2018年11月9日金曜日

特許権移転登録手続等請求 平成29(ワ)10038  東京地裁 請求一部認容


事件名
 特許権移転登録手続等請求事件
裁判年月日
 平成30年10月25日
裁判所名
 東京地方裁判所民事第47部    
裁判長裁判官          沖      中      康      人 
裁判官          横      山      真      通 
裁判官          奥              俊      彦  

「 イ  平成26年3月7日,原告代表者は,被告代表者のもとを訪れて雑談している際に,被告代表者から市場のニーズに適合した自動洗髪機が存在しない旨の話を聞いた。原告代表者が原告の技術によれば被告代表者の望むような自動洗髪機を製造開発できる旨を伝えたところ,被告代表者は,原告代表者に対し,自動洗髪機の開発を依頼した。その際,被告代表者は,原告代表者
に対し,自動洗髪装置の具体的構成について説明や指示をしていない。
    ウ  原告代表者は,自動洗髪機の開発に当たり,まず他社の先行特許の調査を行い,先行特許のうち,頭皮に触れずにシャワーの水圧で流す方法については,カットした短い毛が毛根の近くに入っているとうまくとれないという問題があり,他方,ギアを使って突起にかかる圧力を均等にする方法については,1つの線状の形でも複雑であり,頭の形を覆う球面にすると更に複雑となるほか,安全面やコストの点でも問題がある等の分析を重ねた。
        このほか,原告代表者は,突起等をばねで伸ばす方法も検討したが,突起等が3本を超えた場合に,適正な荷重を得られず,適正な圧力で頭を洗うことができないという結論に至った。
        このような分析・検討を経て,原告代表者は,頭部の形状等が個人で異なり,頭部全体に均等な圧力で突起部を当接させにくいという課題の解決手段として,柔らかいエアバッグに突起部を備え,エアバッグに空気を入れて膨張させるという着想にたどり着いた。  
        そして,原告代表者は,平成26年4月5日に,本件特許発明の構成が全て開示されている全体構想計画案(甲2の1,甲2の2)を作成し,同月7日,被告代表者に対し交付した。その後,同月22日,原告代表者は,本件特許発明について記載した業務日報(甲3)を作成した。
    エ  Aは,平成26年5月2日,被告代表者から自動洗髪機に係る特許出願について初回の相談を受け,同月14日,被告代表者に対し,自動洗髪機に関する先行特許調査を行ったが,本件特許発明に類似する先行特許は見つからなかった旨を報告するとともに,被告代表者の指示を待って特許出願手続を進める旨を記載したメールを送信した(乙8)。
        被告は,(所在地は省略)中小企業団体中央会(所在地は省略)地域事務局 に対し,「平成25年度補正  中小企業・小規模事業者ものづくり・商業・サービス革新事業」の公募申請書類を提出し,平成26年5月15日に同申請が受け付けられた旨の通知を受けた。この公募申請書類である事業計画書には,自動洗髪機を示す図も記載されていた(甲9の1,9の2)。
    オ  平成26年7月11日,原告代表者は,被告代表者に対し,「昨日申し受けました資料」として,本件特許発明に係る内容を記載した業務日報の該当箇所の画像を添付したメールを送信した(甲17の1ないし17の7)。
    カ  平成26年7月15日,原告代表者は,前日に被告代表者から頼まれていたとおり,それまで面識のなかったAに電話で連絡をとった。その後,原告代表者は,同月23日にAから,特許出願に向けて,本件特許発明の発明者として原告代表者と被告代表者の両名が記載された案文の電子ファイル(甲 6)が添付され,文面に「アサクラインターナショナル様とセリックス様の共同出願として記載しています。」と記載された電子メールの送信を受けた(甲5)。
        原告代表者は,自ら発明したものでも,顧客である被告が特許を取り,原告が製造を請け負って利益を得る形で双方が理解してやってきたとの認識 があったこと,特許については最終的に申請する際に被告代表者と話せば足りると考えていたことから,この時点で被告代表者が共同発明者となっていることにつき異議を述べなかった。
    キ  平成27年3月9日,被告が原告に対し,これ以上の開発依頼をストップする旨を通告したのに対し,原告が「それならば知財については当社が引き受ける。」と伝え,原告・被告間の自動洗髪装置開発の業務委託関係は終了した。
    ク  被告は,平成27年3月17日,本件特許発明につき,被告単独で特許出願し,平成28年6月3日に特許登録を受けた(甲1)。 
・・・
 ⑵  前記⑴アないしウ及びオの認定事実によれば,原告代表者は,顧客である被告代表者から自動洗髪機の開発依頼を受け,先行特許の調査等を経て,エアバッグを利用する方法を着想するに至り,それを踏まえて本件特許発明の構成が全て開示されている全体構想計画案等を自ら作成したものであるから,本件特許発明の発明者に当たるというべきである。 
 他方,被告代表者については,前記⑴イ,エないしカの認定事実からすれば,自動洗髪機の開発につき原告代表者に依頼し,本件特許発明につき特許出願する段取りを整えたり,事業計画を策定して公的補助を受ける準備をしたりしたことは認められるが,本件特許発明の完成に当たり,発明者と評価するに足るだけの貢献をした具体的事実は認められない。」

【コメント】
 特許法74条の移転請求権に関する事件です。
 特許法74条の移転請求権は,H23改正法で導入になり,H24.4.1-から施行になったと思うのですが,これが認められた事例は少なく,私の知り得る限り,多分本件が初めてじゃないかと思います。
 
 事案は上記のとおりです。
 開発者の原告とお客の被告で,特許出願については共同出願だったはずが,開発そのものが頓挫した後,構わず被告が単独出願したため,こういうことになったというわけです。

 ただ,この判旨を貫くのは,被告代表者は発明者じゃないから被告に特許を受ける権利もない,という考え方で,それが少し気になります。だって,上記のとおりの事実認定なら,特許を受ける権利は,原告代表者から原告と被告(ともに会社)に移転していると考えるのが普通です(だからこその共同出願に原告代表者は異議を述べなかったわけです。)。

 もちろん,今回のスキームが被告の一方的通告でおじゃんになったわけですので,特許を原告に戻すという結論自体はヨシ!とされるものだと思います。
 でもだったら,そこで開発契約は解除され,黙示の移転契約も解除され,原状回復→つまり特許を受ける権利も復帰的物権変動のように,元の原告に戻るという方が筋としては良いかあと思います。
 
 さらに法的に考えますと,この場合,出願が対抗要件ではあるのですが(特許法34条1項),冒認者は前主後主の関係であって第三者ではありませんので,いくら対抗要件の出願を備えても保護されないわけです。
 
 ちょっと判旨の被告の主張を見ましたが,どうやら発明者であることに拘りすぎて,発明者ではない場合の主張をしていなかったようですね。
 こういう主張をすると矛盾ぽいことになるので,確かに主張しにくいのですが,仮に発明者ではないとしても・・・と主張しておかないと,承継移転に対応できませんね。
 
 では被告に何か対抗手段がないかというと,恐らく出願費用はぜんぶ被告が出したと思います。ですので,それを不当利得返還請求するということで,嫌がらせとしては十分じゃないかと思います。