2017年6月16日金曜日

特許取消決定取消訴訟 特許 平成28(行ケ)10205 請求棄却

事件番号
事件名
 特許取消決定取消請求事件
裁判年月日
 平成29年6月14日
裁判所名
 知的財産高等裁判所所第1部 
裁判長裁判官      清 水   節       
裁判官        中 島 基 至       
裁判官        岡 田 慎 吾  

「 明細書の発明の詳細な説明の記載は,当業者がその実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載したものであることを要する(特許法36条4項1号)。本件発明は,「加工飲食品」という物の発明であるところ,物の発明における発明の「実施」とは,その物の生産,使用等をする行為をいうから(特許法2条3項1号),物の発明について実施をすることができるとは,その物を生産することができ,かつ,その物を使用することができることであると解される。
  したがって,本件において,当業者が,本件明細書の発明の詳細な説明の記載及び出願当時の技術常識に基づいて,本件発明に係る加工飲食品を生産し,使用することができるのであれば,特許法36条4項1号に規定する要件を満たすということができるところ,本件発明に係る加工飲食品は,不溶性固形分の割合が本件条件(6.5メッシュの篩を通過し,かつ16メッシュの篩を通過しない前記不溶性固形分の割合が10重量%以上であり,16メッシュの篩を通過し,かつ35メッシュの篩を通過しない前記不溶性固形分の割合が5重量%以上25重量%以下である)を満たす加工飲食品であるから,当業者が,本件明細書の発明の詳細な説明の記載及び出願当時の技術常識に基づいて,このような加工飲食品を生産することができるか否かが問題となる。 
 前記認定のとおり,本件明細書には,不溶性固形分の割合が本件条件を満たすかどうかを判断する際の測定について,「日本農林規格のえのきたけ缶詰又はえのきたけ瓶詰の固形分の測定方法に準じて,サンプル100グラムを水200グラムで希釈し,16メッシュの篩等の各メッシュサイズの篩に均等に広げて,10分間放置後の各篩上の残分重量」を測定すること(段落【0036】。以下「本件測定方法」ということがある。)が記載されている。さらに,「篩上の残存物は,基本的には不溶性固形分であるが,サンプルを上述のように水で3倍希釈してもなお粘度を有している場合は,たとえメッシュ目開きよりも細かい不溶性固形分であっても篩上に残存する場合があり,その場合は適宜水洗しメッシュ目開きに相当する大きさの不溶性固形分を正しく測定する必要がある。」(段落【0038】)とも記載されている。
  本件明細書の上記記載によれば,本件明細書には,測定対象のサンプルが水で3倍希釈しても「なお粘度を有している場合」であって,メッシュ目開きよりも細かい不溶性固形分が篩上に塊となって残存している場合には,適宜,水洗することによって塊をほぐし,メッシュ目開きに相当する大きさの不溶性固形分の重量,すなわち「日本農林規格のえのきたけ缶詰又はえのきたけ瓶詰の固形分の測定方法に準じて,サンプル100グラムを水200グラムで希釈し,各メッシュサイズの篩に均等に広げて,10分間放置後の篩上の残分重量」(段落【0036】)に相当する重量を正しく測定する必要があることが開示されているものと解される。
  そして,本件明細書の「より一層,粗ごしした野菜感,果実感,または濃厚な食感を呈する。」(段落【0009】),「加工飲食品は,ペースト状の食品,又は飲料の形態を有する。」(段落【0030】)との記載によれば,本件発明に係る加工飲食品は一定程度の粘度を有するものと認められるから,段落【0036】に記載された本件測定方法によると,実際に,各篩のメッシュ目開きよりも細かい不溶性固形分により形成される塊が篩上に残存する場合も想定されるところである。
  しかしながら,メッシュ目開きよりも細かい不溶性固形分が篩上に塊となって残存している場合に追加的に水洗をすると(段落【0038】),本件明細書の段落【0036】に記載された本件測定方法(測定対象サンプル100グラムを水200グラムで希釈し,各メッシュサイズの篩に均等に広げて,10分間放置するという測定手順のもの)とは全く異なる手順が追加されることになるのであるから,このような水洗を追加的に行った場合の測定結果は,本件測定方法による測定結果と有意に異なるものになることは容易に推認される。このように,本件明細書に記載された各測定方法によって測定結果が異なることなどに照らすと,少なくとも,水洗を要する「なお粘度を有する場合」であって,「メッシュ目開きよりも細かい不溶性固形分が篩上に塊となって残存している場合」であるか否か,すなわち,仮に,篩上に何らかの固形分が残存する場合に,その固形物にメッシュ目開きよりも細かい不溶性固形分が含まれているのか,メッシュ目開きよりも大きな不溶性固形分であるのかについて,本件明細書の記載及び本件特許の出願時の技術常識に基づいて判別することができる必要があるといえる(本件条件を満たす本件発明に係る加工飲食品を生産することができるといえるためには,各篩のメッシュ目開きよりも細かい不溶性固形分により形成される塊が篩上に残存する場合であるか否かを判別することができることを要する。)。
  しかしながら,本件測定方法によって不溶性固形分を測定した際に,篩上に残存しているものについて,メッシュ目開きよりも細かい不溶性固形分が含まれているのか否かを判別する方法は,本件明細書には開示されておらず,また,当業者であっても,本件明細書の記載及び本件特許の出願時の技術常識に照らし,特定の方法によって判別することが理解できるともいえない(篩上に残存しているものが,メッシュ目開きよりも細かい不溶性固形分を含むものであるのか否かについて,一般的な判別方法があるわけではなく,証拠(乙1)及び弁論の全趣旨によれば,測定に使用される篩は,目開きが16メッシュ(1.00㎜)又は35メッシュ(0.425㎜)のものと認められるから,篩上に残った微小な不溶性固形分について,単に目視しただけでは明らかではないといわざるを得ない。)。
  そうすると,当業者であっても,本件明細書の記載及び本件特許の出願時の技術常識に基づいて,その後の水洗の要否を判断することができないことになる。
  したがって,本件発明の態様として想定される,「測定したいサンプル100グラムを水200グラムで希釈」しても「なお粘度を有している場合」(段落【0038】)も含めて,当業者が,本件明細書の発明の詳細な説明の記載及び本件特許の出願時の技術常識に基づいて,本件条件を満たす本件発明に係る加工飲食品を生産することができると認めることはできない。
  以上によれば,本件明細書の発明の詳細な説明は,本件発明を当業者が実施できるように明確かつ十分に記載されているものと認めることはできない。 」

【コメント】
 恐らく,特許の異議申立てが復活して,最初の訴訟の事件じゃないでしょうか。私も特許の世界にそこそこ長く居ますので,懐かしい感がします。
 
 さて,特許権者は,大手のキッコーマンと日本デルモンテの共有です。
 「 ニンジンやパイナップル等の野菜または果実を粗ごししたような濃厚な食感を呈し、飲みやすく、栄養価の高い加工飲食品、該加工飲食品を含む容器詰飲料」の発明のようです。

 これに対して,自然人が異議申立てをしたようです(異議2015-700019号)。
 自然人の場合,通常代理人がつくことはあまりないと思うのですが(ダミーもありますので。),今回の事件では代理人が付いております。
 
 そうしますと,この代理人を調べると,大体裏で手を引いている所が分かるのですが,今回はこの代理人からではよくわかりません(某自動車部品メーカーの代理をしていることが多く,食品関係とはあまり縁がないようです。)。

 あまり関係なのですが,まずはクレームから。
【請求項1】  
  野菜または果実を破砕して得られた不溶性固形分を含む加工飲食品であって,  
  6.5メッシュの篩を通過し,かつ16メッシュの篩を通過しない前記不溶性固形分の割合が10重量%以上であり,  
  16メッシュの篩を通過し,かつ35メッシュの篩を通過しない前記不溶性固形分の割合が5重量%以上25重量%以下である  
  ことを特徴とする加工飲食品。  
 このメッシュについては,数字が大きい方が目が細かいようです(単位面積あたりの格子の数のようです。)。

 さて,この特許に関し,自然人Aさんは実施可能要件と明確性要件等に反しているとして,異議申立てをしたのです。
 これに対して,特許庁もその異議を認めて,取消決定をしたということです。
 
 そして,知財高裁もそれでよしとしたわけです(明確性要件の判断はなし。)。
 
 本願によると,メッシュの上に何か残った場合, メッシュ目開きよりも細かく,本来篩から出ていくべきものが残存する場合もあり,これを水洗等しないといけないわけです。しかし,どういう基準で水洗すべきか,そして,水洗した後のものがクレームの範囲内と言えるのはどういう場合だとか,そういうのが一切書いていなかったのですね。
 
 ということで,このような結果になった次第です。短期でよく検討できたなあと思います。
 
 他方,特許権者としてはやはり堪ったものではありません。飲料関係の出願時には本当要注意ということです。