2017年11月28日火曜日

侵害訴訟 特許  平成29(ネ)10093 知財高裁 控訴棄却(請求棄却)

事件名
 特許権侵害差止等請求控訴事件
裁判年月日
 平成29年10月25日
裁判所名
 知的財産高等裁判所第1部
裁判長裁判官 清水 節 
裁判官 中島基至 
裁判官 岡田慎吾 

「3  争点 エ(乙34発明に基づく進歩性欠如)について 
(1) 乙34発明の認定
      ア  乙34ウェブページの記載事項 
 乙34ウェブページには,以下の事項が記載されている。
  「えふくん応援します  ~お試しコスメ日記~
  美肌を目指して,お試ししたコスメやサプリなどのこと,お得な情報,などなどご紹介しますネ。・・・
  インフィルトレート  セラム  ってどんなの?
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      インフィルトレート  セラム  リンクル  エッセンス・・・
ってどんなの?  っていうことで,ちょっと調べてみましたよ!
  (全成分表示も載せましたよ!)・・・
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    アスタキサンチン配合  真浸透美容液
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      インフィルトレート  セラム  リンクル  エッセンス  30ml  8,400円(税込み)・・・ 

 プロフィール
  Author:よっこ」 

      イ  乙35ウェブページの記載事項
  乙35ウェブページには,以下の事項が記載されている。
  「エフ スクエア アイ インフィルトレート セラム リンクル エッセンス ・・・
  クチコミ・・・
  *Ihasa*さん
  21歳|脂性肌|クチコミ投稿205件・・・
  評価しない          2007/1/27  00:27:47
  サンプル使用なので評価は控えさせて頂きます。
  現品は8400yen/30mlとなっております。・・・
  全成分:
  ・水・グリセリン・BG・ペンチレングリコール・クエン酸・リン酸アスコルビルMg 
・・・
 ウ  乙34発明について
  乙34ウェブページには,控訴人旧製品のpHに関する記載はないから,乙34発明は,以下のとおりであると認められる(乙35発明も同様である。)。
  「水,グリセリン,クエン酸(本件発明の「pH調整剤」に相当する。),リン酸アスコルビルマグネシウム,オレイン酸ポリグリセリル-10(同「ポリグリセリン脂肪酸エステル」に相当する。),ヘマトコッカスプルビアリス油(同「アスタキサンチン」に相当する。),トコフェロール,レシチン(同「リン脂質」に相当する。)等の35の成分を含む美容液(同「スキンケア用化粧料」に相当する。)であって,このうちオレイン酸ポリグリセリル-10,ヘマトコッカスプルビアリス油及びレシチンはエマルジョン粒子となっているもの」
      エ  控訴人の主張について
  控訴人は,乙34及び乙35の各ウェブページは,それぞれ「よっこ」及び「*Ihasa*さん」と称する匿名者による記事にすぎず,それらの正確性,信頼性に何らの裏付けもなく,また,公開日に関しては,乙34ウェブページのブログ記事も乙35ウェブページのクチコミ記事も過去の投稿内容をいつでも容易に編集することが可能なのであって(甲79,80),それらに記載された内容が,それぞれ,実際に平成19年1月17日及び同年1月27日の時点で,公衆に利用可能になっていたことは疑わしいから,乙34ウェブページは証拠として採用されるに値しないと主張する。
  しかしながら,本件特許の出願前において,化粧品の全成分表示が義務付けられていたところ(乙36),控訴人は,乙34ウェブページにおける控訴人旧製品の全成分の記載内容の正確性について争っておらず,また,本件特許の出願前の平成19年1月15日に発売された控訴人旧製品の全成分リストを,乙34ウェブページの作成者が参照することができなかったなどというような具体的な主張もしていない。 
 さらに,乙34ウェブページと乙35ウェブページとは,異なるウェブページであり,その作成者のペンネームも異なることから,異なる者によって記載されたものであり,控訴人旧製品の全成分の記載内容については,各成分の名称も表記順序も一致していることなどを考慮すると,両ウェブページを記載した者は,いずれも控訴人旧製品の容器等に記載された全成分表示を参照したものと考えるのが自然かつ合理的であるといえる。このように,異なる複数の者が控訴人旧製品の全成分表示を参照していることなどからすると,乙34ウェブページは,その内容を書き換えられる可能性が皆無ではないとしても,平成19年1月15日の控訴人旧製品の発売日より後の平成19年1月17日(乙34)に記載されたものであると推認することができる(乙35ウェブページについても,平成19年1月27日(乙35)に記載されたものと推認することができる。)。そして,その他,上記認定を左右するに足りる事情は認められない。
  そうすると,乙34ウェブページに記載された,控訴人旧製品の全成分に関する記載内容は,本件特許の出願前に,電気通信回線を通じて公衆に利用可能となったものということができる。
  したがって,控訴人の上記主張は採用することができない。 

  (2)本件発明と乙34発明との対比
  本件発明と乙34発明とでは,本件発明のpHの値が5.0~7.5の範囲であるのに対し,乙34発明のpH値が特定されていない点で相違し,その余の点で一致する。
 
 (3)相違点の容易想到性について
      ア  証拠(乙8の1~6,乙22)及び弁論の全趣旨によれば,皮膚に直接塗布する化粧品のpHは,皮膚への安全性を考慮して,弱酸性(約pH4以上)~弱アルカリ性(約pH9以下)の範囲で調整されること,実際に市販されている化粧品については,そのpHが人体の皮膚表面のpHと同じ弱酸性の範囲(pH5.5~6.5程度)に設定されているものも多いことが認められる。 
  そうすると,本件特許の出願前に,化粧品のpHを弱酸性~弱アルカリ性の範囲に設定することは技術常識であったと認められるから,pHが特定されていない化粧品である乙34発明のpHを,弱酸性~弱アルカリ性のものとすることは,当業者が適宜設定し得る事項というべきものである。そして,皮膚表面と同じ弱酸性とされることも多いという化粧品の特性に照らすと,化粧品である乙34発明のpHを,弱酸性~弱アルカリ性の範囲に含まれる「5.0~7.5」の範囲内のいずれかの値に設定することも,格別困難であるとはいえず,当業者が適宜なし得る程度のことといえる。
  また,証拠(乙9の1,2,乙27)及び弁論の全趣旨によれば,化粧品(医薬品,医療機器等の品質,有効性及び安全性の確保等に関する法律2条2項の「医薬部外品」及び同条3項の「化粧品」に当たるもの)の基本的かつ重要な品質特性としては,安全性,安定性,有用性,使用性が挙げられ,化粧品の設計に当たっては,まず配合薬剤の基剤中における安定性に留意する必要があること,薬剤の安定化にはpH,温度,光,配合禁忌面から同時に配合する成分の影響を把握しておくことが重要となること,安定化の方法としては,酸素を断つ方法や酸化防止剤の配合,pH調整剤,金属イオン封鎖剤の配合や最適配合量の水準,不純物質の除去,生産プロセスにおける温度安定性の工夫,原料レベルでの安定な保管などの方法があること,化粧水等の化粧品の品質検査項目としては,外観や匂い等の官能検査,pH,比重,透明度,粘度,有効成分等の定量試験などの項目があり,化粧品の安定化を図るためにpH調整剤を用いることやpHを測定することは一般的に行われていることが認められる。
  このように,化粧品の基本的かつ重要な品質特性の一つとして安定性があり,化粧品の製造工程において常に問題とされるものであることは当業者に明らかであるところ,化粧品の安定化という課題に対する解決手段には,上記のとおり,酸素を断つ方法や酸化防止剤の配合,pH調整剤,金属イオン封鎖剤の配合や最適配合量の水準,不純物質の除去,生産プロセスにおける温度安定性の工夫,原料レベルでの安定な保管などの方法など,様々なものがあることが認められる。
  そうすると,pHが特定されていない化粧品である乙34発明に接した当業者において,乙34発明のpHを弱酸性~弱アルカリ性の範囲にするとともに,併せて,pH調整剤を含め化粧料に対する様々な安定化の手段を採用して安定化を図るということも,当然に試みるものと解される(乙34発明は,控訴人旧製品の全成分情報に示された各成分を含有するものの,これら各成分の含有量は明らかではなく,そのpHも明らかではない「スキンケア用化粧料」であるから,当業者は,乙34発明を具現化するに当たっては,各成分の含有量やpHを具体的に設定することを要することになる。)。
  以上によれば,相違点に係る本件発明の構成は当業者であれば容易に想到し得るものであると認められる。」

【コメント】
 大手の富士フィルムとDHCの間で繰り広げられた化粧品の特許権侵害訴訟の控訴審です。 
 経緯等は,一審もここで紹介しておりますので,そちらを見た方が早いです。
 
 ただし,概要を書くと,特許権は,第5046756号で, 出願日は,平成19年6月27 日でした。
 クレームは,以下のとおりです。
本件発明1
1-A (a)アスタキサンチン,ポリグリセリン脂肪酸エステル,及びリン脂質又はその誘導体を含むエマルジョン粒子;
1-B (b)リン酸アスコルビルマグネシウム,及びリン酸アスコルビルナトリウムから選ばれる少なくとも1種のアスコルビン酸誘導体;並びに
1-C (c)pH調整剤
1-D を含有する,pHが5.0~7.5のスキンケア用化粧料。
 
 です。
 
 そして,一審では,pH以外,乙6というウェブサイトに載っていたということで,その乙6発明に基づいて進歩性なしとなっております。
 
 で,審決取消訴訟については,ここでも取り上げました。
 そこでは何と,この乙6(審決取消訴訟では甲1) が,新規性・進歩性でいう公知発明に該当しない!という驚くべき判断でした。つまり,進歩性あり!です。
 
 当然,その審決取消訴訟と同じ合議体ですので, 同じ判断になるかと思いきや,こちらは一審と結論が同じ,やはり進歩性なし!です。
 
 ただ,公知資料が違います。上記のとおり,乙6(審決取消訴訟では甲1)が使えません。ですので,こちらは,乙34(素人さんのブログ)を持ってきて,これによって進歩性なし!と判断したのです。
 
 これはびっくりです。
 確かに審決取消訴訟では主引例を新たに追加することはできません(最高裁昭和51年3月10日判決。知財で唯一の大法廷の判決です。)。なので,審決取消訴訟では,乙34に対応する甲58を提出出来無かったわけです(再度,無効審判を請求すればいいだけなのですが。)。
 
 しかし,民事訴訟である特許権侵害訴訟においては,控訴審においても新たな証拠を提出でき,それによって新たな無効事由も主張できるわけです。
 
 そのため,そういうことによって,原告はやはり敗れ去りました。
 
 いやあ世の中って一筋縄では行かない,そんな感想を持つ事件ですね。 

 なお,この侵害訴訟の判決は審決取消訴訟と同日の判決だったのですが,バツが悪かったのか,しばらく経ってから公開になりました。そのため,ここでの紹介も若干遅れました。
 

2017年11月14日火曜日

侵害訴訟 特許  平成28(ワ)35182  東京地裁 請求棄却


事件番号
事件名
裁判年月日
 平成29年10月30日
裁判所名
 東京地方裁判所民事第29部    
裁判長裁判官     嶋      末      和      秀  
裁判官    天      野      研      司  
裁判官       西      山      芳      樹 

文言侵害
「 ア  構成要件Cの充足性について
  構成要件Cは,「その決定したキャラクターに応じた情報提供料を通信料に加算する課金手段を備え」というものであるが,証拠(乙2)によると,被告システムにおいて,ピグ(キャラクター)はアイテムを組み合わせて構成されるものであり,そのアイテムの購入に係る情報提供料は,ユーザーがあらかじめ携帯電話会社の提供する決済システム上で購入しておいた仮想通貨であるコインで支払われるものであると認められるから,「キャラクターに応じた情報提供料」,すなわち,ピグ(キャラクター)を構成するアイテムの購入に係る情報提供料は,ユーザーがあらかじめ携帯電話会社の提供する決済システム上で購入しておいた「コイン」で支払われるものであり,「通信料」に加える,すなわち,「加算」するものではない
  これに対し,原告は,被告システムにおいて,アイテムを購入するために支払ったコインは,コインの購入代金として,携帯端末の「通信料」に「加算」されると主張するが,上記のとおり,携帯端末の「通信料」に「加算」されるのは飽くまで「コイン」の購入代金であり,また,証拠(乙2)によると,コインの購入代金はアイテムの購入に要するコインの額と無関係にあらかじめ一定額に定められたものであると認められるから,それをアイテムを組み合わせたピグ(キャラクター)に応じた情報提供料ということはできない。
  したがって,被告システムは,構成要件Cを充足しない。 
 イ  構成要件F及び同Gの充足性について  
  (ア)  構成要件Fは,「表示部に仮想モールと,基本パーツを組み合わせてなる基本キャラクターとを表示させ」と規定し,構成要件Gは,「前記基本キャラクターが,前記仮想モール中に設けられた店にて前記パーツを購入する」と規定するものの,「仮想モール」や「基本キャラクター」の意味するところやそれらの表示形態については,本件特許請求の範囲の文言からは,必ずしも明らかでない。  
 そこで,本件明細書の発明の詳細な説明及び図面の記載を参酌すると,「仮想モール」や「基本キャラクター」を直接的に定義する記載は見当たらないものの,上記1⑵エのとおり,発明が解決しようとする課題として,【図5】を例示した上で,構成要件F及び同Gに対応する構成が記載されており(【0005】),また,
〔作用効果〕として,「ユーザーは,仮想モールと,基本キャラクターとが表示された表示部を見ながら,基本キャラクターを自分に見立て,さながら自分が仮想モール内を歩いているようなゲーム感覚で,その仮想モール内に出店された店に入り,パーツという商品を購入することで,基本キャラクターを気に入ったキャラクターに着せ替えて,楽しむことができ,新たな楽しみ方ができて十分な満足感を得ることができる。」(【0006】)と記載されている。さらに,上記1⑵オのとおり,発明の実施の形態として,「図5に示すように,表示部2には,仮想モール10,基本キャラクター11が表示され,店S1~Snが出店された仮想モール10内に基本キャラクター11を出現させ,基本キャラクター11があたかも仮想モール10内の住人であるかのように構成してある。」(【0028】),「よって,ユーザーは,自分自身を仮想モールの中のキャラクターに投影して,あたかも自分が仮想モール中で暮らしているようなゲーム感覚が得られ,種々の店に入り買い物をすることができ,さらに楽しみが倍増される。その上,店に入店して商品(各種キャラクター画像情報)を購入することで,基本キャラクターを気に入ったキャラクターに着せ替え,変更するので,楽しみながら容易に自分の気に入ったキャラクターを創作することができる。」(【0029】)と記載されている。
 
       (【図5】) 
  本件明細書における発明の詳細な説明及び図面の上記各記載に照らすと,「仮想モール」は,「基本キャラクター」と共に表示されることにより,「さながら自分が仮想モール内を歩いているようなゲーム感覚」(【0006】)や「あたかも自分が仮想モール中で暮らしているようなゲーム感覚」(【0029】)を得て楽しむことができることができるという作用効果を有するものであり,構成要件Gの「仮想モール中に設けられた店」との文言や,一般に,「モール」に「建物の内部に設計された遊歩のための空間」という字義があること(広辞苑第6版〔乙5〕)にも照らすと,「仮想モール」は,内部に複数の仮想店舗と遊歩のための空間とが表示されるものをいうと解するのが相当である。  
 また,「仮想モール」が「基本キャラクター」と共に表示されることに上記のような作用効果があることに照らすと,構成要件Fの「表示部に仮想モールと…基本キャラクターとを表示させ」については,表示部に「仮想モール」と「基本キャラクター」とが同時に表示される必要があると解すべきである。
  さらに,「仮想モール中に設けられた店」で「パーツ」を購入するのは「基本キャラクター」であるとされており(構成要件G),本件明細書の上記各記載に照らしても,ユーザーは,自分に見立てた「基本キャラクター」が「仮想モール中に設けられた店」に入店して買い物等をしている状況が表示されているのを見て,あたかも自分がそのような行動をしているような感覚を得て楽しむことができるというのであるから,「仮想モール中に設けられた店」で「パーツ」を購入する際にも 「基本キャラクター」が表示される必要があると解すべきである。
  (イ)  これに対し,原告は,①「仮想モール」は楽天市場などインターネット上に存在する仮想店舗が集まった商店街のことを意味し,ユーザーが複数の仮想店舗にほぼ同時にアクセスできる仕組みになっていれば足りる,②本件発明の課題解決原理,技術的思想は,表示部に「基本キャラクター」を表示させ,「基本キャラクタ ー」が店でパーツを購入して気に入ったキャラクターを創作決定するところにあり,「仮想モール」は店の表示形態の例示にすぎないから,表示部に「仮想モール」と「基本キャラクター」が同時に表示される必要はない,③「パーツ」の購入主体とされている「基本キャラクター」(構成要件G)は,「基本キャラクター」を表示させて使用するユーザーをいうものである旨主張する。 
  しかしながら,上記①について,「仮想モール」は「表示部に…表示」される必要があるのであるから,「ほぼ同時にアクセスできる仕組みになっていれば足りる」と解することはできない。
  上記②について,そもそも,「仮想モール」は,本件特許請求の範囲中の用語であり,これを例示と解すべき根拠となる記載は,本件特許請求の範囲にはないから,「仮想モール」を「店の表示形態の例示にすぎない」ということはできない。 
 上記③について,本件特許請求の範囲の文言上,「基本キャラクター」は「データベースに用意された複数のキャラクターから」「気に入った」ものとして決定されるものであるから,これをユーザーをいうものと解することはできない。
  (ウ)  証拠(乙4)によると,被告システムにおいて,「ショップ」でアイテムを購入する際の画面表示は,次のとおりであると認められる。 
  すなわち,①被告システムでは,液晶表示部に,「ショップ」というカテゴリーの表示とピグとが表示されており,②ユーザーが「ショップ」というカテゴリーの表示を選択するなどすると,各種の「ショップ」が,アイテムの種類の記載やアイテムを装着するなどしたキャラクターの表示と共に一覧表示された「ショップ一覧」画面に移行すること,③その中から特定の「ショップ」を選択すると,当該「ショ ップ」で取り扱われているアイテムが一覧表示された画面に移行すること,④その中から特定のアイテムを選択すると,ピグが当該アイテムを装着した画像が表示された試着画面に移行すること,⑤更に「レジへすすむ」又は「購入する」との表示を選択することで,当該アイテムの購入画面に移行して購入する手順となること,「ショップ一覧」画面(上記②)やアイテムが一覧表示された画面(上記③),購入画面(上記⑤)が表示されているときにはピグは表示されていないことが認められる。
  そうすると,被告システムでは,複数の仮想店舗と遊歩のための空間とが表示されないから,そもそも,「仮想モール」に対応する構成を有しているとはいえない。
  この点を措いても,単なる「ショップ」というカテゴリーの表示を「仮想モール」 に対応するものということはできないし,さらに,「ショップ一覧」画面の表示を「仮想モール」に対応する構成として特定したとしても,同画面が表示されているときにピグは表示されないから,表示部に「仮想モール」と「基本キャラクター」とが同時に表示される構成を有していない
  また,被告システムでは,「ショップ一覧」画面やアイテムが一覧表示された画 25 面に加えて,購入画面が表示されている際にもピグが表示されていないから,試着画面でピグが表示されるとしても,ピグが当該ショップに入店して買い物等をする状況が表示されるものともいえず,構成要件Gの「基本キャラクター」が「仮想モール中に設けられた店」で「パーツ」を購入する構成を有するものとはいえない
  (エ) したがって,被告システムは,構成要件F及び同Gを充足しない。」

均等論
「 ⑵  第1要件(非本質的部分)について  
  ア  特許法が保護しようとする発明の実質的価値は,従来技術では達成し得なかった技術的課題の解決を実現するための,従来技術に見られない特有の技術的思想に基づく解決手段を,具体的な構成をもって社会に開示した点にあるから,特許発明における本質的部分とは,当該特許発明に係る特許請求の範囲の記載のうち,従来技術に見られない特有の技術的思想を構成する特徴的部分であると解すべきである。そして,上記本質的部分は,特許請求の範囲及び明細書の発明の詳細な説明の記載に基づいて,特許発明の課題及び解決手段とその作用効果を把握した上で,特許発明に係る特許請求の範囲の記載のうち,従来技術に見られない特有の技術的思想を構成する特徴的部分が何であるかを確定することによって認定されるべきである(ただし,明細書の発明の詳細な説明に従来技術が解決できなかった課題として記載されているところが,出願時の従来技術に照らして客観的に見て不十分な場合には,明細書の発明の詳細な説明に記載されていない従来技術も参酌して,当該特許発明の従来技術に見られない特有の技術的思想を構成する特徴的部分が認定されるべきである〔知財高裁平成27年(ネ)第10014号同28年3月25日特別部判決・判時2306号87頁参照〕。)。
  これを本件について見ると,前記2で詳述したとおり,本件発明は,「その決定したキャラクターに応じた情報提供料を通信料に加算する課金手段を備え」(構成要件C)ており,また,「表示部に仮想モールと,基本パーツを組み合わせてなる基本キャラクターとを表示させ」(構成要件F),「基本キャラクターが,前記仮想モール中に設けられた店にて前記パーツを購入する」(構成要件G)構成を有しているのに対し(なお,「仮想モール」は,内部に複数の仮想店舗と遊歩のための空間とが表示されるものをいい,「基本キャラクター」と同時に表示される必要があると解すべきこと,「仮想モール中に設けられた店」で「パーツ」を購入する際にも「基本キャラクター」が表示される必要があると解すべきことも,前記2のとおりである。),被告システムは,少なくとも,「キャラクターに応じた情報提供料」を「通信料」に「加算」する構成を備えていない点,「仮想モール」に対応する構成を有していない点において,それぞれ本件発明と相違するところ,以下のとおり,これらの相違部分は,本件発明の本質的部分に当たるというべきであるから,
被告システムは,均等の第1要件(非本質的部分)を満たさない。
・・・
 そうすると,本件明細書では,本件発明は,サービス提供者がキャラクター画像情報により効率良く利益を得るのは困難であったという従来技術の問題点を解決して,サービス提供者が画像情報の提供により効率良く利益を得ることができる携帯端末サービスシステムを提供することを目的の一つとするものであって,構成要件Cの「その決定したキャラクターに応じた情報提供料を通信料に加算する課金手段を備え」るとの構成は,まさに,従来技術では達成し得なかった技術的課題の解決(サービス提供者がキャラクター画像情報により効率良く利益を得ることができる携帯端末サービスシステムを提供すること)を実現するための,従来技術に見られない特有の技術的思想に基づく解決手段(課金手段)としての具体的な構成として開示されているものいうべきである。また,本件発明は,ユーザーに十分な満足感を与え得るものではなかったという従来技術の問題点を解決して,ユーザーが十分な満足感を得ることができる携帯端末サービスシステムを提供することを他の目的とするものであって,「表示部に仮想モールと,基本パーツを組み合わせてなる基本キャラクターとを表示させ」るとの構成を含む構成要件F及び「基本キャラクターが,前記仮想モール中に設けられた店にて前記パーツを購入する」との構成を含む構成要件Gは,さながら自分が仮想モール内を歩いているようなゲーム感覚で商品を購入するなどして十分な満足感を得ることができるという本件発明に特有な作用効果に係るものであって,構成要件A,同B,同D及び同Eとともに,まさに,従来技術では達成し得なかった技術的課題の解決(ユーザーが十分な満足感を得ることができる携帯端末サービスシステムを提供すること)を実現するための,従来技術に見られない特有の技術的思想に基づく解決手段(ゲーム感覚の実現)としての具体的な構成として開示されているものというべきである。 
  他方で,後述する引用例1(乙6)の開示(iモード上に用意された複数のキャラクタ画像を受信し,これを待受画面として利用することができる携帯電話機)及び引用例2(乙7)の開示(画像情報の提供に係る対価の課金を通話料金に含ませるもの)に照らすと,本件明細書において従来技術が解決できなかった課題として記載されているところは,客観的に見て不十分であるといい得るが,本件明細書の従来技術の記載に加えて,引用例1及び同2の開示を参酌したとしても,本件発明は,ユーザーが十分な満足感を得ることができ,かつ,サービス提供者が利益を得ることができる携帯端末サービスシステムを提供するものであり,従来技術では達成し得なかった技術的課題の解決を実現するための具体的な構成として,構成要件AないしHを全て備えた構成を開示するものであるから,これら全てが従来技術に見られない特有の技術的思想を構成する特徴的部分に当たるというほかない。 
  以上によれば,本件発明と被告システムとの相違部分は,いずれも本件発明の本質的部分に係るものと認めるのが相当である(なお,上記認定判断は,後述する本件特許の出願経過とも整合するところである。)。 
・・・
  ⑶  第5要件(特段の事情)について
  ア  本件特許の出願経過
  後掲の証拠によると,本件特許の出願経過として,次の各事実が認められる。
  (ア) 出願当初の特許請求の範囲の記載は,次のとおりであった(乙11)。
  「【請求項1】  表示部と,電話回線網への通信手段とを備える携帯端末から,前記電話回線網に接続されたデーターベースにアクセスすることによって,前記データベースに用意された複数のキャラクターから,表示部に表示すべき気に入ったキャラクターを決定し,その決定したキャラクターを前記表示部にて表示自在となるように構成してある携帯端末サービスシステムであって,その決定したキャラクターに応じた情報提供料を通信料に加算する課金手段を備える携帯端末サービスシステム。 」

・・・
 上記によれば,実質的にみて,出願当初の特許請求の範囲の請求項1記載の発明は,構成要件A,同B,同C及び同Hからなる発明であり,同2記載の発明は,構成要件A,同B,同C,同D,同E及び同Hからなる発明であり,同5記載の発明のうち,同2を引用するものは,構成要件A,同B,同C,同D,同E,同F,同G及び同Hからなる発明であったといえる。
  (イ)  特許庁審査官は,平成21年10月19日を起案日とする拒絶理由通知書(甲20)において,出願当初の特許請求の範囲の請求項1及び同2に係る各発明については,それぞれ,特許法29条2項の規定により特許を受けることができない旨,他方で,請求項5ないし同7に係る各発明については,拒絶の理由を発見しない旨通知した。
  なお,上記拒絶理由通知書において,出願当初の特許請求の範囲の請求項1記載の発明に関し,拒絶理由の根拠として引用された刊行物は,引用例1(乙6)及び引用例2(乙7)であるところ,引用例1には,iモード上に用意された複数のキャラクタ画像の中からユーザが選択したキャラクタ画像を配信サービスによって受信し,これを待受画面として利用することができる携帯電話機が開示されており,また,引用例2には,携帯無線電話装置から各種画像情報を管理する情報処理センターに対して発呼し,所望の画像情報の提供を要求してこれを受信すること(【0042】),当該画像情報の提供に係る対価の課金を通話料金に含ませること(【0051】,【0053】)が開示されている。 
  (ウ)  原告は,平成21年12月25日付け手続補正書(甲21)により明細書を補正し,これにより,特許請求の範囲は,登録時のもの(本件特許特許請求の範囲〔前記前提事実⑴〕)となった。なお,原告は,同日付け意見書(甲22)により,本件特許請求の範囲の請求項1について,出願当初の特許請求の範囲の請求項1に,同2及び同5を統合したものである旨主張した。 
  (エ)  これに対し,特許庁審査官は,拒絶の理由を発見しないとして,特許査定をした(甲23)。
  イ  検討
  上記アの出願経過に照らせば,原告は,構成要件A,同B,同C及び同Hからなる発明(出願当初の特許請求の範囲の請求項1に係る発明)及び構成要件A,同B,同C,同D,同E及び同Hからなる発明(出願当初の特許請求の範囲の請求項2に係る発明)については,特許を受けることを諦め,これらに代えて,構成要件A,同B,同C,同D,同E,同F,同G及び同Hからなる発明(出願当初の特許請求の範囲の請求項1に同2及び同5を統合した発明,すなわち本件発明)に限定して,特許を受けたものといえる。 
  そうすると,原告は,構成要件F(「表示部に仮想モールと,基本パーツを組み合わせてなる基本キャラクターとを表示させ」)及び同G(「基本キャラクターが,前記仮想モール中に設けられた店にて前記パーツを購入する」)の全部又は一部を備えない発明については,本件発明の技術的範囲に属しないことを承認したか,少なくともそのように解されるような外形的行動をとったものといえる
  したがって,「仮想モール」に対応する構成を有していない被告システムについては,均等の成立を妨げる特段の事情があるというべきであり,同システムは,均等の第5要件(特段の事情)を充足しない。
  ⑷  小括
  以上より,被告システムは,少なくとも,均等の第1要件(非本質的部分)及び第5要件(特段の事情)を充足しないから,本件発明と均等なものとして,その技術的範囲に属するものとはいえない。 」

【コメント】
 「携帯端末サービスシステム」とする特許第4547077号の特許権をめぐる,特許権侵害訴訟の事件です。

 まずはクレームからです。
A  表示部と,電話回線網への通信手段とを備える携帯端末から,前記電話回線網に接続されたデータベースにアクセスすることによって,  
  B  前記データベースに用意された複数のキャラクターから,表示部に表示すべき気に入ったキャラクターを決定し,その決定したキャラクターを前記表示部にて表示自在となるように構成してある携帯端末サービスシステムであって,
  C  その決定したキャラクターに応じた情報提供料を通信料に加算する課金手段を備え, 
  D  前記キャラクターが,複数のパーツを組み合わせて形成するように構成してあり,
  E  気に入ったキャラクターを決定するにあたって,前記データベースにアクセスすることによって,複数のパーツ毎に準備された複数のパターンから一つのパターンを選択することにより,少なくとも一つ以上のパーツを気に入ったパーツに決定し,複数のパーツを組み合わせて,気に入ったキャラクターを創作決定する創作決定手段を備え,
  F  前記創作決定手段に,前記表示部に仮想モールと,基本パーツを組み合わせてなる基本キャラクターとを表示させ,
  G  前記基本キャラクターが,前記仮想モール中に設けられた店にて前記パーツを購入することにより,前記パーツ毎に準備された複数のパターンから一つのパターンを決定し,前記基本キャラクターを気に入ったキャラクターに着せ替える操作により,気に入ったキャラクターを創作決定する着せ替え部を備える
  H  携帯端末サービスシステム。
  」

 この手の発明は何が言いたいのか,日本語が不自由なクレームのパターンが多いのですが,この発明はそうではありません。

 以下の図を見ると,さらに分かりやすいと思います。
 
 
 
  つまり,アバターとも言える仮想のキャラクターが,仮想モールの中で色々買い物をして,着替えなどできる~そのような発明です。

 で,被告の方は,サイバーエージェント,つまりアメーバピグです。
 実によく似たサービスです。

 ですので,判決を上からずっと読み進めると,どうしてこんな固い文言解釈をするのだろうと思いますし,どうしてこんな暴論的均等論なんだろうと思います。
 例えば,構成要件Cの「加算する課金手段を備え」の所の文言侵害については,被告サービスでは,別途「コイン」を買っているから「加算」じゃないという,実に頭の固い解釈を取っています。構成要件F,Gの所も,非常に限定した解釈により,文言侵害なしと判断しております。
 
 通常,この程度の違いだと,均等論でOKなレベルだと思います。
 そして,均等論第1要件についても,何と 「全てが従来技術に見られない特有の技術的思想を構成する特徴的部分に当たる」などという,暴論というか手抜きというか,そのような認定です。
 つまり,ここまでは何のバイアスが掛かったのだろう?,何故こんな結論ありきのような判決なんだろう? という非常に気持の悪い判旨なのです。

 ところが,それが漸く腑に落ちるのは,均等論第5要件です。
 要するに,特許権者(出願人)は審査段階で,構成要件Fと構成要件Gを付加して拒絶を回避しているわけです。ですので,その限定は重く受け止めざるを得ないというわけです。
 自分で権利を狭くし,そのため,アメーバピグのサービスはそこから漏れてしまった,ならば,自業自得,あとでもう少し広く解釈してくれ,などと都合の良いことは言うな!ということなわけです。

 ですので,この判決は均等論第5要件が全てで,均等論第1要件も文言侵害も,そこの下流的副次的判断に過ぎないなと思います。
 でも,そういうことは分かりますが,今回の判決は,やはり手抜き的印象が拭えません。 
 どうせ第5要件でNGなんだから,文言の所も第1要件の所も手抜きでいいんじゃないかな~ということが判決の文言のあちこちから見え隠れします。
  これは頂けません。29部らしくないです。

 実は,29部の嶋末部長は,弁護士の人の間ではあまり評判がよくないようです。噂,あくまでも噂ですが,早く異動してくれないかなあと,そのように思っている代理人弁護士も少なくないようです。
 それは,非常に口やかましく,細部にこだわり,ときには書面の陳述を許さない,そのようなことが裁判の期日で頻発しているからだそうです。

 しかし,私は個人的には非常に評価しておりました。何故なら,判決自体はきちんとしていたからです。それに,口やかましく無く,当たり障りもないけれど,おかしな認定をする知財の裁判官はいくらでも居ました。そんな裁判官よりは100倍マシだからです。
 ですが,そのような私の評価も,今回の判決で一気に崩れそうです。
 手抜きをしないのが29部の良さだと思っていたのですが,それはどうやら過ぎた信頼で,私の買い被りだったようです。

【追伸】
 この事件の控訴審の判決が出ました。
 知財高裁平成29(ネ)10096(平成30年6月19日判決)です。

 と言っても,特段一審に比べて目新しいものではなく,文言侵害のところ,均等論のところ,一審の嶋末部長の合議体の判断を踏襲しています。

 ただし,控訴審だと,手抜き感がありません。これはやはり控訴審が実はどうでもいいもので,一審が勝負だからでしょうか?


2017年11月13日月曜日

審決取消訴訟 特許   平成28(行ケ)10215  無効審判 不成立審決 請求認容

事件名
 審決取消請求事件
裁判年月日
 平成29年10月26日
裁判所名
 知的財産高等裁判所第2部                        
裁判長裁判官     森   義 之                                 
裁判官          森 岡 礼 子            
裁判官佐藤達文は,転補のため,署名押印することができない                      
裁判長裁判官     森   義 之  
 
「(1)  特許請求の範囲の記載が,明細書のサポート要件に適合するか否かは,特許請求の範囲の記載と発明の詳細な説明の記載とを対比し,特許請求の範囲に記載された発明が,発明の詳細な説明に記載された発明で,発明の詳細な説明の記載により当業者が当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否か,また,その記載や示唆がなくとも当業者が出願時の技術常識に照らし当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否かを検討して判断すべきものであり,明細書のサポート要件の存在は,特許権者が証明責任を負うと解するのが相当である(当庁平成17年(行ケ)第10042号同年11月11日特別部判決・判例タイムズ1192号164頁参照)。
    (2)  特許請求の範囲の記載と発明の詳細な説明の記載とを対比すると,前記1(1)ウの【0010】及び【0011】における第1の発明についての記載は,請求項1の記載と一致する。
 また,同【0012】の記載のうち,「前記モールドパウダー・・・特徴とする」という部分は,請求項2において,本件発明1をさらに特定する事項の記載と一致する。
    (3)ア  前記1(1)イのとおり,本件発明の課題は,二次冷却帯における鋳片の冷却能を高めることを可能とする,鋳片表面からの剥離性に優れる,鋼の連続鋳造用モールドパウダーを提供することである(【0009】)。
イ  そして,前記(2)のとおり,本件明細書の発明の詳細な説明【0010】,【0011】及び【0012】には,課題を解決する手段として,「第1の発明」及び「第2の発明」のモールドパウダー,すなわち,本件発明が記載され,また,前記1(1)オのとおり,剥離性の試験結果を示した図1及び図2に基づき,請求項1に記載された式(1)及び(2)を満たすモールドパウダーが,剥離性に優れることが分かったとされている(同【0018】~【0024】)。
 具体的には,図1及び図2は,溶融させて1300℃に保持したモールドパウダーを鉄製矩形容器内に流し込み,溶融したモールドパウダーが固化完了する前に矩形容器を解体して,矩形容器壁面へのモールドパウダーの付着した面積率で評価し,付着した面積率が50%未満の場合を,剥離性に優れると評価し,逆に,付着した面積率が50%以上の場合を,剥離性が悪いと評価し(同【0017】。以下,この試験を「モデル試験」という。),その結果を,図1は,モールドパウダーのSiO2 含有量(質量%)及びNa 2 O含有量(質量%)と剥離性との関係を示し,図2は,モールドパウダーの塩基度(CaO/SiO 2 )及びNa 2 O含有量(質量%)と剥離性との関係を示すようにプロットしたものである(同【0018】)。
  また,前記1(1)のとおり,本件明細書の発明の詳細な説明には,実施例1として,連続鋳造機において,表1の組成を有し,(1)式及び(2)式のどちらも満足しないモールドパウダーAと,(1)式及び(2)式を満足するモールドパウダーBの2種類のモールドパウダーを用い,厚み250mm,幅1350mm,C:0.02~0.05質量%,Si:0.1質量%以下,Mn:0.05~0.3質量%,P:0.002~0.035質量%,S:0.005~0.015質量%,sol.Al:0.02~0.05質量%の組成の低炭素アルミキルド鋼のスラブ鋳片を鋳片引抜き速度2.5m/分で鋳造したことが記載されている(本件明細書【0028】~【0030】)。これらのモールドパウダーを6チャージの連続連続鋳造(連々鋳)で,チャージ毎にストランドを変更して使用し,そのときの湯面変動を調査した結果,モールドパウダーAでは,平均湯面変動量は約15mmであり,モールドパウダーBでは,平均湯面変動量は約7mmであったことが記載されている(同【0030】【0031】)。この記載は,モデル実験の結果を示す図1及び図2から導かれた式(1)及び(2)を満たすモールドパウダーは,連続鋳造に用いた場合に,実際に鋳片からの剥離性に優れ,二次冷却帯における鋳片の冷却能を高めることを可能とするものであるかどうかを,バルジング湯面変動の抑制効果によって評価することを意図したものであると認められる。
      ウ  実施例について
(ア)  証拠(甲3,5,7,8,10,19)及び弁論の全趣旨によると,
次の技術常識が認められる。
a  バルジング性湯面変動は凝固シェルの厚みが薄くなることに起因して激しくなる。凝固シェルは溶鋼が鋳型内で冷却されて形成されるものであり,鋳型内抜熱強度が低い場合(鋳型に抜けていく熱が少なく,鋳型内が冷却されにくい場合)には凝固シェルの厚みが薄くなる。
b  鋳型内における冷却強度の指標としてモールドパウダーの凝固温度が用いられる。このパウダーの凝固温度は,一定温度に保持した坩堝中において円筒を回転するなどして粘性を求め,測定温度に対し粘性をプロットした図において,温度の低下に伴って急激に粘性が高くなる温度とされている。この急激な粘性の変化は温度の低下に伴いパウダーが結晶化し,見掛けの粘性が高くなるためであると考えられており,この凝固温度が高い場合はパウダーフィルム内の結晶相(固着相)厚みが厚いため鋳型-凝固シェル間の熱抵抗が大きくなり,緩冷却が実現されるとされている。
c  モールドパウダーの凝固温度は,その組成によって変化する。
        (イ)  これらの技術常識を考え合わせると,凝固シェルの厚みは,鋳型直下でのモールドパウダーの鋳片表面からの剥離性及びそれに伴う二次冷却帯での冷却効率のみによって決まるものではなく,モールドパウダーの組成によって異なる凝固温度にも影響されると認められる。
        (ウ)  本件明細書記載の実施例において,モールドパウダーBとモールドパウダーAについて,鋳型内における冷却強度の指標となる凝固シェルの厚みに影響を与え得る凝固温度は記載されていない。また,モールドパウダーAとモールドパウダーBの組成が記載された表1には,化学成分として,SiO 2 ,Al 2 O 3 ,CaO,MgO,Na 2 Oのみが挙げられ,それらの量を合計しても,モールドパウダーAで80.6%,モールドパウダーBで78.7%であり,残りの成分が何であったのか不明であるから,その組成から凝固温度を推測することもできない。
 また,本件明細書記載の実施例において,(1)式及び(2)式を満たすものと満たさないものについての連続鋳造の際のバルジング性湯面変動の測定は,それぞれ,モールドパウダーBとモールドパウダーAの一つずつで行われたにとどまる
 これらのことから,本件明細書の発明の詳細な説明において,モールドパウダーBがモールドパウダーAよりもバルジング性湯面変動を抑制できたことが示されていても,モールドパウダーBがモールドパウダーAと比較してバルジング性湯面変動を抑制することができたのは,モールドパウダーが(1)式及び(2)式を満たす組成であることによるのか否かは,本件明細書の発明の詳細な説明からは,不明であるといわざるを得ない。 
 エ  モデル実験について
・・・・
 オ  以上によると,当業者は,本件明細書の発明の詳細な説明の記載又は本件特許出願時の技術常識から,(1)式及び(2)式を満たす本件発明のモールドパウダーが発明の課題を解決することができると認識可能であるとはいえない。
 したがって,本件特許は,本件出願日当時の技術常識を有する当業者が本件明細書において本件訂正発明の課題が解決できることを認識できるように記載された範囲を超えるものであって,特許法36条6項1号所定のサポート要件に適合するものということはできない。 」

【コメント】
 「鋼の連続鋳造用モールドパウダー」とする発明(特許第4725133号)についての無効審判での不成立審決(サポート要件違反なし)に対する審決取消訴訟の事件です。
 
 モールドパウダーとは, 鋳造で使うもので,鋳型の潤滑剤らしいです(この分野は詳しくないもので・・・。)。
 
 判旨によると,「高速連続鋳造において,鋳造速度が大きくなると,凝固シェル厚みが薄くなり,これに伴って,バルジングが大きくなることから,バルジング性湯面変動が発生し,モールドパウダーの巻き込みが発生する原因となっている。鋳片表面にモールドパウダーが付着していない方が二次冷却における冷却効率が良く,凝固シェル厚みが厚くなるので,バルジング性湯面変動を抑制するには,鋳片からの剥離性の良いモールドパウダーが望ましい。
 そこで,本件発明は,二次冷却帯における鋳片の冷却能を高めることを可能とする,鋳片表面からの剥離性に優れる,鋼の連続鋳造用モールドパウダーを提供することを,その目的とするものである。
  」ということです。

 クレームからです。
 
【請求項1】(本件発明1)
「  C:0.02~0.05質量%(但し,0.05質量%を除く),Si:0.1質量%以下,Mn:0.05~0.3質量%,P:0.002~0.035質量%,S:0.005~0.015質量%,sol.Al:0.02~0.05質量%を含有する低炭素アルミキルド鋼の連続鋳造に使用される,少なくともSiO 2 ,CaO,及びNa 2 Oを含有し,二次冷却帯においては鋳片表面からの剥離性に優れ,二次冷却帯での鋳片の冷却能を高めることが可能な,鋼の連続鋳造用モールドパウダーであって,前記モールドパウダーのSiO 2 含有量とNa 2 O含有量との関係が,下記の(1)式を満たす範囲であり,且つ,前記モールドパウダーの塩基度とNa 2 O含有量との関係が,下記の(2)式を満たす範囲である(但し,[%SiO 2 ]=35%,[%Na 2 O]=8%,かつ,[%CaO]=35%の場合,[%SiO 2 ]=31.4%,[%Na 2 O]=9.6%,かつ,[%CaO]=25.1%の場合,[%SiO 2 ]=32.8%,[%Na 2 O]=9.0%,かつ,[%CaO]=26.3%の場合,[%SiO 2 ]=34.4%,[%Na 2 O]=6.3%,かつ,[%CaO]=34.2%の場合,[%SiO 2 ]=32.3%,[%Na 2 O]=7.5%,かつ,[%CaO]=32.1%の場合,[%SiO 2 ]=43.3%,[%Na 2 O]=12.8%,かつ,[%CaO]=28.8%の場合,[%SiO 2 ]=47.2%,[%Na 2 O]=12.8%,かつ,[%CaO]=28.8%の場合,[%SiO 2 ]=36.5%,[%Na 2 O]=7.9%,かつ,[%CaO]=38.4%の場合,[%SiO 2 ]=34.5%,[%Na 2 O]=7.9%,かつ,[%CaO]=38.4%の場合,[%SiO 2 ]=34.5%,[%Na 2O]=7.9%,かつ,[%CaO]=37.0%の場合,[%SiO 2 ]=33.5%,[%Na 2 O]=7.9%,かつ,[%CaO]=34.2%の場合,[%SiO 2 ]=34.5%,[%Na 2 O]=7.9%,かつ,[%CaO]=35.6%の場合,[%SiO 2 ]=34.6%,[%Na 2 O]=5.2%,かつ,[%CaO]=38.5%の場合,及び[%SiO 2 ]=31.5%,[%Na 2 O]=5.2%,かつ,[%CaO]=38.5%の場合を除く)ことを特徴とする,鋼の連続鋳造用モールドパウダー。
  0.65×[%Na 2 O]+25≦[%SiO 2 ]≦2.08×[%Na 2 O]+25・・・(1)
  -0.078×[%Na 2 O]+1.4≦CaO/SiO 2 ≦-0.077×[%Na2 O]+1.8・・・(2) 
  但し,(1)式及び(2)式において,[%Na 2 O]は前記モールドパウダーのNa2 O含有量(質量%),[%SiO 2 ]は前記モールドパウダーのSiO 2 含有量(質量%),[%CaO]は前記モールドパウダーのCaO含有量(質量%),CaO/SiO 2 は前記モールドパウダーの塩基度である。」 
 
 さて,非常に長たらしい,しかも除くクレームがややこしいのですが,ポイントは(1)式と(2)式を満たす範囲という所です。
 しかし,肝腎のバルジング性湯面変動の測定は,適と不適でのそれぞれ1点しかやっていなかったようです。
 そのことは原告が,以下のような分かりやすいグラフで示しております
 
 
 これは(1)式についてです。
 そして(2)式についても,
 
 
 
 という感じで示しております。
 
 つまり,肝腎の実施例について,適はたった1点なわけです。
 
 今回,サポート要件の違反で,いわゆるパラメータ事件の大合議の規範を使っておりますが,そのときは,2点から直線を引いたわけで,それが本当かよ?! ということで,歴史に残ったのです。

 それが,今回もやはり同様なレベルです。

 ちょっとこれは・・・という所です。特許庁の審決を詳しく見ていないのでわかりませんが,主張立証が裁判と同じだとすると何を見ていたのだろうか?ということになります。

 やはり2点程度の実施例ではこれじゃあねえって所でしょうか。