2017年6月15日木曜日

審決取消訴訟 特許 平成28(行ケ)10147  不成立審決 無効審判 請求認容

事件名
 審決取消請求事件
裁判年月日
 平成29年6月8日
裁判所名
 知的財産高等裁判所第2部 
裁判長裁判官   森    義  之       
裁判官      片 岡   早 苗
裁判官     古 庄  研

「 ア  特許請求の範囲に発明として記載して特許を受けるためには,明細書の発明の詳細な説明に,当該発明の課題が解決できることを当業者において認識できるように記載しなければならないというべきことは,前記(1)で説示したとおりである。そして,前記(2)のとおり,本件発明は,特性値を表す三つの技術的な変数により示される範囲をもって特定した物を構成要件とするものであり,いわゆるパラメータ発明に関するものであるところ,このような発明において,特許請求の範囲の記載が,明細書のサポート要件に適合するためには,発明の詳細な説明は,その変数が示す範囲と得られる効果(性能)との関係の技術的な意味が,特許出願時において,具体例の開示がなくとも当業者に理解できる程度に記載するか,又は,特許出願時の技術常識を参酌して,当該変数が示す範囲内であれば,所望の効果(性能)が得られると当業者において認識できる程度に,具体例を開示して記載することを要するものと解するのが相当である(知財高裁平成17年11月11日判決,平成17年(行ケ)第10042号,判例時報1911号48頁参照)。
      イ  そこで,本件明細書の記載が,本件発明1,8及び11との関係で,上記の点を充足することにより,明細書のサポート要件に適合するといえるか否かについて検討する。
        (ア)  前記(3)で検討したとおり,本件明細書の発明の詳細な説明には,濃厚な味わいでフルーツトマトのような甘みがありかつトマトの酸味が抑制された,新規なトマト含有飲料及びその製造方法,並びに,トマト含有飲料の酸味抑制方法を提供するための手段として,本件発明1,8及び11に記載された糖度,糖酸比及びグルタミン酸等含有量の数値範囲,すなわち,糖度について「9.4~10.0」,糖酸比について「19.0~30.0」,及びグルタミン酸等含有量について「0.36~0.42重量%」とすることを採用したことが記載されている。
  そして,本件明細書の発明の詳細な説明に開示された具体例というべき実施例1~3,比較例1及び2並びに参考例1~10(【0088】~【0090】,【表1】)には,各実施例,比較例及び参考例のトマト含有飲料のpH,Brix,酸度,糖酸比,酸度/総アミノ酸,粘度,総アミノ酸量,グルタミン酸量,アスパラギン酸
量,及びクエン酸量という成分及び物性の全て又は一部を測定したこと,及び該トマト含有飲料の「甘み」,「酸味」及び「濃厚」という風味の評価試験をしたことが記載されている。
        (イ)   一般に,飲食品の風味には,甘味,酸味以外に,塩味,苦味,うま味,辛味,渋味,こく,香り等,様々な要素が関与し,粘性(粘度)などの物理的な感覚も風味に影響を及ぼすといえる(甲3,4,62)から,飲食品の風味は,飲食品中における上記要素に影響を及ぼす様々な成分及び飲食品の物性によって左右されることが本件出願日当時の技術常識であるといえる。また,トマト含有飲料中には,様々な成分が含有されていることも本件出願日当時の技術常識であるといえる(甲25の193頁の表-5-196参照)から,本件明細書の発明の詳細な説明に記載された風味の評価試験で測定された成分及び物性以外の成分及び物性も,本件発明のトマト含有飲料の風味に影響を及ぼすと当業者は考えるのが通常ということができる。したがって,「甘み」,「酸味」及び「濃厚」という風味の評価試験をするに当たり,糖度,糖酸比及びグルタミン酸等含有量を変化させて,これら三つの要素の数値範囲と風味との関連を測定するに当たっては,少なくとも,①「甘み」,「酸味」及び「濃厚」の風味に見るべき影響を与えるのが,これら三つの要素のみである場合や,影響を与える要素はあるが,その条件をそろえる必要がない場合には,そのことを技術的に説明した上で上記三要素を変化させて風味評価試験をするか,②「甘み」,「酸味」及び「濃厚」の風味に見るべき影響を与える要素は上記三つ以外にも存在し,その条件をそろえる必要がないとはいえない場合には,当該他の要素を一定にした上で上記三要素の含有量を変化させて風味評価試験をするという方法がとられるべきである。
 前記(3)のとおり,本件明細書の発明の詳細な説明には,糖度及び糖酸比を規定することにより,濃厚な味わいでフルーツトマトのような甘みを有しつつも,トマトの酸味が抑制されたものになるが,この効果が奏される作用機構の詳細は未だ明らかではなく,グルタミン酸等含有量を規定することにより,トマト含有飲料の旨味(コク)を過度に損なうことなくトマトの酸味が抑制されて,トマト本来の甘味がより一層際立つ傾向となることが記載されているものの,「甘み」,「酸味」及び「濃厚」の風味に見るべき影響を与えるのが,糖度,糖酸比及びグルタミン酸等含有量のみであることは記載されていない。また,実施例に対して,比較例及び参考例が,糖度,糖酸比及びグルタミン酸等含有量以外の成分や物性の条件をそろえたものとして記載されておらず,それらの各種成分や各種物性が,「甘み」,「酸味」及び「濃厚」の風味に見るべき影響を与えるものではないことや,影響を与えるがその条件をそろえる必要がないことが記載されているわけでもない。そうすると,濃厚な味わいでフルーツトマトのような甘みがありかつトマトの酸味が抑制されたとの風味を得るために,糖度,糖酸比及びグルタミン酸等含有量の範囲を特定すれば足り,他の成分及び物性の特定は要しないことを,当業者が理解できるとはいえず,本件明細書の発明の詳細な説明に記載された風味評価試験の結果から,直ちに,糖度,糖酸比及びグルタミン酸等含有量について規定される範囲と,得られる効果というべき,濃厚な味わいでフルーツトマトのような甘みがありかつトマトの酸味が抑制されたという風味との関係の技術的な意味を,当業者が理解できるとはいえない。
        (ウ)  また,本件明細書の発明の詳細な説明に記載された風味の評価試験の方法は,前記(3)のとおりであるところ,評価の基準となる0点である「感じない又はどちらでもない」については,基準となるトマトジュースを示すことによって揃えるとしても,「甘み」,「酸味」又は「濃厚」という風味を1点上げるにはどの程度その風味が強くなればよいのかをパネラー間で共通にするなどの手順が踏まれたことや,各パネラーの個別の評点が記載されていない。したがって,少しの風味変化で加点又は減点の幅を大きくとらえるパネラーや,大きな風味変化でも加点又は減点の幅を小さくとらえるパネラーが存在する可能性が否定できず,各飲料の風味の評点を全パネラーの平均値でのみ示すことで当該風味を客観的に正確に評価したものととらえることも困難である。また,「甘み」,「酸味」及び「濃厚」は異なる風味であるから,各風味の変化と加点又は減点の幅を等しくとらえるためには何らかの評価基準が示される必要があるものと考えられるところ,そのような手順が踏まれたことも記載されていない。そうすると,「甘み」,「酸味」及び「濃厚」の各風味が本件発明の課題を解決するために奏功する程度を等しくとらえて,各風味についての全パネラーの評点の平均を単純に足し合わせて総合評価する,前記(3)の風味を評価する際の方法が合理的であったと当業者が推認することもできないといえる。
  以上述べたところからすると,この風味の評価試験からでは,実施例1~3のトマト含有飲料が,実際に,濃厚な味わいでフルーツトマトのような甘みがありかつトマトの酸味が抑制されたという風味が得られたことを当業者が理解できるとはいえない。 」       

【コメント】
 報道で少し話題になった事件です。トマトジュースの特許に関するものですね。

 原告であり無効審判の請求人がカゴメです。他方,特許権者で今般逆転で負けたのが伊藤園です。

 クレームから行きましょう。
【請求項1】
 糖度が9.4~10.0であり,糖酸比が19.0~30.0であり,グルタミン酸及びアスパラギン酸の含有量の合計が,0.36~0.42重量%であることを特徴とする,
トマト含有飲料。
」  

 つまり,糖度と,糖酸比と,グルタミン酸等の含有量の3つのパラメータがあるわけです。

 これに対して,請求人は,サポート要件等での無効を主張したのですが,特許庁では認められませんでした。

 サポート要件とは,
6  第二項の特許請求の範囲の記載は、次の各号に適合するものでなければならない。
一  特許を受けようとする発明が発明の詳細な説明に記載したものであること。
 という,特許法36条6項1号の要件です。
 特許庁は,このサポート要件について,「,請求人(原告)が主張するように,トマト含有飲料の「濃厚な味わい」には,糖度及び糖酸比以外に,温度や粘度等の多岐にわたる条件が寄与するとしても,糖度及び糖酸比がトマト含有飲料の味わいに大きく影響することは明らかであり,温度や粘度等の多岐にわたる条件の全てを個別に特定しなければ本件発明の課題を解決できないというものでもないので,温度や粘度等の多岐にわたる条件を,発明特定事項としなければならない理由はない。 」として退けたわけです。

 さて,知財高裁2部は,規範は,従前とおり,上記のとおり,パラメータ判決(知財高裁平成17年11月11日判決)を使いました。

 そして,判旨は上記のとおりです。

 要するに,課題の,「主原料となるトマト以外の野菜汁や果汁を配合しなくても,濃厚な味わいでフルーツトマトのような甘みがあり且つトマトの酸味が抑制された,新規なトマト含有飲料」が成立するかどうかは,3つのパラメータで本当に出来るのか怪しい~という所に尽きます。

 トマトジュースって好き嫌いが激しいのではないかと思います。少なくとも私は得意じゃありません。生のトマトは大好きなのですが,どうしてトマトジュースはあんな変な味なのかと思いますね。
 そのため,トマト以外に果汁を入れたジュースや野菜ジュースの方が近頃メジャーなのではないでしょうか。それ故,そういう所に目をつけた伊藤園は賢いわけです。

 しかし, 知財高裁2部は「濃厚な味わいでフルーツトマトのような甘みがありかつトマトの酸味が抑制されたとの風味を得るために,糖度,糖酸比及びグルタミン酸等含有量の範囲を特定すれば足り,他の成分及び物性の特定は要しないことを,当業者が理解できるとはいえ」ないとしたのです。
 なかなか厳しいというか,化学の発明がサポート要件で無効になる典型的なパターンのような気がします。

 しかし,こんなことを言われると出願後ではどうしようもないと思います。出願時には本当にこれだけのパラメータで大丈夫かどうか,発明者に確認しておく必要があります。

 このブログでも紹介したサントリーとアサヒのノンアルコール飲料の事件, 知財高裁で和解が成立しましたが,この事例のように,サポート要件で争われても苦しかったかもしれません(当該事例では進歩性が問題になりました。)。

 ですので,食品系特に飲み物の特許出願はこれからは要注意だと思います。

【追伸】2018/7/3
 最高裁で上告を退ける決定があったとのことでした。恐らく上告受理申立てをしての,上告受理しないという短い決定があったのだと思います。
 ということで,この事件は伊藤園の敗訴で終わったということです。