2017年3月24日金曜日

審決取消訴訟 特許 平成28(行ケ)10186  知財高裁 無効審判 無効審決 請求認容

事件名
 審決取消請求事件
裁判年月日
 平成29年3月21日
裁判所名
 知的財産高等裁判所第4部 
裁判長裁判官 髙 部 眞 規 子 
裁判官 古 河 謙 一 
裁判官 鈴 木 わ か な
 
「  オ  相違点5に係る本件発明1の構成の容易想到性について
  (ア)  前記エのとおり,当業者が引用発明1にこれと構成及び筆跡の形成に関する機能において大きく異なる引用発明2を組み合わせることを容易に想到し得たとは考え難く,よって,相違点5に係る本件発明1の構成を容易に想到し得たとはいえない。
  (イ)  仮に,当業者が引用発明1に引用発明2を組み合わせたとしても,前記ウのとおり,引用例2には,熱変色像を形成する熱変色体2及び冷熱ペン8とは別体のものとしての摩擦具9のみが開示されていることから,引用発明2の摩擦具9は,筆記具とは別体のものである。よって,当業者において両者を組み合わせても,引用発明1の筆記具と,これとは別体の,エラストマー又はプラスチック発泡体を用いた摩擦部を備えた摩擦具9(摩擦体)を共に提供する構成を想到するにとどまり,摩擦体を筆記具の後部又はキャップの頂部に装着して筆記具と一体のものとして提供する相違点5に係る本件発明1の構成には至らない。
  (ウ)  そして,前記イのとおり,引用例1には,そもそも摩擦熱を生じさせる具体的手段について記載も示唆もされていない。
  また,前記ウのとおり,引用例2には,熱変色像を形成する熱変色体2及び冷熱ペン8とは別体のものとしての摩擦具9のみが開示されており,そのように別体のものとすることについての課題ないし摩擦具9を熱変色体2又は冷熱ペン8と一体のものとすることは,記載も示唆もされていない。
  引用例3(甲9),甲第10,11号証,引用例4(甲12),甲第13,14,及び52号証には,筆記具の多機能性や携帯性等の観点から筆記具の後部又はキャップに消しゴムないし消し具を取り付けることが,引用例7(甲80)には,筆記具の後部又はキャップに装着された消しゴムに,幼児等が誤飲した場合の安全策を施すことが,引用例8(甲81)には,消しゴムや修正液等の消し具を筆記具のキャップに圧入固定するに当たって確実に固定する方法が,それぞれ記載されている。
 しかし,これらのいずれも,消しゴムなど単に筆跡を消去するものを筆記具の後部ないしキャップに装着することを記載したものにすぎない。
  他方,引用発明2の摩擦具9は,低温側変色点以下の低温域での発色状態又は高温側変色点以上の高温域における消色状態を特定温度域において記憶保持することができる色彩記憶保持型の可逆熱変色性微小カプセル顔料からなる可逆熱変色性インキ組成物によって形成された有色の筆跡を,摩擦熱により加熱して消色させるものであり,単に筆跡を消去するものとは性質が異なる。そして,引用例3,4,7,8,甲第10,11,13,14及び52号証のいずれにもそのような摩擦具に関する記載も示唆もない。よって,このような摩擦具につき,筆記具の後部ないしキャップに装着することが当業者に周知の構成であったということはできない。また,当業者において,摩擦具9の提供の手段として,引用例3,4,7,8,甲第10,11,13,14及び52号証に記載された,摩擦具9とは性質を異にする,単に筆跡を消去するものを筆記具の後部ないしキャップに装着する構成の適用を動機付けられることも考え難い。
  (エ)  仮に,当業者において,摩擦具9を筆記具の後部ないしキャップに装着することを想到し得たとしても,前記エのとおり引用発明1に引用発明2を組み合わせて「エラストマー又はプラスチック発泡体から選ばれ,摩擦熱により筆記時の有色のインキの筆跡を消色させる摩擦体」を筆記具と共に提供することを想到した上で,これを基準に摩擦体(摩擦具9)の提供の手段として摩擦体を筆記具自体又はキャップに装着することを想到し,相違点5に係る本件発明1の構成に至ることとなる。このように,引用発明1に基づき,2つの段階を経て相違点5に係る本件発明1の構成に至ることは,格別な努力を要するものといえ,当業者にとって容易であったということはできない。
  (オ)  したがって,相違点5に係る本件発明1の構成を容易に想到し得たとはいえない。 」

【コメント】
 こすると摩擦熱でインクの色が失色するフリクションの発明に関する無効審判の事件です。
 原告は,そのフリクションのとおりのパイロットで,被告は三菱鉛筆というガチンコです。
 
 問題になったのは進歩性です。
 
 クレームからです。
 「【請求項1】低温側変色点を-30℃~+10℃の範囲に,高温側変色点を36℃~65℃の範囲に有し,平均粒子径が0.5~5μmの範囲にある可逆熱変色性マイクロカプセル顔料を水性媒体中に分散させた可逆熱変色性インキを充填し,前記高温側変色点以下の任意の温度における第1の状態から,摩擦体による摩擦熱により第2の状態に変位し,前記第2の状態からの温度降下により,第1の状態に互変的に変位する熱変色性筆跡を形成する特性を備えてなり,第1の状態が有色で第2の状態が無色の互変性を有し,前記可逆熱変色性マイクロカプセル顔料は発色状態又は消色状態を互変的に特定温度域で記憶保持する色彩記憶保持型であり,筆記時の前記インキの筆跡は室温(25℃)で第1の状態にあり,エラストマー又はプラスチック発泡体から選ばれ,摩擦熱により前記インキの筆跡を消色させる摩擦体が筆記具の後部又は,キャップの頂部に装着されてなる摩擦熱変色性筆記具。  」

 このような発明で,主引例(これもパイロットの特許)との一致点・相違点は,以下のとおりです。
 
  ア  本件発明1と引用発明1との一致点
  可逆熱変色性マイクロカプセル顔料を水性媒体中に分散させた可逆熱変色性インキを充填し,前記高温側変色点以下の任意の温度における第1の状態から,熱により第2の状態に変位し,前記第2の状態からの温度降下により,第1の状態に互変的に変位する熱変色性筆跡を形成する特性を備えてなり,第1の状態が有色で第2の状態が無色の互変性(判決注:「互換性」は,明白な誤記と思料される。)を有し,前記可逆熱変色性マイクロカプセル顔料は発色状態又は消色状態を互変的に特定温度域で記憶保持する色彩記憶保持型である熱変色性筆記具である点  
  イ  本件発明1と引用発明1との相違点  
  (ア)  相違点1
  本件発明1が,可逆熱変色性マイクロカプセル顔料(可逆熱変色性微小カプセル顔料)において,低温側変色点を-30℃~+10℃の範囲に,高温側変色点を36℃~65℃の範囲に有するものであるのに対し,引用発明1は,低温側変色点を5℃~25℃の範囲に,高温側変色点を27℃~45℃の範囲に有するものである点
  (イ)  相違点2
  本件発明1が,可逆熱変色性マイクロカプセル顔料(可逆熱変色性微小カプセル顔料)において,平均粒子径が0.5~5μmの範囲にあるのに対し,引用発明1は,平均粒子径が1~3μmの範囲にある点
  (ウ)  相違点3
  本件発明1が,熱変色性筆記具における「熱」について,摩擦熱と特定しているのに対し,引用発明1は,特定していない点
  (エ)  相違点4
  本件発明1が,筆記時のインキの筆跡は,室温(25℃)で第1の状態にあり,と特定しているのに対し,引用発明1は,特定していない点
  (オ)  相違点5
  本件発明1が,エラストマー又はプラスチック発泡体から選ばれ,摩擦熱により前記インキの筆跡を消色させる摩擦体が,筆記具の後部又はキャップの頂部に装着されてなるのに対し,引用発明1は,特定していない点

 で,ポイントになったのは,相違点5です。そして,この相違点5はフリクションの頂点についている消しゴム的なエラストマーのことです。持っている人も多いと思いますので,自分のフリクションを見てみるとよいと思います。
 
 そして,主引例はインクがメインの筆記具の発明で,副引例がちょっと 変わったものだったのですね。
 
 被告は,消しゴムを鉛筆の後ろにくっつけるなどはよくある慣用の構造なんだから,想到容易だと主張したのですが,高部部長の合議体は, 「有色の筆跡を,摩擦熱により加熱して消色させるものであり,単に筆跡を消去するものとは性質が異なる。 」として,この差は大きく,逆転で進歩性ありとしたわけです。

 大きな作用効果というか機能で言えば,鉛筆の後ろの消しゴムで筆跡を消すのと,特殊なインクのペンの後ろのエラストマーの摩擦熱で消色するのとは,大した違いではないようにも思えます。

 しかし,分析的に考えるとこのような結果になる場合もあるということです。というよりも発明というのは須らくこういうものなのかもしれません。消しゴム付き鉛筆も,ただ消しゴムを後ろにつけただけじゃないかとも思えますが,相乗効果が凄かったわけです。他に,ラジカセもこのような感じのものと思えます(今,ラジカセと聞いても???の方も多いとは思えますが。)。
 
 なかなか面白い事例と思います。

2017年3月17日金曜日

審決取消訴訟 特許 平成28(行ケ)10076  知財高裁 無効審判 不成立審決 請求棄却

事件番号
事件名
 審決取消請求事件
裁判年月日
 平成29年3月14日
裁判所名
 知的財産高等裁判所第2部 
裁判長裁判官 森 義 之
裁判官   片岡   早苗       
裁判官  古庄   研  

「 (1)  相違点2についての判断
 引用発明及び甲2発明は,共に,建築の際に用いられる羽子板ボルトに関するものであるから,その技術分野を共通にし,横架材等を相互に緊結するという機能も共通している。
 しかし,引用発明に回動不能構成を採用することには,引用発明の技術的意義を損なうという阻害事由がある。
 引用発明は,前記2(2)のとおり,従来の羽子板ボルトが有する,ボルト穴の位置がずれた場合に羽子板ボルトを適切に使用することができないという課題を解決するために,ボルト8 1 が摺動自在に係合する係合条孔9 2 を有する補強係合部10bを,軸ボルト4を中心として回動可能にするという手段を採用して,補強係合具10bが軸ボルト4を中心に回動し得る横架材16面上の扇形面積部分19内のいずれの部分にボルト穴17 1 が明けられても,補強係合具10bの係合条孔9 2 にボルト8 1 を挿入することができるようにしたものである。引用発明に相違点2に係る構成を採用し,引用発明の補強係合具10bを,軸ボルト4を中心として回動可能なものから回動不能なものに変更すると,補強係合具10bの係合条孔9 2 にボルト8 1 を挿入することができるのは,ボルト穴17 1 が係合条孔9 2 に沿った位置に明けられた場合に限定される。すなわち,引用発明は,横架材16面上の扇形面積部分19内のいずれの部分にボルト穴17 1 が明けられても,補強係合具10bの係合条孔9 2 にボルト8 1 を挿入することができるところに技術的意義があるにもかかわらず,回動不能構成を備えるようにすると,係合条孔9 2 に沿った位置以外の横架材16面上の扇形面積部分19内に明けられたボルト穴17 1 にはボルト81 を挿入することができなくなり,上記技術的意義が大きく損なわれることとなる。
 そして,引用発明の技術的意義を損なってまで,引用発明の補強係合具10bを回動不能なものに変更し,係合条孔9 2 に沿った位置にボルト穴17 1 を明けない限りボルト8 1 を挿入することができないようにするべき理由は,本件の証拠上,認めることができない。
 そうすると,引用発明の補強係合具10bを回動不能なものに変更することには,阻害要因があるというべきである。したがって,引用発明が相違点2に係る本件発明1の構成を備えるようにすることは,当業者が容易に想到し得ることであるということはできない。 
 そして,甲3文献に記載された事項は,「垂直材」(柱)と「横架材」(土台梁)とを接合する「羽子板ボルト」であって,上記阻害事由があるという判断に影響するものではないから,引用発明に相違点2に係る本件発明1の構成を採用することは,当業者が容易に想到し得ることであるとはいえない。
 したがって,本件発明1は,引用発明,甲2発明及び甲3文献に記載された事項に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるということはできない。 」

【コメント】
 特許の無効審判(不成立審決)に対する審決取消訴訟の事件です。
 発明は,「接合金具」(特許第4027278号) で,大工さんが,柱等を接合するのに使うような金具に関するものです。
 
 久々に進歩性,しかも阻害要因が問題となった事件です。
 
 クレームからです。
 [請求項1]
 第1構造材と第2構造材とを互いに垂直に接合する接合金具であって,
 第1構造材が垂直材であり,第2構造材が横架材であり,
 固定用孔を有し該固定用孔を介して固定材で上記垂直材の側面に当接固定される縦長の平板体と,該平板体に突出固定され,該平板体の平板部に対して垂直な方向に縦長の係合孔部を有する係合体とを具備し,
 上記係合孔部は,矩形状のプレートを折曲し,折曲により互いに接近した該プレートの両端部を該平板体の平板部に固定して形成されており,該係合孔部は,上記垂直材に上記横架材を引き寄せ接合させるのに用いられる引き寄せボルトを,上記平板部に対して垂直な方向の所望の位置にずらして挿通可能であり,
 上記引き寄せボルトを上記係合孔部に挿通し,その引き寄せボルトの両側に位置する,該係合孔部の相対向する一対の縁部間にまたがるように配したナットを該引き寄せボルトに螺合させることにより,上記垂直材と上記横架材とを緊結するようになされており,
 上記係合孔部は,相対向する上記一対の縁部間の距離にほぼ等しい直径を有する引き寄せボルトを,上記平板部に対して垂直な方向に2本並べて挿通可能な内寸を有していることを特徴とする接合金具。
 
 機械系の発明は本当文言からはわかりにくいです。
 図は,こんな感じです。
 
 こうすると, 多少わかるかもしれません。
 
 こんな感じで使うらしいです。こっちの図4の方がわかりやすいかもしれません。 

 ほんで引用発明は,こんな感じです。
 
 同じような感じですね。

 でも,違いがあります。

 一致点・相違点は以下のとおりです。

(一致点)
「2本の構造材を互いに垂直に接合する接合金具であって, 固定用孔を有し該固定用孔を介して固定材で上記構造材の側面に当接固定される縦長の平板体と,
 該平板体に突出固定され,該平板体の平板部に対して垂直な方向に縦長の係合孔部を有する係合体とを具備し,
  上記係合孔部は,矩形状のプレートを折曲し,折曲により互いに接近した該プレートの両端部を,上記平板体側に固定して形成されており,
 該係合孔部は,上記構造材を引き寄せ接合させるのに用いられる引き寄せボルトを,上記平板部に対して垂直な方向の所望の位置にずらして挿通可能であり,
  上記引き寄せボルトを上記係合孔部に挿通し,その引き寄せボルトの両側に位置する,該係合孔部の相対向する一対の縁部間にまたがるように配したナットを該引き寄せボルトに螺合させることにより,上記構造材を緊結するようになされており,
  上記係合孔部は,相対向する上記一対の縁部間の距離にほぼ等しい直径を有する引き寄せボルトを,上記平板部に対して垂直な方向に2本並べて挿通可能な内寸を有している,接合金具。」
  (相違点1)
「接合金具」が接合する対象である「2本の構造材」に関して,本件発明1は,
「構造材」の一方が「垂直材」であり,「構造材」の他方が「横架材」であるのに対して,引用発明は,「2本の構造材」がともに「横架材」である点。
(相違点2)
「(プレートの両端部を,上記平板体側に固定して形成される)係合孔部」に関して,本件発明1は,「プレートの両端部を該平板体の平板部に固定」して形成されているのに対して,引用発明は,「プレートの両端部を,ボルト穴を有する羽子板に固着した筒状軸受に挿入し回転自在とした軸ボルトに固定」して形成されている点。
  

 ポイントは相違点2です。本願発明では,ボルトを入れるところが固定されているのに対し,引用発明ではそこがヒンジ式に回動できるのですね。
 
 つまり,固定か回動化か,その違いです。
 
 この違いについて,引用発明では回動可能というところが発明の特徴なんだから,そこを固定してしまうと,引用発明の作用効果を奏することができん!として,阻害要因あり!としました。
 
 別に,引用発明自体にこれしちゃいかんと書いてあったわけではないですが,読み取れる技術的意義からからして,そこを固定しちゃダメだろうという認定を行ったわけです。

 これは致し方ないかなあという気が致します。

 あと注目するのは,一見,引用発明の方が「進歩」したような発明で,本願発明の方が退歩したような感もあります。ですが,進歩性の判断については,技術的な価値がどうだこうだというのは,基本関係ないということです。
 
 法文のとおり,進歩性には進歩が要らない!これがよくわかる事件なのではないでしょうか。