2018年4月10日火曜日

審決取消訴訟 特許  平成29(行ケ)10119 知財高裁 無効審決 請求認容

事件番号
事件名
 審決取消請求事件
裁判年月日
 平成30年4月4日
裁判所名
 知的財産高等裁判所第4部                        
裁判長裁判官        高      部      眞  規  子                                  
裁判官        山      門              優                                
裁判官        片      瀬              亮 
「 イ  前記アのとおり,甲4には,ブロックパターンの改良に関し,耐摩耗性能を向上せしめるとともに,乾燥路走行性能,湿潤路走行性能及び乗心地性能をも向上せしめた乗用車用空気入りラジアルタイヤを提供することを目的とする発明が記載されている(前記ア(イ)b)。
 そして,タイヤ踏面の幅方向センター部に踏面幅の50%以内の領域において3本のストレート溝をタイヤ周方向に環状に設けるとともに,これらのストレート溝からタイヤ幅方向に延びる複数の副溝を配置したブロックパターンにおいて,①全溝面積比率を25%とし,かつ,領域W(タイヤ踏面の幅方向(タイヤ径方向)FF’のセンター部における踏面幅Tの50%以内)の全溝面積比率を残りの領域の全溝面積比率の3倍とすること,②ストレート溝aと副溝bとにより区画されたブロック1の表面に独立カーフcをタイヤ幅方向FF’に形成すること,③ブロック
1の各辺とカーフcの各辺のタイヤ幅方向FF’全投影長さ(LG)とタイヤ周方向EE’全投影長さ(CG)との比を「LG/CG=2.5」とすることにより,良好な耐摩耗性及び乗心地性能を享受し,かつ,湿潤路運動性能も低下しないようにしたものである(前記ア(イ)c)。
 したがって,甲4には,「センター領域を含めた全ての領域が溝により複数のブロックに区画されたブロックパターンについて,①全溝面積比率を25%とし,かつ,前記領域(タイヤ踏面の幅方向(タイヤ径方向)FF’のセンター部におけるトレッド踏面幅Tの50%以内の領域)の全溝面積比率を残りの領域の全溝面積比率の3倍となし,②前記ストレート溝と前記副溝とにより区画されたブロックに独立カーフをタイヤ幅方向に形成し,③前記ブロックの各辺と前記カーフの各辺のタイヤ幅方向全投影長さLGとタイヤ周方向の全投影長さCGとの比LG/CG=2.5とする。」との技術的事項,すなわち,甲4技術Aが記載されていると認められる。
ウ  本件審決の認定について
 本件審決は,甲4に甲4技術が記載されていると認定した。
 しかし,前記アのとおり,甲4には,特許請求の範囲にも,発明の詳細な説明にも,一貫して,ブロックパターンであることを前提とした課題や解決手段が記載されている。また,前記イのとおり,甲4には,前記イ①ないし③の技術的事項,すなわち,溝面積比率,独立カーフ,タイヤ幅方向全投影長さとタイヤ周方向全投影長さの比に関する甲4技術Aが記載されている。
 そこで,これらの記載に鑑みると,上記イ①ないし③の技術的事項は,甲4に記載された課題を解決するための構成として不可分のものであり,これらの構成全てを備えることにより,耐摩耗性能を向上せしめるとともに,乾燥路走行性能,湿潤路走行性能及び乗心地性能をも向上せしめた乗用車用空気入りラジアルタイヤを提供するという,甲4記載の発明の課題を解決したものと理解することが自然である。
 したがって,甲4技術Aから,ブロックパターンを前提とした技術であることを捨象し,さらに,溝面積比率に係る技術的事項のみを抜き出して,甲4に甲4技術が開示されていると認めることはできない。よって,本件審決における甲4記載の技術的事項の認定には,上記の点において問題がある。
⑶  相違点1及び2の容易想到性
 引用例には,引用発明について,①転がり抵抗を低減できるタイヤの提供を目的とすること(【0005】),②外径ODを大きくすることにより,転がり抵抗を低下させることができること(【0042】),③溝面積比率を25%以下とすることにより,タイヤの幅SWを狭くしたことによる横力の弱さを補い,操縦安定性を確保できること(【0009】【0043】),④周方向溝10A,10B,10Cのうちトレッド幅方向の外側に形成されたものほど溝幅が大きいため,周方向への排水性が高められること(【0045】),⑤周方向陸部20A及び20Bがタイヤ周方向に連なる陸部を備えること,すなわち,リブパターンとすることにより,トレッドへの前後入力に対する剛性が高められ,駆動力及び制動力を向上させることができること(【0047】)が記載されている。
 一方,引用例には,タイヤの接地領域について,タイヤ赤道面を中心として接地幅の50%の幅を有する領域をセンター領域として,同領域よりもタイヤ幅方向外側の接地領域と区別することや,センター領域とその他の領域における各溝面積の比率,センター領域の溝面積比率をその他の領域の溝面積比率より高めることにより,タイヤ全体の溝面積比率が比較的低いことによる排水性の低下を抑制し,操縦安定性を向上させることを示す記載はなく,これらのことを示唆する記載もない。
 また,甲4には,タイヤのセンター領域の溝面積比率を残りの領域の溝面積比率の3倍とすることなどを含む甲4技術Aが記載されているが,同技術は,乗用車用空気入りラジアルタイヤがブロックパターンを有することを前提とするものであって,ストレート溝と副溝とにより区画されたブロックに独立カーフをタイヤ幅方向に形成し,ブロックの各辺とカーフの各辺のタイヤ幅方向全投影長さLGとタイヤ周方向の全投影長さCGとの比を「LG/CG=2.5」とするという構成を併せ備えるものである。
 そうすると,当業者において,タイヤ周方向に連なる陸部を備えること,すなわちリブパターンであることに技術的意義を有するタイヤである引用発明において,必然的に周方向に連なる陸部を備えないブロックパターンであることを前提とする甲4技術Aを適用する動機付けがあるとはいえず,むしろ,阻害要因があるというべきである。 」

【コメント】
 「空気入りタイヤ」の発明の特許権(特許第5435175号)について,原告であるブリジストンが無効審判を請求したところ,請求項1~3は無効,請求項4~7は有効という審決が出たため,請求項1~3の判断について被請求人で特許権者である横浜ゴムがその取消しを,他方,請求項4~7の判断について請求人がその取消しを求めた審決取消訴訟の事件です。
 そして,逆転で特許権者に有利な判決が出たわけです。

 クレームからです。
【請求項1】トレッド部に溝が設けられている空気入りタイヤであって,\前記空気入りタイヤの総幅SWと外径ODとの比であるSW/ODが,\SW/OD≦ 0.3\を満たし,\ISO4000-1:2001に準拠する規定リム幅と前記空気入りタイヤの内径に適合したリム径とを有するリムに前記空気入りタイヤをリム組みし,230kPaで内圧を充填し,かつ前記空気入りタイヤの負荷能力の80%に相当する荷重をかけて平面に接地させたときの接地面の領域を接地領域とした場合,\前記トレッド部の接地領域において,接地面積に対する溝面積比率をGRとし,接地幅をWとし,タイヤ赤道面を中心として接地幅Wの50%の幅を有する領域をセンター領域ACとし,前記センター領域ACでの溝面積比率をGCRとし,前記センター領域ACよりもタイヤ幅方向外側の接地領域をショルダー領域ASとし,前記ショルダー領域ASでの溝面積比率をGSRとした場合に,\前記トレッド部の接地領域は,\10[%]≦GR≦25[%]\0<GSR/GCR≦ 0.6\を満たして形成されており,\前記センター領域ACにおいてタイヤ周方向に延びる周方向溝を少なくとも2本備えるとともに,前記周方向溝に挟まれタイヤ周方向に連なる陸部を少なくとも1つ備えることを特徴とする,\空気入りタイヤ。

 これだけだとさっぱりわかりません。
 
  この図があれば少しは分かるかもしれません。
 最近の流行りである低燃費タイヤの一つです。
 タイヤの幅を狭くして転がり抵抗を低くし,しかし,そうすると外径は大きくせざるを得ず,それは良いのですが,操縦性が不安定になるらしいです(自転車のタイヤに近くなるイメージですね。)。

 そこで,クレームのとおりの数値限定をすると,課題が解決できるという寸法です。
 で引用発明との一致点・相違点です。
(ア)  一致点
「トレッド部に溝が設けられている空気入りタイヤであって,\前記空気入りタイヤの総幅SWと外径ODとの比であるSW/ODが,\SW/OD≦0.3\を満たし,\タイヤ周方向に延びる周方向溝を少なくとも2本備えるとともに,前記周方向溝に挟まれタイヤ周方向に連なる陸部を少なくとも1つ備える,空気入りタイヤ。」である点。
(イ)  相違点
a  相違点1
 本件発明1において,「ISO4000-1:2001に準拠する規定リム幅と前記空気入りタイヤの内径に適合したリム径とを有するリムに前記空気入りタイヤをリム組みし,230kPaで内圧を充填し,かつ前記空気入りタイヤの負荷能力の80%に相当する荷重をかけて平面に接地させたときの接地面の領域を接地領域とした場合,\前記トレッド部の接地領域において,接地面積に対する溝面積比率をGRとし,接地幅をWとし,タイヤ赤道面を中心として接地幅Wの50%の幅を有する領域をセンター領域ACとし,前記センター領域ACでの溝面積比率をGCRとし,前記センター領域ACよりもタイヤ幅方向外側の接地領域をショルダー領域ASとし,前記ショルダー領域ASでの溝面積比率をGSRとした場合に,\前記トレッド部の接地領域は,\10[%]≦GR≦25[%]\0<GSR/GCR≦0.6\を満たして形成されている」のに対し,引用発明においてはそのような特定がなされていない点。
b  相違点2
「タイヤ周方向に延びる周方向溝を少なくとも2本備える」箇所に関し,本件発明1において,「前記センター領域ACにおいて」というものであるのに対し,引用発明においてはそのような特定がなされていない点。
  」

 これまたさっぱりわかりません。
 引用発明の図です。
 
 ポイントは,リブパターン(トレッド溝がタイヤの円周方向に配列されたトレッドパターン)のタイヤに関するものであるということです。
 そして,審決は,相違点の部分については,甲4発明というのを用いました。 
 
  こういうやつです。つまり,ブロックパターン(溝により複数のブロックに区画されたトレッドパターン)のタイヤなのですね。
 ということで,リブパターンの技術とブロックパターンの技術は結構違う,そして,甲4の技術が両者共通の技術常識とも言えない,ということで,想到容易でないという判断になったわけです。

 結局,こういう類のものは皆そうなのですが,引例が実は遠い!のですね。
 本件発明と主引例を図だけで比べてみても,結構違います。主引例には,ブロック部分が全くないわけです。とすると,副引例でそこそこ近いものを持ってきても主引例がズッコケてますから,結局動機づけられないとか,本件のように阻害要因ありだとかになってしまいます。
 勿論,遠い主引例でも口八丁手八丁で,上手く丸め込むことが出来る場合もあると思いますが,審判官も裁判官も丸っきりバカじゃないとは思いますので,気づかれる可能性が高い,こういうことなのだと思います。