2018年10月9日火曜日

侵害訴訟 特許  平成30(ネ)10044  知財高裁 控訴棄却(請求棄却)

事件番号
事件名
 特許権侵害差止等請求控訴事件
裁判年月日
 平成30年9月26日
裁判所名
 知的財産高等裁判所第4部                        
裁判長裁判官          大      鷹      一      郎                                  
裁判官          山      門              優                                  
裁判官          筈      井      卓      矢  

「 (7)  控訴人による訂正の再抗弁の主張について
  当裁判所は,平成30年8月8日の当審の第1回口頭弁論期日において,控訴人が同月3日付け準備書面⑴に基づいて提出した,特許請求の範囲の訂正により無効理由が解消されることを理由とする訂正の再抗弁の主張について,被控訴人の申立てにより,時機に後れた攻撃防御方法に当たるものとして却下したが,その理由は,以下のとおりである。
ア  一件記録により認められる本件訴訟の経緯等は,次のとおりである。
(ア)  本件特許に係る侵害訴訟と特許無効審判
 控訴人は,平成28年8月12日,被控訴人に対し,本件特許権に基づき,被告製品の販売の差止め等及び損害賠償を求める本件訴訟を提起した後,カシオ計算機株式会社(以下「カシオ計算機」という。)に対し,本件特許権に基づき,2次元コードリーダの販売の差止め等及び損害賠償を求める訴訟(東京地方裁判所平成28年(ワ)第32038号。以下「別件侵害訴訟」という。)を提起した。 その後,米国法人のハネウェル・インターナショナル・インク(以下「ハネウェル社」という。)は,平成29年8月3日,本件特許について,「IT4400(公然実施コードリーダ)」の発明などを主引用例とする進歩性欠如の無効理由(特許法29条2項,123条1項2号)が存在することを理由として,特許無効審判(無効2017-800103号。以下「別件無効審判」という。)を請求した。
(イ)  本件訴訟の経緯
  a  原審における経緯
  被控訴人は,平成28年12月26日の原審第2回弁論準備手続期日において,同月20日付け準備書面⑶に基づいて,乙5を主引用例とする進歩性欠如,サポート要件違反,明確性要件違反及び実施可能要件違反の無効理由が存在するとして,特許法104条の3第1項の規定に基づく無効の抗弁(以下「無効の抗弁」という。)を主張した。
  その後,被控訴人は,平成29年7月25日の原審第6回弁論準備手続期日において,同月7日付け準備書面⑻に基づいて,IT4400に係る発明を主引用例とする進歩性欠如の無効理由が存在するとして,新たな無効の抗弁(以下「本件無効の抗弁」という。)を主張した。
  原審は,合計11回の弁論準備手続期日を経て,平成30年2月14日の第2回口頭弁論期日において口頭弁論を終結した。控訴人は,原審の口頭弁論終結時までに,本件無効の抗弁に対し,訂正の再抗弁を主張しなかった。なお,控訴人は,原審の口頭弁論終結前に,本件
訴訟のうち,被告製品の販売の差止め等請求に係る部分について訴えの取下げをし,被控訴人は,これに同意した。 原審は,平成30年4月13日,本件無効の抗弁は理由があるものと認め,控訴人の請求を棄却する旨の原判決を言い渡した。
b  当審における経緯
  控訴人は,平成30年4月19日,本件控訴を提起した。当審の第1回口頭弁論期日は同年8月8日と指定され,控訴理由書の提出期限は同年6月8日(控訴提起日から50日後の応当日)と定められた。控訴状等の送達後,控訴理由書に対する被控訴人の準備書面の提出期限は同年7月26日と定められた。
  控訴人は,同年6月8日,控訴理由書を提出し,被控訴人は,同年7月26日,控訴答弁書及び同日付け準備書面⑴を提出した。なお,控訴人は,控訴理由書において,本件無効の抗弁に対する訂正の再抗弁を主張しなかった。
 その後,控訴人は,同年8月4日,同月3日付け準備書面(1)を提出した。上記準備書面(1)には,被控訴人作成の上記準備書面⑴に対する反論のほか,①控訴人が,別件無効審判において,「IT4400(公然実施コードリーダ)」の発明を主引用例とする進歩性欠如の無効理
由は理由があるから,本件発明についての本件特許を無効とする旨の同年7月9日付けの審決の予告(以下「別件審決の予告」という。)を受けた旨,②控訴人が,別件無効審判において,同月31日付けで,本件特許の特許請求の範囲(請求項1及び2)の訂正を求める訂正請求(以下「別件訂正請求」という。訂正後の請求項1は,別紙3のとおり。)をした旨,③当審において,別件訂正請求と同内容の訂正による本件無効の抗弁に対する訂正の再抗弁(以下「本件訂正の再抗弁」という。)を主張する旨の記載がある。
 同年8月8日の当審第1回口頭弁論期日において,控訴人は,上記の同月3日付け準備書面(1)に基づいて,本件訂正の再抗弁を主張し,これに対し被控訴人は,同月7日付け準備書面(2)に基づいて,控訴人の本件訂正の再抗弁の主張は,時機に後れた攻撃防御方法に当たるものであるから,却下を求める旨の申立てをするとともに,本件訂正の再抗弁の主張が却下されない場合には,追って追加反論する予定である旨を述べた。
(ウ)  別件侵害訴訟における経緯
  東京地方裁判所は,平成29年11月9日,別件侵害訴訟の口頭弁論を終結し,平成30年1月30日,控訴人のカシオ計算機に対する請求をいずれも棄却する旨の判決(乙80)を言い渡した。 
 上記判決の理由は,カシオ計算機が主張したIT4400により実施(公然実施)された発明を主引用例とする進歩性欠如の無効の抗弁(本件無効の抗弁と同じ抗弁)は理由があると判断したものである。なお,控訴人は,別件侵害訴訟の口頭弁論終結時までに,上記無効の抗弁に対し,訂正の再抗弁を主張しなかった
 その後,控訴人は,別件侵害訴訟の上記判決を不服として,控訴を提起した。
(エ)  別件無効審判における経緯
 控訴人は,平成29年11月3日,別件無効審判において,ハネウェル社主張の無効理由に対する答弁書を提出した。
 その後,特許庁は,平成30年4月23日に口頭審理を行った後,同年7月9日付けで,「IT4400(公然実施コードリーダ)」の発明を主引用例とする進歩性欠如の無効理由は理由があるから,本件発明についての本件特許を無効とする旨の別件審決の予告(甲24)をした。 これに対し控訴人は,同月31日付けで,別件訂正請求(甲25の1及び2)をした。
イ  前記アの事実関係によれば,①控訴人は,原審において,平成29年7月25日の原審弁論準備手続期日において被控訴人から本件無効の抗弁が主張され,別件侵害訴訟及び別件無効審判においても,本件無効の抗弁と同じ無効の抗弁又は無効理由が主張され,さらに,平成30年1月30日に別件侵害訴訟において上記無効の抗弁を容れた請求棄却判決の言渡しがされたが,同年2月14日の原審口頭弁論終結時までに本件無効の抗弁に対する訂正の再抗弁を主張しなかったこと,②その後,同年4月13日に本件無効の抗弁を容れた原判決がされたが,控訴人は,控訴理由書提出期限の同年6月8日に提出した控訴理由書においては本件無効の抗弁に対する訂正の再抗弁を主張せず,その後同年7月26日に被控訴人から控訴理由書に対する反論の準備書面が提出された後,当審第1回口頭弁論期日(同年8月8日)の4日前の同月4日になって初めて,本件訂正の再抗弁の主張を記載した準備書面(準備書面(1))を提出したことが認められる
 一方で,控訴人において,当審第1回口頭弁論期日の4日前になるまで, 本件無効の抗弁に対する訂正の再抗弁を主張しなかったことについて,やむを得ないといえるだけの特段の事情はうかがわれない。
 もっとも,控訴人は,別件無効審判において,平成29年11月3日に本件無効の抗弁と同じ無効理由を含むハネウェル社主張の無効理由に対する答弁書を提出した後,平成30年7月9日付けの別件審決の予告を受けるまでは,特許法126条2項,134条の2第1項の規定により,本件無効の抗弁と同じ無効理由を解消するための訂正審判の請求又は別件無効審判における訂正の請求をすることが法律上できなかったものである。しかしながら,このような事情の下では,本件無効の抗弁に対する訂正の再抗弁を主張するために,現にこれらの請求をしている必要はないというべきであるから(最高裁平成28年(受)第632号平成29年7月10日第二小法廷判決・民集71巻6号861頁参照),当該事情は,特段の事情に該当しないというべきである。
 そして,無効の抗弁に対する訂正の再抗弁の主張は,本来,原審において適時に行うべきものであり,しかも,控訴人は,当審において,遅くとも控訴理由書の提出期限までに訂正の再抗弁の主張をすることができたにもかかわらず,これを行わず,第1回口頭弁論期日の4日前になって初めて,本件訂正の再抗弁の主張を記載した準備書面を提出したのであるから,本件訂正の再抗弁の主張は,控訴人の少なくとも重大な過失により時機に後れて提出された攻撃防御方法であるものというべきである。
 また,当審において,控訴人に本件訂正の再抗弁を主張することを許すことは,被控訴人に対し,訂正の再抗弁に対する更なる反論の機会を与える必要が生じ,これに対する控訴人の再反論等も想定し得ることから,これにより訴訟の完結を遅延させることとなることは明らかである。
 そこで,控訴人の本件訂正の再抗弁の主張は,民事訴訟法297条において準用する157条1項に基づき,これを却下したものである。 」

【コメント】
 特許権侵害訴訟の控訴審の事例です。
 原告(控訴人)は, 「光学情報読取装置」とする特許(特許第3823487号)に係る特許権を有しており,これにより被告製品が特許権の技術的範囲に含まれるとして,損害賠償を請求したものです。
 そして,一審は平成28(ワ)27057号(平成30年4月13日判決)で,請求棄却になったものです。
  
 クレームは以下のとおりです。
「A 複数のレンズで構成され,読み取り対象からの反射光を所定の読取位置 に結像させる結像レンズと, 
B 前記読み取り対象の画像を受光するために前記読取位置に配置され,その受光した光の強さに応じた電気信号を出力する複数の受光素子が2次元 的に配列されると共に,当該受光素子毎に集光レンズが設けられた光学的 センサと, 
C 該光学的センサへの前記反射光の通過を制限する絞りと, 
D 前記光学的センサからの出力信号を増幅して,閾値に基づいて2値化し,2値化された信号の中から所定の周波数分析比を検出し,検出結果を出力するカメラ部制御装置と, 
E を備える光学情報読取装置において, 
F 前記読み取り対象からの反射光が前記絞りを 通過した後で前記結像レン ズに入射するよう,前記絞りを配置することによって,前記光学的センサ から射出瞳位置までの距離を相対的に長く設定し,
G 前記光学的センサの 中心 部に位置する受光素子からの出力に対する前記光学的センサの周辺部に位置する受光素子からの出力の比が所定値以上と なるように,前記射出瞳位置を設定して,露光時間などの調整で,中心部においても周辺部においても読取が可能となるようにした 
H ことを特徴とする光学情報読取装置。」

 とはいえ,今回,技術的なことは重要ではありません。
 一審では,無効の抗弁成立ということで,請求は棄却になりました。
 そこで,原告は,第一回口頭弁論期日の4日前,勿論,控訴理由書の提出期限経過後,訂正の再抗弁の主張のある準備書面を提出したものの,時機に後れた攻撃防御方法ということで,あえなく却下になったものです。
 つまり,例のシートカッター事件の後,おそらく初めてのあてはめ事例というか,そういうことが知財高裁で判断された事例だと思います。

 で,着目すべき点は,2つあると思います。
 まずひとつ目,無効審判が請求された状態になると,法律上訂正審判の請求はできなくなっていますし,ごく限られた場合のみでしか訂正請求できません。しかし,だからと言って,それはシートカッター事件にいう「特段の事情」には当たらない,つまり,法律上訂正請求等ができなくても,訂正の再抗弁の主張はすべきだ!ということです。
 つぎに二つ目,第一回口頭弁論期日の4日前になって初めて提出した訂正の再抗弁の主張は,時機に後れた攻撃防御方法に当たる,ということです。ただし,これは控訴理由書での主張があればセーフなのか,それともそれではもうダメで,一審で主張しておかないとダメなのか,そこまでは分かりません(ケースバイケースだとは思います。)。
 とにかく,原告側には非常に酷な話になってきたなあと思う今日このごろです。進歩性のハードルが多少緩くなってきたかと思ったら,別な支障が原告を襲うわけです。
 日本での特許の権利行使の夜明けは遠そうです。

 なお,上記の,別件侵害訴訟は,知財高裁平成30(ネ)10015です(平成30年9月26日判決)。
 この事例では, 知財高裁での口頭弁論終結までに訂正の再抗弁の主張をしていなかったようですから,本件よりも救いようがないという事例になっております(弁論再開の申立をしたようです。)。