2018年6月26日火曜日

審決取消訴訟 特許   平成29(行ケ)10153  知財高裁 不成立審決 請求棄却


事件番号
事件名
 審決取消請求事件
裁判年月日
 平成30年6月19日
裁判所名
 知的財産高等裁判所第3部
裁判長裁判官              鶴      岡      稔      彦        
裁判官           寺      田      利      彦       
裁判官           間      明      宏      充 

「 本件発明が特開2001-353548号公報(甲1・先願明細書)に記載された発明(先願発明)と同一であって拡大先願(特許法29条の2)の規定に違反するとの主張(無効理由)は,原告が既に先行事件で主張し,先行事件審決及び先行訴訟判決で退けられた主張である(当裁判所に顕著な事実)。
  そうすると,本件無効審判の請求が先行事件審決(先行事件判決)の確定前になされたものであり,特許法167条が定める効力が本件無効審判に及ばないとしても,これを奇貨として,先行事件におけるのと同様の主張を(本件審決の取消事由として)本件訴訟において行うことは,実質的に前訴の蒸し返しに当たり,訴訟上の信義則に反するものとして許されないというべきである。
  また,仮にその主張内容を検討するとしても,本件発明1と先願発明との一致点及び相違点は,前記第2の3(2)イ,ウのとおりであるところ,両発明はマグネシウムを含有するか否かにおいてそもそも成分が異なるものである。この点,先願明細書の請求項3,【0007】及び【0014】には,「亜鉛又は亜鉛ベース合金」として,亜鉛をベースとして含む合金一般を広く意味する記載があるが,先願明細書において,「亜鉛ベース合金」として具体的に記載されているのは,実施例2(【0036】)の「50-55%のアルミニウムと45-50%の亜鉛とから成り,任意に少量のケイ素を含有する」合金のみであって,本件発明1の発明特定事項である「亜鉛-アルミニウム-マグネシウム合金めっき」が記載されている又は記載されているに等しいということはできない。
  また,原告は,先願発明の実施例2において,目的に応じてマグネシウムを適宜量添加することは周知慣用の技術の適用にすぎなかったといえる旨主張するが,その根拠とするところは,要するに,本件明細書において,マグネシウムを添加することの具体的意義が記載されておらず,「亜鉛系めっき層の組成は特に制限がなく,Al,Mn,Ni,Cr,Co,Mg,Sn,Pbなどの合金元素をその目的に応じて適宜量添加した亜鉛合金めっき層であってもよい。」(【0040】)と記載されている点のみであって,それだけでは到底,原告が主張する周知慣用技術を認めることはできず,ほかにこれを認めるに足る証拠はない。
  したがって,この点に関する原告の主張は採用できず,取消事由3も理由がない。 」

【コメント】
 発明の名称を「熱間プレス用めっき鋼板」とする特許権(特許第3582504号)についての無効審判(不成立)→審決取消訴訟となった事件です。

 クレームは以下のとおりです。
【請求項1】
 表層に加熱時の亜鉛の蒸発を防止する酸化皮膜を備えた亜鉛-ニッケル合金めっき層,亜鉛-コバルト合金めっき層,亜鉛-クロム合金めっき層,亜鉛-アルミニウム-マグネシウム合金めっき層,スズ-亜鉛合金めっき層または亜鉛-マンガン合金めっき層を鋼板表面に有することを特徴とする700~1000℃に加熱されてプレスされ焼き入れされる熱間プレス用鋼板。
 
 原告被告とも大企業で引くに引けない戦いというのは分かるのですけど,実は,これ2回めです。
 
 つまり,ここでも紹介した知財高裁平成26(行ケ)10201の事件の蒸し返しです。 

 前の事件は,請求人の敗訴,つまり無効にできずで確定しております。ところが,それが確定する前に,ほぼ同一の無効理由で再度無効審判を請求したわけです。
 そうすると,何が良いかと言うと,特許法167条を回避できるというわけです。
 
「(審決の効力)
第百六十七条 特許無効審判又は延長登録無効審判の審決が確定したときは、当事者及び参加人は、同一の事実及び同一の証拠に基づいてその審判を請求することができない。」 

 上記のとおり,条文上は「確定したとき」ですから,確定してなきゃ,同一の事実and同一の証拠でもOK!というわけです。
 
 原告の代理人の弁護士は大ベテランのようですから,蛇の道は蛇~みたいな手を使ったのでしょうかね。
 
 ですが,前にダメだったのと同じもの(引例も同じです。)を使ってうまくいく可能性がないのが通常ですから,やはりここでもダメだったわけです。
 はっきり言って金のムダです。原告はかなりの大企業ですけど,あまり知財部の程度というか全体的なオツムの程度が芳しくないようです。
 
 まず,負けた同じ代理人に頼むということがダメです。儲かるのが代理人だけになります。
 つぎに,代理人に儲けさせるくらいなら,同じ金で死に物狂いで先行技術を探すべきでした。大ベテランの有名代理人に払う何十分の一のお金で凄く近い先行技術が探せたかもしれません。 

 新しい先行技術が出てきた場合にのみ,新しい無効審判を起こせばいいのです。
 
 日本の知財の夜明けは遠いようですね~。
 


2018年6月14日木曜日

侵害訴訟 特許 平成29(ネ)10033等  知財高裁 原判決取消(請求棄却)


事件番号
事件名
 特許権侵害差止等請求控訴事件
裁判年月日
 平成30年5月24日
裁判所名
 知的財産高等裁判所第3部        
裁判長裁判官      鶴 岡 稔 彦 
裁判官               杉 浦 正 樹       
裁判官               寺 田 利 彦 

「(2)  構成要件Eの解釈について
ア  特許請求の範囲の記載によれば,構成要件Eの「前記背後壁」は,「既設下枠の底壁の最も室内側の端部に連なる」(構成要件B)ものであり,改修の前後でその「高さ」が変わるものではない。他方,同「改修用下枠」は,その「室外寄りが,スペーサを介して既設下枠の室外寄りに接して支持されると共に,」その「室内寄りが,前記取付け補助部材で支持され」(構成要件D)るものである。このため,構成要件Eの「前記背後壁の上端と改修用下枠の上端がほぼ同じ高さ」であることに寄与しているのは,主に「改修用下枠」を支持する「取付け補助部材」であるということができる。
 この「取付け補助部材」について,本件明細書等の記載を見ると,「既設引戸枠の形状,寸法に応じた形状,寸法の取付け補助部材を用いる」(【0018】),「その取付用補助部材106の高さ寸法を変えることで,異なる形状の既設下枠56にも同一形状の改修用下枠56(裁判所注,改修用下枠69の誤記であると認める。)を,その支持壁89と背後壁104を同一高さに取付けることが可能である。」(【0091】)との記載がある。しかも,段落【0018】には,上記記載に先行して,「既設下枠の室外側案内レールを切断して撤去したので,改修用下枠と改修用上枠との間の空間の高さ方向の幅が大きく,有効開口面積が減少することがなく,広い開口面積が確保できる。」との記載もある。
 これらの事情を総合すると,構成要件Eの「同じ高さ」とは,「取付け補助部材」で「改修用下枠」を支持することにより,「背後壁の上端」と「改修用下枠の上端」とを,その間に高さの差が全くないという意味での「同じ高さ」とした場合を意味するものと理解するのが最も自然である。
 他方,「ほぼ同じ高さ」について,定義その他その意味内容を明確に説明する記載は,本件明細書等には見当たらないが,以上に検討した点を併せ考えると,ここでいう「ほぼ同じ高さ」とは,「取付け補助部材」の高さ寸法を既設下枠の寸法,形状に合わせたものとすることにより,「背後壁の上端」と「改修用下枠の上端」とを,その間に高さの差が全くないという意味での「同じ高さ」とする構成を念頭に,しかし,そのような構成にしようとしても寸法誤差,設計誤差等により両者が完全には「同じ高さ」とならない場合もあり得ることから,そのような場合をも含めることを含意した表現と理解することが適当である。 
・・・
(3)  被告各装置の構成要件Eの充足性について
ア  上記のとおり,構成要件Eの「ほぼ同じ高さ」とは,「取付け補助部材」の高さ寸法を既設下枠の寸法,形状に合わせたものとすることにより,「背後壁の上端」と「改修用下枠の上端」とを,その間に高さの差が全くないという意味での「同じ高さ」とする構成を念頭に,しかし,そのような構成にしようとしても寸法誤差,設計誤差等により両者が完全には「同じ高さ」とならない場合もあり得ることから,そのような場合をも含めることを含意した表現であると理解される。
 そうすると,「取付け補助部材」により「改修用下枠」を支持することで「背後壁の上端」と「改修用下枠の上端」とを「同じ高さ」にしようとはしておらず,その結果,「背後壁の上端」と「改修用下枠の上端」との「高さ」の差が明らかに「段差」と評価される程度に至っている場合には,もはや構成要件Eの「ほぼ同じ高さ」に含まれないと解される。なぜなら,本件発明は「経年変化によって老朽化した集合住宅などの建物」の「リフォーム」に関するものであるところ(本件明細書等【0002】),リフォームに際して「段差」と評価されるものを設けるか否かは当然に考慮されるべき事項であり,明らかに「段差」と評価されるものを敢えて設けたにもかかわらず,「ほぼ同じ高さ」に含まれると解することは,当業者の一般的な理解とは異なるからである。
 そして,証拠(乙27の1,2)によれば,バリアフリー住宅の基準として,設計寸法で3mm 以下の一般床部の段差形状は「段差なし」と評価されていることが認められる。
イ  証拠(乙32,34)及び弁論の全趣旨によれば,イ号装置(HOOK工法)のカタログには,主として既設下枠の背後壁の上端と改修用下枠の上端の高さの差が5mm の製品及び13.5mm の製品の図面が掲載されており,既設下枠の背後壁の上端と改修用下枠の上端の高さの差がこれら以外の製品の図面は掲載されていないこと,ロ号装置(HOOKSLIM)のカタログには,主として既設下枠の背後壁の上端と改修用下枠の上端の高さの差が5mm の製品の図面が掲載されており,それ以外の高さの差の製品の図面は掲載されていないことが認められる(なお,同カタログ4頁には,従来製品との対比を説明した部分においてこの高さの差を3mm とする記載が見られるが,これに対応する製品の図面は見当たらない。)。また,控訴人は,被告各装置につき,①美観への配慮及び結露水対策の観点から,既設下枠の横向き片の上面に約5mm 以上の肉厚部分が生じるように設計していること,②内障子を慳貪式に建て込む方法を取ることとの関係で,改修用下枠の上端をなす室内側案内レールの上端を既設下枠の背後壁の上端より敢えて5mm 以上高くしていること,③控訴人の新築用のビル用サッシ製品と内外障子及び網戸を兼用する必要により,背後壁の上端と改修用下枠の上端の高さの差を5mm 以上に設定する必要があることから,既設下枠の背後壁の上端と改修用下枠の上端の高さの差を意識的に5mm 以上確保している旨説明しているところ(乙346),その内容に不自然ないし不合理な点その他その信用性に疑義を差し挟むべき事情は見当たらない。 
 以上より,被告各装置には,既設下枠の背後壁の上端と改修用下枠の上端の高さの差が5mm 未満のものは存在せず,その理由は,控訴人が意識的に既設下枠の背後壁の上端と改修用下枠の上端との高さに5mm 以上の差を設けていることによるものと認められる。
 そうすると,被告各装置は,「既設下枠の背後壁の上端」と「改修用下枠の上端」とを「同じ高さ」にしようとはしておらず,その結果,両者の高さの差がバリアフリーの観点から明らかに「段差」と評価される程度に至っていることから,構成要件Eを充足せず,本件発明の技術的範囲に含まれないというべきである。この認定に反する被控訴人らの主張はいずれも採用し得ない。 」

【コメント】
 発明の名称を「引戸装置の改修方法及び改修引戸装置」とする特許権(4839108号)の特許権侵害訴訟の事件です。

 一審(東京地裁平成26(ワ)7643,平成29年3月3日判決)では,原告の勝利だったのですが,控訴審では上記のとおり,ひっくり返されました。
 
 クレームからです。
「A 建物の開口部に残存した既設引戸枠は , アルミニウム合金の押出し形材 から成る既設上枠 , アルミニウム合金の押出し形材から成り室内側案内レ ールと室外側案内レールを備えた既設下枠 , アルミニウム合金の押出し形 材から成る既設竪枠を有し , 前記既設下枠の室外側案内レールは付け根付 近から切断して撤去され , 
B その既設下枠の室内寄りに取付け補助部材を設け , その取付け補助部材 が既設下枠の底壁の最も室内側の端部に連なる背後壁の立面にビスで固着 して取付けてあり , 
C この既設引戸枠内に , アルミニウム合金の押出し形材から成る改修用上 枠 , アルミニウム合金の押出し形材から成り室外から室内に向かって上方 へ段差を成して傾斜 し , 室外寄りが低く , 室内寄りが室外寄りよりも高い 底壁を備えた改修用下枠 , アルミニウム合金の押出し形材から成る改修用 竪枠を有する改修用引戸枠が挿入され , 
D この改修用引戸枠の改修用下枠の室外寄りが , スペーサを介して既設下 枠の室外寄りに接して支持されると共に , 前記改修用下枠の室内寄りが , 前記取付け補助部材で支持され , 
E 前記背後壁の上端と改修用下枠の上端がほぼ同じ高さであり , 
F 前記改修用下枠の前壁が , ビスによって既設下枠の前壁に固定されてい る 
G ことを特徴とする改修引戸装置。 」

 被告製品の図はこんな感じです。

 こんな感じで,なかなか理解するのが難しいと思います。ただし,ポイントは,構成要件Eの「ほぼ同じ高さ」,という所です。
 ですので,上の図であてはめると,69aと104bの高さの関係です。
 
 そして,一審では,ここの構成要件充足性はあり,となりました。ほぼだから,大体でいいのだ,多少差があってもいいのだ,としたわけです。
 他方,この控訴審では,かなり厳密です。原則として同じ高さ,誤差等がある場合のみ例外を許す,そういう意味だと解したのですね。
 
 確かに明細書や実際の被告製品の感じからすると,控訴審の方に分があるかなという気がします。被告製品での高さの差は最小でも5mmほどはあったようです。これでほぼ同じ高さというのはちょっとどうかなという感があります。
 そうすると,クレーム解釈の方を厳し目にせねばならず,上記の判旨のとおりとなってしまうかなと思います。
 
 やはり,ある程度の有意差を許すのであれば,そこら辺はそのような文言にしないといけません。ただし,今回の事件では拒絶回避のために,この問題となっている文言の限定をしたようですから,なかなか難しい所です(そのため,均等論の適用もないのでしょう。)。
 
 で,この判決自体はこれでいいと思うのですが,原告被告とも,大きな会社です。しかし,一審と控訴審で真逆の判断です。
 そのため,企業の経営戦略等からするととても予測不可能で,ついていけないという感じがします。 

 これでは,運良く勝った,運悪く負けた,両当事者ともこんな感想しか持てないと思います。最近,裁判手続にもITを導入するという話が進んでいるようですが,裁判官そのものをIT化(つまりはAIが判断する。)した方がいいのではないかと思うのは私だけでしょうか。