2018年8月30日木曜日

審決取消訴訟 特許   平成29(行ケ)10216  知財高裁 不成立審決 請求認容

事件名
 審決取消請求事件
裁判年月日
 平成30年8月22日
裁判所名
 知的財産高等裁判所所第2部 
裁判長裁判官      森              義      之     
裁判官        佐      野              信    
裁判官        熊      谷      大      輔  

「(2)  判断
ア  新たな技術的事項導入の有無について
 特許請求の範囲等の補正は,願書に最初に添付した明細書,特許請求の範囲又は図面に記載した事項の範囲内においてしなければならないところ(特許法17条の2第3項),上記の「最初に添付した明細書,特許請求の範囲又は図面に記載した事項」とは,当業者によって,明細書,特許請求の範囲又は図面の全ての記載を総合することにより導かれる技術的事項を意味し,当該補正が,このようにして導かれる技術的事項との関係において,新たな技術的事項を導入しないものであるときは,当該補正は「明細書,特許請求の範囲又は図面に記載した事項の範囲内において」するものということができる(知財高裁平成18年(行ケ)第10563号同20年5月30日特別部判決・判例タイムズ1290号224頁参照)。
  これを本件についてみるに,前記で認定したような本願発明において,撹拌羽根の形状,寸法等の撹拌条件は発明特定事項として重要な要素といえるところ,当初明細書等に本件撹拌羽根を用いることは明示されていない。しかし,当初明細書の【0012】には,①撹拌にET-3Aを用いること,②「撹拌羽」は,回転中心となる支軸の下端から漢字の「山」の字を構成する形態で対の羽部を延設した「撹拌羽」であること,③「撹拌羽」の回転半径は,内容量が200mlで内径約6cmのビーカー等の円筒形容器の半径(約3cm)より僅かに小さいことが記載されているところ,前記(1)イの事実によると,当初明細書に記載されている上記「撹拌羽」の形状,寸法は,ET-3Aの付属品である200mlビーカー用の本件撹拌羽根のそれと一致するものである。また,前記(1)イの事実によると,ET-3Aは,昭和60年頃から長年にわたって販売されており,多数の当業者によって使用されてきたと推認される実験用の機械であるところ,販売開始以来,付属品である本件撹拌羽根の形状,寸法に変更が加えられたことは一度もなく,しかも,遅くとも平成17年7月頃には,本件撹拌羽根は,ET-3Aとともに日光ケミカルズのカタログに掲載されていた。さらに,当初明細書の記載に適合するような形状,寸法のET-3A用の撹拌羽根が,ET-3A本体とは別に市販されていたことは証拠上認められない。
 以上の事実を考え併せると,当業者が,当初明細書等に接した場合,そこに記載されている撹拌羽が,ET-3Aに付属品として添付されている200mlビーカー用の本件撹拌羽根を指していると理解することができるものと認められる。そして,特定事項aは,200mlビーカー用の本件撹拌羽根の実寸法を追加するものであるから,特定事項aを本願の請求項1に記載することが,明細書又は図面の全ての記載を総合することにより導かれる技術的事項との関係で新たな技術的事項を導入するものとはいえず,新規事項追加の判断の誤りをいう原告の主張は理由がある。
    イ  被告の主張について
 被告は,ET-3Aのような乳化試験機において,付属品以外の撹拌羽根を任意に選択して用いることができるのは明らかであるところ,ET-3Aに取付け可能な撹拌羽根が単体で市販されていたり,ET-3Aが付属品なしで取引されていたりすることからすると,当業者が,当初明細書等の記載から,そこでいう撹拌羽根が,200mlビーカー用の本件撹拌羽根を指していると理解することはないなどと主張する。
 しかし,前記(1)イ のとおり,ET-3Aに取付け可能な撹拌羽根として市販されていることが証拠上確認できるものは,そのいずれもが当初明細書に記載されているような回転中心となる支軸の下端から漢字の「山」の字を構成する形態で対の羽部を延設したものではないから,それらの撹拌羽根が市販されているという事実をもって,上記アの認定は左右されない。
 また,証拠(乙6の1・2)によると,いわゆるインターネットオークションにおいて,本件撹拌羽根が付属品として添付されていない中古品のET-3Aが取引されている事実は認められるものの,このような取引の事実があったからといって上記アの認定が左右されることはないというべきである。
  よって,被告の上記主張はいずれも採用できない。
ウ  小括
  以上のとおり,特定事項aは新たな技術的事項を導入するものではなく,特定事項aを本願の請求項1に追加することは願書に添付した明細書,特許請求の範囲及び図面に記載した事項の範囲内においてするものというべきである。審決の明確性及び実施可能性についての判断は,特定事項aの追加が新規事項の追加に当たり,本件補正を却下すべきことを前提としてされたものであるから,特定事項aの追加が新規事項の追加に当たるとした判断の誤りは審決の明確性及び実施可能性についての判断にも影響を及ぼすものといえる。
  したがって,審判において,特定事項aの追加が新規事項の追加に当たらないことを前提に,再度,審理・判断を行う必要があるものと認められる。 」

【コメント】
 「染毛剤,その使用方法及び染毛剤用品」とする発明(平成23年2月28日出願,特願2011-42737号。)について,拒絶査定(新規事項の追加で補正却下した上,明確性と実施可能要件違反。)とされたことから,拒絶査定不服審判を提起したものの,やはり拒絶審決となったことから,これに不服の原告(ホーユー)が審決取消訴訟を提起したものです。
 
 そして,知財高裁は,本件で審決で取り消しました。
 新規事項の追加に関し,まあそれはそうだろうという所がクリアに現れておりますので,取り上げた次第です。
 
 まずは,クレームです。
 
【請求項1】
「アルカリ剤を含有する第1剤と酸化剤を含有する第2剤を含んで構成されると
共に, 
 前記第1剤と前記第2剤の混合液中に, 
 (A)カチオン性界面活性剤0.05~10質量%, 
(B)アニオン性界面活性剤0.1~10質量%, 
 高級アルコール及びシリコーン類を含む,常温(25℃)で液状である油性成分0.01~1質量%,並びに, 
 エタノール,イソプロパノール,プロパノール,ブチルアルコール,ベンジルアルコールから選択される溶剤0.1~20質量%を含有し, 
 その各剤の混合液をノンエアゾールフォーマー容器から泡状に吐出して用いる染毛剤であって,前記ノンエアゾールフォーマー容器から吐出した泡をそのまま下記の特定の撹拌条件下で撹拌したとき,撹拌直後の泡(a)の体積に対する撹拌後40分経過時の泡(b)の体積の比率b/aが0.7~1の範囲内であることを特徴とする染毛剤。 
 撹拌条件:前記吐出直後の泡150mlを,200ml容で内径がほぼ6cmの円筒形容器(例えばビーカー)に収容する。次いで,日光ケミカルズ(株)製の市販乳化試験器ET-3A型の回転軸に取付けた撹拌羽を,その回転中心が円筒形容器の中心線と一致するように,かつその下端部が円筒形容器の底部との間に僅かなクリアランスを残すように,円筒形容器内部に位置決めする。撹拌羽は,回転中心となる支軸の下端から漢字の「山」の字を構成する形態で対の羽部を延設したものである(撹拌羽の左右方向の幅は,全幅58mm,支軸直径6mm,支軸と羽との間隔(隙間)16mm,羽の幅10mmである。)。撹拌羽の回転半径は円筒形容器の半径より僅かに(数mm程度)小さく,対の羽部の上下方向の幅は円筒形容器に収容した泡の液面に達するサイズである。このように撹拌羽を位置決めしたもとで,25℃の雰囲気中,撹拌羽を150rpmの回転速度で3分間回転させ,泡を撹拌する
。」  
 
 発明自体は,泡で毛染めをするこの原告(この分野では有名なメーカーですね。)特有のものです。

 さて,特許庁の段階では,上記の下線部,撹拌羽の寸法を補正で追加したのが,新規事項の追加と論難されたわけです。
 
 で,実際の明細書中には,「撹拌羽」の形状,寸法について,「その回転中心が円筒形容器の中心線と一致するように,かつその下端部が円筒形容器の底部との間に僅かなクリアランスを残すように,円筒形容器内部に位置決め」されている,「回転中心となる支軸の下端から漢字の「山」の字を構成する形態で対の羽部を延設したものである」,「撹拌羽の回転半径は円筒形容器の半径より僅かに(数mm程度)小さく,対の羽部の上下方向の幅は円筒形容器に収容した泡の液面に達するサイズである」と記載され,円筒形容器の「内径がほぼ6cm」というくらいの記載はあったようです。
 しかし,さらに詳細の「支軸直径6mm,支軸と羽との間隔(隙間)16mm,羽の幅10mmである」ことは,さすがに記載がなかったのですね。

 ですが,上記のとおり,ある特定の測定器(メーカー名,型番名で特定)で測定したのだから,それに付属している撹拌羽だということは書かずとも分かることでしょ!ということがポイントとなったわけです。

 そして,知財高裁2部では,上記のとおり,特定の測定器の撹拌羽なのだから,書かずとも分かる自明なことだとしたわけですね。
 
 これは特許庁の判断は少々杓子定規過ぎたという感があります。一般的な測定手順ではなく,測定器まで特定した非常にピンポイントの測定手順を構成要件に記載しておりますので,自明だと認めても第三者に不測の不利益が及ぶことはないでしょう。
 勿論,侵害立証や,侵害回避の設計変更のときは,些か面倒臭いという感があることは確かですけど。