2017年7月5日水曜日

審決取消訴訟 特許 平成28(行ケ)10220  拒絶査定不服審判 拒絶審決 請求認容


事件番号
事件名
 審決取消請求事件
裁判年月日
 平成29年7月4日
裁判所名
 知的財産高等裁判所第4部 
裁判長裁判官   髙  部  眞  規  子 
裁判官    山  門      優 
裁判官    片  瀬     亮  

「⑴  相違点5について
 相違点5は,「本願発明の従業員情報は,各従業員が入力を行うためのウェブページを各従業員の従業員端末のウェブブラウザ上に表示させて入力された,給与計算を変動させる従業員入力情報を含んでいるのに対し,引用発明の従業員情報は,各従業員が入力を行うためのウェブページを各従業員の従業員端末のウェブブラウザ上に表示させて入力されたものを含んでいない点。」であり,「入力されたもの」とは,「入力された,給与計算を変動させる従業員入力情報」を意味することは,当事者間に争いがない。
 本件審決は,相違点5について,引用例の図2には,【扶養者情報】の項目が見て取れるところ,一般に,扶養者情報は,給与計算を変動させる従業員情報であるとした上で,「従業員の給与支払機能を提供するアプリケーションサーバを有するシステムにおいて,企業の給与締め日や給与支給日等を含む企業情報及び従業員情報を入力可能な利用企業端末のほかに,従業員情報の入力及び変更が可能な従業者の携帯端末機を備えること」は,本願出願日前に周知の技術(周知例2例示周知技術)であり,従業員にどの従業員情報を従業員端末を用いて入力させるかは,当業者が適宜選択すべき設計的事項であるとして,「引用発明において,扶養者情報を従業員の申告に基づいて入力する構成に代えて,周知例2などに周知の技術や一般的な構成を採用して,本願発明と同様に,給与計算を変動させる従業員入力情報(扶養者情報)を各従業員が入力を行うためのウェブページを各従業員の従業員端末のウェブブラウザ上に表示させる構成とすることは,当業者が,本願出願日前に容易に発明できたものである。」旨認定判断した。
⑵  本件審決が認定した周知技術について
ア  本件審決は,前記のとおり,「従業員の給与支払機能を提供するアプリケーションサーバを有するシステムにおいて,企業の給与締め日や給与支給日等を含む企業情報及び従業員情報を入力可能な利用企業端末のほかに,従業員情報の入力及び変更が可能な従業者の携帯端末機を備えること」は,本願出願日前に周知の技術であったと認定した。なお,従業員情報とは,特許請求の範囲の記載のとおり,「各従業員に関連する情報」を意味するものである。
 そして,被告は,周知例2,甲7,乙9及び乙10によれば,本願出願日前に上記周知技術が存在したことが認められるから,本件審決の認定に誤りはない旨主張する。
イ  周知例2,甲7,乙9及び乙10は,本件特許の特許出願日以前に頒布された刊行物であるところ,これらの文献には,従業員情報の入力及び変更が可能な従業者の携帯端末機について,次のとおり記載されている。 
・・・
ウ  以上のとおり,周知例2,甲7,乙9及び乙10には,「従業員の給与支払機能を提供するアプリケーションサーバを有するシステムにおいて,企業の給与締め日や給与支給日等を含む企業情報及び従業員情報を入力可能な利用企業端末のほかに,①従業員の取引金融機関,口座,メールアドレス及び支給日前希望日払いの要求情報(周知例2),②従業員の勤怠データ(甲7),③従業員の出勤時間及び退勤時間の情報(乙9)及び④従業員の勤怠情報(例えば,出社の時間,退社の時間,有給休暇等)(乙10)の入力及び変更が可能な従業者の携帯端末機を備えること」が開示されていることは認められるが,これらを上位概念化した「上記利用企業端末のほかに,およそ従業員に関連する情報(従業員情報)全般の入力及び変更が可能な従業者の携帯端末機を備えること」や,「上記利用企業端末のほかに,従業員入力情報(扶養者情報)の入力及び変更が可能な従業者の携帯端末機を備えること」が開示されているものではなく,それを示唆するものもない。
 したがって,周知例2,甲7,乙9及び乙10から,本件審決が認定した周知技術を認めることはできない。また,かかる周知技術の存在を前提として,本件審決が認定判断するように,「従業員にどの従業員情報を従業員端末を用いて入力させるかは,当業者が適宜選択すべき設計的事項である」とも認められない。 
⑶  動機付けについて
  本願発明は,従業員を雇用する企業では,総務部,経理部等において給与計算ソフトを用いて給与計算事務を行っていることが多いところ,市販の給与計算ソフトには,各種設定が複雑である,作業工程が多いなど,汎用ソフトに起因する欠点もあることから,中小企業等では給与計算事務を経営者が行わざるを得ないケースも多々あり,大きな負担となっていることに鑑み,中小企業等に対し,給与計算事務を大幅に簡便にするための給与計算方法及び給与計算プログラムを提供することを目的とするものである(本願明細書【0002】~【0006】)。
 そして,本願発明において,各従業員が入力を行うためのウェブページを各従業員の従業員端末のウェブブラウザ上に表示させて,同端末から扶養者情報等の給与計算を変動させる従業員情報を入力させることにしたのは,扶養者数等の従業員固有の情報(扶養者数のほか,生年月日,入社日,勤怠情報)に基づき変動する給与計算を自動化し,給与計算担当者を煩雑な作業から解放するためである(同【0035】)。
 一方,引用例には,発明の目的,効果及び実施の形態について,前記2⑴のとおり記載されており,引用例に記載された発明は,複数の事業者端末と,複数の専門家端末と,給与データベースを有するサーバ装置とが情報ネットワークを通じて接続された給与システムとし,専門家端末で給与計算サーバ装置にアクセスし,給与計算を行うための固定項目や変動項目のデータを登録するマスター登録を行うことなどにより,複数の事業者と,税理士や社会保険労務士のような専門知識を持った複数の専門家が,給与計算やその他の処理を円滑に行うことができるようにしたものである。
  したがって,引用例に接した当業者は,本願発明の具体的な課題を示唆されることはなく,専門家端末から従業員の扶養者情報を入力する構成に代えて,各従業員の従業員端末から当該従業員の扶養者情報を入力する構成とすることにより,相違点5に係る本願発明の構成を想到するものとは認め難い。」

【コメント】
 フィンテックのビジネスモデル特許(特願2014-217202号)の進歩性が問題となった事例です。

 クレームからです。
【請求項1】企業にクラウドコンピューティングによる給与計算を提供するための給与計算方法であって,/サーバが,前記企業の給与規定を含む企業情報及び前記企業の各従業員に関連する従業員情報を記録しておき,/前記サーバが,前記企業情報及び前記従業員情報を用いて,該当月の各従業員の給与計算を行い,/前記サーバが,前記給与計算の計算結果の少なくとも一部を,前記計算結果の確定ボタンとともに前記企業の経理担当者端末のウェブブラウザ上に表示させ,/前記確定ボタンがクリック又はタップされると,前記サーバが,前記クリック又はタップのみに基づいて該当月の各従業員の前記計算結果を確定させ,/前記従業員情報は,各従業員が入力を行うためのウェブページを各従業員の従業員端末のウェブブラウザ上に表示させて入力された,給与計算を変動させる従業員入力情報を含むことを特徴とする給与計算方法。

 主引例との一致点・相違点は以下のとおりです。
イ  本願発明と引用発明との一致点
 企業にクラウドコンピューティングによる給与計算を提供するための給与計算方法であって,/前記サーバが,前記企業の各従業員に関連する従業員情報を記録しておき,/前記サーバが,前記従業員情報を用いて,該当月の各従業員の給与計算を行い,/前記サーバが,給与計算の計算結果の少なくとも一部を,前記企業の経理担当者端末に表示させる,/給与計算方法。

ウ  本願発明と引用発明との相違点
(ア)  相違点1
 本願発明のサーバは,企業の給与規定を含む企業情報も記録しているのに対し,引用発明のサーバは,企業の給与規定を含む企業情報を記録しているのか否か明らかでない点。
(イ)  相違点2
 本願発明のサーバは,給与計算を行う際に企業情報も用いているのに対し,引用発明のサーバは,給与計算を行う際に企業情報を用いているのか否か明らかでない点。
(ウ)  相違点3
 本願発明のサーバは,給与計算の計算結果を表示する際に,計算結果の確定ボタンも表示させ,確定ボタンがクリック又はタップされると,前記サーバが,前記クリック又はタップのみに基づいて該当月の各従業員の前記計算結果を確定させているのに対し,引用発明では,計算結果の確定ボタンを表示させたり,確定させたりしているのか否か明らかでない点。
(エ)  相違点4
 本願発明のサーバは,給与計算の計算結果を経理担当者端末で表示する際に,ウェブブラウザ上に表示させているのに対し,引用発明では,給与計算の計算結果を経理担当者端末で表示する際に,ウェブブラウザ上に表示させているのか否か明らかでない点。
(オ)  相違点5 
 本願発明の従業員情報は,各従業員が入力を行うためのウェブページを各従業員の従業員端末のウェブブラウザ上に表示させて入力された,給与計算を変動させる従業員入力情報を含んでいるのに対し,引用発明の従業員情報は,各従業員が入力を行うためのウェブページを各従業員の従業員端末のウェブブラウザ上に表示させて入力されたものを含んでいない点。
 
 ポイントとなったのは,相違点5でした。
 
 この点について, 審決は,周知例2などから,従業員に或る従業員情報を従業員端末を用いて入力させる記載があり,その上位概念的なものも認定できるとしたわけです。
 
 他方,裁判は,個別に様々なものはあるだろうが( 周知例2,乙9,10,甲7),上位概念的な,どんな従業員情報だろうが従業員端末を用いて入力させる記載まではなく,そう認定もできない!としたわけです。
 
 ですので,周知例の認定が誤りとなったわけです。そうすると,相違点5を周知例等で埋めることはできませんので,あとはその差が設計事項等か動機づけあるかという話になるのですが,裁判所は大きな差であり,動機付けなし!としたわけです。

 ただ,少々微妙な感じです。
 従前,周知例の上位概念化が問題となった事件としては,知財高裁H23(行ケ)10121号,H24.1.31判決などがあります。

 その件に比べて,周知例の数自体は多いわけですから(上記先例は実質1個だけ),上位概念化もOKとされても文句は言えない所です。

 ですので,一体何個の個別的下位概念があれば,上位概念化してもよいのか,それともいくらあっても無理なのか,その辺がよくわからないところです。