等の帰属に関する紛争が生じ,その交渉過程の中で,一審原告が一審被告らとの間で紛争の抜本的解決を図ろうとして作成されたものであり,決して各被告との間で個別的に紛争解決を図ることを意図して作成されたものではない
 このことは,本件合意書の体裁(一審被告ら双方の署名によって成立する1通の合意書として作成されていること)のほか,内容的にも全体が一体的な紛争解決の枠組みになっていること(本件合意書は,まず,本件権利1等を一審被告Yの職務発明として一審原告に帰属させるべく,同被告が一審原告の前身であるLG電子においてLCD開発関連業務に従事した事実を確認し〔第1項〕,次いで,一審被告らの出願に係る権利を〔特に区別することなく〕全て一審原告に無償譲渡するものとし〔第2項〕,一審被告らは本合意以前に行った実施権の設定等が全て無効であることを確認し〔第3項〕,一審被告Yに対しては,出願や登録手続の労を認めて,その要請に応じて,無償にて通常実施権を付与すること〔第4項〕,また,一審被告Yから仲介要請がある場合には,別途,独占的実施権を付与することがあり,その場合には,第2項の規定に関わらず,独占的実施権付与契約の解除時点まで,一審原告に対する特許権移転登録手続を保留できること〔第5項〕等を順次定めており,各条項が相互に関連していること)からも明らかである。
 また,一審原告は,かかる本件合意書の送付を,一審被告Yに対し直接行うのではなく,一審被告大林精工の代表者であるAを通じて行っており,一審被告Yも本件サインページを直接一審原告に対し返送するのではなく,Aを通じてこれを行っている(そして,Aが作成した本件カバーレターは,一審被告大林精工の権利のみならず,一審被告Yの権利についても言及し,また,意思表示の主体として「我々」という文言を使用していることは,前記認定のとおりである。)。
 さらに,Aから本件サインページと共に本件カバーレターの送付を受けた一審原告も,本件サインページに一審被告Yの署名があることを認識していながら,先行して同被告との間においてのみ契約の締結手続を完了したり,本件契約に基づく義務の履行や通常実施権の設定等に関する交渉を行ったりすることはなく,平成17年10月11日に至るまで,専らAとの間で交渉を継続していたのであり,このことは,一審原告自身が,本件カバーレターを単なる一審被告大林精工のみの意思表示であるとは捉えていなかったこと,あるいは,一審被告大林精工との間で合意の成立に至らなければ,一審被告Yとの間においても合意の成立に至らないとの認識を有していたことの端的な表れであるといえる。
 以上によれば,当事者の合理的意思解釈としては,本件合意書(本件契約)は,飽くまで一審原告と一審被告ら両名とが一体となって締結する契約であり,一審原告の申込みに対し一審被告らの双方が承諾することによって初めて成立する契約であると解するのが相当であって,かかる認定判断を覆すに足りる証拠はない(一審原告は,日立等とのライセンス契約は一審被告大林精工が締結したものであって,一審被告Yは契約当事者ではないから,一審被告Yが日立等と対立する余地はなく,本件カバーレターの記載内容を一審被告Yの意向を示したものと解する余地はない旨主張するが,当時,一審被告Yに,Aないし一審被告大林精工の意向に反してまで,単独で一審原告との間で合意を成立させようとの意思があったことを認めるに足りる的確な証拠はないから,同主張は採用できない。)。
 そうすると,前記のとおり,一審原告と一審被告大林精工との間で本件契約の成立が認められない以上,一審原告と一審被告Yとの間で本件契約の成立を認めることもできないというべきであり,これに反する一審原告の主張は採用することができない。
 よって,一審原告と一審被告Yとの間においても,本件契約(本件権利2を無償で譲渡する旨の契約)が成立したものとは認められない。」

【コメント】
 本件は,大林精工というLCDとはまったく関係のない会社がアップルへ権利行使をしたことをきっかけに多少注目を浴びた事件です。
 
 そのアップルへ権利行使した事案はこちらです。 その事案では何と驚いたことに,冒認の無効事由があるとして,権利行使不可になってしまったのでした。つまり,真の発明者は出願書類にその名のあった大林精工の代表者ではなく,その知人で,LG電子でLCDの開発をやっていたこともあるというエンジニアだという認定でした。
 
 で,今度は,LG電子が,アップルへ権利行使した特許は本来自分たちのものだとして,大林精工と上記のエンジニアに対し,権利移転等を求めた事件が本件ということになります。
 
 一審の東京地方裁判所平成26年(ワ)第8174号は,エンジニアに対する請求のみを認めました。その論理は,大林精工は,申込みに条件を付した承諾だったため新たな申込みとなったが,これに対するLGの承諾は無かった,他方,エンジニアの方は条件を何も付さずに承諾したから,契約は成立!というものでした。

 ところが本件は逆転で,エンジニアに対する請求もNGになりました。その論理は,今回のLGの申込みは,大林精工とエンジニアでワンセットの契約で,どちらか承諾し,どちらか不承諾で成立するようなものじゃないということです。
 
 あまりない類の事件ですが,色々面白いです。これで恐らく,特許を受ける権利は,大林精工とエンジニアにそれぞれ帰属するということになりましたので,あとは大林精工とエンジニアの間で特許を受ける権利の移転を追認する,というような契約書があれば,冒認の無効事由も解消するのではないかと思います。
 
 
 第二ラウンドが楽しみです。

2017年1月26日木曜日

審決取消訴訟 特許 平成27(行ケ)10233  知財高裁 無効審判 無効審決 請求認容

事件名
 審決取消請求事件
裁判年月日
 平成29年1月18日
裁判所名
 知的財産高等裁判所第1部
裁判長裁判官 設 樂 隆一
裁判官 岡 田 慎 吾
裁判官中島基至は,差し支えのため,署名押印することができない。
裁判長裁判官 設 樂 隆 一 
 
「 (4) 相違点の検討
ア 相違点1-1について
 相違点1-1は,構成要件A及びIに関し,本件発明1は,「樹脂で被覆したガラス繊維織物」が「透明不燃性シート」であり「輻射電気ヒーターから透明不燃性シートの表面に50kW/m2の輻射熱を照射する発熱性試験において,加熱開始後20分間の総発熱量が8MJ/m2以下であり,且つ加熱開始後20分間,最高発熱速度が10秒以上継続して200kW/m2を超えない」ものであるのに対し,甲1発明では,「樹脂で被覆したガラス繊維織物」について,このような特定がされていない点である。
 甲1発明の煙封じ込めカーテンは,防煙垂壁に相当するものであり,本件特許の出願当時,①防煙垂壁において,これを不燃性のものにすることは,周知の課題であったこと(甲9。平成12年6月1日施行改正建築基準法(2年目施行)の解説),また,②甲11文献の前記記載によると,輻射電気ヒーターから試験体の表面に50kW/㎡の輻射熱を照射する発熱性試験において,加熱開始後20分間の総発熱量が8MJ/㎡以下であり,かつ加熱開始後20分間,最高発熱速度が10秒以上継続して200kW/㎡を超えないことを不燃性材料の規格(以下「不燃性規格」という。)とすることは周知のものであったことが認められる。また,甲2ないし4,甲184の各文献の前記記載によれば,防煙垂壁は,透明なものが,防災上も美観上も優れていることが,本件特許の出願当時において,当業者の技術常識であり,防煙垂壁を透明にすること(透過光の色付きを抑えたものにすること)が好ましいという課題も本件特許の出願当時に周知であったことが認められる。
 そして,甲6発明のウエルディングカーテン材は透明ではある。しかし,甲6文献には,同ウエルディングカーテン材が不燃性規格を満たすものであるか否かについてはその記載がなく,甲6発明のウエルディングカーテン材が不燃性規格を満たすかどうかは不明である。防煙垂壁において,不燃性規格を満たすべきことが周知の課題であったことからすると,当業者が,甲1発明の防煙垂壁として,甲6発明のウエルディングカーテン材を組み合わせる動機付けに乏しいといわざるを得ない。
 審決は,この点について,甲6発明の「ウエルディングカーテン材」は,「難燃性であって,溶接や溶断作業等において発生する高温の火花が貫通することなく,火災発生を予防することができる」(甲6文献の段落【0039】)ものであるから,その実施例1の「ウエルディングカーテン材」は,相違点1-1に係る本件発明1の構成要件である「不燃性」を満たしている蓋然性が高く,これは,原告が甲6文献の実施例1の樹脂を再現し,甲11文献に記載された発熱性試験と同等の「不燃性試験」を行った結果(甲31)によって,支持されている,と判断した。
 しかし,甲6発明のウエルディングカーテン材が難燃性で,高温の火花が貫通することがないものであるとしても,不燃性規格は,前記のとおり,輻射電気ヒーターから試験体の表面に50kW/㎡の輻射熱を照射する発熱性試験において,加熱開始後20分間の総発熱量が8MJ/㎡以下であり,かつ加熱開始後20分間,最高発熱速度が10秒以上継続して200kW/㎡を超えないことであるから,このような加熱開始後20分間の発熱性試験をクリアするものかどうかは,甲6文献から明らかであるとはいえない。そして,甲6文献からこの点が明らかではない以上,同ウエルディングカーテン材が不燃性規格を満たす蓋然性が高いとまではいえず,当業者が甲6文献の実施例1の再現実験をして,同ウエルディングカーテン材が不燃性規格を満たしているかどうかを確認するのが当然であるということもできない(なお,被告が実施した甲31の実験についても,甲6文献の実施例1で使用されるガラス繊維織物は,厚さが100μm,目付100g/㎡のものであるのに対し,甲35の実験において,甲10発明の再現に使用したガラス繊維織物は,厚さが90μm,目付104.5g/㎡のものであることなど,甲6文献の実施例1に忠実な再現実験と直ちにいうこともできない。)。
 以上によれば,審決の上記判断は,採用することができない。
イ 相違点1-2について
 相違点1-2は,構成要件F,G,H及びJに関し,本件発明1は,「透明不燃性シート」の「ガラス繊維織物中のガラス繊維を構成するガラス組成物」と「一対の硬化樹脂層を構成する樹脂組成物」との「屈折率の差が0.02以下」で,「アッベ数の差が30以下」であり,透明不燃性シートの「全光線透過率が80%以上」であり,かつ,「ヘーズが20%以下」であり,「屈折率の値は,JIS K 7142に従って測定される測定値」であるのに対し,甲1発明では,「樹脂で被覆したガラス繊維織物」の「ガラス繊維織物中のガラス繊維を構成するガラス組成物」と「樹脂層を構成する樹脂組成物」との「屈折率の差」及び「アッベ数の差」が特定されておらず,かつ「樹脂で被覆したガラス繊維織物」の「全光線透過率」及び「ヘーズ」の値が特定されておらず,「屈折率」の測定方法が特定されていない点である。
 甲6文献の段落【0022】,【0023】及び表1の記載によれば,甲6文献には,「ウエルディングカーテン材」の発明の実施例1として,「屈折率1.5555のガラスヤーン平織りクロス」に,「基本難燃性熱硬化性樹脂組成物と予備含浸液」とを含浸させ紫外線硬化させたシートであって,「基本難燃性熱硬化性樹脂組成物と予備含浸液との全組成物を硬化させた硬化物の屈折率」が「1.5557」であるシートが,「透明」であり,「全光線透過率」が「91.8%」であり,「平行光線透過率」が「78.6%」であることが記載されている(なお,「全光線透過率91.8%,平行光線透過率78.6%」はヘーズ値としては約14%を意味する。)。そうすると,甲10文献の実施例1の「ウエルディングカーテン材」について,同文献には,相違点1-2に係る本件発明1の構成のうち,「シート」の「ガラス繊維織物中のガラス繊維を構成するガラス組成物」と「一対の硬化樹脂層を構成する樹脂組成物」との「屈折率の差が0.02以下」(屈折率の差は0.0002(1.5557-1.5555))であること(構成要件F)及び透明不燃性シートの「全光線透過率が80%以上」であり,かつ,「ヘーズが20%以下」であること(構成要件G)が開示されていると認められる。
 しかし,甲6発明のシートが「透明」であったとしても,相違点1-2のうち「ガラス繊維織物中のガラス繊維を構成するガラス組成物と前記一対の硬化樹脂層を構成する樹脂組成物とのアッベ数の差が30以下」であるとの構成を満たすかどうかについては,甲6文献において両者のアッベ数について特段の記載がないため,明らかではない
 したがって,甲1発明に甲6発明のシートを組み合わせたとしても,本件発明1の「ガラス繊維織物中のガラス繊維を構成するガラス組成物と前記一対の硬化樹脂層を構成する樹脂組成物とのアッベ数の差が30以下」との構成を得るとまでいうことはできない。
 審決は,甲6発明のウエルディングカーテン材が透明であること,樹脂とガラスとのアッベ数の差を小さくすると透明性が高まり,色付きが抑えられることが本件特許の出願時に周知の技術であったことからすると,甲6発明のウエルディングカーテン材が「アッベ数の差が30以下」との構成を満たしている蓋然性が高く,仮にそうでないとしても,そのような構成にすることは適宜の設計事項であると判断した。しかし,甲6文献においては,そのウエルディングシートにおける樹脂組成物とガラス組成物とのアッベ数の差については特段の記載がないのであるから,「アッベ数の差が30以下」との構成を満たしている可能性があるとしても,その構成の記載があるに等しいとまでいうことはできない。
 よって,甲1発明と本件発明1の相違点1-2に係る構成は,甲1発明に甲6発明の透明難燃性シートを組み合わせることにより得られる構成であるとまでいうことはできないから,この相違点にかかる構成は,当業者が容易に想到し得たものであると判断した審決の判断には誤りがある。
 なお,「ガラス繊維を構成するガラス組成物」と「硬化樹脂層を構成する樹脂組成物」との「前記屈折率の値は,JIS K 7142に従って測定される測定値」であるとの本件訂正が,「ガラス繊維を構成するガラス組成物」について,新規事項の追加であり,これを認めた審決の判断にも誤りがあることは,後記12のとおりである。
ウ 相違点1-3について
 相違点1-3は,構成要件B,D及びEに関し,本件発明1は,透明不燃性シートが「少なくとも1枚のガラス繊維織物と,ガラス繊維織物を挟む一対の硬化樹脂層と,を含む」ものであり,「ガラス繊維織物が30~70重量%であり,一対の硬化樹脂層が70~30重量%であり」,「透明不燃性シート1m2当たり,前記一対の硬化樹脂層の重量が15~500gの範囲」であるのに対し,甲1発明では,「樹脂で被覆したガラス繊維織物」が「ガラス繊維織物を挟む一対の硬化樹脂層」を含むこと,「ガラス繊維織物と樹脂層との重量比」,及び「1m2当たりの樹脂層の重量」が特定されていない点である。
 甲6文献に記載された実施例における製造方法(段落【0022】ないし【0024】)からすると,甲6文献の実施例において,ガラス繊維織物を挟む一対の樹脂層が形成されていることは明らかであるといえる。また,甲6文献の実施例1においては,ガラス繊維織物100gに対し,樹脂組成物はほぼ280gの割合で塗布され硬化されているところ(段落【0023】),ガラス繊維織物は1㎡当たり100gであるから(段落【0022】),上記実施例の樹脂層の重量は1㎡当たり280g程度となり,「透明不燃性シート1m2当たり,前記一対の硬化樹脂層の重量が15~500gの範囲」に含まれることが認められる。
 しかし,相違点1-3のうち「ガラス繊維織物が30~70重量%であり,一対の硬化樹脂層が70~30重量%」との構成については,甲6文献の実施例1では,ガラス繊維織物100gに対し難燃性熱硬化樹脂組成物は280gの割合であるから(【0023】),その割合は,ガラス繊維織物が26.3重量%であり,熱硬化樹脂組成物が73.7重量%であると認められる。
 したがって,甲1発明に甲6文献の実施例1のウエルディングカーテン材を組み合わせたとしても,本件発明1の「ガラス繊維織物が30~70重量%であり,一対の硬化樹脂層が70~30重量%」との構成を得ることはできない。
エ 以上によれば,甲1発明に甲6発明ないし甲6文献の実施例1のウエルディングカーテン材を組み合わせることについては,その動機付けに乏しく,また,仮にこれを組み合わせたとしても,本件発明1の構成を得ることはできず,本件発明1は,甲1発明及び甲6発明から容易に想到し得たものということはできない。」

【コメント】
 本件は,透明不燃性シートからなる防煙垂壁の発明の,進歩性が問題となった事件です。

 クレームからです。
 
【請求項1】
A.建築物の天井に垂下して取り付けられた,透明不燃性シートからなる防煙垂壁であって,
B.前記透明不燃性シートが,少なくとも1枚のガラス繊維織物と,前記ガラス繊維織物を挟む一対の硬化樹脂層と,を含む透明不燃性シートであって,
D.前記ガラス繊維織物が30~70重量%であり,前記一対の硬化樹脂層が70~30重量%であり,
E.前記透明不燃性シート1m2当たり,前記一対の硬化樹脂層の重量が15~500gの範囲であり,
F.前記ガラス繊維織物中のガラス繊維を構成するガラス組成物と前記一対の硬化樹脂層を構成する樹脂組成物との屈折率の差が0.02以下であり,
G.前記ガラス繊維織物中のガラス繊維を構成するガラス組成物と前記一対の硬化樹脂層を構成する樹脂組成物とのアッベ数の差が30以下であり,
H.全光線透過率が80%以上であり,かつ,ヘーズが20%以下であり,
I.輻射電気ヒーターから透明不燃性シートの表面に50kW/m2の輻射熱を照射する発熱性試験において,加熱開始後20分間の総発熱量が8MJ/m2以下であり,且つ加熱開始後20分間,最高発熱速度が10秒以上継続して200kW/m2を超えない透明不燃性シートであり,
J.前記屈折率の値は,JIS K 7142に従って測定される測定値である,
K.防煙垂壁。
 
 一致点・相違点です。
 
イ 本件発明1との一致点及び相違点
(ア) 一致点
A1’.建築物の天井に垂下して取り付けられた,樹脂で被覆したガラス繊維織物からなる防煙垂壁であって,
B1’.前記樹脂で被覆したガラス繊維織物が,少なくとも1枚のガラス繊維織物と,前記ガラス繊維織物の少なくとも一方の表面を被覆する樹脂層と,を含む
K. 防煙垂壁。
(イ) 相違点
① 相違点1-1
 構成要件A及びIに関し,本件発明1は,「樹脂で被覆したガラス繊維織物」が「透明不燃性シート」であり「輻射電気ヒーターから透明不燃性シートの表面に50kW/m2の輻射熱を照射する発熱性試験において,加熱開始後20分間の総発熱量が8MJ/m2以下であり,且つ加熱開始後20分間,最高発熱速度が10秒以上継続して200kW/m2を超えない」ものであるのに対し,甲1発明では,「樹脂で被覆したガラス繊維織物」について,このような特定がされていない点。
② 相違点1-2
 構成要件F,G,H及びJに関し,本件発明1は,「透明不燃性シート」の「ガラス繊維織物中のガラス繊維を構成するガラス組成物」と「一対の硬化樹脂層を構成する樹脂組成物」との「屈折率の差が0.02以下」で,「アッベ数の差が30以下」であり,透明不燃性シートの「全光線透過率が80%以上」であり,かつ,「ヘーズが20%以下」であり,「屈折率の値は,JIS K 7142に従って測定さる測定値」であるのに対し,甲1発明では,「樹脂で被覆したガラス繊維織物」の「ガラス繊維織物中のガラス繊維を構成するガラス組成物」と「樹脂層を構成する樹脂組成物」との「屈折率の差」及び「アッベ数の差」が特定されておらず,かつ「樹脂で被覆したガラス繊維織物」の「全光線透過率」及び「ヘーズ」の値が特定されておらず,「屈折率」の測定方法が特定されていない点。
③ 相違点1-3
 構成要件B,D及びEに関し,本件発明1は,透明不燃性シートが「少なくとも1枚のガラス繊維織物と,ガラス繊維織物を挟む一対の硬化樹脂層と,を含む」ものであり,「ガラス繊維織物が30~70重量%であり,一対の硬化樹脂層が70~30重量%であり」,「透明不燃性シート1m2当たり,前記一対の硬化樹脂層の重量が15~500gの範囲」であるのに対し,甲1発明では,「樹脂で被覆したガラス繊維織物」が「ガラス繊維織物を挟む一対の硬化樹脂層」を含むこと,「ガラス繊維織物と樹脂層との重量比」,及び「1m2当たりの樹脂層の重量」が特定されていない点。
 
 結構な相違点の違いです。 

 しかし,審決は,この主引例に副引例の甲6発明を組み合わせて,さらに足りない所は設計事項として,進歩性なしと判断したようです。

 他方,判決は,甲6発明については,難燃性かどうか必ずしも不明,アッベ数も不明,しかも,組み合わせたときに数値限定の範囲に入っていない,ということで,容易想到ではない,としたわけです。
 
 つまりは,副引例の認定の誤りと動機づけなし,ということで,審決を覆したのです。
 
 ある意味定番と言えます。といいますのは,進歩性なしの判断が覆るパターンは大きく2つあります。
 一つは引例の認定の誤りです。多くの場合は,主引例の認定の誤りなのですが,本件のように副引例の認定の誤り(そんな記載はないのに,あると等しいなどと言い切ってしまった。)のパターンもあります。
 もう一つが,動機づけなしです。引例の認定は誤っていないものの,強引な動機づけをした場合に,このように認定されます。

 本件では両方認められましたので,審決が取り消されたのも致し方なしでしょう。
 

 
 

2017年1月25日水曜日

審決取消訴訟 特許 平成28(行ケ)10005  知財高裁 無効審判 不成立審決 請求認容

事件番号
事件名
 審決取消請求事件
裁判年月日
 平成29年1月18日
裁判所名
 知的財産高等裁判所第1部
裁判長裁判官  設 樂 隆 一
裁判官  中 島 基 至
裁判官  岡 田 慎 吾

「(1) 特許法36条6項2号は,特許請求の範囲の記載に関し,特許を受けようとする発明が明確でなければならない旨規定する。この趣旨は,特許請求の範囲に記載された発明が明確でない場合には,特許の付与された発明の技術的範囲が不明確となり,第三者に不測の不利益を及ぼすことがあり得るため,そのような不都合な結果を防止することにある。そして,特許を受けようとする発明が明確であるか否かは,特許請求の範囲の記載のみならず,願書に添付した明細書の記載及び図面を考慮し,また,当業者の出願時における技術常識を基礎として,特許請求の範囲の記載が,第三者に不測の不利益を及ぼすほどに不明確であるか否かという観点から判断されるべきである。
 原告は,本件特許請求の範囲及び本件明細書における「平均分子量」という記載が不明確であり,明確性要件を欠くと主張するので,以下検討する。
(2) 本件明細書の記載
本件明細書(甲49)には,以下の事項が記載されている。・・・
(3) 本件発明の技術的特徴
 前記(2)の本件明細書の記載によれば,本件発明は,ソフトコンタクトレンズ装用時においても十分な清涼感を付与することができる眼科用清涼組成物を提供するものである。 ・・・
 (4) 本件明細書における「平均分子量」の意義
 前提となる事実に証拠(後掲各証拠のほか,甲49〔本件明細書〕)及び弁論の全趣旨を総合すれば,以下の事実が認められる。
ア 「平均分子量」という概念は,一義的なものではなく,測定方法の違い等によって,「重量平均分子量」,「数平均分子量」,「粘度平均分子量」等にそれぞれ区分される(甲17)。そのため,同一の高分子化合物であっても,「重量平均分子量」,「数平均分子量」,「粘度平均分子量」等の各数値は,必ずしも一致せず,それぞれ異なるものとなり得る(甲27)。
イ 本件特許請求の範囲及び本件明細書には,単に「平均分子量」と記載されるにとどまり,上記にいう「平均分子量」が「重量平均分子量」,「数平均分子量」,「粘度平均分子量」等のいずれに該当するかを明らかにする記載は存在しない。
 もっとも,本件明細書に記載された他の高分子化合物については,例えば,ヒドロキシエチルセルロース(【0016】),メチルセルロース(【0017】),ポリビニルピロリドン(【0018】)及びポリビニルアルコール(【0020】)の平均分子量として記載されている各社の各製品の各数値は,重量平均分子量の各数値が記載されているものであり,この重量平均分子量の各数値は公知であったから(甲58,61ないし67),当業者は,これらの高分子化合物の平均分子量は,重量平均
分子量を意味するものと解するものと推認される

ウ 次に掲げる事実によれば,高分子化合物の「平均分子量」は,本件出願日当時には,一般に「重量平均分子量」によって明記されていたことが認められる。
(ア) 特開平10-139666号公報(甲58【0027】)には,ポリビニルピロリドン(ポビドン)の「平均分子量」が「重量平均分子量」によって明記されている。・・・

エ 次に掲げる事実によれば,マルハ株式会社(その後に同社の事業を承継したマルハニチロ株式会社を含む〔甲43〕)から販売されていたコンドロイチン硫酸ナトリウムの「重量平均分子量」は,本件出願日当時,2万ないし2.5万程度のものであったことが認められる。
(ア) 特開2004-196695号公報(甲28【0028】ないし【0030】,【0033】及び【0034】。以下,当該公報を「甲28公報」という。)には,マルハ株式会社製Lot.PUC-791のコンドロイチン硫酸ナトリウムの「平均分子量」が「重量平均分子量」の測定方法である光散乱法により測定され,その数値が「21,500」であると算定されている。また,マルハ株式会社製Lot.PUC-794及び790のコンドロイチン硫酸ナトリウムの「平均分子量」が「重量平均分子量」の測定方法である光散乱法により測定され,その数値が「24,100」と算定されている。・・・

オ マルハ株式会社は,平成15年ないし平成16年頃,コンドロイチン硫酸ナトリウム(Lot.PUC-822,829,844,845,849,850及び855)の平均分子量につき,全て「粘度平均分子量」で測定してこれを販売しており,それ以外の測定方法によって算出したものは存在しない。また,上記の各製品の「粘度平均分子量」は6千ないし1万程度のものであったことが認められる。(甲2)
カ マルハ株式会社は,過去において,ユーザーからコンドロイチン硫酸ナトリウムの平均分子量について問合せがあった場合には,粘度平均分子量の数値を提供していたものであり(甲43),ユーザーには当業者が含まれると推認されるから,本件出願日当時,マルハ株式会社のコンドロイチン硫酸ナトリウムの平均分子量として,同社のユーザーである当業者に公然に知られた数値は,粘度平均分子量の数値であったと認められる。
キ マルハ株式会社と生化学工業株式会社の2社は,本件出願日当時,コンドロイチン硫酸又はその塩の製造販売を市場において独占していた。
(5) 明確性要件違反について
 本件特許請求の範囲にいう「平均分子量が0.5万~4万のコンドロイチン硫酸或いはその塩」にいう平均分子量が,本件出願日当時,「重量平均分子量」,「粘度平均分子量」等のいずれを示すものであるかについては,本件明細書において,これを明らかにする記載は存在しない。もっとも,このような場合であっても,本件明細書におけるコンドロイチン硫酸あるいはその塩及びその他の高分子化合物に関する記載を合理的に解釈し,当業者の技術常識も参酌して,その平均分子量が何であるかを合理的に推認することができるときには,そのように解釈すべきである。しかし,本件においては,次に述べるとおり,「コンドロイチン或いはその塩」の平均分子量が重量平均分子量であるのか,粘度平均分子量であるのかを合理的に推認することはできない。
 前記(2)ないし(4)の認定事実によれば,本件明細書(【0021】)には,「本発明に用いるコンドロイチン硫酸又はその塩は公知の高分子化合物であり,平均分子量が0.5万~50万のものを用いる。より好ましくは0.5万~20万,さらに好ましくは平均分子量0.5万~10万,特に好ましくは0.5万~4万のコンドロイチン硫酸又はその塩を用いる。かかるコンドロイチン硫酸又はその塩は市販のものを利用することができ,例えば,生化学工業株式会社から販売されている,コンドロイチン硫酸ナトリウム(平均分子量約1万,平均分子量約2万,平均分子量約4万等),マルハ株式会社から販売されているコンドロイチン硫酸ナトリウム(平均分子量約0.7万等)等が利用できる。」という記載がされている。また,本件出願日当時,マルハ株式会社が販売していたコンドロイチン硫酸ナトリウムの平均分子量は,重量平均分子量によれば2万ないし2.5万程度のものであり,他方,粘度平均分子量によれば6千ないし1万程度のものであったことからすれば,本件明細
書のマルハ株式会社から販売される上記「コンドロイチン硫酸ナトリウム(平均分子量約0.7万等)」にいう「平均分子量」が客観的には粘度平均分子量の数値を示すものである
と推認される。
 そして,マルハ株式会社は,本件出願日当時,コンドロイチン硫酸ナトリウムの製造販売を独占する二社のうちの一社であって,コンドロイチン硫酸ナトリウムの平均分子量を粘度平均分子量のみで測定し,ユーザー(当業者を含む。以下同じ。)から問い合わせがあった場合には,その数値(6千ないし1万程度のもの)をユーザーに提供していたのであり,マルハ株式会社のコンドロイチン硫酸ナトリウムの平均分子量として,同社のコンドロイチン硫酸ナトリウムを利用する当業者に公然と知られていた数値は,このような粘度平均分子量の数値であったと認められる。のみならず,本件出願日当時には,マルハ株式会社から販売されていたコンドロイチン硫酸ナトリウムの重量平均分子量が2万ないし2.5万程度のものであることを示す刊行物が既に複数頒布され,当該数値は,本件明細書にいう0.7万等という数値とは明らかに齟齬するものであることが認められる。これらの事情の下においては,本件明細書の「コンドロイチン硫酸ナトリウム(平均分子量約0.7万等)」という記載に接した当業者は,上記にいう平均分子量が粘度平均分子量を示す可能性が高いと理解するのが自然である。そうすると,当業者は,本件特許請求の範囲の記載について,少なくともコンドロイチン硫酸又はその塩に限っては,重量平均分子量によって示されていることに疑義を持つものと認めるのが相当である
 したがって,当業者は,本件出願日当時,本件明細書に記載されたその他高分子化合物であるヒドロキシエチルセルロース(【0016】),メチルセルロース(【0017】),ポリビニルピロリドン(【0018】)及びポリビニルアルコール(【0020】)については重量平均分子量で記載されているものと理解したとしても,少なくとも,コンドロイチン硫酸ナトリウムに限っては,直ちに重量平均分子量で記載されているものと理解することはできず,これが粘度平均分子量あるいは重量平均分子量のいずれを意味するものか特定することができないものと認められる
 以上によれば,本件特許請求の範囲にいう「平均分子量が0.5万~4万のコンドロイチン硫酸或いはその塩」にいう平均分子量が,本件出願日当時,「重量平均分子量」,「粘度平均分子量」のいずれを示すものであるかが明らかでない以上,上記記載は,第三者に不測の不利益を及ぼすほどに不明確であり,特許法36条6項2号に違反すると認めるのが相当である。」

【コメント】
 ソフトコンタクトレンズ装着時の点眼薬の発明のようです。
 クレームは以下のとおりです。

【請求項1】
a)メントール,カンフル又はボルネオールから選択される化合物を,それらの総量として0.01w/v%以上0.1w/v%未満,
b)0.01~10w/v%の塩化カリウム,塩化カルシウム,塩化ナトリウム,炭酸水素ナトリウム,炭酸ナトリウム,硫酸マグネシウム,リン酸水素二ナトリウム,リン酸二水素ナトリウム,リン酸二水素カリウムから選ばれる少なくとも1種,
および
c)平均分子量が0.5万~4万のコンドロイチン硫酸或いはその塩を0.001~10w/v%含有することを特徴とするソフトコンタクトレンズ装用時に清涼感を付与するための眼科用清涼組成物。


 この平均分子量という用語の明確性が問題となったわけです。

 さて,昔「平均粒子径」が問題となった事件がありました。 知財高裁平成20年(ネ)第10013号です(1部の塚原所長の合議体でした。)。
 今ではなかなか考えられないのですが,明確性要件の違反があるとして,無効の抗弁が成立して,請求棄却になったという侵害訴訟の事件です。

 なんというアンチパテントの時代だったのかと恐ろしくなります。

 とは言え,本件も明確性要件違反で無効とのことです。

 上記のとおり,平均分子量といっても,重量平均分子量と粘度平均分子量の,両方の記載が明細書中に混在しているため,どちらのことを示しているのかわからない,ということです。

 ただ,クレームには,平均分子量の値を規定している構成要件は, コンドロイチン硫酸かその塩かだけですので,それが粘度平均分子量だったらそれでいいのではないかと思えもします。

 重量平均分子量で示す物質が他の構成要件に存在するなら別ですが,本件はそうではありません。
 ある物質は重量平均分子量で,またある物質は粘度平均分子量で示すということもあってよいのではないでしょうか。 
 少なくとも当業者の認識もそうだったのではないかなと思えるのです。

 ですので,若干権利者には厳しいかなと思います。この判決も1部の所長の合議体ですので,所長たるもの文言に厳しいのかもしれません。

 

2017年1月23日月曜日

侵害訴訟 特許権 平成28(ネ)10046  知財高裁 控訴棄却(請求棄却)

事件番号
事件名
 特許権侵害差止請求控訴事件
裁判年月日
 平成29年1月20日
裁判所名
 知的財産高等裁判所特別部
裁判長裁判官 設 樂 隆 一
裁判官 清 水 節
裁判官 髙 部 眞 規 子
裁判官 鶴 岡 稔 彦
裁判官 寺 田 利 彦
 
「1 法68条の2に基づく延長された特許権の効力の及ぶ範囲について
(1) 法68条の2の趣旨について
 法68条の2は,「特許権の存続期間が延長された場合(第67条の2第5項の規定により延長されたものとみなされた場合を含む。)の当該特許権の効力は,その延長登録の理由となつた第67条第2項の政令で定める処分の対象となつた物(その処分においてその物の使用される特定の用途が定められている場合にあつては,当該用途に使用されるその物)についての当該特許発明の実施以外の行為には,及ばない。」と規定する。
 これは,特許権の存続期間の延長登録の制度趣旨が,「政令処分を受けることが必要であったために特許発明の実施をすることができなかった期間を回復することを目的とするものである」(ベバシズマブ事件最判)ことに鑑み,存続期間が延長された場合の当該特許権の効力についても,その特許発明の全範囲に及ぶのではなく,「政令で定める処分の対象となつた物(その処分においてその物の使用される特定の用途が定められている場合にあつては,当該用途に使用されるその物)」についての「当該特許発明の実施」にのみ及ぶ旨を定めるものである。
 同条は,かかる「政令で定める処分の対象となつた物」(「当該用途に使用されるその物」を含む。以下同じ。)の範囲内では,延長された特許権の効力を及ぼすことが,政令処分を受けることが必要であったために特許発明を実施することができなかった特許権者を救済するために必要であると認められる反面,その範囲を超えて延長された特許権の効力を及ぼすことは,期間回復による不利益の解消という限度を超えて,特許権者を有利に扱うことになり,前記の延長登録の制度趣旨に反するばかりか,特許権者と第三者との衡平を欠く結果となることから,前記のとおり規定されたものである。
(2) 法68条の2の「政令で定める処分の対象となつた物」に係る特許発明の実施行為の範囲について
 政令(特許法施行令2条)では,延長登録の理由となる処分は医薬品医療機器等法の承認と農薬取締法の承認の二つの処分に限定されている。本件のように「政令で定める処分」が前者の承認(医薬品医療機器等法所定の医薬品に係る承認)に係るものである場合においては,次のとおりであると認められる。すなわち,
ア 医薬品医療機器等法14条1項は,「医薬品…の製造販売をしようとする者は,品目ごとにその製造販売についての厚生労働大臣の承認を受けなければならない。」と規定し,同項に係る医薬品の承認に必要な審査の対象となる事項は,「名称,成分,分量,用法,用量,効能,効果,副作用その他の品質,有効性及び安全性に関する事項」(同法14条2項,9項)と規定されている。
 このことからすると,「政令で定める処分」が医薬品医療機器等法所定の医薬品に係る承認である場合には,常に「用法,用量,効能及び効果」が審査事項とされ,「用法,用量,効能及び効果」は「用途」に含まれるから,同承認は,法68条の2括弧書の「その処分においてその物の使用される特定の用途が定められている場合」に該当するものと解される。 
 医薬品医療機器等法の承認処分の対象となった医薬品における,法68条の2の「政令で定める処分の対象となつた物」及び「用途」は,存続期間が延長された特許権の効力の範囲を特定するものであるから,特許権の存続期間の延長登録の制度趣旨(特許権者が,政令で定める処分を受けるために,その特許発明を実施する意思及び能力を有していてもなお,特許発明の実施をすることができなかった期間があったときは,5年を限度として,その期間の延長を認めるとの制度趣旨)及び特許権者と第三者との衡平を考慮した上で,これを合理的に解釈すべきである。
 そうすると,まず,前記のとおり,医薬品の承認に必要な審査の対象となる事項は,「名称,成分,分量,用法,用量,効能,効果,副作用その他の品質,有効性及び安全性に関する事項」であり,これらの各要素によって特定された「品目」ごとに承認を受けるものであるから,形式的にはこれらの各要素が「物」及び「用途」を画する基準となる。
 もっとも,特許権の存続期間の延長登録の制度趣旨からすると,医薬品としての実質的同一性に直接関わらない審査事項につき相違がある場合にまで,特許権の効力が制限されるのは相当でなく,本件のように医薬品の成分を対象とする物の特許発明について,医薬品としての実質的同一性に直接関わる審査事項は,医薬品の「成分,分量,用法,用量,効能及び効果」である(ベバシズマブ事件最判)ことからすると,これらの範囲で「物」及び「用途」を特定し,延長された特許権の効力範囲を画するのが相当である。
 そして,「成分,分量」は,「物」それ自体の客観的同一性を左右する一方で「用途」に該当し得る性質のものではないから,「物」を特定する要素とみるのが相当であり,「用法,用量,効能及び効果」は,「物」それ自体の客観的同一性を左右するものではないが,前記のとおり「用途」に該当するものであるから,「用途」を特定する要素とみるのが相当である。
 なお,医薬品医療機器等法所定の承認に必要な審査の対象となる「成分」は,薬効を発揮する成分(有効成分)に限定されるものではないから,ここでいう「成分」も有効成分に限られないことはもちろんである。
 以上によれば,医薬品の成分を対象とする物の特許発明の場合,存続期間が延長された特許権は,具体的な政令処分で定められた「成分,分量,用法,用量,効能及び効果」によって特定された「物」についての「当該特許発明の実施」の範囲で効力が及ぶと解するのが相当であるただし,延長登録における「用途」が,延長登録の理由となった政令処分の「用法,用量,効能及び効果」より限定的である場合には,当然ながら,上記効力範囲を画する要素としての「用法,用量,効能及び効果」も,延長登録における「用途」により限定される。以下同じ。)。
イ 上記アによれば,相手方が製造等する製品(以下「対象製品」という。)が,具体的な政令処分で定められた「成分,分量,用法,用量,効能及び効果」において異なる部分が存在する場合には,対象製品は,存続期間が延長された特許権の効力の及ぶ範囲に属するということはできない。しかしながら,政令処分で定められた上記審査事項を形式的に比較して全て一致しなければ特許権者による差止め等の権利行使を容易に免れることができるとすれば,政令処分を受けることが必要であったために特許発明の実施をすることができなかった期間を回復するという延長登録の制度趣旨に反するのみならず,衡平の理念にもとる結果になる。このような観点からすれば,存続期間が延長された特許権に係る特許発明の効力は,政令処分で定められた「成分,分量,用法,用量,効能及び効果」によって特定された「物」(医薬品)のみならず,これと医薬品として実質同一なものにも及ぶというべきであり,第三者はこれを予期すべきである(なお,法68条の2は,「物…についての当該特許発明の実施以外の行為には,及ばない。」と規定しているけれども,同条における「物」についての「当該特許発明の実施」としては,「物」についての当該特許発明の文言どおり
の実施と,これと実質同一の範囲での当該特許発明の実施のいずれをも含むものと解すべきである。)。
 したがって,政令処分で定められた上記構成中に対象製品と異なる部分が存する場合であっても,当該部分が僅かな差異又は全体的にみて形式的な差異にすぎないときは,対象製品は,医薬品として政令処分の対象となった物と実質同一なものに含まれ,存続期間が延長された特許権の効力の及ぶ範囲に属するものと解するのが相当である。
ウ そして,医薬品の成分を対象とする物の特許発明において,政令処分で定められた「成分」に関する差異,「分量」の数量的差異又は「用法,用量」の数量的差異のいずれか一つないし複数があり,他の差異が存在しない場合に限定してみれば,僅かな差異又は全体的にみて形式的な差異かどうかは,特許発明の内容(当該特許発明が,医薬品の有効成分のみを特徴とする発明であるのか,医薬品の有効成分の存在を前提として,その安定性ないし剤型等に関する発明であるのか,あるいは,その技術的特徴及び作用効果はどのような内容であるのかなどを含む。以下同じ。)に基づき,その内容との関連で,政令処分において定められた「成分,分量,用法,用量,効能及び効果」によって特定された「物」と対象製品との技術的特徴及び作用効果の同一性を比較検討して,当業者の技術常識を踏まえて判断すべきである。
 上記の限定した場合において,対象製品が政令処分で定められた「成分,分量,用法,用量,効能及び効果」によって特定された「物」と医薬品として実質同一なものに含まれる類型を挙げれば,次のとおりである。
 すなわち,①医薬品の有効成分のみを特徴とする特許発明に関する延長登録された特許発明において,有効成分ではない「成分」に関して,対象製品が,政令処分申請時における周知・慣用技術に基づき,一部において異なる成分を付加,転換等しているような場合,②公知の有効成分に係る医薬品の安定性ないし剤型等に関する特許発明において,対象製品が政令処分申請時における周知・慣用技術に基づき,一部において異なる成分を付加,転換等しているような場合で,特許発明の内容に照らして,両者の間で,その技術的特徴及び作用効果の同一性があると認められるとき,③政令処分で特定された「分量」ないし「用法,用量」に関し,数量的に意味のない程度の差異しかない場合,④政令処分で特定された「分量」は異なるけれども,「用法,用量」も併せてみれば,同一であると認められる場合(本件処分1と2,本件処分5ないし7がこれに該当する。)は,これらの差異は上記にいう僅かな差異又は全体的にみて形式的な差異に当たり,対象製品は,医薬品として政令処分の対象となった物と実質同一なものに含まれるというべきである(なお,上記①,③及び④は,両者の間で,特許発明の技術的特徴及び作用効果の同一性が事実上推認される類型である。)。
 これに対し,前記の限定した場合を除く医薬品に関する「用法,用量,効能及び効果」における差異がある場合は,この限りでない。なぜなら,例えば,スプレー剤と注射剤のように,剤型が異なるために「用法,用量」に数量的差異以外の差異が生じる場合は,その具体的な差異の内容に応じて多角的な観点からの考察が必要であり,また,対象とする疾病が異なるために「効能,効果」が異なる場合は,疾病の類似性など医学的な観点からの考察が重要であると解されるからである。
エ 最高裁平成10年2月24日第三小法廷判決・民集52巻1号113頁(ボールスプライン事件最判)は,特許発明の技術的範囲における均等の要件として,①特許請求の範囲に記載された構成と,対象製品等と異なる部分が,特許発明の本質的部分ではなく,②同部分を対象製品等におけるものと置き換えても,特許発明の目的を達することができ,同一の作用効果を奏するものであって,③上記のように置き換えることに,当該発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者(当業者)が,対象製品の製造等の時点において容易に想到することができたものであり,④対象製品等が,特許発明の特許出願時における公知技術と同一又は当業者がこれから当該出願時に容易に推考できたものではなく,かつ,⑤対象製品等が特許発明の特許出願手続において特許請求の範囲から意識的に除外されたものに当たるなどの特段の事情もないとき,との五つの要件(以下,上記①ないし⑤の要件を,順次「第1要件」ないし「第5要件」という。)を定めている。そのため,法68条の2の実質同一の範囲を定める場合にも,この要件を適用ないし類推適用することができるか否かが問題となる。
 しかし,特許発明の技術的範囲における均等は,特許発明の技術的範囲の外延を画するものであり,法68条の2における,具体的な政令処分を前提として延長登録が認められた特許権の効力範囲における前記実質同一とは,その適用される状況が異なるものであるため,その第1要件ないし第3要件はこれをそのまま適用すると,法68条の2の延長登録された特許権の効力の範囲が広がり過ぎ,相当ではない。
 すなわち,本件各処分についてみれば明らかなように,各政令処分によって特定される「物」についての「特許発明の実施」について,第1要件ないし第3要件をそのまま適用して均等の範囲を考えると,それぞれの政令処分の全てが互いの均等物となり,あるいは,それぞれの均等の範囲が特許発明の技術的範囲ないしはその均等の範囲にまで及ぶ可能性があり,法68条の2の延長登録された特許権の効力範囲としては広がり過ぎることが明らかである。
 また,均等の5要件の類推適用についても,仮にこれを類推適用するとすれば,政令処分は,本件各処分のように,特定の医薬品について複数の処分がなされることが多いため,政令処分で特定される具体的な「物」について,それぞれ適切な範囲で一定の広がりを持ち,なおかつ,実質同一の範囲が広がり過ぎないように(例えば,本件各処分にみられるような複数の政令処分について,分量が異なる一部の処分に係る物が実質同一となることはあっても,その全てが互いに実質同一の範囲に含まれることがないように)検討する必要がある。
 しかし,まず,第1要件についてみると,このような類推適用のための要件を想定することは困難である。すなわち,第1要件は,政令処分により特定される「物」と対象製品との差異が政令処分により特定される「物」の本質的部分ではないことと類推されるところ,実質同一の範囲が広がり過ぎないように類推適用するためには,政令処分により特定される「物」の本質的部分(特許発明の本質的部分の下位概念に相当するもの)を適切に想定することが必要であると解されるものの,その想定は一般的には困難である。また,第2要件は,政令処分により特定される「物」と対象製品との作用効果の同一性と類推されるところ,これは,実質同一のための必要条件の一つであると考えられるものの,これだけでは実質同一の範囲が広くなり過ぎるため,類推適用のためには,第1要件やその他の要件の考察が必要となり,その想定は困難である。
 以上によれば,法68条の2の実質同一の範囲を定める場合には,前記の五つの要件を適用ないし類推適用することはできない。
オ ただし,一般的な禁反言(エストッペル)の考え方に基づけば,延長登録出願の手続において,延長登録された特許権の効力範囲から意識的に除外されたものに当たるなどの特段の事情がある場合には,法68条の2の実質同一が認められることはないと解される。」

「延長登録された本件特許権の効力は,本件各処分の「成分,分量,用法,用量,効能及び効果」によって特定された「物」についての「当該特許発明の実施」の範囲で及ぶところ,本件各処分の「成分」は,文言解釈上,いずれもオキサリプラチンと注射用水のみを含み,それ以外の成分を含まないものである。
 これに対し,一審被告各製品の「成分」は,いずれもオキサリプラチンと注射用水以外に,添加物としてオキサリプラチンと等量の濃グリセリンを含むものであり,その使用目的が安定剤であることは,前記第2の2(4)イのとおりである。
 そうすると,本件各処分の対象となった物と一審被告各製品とは,少なくとも,その「成分」において文言解釈上異なるものというほかなく,この点の差異が,僅かな差異又は全体的にみて形式的な差異であるとして,法68条の2の実質同一といえるのか否かを判断すべきことになる。」

「イ 以上の本件明細書の記載によれば,オキサリプラティヌムは,種々の型の癌の治療に使用し得る公知の細胞増殖抑制性抗新生物薬であり,本件発明は,そのオキサリプラティヌムの凍結乾燥物と同等な化学的純度及び治療活性を示すオキサリプラティヌム水溶液を得ることを目的とする発明である(1(2)ウの②の類型の特許発明に該当する。)。そして,本件明細書には,オキサリプラティヌム水溶液において,有効成分の濃度とpHを限定された範囲内に特定することと併せて,「酸性またはアルカリ性薬剤,緩衝剤もしくはその他の添加剤を含まないオキサリプラティヌム水溶液」を用いることにより,本件発明の目的を達成できることが記載されており,「この製剤は他の成分を含まず,原則として,約2%を超える不純物を含んではならない」との記載も認められる。
 これによれば,本件発明においては,オキサリプラティヌム水溶液において,有効成分の濃度とpHを限定された範囲内に特定することと併せて,何らの添加剤も含まないことも,その技術的特徴の一つであるものと認められる
 以上によれば,本件各処分と一審被告各製品とにおける「成分」に関する前記差異,すなわち,本件各処分の対象となった物がオキサリプラティヌムと注射用水のみからなる水溶液であるのに対し,一審被告各製品がこれにオキサリプラティヌムと等量の濃グリセリンを加えたものであるとの差異は,本件発明の上記の技術的特徴に照らし,僅かな差異であるとか,全体的にみて形式的な差異であるということはできず,したがって,一審被告各製品は,本件各処分の対象となった物と実質同一なものに含まれるということはできない。
ウ よって,一審被告各製品は,作用効果の同一性などその余の点について検討するまでもなく,本件各処分の対象となった「成分,分量,用法,用量,効能及び効果」によって特定された「物」についての本件発明の実施と実質同一なものとして,延長登録された本件特許権の効力範囲に属するということはできない。」

【コメント】
 オキサリプラチンの事件で,延長登録が問題になったものです。
 特許第3547755号の方の事件です。
 
 クレームは,
A 濃度が1 ないし5mg/ml で
B pHが4.5 ないし6 の
C オキサリプラティヌムの水溶液からなり,
D 医薬的に許容される期間の貯蔵後,製剤中のオキサリプラティヌム含量が当初含量の少なくとも95%であり,
E 該水溶液が澄明,無色,沈殿不含有のままである,
F 腸管外経路投与用の
G オキサリプラティヌムの医薬的に安定な製剤。
 
です。
 原審はこのブログでも紹介しました。

 で,そのときのロジックとほぼ一緒だと思います。ただし,上記の判示の斜め字の部分がいまいちよくわかりません。延長登録における「用途」って何のことでしょうか?むーん。

 そして,そのロジックの違いは,実質同一性の基準ですね。この判決では4つの類型を挙げております。
 
 他方,この4つの類型以外に実質同一性認めない趣旨ではないようですが,この4つの類型以外で「用法,用量,効能及び効果」における差異がある場合には,恐らく実質同一は認めないような判示があります。
 
 そして, 要注目なのは,実質同一性の基準は均等論の基準じゃない!ということです。
 
 実は,この事件の原審ではなく他の事件で,均等論の基準を使った事件があります(東京地裁40部の東海林部長の判断です。平成27(ワ)12415)。
 これは明らかにダメ!としております。なぜなら,均等論の基準でやると広すぎるからということです。
 
 あてはめに関しても,原審とほぼ同じです。
 成分が違うので,同一性がない→ 濃グリセリンの添加は僅かな差異と言えず,実質同一性もない,となります。

 大合議だからと言って,大仰な判示ではありませんが,質実剛健でよろしいのではないかと思います。
 

2017年1月16日月曜日

侵害訴訟 特許  平成27(ワ)28698 東京地裁 請求棄却

事件番号
事件名
 特許権侵害差止請求事件
裁判年月日
 平成28年12月20日
裁判所名
 東京地方裁判所民事第46部
裁判長裁判官 長谷川 浩二
裁判官 萩原孝基
裁判官 中嶋邦人
 
「第3 当裁判所の判断
 原告は,本件発明等における「緩衝剤」の意義につき,外部から添加したシュウ酸のみならず,オキサリプラチン水溶液において分解して生じるシュウ酸も含まれると主張する。この主張を採用することができなければ,被告製品は本件発明等の技術的範囲に属しないことになる。他方,原の上記主張を前提とした場合に本件特許に無効理由があるとすれば,原告の請求は棄却されるべきものとなる。そこで,まず,無効理由の有無について検討する。
1 争点(2)ア(乙7発明に基づく新規性又は進歩性欠如)について ・・・
 
 そうすると,乙7発明に接した当業者がオキサリプラチンの濃度を5mg/mlとしたオキサリプラチン水溶液を調製し,そのシュウ酸のモル濃度を構成要件Gに規定する範囲内のものとすること,すなわち本件発明等と乙7発明の相違点に係る構成に至ることは容易であったというべきである。したがって,本件発明等は進歩性を欠くものと認められる。」
 
【コメント】
 先週の金曜,アップしたものと基本同じことです。
 
 昨日の主引例は,国際公開96/04904号公報(以下「乙4公報」という。)でしたが,今日の引例も,国際公開96/04904号公報(以下「乙7の1公報」という。)でした。
 
 つまり同じです。
 
 ということで,まとめだけやってしまいましょう。
1 平成27(ワ)12416  46部 被告1 差し止めのみ 請求認容 原告寄りクレーム解釈
2 平成28(ワ)15355  29部 被告1 賠償請求のみ 請求棄却 被告寄りクレーム解釈
3 平成27(ワ)28468   40部 被告2 差し止めのみ 請求棄却 被告寄りクレーム解釈
4 平成27(ワ)12415   40部 被告3 差し止めのみ 請求棄却 被告寄りクレーム解釈
5 平成27(ワ)28699等 40部 被告4,5,6 差し止めのみ 請求棄却 被告寄りクレーム解釈 
6 平成27(ワ)29001  47部 被告7 差し止めのみ 請求棄却 被告寄りクレーム解釈
7 平成27(ワ)29158   40部 被告8 差し止めのみ 請求棄却 被告寄りクレーム解釈 
8 平成28(ネ)10031   知財高裁3部 被告1 1の控訴審 請求棄却 被告寄りクレーム解釈 
9 平成27(ワ)28467  46部 被告9 差し止めのみ 請求棄却 進歩性なし
10  平成27(ワ)28698  46部 被告10 差し止めのみ 請求棄却 進歩性なし
 

2017年1月13日金曜日

侵害訴訟 特許  平成27(ワ)28467 東京地裁 請求棄却

事件番号
事件名
 特許権侵害差止請求事件
裁判年月日
 平成28年12月20日
裁判所名
 東京地方裁判所民事第46部
裁判長裁判官 長谷川 浩二
裁判官 萩原孝基
裁判官 中嶋邦人
 
原告は,本件発明等における「緩衝剤」の意義につき,外部から添加したシュウ酸のみならず,オキサリプラチン水溶液において分解して生じるシュウ酸も含まれると主張する。この主張を採用することができなければ,その余の構成要件充足性を検討するまでもなく,被告製品は本件発明等の技術的範囲に属しないことになる。他方,原告の上記主張を前提とした場合に本件特許に無効理由があるとすれば,原告の請求は棄却されるべきものとなる。そこで,まず,無効理由の有無について検討する。
1 争点(2)イ (乙4発明に基づく新規性又は進歩性欠如)について
 本件発明等における「緩衝剤」の意義に関する原告の上記主張を前提とした無効理由( 争点(2)イ)から検討する。
(1)乙4発明に基づく新規性欠如について
ア 本件特許の優先日前に頒布された乙4公報の記載(乙3公報の【特許請求の範囲】請求項1,6頁~8頁)によれば,乙4発明は,濃度が1~5mg/mlのオキサリプラチン,水及びシュウ酸を包含するpHが4.5~6の安定オキサリプラチン溶液組成物であることが認められる。
 本件発明等と上記の乙4発明を対比すると,シュウ酸の量につき,本件発明等が構成要件G及びIに規定するモル濃度の範囲としているのに対し,乙4発明がこれを特定していない点で相違するから,本件発明等は乙4発明との関係で新規性を有するものと認められる。
イ これに対し,被告は,乙4公報の追試結果によれば,乙4発明におけるシュウ酸のモル濃度は構成要件Gに規定するモル濃度の範囲内にある旨主張する。
 そこで判断するに,乙4公報の実施例は水溶液の調製条件としてオキサリプラチンの濃度を2mg/mlとしているところ(乙3公報6頁4行目),オキサリプラチンの濃度はオキサリプラチン水溶液から自然に生成するシュウ酸のモル濃度に影響するものと解されるから,被告が提出するオキサリプラチンの濃度を5mg/mlとする追試結果(乙15の6)は正確な再現結果とはいい難い。 次に,オキサリプラチンの濃度を2mg/mlとしている追試結果(乙29)については,乙4公報の実施例の調整条件と比較すると,オキサリプラチン水溶液の調整方法,出発原料のオキサリプラチンの製造会社が異なる点,水溶液をガラスバイアル中に無菌的に充填しているとは認められない点などでそれぞれ相違しており,これら調整条件の相違が不純物(シュウ酸もこれに含まれる。)の発生量等に全く影響しないとは考え難い。
 これらのことからすれば,オキサリプラチンの濃度を2mg/mlとする追試結果についても正確な再現結果ということはできない。
 したがって,被告が提出する追試結果に基づいて乙4公報に本件発明等のオキサリプラチン溶液組成物の記載があると認めることはできない。
(2)乙4発明に基づく進歩性欠如について
ア 前記(1)アで認定したとおり,本件発明等と乙4発明は,オキサリプラチン水溶液に包含されるシュウ酸の量につき,本件発明等が構成要件G及びIに規定するモル濃度の範囲としているのに対し,乙4発明がこれを特定していない点で相違するので,以下,乙4発明に接した当業者において上記相違点に係る構成に至ることが容易か否かについて検討する。
イ 後掲の証拠及び弁論の全趣旨によれば,次の事実が認められる。オキサリプラチンの濃度を5mg/mlとするオキサリプラチン水溶液を,シュウ酸を添加することなく,乙4公報に記載された容器,容量,撹拌速度,温度等の条件に準じて調製し(ただし,栓のコーティングの有無,オキサリプラチン溶液の充填方法等の調整条件の一部が異なる。),
 これに含まれるシュウ酸のモル濃度を測定した結果,構成要件Gに規定する範囲内にあるモル濃度(5~8.35×10-5M)のシュウ酸が検出された。(甲13,乙15の6)
(イ)前記(ア)と同様に,オキサリプラチンの濃度を2mg/mlとするオキサリオプラチン水溶液を調製してシュウ酸のモル濃度を測定した結果,構成要件G及びIに規定する範囲内にあるモル濃度(8×10-5M)のシュウ酸が検出された。(乙29)
(ウ)乙4公報には,「クロマトグラムのピーク分析は,不純物の含量と百分率の測定を可能にし,そのうち主要なものは蓚酸であると同定した」として,乙4発明のオキサリプラチン水溶液中のシュウ酸の濃度を測定した旨記載されている(乙3公報7頁16~17行)。(乙3,4)
ウ 上記イ(ア)及び(イ)の各認定事実によれば,少なくともオキサリプラチンの濃度を5mg/mlとしたオキサリプラチン水溶液を乙4公報に記載された条件に準じて調製すれば,調製条件に多少の差異があったとしても,構成要件G及びIに規定するモル濃度の範囲内のシュウ酸を含有するオキサリプラチン溶液組成物が生成されると認められる。そして,乙4発明におけるオキサリプラチンの濃度が1~5mg/mlの範囲に設定されていること(前記(1)ア),乙4発明のオキサリプラチン水溶液についてシュウ酸の濃度が測定されていたこと(上記イ(ウ))からすれば,オキサリプラチンの濃度を5mg/mlとするオキサリプラチン水溶液を調製してこのシュウ酸の濃度を測定することは当業者にとって容易であるということができる。また,前記イ(ア)の各測定経過をみても,シュウ酸のモル濃度を構成要件G及びIに規定されている範囲内とすることが格別困難であるとはうかがわれない。さらに,本件明細書の記載上,緩衝剤の濃度を上記範囲とすることに何らかの臨界的意義があるとは認められない。
 そうすると,乙4発明に接した当業者がオキサリプラチンの濃度を5mg/mlとしたオキサリプラチン水溶液を調製し,そのシュウ酸のモル濃度を構成要件G及びIに規定する範囲内のものとすること,すなわち本件発明等と乙4発明の相違点に係る構成に至ることは容易であったというべきである。したがって,本件発明等は進歩性を欠くものと認められる。」

【コメント】
 例のオキサリプラチンの特許の(特許第4430229号)事件のものです。
 年末,これで最後?と思ったのですが,どうやら違ったようです。
 
  で,面白いのが,これも46部の判断ということです。

 そして,今回,前の事件のように構成要件充足性があると判断したのではなく,そんなに広いクレーム解釈をすると,無効になりまっせ,ということで足切りをしたという点です。
 
 何だかこういうのをヒラメ裁判官って言うのでしょうかね。ポリシーがあってやっていたのではないことがよくわかります。自分以外の全部の部が違う判断をしたからと言って,逃げを打つことはないと思います。堂々と,俺はこう思う!文句あっか!でいいのではないでしょうか。
 
 原告もこれじゃあ浮かばれませんね。
 
 ということで,まとめましょう。 

1 平成27(ワ)12416  46部 被告1 差し止めのみ 請求認容 原告寄りクレーム解釈
2 平成28(ワ)15355  29部 被告1 賠償請求のみ 請求棄却 被告寄りクレーム解釈
3 平成27(ワ)28468   40部 被告2 差し止めのみ 請求棄却 被告寄りクレーム解釈
4 平成27(ワ)12415   40部 被告3 差し止めのみ 請求棄却 被告寄りクレーム解釈
5 平成27(ワ)28699等 40部 被告4,5,6 差し止めのみ 請求棄却 被告寄りクレーム解釈 
6 平成27(ワ)29001  47部 被告7 差し止めのみ 請求棄却 被告寄りクレーム解釈
7 平成27(ワ)29158   40部 被告8 差し止めのみ 請求棄却 被告寄りクレーム解釈 
8 平成28(ネ)10031   知財高裁3部 被告1 1の控訴審 請求棄却 被告寄りクレーム解釈 
9 平成27(ワ)28467  46部 被告9 差し止めのみ 請求棄却 進歩性なし
 
 しかし,原告はアグレッシブですね。