2017年5月25日木曜日

侵害訴訟 特許権 平成28(ネ)10096  知財高裁 控訴棄却(請求棄却) 


事件番号
事件名
 損害賠償請求控訴事件
裁判年月日
 平成29年5月23日
裁判所名
 知的財産高等裁判所所第4部 
裁判長裁判官     髙部  眞規子   
裁判官          古河   謙一
裁判官          片瀬   亮 
 
「2  争点(1)(被控訴人装置は本件発明の構成要件Gを充足するか)について
  (1)  構成要件Gの解釈について
ア  特許請求の範囲の記載
 本件発明の構成要件Gは,「前記制御手段は,前記記憶した探索開始地点と,当該経路データが設定され,前記移動体の経路誘導が開始される時点の当該移動体の現在位置を示す誘導開始地点と,が異なる場合に,前記誘導開始地点からの前記移動体の誘導開始に基づいて前記誘導情報出力手段を制御する」というものであるから,上記構成要件の文言によれば,本件発明は,探索開始地点と誘導開始地点とを比較して両地点が異なることという要件を充たす場合に,所定の制御を行うものであると解される。
イ  明細書の記載
 前記1認定のとおり,本件明細書には,①【作用】欄に,「本願請求項1または6に記載のナビゲーション装置または方法の発明では,移動体が経路探索を開始した探索開始地点と,当該経路が設定された誘導開始地点とが異なる場合に,具体的には,探索開始地点から経路を設定するまでの間に移動体が移動することにより経路探索を行う際に用いた移動体の現在位置とは異なる位置から誘導を開始する場合に,的確に移動体の実際の現在位置に対応する経路誘導を正確に行うことができる。…」(【0018】)との記載,②【発明の効果】欄に,「本願発明によれば,移動体が経路探索を開始した探索開始地点と,当該経路が設定された誘導開始地点とが異なる場合に,具体的には,探索開始地点から経路を設定するまでの間に移動体が移動して経路探索を行う際に用いた移動体の現在位置とは異なる位置から誘導を開始する場合に,的確に移動体の実際の現在位置に対応する経路誘導を正確に行うことができる。…」(【0038】)との記載がある。これらの記載は,「探索開始地点と誘導開始地点とを比較して両地点が異なることという要件を充たす場合に,所定の制御を行う」という構成要件Gに係る上記解釈に沿うものである。
ウ  出願経過 
 平成15年1月15日付け拒絶理由通知書(乙8)には,「本願発明の目的である通過すべき経由地点の設定中にすでにそれらの経由地点のいずれかを通過してしまった場合でも,正しい経路誘導を行うための構成である『設定指令が入力された時点での車両現在位置を探索開始地点として記憶し,この記憶された探索開始地点と,経路データが設定された移動体の経路誘導が開始される時点での移動体の現在位置を比較する』点が明確に記載されていない」旨の記載がある。これを受けて提出された同年2月5日付け意見書(乙9)には,「探索開始地点が記憶されることを明確にするとともに,経路データ設定手段が『記憶した探索開始地点を基に経路の探索を行い,当該経路を経路データとして設定する』と補正して探索開始地点と経路データの関係を明確にし,制御手段における記憶された探索開始地点と誘導開始地点を比較する点を明確に致しました。」旨記載されている。そして,控訴人は,同日付け手続補正書(乙10)を提出して,上記記載に沿った補正を行った。 
 これらの記載によれば,控訴人は,探索開始地点を記憶し,この記憶された探索開始地点と経路誘導が開始される時点での移動体の現在位置を比較する点が明確でないとの指摘に対し,上記意見書において,かかる点を明確にするために,探索開始地点が記憶されること及び探索開始地点と誘導開始地点を比較することを明確にし,同旨の補正を行ったのであるから,リンクと関連付けられていない探索開始地点を地点として記憶した上で誘導開始地点と比較すること,すなわち,地点同士を比較することを明らかにした趣旨であると解するのが相当である。  
 以上のとおり,構成要件Gの前段が,リンクとリンクではなく,地点と地点を比較するものと解釈すべきことは,本件特許の出願経過からも裏付けられる。・・・
 
オ  構成要件Gの解釈
 以上のとおり,構成要件Gは,探索開始地点と誘導開始地点について,地点同士を比較して異なるかどうかを判断し,異なる場合に所定の制御を行うものと解するのが相当である。
(2)  被控訴人装置について
ア  証拠(乙16の1)によれば,被控訴人装置においては,①経路誘導の計算が行われ,これが終了すると,出発地点P 0 から目的地P n までの経路を示す経路リンクのリストがメモリに保存され,②他方で,上記①の経路誘導とは独立して,継続的に,車両の現在位置Cと地図データの地図リンクとのマッチングが行われ,その際,車両の現在位置Cと,地図データのノード間を結ぶ地図リンクとを比較することで,車両の現在位置Cと一致する地図リンクを特定し,③上記②のマップマッチングで特定されたリンクが上記①の経路リンクと比較され,経路リンクの一つと直接対応すると,後記の道路境界領域の処理は行われず,その代わりに地図リンクと一致する経路リンクに基づいて誘導が行われ,他方で,位置Cが,経路リンクに載っていない場合,所定の方法で絞り込んだ道路境界領域内のリンクと現在位置とを比較してリンク上に載っているか否かの判定をするとの作業が行われていることが認められる。 
 イ  以上のとおり,被控訴人装置においては,車両の現在位置Cと一致する経路リンクに基づいて経路誘導を行っているのであって,探索開始地点と誘導開始地点を比較して両地点が異なるかどうかを判断する作業は行われていないし,その必要もないと認められる。
(3)  小括 
 したがって,被控訴人装置は,構成要件Gを充足しないから,本件発明の技術的範囲に属さない。 」

「(3)  第1要件について
ア  均等の第1要件における本質的部分とは,当該特許発明の特許請求の範囲の記載のうち,従来技術に見られない特有の技術的思想を構成する特徴的部分であり,上記本質的部分は,特許請求の範囲及び明細書の記載に基づいて,特許発明の課題及び解決手段(特許法36条4項,特許法施行規則24条の2参照)とその効果(目的及び構成とその効果。平成6年法律第116号による改正前の特許法36条4項参照)を把握した上で,特許発明の特許請求の範囲の記載のうち,従来技術に見られない特有の技術的思想を構成する特徴的部分が何であるかを確定することによって認定されるべきである。ただし,明細書に従来技術が解決できなかった課題として記載されているところが,出願時(又は優先権主張日)の従来技術に照らして客観的に見て不十分な場合には,明細書に記載されていない従来技術も参酌して,当該特許発明の従来技術に見られない特有の技術的思想を構成する特徴的部分が認定されるべきである。
イ  本件明細書によれば,本件発明は,従来技術では経路探索の終了時にいくつかの経由地を既に通過した場合であっても,最初に通過すべき経由予定地点を目標経由地点としてメッセージが出力されること(【0008】)を課題とし,このような事態を解決するために,通過すべき経由予定地点の設定中に既に経由予定地点のいずれかを通過した場合でも,正しい経路誘導を行えるようなナビゲーション装置及び方法を提供することを目的とし(【0011】),具体的には,車両が動くことにより,探索開始地点と誘導開始地点のずれが生じ,車両が,設定された経路上にあるものの,経由予定地点を超えた地点にある場合に,正しく次の経由予定地点を表示する方法を提供するものである(【0018】【0038】)。また,前記2(1)エ(ア)のとおり,本件特許出願当時において,ナビゲーション装置が,距離センサー,方位センサー及びGPSなどを使って現在位置を検出し,それを電子地図データに含まれるリンクに対してマップマッチングさせ,出発地点に最も近いノード又はリンクを始点とし,目的地に最も近いノード又はリンクを終点とし,ダイクストラ法等を用いて経路を探索し,得られた経路に基づいて,マップマッチングによって特定されたリンク上の現在地から目的地まで経路誘導するものであったことは,技術常識であったと認められる。
 このように,本件発明は,上記技術常識に基づく経路誘導において,車両が動くことにより探索開始地点と誘導開始地点の「ずれ」が生じ,車両等が経由予定地点を通過してしまうことを従来技術における課題とし,これを解決することを目的として,上記「ずれ」の有無を判断するために,探索開始地点と誘導開始地点とを比較して両地点の異同を判断し,探索開始地点と誘導開始地点とが異なる場合には,誘導開始地点から誘導を開始することを定めており,この点は,従来技術には見られない特有の技術的思想を有する本件発明の特徴的部分であるといえる。
 したがって,探索開始地点と誘導開始地点とを比較して両地点の異同を判断する構成を有しない被控訴人装置が本件発明と本質的部分を異にすることは明らかである。 」

【コメント】
 ここでも一審を取り上げました。
 大手同士(被控訴人の補助参加人がガーミンで,控訴人がパイオニアですので。)のカーナビ関係の特許権侵害訴訟の事案です。 

 一審は,構成要件Gを充足しないとして,請求を棄却しました。
 そして,この控訴審も基本同じ考え方です。
 
 判旨にもあるとおり,本件発明は,車のスタート地点(例えば自宅)と経路探索が終了した地点(例えば,自宅の幹線道路)がずれた場合にどういう制御をするかということに関する発明です。
 
 で,パイオニアの本件発明は,そのスタート地点とと経路探索が終了した地点を比較するという制御をします。他方,ガーミンの製品はそのようなまどろっこしいことはしない,ということです。
 
 ですので,均等論(第一要件なので,マキサカルシトール事件の知財高裁の判旨を引用しております。最高裁の判旨は第五要件の判示だけですので。) の適用もなし!ということになっております。

 一審の際にもコメントしましたが,これは致し方ない所でしょう。ちょっと技術が違い過ぎましたね。