2017年10月11日水曜日

侵害訴訟 特許  平成28(ワ)24175  東京地裁 請求棄却(追伸あり)

事件番号
事件名
 特許権侵害差止等請求事件
裁判年月日
 平成29年9月21日
裁判所名
 東京地方裁判所民事第46部     
裁判長裁判官        柴 田     義 明
裁判官        林   雅  子
裁判官        大 下   良 仁 

「4 争点(1)ウ (「前記溶存槽及び前記取出口を接続する管状路」(構成要件E)の充足性)について  (1)  原告は,本件発明1の「前記溶存槽及び前記取出口を接続する管状路」における「接続」は,直接的な接続のほか,間接的な接続も含むと解し,被告製品においてカーボンフィルタと冷水タンクを接続している細管は,本件発明1の「管状路」に該当すると主張している。
(2)ア  本件発明1の特許請求の範囲の記載によれば,「管状路」は「溶存槽」と「取出口」を「接続する」とされているのであり,また,溶存槽と取出口との接続に管状路以外の部材を用いることは何ら記載されていない。特許請求の範囲には,溶存槽と取出口が管状路によって接続されていること,すなわち,両端が溶存槽と取出口に接続された管状路によって溶存槽と取出口が接続されていることが記載されているといえる。本件明細書を見ても,管状路以外の部材を介在させて溶存槽と取出口とを接続する構成は一切開示されていない。 
 また,溶存槽と取出口を接続する「管状路」の意義についてみると,本件明細書には,溶存槽の液体が「管状路」を流れることで降圧され,吐出口から外部に吐出されること(段落【0029】,【0030】,【0034】)が記載され,「管状路」において液体が降圧することが記載されている。そして,前記1 で説示したとおり,本件発明1が,気体溶解装置において,水素水を循環させるとともに,水素水にかかる圧力を調整することにより,水素を飽和状態で水に溶解させ,その状態を安定的に維持し,水素水から水素を離脱させずに外部に提供するという意義を有するものであることからすると,本件発明1においては,「取出口」まで生成された水素水から水素が離脱しないように水素水が流れる構成を採用する必要がある。本件発明1は,「溶存槽」と水素水が外部へ取り出される「取出口」とを「管状路」で直接接続し,「管状路」において水素水が降圧されるとすることによって,本件装置から水素水が取り出される直前まで水素水にかかる圧力を調整し,水素水から水素が離脱しないようにしているといえる。
 以上の点を踏まえると,構成要件Eにおける「前記溶存槽及び前記取出口を接続する管状路」とは,「溶存槽」と「取出口」を接続する部材を「管状路」に限定し,管状路の両端に溶存槽と取出口が接続される構成とする趣旨であり,「溶存槽」と「取出口」の間に水素水にかかる圧力の調整ができなくなる部材を含まないものと解される。
・・・
ウ  したがって,本件発明1の構成要件Eの「前記溶存槽及び前記取出口を接続する管状路」は,溶存槽と取出口が管状路により直接接続されるもの,すなわち,管状路の両端に溶存槽と取出口が接続されるものを意味すると解される。 
(3)原告は,被告製品の細管が構成要件Eの管状路に該当すると主張する。
 被告製品の細管の両端は,溶存槽であるカーボンフィルタと,被告製品の内部に設けられている冷水タンクに接続されていて,被告製品の細管はカーボンフィルタと冷水タンクを接続するものであり,カーボンフィルタと取出口である金属管の開口部とを接続するものとはいえない。 
 原告は,①冷水タンクには金属管が溶接されていることから,冷水タンクと金属管はほぼ一体であるとみなすことができる,②細管と冷水タンクの接続箇所及び冷水タンクと金属管の接続箇所の距離が非常に近いこと等からすると,細管はカーボンフィルタと取出口である開口部を含む金属管を直接的に接続するものと評価してよいと主張する。
 しかし,構成要件Eの管状路の意義は前記 アのとおりのもので,「溶存槽」と「取出口」の間に水素水にかかる圧力の調整ができなくなる部材を含まないものであるところ,大気圧下にある冷水タンクにおいては水素水にかかる圧力の調整ができなくなるから,細管から取出口である開口部を含む金属管に至るまでに冷水タンクがある被告製品において,冷水タンクに金属管が溶接され,細管と冷水タンクの接続箇所及び冷水タンクと金属管の接続箇所の距離が近いとしても,被告製品の細管が構成要件Eの管状路であるということはできない。原告の主張は採用することができない。
 したがって,被告製品の細管が構成要件Eを充足すると認めることはできない。 」

「5  争点 エ(「前記溶存槽及び前記取出口を接続する管状路」(構成要件E)についての均等侵害の成否)
 前記3のとおり,被告製品は「管状路に当たる細管がカーボンフィルタの出口と冷水タンクの入口を接続する」という構成であり,本件発明1の管状路が「前記溶存槽及び前記取出口を接続する」構成と相違する。しかし,原告は,被告製品の上記構成は本件発明1の上記構成と均等であると主張するので,この点について検討する。
      第一要件
ア  前記1 で述べたとおり,本件明細書の記載によれば,従来技術には,気体を過飽和の状態に液体へ溶解させ,過飽和の状態を安定に維持して外部に提供することが難しく,ウォーターサーバー等へ容易に取付けることができないという課題があった。本件発明1は,このような課題を解決するために,水に水素を溶解させる気体溶解装置において,水素水を循環させるとともに,水素水にかかる圧力を調整することにより,水素を飽和状態で水素水に溶解させ,その状態を安定的に維持し,水素水から水素を離脱させずに外部に提供することを目的とするものである。 
 本件発明1では,水素を飽和状態で水に溶解させ,その状態を安定的に維持するために,加圧型気体溶解手段で生成された水素水を循環させて,加圧型気体溶解手段に繰り返し導いて水素を溶解させることとし,「前記溶存槽に貯留された水素を飽和状態で含む前記水素水を加圧型気体溶解手段に送出し加圧送水して循環させ」る(構成要件F)という構成を採用している。また,気体溶解装置において,気体が飽和状態で溶解した状態を安定的に維持し,水素水から水素を離脱させずに外部に提供するためには,水素を溶解させた状態の水素水が気体溶解装置の外部に排出されるまでの間に,水素水にかかる圧力の調整ができなくなることを避ける必要がある。このため,本件発明1では「前記溶存槽及び前記取出口を接続する管状路」(構成要件E)という構成を採用し,水素を溶解させた水素水が導かれる溶存槽と水素水を気体溶解装置外に吐出する取出口との間を管状路で直接接続し,水素水にかかる圧力の調整ができなくなることを避けているものと解される。
 以上のような本件発明1の課題,解決方法及びその効果に照らすと,生成した水素水を循環させるという構成のほか,管状路が溶存槽と取出口を直接接続するという構成も,本件発明1の本質的部分,すなわち従来技術に見られない特有の技術的思想を構成する特徴的部分に該当するというべきである。
 被告製品は,管状路が溶存槽と取出口を接続するという構成を採用していないことは前記4のとおりであるから,被告製品の構成は,本件発明1と本質的部分において相違するものと認められる。
・・・
 したがって,被告製品は,均等侵害の第一要件を満たさない。」

【コメント】
 今流行りなのでしょうか,水素水サーバーの発明についての特許権侵害訴訟の事件です。
 特許権(第5865560号)は,発明の名称を「気体溶解装置及び気体溶解方法」とするものです。

 まずはクレームからです。
「   A:水に水素を溶解させて水素水を生成し取出口から吐出させる気体溶解装置であって,
          B:固体高分子膜(PEM)を挟んだ電気分解により水素を発生させる水素発生手段と,
          C:前記水素発生手段からの水素を水素バブルとして水に与えて加圧送水する加圧型気体溶解手段と,
          D:前記加圧型気体溶解手段で生成した水素水を導いて貯留する溶存槽と,
          E:前記溶存槽及び前記取出口を接続する管状路と,を含み,
          F:前記溶存槽に貯留された水素を飽和状態で含む前記水素水を前記加圧型気体溶解手段に送出し加圧送水して循環させ前記水素バブルをナノバブルとするとともにこの一部を前記水素発生手段に導き電気分解に供することを特徴とする気体溶解装置

 水素水が眉唾ものであることは,多少技術をかじった方なら誰でも分かりそうなことですが,意外とリテラシーに欠けている方も多いというわけです(そのことは今選挙活動を行っている人を見ればよくわかります。)。
 とは言え,そういう疑いの眼で見られることから,一応,この発明にはある程度の真実味があります。
 どういうことかというと,一旦溶かした水素が抜けないように加圧して循環しているという所がポイントです(そんなことで本当に効果があるかは知りませんよ。)。 

 しかし,それ故,構成要件充足性も均等論もNGとなったのは,痛し痒しという所でしょう。
 さて,問題となった構成要件Eは, 「E:前記溶存槽及び前記取出口を接続する管状路と,を含み, 」でした。
 それ故,溶存槽と取出口とを管状路で直接結ぶだけではなく,途中に介在物が入ってもいいかどうかが論点でした。
 そして,この論点について,判旨のとおり,直接結ぶものだけに限定解釈されたわけです。上記のとおりの痛し痒しの作用効果(加圧して循環)からは,致し方ない所だと思います。

 これが被告製品です。被告製品では,「被告製品の細管はカーボンフィルタと冷水タンクを接続する 」となっているわけです。
 その結果,当てはめで,カーボンフィルタが「溶存槽」に該当しても,冷水タンクが「取出口」には該当しないと判断されたわけです。
 構成要件とおりだと,細管は,「カーボンフィルタと取出口である金属管の開口部とを接続」しないといけないのですね。
 そう,冷水タンクでは何故いけないかというと,判旨にもありますが,冷水タンクは上記の図のとおり,開放されておりますので,大気圧以上の圧がかかっていないわけです。 加圧して循環しているのがこの発明のポイントだったのですよね。
 それじゃダメだと判断されたわけです。
 当然このポイントが発明の本質的部分となりますので,ここが共通していない以上,均等論の第一要件の適用もありません。 

 原告にとっては残念でしたが,これはやむを得ない判決かなと思います。

【追伸】2018.4.27
 本件について,補助参加人により無効審判が請求(明確性要件違反,実施可能要件違反,サポート要件違反)され(無効2016-800035号),不成立審決,そして,これに対する審決取消訴訟が提起されておりました(知財高裁平成29(行ケ)10138号)。
 今般判決が出て, 請求棄却ということですね。

 いわゆる記載要件だけでしたので,公知発明を探して,新規性・進歩性で戦わないと厳しいのではないかと思います。
 とは言え,実施者は,侵害訴訟では勝っていますので,審決取消訴訟はどうでもよかったのかもしれません。