2017年12月25日月曜日

審決取消訴訟 特許 平成29(行ケ)10083 無効審決 請求認容


事件名
 審決取消請求事件
裁判年月日
 平成29年12月21日
裁判所名
 知的財産高等裁判所所第4部          
裁判長裁判官          髙      部      眞  規  子    
裁判官          山      門              優                               
裁判官          片      瀬              亮 

「⑴  明確性要件について
 特許法36条6項2号は,特許請求の範囲の記載に関し,特許を受けようとする発明が明確でなければならない旨規定する。同号がこのように規定した趣旨は,特許請求の範囲に記載された発明が明確でない場合には,特許が付与された発明の技術的範囲が不明確となり,権利者がどの範囲において独占権を有するのかについて予測可能性を奪うなど第三者の利益が不当に害されることがあり得るので,そのような不都合な結果を防止することにある。そして,特許を受けようとする発明が明確であるか否かは,特許請求の範囲の記載だけではなく,願書に添付した明細書の記載及び図面を考慮し,また,当業者の出願当時における技術常識を基礎として,特許請求の範囲の記載が,第三者の利益が不当に害されるほどに不明確であるか否かという観点から判断されるべきである。
・・・・
  ⑶  本件発明の明確性
ア  物の発明についての特許に係る特許請求の範囲にその物の製造方法が記載されている場合(いわゆるプロダクト・バイ・プロセス・クレームの場合)において,当該特許請求の範囲の記載が特許法36条6項2号にいう「発明が明確であること」という要件に適合するといえるのは,出願時において当該物をその構造又は特性により直接特定することが不可能であるか,又はおよそ実際的でないという事情が存在するときに限られる(最高裁平成24年(受)第1204号同27年6月5日第二小法廷判決・民集69巻4号700頁参照)。しかるに,原告は,本件特許の出願時において上記「無洗米」をその構造又は特性により直接特定することが不可能であるか,又はおよそ実際的でないという事情が存在することについて,主張立証しない。 
イ  他方,前記最高裁判決が,物の発明についての特許に係る特許請求の範囲にその物の製造方法が記載されている場合において,当該特許請求の範囲の記載が明確性要件に適合するといえるのは,出願時において当該物をその構造又は特性により直接特定することが不可能であるか,又はおよそ実際的でないという事情が存在するときに限られると判示した趣旨は,特許請求の範囲にその物の製造方法が記載されている場合の技術的範囲は,当該製造方法により製造された物と構造,特性等が同一である物として確定されるが,そのような特許請求の範囲の記載は,一般的には,当該製造方法が当該物のどのような構造又は特性を表しているのかが不明であり,権利範囲についての予測可能性を奪う結果となることから,これを無制約に許すのではなく,前記事情が存するときに限って認めるとした点にある。そうすると,特許請求の範囲に物の製造方法が記載されている場合であっても,上記一般的な場合と異なり,当該製造方法が当該物のどのような構造又は特性を表しているのかが,特許請求の範囲,明細書,図面の記載や技術常識から一義的に明らかな場合には,第三者の利益が不当に害されることはないから,明確性要件違反には当たらない。
  ウ  そこで検討するに,本件訂正後の特許請求の範囲請求項1の記載は,前記第2の2のとおりであり,本件発明は,玄米粒において,⒜表層部から糊粉細胞層までが除去され亜糊粉細胞層が米粒の表面に露出しており,⒝米粒の50%以上に「胚芽の表面部を削りとられた胚芽」又は「胚盤」が残っており,⒞糊粉細胞層の中の糊粉顆粒が米肌に粘り付けられた状態で米粒の表面に付着している「肌ヌカ」のみが分離除去されてなることを特徴とする,旨み成分と栄養成分を保持した無洗米の発明であることが記載されている。
エ  また,前記1及び前記⑵イのとおり,本件明細書には,①本件発明は,白米でありながら旨み成分と栄養成分を保持した無洗米を提供することを課題とするものであること(【0005】),②玄米,分搗き米,胚芽米などの食味が良くないのは,おいしさの足を引っ張る物質(米粒表層部の表皮,果皮,種皮,糊粉細胞層までの層)が残っているせいであり,それらが除去されている完全精白米でも,洗米して炊かないと食味が良くないのは,精米過程において,糊粉細胞層の細胞壁が破られ,その中の糊粉顆粒が米肌に粘り付けられた状態で米粒の表面に「肌ヌカ」として付着されているからであること(【0014】,【0015】),③一方,胚盤や亜糊粉細胞層は米粒の栄養成分及び旨み成分を多く含有しているので,これを可及的に残すとともに,食味にマイナス作用を与える糊粉細胞層やそれより表層の物質,いわゆるぬか層成分や,胚芽の表面部を可能な限り除去すればよいこと(【0023】),④従来の精白米に,食べやすいが栄養成分が少ない精白米か,栄養成分が多いが極めて食味がまずいものしかなかったという問題を解決するには,摩擦式精米機での精米過程において,可能な限り亜糊粉細胞層と胚盤又は胚芽の表面部を除去した胚芽を残るようにした上,亜糊粉細胞層が表面に露出した時に搗精を終わらせる必要があるところ,運転条件(搗精の条件)が調整された摩擦式精米装置
を適用することによって,本件発明に係る無洗米の前段階である,前記ウ⒜⒝の米を製造することが可能であること(【0028】~【0035】),⑤また,精米機で仕上げられたままでは肌ぬかが表面に付着しているため,無洗米機にて肌ぬかを除去し,無洗米に仕上げる必要があるところ,型式(無洗米とする方式)が特定され運転条件が調整された無洗米機を適用することにより,上記無洗米の前段階である米から,前記ウ⒞の本件発明に係る無洗米を製造することが可能であること(【0041】),⑥本件発明の無洗米は,その表面が亜糊粉細胞層に覆われ,全米粒のうち,胚盤又は表面を除去された胚芽が残った米粒の合計数が50%以上を占めているため,従来のご飯とは異なったおいしさがあること(【0043】)が記載されている。
 他方,本件明細書には,本件発明に係る無洗米の前段階である前記ウ⒜⒝の米を製造するために摩擦式精米機により搗精し,かかる米から前記ウ⒞の本件発明に係る無洗米を製造するために無洗米機を用いるということのほかに,摩擦式精米機により搗精される米が前記ウ⒜⒝以外の構造又は特性を有することや,かかる米を無洗米機により無洗米としたものが,前記ウ⒞以外の構造又は特性を有することをうかがわせる記載は存在しない。
オ  以上のような特許請求の範囲及び本件明細書の記載によれば,本件訂正後の特許請求の範囲請求項1の「摩擦式精米機により搗精され」という記載は,本件発明に係る無洗米の前段階である前記ウ⒜⒝の構造又は特性を有する精白米を製造する際に摩擦式精米機を用いることを意味するものであり,「無洗米機(21)にて」という記載は,上記精白米から前記ウ⒞の構造又は特性を有する無洗米を製造する際に無洗米機を用いることを意味するものであって,前記ウ⒜ないし⒞のほかに本件発明に係る無洗米の構造又は特性を表すものではないと解するのが相当である。
 そして,本件発明に係る無洗米とは,玄米粒の表層部から糊粉細胞層までが除去され,亜糊粉細胞層が米粒の表面に露出し,米粒の50%以上に「胚芽の表面部を削りとられた胚芽」又は「胚盤」が残っており,糊粉細胞層の中の糊粉顆粒が米肌に粘り付けられた状態で米粒の表面に付着している「肌ヌカ」が分離除去された米であるといえる。
 そうすると,請求項1に「摩擦式精米機により搗精され」及び「無洗米機(21)にて」という製造方法が記載されているとしても,本件発明に係る無洗米のどのような構造又は特性を表しているのかは,特許請求の範囲及び本件明細書の記載から一義的に明らかである。よって,請求項1の上記記載が明確性要件に違反するということはできない。
⑷  被告の主張について
ア  被告は,本件訂正後の特許請求の範囲請求項1は,いわゆるプロダクト・バイ・プロセス・クレームとなっており,また,「無洗米」という物の発明としての権利取得を希望するのであれば,無洗米機により洗米処理された後の,「無洗米の現在ある構造(構成)」のみの記載により,発明を特定しなければならないところ,上記請求項に無洗米の構成はほとんど記載されておらず,本件発明は明確性要件を満たしていない旨主張する。
 しかし,上記請求項1の記載のうち,「摩擦式精米機により搗精され」及び「無洗米機(21)にて」という記載が,物の製造方法の記載であると認められることについては,前記⑵のとおりであるが,これらの記載が,当該物のどのような構造又は特性を表しているのかは一義的に明らかであり,上記請求項1の記載が明確性要件に違反するものではないことについては,前記⑶のとおりである。 」

【コメント】
「旨み成分と栄養成分を保持 した無洗米」とする特許(特許第 42708059号)の無効審判をめぐる事件です。
 無効審判では明確性要件違反として無効審決になったのですが,審決取消訴訟では逆転で有効となっております。

 クレームからです。

【請求項1】外から順に,表皮(1),果皮(2),種皮(3),糊粉細胞層(4)と,澱粉を含まず食味上もよくない黄茶色の物質の層により表層部が構成され,該表層部の内側は,前記糊粉細胞層(4)に接して,一段深層に位置する薄黄色の一層の亜糊粉細胞層(5)と,該亜糊粉細胞層(5)の更に深層の,純白色の澱粉細胞層(6)により構成された玄米粒において,/前記玄米粒を構成する糊粉細胞層(4)と亜糊粉細胞層(5)と澱粉細胞層(6)の中で,摩擦式精米機により搗精され,表層部から糊粉細胞層(4)までが除去された,該一層の,マルトオリゴ糖類や食物繊維や蛋白質を含有する亜糊粉細胞層(5)が米粒の表面に露出しており,且つ米粒の50%以上に『胚芽(7)の表面部を削りとられた胚芽(8)』または『舌触りの良くない胚芽(7)の表層部や突出部が削り取られた基底部である胚盤(9)』が残っており,/更に無洗米機(21)にて,前記糊粉細胞層(4)の細胞壁(4’)が破られ,その中の糊粉顆粒が米肌に粘り付けられた状態で米粒の表面に付着している『肌ヌカ』のみが分離除去されてなることを特徴とする旨み成分と栄養成分を保持した無洗米。

 このクレームにある「摩擦式精米機により搗精され」及び「無洗米機(21)にて」については,無効審判ではプロダクトバイプロセスクレームであり,にも関わらず,原告は,不可能・非実際的要件については主張しなかったとされ,明確性要件NGで無効になりました。
 しかし,判決では上記のとおり,プロダクトバイプロセスクレームなのだけど,これでOKとされました。

 この点については,特許庁の審査ハンドブックのH28.3.30改訂
「その物の製造方法が記載されている場合」の類型、具体例に形式的に該当したとしても、明細書、特許請求の範囲、及び図面の記載並びに当該技術分野における出願時の技術常識を考慮し、「当該製造方法が 当該物のどのような構造若しくは特性を表しているのか」(注)が明らか であるときには、審査官は、「その物の製造方法が記載されている場合」に該当するとの理由で明確性要件違反とはしない。」 と似たような判断だと思います。

 ただ,この判断って結構恣意的に出来るし,非常に抽象的な話だと思うのですね。

 プロダクトバイプロセスクレームの最高裁判決って,それ自体は分かりやすいものです。①経時的な要素があるとそれはもうプロダクトバイプロセスクレーム→②そのとき不可能・非実際的要件がなきゃダメ!ですからね。

 他方,特許庁やこの判決って,例外的な救済を認めるものであり,それ自体の意義があるとは思うのですが,如何せんどんなときにその例外的な場合に当たるのかがさっぱりわかりません。
 まだ特許庁基準くらいだと多少はマシですが,この裁判のように, 「当該製造方法が当該物のどのような構造又は特性を表しているのかが,特許請求の範囲,明細書,図面の記載や技術常識から一義的に明らかな場合」って,具体的にどんな場合なんだよ~という質問には全く答えられません。

 これは,この判決が初めてではなく,3部のこの判決が初めてだと思うのですが,入れ知恵は,そこの記事でも書いた前知財高裁所長の設楽さん論文だと思います。
 
 なので,まあ抽象的にというかざっくり的には,プロダクトバイプロセスクレームに見えても,単なる状態を表すと思われるときには,一義的に明らかだ!と言ってみても損はしない,そんな所かなという気がします。 

 なお,明確性要件の判断は,4部の判決ですので,4部オリジナル規範を使っております。
 
 
 

 

2017年12月22日金曜日

侵害訴訟 特許 平成26(ワ)6163その2  大阪地裁 請求一部認容(特許Bについては517万円の限度で認容)

事件番号  平成26(ワ)6163
事件名  特許権侵害行為差止等請求事件
裁判年月日  平成29年12月14日
裁判所名 大阪地方裁判所第26民事部
裁判長 裁判官 髙 松 宏 之
裁判官 野 上 誠 一
裁判官 大 門 宏 一 郎

特許Bについて
・構成要件該当性について
「(ウ) 構成要件E,F,(G)の意義
  上記(イ)のとおり,ロ号装置では,霊が近くにいる状況があれば,それが画面上認識し得ない場合でも,認識し得る場合でも,振動が発生することから,このようなものも,キャラクタの置かれている状況が「特定の状況にあることを判定した時に,上記画像情報からは認識できない情報を」「体感振動情報信号として送出する振動情報制御手段」を備えているといえるか(構成要件F,〔G〕)が問題となる。
a  構成要件E及びFの文言からすると,「体感振動情報信号」によって伝達される情報は,「画像情報からは認識できない情報」であり,その内容は,キャラクタの置かれている状況が「特定の状況にある」という情報であると解される。そして,「特定の状況」自体が「画像からは認識できない」ものである必要があると解する場合には,構成要件Fの「振動情報制御手段」は,特定状況判定手段が画像からは認識できない特定の状況にあることを判定した時に,その画像からは認識できない情報を,体感振動情報信号として送出するものであると解することになるから,ロ号製品は,霊が近くにいる場合に,そのことが画面から認識できないか否かにかかわらず振動を発生させる点で,構成要件Fを充足しないことになる。また,構成要件Fの「振動情報制御手段」は,「画像からは認識できない情報」のみを送出するものである必要があると解する場合も,同様である。
 しかし,構成要件E及びFの文言上,「特定の状況」自体が「画像からは認識できない」ものであるとの限定や,「振動情報制御手段」が,画像からは認識できない情報「のみ」を送出するものであるとの限定は付されていない。また,本件発明B-1が,「遊戯者が入力手段を操作することにより…出力手段…から時々刻々と変化する画像表示がなされてゲームが進行する」ことを前提としている(【0022】)ことに照らせば,ある場面において画像情報から認識できる情報が,別の場面においては画像情報から認識できなくなる場合も当然に想定されることである。
 そして,ある場面において当該情報を画像情報から認識できる場合に体感振動情報信号が送出されるとしても,当該情報が画像情報から認識できなくなった別の場面においては,当該別の場面において当該情報に対応する状況が存在するか否かは画面から分からないのであるから,この場面で体感振動情報信号を送出することにより,「遊戯者は,周囲にその特定の状況を悟られることなく,自己のみが知り得る秘密の状態の下でゲームを進行していくことができるとともに,振動を体感的に知 25 得できることにより迫力や現実感が増大する」(【0025】)との本件発明B-1の作用効果をなお奏することに変わりはない。
 したがって,「特定の状況」とは,「体感振動情報信号」として伝達すべき「情報」が存在する状況であれば足り,それ自体が「画像情報からは認識できない」ものである必要はなく,また,「体感振動情報信号制御手段」は,「画像情報からは認識できない情報」のみを伝達するものにも限定されず,構成要件E及びFの「体感振動情報信号制御手段」は,ゲーム中のある場面において,キャラクタが置かれている状況が特定の状況であることが画像情報からは認識できない状況下で,当該特定の状況にあることを判定した時に,その情報を体感振動情報信号として送出するものであれば足り,キャラクタが置かれている状況が特定の状況であることが画像情報から認識できる他の場面において,その情報を体感振動情報信号として送出するものであることを排除するものではないと解するのが相当である。 ・・・
 したがって,画像情報からは認識できない情報が,あらゆる場面において画像情報からは認識できないものでなければならないという被告の主張は採用できない。
(エ) ロ号装置の構成要件充足性
a  構成要件A
 ロ号装置における「アナログコントロ-ラ(DUALSHOCK2)」が,構成要件Aにおける「入力手段」に相当するから,ロ号装置は構成要件Aを充足する。 ・・・
e  構成要件E  15
 ロ号装置における「上記ゲーム進行制御手段からの信号に基づいて,フィールドモード及びファインダーモードにおいて遊戯者が操作している上記キャラクタの置かれている状況がキャラクタの近くに霊がいる状況にあるか否かを判定する状況判定手段」が,構成要件Eにおける「特定状況判定手段」に相当するから,ロ号装置は構成要件Eを充足する。 
 被告は,ロ号装置は,キャラクタが画面上の一定の領域に進行したこと等,画面情報から認識できる状況を契機として振動が開始するものであって,「画像情報から認識できない情報」たる「特定の状況」にあるか否かを判定したことにはならないと主張するが,「特定の状況」が「画像情報から認識できない」ものである必要がないことは前記のとおりである。また,ロ号装置が直接にはキャラクタが画面上の一定の領域に進行したこと等を判定するプログラムとされているとしても,ゲーム上,振動は霊が出現していることを示すものとして設定されているのであるか
ら,一定の領域に進行したこと等をもって霊が近くにいることを判定しているというべきである。被告の上記主張は採用できない。
f  構成要件F
 ロ号装置に係るゲームにおいては,キャラクタの近くに霊がいる状況にあることを画像情報からは認識できない場合に,キャラクタと霊との距離に応じて間欠周期の異なる間欠的な振動をアナログコントロ-ラ(DUALSHOCK2)に発生させる。したがって,ロ号装置は,「上記状況判定手段が上記所定の状況にあることを判定した時に,上記画像情報からは認識できないキャラクタの近くにいる霊の存在を,キャラクタと霊との距離に応じて間欠的に生じる振動の間欠周期を異ならせる(キャラクタと霊との距離が近づくにつれて,振動の間欠周期が短くなる)ための体感振動情報信号として送出する振動情報制御手段」を備えており,ロ号装置のかかる「振動情報制御手段」は,「上記特定状況判定手段が特定の状況にあることを判定した時に,上記画像情報からは認識できない情報を,上記キャラクタの置かれている状況に応じて間欠的に生じる振動の間欠周期を異ならせるための体感振動情報信号として送出する振動情報制御手段」に相当するから,ロ号装置は構成要件Fを充足する。
 これに対し,被告は,キャラクタの近くに霊がいる状況にあることを画像情報からは認識できる場合であっても,キャラクタと霊との距離に応じて間欠周期の異なる間欠的な振動をアナログコントロ-ラ(DUALSHOCK2)に発生させるから,ロ号装置は構成要件Fを充足しない旨主張するが,上記(ウ)に照らせば,被告の主張は採用できない。
g  構成要件G
 ロ号装置における「上記振動情報制御手段からの体感振動情報信号に基づいて振動を生じさせるアナログコントロ-ラ(DUALSHOCK2)」が,構成要件Gにおける「振動発生手段」に相当するから,ロ号装置は構成要件Gを充足する。 ・・・
  以上によれば,ロ号装置は本件発明B-1の構成要件を全て充足する。

イ  争点(1)イ(ア)(特許法101条1号所定の間接侵害の成否)について 
  ロ号製品は,上記アのとおり,本件発明B-1の技術的範囲に属する遊戯装置であるロ号装置を構成するPlayStation2本体に装填してゲームを実行するためのゲームソフトであり,PlayStation2本体に装填してゲームを実行するためのゲームソフトである以上,PlayStation2本体に装填されて使用される用途以外に,社会通念上,経済的,商業的又は実用的な他の用途はない。したがって,ロ号製品は,ロ号装置の生産にのみ用いる物である。
 そして,ロ号装置は,本件発明B-1の構成要件を充足するから,ロ号製品は,物の発明である本件発明B-1に係る物の生産にのみ用いる物であると認められる。
 これに対し,被告は,ロ号製品が装填されたゲーム機が振動機能をOFFにした状態で使用されることがある(乙B5の1・2)から,ロ号製品は本件発明B-1に係る物の生産に「のみ」用いる物に当たらないという。しかし,ロ号装置が物の発明である本件発明B-1の各構成要件の構成を備えている以上,ロ号装置においてユーザが機器の振動機能を実際に使用するか否かは,ロ号製品が「その物の生産にのみ用いる物」に当たるか否かの判断を左右し得る事情ではない。 
 したがって,ロ号製品を製造,販売することは,特許法101条1号に基づき,本件特許権Bを侵害するものとみなされる。 」



・無効の抗弁について
「(2) 争点(2)(無効理由の存否)について
  上記(1)のとおり,ロ号製品を製造,販売することは,特許法101条1号に基づき,本件特許権Bを侵害するものとみなされることから,本件発明B-1につては無効理由の存否が問題となるところ,当裁判所は,本件発明B-1に無効理由があるとは認められないと判断する。以下,詳述する。 ・・

 (ウ) 構成f
  証拠(甲B18の1ないし3,乙B14,16,17)によれば,ⅰ:「ニンジャウォーリアーズ」のベンチシートの振動開始後,しばらくするとゲーム画面に戦車が現れ,その後,戦車がゲーム画面から消え,間もなくしてベンチシートの振動も停止すること,ⅱ:この間の振動の状況は,別紙「公知発明bの振動状況」の図のとおりであること,ⅲ:同図の②の部分の囲み部分では,画面上,砲弾が着弾して爆発しており,そのために振動が微弱になっていることが認められる。そして,被告は,このような振動状況について,同図の②の部分には,同図の①の部分と異なる間欠周期の間欠的に生じる振動があると主張する。
 そこで検討すると,被告が主張する同図の①の部分では,小刻みに振幅の大きな 20 部分と振幅の微弱な部分とが交互に生じており,被告はこの小刻みな振動の繰り返しをもって間欠的な振動と主張するものと解される。しかし,一般に体感振動は身体にかかる力の強弱によって生じるものであるところ,本件特許B明細書では,そのような振動の中で振動を間欠的に生じさせるものとそうでないものとがあることが前提とされている(【0042】)ことからすると,本件発明B-1における「間欠的に生じる振動」とは,単に強弱が連続するというものではなく,強弱が連続しない部分があるものをいうと解するのが相当である。そして,このような間欠的に生じる振動の「間欠周期を異ならせる」とは,そのような強弱の連続部分と不連続部分とが繰り返されることにより生じる周期があり,キャラクタの置かれている状況に応じてその周期を異ならせることをいうと解するのが相当である。そうすると,被告が主張する同図の①の部分の小刻みな振動は,振動の強弱が連続しているにすぎない継続的な振動であるから,間欠的な振動には当たらないというべきである。この点について,被告は,本件特許B明細書の【0047】を指摘して,本件発明B-1では小刻みな振動も間欠的な振動とされていると主張するが,上記の検討からすると,同部分の記載の「間欠周期を序々に小さくして」,「間欠周期を序々に大きくして」とは,強弱の連続部分と不連続部分とが繰り返されることにより生じる周期を小さく又は大きくすることを意味すると解するのが相当であるから,被告の主張は採用できない。
・・
  (イ) 原告主張の相違点1-2について
  原告主張の相違点1-2は,その主張する構成fが採用できない以上,そのまま認めることはできない。しかし,上記ア(ウ)で認定した構成fに基づいても,本件発明B-1の構成要件Fにおける「振動情報制御手段」は,「上記特定状況判定手段が特定の状況にあることを判定した時に,上記画像情報からは認識できない情報 を,上記キャラクタの置かれている状況に応じて間欠的に生じる振動の間欠周期を異ならせるための体感振動情報信号として送出する」ものであるのに対し,先に認定した公知発明b-1の構成fにおける「ボディソニック駆動情報制御部」は,
「上記特定状況判定部がニンジャキャラクタの近くに戦車が存在する状況にあることを判定した時に,上記画像情報からは認識できないニンジャキャラクタの近くに戦車が存在することをボディソニック駆動情報信号として送出する」ものであり,キャラクタの置かれている状況に応じて振動の間欠周期を異ならせるものではない点で相違すると認められる(以下,これを「本件相違点」という。)。
        (ウ) 小括
 以上によれば,本件発明B-1と公知発明b-1との間には本件相違点が存在する(上記アで認定した公知発明b-1の構成によれば,ほかに相違点が存在するとは認められない。)から,本件発明B-1には新規性に欠けるところはない。
ウ  進歩性欠如(本件相違点に係る構成の容易想到性)の有無
        (ア) 被告は,「キャラクタの置かれている状況に応じて間欠的に生じる振動の間欠周期を異ならせる」との技術は,乙B18公報,乙B19公報,乙B20公報及び乙B6公報に記載された周知技術であると主張する。 ・・・
  (イ) 以上からすると,「キャラクタの置かれている状況に応じて間欠的に生じる振動の間欠周期を異ならせる」との技術は,それが開示されているとしても せいぜい乙B18公報のみであるから,周知技術であるとは認められない。
  また,乙B18公報記載の発明を,公知発明b-1に適用する動機付けを検討すると,乙B18公報に記載された発明は,レール上を走行するトロッコにおいて,レールの継ぎ目ごとに振動が発生し,その振動が発生する時間的間隔が速度によって変化するという性質を利用して,それをゲーム上で再現することにより,ゲームの臨場感を高めたものであると認められ,レールの継ぎ目の利用を離れて,抽象的に間欠周期の変化を利用する発明が記載されているとは認められないから,これを公知発明b-1において戦車が接近する場合の振動に適用する動機付けがあるとはいえない。
  したがって,本件発明B-1には進歩性に欠けるところはない。 」

・損害額について
「 (イ) 実施料率に影響を与える本件での事情
  原告は,ロ号装置において本件発明B-1の作用効果が効果的に発揮されているとして,質的な観点に着目して本件発明B-1の実施の程度が大きい旨主張するのに対し,被告は,ロ号装置において本件発明B-1の作用効果が発揮される場面は極めて限定されるとして,量的な観点に着目して本件発明B-1の実施の程度が小さい旨主張する。
  この点,本件発明B-1の作用効果が発揮される場面というのは,キャラクタの近くに霊が存在するが,画面上霊の存在を認識することができず,かつ,フィラメントが発光していないという状況下で,しかも,単に振動が生じればよいのではなく,キャラクタと霊との距離に応じて間欠周期の異なる間欠的な振動が発生する場面に限られている。このような場面は,上記(1)ア(イ)のとおり,ロ号装置において生じ得るものの,キャラクタと霊との位置関係,フィラメントの点灯範囲及び振動の発生範囲に照らせば,そのような場面が生じるのは,極めて限定的であると考えられる。すなわち,そのような場面が生じるのは,霊がキャラクタの背後で接近し又は遠ざかるのに対して,キャラクタが向きを維持し続けるという状況に限られるが,ゲームの性質上プレイヤーがキャラクタを操作して霊を倒すことが求められる以上,プレイヤーは,通常,画像上で霊の存在を認識することができる位置にキャラクタを操作しようとすると考えられるから,霊がキャラクタの背後で接近し又は遠ざかって,振動の間欠周期が変化しながら,かつ,接近する霊の存在が画面上視認できないにもかかわらず,プレイヤーがなおキャラクタの向きを維持し続ける操作を行うことは,極めて限定的にしか生じないと考えられる。したがって,被告が主張するように,ロ号装置において本件発明B-1の作用効果が発揮される場面は極めて限定されるというべきである。他方,確かに,原告が主張するように,霊がキャラクタに接近するにつれて振動の間欠周期は短くなり,霊がキャラクタから遠 ざかるにつれて振動の間欠周期は長くなることによって,プレイヤーは,当該振動によりあたかも霊に対する接近度合いと心臓の鼓動とが一致しているかのような雰囲気を味わえ,高度な現実感や十分な迫力を得られるであろうが,それは,フィラメントや霊の映像によって霊の存在が画像上視認できる場合にも生じる効果であり,それらが画像上は視認できずに作用効果が発揮される場面が上記のとおり極めて限定されてしまう以上,本件発明B-1の実施の程度は前記の平均的な実施料率の場合に比べてかなり小さなものであると見るべきである。現に,原告が,本件発明B-1の作用効果がロ号製品の訴求力の1つになっていることを表す書込み等であるという甲B35の2ないし6を見ても,キャラクタの近くに霊が存在するが,画面上霊の存在を認識することができず,かつ,フィラメントが発光していないという状況下で,キャラクタと霊との距離に応じて間欠周期の異なる間欠的な振動が発生する場面のことに言及しているのかが判然としない内容になっている。
 他方,証拠(乙B32の11及び23,B33ないし35)によれば,作り込まれたストーリーや,美しいグラフィックと本物にこだわったサウンドによる演出,キャラクタがロ号製品の大きな訴求力になっていると認められる。そして,キャラクタと霊との距離については,距離が離れている場合には弱い振動にし,距離が近い場合には強い振動にするというように振動の強弱を変えることによっても表現することができないわけではないと考えられる。
(ウ) 小括
  ロ号装置において本件発明B-1の実施の程度が極めて低いことを始めとする上記(ア),(イ)の各事情を斟酌すると,原告が主張するような,本件が特許権侵害の事案における実施料率を考えるべき場面であり,通常のライセンス契約を行う場面とは異なるという事情を考慮しても,本件での実施料率は0.5パーセントとするのが相当である。
 したがって,原告が被告による本件発明B-1の実施に対し受けるべき金銭の額に相当する額は,9億4000万円に0.5パーセントを乗じた470万円となる。また,認容額を始めとする本件に現れた一切の事情を考慮すると,被告の特許権侵害行為と相当因果関係に立つ弁護士等費用の損害額は,47万円と認めるのが相当である。 」

【コメント 特許Bについて】
 大手のゲームソフトメーカー同士の特許権侵害訴訟の事件です。原告が大阪のカプコンで,被告が横浜のコーエーテクモです。  

 特許が大きくAとBに分かれているので,ここでも話を分けます。
 今回は,特許B(3295771)についてのみです。
   
 結論は,請求の一部認容です。無効の抗弁不成立で,構成要件該当性もあり,でした。
  クレームは以下のとおりです。

A  遊戯者が操作する入力手段と,
B  この入力手段からの信号に基づいてゲームの進行状態を決定あるいは制御するゲーム進行制御手段と,
C  このゲーム進行制御手段からの信号に基づいて少なくとも遊戯者が上記入力手段を操作することにより変動するキャラクタを含む画像情報を出力する出力手段と
D  を有するゲーム機を備えた遊戯装置であって,  
E  上記ゲーム進行制御手段からの信号に基づいて,ゲームの進行途中における遊戯者が操作している上記キャラクタの置かれている状況が特定の状況にあるか否かを判定する特定状況判定手段と,
F  上記特定状況判定手段が特定の状況にあることを判定した時に,上記画像情報からは認識できない情報を,上記キャラクタの置かれている状況に応じて間欠的に生じる振動の間欠周期を異ならせるための体感振動情報信号として送出する振動情報制御手段と
G  上記振動情報制御手段からの体感振動情報信号に基づいて振動を生じさせる振動発生手段と,
H  を備えたことを特徴とする,遊戯装置。


 これもさほど複雑なクレームではなく,ゲームの中である種の状況になったときに,コントローラーか何かがブルッと震えるというようなものです。
 例えば,本件のロ号は零というホラーゲームなのですが,画面では見えない霊が近づいたときにブルッと震える,というような使い方が想定されるわけですね。

 まず,構成要件該当性ですが,被告の方は限定解釈を主張します。曰く,「特定の状況」も画像情報から認識出来ないことが必要だ云々ですね。勿論,そのような場合でもいいのですが,判決はそういう場合に限らないのだと,比較的広く解釈していると思います。とは言え,そもそもクレーム等には限定がありませんので,ごく普通の文言解釈と言えるかもしれません。


 つぎに,無効の抗弁ですが,主引例とは,「キャラクタの置かれている状況に応じて振動の間欠周期を異ならせるものではない点」が相違すると認定されています。それ故新規性はあるわけです。

 進歩性の方ですが,副引例は周知技術ではなく,また代表的な副引例も主引例と組み合わせる動機づけがないとして,進歩性あり!という結論です。


 これについては,主引例の認定が些か恣意的かなと思います。
 判決は,間欠の意義について,「本件発明B-1における「間欠的に生じる振動」とは,単に強弱が連続するというものではなく,強弱が連続しない部分があるものをいうと解するのが相当である。」と言ってますが,世の中に完全に静止できるものなんてあるのでしょうか?途中の弱振動の部分も程度問題だと思うのですね(人によっては間欠と判断するかもしれないってことです。)。
 とは言え,これは枝葉の部分,重箱の隅をつつくような話で,大勢に影響のないことでしょう。

 とは言え,同じ引例で再チャレンジする意義はあると思います。勿論,再度調査を行い,新しい引例を探すのもいいでしょうね。そして,これで原告に一泡を吹かせるとよいかなと思います。


 最後に損害額ですが,間接侵害でしかも実施の効果が薄いということで,何と実施料率0.5%となってしまいました。

 この点については,通説では,特許法102条2項の推定規定は間接侵害でも適用があると考えます(例えば,東京地裁平成22(ワ)24479 ,平成24年11月2日判決)。

 にも関わらず,どうして,102条2項の主張をしなかったのか疑問です。
 もしかして,カプコンは自社で実施をしていなかったのかもしれません。

 なかなか色んな論点のある面白い事例だと思います。ただ,主戦場は知財高裁かなと思います。
 
 

侵害訴訟 特許 平成26(ワ)6163その1  大阪地裁 請求一部認容(特許Aについては請求棄却)

事件番号
事件名
 特許権侵害行為差止等請求事件
裁判年月日
 平成29年12月14日
裁判所名
大阪地方裁判所第26民事部
裁判長 裁判官 髙 松 宏 之
裁判官 野 上 誠 一
裁判官 大 門 宏 一 郎

特許Aについて
「事案に鑑み,まず争点(2)から判断する。当裁判所は,本件発明A-1の構成は公知発明1の構成と同一であり,本件発明A-2の構成は公知発明2の構成と同一であるから,本件各発明Aはいずれも新規性を欠くという無効理由が存在すると判断する。以下,詳述する。
    ア  本件各発明Aについて
 本件各発明Aは,家庭用ゲーム機などの情報処理装置を対象としたシステム作動方法に関し,より詳しくは,CD-ROMなどの高密度記憶媒体をソフトウェア供給媒体として使用する場合に好適なシステム作動方法に関する発明である(本件特許A明細書の【0001】)。
 従来,家庭用ゲーム機の分野においては,ゲーム機本体を所有しているユーザを対象として,半導体ROMカセット等によってゲームソフトが供給され,ユーザは, ゲームソフトを家庭用ゲーム機本体に装着してゲームを楽しんでいたところ,ゲーム機本体の機能能力の限界,半導体ROMカセットの容量の限界等の理由により,ROMカセットは,その容量とユーザが入手可能な価格に見合ったゲーム内容(ゲームプログラム,データ等)を包含するにすぎなかった。しかし,最近になり,家庭用ゲーム機本体も32ビットのCPUを搭載した高速型が開発され,ゲームソフト供給媒体としても,その記憶容量が一般的に約500MBもあり,半導体ROMに比較して約100倍以上の容量を持つCD-ROMが採用されつつあるところ,ゲーム進行プログラム,制御プログラム等のプログラム及び映像データ,サウンドデータ等のデータを含んで構成されるゲームソフトを開発し,かつこれをCD-ROMに記憶させて供給することが技術的に可能であったとしても,そのゲームソフトの開発コストが高騰し,比較的低年齢層を対象とするユーザが1回に支払うことができる価格で供給することが困難となるという問題があった。そのため,シリーズ化された一連のゲームソフトを買いそろえていくことにより,豊富な内容のゲームを楽しむことができるようにすることが課題となっていた(同【0002】ないし【0008】)。 
 そこで,本件各発明Aは,別紙「構成要件目録A-1」及び同「構成要件目録A-2」各記載のとおりの技術的構成を取ることにより,ユーザにとっては,一回の購入金額が適正なシリーズもののCD-ROMを買いそろえていくことによって,最終的にきわめて豊富な内容のゲームソフトを入手したのと同じになる一方,メーカにとっては,開発コストが相当かかる膨大な内容のゲームソフトを,ユーザが購入しやすい方法で実質的に提供することができるようにした(同【0012】, 5 【0013】,【0022】)。そして,好ましい実施形態は,記憶媒体をCD-ROMとする構成であり(同【0014】),第2のCD-ROMに記憶される拡張したゲーム内容は,標準のゲーム内容に対し,ゲームキャラクタの増加,ゲームキャラクタの持つ機能の豊富化,場面の拡張,音響の豊富化等を達成するためのプログラムおよび/またはデータが含まれる(同【0017】)。もっとも,記憶媒 10 体として,CD-ROMに代えて,フロッピーディスク,ハードディスク,光磁気(MO)ディスクを使用してもよいとされている(同【0042】)。
 また,本件発明A-2は,以上に加え,第2の記憶媒体がゲーム装置に装填されるとき,第2の記憶媒体中の制御プログラムに他の記憶媒体を装填させるインストラクションを表示するものである。・・・

 ウ  本件各発明Aと公知発明の対比
      (ア) 本件発明A-1と公知発明1の対比
上記で認定した公知発明1によれば,①「ファミリーコンピュータとディスクシステムとテレビ」は,本件発明A-1の「ゲーム装置」に相当し,②「魔洞戦紀DDⅠ」は本件発明A-1の「第1の記憶媒体」に相当し,③「勇士の紋章DDⅡ」は本件発明A-1の「第2の記憶媒体」に相当し,④「勇士の紋章」の標準ゲーム機能部分を実行する標準ゲームプログラムおよび/またはデータ」は,本件発明A-1の「標準ゲームプログラムおよび/またはデータ」に相当し,⑤「『魔洞戦紀』にセーブされたキャラクタのレベルが21であることを示す情報」ないし「『魔洞戦紀』にセーブされたキャラクタのレベルが21,すなわち16以上であることを示す情報」は,本件発明A-1の「所定のキー」に相当し(以下,所定のキーは後者のみで表記する。),⑥「魔洞戦紀DDⅠから転送されたキャラクタの魔洞戦紀におけるレベルが16以上であるときには,そのキャラクタの勇士の紋章におけるレベルが最初から2となり,神殿で祈ると『ゆうけんしのしそん  じゅんくよ。がんばるのだぞ。』とのメッセージが表示され,アイテム『くさのつゆ』及び『しろきのこ』が1つ増える」ことは,本件発明A-1の「ゲームキャラクタのもつ機能の豊富化」に相当し,そのためのプログラム等は,「拡張ゲームプログラムおよび/またはデータ」に相当するから,本件発明A-1は,公知発明1と同一の構成であると認められる。したがって,本件発明A-1は新規性を欠く。 ・・・

(2) 争点(3)(訂正の対抗主張の成否)について
 上記(1)のとおり,本件特許Aには無効理由が存在したことから,更に進んで, 訂正の対抗主張の成否について検討すると,当裁判所は,本件訂正は適法であるが,本件訂正発明A-1及びA-2はいずれも進歩性を欠くため,本件特許Aには無効理由がなお存在すると判断する。以下,詳述する。
    ア  訂正要件の充足性
      (ア) 訂正事項2  15
  訂正事項2は,「記憶媒体を」を,「記憶媒体(ただし,セーブデータを記憶可能な記憶媒体を除く。)を」に限定する,いわゆる除くクレームとする訂正であるところ,被告は,本件特許Aの当初明細書の記載の範囲を超えて訂正したものであると主張する。 ・・・

 以上によれば,訂正事項1ないし3,7ないし14はいずれも訂正要件を充足しているから,本件訂正は適法である。

イ  本件各訂正発明の容易想到性
      (ア) 本件訂正発明A-1
a  公知発明1との相違点
 先に認定した公知発明1と本件訂正発明A-1とを対比すると,以下の相違点があることは当事者間に争いがなく,その余の構成は一致していると認められる。原告は,他に相違点1-4ないし1-6の相違点があると主張するが,先に述べた公知発明1の認定に照らして採用できない。
(a) 相違点1-1
 本件訂正発明A-1は,「記憶媒体(ただし,セーブデータを記憶可能な記憶媒体を除く。)」であるのに対し,公知発明1は「セーブデータなどを記憶可能なディスク」(RWM-Read/Write Memory)である点。
          (b) 相違点1-3
 本件訂正発明A-1の「第1の記憶媒体」は,セーブデータを記憶可能な記憶媒体を除くから,「所定のキー」はセーブデータを含まないのに対し,公知発明1では,魔洞戦紀DDⅠに包含される「所定のキー」が,魔洞戦紀DDⅠに記憶されたセーブデータであって,魔洞戦紀DDIにセーブされたキャラクタのレベルが21であることを示す情報である点。      
b  相違点に係る構成の容易想到性(b) 検討  25
            ⅰ  前記認定事実によれば,ゲームソフト業界においては,本件特許Aの出願前からゲームソフトの大容量化が進められており,ゲーム内容や音楽効果をより多彩にするためにゲームソフトの記憶媒体に大容量のCD-ROMを用いることは,本件特許Aの出願前の時点で周知技術であったと認められる。そうすると,ゲームプログラム等の記憶媒体としてCD-ROMを採用すること(相違点1-1)は,それ自体としては,当業者が容易に想到し得たものであるといえ,その 5 場合には,CD-ROMは読出し専用の記憶媒体であることから,セーブデータを記憶できない記憶媒体であることになる(なお,CD-ROMも,ゲーム装置の作動中に入れ換え可能な記憶媒体である。)。
ⅱ  もっとも,公知発明1のゲームプログラム等の記憶媒体として,RWM(ディスク)に代えてCD-ROMを採用することの容易想到性については,それにより所定のキーもセーブデータでなくなること(相違点1-3)から,別途の検討が必要であり,原告は,公知発明1のRWMをセーブデータを記憶できない読出し専用の記憶媒体に変更することには阻害要因があると主張する。
  確かに,前記認定のとおり,公知発明1に係るディスクシステムは,ゲームのデータをセーブする機能を有するようになったことや,ディスクに書き込まれたゲームプログラムの書換えができることを大きな特徴としているから,公知発明1の記憶媒体をRWMからCD-ROMに変更したときには,これらの機能が損なわれることが想定される。
  しかし,まず,公知発明1や前記のMSX規格の複数のゲームソフトの存在からすると,連作もののゲームソフトにおいて,続編のゲームソフトのみでもその標準ゲーム機能を楽しむことができるが,前編のゲームソフトを有しているユーザであれば,それに記録されたキー・データを用いて続編のゲームソフトの拡張ゲーム機能を楽しむことができるようにするという技術は,本件特許Aの出願前で,ゲームソフトの記憶媒体としてCD-ROMが普及する以前の,セーブ機能がないROMカセットの時代から既に当業者の間で周知であったと認められる(以下「上記の周知技術」という。)。そして,複数の大手ゲームソフト企業からその技術を採用したゲームソフトが発売されていたことからすると,その技術がゲームソフトを販売する上で有用であるとの認識が,当業者の間で共有されていたものと推認される。
 そうすると,ゲームソフト業界がソフトの大容量化を進める状況下で,ゲームソフトの記憶媒体として新たに普及してきたCD-ROMという大容量の記憶媒体についても,既に公知発明1や前記のMSX規格のゲームソフトにおいて採用されていた上記の周知技術を適用していくことについて,当業者には十分な動機付けがあったと認めるのが相当である。 」

【コメント 特許A】
 大手のゲームソフトメーカー同士の特許権侵害訴訟の事件です。原告が大阪のカプコンで,被告が横浜のコーエーテクモです。
 特許が大きくAとBに分かれているので,ここでも話を分けます。
 今回は,特許A(3350773)についてのみです。
 
 結論は,無効の抗弁成立で請求棄却です。訂正前は新規性なし,訂正後でも進歩性なしという結論です。

クレームは以下のとおりです。
A  ゲームプログラムおよび/またはデータを記憶する記憶媒体を所定のゲーム装置に装填してゲームシステムを作動させる方法であって, 
B  上記記憶媒体は,少なくとも,
B-1  所定のゲームプログラムおよび/またはデータと,所定のキーとを包含する第1の記憶媒体と,
B-2  所定の標準ゲームプログラムおよび/またはデータに加えて所定の拡張ゲームプログラムおよび/またはデータを包含する第2の記憶媒体とが準備されており,
C  上記拡張ゲームプログラムおよび/またはデータは,上記標準ゲームプログラムおよび/またはデータに対し,ゲームキャラクタの増加および/またはゲームキャラクタのもつ機能の豊富化および/または場面の拡張および/または音響の豊富化を達成するように形成されたものであり, 
D  上記第2の記憶媒体が上記ゲーム装置に装填されるとき,
D-1  上記ゲーム装置が上記所定のキーを読み込んでいる場合には,上記標準ゲームプログラムおよび/またはデータと上記拡張ゲームプログラムおよび/またはデータの双方によってゲーム装置を作動させ,
D-2  上記所定のキーを読み込んでいない場合には,上記標準ゲームプログラムおよび/またはデータのみによってゲーム装置を作動させることを特徴とする,
E  ゲームシステム作動方法。


 さほど難しいものではありません。標準のCD-ROMに拡張CD-ROM組み合わせ遊ぶというゲームで,標準のCDーROMに「キー」を含ませて,その読み込みで拡張機能をオンさせるというものです。

 そして,構成要件該当性があるかどうかは判断しておりません。

 他方,無効の抗弁について,判旨のとおり,昔のディスクシステムファミコンとテレビの組み合わせで,似たようなものがあった,ということなのですね。

 そこで,原告としては,下記のように訂正したわけです。

A´  ゲームプログラムおよび/またはデータを記憶する[1]とともに所定のゲーム装置の作動中に入れ換え可能な記憶媒体[2](ただし,セーブデータを記憶可能な記憶媒体を除く。)を[3]上記ゲーム装置に装填してゲームシステムを作動させる方法であって,・・・

 要するに,ディスクシステムでは書き換えができるけど,CD-ROMなら書き換えが出来ないのだ,そこで新規性はあるぞ,というわけです。

 しかし,RMM を含まないように,CD-ROM系のものだけに減縮したからと言って,進歩性まであるかは別問題です。書き換え不可能な媒体でのゲームというのは結構昔からあったよね~♫ということで,やはり進歩性なしとされました。

 なかなか原告にとっては厳しい所ですが,これは致し方ないかなと思います。
 ちょっと訂正がちょっぴり過ぎです。所謂除くクレーム化して進歩性まで認められるのは,化学分野などの,小さな構成の違いも大きな効果の違いとなる,そのような分野だけだと思います(化学分野ですらいつもいつも認められるわけではありません。)。

 ですので,このような分野では構成要件該当性を考えても,結構バッサリの訂正にいかないと裁判官の心証を覆せないのです。

 恐らく二審,知財高裁へ行くのが必須と思いますので,控訴理由書等で是非大胆な訂正の再抗弁を行って(法上,訂正請求が出来なくても),被告に泡を吹かせるとよいかなと思います。

2017年12月11日月曜日

侵害訴訟 特許 平成27(ワ)23087  東京地裁 請求棄却

事件名
 特許権侵害差止等請求事件
裁判年月日
 平成29年12月6日
裁判所名
 東京地方裁判所民事第40部      
裁判長裁判官      佐      藤      達      文      
裁判官               廣瀬      孝      
裁判官         勝      又      来  未  子 
 
「(1) 医薬の発明における実施可能要件
  特許法36条4項1号は,明細書の発明の詳細な説明の記載は「その発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者がその実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載したもの」でなければならないと定めるところ,この規定にいう「実施」とは,物の発明においては,当該発明にかかる物の生産,使用等をいうものであるから,実施可能要件を満たすためには,明細書の発明の詳細な説明の記載は,当業者が当該発明に係る物を生産し,使用することができる程度のものでなければならない。
  そして,医薬の用途発明においては,一般に,物質名,化学構造等が示さ 5 れることのみによっては,当該用途の有用性及びそのための当該医薬の有効量を予測することは困難であり,当該医薬を当該用途に使用することができないから,医薬の用途発明において実施可能要件を満たすためには,明細書の発明の詳細な説明は,その医薬を製造することができるだけでなく,出願
時の技術常識に照らして,医薬としての有用性を当業者が理解できるように記載される必要がある。
(2) 本件の検討
  本件についてこれをみるに,本件発明1では,式(I)のR A が-NHCO-(アミド結合)を有する構成(構成要件B)を有するものであるところ,そのようなR A を有する化合物で本件明細書に記載されているものは,「化合物C-71」(本件明細書214頁)のみである。そして,本件発明1はインテグラーゼ阻害剤(構成要件H)としてインテグラーゼ阻害活性を有す
るものとされているところ,「化合物C-71」がインテグラーゼ阻害活性を有することを示す具体的な薬理データ等は本件明細書に存在しないことについては,当事者間に争いがない。 
  したがって,本件明細書の記載は,医薬としての有用性を当業者が理解できるように記載されたものではなく,その実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載されたものではないというべきであり,以下に判示するとおり,本件出願(平成14年(2002年)8月8日。なお,特許法41条2項は同法36条を引用していない。)当時の技術常識及び本件明細書の記載を参酌しても,本件特許化合物がインテグラーゼ阻害活性を有したと当業者が理解し得たということもできない。
 (3) 原告の主張に対する判断
    原告は,本件特許化合物として本件明細書に記載されているのが「化合物C-71」のみであり,その薬理データ等が記載されていないとしても,本件優先日当時の技術常識及び本件明細書の記載を参酌すれば,当業者は,本件特許化合物がインテグラーゼ阻害活性を有すると理解できたと主張する。
ア  当業者による理解について
    そこで,まず,本件出願当時の技術常識について検討する。・・・
 
  すなわち,上記各文献からうかがわれる本件優先日当時の技術常識としては,ある種の化合物(ヒドロキシル化芳香族化合物等)がインテグラーゼ阻害活性を示すのは,同化合物がキレーター構造を有していることが理由となっている可能性があるという程度の認識にとどまり,具体
的にどのようなキレーター構造を備えた化合物がインテグラーゼ阻害活性を有するのか,また当該化合物がどのように作用してインテグラーゼ活性が阻害されるのかについての技術常識が存在したと認めるに足りる証拠はない。
(ウ)  また,キレータータイプのインテグラーゼ阻害剤の多くは,キレーター部分に加えて,末端に環構造を有する置換基を有していたとの点
(上記③)についても,技術常識として認められるのは,キレータータイプのインテグラーゼ阻害剤の多くが,末端に環構造を有する置換基を有するという事実にとどまる。かかる置換基がインテグラーゼとウイルスDNAとから形成されるポケットに入り,そのことがインテグラーゼ
阻害活性に重要であることが明らかにされたのは,平成24年(2012年)に発行された文献(甲31)であり,本件優先日当時は,その役割やインテグラーゼ阻害活性を示す置換基についての一般的な化学構造に関する技術常識が存在したとは認められない。  ・・・

  次に,原告は,本件明細書には本件特許化合物の薬理データの記載はないものの,本件特許化合物以外の本件発明化合物の薬理データは豊富に記載されており,特に「化合物C-71」の化学構造の一部が異なるにすぎない「化合物C-26」(本件明細書200頁)のデータが存在
することを指摘する。 
  しかし,一般に,化合物の化学構造の類似性が非常に高い化合物であっても,特定の性質や物性が全く類似していない場合があり,この点はインテグラーゼ阻害剤の技術分野においても同様と解されるのであって(甲10,乙17の1ないし3,乙18の1ないし3参照),このことは本件出願当時の当業者にとっても技術常識であったというべきである。・・・

 原告は,本件特許化合物に含まれる4個の化合物については本件特許の出願審査の段階において薬理試験結果が提出され(甲12),また,12個の化合物については実際にインテグラーゼ阻害作用が確認されているとして(甲13),本件発明1が実施可能要件を有することは裏付けられていると主張する。
  しかし,一般に明細書に薬理試験結果等が記載されており,その補充等のために出願後に意見書や薬理試験結果等を提出することが許される場合はあるとしても,当該明細書に薬理試験結果等の客観的な裏付けとなる記載が全くないような場合にまで,出願後に提出した薬理試験結果等を考慮することは,特許発明の内容を公開したことの代償として独占権を付与するという特許制度の趣旨に反するものであり,許されないというべきである(知的財産高等裁判所平成27年(行ケ)第10052号・同28年3月31日判決参照)。
  したがって,原告の上記主張は採用することができない。」 

【コメント】
 抗ウイルス剤という医薬品の特許に関する特許権侵害訴訟の事件です。
 本件では何と言っても,上記のとおり,実施可能要件違反があり,権利行使不能になりました(他にも,サポート要件違反もあるとされております。)。最近では稀有な事例です。
 
 上記のとおり,医薬品の特許に関しては,最近,有用性の記載について結構厳しく見られております。
 例えば,この事件も,有用性の記載がないとして,実施可能要件違反となっております。

 今回は,クレームにあるインテグラーゼ阻害剤と言いながら(クレームはこちら。),その有用性が明細書中に書かれていなかったというのですからどうしようもありません。
 
 原告は訂正しておりますが,無い記載を付け加えたら新規事項追加となってしまいますので,そのような訂正は出来ず,結局本件のような結論に至ったわけです。
 
 化学系の明細書はクレームの範囲に抜けのないように明細書に仕上げるのが非常に難しい分野ではあるのですが, そういう所に穴ぼこがあくと後ではどうしようもなくなります。

2017年12月8日金曜日

侵害訴訟 特許  平成28(ワ)7649  大阪地裁 請求棄却 /追伸あり

事件番号
事件名
 特許権侵害差止等請求事件
裁判年月日
 平成29年11月21日
裁判所名
大阪地方裁判所所第21民事部    
裁判長裁判官     森    崎    英    二        
裁判官      野    上    誠    一    
裁判官       大    川    潤    子 

「 (3) 構成要件Gの「裾絞り部」の意義
ア  構成要件Gは,「胴部には,上下方向に伸縮自在な蛇腹部を有し,」とある構成要件Fに続き,「且つ該蛇腹部と前記底部との間には,底部に近づくに連れて先細りとなる裾絞り部を備え,」とあるから,これらによれば,「裾絞り部」の位置は,胴部において蛇腹部と底部との間にあり,またその形状は底部に近づくに連れて先細りとなるものと定義される。
イ  蛇腹部に続く「裾絞り部」がいかなる態様で接続しているか検討するに, 本件明細書をみると,裾絞り部と「蛇腹部との接続部などは,局地的に垂直に延在していても構わない。」(【0015】)との記載,「底部との接続部には曲面を介在させてもよい。」(【0010】)との記載があるから,蛇腹部から裾絞り部を経て底部に至る胴部は,それぞれの間の接続部が一定の幅をもって存在することが許容されていると解される。
 しかし,本件明細書において,蛇腹部と裾絞り部の接続部が「垂直に延在して」よいとしても,その接続部は「局地的」,すなわち「ある区域に限られているさま。」(広辞苑第6版)という,場所的限定を意味する言葉が用いられていることからすると,同所で「垂直に延在」することが許される接続部は,蛇腹部及び裾絞り部に対して,より狭い限られた範囲であると解されるべきことになる。
 そして,このように,胴部を「蛇腹部」と「裾絞り部」で構成し,その接続部を狭い限られた範囲にすべきことは,胴部に「蛇腹部」と「裾絞り部」を設ける技術的意義に関係するものである。  
 すなわち,本件特許発明は,ボトル全体をPET樹脂によって形成することで,液体を充填した際でも自立的に形状を維持できるようにした(【0003】,【0004】,【0006】,【0008】,【0011】)一方で,効率よく(効果的に)ボトルの容積を縮小(削減)させる(【0012】,【0018】,【0020】,【0027】,【0032】)ことを課題の一つとしており,その課題を解決するために,ボトルの胴部に蛇腹部を備えて押し潰されやすい構造にし(【0008】,【0012】,【0023】,【0026】),これに加え,蛇腹部と底部との間に裾絞り部を設けることで,裾絞り部に作用する大気圧をボトルの中心に向かわせ,ボトル内部の液体の排出に伴って,裾絞り部をボトルの内部に陥没するように変形させ(【0015】,【0031】),もってボトルを内部に向けて押し潰されやすくし,効率よくボトルの容積を縮小することを目的としている(【0018】,【0020】,【0027】,【0032】)ものであるが,そうであればその作用効果に関係しない接続部が必然的に狭い範囲に限られることは自ずと明らかといえる。
ウ  そして,裾絞り部に以上のような作用効果があり,またそのため胴部を構成 25 する蛇腹部のほか裾絞り部以外の接続部が狭い限られた範囲と解されるべきことは,以下のとおり,上記(2)認定の本件特許の出願経過に照らしても根拠づけられているといえる。
 すなわち,本件特許は,出願当初の特許請求の範囲においては ,本件特許発明のうち,「裾絞り部」に関する構成要件(構成要件G)及び「裾絞り部」の機能に関する構成要件(構成要件H)を含まない構成要件を請求項1,「裾絞り部」の機能に関する構成要件(構成要件H)を含まない構成要件を請求項2としていたが,特許庁審査官の拒絶理由通知を受けて,上記請求項1を削除し,上記請求項2に構成要件Hを付け加える補正をなし,もって現在の請求項1としたというのである。要するに,胴部における「蛇腹部」以外の構成を特定しない請求項を削除し,同部分の構成を「裾絞り部」と特定することにより特許されるに至ったというのであるから,同部分と「蛇腹部」の接続部において「局地的」に存在することが許容されるにすぎない「垂直に延在」する部分は,極く限られた幅のものにすぎないと解すべきことが明らかといえる。
(4)  「裾絞り部」の形状
「裾絞り部」の形状については,構成要件Gで特定されているとおり「底部に近づくに連れて先細りとなる」ものであり,本件明細書において,「裾絞り部」につき,「垂直に延在するのではなく,裾絞り状に傾斜している」(【0015】)と説明されている上,構成要件G及びHを含まない出願当初の特許請求の範囲の請求項 1 を削除した上記(2)認定の本件特許の出願経過に照らしても,裾絞り部は,それが直線であっても,曲線であっても,少なくとも,垂直の部分を含むことなく,蛇腹部から底部にかけて,徐々に先細りになっていくものに限定されていると解される。
(5)  まとめ 
 したがって,構成要件Gにいう「裾絞り部」とは,胴部において「蛇腹部」と「底部」の間にあって,それぞれに接続部で連続して存在するものであり,また「蛇腹 25 部」との接続部において「垂直に延在」する部分があっても許容されるが,それは極く限られた幅のものにすぎないのであり,またその形状は,「蛇腹部」方向から「底部」方向に向けて,徐々に先細りになっているものということになる。
(6) 以上の「裾絞り部」の解釈を踏まえ,被告容器が裾絞り部を備え,構成要件Gを充足しているかを検討する。
ア  原告は,別紙「被告容器の構成(原告の主張)」記載の図面で「湾曲部」と 5 指示した部分が「裾絞り部」に相当し,同部分の存在により構成要件Gを充足すると主張し,併せて,その上部にある垂直部分は,本件明細書の【0015】にいう「接続部」にすぎないとしている。
 しかしながら,上記検討したとおり,「裾絞り部」は,「蛇腹部」から接続部で連続しているものであるが,この接続部は,極く限られた幅の範囲であるべきであって,上記図面に明らかなように,被告容器における原告主張に係る「裾絞り部」に相当する湾曲部と蛇腹部の間に存する,湾曲部と高さ方向の幅がほぼ一緒である垂直に延在する部分をもって「接続部」にすぎないということはできない。
 したがって,被告容器は,上記定義した「裾絞り部」で構成されるべき「蛇腹部」から「底部」にかけて胴部の大半が,「裾絞り部」に該当しない部分で構成されているということになるから,被告容器は,「裾絞り部」を備えているものということはできない。
イ  原告の主張は,被告容器のうち,「裾絞り部」が備えるべき形状を有すると説明しやすい部分を切り取り出して,これが「裾絞り部」に該当するというものであるが,被告容器は,「裾絞り部」で構成されるべき蛇腹部と底部との間の部分が,「裾絞り部」に該当するといえない以上,仮に原告主張に係る湾曲部が「裾絞り部」に相当する形状を備えていると評価できるとしても,被告容器が構成要件Gの「裾絞り部」を備えているということはできない。
(7)  以上より,被告容器は,少なくとも構成要件Gを充足しないことが明らかであるから,本件発明1の技術的範囲に属するとはいえず,同様に本件発明3の技術的範囲に属するともいえない。 」

【コメント】
 ウオーターサーバのボトルの特許に関する特許権侵害訴訟の事件です。
 クレームは以下のとおりです。 

A  底部と,
 B  該底部の周縁から連続する胴部と,
 C  該胴部の上端縁から中央部に向かって上向きに傾斜する肩部と, 
 D  前記中央部に配設する筒状の首部と,からなり, 
 E  全体がPET樹脂によって形成されており,
 F  前記胴部には,上下方向に伸縮自在な蛇腹部を有し,
 G  且つ該蛇腹部と前記底部との間には,底部に近づくに連れて先細りとなる裾絞り部を備え,
 H  内部の液体の排出に伴って,前記裾絞り部がボトル内部に引き込まれること 
 I  を特徴とするウォーターサーバー用ボトル。

 まあこういうさほど難しくない発明でも,クレーム文言からではなかなか分かりにくいです。
  
  この図でいう21蛇腹部と24裾絞り部が問題になってきます。
 
  ほんで,ウオーターサーバが会社やら事務所にある人は見てほしいのですが,こういう風にひっくり返して使うのです。
 そして,使っているうちに水が減って, 「前記裾絞り部がボトル内部に引き込まれる」ということになるわけです。
 さて,被告の方です。 

 殆ど同じ~という感がします。どうでしょうか?
 しかし,違いもありまして,上記の本件の特許の図では, 21蛇腹部と24裾絞り部がツライチくらい,少なくともあまり幅はありません。
 他方,被告製品は,蛇腹部と湾曲部の間に余白(接続部)がかなりあります。大凡,湾曲部と同じくらいの幅です。
 本件の判決は,そういう所が違うから, 構成要件Gの該当性がないとしたわけです。
 しかし,これどうですか?クレームには,接続部なんかあっちゃいかん!ってな制限もありません。
 また,判旨でも指摘した接続部も, 明細書にあるのは,「蛇腹部との接続部などは,局地的に垂直に延在していても構わない。」(【0015】)程度の記載だけで,幅の大きいものじゃいかん(勿論,その幅も限度があるとは思いますけどね。)なんていう記載もありません。
 
 何だかいかにも結論ありきで,詭弁を弄したという感じの判決です。 これで原告を勝たせるのに何か不都合があったのでしょうか?それともどうしても被告を勝たせたい理由があったとか・・・。
 二審は大阪高裁ではなく知財高裁ですので,まだまだチャンスはあるでしょう。

【追伸】
 控訴審の判決がありました。
 知財高裁平成29(ネ)10102 (平成30年5月21日判決

 今度は構成要件Hではねられております。
  上記のとおり,構成要件Gの該当性は結構行けるかなと思ったのですが,他にも違う所があれが致し方ありません。

控訴人は, 被告容器における湾曲部は構成要件Gの「裾絞り部」に該当する旨主張するところ, 証拠(甲18,乙11 の1~3) によれば, 被告容器における湾曲部の潰れ方は,排水開始時に湾曲部の底部に近い方が容器の内部に引き込まれるに止まり,それ以降は,蛇腹部の収縮に伴い下方へと下降するのみであると認められる。 したがって,仮に,被告容器における湾曲部が構成要件Gの「裾絞り部」に該当するものであるとしても,被告容器は,「ウォーターサーバー用ボトル内部の液体の排出に伴って,裾絞り部が蛇腹部の内部に引き込まれる」ものではなく, 構成要件Hを充足しない。
 
 上記の本件特許の2番めの図のとおり,本件特許では,底の部分が,凹の形に凹みます。
 ところが,被告製品ではこんなことがなく,単に潰れるだけだった模様です。

 ですので,これは致し方無いのでしょう。