2017年10月27日金曜日

審決取消訴訟 特許 平成28(行ケ)10185  却下審決 請求認容

事件名
 審決取消請求事件
裁判年月日
 平成29年10月23日
裁判所名
 知的財産高等裁判所第3部
裁判長裁判官 鶴      岡      稔      彦
裁判官  寺      田      利      彦 
裁判官大西勝滋は,転補のため,署名押印することができない。 
裁判長裁判官 鶴      岡      稔      彦  

「2  原告本人尋問における原告の陳述内容
  本件審判手続において,請求人(原告)の本人尋問が行われていたが,当裁判所は,改めて原告本人尋問を実施した。 その際,原告は,本件審判請求を行った動機,経緯等について,要旨次のとおり陳述した。
(1) 原告は,特許権取得のための支援活動等を行う個人事業主であり,自らも特許技術製品の開発等を行っている。
(2) 特許願(甲54)の請求項に記載されている発明(原告発明)は,自分(原告)の発明である。
(3) 原告発明に係るおむつの開発に着手した理由は,日頃から医療分野に興味を持っていたこと,特に子供の頃から●●(省略)●●ことや,●●(省略)●●,排せつの問題に関する知識があったこと,さらには,災害の発生,外国人の需要などにより,商品開発をして市場に提供するチャンスがあると考えたことによる。
(4) 原告発明は,紙おむつの外層シートに新たな構造を付加することを特徴とするものであり,弾性構造のない部分を有し,かつ,(テープ型でなく)パンツ型のおむつが最も適する。
(5) 原告としては,自ら発明を実施する能力がないので,ライセンスや他の業者に委託して製造してもらうことなどを考えており,製品化の準備として,市販品のおむつ(被告製品など)に手を加えて試作品(サンプル)を製作していた。
(6) 実際に上記試作品をおむつの製造業者等に持ち込んだことはまだないが,インターネット上で特許発明の実施の仲介を行う業者や不織布を取り扱う業者に対し,原告発明の実施の可能性について尋ねたことはある。
(7) その際,原告としては,原告発明を製品化する場合,被告の本件特許に抵触する可能性があると考えていたので,率直にその旨を上記の業者らに伝えたところ,いずれも,その問題(特許権侵害の可能性)をクリアしてからでないと,依頼を受けたり,検討したりすることはできないといわれ,それ以上話が進められなかった。
(8) 原告としては,設計変更等による回避も考えたが,原告発明を最も生かせる構造(実施例)は,被告の本件特許発明の技術的範囲にあると思われたため,原告発明を実施する(事業化する)には,本件特許に抵触する可能性を解消する必要性があると判断し,また,専門家から本件特許に無効理由があるとの意見をもらったことから,本件無効審判請求を行った。 

3  検討
  以上のとおり,原告は,単なる思い付きで本件無効審判請求を行っているわけではなく,現実に本件特許発明と同じ技術分野に属する原告発明について特許出願を行い,かつ,後に出願審査の請求をも行っているところ,原告としては,将来的にライセンスや製造委託による原告発明の実施(事業化)を考えて
おり,そのためには,あらかじめ被告の本件特許に抵触する可能性(特許権侵害の可能性)を解消しておく必要性があると考えて,本件無効審判請求を行ったというのであり,その動機や経緯について,あえて虚偽の主張や陳述を行っていることを疑わせるに足りる証拠や事情は存しない。
  以上によれば,原告は,製造委託等の方法により,原告発明の実施を計画しているものであって,その事業化に向けて特許出願(出願審査の請求を含む。)をしたり,試作品(サンプル)を製作したり,インターネットを通じて業者と接触をするなど計画の実現に向けた行為を行っているものであると認められるところ,原告発明の実施に当たって本件特許との抵触があり得るというのであるから,本件特許の無効を求めることについて十分な利害関係を有するものというべきである。 」

【コメント】
 パンツ型使い捨ておしめの発明に対する無効審判の審決取消訴訟の事件です。

 さて,この事件が特異なのは,特許庁の審判で却下!審決という実に珍しいものが下された点です。
 
 私もそろそろ特許実務生活20年という所なのですが,却下判決というのにお目にかかったことはあっても,却下審決というのにお目にかかったことはありません。
 
 で,本件では,無効審判を請求できる「利害関係人」に当たらないということで,却下となったわけです。
 
 なので,クレームの話より,その話が重要ですので,条文を見てみましょう。特許法123条2項です。
 
2 特許無効審判は、利害関係人(前項第二号(特許が第三十八条の規定に違反してされたときに限る。)又は同項第六号に該当することを理由として特許無効審判を請求する場合にあつては、特許を受ける権利を有する者)に限り請求することができる。」 

 なお,この「利害関係人」については,特許庁の所謂青本にはこう記載されております。 

利害関係人に該当するか否かは個々の事件で個別に判断 されることになるが、例えば 「実際に特許権侵害で訴えられている者 」、「類似の特許を有する者 」、「特許発明と同種の製品を製造する者」 等がこれまでの裁判例で利害関係人と認められている。」

 却下したところを見ると,ダミーかなとも思ったのですが,この判決を見ると,自分で特許出願もしているようで,これはちょっと利害関係人と言ってよいのではないかと思えます。
 
 にもかかわらず,どうして特許庁が勇み足とも言える却下を選択したのかが解せない所です。 

 恐らく,被請求人が大手の企業なので,忖度したのかもしれません。
 

2017年10月26日木曜日

審決取消訴訟 特許 平成28(行ケ)10216  不服審判 拒絶審決 請求棄却

事件名
 審決取消請求事件
裁判年月日
 平成29年10月13日
裁判所名
 知的財産高等裁判所第3部
裁判長裁判官 鶴      岡      稔      彦
裁判官  杉      浦      正      樹 
裁判官大西勝滋は,転補のため,署名押印することができない。 
裁判長裁判官 鶴      岡      稔      彦  

「 事案に鑑み,原告主張の取消事由2の成否について,まず検討する。
  (1)  特許法36条4項1号は,明細書の発明の詳細な説明の記載は,「その発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者がその実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載したもの」でなければならないと定めるところ,ここでいう「実施」とは,物の発明においては,当該発明に係る物の生産,使用等をいうものであるから,実施可能要件を満たすためには,明細書の発明の詳細な説明の記載は,当業者が当該発明に係る物を生産し,使用することができる程度のものでなければならない。
 そして,本願発明のような医薬の用途発明においては,一般に,物質名や成分組成等が示されることのみによっては,当該用途の有用性及びそのための当該医薬の有効量を予測することは困難であり,当該医薬を当該用途に使用することができない。そのため,医薬の用途発明において実施可能要件を満たすものといえるためには,明細書の発明の詳細な説明が,その医薬を製造することができるだけでなく,出願時の技術常識に照らし,医薬としての有用性を当業者が理解できるように記載されている必要がある。
  これを本願発明についてみると,本願発明は,前記1(2)のとおり,ω-6脂肪酸及びω-3脂肪酸を含む脂質含有配合物において,両者の含有比率及び含有量を前記所定の値とすることを技術的特徴とし,これにより本願発明に係る各医学的状態の予防および/または治療の効果を奏するというものであるから,本願発明について医薬としての有用性があるといえるためには,前記所定の比率及び量のω-6脂肪酸及びω-3脂肪酸を含む脂質含有配合物(以下「本願発明に係る配合物」という。)を対象者に用いた場合に,本願発明に係る各医学的状態のそれぞれについて予防又は治療の効果が生じるものであることが必要であり,したがって,本願発明が実施可能要件を満たすものといえるためには,本願明細書の発明の詳細な説明が,本願出願当時の技術常識に照らし,本願発明に係る配合物を使用することによって本願発明に係る各医学的状態のそれぞれについて予防又は治療の効果が生じることを当業者が理解できるように記載されていなければならないものといえる。 
 (2)ア  このように,本願発明について実施可能要件の充足性を判断するに当たっては,本願出願当時の技術常識を踏まえる必要があるところ,本願出願前の文献をみると,ω-6脂肪酸及びω-3脂肪酸の摂取が人体に及ぼす影響に関し,次のような記載が認められる。
        (ア)  特開平3-53869号公報(甲5の10) 
・・・
 イ  以上によれば,本願出願前の上記各文献には,ω-3脂肪酸及びω-6脂肪酸は,いずれも人体内では生合成ができない必須栄養素であるが,我が国における食生活の欧米型化に起因して,脂肪酸の摂取量は,肉類や卵,乳製品,植物油に含まれるω-6脂肪酸に大きく偏っている状況にあり,その結果,脂肪を構成する不飽和脂肪酸のアンバランス(ω-6脂肪酸の過剰)を原因とする高血圧,心臓病の循環器系疾患や乳癌,大腸癌などが増加し,そのほかにも,ω-6脂肪酸の多量摂取に伴う様々な健康障害が考えられることから,ω-6脂肪酸とω-3脂肪酸の摂取量の比率について,4:1程度,もしくはそれ以下とすることが望ましいとされていることが記載されているものといえる。そして,このような記載内容は,本願明細書の背景技術に係る「多数の研究により,ω-3脂肪酸の補給を用いた医学的状態の予防および/または治療についての証拠が示され,ω-6脂肪酸の摂取を減らすことが推奨されている。」との記載(段落【0006】)とも符合するものである。
    してみると,ω-6脂肪酸及びω-3脂肪酸の摂取に関しては,ω-6脂肪酸の過剰摂取による健康障害を避けるため,ω-6脂肪酸の摂取を減らし,ω-6脂肪酸とω-3脂肪酸の摂取量の比率を「4:1」程度までにとどめるのが望ましいことが,本願出願当時の技術常識であったものと認められる。
(3)  しかるところ,本願発明は,本願発明に係る各医学的状態の予防および/または治療における使用のための配合物として,ω-6脂肪酸及びω-3脂肪酸を含み,①両者の含有比率につき,ω-6対ω-3の比が4:1以上であること,②両者の含有量につき,(ⅰ)ω-3脂肪酸が総脂質の0.1~20重量%であるか,又は,(ⅱ)ω-6脂肪酸の用量が40g以下であることを特徴とする脂質含有配合物を提供するものであるところ,このような比率及び量のω-6脂肪酸及びω-3脂肪酸を含む脂質含有配合物の使用が,本願発明に係る各医学的状態の予防および/または治療の効果を生じさせるということは,本願出願当時における上記(2)イのような技術常識からは考え難い事態ということができる(本願発明に係る配合物には,例えば,ω-6脂肪酸の含有量が40gで,ω-3脂肪酸の含有量が0.1gである配合物(ω-6対ω-3の比が400:1であり,ω-6脂肪酸の用量が40gである配合物)も含まれることとなるが,上記技術常識からすれば,このようにω-3脂肪酸がごくわずかしか含まれず,大部分がω-6脂肪酸からなる配合物が,ω-6脂肪酸の過剰摂取による健康障害の観点から望ましくないものであることは明らかといえる。)。
 したがって,それにもかかわらず,本願発明に係る配合物が医薬としての有用性を有すること,すなわち,本願発明に係る配合物を使用することによって本願発明に係る各医学的状態のそれぞれについて予防又は治療の効果が生じることを当業者が理解できるといえるためには,本願明細書の発明の詳細な説明に,このような効果の存在を裏付けるに足りる実証例等の具体的な記載が不可欠なもの
といえる。
    (4)  そこで,本願明細書の発明の詳細な説明に,上記要請を満たし得る記載があるか否かにつき検討することとするが,本件審決は,本願発明に係る各医学的状態のうち,内分泌障害,腎疾患及び癌の3疾患(以下「本件3疾患」という場合がある。)を捉え,本願明細書の発明の詳細な説明には,これらに係る実施例の記載がなく,これらを予防および/または治療することに本願発明が有用であると当業者が理解できる記載は認められないとして,本願は実施可能要件を満たさない旨判断し,これに対し,原告は,その判断に誤りがある旨を主張するので,以下では,多岐にわたる本願発明に係る各医学的状態のうち,本件3疾患に着目して,上記要請を満たし得る記載があるか否かを検討することとする。
      ア  本件審決摘示の記載事項(ア)(本願明細書の段落【0006】及び【0007】)及び記載事項(イ)(本願明細書の実施例6~段落【0063】)について
            原告は,上記記載事項(ア)及び(イ)には,本件3疾患を予防および/または治療することに本願発明が有用であると当業者が理解できる記載がある旨を主張するので,以下検討する。
          ・・・
 以上によれば,上記記載事項(ア)及び(イ)には,当業者が,本件3疾患を予防および/または治療することに本願発明が有用であると理解できるような記載があるとはいえない。
    イ  本件審決摘示の記載事項(ウ)ないし(ニ)(本願明細書の段落【0071】ないし【0111】の実施例10ないし27に係る記載)について
        原告は,上記記載事項(ウ)ないし(ニ)の実施例に係る記載中には,本件3疾患に対応する実施例についての記載があり,これらから,当業者は,本件3疾患を予防および/または治療することに本願発明が有用であることを理解できる旨主張するので,以下検討する。
      (ア)  内分泌障害について
          原告は,本願明細書記載の本願発明に係る各医学的状態の実施例のうち,更年期(実施例11),気分変動,精神機能(実施例13),甲状腺障害(実施例16),体重増加,肥満(実施例17),糖尿病(実施例18),消化器系障害(実施例19),排卵,生殖障害(実施例20)は,いずれも内分泌障害に含まれ,これらの実施例に係る記載から,当業者は,内分泌障害を予防および/または治療することに本願発明が有用であることを理解できる旨主張する。しかし,請求項25の記載(第2の2(1))から明らかなとおり,本願発明においては,内分泌障害と,更年期以下の上記各種障害とは別の医学的状態であると位置付けられているのであるから,後者についての実施例が,前者の予防および/または治療についての有用性を基礎付けると断ずることができるかどうかにはそもそも疑問がある。また,仮にこの点を措いて検討してみても,以下のとおり原告の主張には疑問があるといわざるを得ない。
        a  実施例11の記載(本願明細書の段落【0073】~【0077】)について  
・・・
 h  まとめ
        以上のとおり,本願明細書の実施例11,13,16ないし20に係る記載からは,当業者が,これらに係る各医学的状態を予防および/または治療することに本願発明が有用であることを理解できるものとはいえない。
        そうすると,仮に,これらの実施例がいずれも内分泌障害に含まれるとの原告の主張を前提としたとしても,これらの実施例に係る記載から,当業者が,内分泌障害を予防および/または治療することに本願発明が有用であることを理解できるものとはいえない。
  (イ)  腎疾患について
        原告は,本願明細書記載の本願発明に係る各医学的状態の実施例のうち,心血管疾患(実施例12)及び糖尿病(実施例18)は,いずれも腎疾患と病因を共通にするとし,これらの実施例に係る記載から,当業者は,腎疾患を予防および/または治療することに本願発明が有用であることを理解できる旨主張する。この主張についても,(ア)と同様に,本願発明において,腎疾患と心血管疾患・糖尿病とが別の医学的状態として位置付けられている点が問題となるが,この点を措いて検討した結果は以下のとおりである。 
 a  実施例12の記載(段落【0077】ないし【0080】)について 
・・・
c  まとめ 
 以上のとおり,本願明細書の実施例12及び18に係る記載からは,当業者が,心血管疾患及び糖尿病を予防および/または治療することに本願発明が有用であることを理解できるものとはいえない。
    そうすると,仮に,心血管疾患及び糖尿病がいずれも腎疾患と病因を共通にするとの原告の主張を前提としても,これらの実施例に係る記載から,当業者が,腎疾患を予防および/または治療することに本願発明が有用であることを理解できるものとはいえない。
(ウ)  癌について
        原告は,本願明細書の実施例21の「組織修復」には,癌の予防および/または治療が含まれるから,当該実施例に係る記載から,当業者は,癌を予防および/または治療することに本願発明が有用であることを理解できる旨主張する。
        そこで検討するに,本願明細書には,実施例21として,「加齢,組織修復についてのケーススタディー」についての記載(段落【0102】及び【0103】)があり,そこには,宿主対象において,「ω-6脂肪酸およびω-3脂肪酸を均衡および最適化することにより,筋肉量回復,睡眠の安定化,精神的な鮮明さの向上,エネルギーおよび活力の向上,皮膚の改善,脱毛の減少,腸機能の改善,性欲および性的機能の改善ならびに体重管理を含め,加齢症状が調節された」ことが記載されている。
 しかしながら,上記記載中には,対象に投与され,加齢症状の調節の効果を示したとされる配合物中のω-6脂肪酸及びω-3脂肪酸の量及び比率については,「ω-6脂肪酸およびω-3脂肪酸を均衡および最適化」したとされるのみで,具体的には示されていない。また,上記記載中に示された効果は,いずれも正常な細胞に係る加齢性の組織障害の改善にすぎないところ,癌細胞とは,「制御されない増殖を伴う,異常に分裂し,複製する細胞」(甲33)であって,正常な細胞とは異なるものであるから,正常細胞に係る上記の効果が,癌細胞についての組織の修復にまで及ぶものと直ちに理解することは困難である。
 してみると,本願明細書の実施例21に係る記載は,本願発明に係る配合物を使用することによって癌の予防又は治療の効果が生じることを裏付ける実証例の記載とはいえないものであり,このような記載から,当業者が,癌を予防および/または治療することに本願発明が有用であることを理解できるものということはできない。
  (エ)  小括
        以上によれば,本願明細書の本願発明に係る各医学的状態についての実施例の記載(段落【0071】ないし【0111】)をみても,当業者が,本件3疾患を予防および/または治療することに本願発明が有用であると理解できるような記載があるとはいえない(なお,以上で述べてきたことからすれば,本願発明に係る各医学的状態のうち,本件3疾患以外の多数の医学的状態についても,その実施例に係る記載から,当業者が,当該医学的状態を予防および/または治療することに本願発明が有用であることを理解できないものと認められる。)。
 ・・・
(5)  以上によれば,本願明細書の発明の詳細な説明の記載を検討しても,当業者が,本願発明に係る各医学的状態のうち,少なくとも本件3疾患を予防および/または治療することに本願発明が有用であると理解できるような記載を認めることはできず,また,そのことが本願出願時の技術常識であることも認められないから,本願明細書の発明の詳細な説明は,当業者が本願発明を実施することができる程度に明確かつ十分に記載されたものとはいえない。  」

【コメント】
 「脂質含有組成物およびその使用方法」とする特許出願(特願2011-506377号)についての,拒絶審決(実施可能要件違反,サポート要件違反)に対する審決取消訴訟の事件です。

 何だか久々の実施可能要件違反王道~というような判決のため,取り上げました(判断はありませんが,サポート要件違反の王道とも言えます。)。
 
 外国からの出願のため,クレームは, かなり技巧的なのですが,以下のとおりと思われます。
対象における,更年期,加齢,筋骨格障害,気分変動,認知機能低下,神経障害,精神障害,甲状腺障害,過体重,肥満,糖尿病,内分泌障害,消化器系障害,生殖障害,肺障害,腎疾患,眼障害,皮膚障害,睡眠障害,歯科疾患,癌,自己免疫疾患,感染症,炎症性疾患,高コレステロール血症,脂質異常症,または心血管疾患から選択される医学的状態の予防および/または治療における使用のための,異なる供給源に由来する脂質の混合物を含む脂質含有配合物であって,前記配合物は,ある用量のω-6脂肪酸および ω-3脂肪酸を含み,ω-6対 ω-3の比が4:1以上であり:
(i)ω-3脂肪酸は,総脂質の0.1~20重量%であるか;または
(ii)ω-6脂肪酸の用量は,40g以下である,脂質含有配合物。
 
  ω-6脂肪酸とω-3脂肪酸にポイントがある,医薬の用途発明なのですね。
 
 さて,審決は,サポート要件について,「本願明細書の発明の詳細な説明の記載を検討しても,本願発明が,本願発明に係る各医学的状態のうち,内分泌障害,腎疾患,癌を予防および/または治療するという課題を解決できるものと当業者が認識できる記載は認められず,そのことが本願出願時の技術常識から明らかであるとする根拠もない」とされ,実施可能要件についても,「本願明細書の発明の詳細な説明の記載を検討しても,本願発明が,本願発明に係る各医学的状態のうち,内分泌障害,腎疾患,癌を予防および/または治療することに有用であると当業者が理解できる記載は認められず,そのことが本願出願時の技術常識から明らかであるとする根拠もない」とされたわけです。
 
 ま,要するに,内分泌障害,腎疾患,癌,この3つに関する記載が全くないじゃないか!と言われたのです。

 ということで,判決も,医薬の用途発明なんだから,医薬としての有用性が分かるようになってないとダメだとしたわけです。
 
 そして,検討した結果,本願発明のポイントは技術常識には反する(逆に言えば進歩性はあると言えます。)→明細書中にはきちんと書かれていなければならない→しかし明細書中には,内分泌障害,腎疾患,癌に対する有用性のことはちっとも書かれていない→実施可能要件違反だ,としたわけです。
 
 ちょっとこれは致し方ないかなという感があります。 

 明細書を後でいじると新規事項追加になりますので,クレームから,内分泌障害,腎疾患,癌の部分を削除すればよいのですが,今の段階だともはや補正はできません。拒絶査定のときに分割は出来ますので,そのときにきちんと分割していれば生き残る可能性もありますが,本件ではどうなんでしょうね。
 
 おっと,出願2014-099072として分割されておりました。なので,まあ今回はダメでもある程度大丈夫なのかもしれません(そうすると,今回は単なるチャレンジでしたかな。)。

2017年10月25日水曜日

侵害訴訟 著作権 平成29(ネ)10061  知財高裁 控訴棄却(請求棄却)

事件名
 著作者人格権侵害差止等請求控訴事件
裁判年月日
 平成29年10月13日
裁判所名
 知的財産高等裁判所第3部
裁判長裁判官 鶴      岡      稔      彦 
裁判官   寺      田      利      彦
裁判官大西勝滋は,填補のため署名押印することができない。     
裁判長裁判官 鶴      岡      稔      彦  

「ア  まず,控訴人(控訴人代表者)は,控訴人設計資料を作成するに当たり,外装スクリーン部分以外は全て被控訴人竹中工務店作成に係る資料を流用しており,手を加えていない事実を自認している。したがって,控訴人外観設計のうち外装スクリーンを除くその余の部分については,そもそも控訴人代表者の創作的関与を認める余地がない。
イ  次に,外装スクリーン部分について,控訴人設計資料及び控訴人模型に基づく控訴人代表者の提案内容が「建築の著作物」の創作に関与したと認め得るだけの具体性ある表現といえないことは,原判決が指摘するとおりであって,控訴理由を踏まえてもその認定判断は覆らない。
 控訴人は,控訴人代表者の上記提案が「実際建築される建物に用いられる組亀甲柄より大きいイメージ」として作成されていた点に関し,たとえそうであったとしても,「具体的な建物の外観が視覚的に,一般人にとって看取可能な形で図面上表現されていれば,それは具体的な表現である(から,上記提案がアイデアにすぎないことの根拠にはならない)」などとも主張するが,格子の大きさ一つ取っても,その大きさ次第で,いくらでも集合体としての外観デザインが変わり得ることは後記のとおりであるから,控訴人が想定していた現実の外観は,控訴人設計資料及び控訴人模型をもってしては,いまだ「視覚的に,一般人にとって看取可能な形で図面上表現されていた」といえず,その主張はやはり採用できないといわざるを得ない。
ウ  また,仮に,控訴人設計資料及び控訴人模型に現れた外装スクリーン部分の表現そのもの(図案)に関して,「建築の著作物」に限らず,何らかの著作物性(創作性)を認め得るとしても,(外装スクリーンに関する)控訴人代表者の提案と現実に完成した本件建物の外観とでは,2層3方向の連続的な立体格子構造(組亀甲柄)が採用されている点と,せいぜい色(白色)が共通するのみであり,少なくとも立体格子の柄や向き,ピッチ,幅,隙間,方向が相違することは原判決が認定するとおりであるところ,実際に本件建物の外観を撮影した写真(甲5の1・2)と控訴人設計資料及び控訴人模型とを見比べてみても(あるいは,乙2の比較図面を参照しても),例えば,個々の格子を意識させるものであるかどうか(本件建物は全体として細かい編み込み模様になっており,遠目に見ると個々の格子をそれほど意識させない態様であるのに対し,控訴人代表者の提案は,個々の格子が大きく,格子を構成する直線も際立っており,遠目に見てもその存在を意識させるとともに,六角形のデザインがより強調される態様となっている。),編み込み模様の編み目の向き(本件建物は横方向を意識させるのに対し,控訴人代表者の提案は縦方向を意識させる。),外装スクリーンの裏側にある建物自体の骨格を意識させるかどうか(本件建物の外装スクリーンは編み目が細かく,裏側にある建物自体の骨格を意識させないのに対し,控訴人代表者の提案のそれは編み目が粗く,裏側にある建物自体の骨格が透けて見えてその存在を意識させる。)などの点において大きく異なっており,全体としての表現や見る者に与える印象が全く異なることは明らかといえる。
 この点,控訴人は,控訴理由書等において,立体格子のピッチ,幅,隙間や,向き,方向などの相違は,いずれも本件建物の外観(見た目)に特段の違いをもたらすとはいえず,表現の本質的特徴を違えるほどの違いとはいえない旨主張するが,同じ組亀甲柄を採用したデザインでも,上記の諸要素等の違い(格子自体のデザインはもちろん,その大きさや配置,組み合わせ方等の違い)により,様々な表現があり得ることは,本件で提出されている関係各証拠(甲30~34,乙12,13など。乙号証は枝番号を含む。)からも明らかといえるし,実際に本件建物外観と控訴人代表者の提案とで表現が大きく異なることは前記のとおりであるから,採用できない。
エ  そうすると,結局のところ,外装スクリーン部分に関し本件建物外観と控訴人代表者の提案とで共通するのは,ほぼ2層3方向の連続的な立体格子構造(組亀甲柄)を採用した点に尽きるのであって,それ自体はアイデアにすぎない(前記のとおり,建物の外観デザインに組亀甲柄を採用するとしても,その具体的表現は様々なものがあり得るのであるから,組亀甲柄を採用するということ自体は,抽象的なアイデアにすぎない。)というべきであるから,控訴人代表者が本件建物外観について創作的に関与したとは認められないし,控訴人代表者の提案が本件建物の原著作物に当たるとも認められない。
(3) 以上によれば,原判決が,本件建物外観の設計に関し,控訴人代表者の創作的関与並びに共同創作の意思及び事実を認めず,かつ,本件建物外観を控訴人外観設計の二次的著作物とも認めなかったことは相当であり,その認定判断に誤りはない。 」

【コメント】
 建築の著作物?をめぐる争いです。原告は照井信三建築研究所‏で,被告は竹中工務店と彰国社(建築系の出版社です。)です。

 争いの対象となった本件建物は,青山にあるステラ・マッカートニーの店舗です。
 写真は誰かの著作権があると思いますので,ここで引用するのは避けておきます。

 代わりに,ステラ・マッカートニー自身のサイト( https://www.stellamccartney.com/experience/jp/press-room/stella-mccartney-opens-tokyo-flagship-store-aoyama/)で,問題がよくわかる写真が載っている所がありますので,こちらを引用しておきます。


 さて,そのサイトを見てわかるとおり,建物の外側に外装スクリーンがあり,これが特徴的です。そして,この外装スクリーンは,組亀甲模様となっております。
 
 組亀甲模様というはどういうものかというと,こんな感じです。
 

 他にもこういうものがあります。
 
 
 
 まあ,要するに,組亀甲と言っても色々な種類があるのです(すべてフリー素材です。)。

 このように組まれているため,見方によっては,亀の甲羅のように六角形と見えるわけです。
 さて,このような組亀甲で外装スクリーンを作り,それで建物を覆うというアイデアを原告は出したようです。

 しかし, 上記のとおり,アイデア出しをしたに過ぎないよね,ということで,請求は一審(東京地裁平成27(ワ)23694号,平成29年4月27日判決,47部,沖中部長の合議体です。)に続いて棄却されております。

 原告も商売でやっている以上,本件ではお金を既に貰っていると思います。そんなこんなことからすると, なかなか厳しい所があります。

 原告がこの件に携わった経緯は,上記の一審の判決に詳しいのですが,施主から設計を依頼されたのは,被告の竹中工務店だけです。
 では原告がどのようにこの件に関わったかというと,施主から外観デザイン監修を依頼されたためです。
 つまり,竹中工務店が知らない間に,施主が勝手に原告に外観デザイン監修を依頼していたようなのですね。

 まあ何かこの辺から躓きの石が見えてくるような気がしますが,施主もお金を掛ける以上,良い成果物を得たいというのは当然で,これはこれで仕方がありません。


 ですので,この事件は,どっちがどうだということではなく,様々な視点から色んな考え方のできる事件ではないかと思います。


 なお,本件では著作者人格権による請求しかありませんが,これは,著作権の場合,著作権法46条柱書及び2号があるためと思われます。
 

2017年10月20日金曜日

審決取消訴訟 特許 平成28(行ケ)10237  不服審判 不成立審決 請求棄却

事件番号
事件名
 審決取消請求事件
裁判年月日
 平成29年9月27日
裁判所名
 知的財産高等裁判所第3部
裁判長裁判官  鶴 岡 稔 彦
裁判官 大 西 勝 滋
裁判官 杉 浦 正 樹  

「 1  取消事由1(明確性要件についての判断の誤り)について
    ⑴  特許法36条6項2号は,特許請求の範囲の記載は,特許を受けようとする発明が明確であるとの要件(明確性要件)に適合するものでなければならないと規定するところ,その趣旨は,特許請求の範囲の記載が特許権の権利範囲を確定するものであることからすると,仮に特許請求の範囲に記載された発明が明確でない場合には,権利の及ぶ範囲が不明確となり,第三者に不測の不利益を及ぼすことがあり得るため,そのような事態を防止しようとするものである。そして,特許請求の範囲の記載が明確性要件に適合するか否かは,特許請求の範囲の記載に加え,願書に添付した明細書の記載及び図面を考慮し,出願当時における当業者の技術常識を基礎として,特許請求の範囲の記載が,第三者に不測の不利益を及ぼすほどに不明確であるか否かという観点から判断されるべきものである。より具体的に言えば,請求項の記載がそれ自体で明確であると認められる場合には,明細書又は図面中に請求項の用語についての定義又は説明があるかどうかを検討し,その定義又は説明によって,かえって請求項の記載が不明確にならないかを判断し,他方,請求項の記載がそれ自体で明確でない場合は,明細書又は図面中に請求項の用語についての定義又は説明があるかどうかを検討し,その定義又は説明を出願時の技術常識をもって考慮して請求項中の用語を解釈することによって,請求項の記載が明確といえるかどうかを判断し,以上の結果,請求項の記載から特許を受けようとする発明が明確に把握できるか否かによって判断するのが相当である。
⑵  「付近にある中で大きめの石や岩」との記載の明確性について
    本願の請求項1における「付近にある中で大きめの石や岩」と の記載は,本願の護岸の方法に係る発明において,埋設される杭の間隔を規定する前提となる記載であるところ,本件審決は,「付近にある中で大きめの石や岩」との記載がどの程度まで大きいものを規定しているのかが不明であるとし,この点をもって,本願が明確性要件を満たさないことの根拠の一つとしている。そこで,上記記載の明確性について,以下検討する。
  ア  一般に,「○○め」との語は,「形容詞の語幹に付いて,多少その性質や傾向をもつことを表す」接尾語である(大辞林第三版)から,「大きめ」とは,「大きい」という性質や傾向を有することを表す語であると解される。そうすると,請求項1の「付近にある中で大きめの石や岩」とは,河川の特定の場所(本願の発明に係る護岸を施す場所)において,付近にある石や岩のうち,「大きい」という性質や傾向を有する石や岩のことであると理解することができる。しかしながら,「大きめ」という語自体は,「大きい」という性質 や傾 向を ど の 程度 有す る の か を 何ら 特定 す る も の では ないから,結局のところ,どの程度の大きさをもって「大きめ」とすべきかは,「大きめ」という語自体からは判然としないものというほかな い 。ま た, 請 求 項1 の そ の他 の 記 載を 参酌 して み て も , 「大きい」 とい う性 質 や 傾向 をど の程 度 有 して いれ ば, 請 求 項1 にいう「大きめ」に該当するのかを理解し得る手掛かりは見当たらない。
 してみると,付近にある石や岩のうち,どの程度の大きさのものであれば,「付近にある中で大きめの石や岩」に該当するのかについては,「付近にある中で大きめの石や岩」という記載自体から客観的に定まるものではなく,付近にある石や岩を観察する者が,各自の基準に基づいてこれに当たるか否かを主観的に判断するほかはないものといえる。そして,そうであるとすれば,「付近にある中で大きめの石や岩」の範囲は,その判断者いかんによって変わり得る も の で あ っ て , 客 観 的 に 定 ま る も の で は な い と 言 わ ざ る を 得 ない。
 したがって,本願の請求項1における「付近にある中で大きめの石や岩」との記載は,それ自体で明確であると認められるものではない。
      イ  そこで,本願明細書の記載を参照するに,本願明細書において,「大きめの石や岩」又は「付近にある中で大きめの石や岩」に言及する記載は,「大きめの石や岩がそれによって止まる場合に最も大きな効果を上げることが出来ますから,杭は,付近にある中で大きめの石や岩がその場にとどまる事の出来る程度の間隔をあけて,なおかつそれらの圧力に耐える事の出来るように埋設します。これにより,小さな石や岩が最初に止まることもなく,上流から移動して来る大きめの石や岩が堰止められます。」(段落【0013】)との記載のみである。しかるところ,上記記載は,本願の護岸の方法に係る発明における課題を解決するための手段を説明する記載ではあるものの,その中に,「大きめの石や岩」又は「付近にある中で大きめの石や岩」の意味を説明する記載は認められない。また,本願明細書に記載され,又は図示されたその他の事項を参酌しても,「大きめの石や岩」又は「付近にある中で大きめの石や岩」との記載の意味を理解し得る手掛かりは見当たらない。加えて,請求項1の「大きめの石や岩」又は「付近にある中で大きめの石や岩」との記載の意味について,上記アのような理解とは異なる理解ができることを根拠付けるような技術常識を認めるに足りる証拠もない。
 したがって,本願の請求項1における「付近にある中で大きめの石や岩」との記載は,本願明細書の記載を参酌してみても,明確であると認められるものではない。
      ウ  以上によれば,本願の請求項1のうち,「付近にある中で大きめの石や岩」との記載は,その範囲が客観的に定まるものではないから,明確であるとはいえず,そうすると,請求項1の護岸の方法において,埋設される杭の間隔を規定する「付近にある中で大きめの石や岩がその場にとどまる事の出来る程度で,なおかつ小さな石や岩が最初に止まることもない間隔」との記載も,必然的に明確であるとはいえない。 」

【コメント】
 「河川の上流部及び中流部における護岸の方法」(特願2010-65438号)という発明について,拒絶審決についての,審決取消訴訟の事件です。

 論点は,最近このブログでよく取り上げる明確性要件です。
 
 まずは,クレームからです。
 
【請求項1】
  岸辺から川の中央に向かって,或いは斜め上流又は斜め下流方向に向かって,
 付近にある中で大きめの石や岩がその場にとどまる事の出来る程度で,なおかつ小さな石や岩が最初に止まることもない間隔をあけて
 単独又は複数の杭を埋設して,上流から移動して来る大きな石や岩を又は元々あった大きな石や岩を堰止め,その場にとどめることにより,
 あるいは,単独又は複数の杭を埋設すると共に,大きな石や岩をまたは大きな石や岩に擬した人工の構造物を設置して,その場にとどめることにより, 新たな岸辺を形成し,それらを護岸の構成部分として機能させることを特徴とする護岸の方法。
」  

 問題となったのは,上記の「大きめ」の部分です。
 
 特許実務に詳しい方なら,とてもこんなクレームを作ることはしないでしょう。勿論,弁理士が代理人をしている場合は当然です。しかし,本件は悲しいかな本人出願です。 

 つまり,本件では,比較対象がないのに,程度を形容するような記載があったのです。
 
 例えば,現行の審査基準には,このように記載されております。
比較の基準若しくは程度が不明確な表現 ( 「やや比重の大なる」、「はるかに大きい」、「高温」、「低温」、「滑りにくい」、「滑りやすい」等 ) があるか、 又は用語の意味が曖昧である結果、発明の範囲が不明確となる場合

 ということで,審査基準のNGとおり!という稀有なケースに該当してしまいました。とは言え,弁理士に依頼するとかなりのお金がかかりますので,なかなか厳しい所もあると思います。
 ですが,さらに逆接しますと,弁理士に依頼するお金もないようでは産業の発達に寄与することなど到底無理ですので,本件のように自然淘汰されるのがベストと言うこともできます。
 
 さて,注目すべきは,今回3部,鶴岡部長の合議体での判断が出たということです。
 
 上記のとおり,メインの規範は,実は1部の清水所長の合議体での規範と変わりません(例えば,この事件)。

 しかし,鶴岡部長の合議体は,それに具体的基準を付け加えたのが目新しいということになります(判旨の太字の部分)。
 ですが,この具体的基準,よく見ると,あまり適当と言えないものです。といいますのは, 請求項の記載がそれ自体で明確である場合もない場合も,結局どちらの場合も,明細書中の定義を探すことになるという,場合分けになっているようでなっていないからです。
 
 この記載とおりだとすると,明確性要件をクリアするためには,用語の定義を明細書中に必ず設定して,齟齬を無くすという非常に面倒くさいことを要求されるということになります。
 
 恐らく,裁判所もそんなことは要求していないと思いますので,この具体的基準の,請求項の記載がそれ自体で明確である場合についての記載は,死文と考えた方が良いかなと思います(本件は,この場合ではなく,請求項の記載がそれ自体で明確でない場合でした。)。
 
 兎も角も,3部で判決が出ましたので,あとは2部だけでしょうか。

2017年10月13日金曜日

侵害訴訟 商標 平成28(ネ)1737  大阪高裁 控訴棄却


事件番号
事件名
 不正競争行為差止等請求控訴事件
裁判年月日
 平成29年4月20日
裁判所名
 大阪高等裁判所第8民事部
 裁判長裁判官        山 田 知 司 
裁判官            中 尾   彰
裁判官寺本佳子は,転補のため署名押印することができない。  
裁判長裁判官         山 田 知 司  

「ウ  次に,前記認定事実(4)イのとおり,少なくとも平成26年6月頃,「石けん百貨」という表示(スペースなし表示)を含む本件広告のハイパーリンク先の楽天市場リスト表示画面に石けん商品が陳列表示された場合があったことが認められるから,この場合について検討する。 

(ア)  「石けん百貨」は造語であるから,ユーザーがGoogle等で「石けん百貨」をキーワードとして検索をする動機は,典型的には,「石けん百貨」ブランドの石けん商品を買いたい,その販売店や販売価格を知りたい,当該商品の特徴等の情報を知りたいなどといったものであると考えられる。そのような動機に基づきGoogle等で「石けん百貨」をキーワードとして検索をしたユーザーが,検索結果表示画面に表示された「【楽天】石けん百貨大特集」等と記載のある本件広告を見て,これに関心を持ってハイパーリンクをクリックして移動した画面には,楽天市場内を「石けん百貨」をキーワードとして検索した結果として,石けん商品の紹介がその販売店等の情報と共に表示されたのである。
  このことをユーザーから見れば,本件広告は,そのハイパーリンク先である楽天市場リスト表示画面と一体となって,「石けん百貨」ブランドの石けん商品を買いたいなどの動機によりGoogle等で「石けん百貨」をキーワードとして検索をしたユーザーを,被控訴人の開設するウェブサイト内にある,「石けん百貨」の指定商品である石けん商品が陳列表示された石けん商品販売業者のウェブページに誘導するための広告であると認識される。そして,本件広告の広告主が被控訴人であることからすれば,被控訴人は,控訴人の登録商標である「石けん百貨」の指定商品である石けん商品に関する広告を内容とする情報に「石けん百貨」という標章を付して電磁的方法により提供したといえるかのようである
(イ)  しかしながら,「石けん百貨」をキーワードとする検索連動型広告である本件広告がGoogle等で表示されるに至ったのは,前記認定事実(1)のとおり,●(省略)●
  また,楽天市場内には「石けん百貨」ブランドの控訴人の商品を取り扱う店舗はないにもかかわらず,楽天市場内を「石けん百貨」をキーワードとして検索した結果である楽天市場リスト表示画面に石けん商品が陳列表示されたのは,前記認定事実(3)のとおり,楽天市場内の加盟店の出店ページにキーワードとして「石けん百貨」が含まれていたからであると認められる。そして,前記前提事実(4)のとおり,加盟店の出店ページは各加盟店が自らの責任でコンテンツを制作しており,被控訴人は制作に関与していない。このように,「石けん百貨」をキーワードとして楽天市場内を検索した結果である楽天市場リスト表示画面に表示される内容(何も表示されないか,「石けん百貨」の指定商品が表示されるか,同指定商品ではないものが表示されるか)は,専ら被控訴人が制作に関与していない加盟店の出店ページ中の記述によって決まり,加盟店が同記述を変更すれば表示される内容もそれに従って変動するが,被控訴人は判断も関与も認識もしていないと認められる。
  以上のとおり,●(省略)●各加盟店が自らの責任で制作した出店ページを検索する仕組みを通じて,被控訴人が広告主である検索連動型広告に「石けん百貨」という具体的な表示がされ,かつ,そのハイパーリンク先である楽天市場リスト表示画面に石けん商品が陳列表示されたことが直ちに被控訴人の意思に基づくものとはいい難い。すなわち,加盟店が,出店ページのコンテンツを制作することにより,被控訴人の広告と検索の仕組みを利用して,当該石けん商品に「石けん百貨」という標章を付したといえる場合があることはともかくとして,それについて判断も認識もしていない被控訴人が,当該石けん商品に「石けん百貨」という標章を付したと直ちにいうことはできないため,被控訴人の行為は,商標法2条3項8号所定の要件の一部を欠くことになるから,当然に被控訴人が控訴人の商標権を侵害しているとはいえないのである。
(ウ)  もっとも,上記の仕組みは,控訴人が指摘するとおり,被控訴人自身が構築したものであるから,被控訴人は,これによって惹起される事態は,被控訴人が広告主である検索連動型広告に「石けん百貨」という表示がされ,かつ,そのハイパーリンク先である楽天市場リスト表示画面に石けん商品が陳列表示されたことを含めて,あらかじめ包括的に認容していて,「石けん百貨」という標章が付されたことも自己の行為として認容しており,控訴人の商標権を侵害しているといえないかが問題となる。
  しかし,本件の全証拠によっても,上記のような検索連動型広告及び●(省略)●は,被控訴人が商標権の侵害又はその助長を意図して構築したものであるとも,客観的に見て専ら商標権侵害を惹起するものであるとも認めることはできない。
  控訴人は,検索連動型広告において,検索されたキーワードをそのまま広告に表示させることは本来必要とされていない旨主張するが,上記のような検索連動型広告が商標権保護の観点から許されないと直ちにいえるものでもない。また,控訴人は,被控訴人が自らの利益のために本件広告を出していることを指摘するが,そのことをもって直ちに商標権侵害行為を惹起することも辞さない意図であると認めることもできない。 かえって,被控訴人は,加盟店に対しては,前記認定事実(5)のとお
り,知的財産権侵害を禁止する規約や,隠れ文字の使用を禁止するガイドラインにより,被控訴人の運営するインターネットショッピングモールである楽天市場に関連して商標権侵害行為が惹起されないよう規制をしている。
  被控訴人が広告主である検索連動型広告に「石けん百貨」という表示がされ,かつ,そのハイパーリンク先である楽天市場リスト表示画面に石けん商品が陳列表示されるというような商標権侵害の事態が生じないようにするためには,被控訴人が行っている上記のような規制から更に進んで,一定のキーワードの取得を制限する管理を行うことが考えられる。実際,被控訴人は,検索連動型広告に係るキーワードの管理においては,加盟店の規約違反等が判明した場合には,●(省略)●などの運用を行っている。しかし,これを事前に漏れなく網羅的に行おうとすれば,あらゆる登録商標について,楽天市場の出店ページの内容と取扱商品との関係を調査して,それが商標権侵害となるか否か(正規品を販売している場合,指定商品役務が異なる場合や商標的使用でない場合もあり得る。)といった調査が必要になると考えられる。楽天市場の規模からするとその調査対象は膨大なものとなる上,ユーザーの検索行動も,加盟店の出店ページも,常に変化するものであるから,上記調査は著しく困難といえる。そして,楽天市場は,上記調査が著しく困難である主な原因となっている,膨大な加盟店及び取扱商品を擁していること自体によって,商品の供給者及び需要者の双方にとって有用な存在となっているといえる。
  以上の事情に照らすと,被控訴人が検索連動型広告及び●(省略)●を構築していることから,被控訴人がこれによって惹起される事態を包括的に認容しており,被控訴人が広告主である検索連動型広告に「石けん百貨」という表示がされ,かつ,そのハイパーリンク先である楽天市場リスト表示画面に石けん商品が陳列表示されたことについても,被控訴人は,「石けん百貨」という標章が付されたことを自己の行為として認容していたとまでいうことはできない
(エ)  控訴人は,本件広告のハイパーリンク先の楽天市場リスト表示画面に石けん商品が陳列表示されたのが加盟店の隠れ文字使用によるものであっても,それは,被控訴人にとって想定外の事態とはいえないこと,規約等の違反を常時監視できないのなら,●(省略)●をやめるべきであること,被控訴人と同業のAmazonにおいては,出店ページに隠れ文字の設定ができない仕様になっており,隠れ文字の設定ができないシステムの作成も可能であったことを主張する。
  しかし,前記認定事実(5)のとおり,被控訴人は隠れ文字の使用を禁止し,「P1」の出店ページの隠れ文字を認識した際には,同店の商品ページをサーチ非表示にし,隠れ文字の削除を求める等の対応をとっているのであって,被控訴人が加盟店の隠れ文字使用による結果を包括的に認容していたとは認められない。また,隠れ文字の設定ができないシステムの作成をしていなかったことについても,同システムが通常の仕様として普及しているのにこれを採用しなかった場合はともかく,そのような事情の認められない本件において,同システムの採用が可能であったとの一事をもって,被控訴人が加盟店の隠れ文字使用による結果を包括的に認容していたということもできない。楽天市場が加盟店4万店超,取扱商品1億5000万点超という膨大な規模であり,出店ページのコンテンツは各加盟店により次々と変更されていくことに照らせば,隠れ文字禁止の規約違反を常時監視することは非現実的であり,これをしていなかったことをもって,加盟店の隠れ文字使用による結果を包括的に認容していたとすることもできない
  したがって,控訴人の上記各主張は,被控訴人が「石けん百貨」という標章が付されたことを自己の行為として認容していたとはいえないとの判断を覆すものではない。
(オ)  他方,被控訴人が広告主である,「石けん百貨」との表示を含む検索連動型広告のハイパーリンク先の楽天市場リスト表示画面において,登録商標である「石けん百貨」の指定商品である石けん商品の情報が表示された場合には,これをユーザーから見れば,前記ウ(ア)のとおり,両画面が一体となって,「石けん百貨」ブランドの石けん商品を買いたいなどの動機によりGoogle等で「石けん百貨」をキーワードとして検索をしたユーザーを,被控訴人の開設するウェブサイト内にある,「石けん百貨」の指定商品である石けん商品が陳列表示された石けん商品販売業者のウェブページに誘導するための広告であると認識されるのであるから,被控訴人が当該状態及びこれが商標の出所表示機能を害することにつき具体的に認識するか,又はそれが可能になったといえるに至ったときは,その時点から合理的期間が経過するまでの間にNGワードリストによる管理等を行って,「石けん百貨」との表示を含む検索連動型広告のハイパーリンク先の楽天市場リスト表示画面において,登録商標である「石けん百貨」の指定商品である石けん商品の情報が表示されるという状態を解消しない限り,被控訴人は,「石けん百貨」という標章が付されたことについても自らの行為として認容したものとして,商標法2条3項8号所定の要件が充足され,被控訴人について商標権侵害が成立すると解すべきである。 」

【コメント】
 ここでも紹介した検索連動型広告による商標権侵害の事件の控訴審です。
 実は,この一審の記事は,このブログで恐らく一番アクセスの多い記事で, 如何に潜在的注目があったかがわかります。
 
 ということで,事案の概要などは,一審の記事を見て下さい。
 
 さて,その控訴審が出たわけですが,結論は変わらず, です。しかし,一審よりも厳しいなあという感があります。

 一審では,検索連動型広告とその広告のリンク先とが一体と捉えられる場合には,商標権侵害の可能性があり,その一体基準は,「被告が本件広告を表示するに当たり,移動後の楽天市場リスト表示画面で石けん商品が陳列表示されることを予定し,利用していると評価し得ること」が必要としたわけです。
 
 他方,この二審は,「被控訴人が当該状態及びこれが商標の出所表示機能を害することにつき具体的に認識するか,又はそれが可能になったといえるに至ったときは,その時点から合理的期間が経過するまでの間にNGワードリストによる管理等を行って,「石けん百貨」との表示を含む検索連動型広告のハイパーリンク先の楽天市場リスト表示画面において,登録商標である「石けん百貨」の指定商品である石けん商品の情報が表示されるという状態を解消しない限り・・・」と判断したのです。
 
 つまり,一体+その状態の認識ないし認識可能性を有しての合理的期間内の解消をしない,という条件が合わさって,初めて侵害だとしたわけです。

 本件では,上記のとおり,一体については認めております(判旨の最初の方)。しかし,合理的期間内の解消があったとして侵害は認められないとしました。
 
 ということで相当高いハードルです。
 
 しかし,商標権の侵害に主観的な要件などは必要でしょうか?勿論,損害賠償には,「故意又は過失」が必要です。でも,差し止めは,物権的な請求権ですので,主観的要件は必要ないはずです。
 
 ですので,そのような観点から疑問が残る判決と言えます。
 

 あと本件では,重大な事実について,閲覧できません。それ故肝腎な部分でわからない点があります。
 
 判決の前提事実の認定はこのようになっています。
(1)  アドワーズ広告等における被控訴人によるキーワードの登録の仕組み(乙17,19,20)
●(省略)●
  これらの点に関し,控訴人は,●(省略)●とは認められない旨主張するところ,確かに,アドワーズ広告等の利用方法等について解説する「Googleアドワーズご利用ガイド」(甲19)や「スポンサードサーチのはじめ方」(甲20)には,広告主がキーワードを指定して登録する旨の記載があり,●(省略)●に関する記載は見当たらない。しかし,被控訴人のような大規模なインターネットショッピングモールを運営する事業者においては,Google等から一般の広告主とは異なる内容のサービスの提供を受けているとしても不自然ではない。かえって,被控訴人からGoogle等に対して登録しようとするキーワードは大量で,かつ,時々刻々変化させる必要があると考えられる。そうすると,●(省略)●ことは合理的であるといえるから,甲第19号証及び甲第20号証は,上記認定を左右するものではない。
  また,控訴人は,本件広告は,被控訴人が「石けん百貨」等のキーワードの顧客誘引力を利用して,被控訴人の売上げを増加させようとしたもので,「石けん 百貨」等のスペース表示ありの本件表示を含む本件広告についても,半角スペースを空けることで,広告の効果を大きく高めるためにした設定である旨主張する。
  しかし,被控訴人が「石けん百貨」,「石けん 百貨」等のキーワードを意図的にGoogle等に登録したことを認めるに足りる証拠はなく,加盟店4万店超,取扱商品1億5000万点超という規模のインターネットショッピングモールの検索連動型広告を出すに当たり,Google等に登録するキーワードにつき,それを表示した場合の宣伝効果を個別に検討・判断して登録しているとはにわかに考え難いところでもあるから,控訴人の上記主張は採用できない。
●(省略)●
(3)  楽天市場リスト表示画面での表示の仕組み

 個別のお客さんがアド広告を頼む場合は,キーワードを購入するようになっています。
 ところが,本件の被告の楽天のような大口顧客に対しては,そのようなシステムではないようなのです。
 
 しかし,具体的にどのようになっているかは,判旨に省略が多すぎてよくわかりません。また,キーワード登録の仕組みは一部開示もあるのですが,(2)は,それ自体省略されていて,ここに何が書かれていたのかさえよくわかりません。
 
 それ故,この事案を糧にしようと思っても,糧に出来ない部分が多々あることになってしまいます。
 
 
 さてさて,本件で問題となった論点は,実務では最近の大きな論点といえますので,何か戦える術を・・・という感がありましたが,どうやらなかなか難しいようです。
 
 ただし,一審は大阪地裁,二審は大阪高裁ですので,東京圏(東京地裁→知財高裁)の判断はまた違ってくるかもしれません。最近の東京圏の知財の裁判所は,プロパテント傾向がありますので(例えば,TRIPP TRAPP事件,コメダ珈琲事件など),このタイプの訴訟を起こすのであれば,東京の方が良いかもしれません。

2017年10月11日水曜日

侵害訴訟 特許  平成28(ワ)24175  東京地裁 請求棄却(追伸あり)

事件番号
事件名
 特許権侵害差止等請求事件
裁判年月日
 平成29年9月21日
裁判所名
 東京地方裁判所民事第46部     
裁判長裁判官        柴 田     義 明
裁判官        林   雅  子
裁判官        大 下   良 仁 

「4 争点(1)ウ (「前記溶存槽及び前記取出口を接続する管状路」(構成要件E)の充足性)について  (1)  原告は,本件発明1の「前記溶存槽及び前記取出口を接続する管状路」における「接続」は,直接的な接続のほか,間接的な接続も含むと解し,被告製品においてカーボンフィルタと冷水タンクを接続している細管は,本件発明1の「管状路」に該当すると主張している。
(2)ア  本件発明1の特許請求の範囲の記載によれば,「管状路」は「溶存槽」と「取出口」を「接続する」とされているのであり,また,溶存槽と取出口との接続に管状路以外の部材を用いることは何ら記載されていない。特許請求の範囲には,溶存槽と取出口が管状路によって接続されていること,すなわち,両端が溶存槽と取出口に接続された管状路によって溶存槽と取出口が接続されていることが記載されているといえる。本件明細書を見ても,管状路以外の部材を介在させて溶存槽と取出口とを接続する構成は一切開示されていない。 
 また,溶存槽と取出口を接続する「管状路」の意義についてみると,本件明細書には,溶存槽の液体が「管状路」を流れることで降圧され,吐出口から外部に吐出されること(段落【0029】,【0030】,【0034】)が記載され,「管状路」において液体が降圧することが記載されている。そして,前記1 で説示したとおり,本件発明1が,気体溶解装置において,水素水を循環させるとともに,水素水にかかる圧力を調整することにより,水素を飽和状態で水に溶解させ,その状態を安定的に維持し,水素水から水素を離脱させずに外部に提供するという意義を有するものであることからすると,本件発明1においては,「取出口」まで生成された水素水から水素が離脱しないように水素水が流れる構成を採用する必要がある。本件発明1は,「溶存槽」と水素水が外部へ取り出される「取出口」とを「管状路」で直接接続し,「管状路」において水素水が降圧されるとすることによって,本件装置から水素水が取り出される直前まで水素水にかかる圧力を調整し,水素水から水素が離脱しないようにしているといえる。
 以上の点を踏まえると,構成要件Eにおける「前記溶存槽及び前記取出口を接続する管状路」とは,「溶存槽」と「取出口」を接続する部材を「管状路」に限定し,管状路の両端に溶存槽と取出口が接続される構成とする趣旨であり,「溶存槽」と「取出口」の間に水素水にかかる圧力の調整ができなくなる部材を含まないものと解される。
・・・
ウ  したがって,本件発明1の構成要件Eの「前記溶存槽及び前記取出口を接続する管状路」は,溶存槽と取出口が管状路により直接接続されるもの,すなわち,管状路の両端に溶存槽と取出口が接続されるものを意味すると解される。 
(3)原告は,被告製品の細管が構成要件Eの管状路に該当すると主張する。
 被告製品の細管の両端は,溶存槽であるカーボンフィルタと,被告製品の内部に設けられている冷水タンクに接続されていて,被告製品の細管はカーボンフィルタと冷水タンクを接続するものであり,カーボンフィルタと取出口である金属管の開口部とを接続するものとはいえない。 
 原告は,①冷水タンクには金属管が溶接されていることから,冷水タンクと金属管はほぼ一体であるとみなすことができる,②細管と冷水タンクの接続箇所及び冷水タンクと金属管の接続箇所の距離が非常に近いこと等からすると,細管はカーボンフィルタと取出口である開口部を含む金属管を直接的に接続するものと評価してよいと主張する。
 しかし,構成要件Eの管状路の意義は前記 アのとおりのもので,「溶存槽」と「取出口」の間に水素水にかかる圧力の調整ができなくなる部材を含まないものであるところ,大気圧下にある冷水タンクにおいては水素水にかかる圧力の調整ができなくなるから,細管から取出口である開口部を含む金属管に至るまでに冷水タンクがある被告製品において,冷水タンクに金属管が溶接され,細管と冷水タンクの接続箇所及び冷水タンクと金属管の接続箇所の距離が近いとしても,被告製品の細管が構成要件Eの管状路であるということはできない。原告の主張は採用することができない。
 したがって,被告製品の細管が構成要件Eを充足すると認めることはできない。 」

「5  争点 エ(「前記溶存槽及び前記取出口を接続する管状路」(構成要件E)についての均等侵害の成否)
 前記3のとおり,被告製品は「管状路に当たる細管がカーボンフィルタの出口と冷水タンクの入口を接続する」という構成であり,本件発明1の管状路が「前記溶存槽及び前記取出口を接続する」構成と相違する。しかし,原告は,被告製品の上記構成は本件発明1の上記構成と均等であると主張するので,この点について検討する。
      第一要件
ア  前記1 で述べたとおり,本件明細書の記載によれば,従来技術には,気体を過飽和の状態に液体へ溶解させ,過飽和の状態を安定に維持して外部に提供することが難しく,ウォーターサーバー等へ容易に取付けることができないという課題があった。本件発明1は,このような課題を解決するために,水に水素を溶解させる気体溶解装置において,水素水を循環させるとともに,水素水にかかる圧力を調整することにより,水素を飽和状態で水素水に溶解させ,その状態を安定的に維持し,水素水から水素を離脱させずに外部に提供することを目的とするものである。 
 本件発明1では,水素を飽和状態で水に溶解させ,その状態を安定的に維持するために,加圧型気体溶解手段で生成された水素水を循環させて,加圧型気体溶解手段に繰り返し導いて水素を溶解させることとし,「前記溶存槽に貯留された水素を飽和状態で含む前記水素水を加圧型気体溶解手段に送出し加圧送水して循環させ」る(構成要件F)という構成を採用している。また,気体溶解装置において,気体が飽和状態で溶解した状態を安定的に維持し,水素水から水素を離脱させずに外部に提供するためには,水素を溶解させた状態の水素水が気体溶解装置の外部に排出されるまでの間に,水素水にかかる圧力の調整ができなくなることを避ける必要がある。このため,本件発明1では「前記溶存槽及び前記取出口を接続する管状路」(構成要件E)という構成を採用し,水素を溶解させた水素水が導かれる溶存槽と水素水を気体溶解装置外に吐出する取出口との間を管状路で直接接続し,水素水にかかる圧力の調整ができなくなることを避けているものと解される。
 以上のような本件発明1の課題,解決方法及びその効果に照らすと,生成した水素水を循環させるという構成のほか,管状路が溶存槽と取出口を直接接続するという構成も,本件発明1の本質的部分,すなわち従来技術に見られない特有の技術的思想を構成する特徴的部分に該当するというべきである。
 被告製品は,管状路が溶存槽と取出口を接続するという構成を採用していないことは前記4のとおりであるから,被告製品の構成は,本件発明1と本質的部分において相違するものと認められる。
・・・
 したがって,被告製品は,均等侵害の第一要件を満たさない。」

【コメント】
 今流行りなのでしょうか,水素水サーバーの発明についての特許権侵害訴訟の事件です。
 特許権(第5865560号)は,発明の名称を「気体溶解装置及び気体溶解方法」とするものです。

 まずはクレームからです。
「   A:水に水素を溶解させて水素水を生成し取出口から吐出させる気体溶解装置であって,
          B:固体高分子膜(PEM)を挟んだ電気分解により水素を発生させる水素発生手段と,
          C:前記水素発生手段からの水素を水素バブルとして水に与えて加圧送水する加圧型気体溶解手段と,
          D:前記加圧型気体溶解手段で生成した水素水を導いて貯留する溶存槽と,
          E:前記溶存槽及び前記取出口を接続する管状路と,を含み,
          F:前記溶存槽に貯留された水素を飽和状態で含む前記水素水を前記加圧型気体溶解手段に送出し加圧送水して循環させ前記水素バブルをナノバブルとするとともにこの一部を前記水素発生手段に導き電気分解に供することを特徴とする気体溶解装置

 水素水が眉唾ものであることは,多少技術をかじった方なら誰でも分かりそうなことですが,意外とリテラシーに欠けている方も多いというわけです(そのことは今選挙活動を行っている人を見ればよくわかります。)。
 とは言え,そういう疑いの眼で見られることから,一応,この発明にはある程度の真実味があります。
 どういうことかというと,一旦溶かした水素が抜けないように加圧して循環しているという所がポイントです(そんなことで本当に効果があるかは知りませんよ。)。 

 しかし,それ故,構成要件充足性も均等論もNGとなったのは,痛し痒しという所でしょう。
 さて,問題となった構成要件Eは, 「E:前記溶存槽及び前記取出口を接続する管状路と,を含み, 」でした。
 それ故,溶存槽と取出口とを管状路で直接結ぶだけではなく,途中に介在物が入ってもいいかどうかが論点でした。
 そして,この論点について,判旨のとおり,直接結ぶものだけに限定解釈されたわけです。上記のとおりの痛し痒しの作用効果(加圧して循環)からは,致し方ない所だと思います。

 これが被告製品です。被告製品では,「被告製品の細管はカーボンフィルタと冷水タンクを接続する 」となっているわけです。
 その結果,当てはめで,カーボンフィルタが「溶存槽」に該当しても,冷水タンクが「取出口」には該当しないと判断されたわけです。
 構成要件とおりだと,細管は,「カーボンフィルタと取出口である金属管の開口部とを接続」しないといけないのですね。
 そう,冷水タンクでは何故いけないかというと,判旨にもありますが,冷水タンクは上記の図のとおり,開放されておりますので,大気圧以上の圧がかかっていないわけです。 加圧して循環しているのがこの発明のポイントだったのですよね。
 それじゃダメだと判断されたわけです。
 当然このポイントが発明の本質的部分となりますので,ここが共通していない以上,均等論の第一要件の適用もありません。 

 原告にとっては残念でしたが,これはやむを得ない判決かなと思います。

【追伸】2018.4.27
 本件について,補助参加人により無効審判が請求(明確性要件違反,実施可能要件違反,サポート要件違反)され(無効2016-800035号),不成立審決,そして,これに対する審決取消訴訟が提起されておりました(知財高裁平成29(行ケ)10138号)。
 今般判決が出て, 請求棄却ということですね。

 いわゆる記載要件だけでしたので,公知発明を探して,新規性・進歩性で戦わないと厳しいのではないかと思います。
 とは言え,実施者は,侵害訴訟では勝っていますので,審決取消訴訟はどうでもよかったのかもしれません。