2018年12月28日金曜日

侵害訴訟 特許  平成29(ネ)10086  知財高裁 控訴認容(請求一部認容)

事件名
 損害賠償請求控訴事件
裁判年月日
 平成30年12月18日
裁判所名
 知的財産高等裁判所第3部        
裁判長裁判官     鶴 岡 稔 彦        
裁判官              高 橋   彩        
裁判官              寺 田 利 彦  
「(3)  原判決4頁11行目末尾に改行の上,次のとおり付加する。
「(5)  被控訴人は,本件特許権の請求項1~7記載の発明(本件各発明を含む。)につき,無効審判請求をしたところ(無効2016-800085号事件。以下「本件無効審判請求」という。),特許庁において,平成29年4月18日付けで「本件審判の請求は成り立たない」旨の審決(以下「本件審決」という。)がされた。
 被控訴人は,本件審決についての審決取消訴訟を提起せず,本件審決は同年5月29日に確定した。   」
「 (2)  無効理由1について
    ア  無効理由1は,本件無効審判請求と同じく,乙24公報に記載の主引例と乙25~31の1公報に記載の副引例ないし周知技術に基づいて進歩性欠如の主張をしたものであるから,無効理由1は本件無効審判請求と「同一の事実及び同一の証拠」に基づくものといえる。そして,本件審決は確定したから,被控訴人は無効理由1に基づいて本件特許の特許無効審判を請求することができない(特許法167条)。 
 特許法167条が同一当事者間における同一の事実及び同一の証拠に基づく再度の無効審判請求を許さないものとした趣旨は,同一の当事者間では紛争の一回的解決を実現させる点にあるものと解されるところ,その趣旨は,無効審判請求手続の内部においてのみ適用されるものではない。そうすると,侵害訴訟の被告が無効審判請求を行い,審決取消訴訟を提起せずに無効不成立の審決を確定させた場合には,同一当事者間の侵害訴訟において同一の事実及び同一の証拠に基づく無効理由を同法104条の3第1項による特許無効の抗弁として主張することは,特段の事情がない限り,訴訟上の信義則に反するものであり,民事訴訟法2条の趣旨に照らし許されないものと解すべきである。
 そして,本件において上記特段の事情があることはうかがわれないから,被控訴人が本件訴訟において特許無効の抗弁として無効理由1を主張することは許されない。
  イ  被控訴人は,特許法104条の3第1項の適用がないとしても,本件特許は無効理由1により無効にされるべきものであるから,本件特許権の行使は衡平の理念に反するし,いわゆるキルビー判決は,特許権を対世的に無効にする手続から当事者を解放した上で衡平の理念を実現するというものであるから,控訴人が被控訴人に対し,本件特許権を行使することは権利の濫用として許されないと主張する。
          しかし,被控訴人は,本件訴訟と同一の当事者間において特許権を対世的に無効にすべく無効理由1に基づく無効審判請求を行い,それに対する判断としての本件審決が当事者間で確定し,上記アのとおり,無効理由1に基づいて特許法104条の3第1項による特許無効の抗弁を主張することが許されないのであるから,本件において,控訴人が被控訴人に対して本件特許権を行使することが衡平の理念に反するとはいえず,権利の濫用であると解する余地はない。
  (3)  無効理由2について
      無効理由2は,無効理由1と主引例が共通であり,本件審決にいう相違点1A及び相違点2Aについて,「生体に印加する直流電源に太陽電池を用いること」が周知技術である,あるいは,副引例として適用できることを補充するために,新たな証拠(乙44公報及び乙45公報)を追加したものといえる。
 本件審決は,相違点1B及び相違点2Bに係る構成の容易想到性を否定し,相違点1A及び相違点2Aについては判断していないのであるから,被控訴人が相違点1A及び相違点2Aに関する新たな証拠を追加したとしても,相違点1B及び相違点2Bに関する判断に影響するものではない。
 そうすると,無効理由2は,新たな証拠(乙44公報及び乙45公報)が追加されたものであるものの,相違点1B及び相違点2Bの容易想到性に関する被控訴人の主張を排斥した本件審決の判断に対し,その判断を蒸し返す趣旨のものにほかならず,実質的に「同一の事実及び同一の証拠」に基づく無効主張であるというべきである。したがって,本件審決が確定した以上,被控訴人は無効理由2に基づく特許無効審判を請求することができない。
 そうすると,無効理由2についても上記(2)アにおいて説示したところが妥当するから,被控訴人が本件訴訟において無効理由2に基づき特許無効の抗弁を主張することは許されないものというべきである。 」
【コメント】
 発明の名称を「美肌ローラ」とする特許第5230864号の特許権侵害訴訟の事件です。
 原告は,近時シックスパッドなどで有名になった株式会社MTGです。

 で,今回の訴訟のポイントは,やるなら死ぬまでやれ!ってことだと思います。素っ頓狂な感じですが,おいおい分かります。

 まずは,クレームからです。
1A 柄と, 
 1B 前記柄の一端に導体によって形成された一対のローラと, 
 1C 生成された電力が前記ローラに通電される太陽電池と,を備え, 
 1D 前記ローラの回転軸が,前記柄の長軸方向の中心線とそれぞれ鋭角に設けられ, 
 1E 前記一対のローラの回転軸のなす角が鈍角に設けられた, 
 1F 美肌ローラ。

 図だとこんな感じです。
 
 イメージがわくことと思います。
 と言っても,本件,構成要件該当性はあまり問題になってないようですけど。
 さて,一審では無効の抗弁により,請求棄却となりました(大阪地裁平成28(ワ)4167号,平成29年8月31日判決)。
本件発明1は,乙24発明に,乙25公報ないし乙27公報に記載された周知技術,乙29発明の構成を適用することによって容易に発明をすることができたから,進歩性を欠く無効理由を有する。
 ということでした。 

 ところが,一転,無効審判では,審判不成立となりました。そして,何故か(おそらく勝ち目がないと踏んだのでしょう。),審判請求人である被告は,審決取消訴訟を提起せず,不成立を確定させたのです。
 で,知財高裁は,そのような事情がある場合は,同じ無効理由の侵害訴訟での主張は,信義則違反で許されない!としたのです。

 ですので,一旦無効審判を提起したなら,途中でやめるなんてことはできず,死ぬまでやるしかないわけです。
 
 まあとは言え世の中に諦めの良い人もいます。ですが,今回,乙24以外の新しい主引例に基づく無効理由の主張をしておりません。これは解せない所です。諦めの早いのは良いことかもしれませんが,フォローがねえ~。
 乙24がダメそうだと自分で思ったなら,それに代わる引例を死に物狂いで探さないと!どうも色々,この事件は被告の戦い方が中途半端でいけませんね。

【追伸】
 上記と同趣旨の判決が出ました(知財高裁平成31(ネ)10001等,令和元年6月26日判決)。当事者も似たような所があります。

 今回は,特許第5791844号及び特許第5791845号です。 
 そして, 無効審判は,無効2016-800094,同2016-800095です。両方とも,審決取消訴訟を提起することなく,確定になっております。

 そして,判決は,やはり,「特許法167条が同一当事者間における同一の事実及び同一の証拠に基づく再度の無効審判請求を許さないものとした趣旨は,同一の当事者間では紛争の一回的解決を実現させる点にあるものと解されるところ,その趣旨は,無効審判請求手続の内部においてのみ適用されるものではない。そうすると,侵害訴訟の被告が無効審判請求を行い,審決取消訴訟を提起せずに無効不成立の審決を確定させた場合には,同一当事者間の侵害訴訟において同一の事実及び同一の証拠に基づく無効理由を同法104条の3第1項による特許無効の抗弁として主張することは,特段の事情がない限り,訴訟上の信義則に反するものであり,民事訴訟法2条の趣旨に照らし許されないものと解すべきである。」 と判示しました。
 リーガルマインドここにあり,という感じが実に致します。
 


          

2018年12月27日木曜日

侵害訴訟 特許   平成29(ワ)18184  東京地裁 請求認容 追伸あり

事件名
 特許権侵害行為差止請求
裁判年月日
 平成30年12月21日
裁判所名
 東京地方裁判所民事第40部    
裁判長裁判官         佐      藤      達      文      
裁判官       三      井      大      有      
裁判官       今      野      智      紀 


「 (3) 争点1-3(被告製品が構成要件Eを充足するか)について
ア  構成要件Eは「前記2対の揺動部材の一方に,他方の揺動部材と組み合わせられたときに,該他方の揺動部材に係合する係合部が設けられている骨切術用開大器。」というものであるところ,原告は,ここにいう「係合」とは,2対の揺動部材が同時に開くように係り合うことを意味し,2対の揺動部材がそのように係り合うことを可能にする部分が「係合部」であるので,同構成要件の「係合部」は揺動部材の一方の一部であることを要しないと主張する。
    しかし,請求項1の「前記2対の揺動部材の一方に,…係合部が設けられている」との記載は,その一般的な意味に照らすと,「係合部」が揺動部材の一方の一部を構成していると解するのが自然であり,原告の主張するように,揺動部材とは別の部材が係合部を構成する場合まで含むと解するのは困難である。
    また,請求項3は「前記係合部が,前記他方の揺動部材の開閉方向の内側に係合する請求項1または請求項2に記載の骨切術用開大器」,請求項4は「前記2つの開閉機構のうち,前記係合部が設けられていない側の開閉機構が,ヒンジ部により連結された一方の揺動部材に設けられたネジ孔と,該ネジ孔に締結され,他方の揺動部材を開方向に押圧する押しネジとにより構成されている請求項3に記載の骨切術用開大器」とそれぞれ規定しており,これらの規定も,2対の揺動部材のうち,係合部が設けられている側と設けられていない側が区別可能であることが前提となっていると解するのが自然である
    この点について,原告は,請求項4は,係合部に「前記他方の揺動部材の開閉方向の内側に係合する」という限定を加えた請求項3を前提に,内側に係合部が設けられている側とそうでない側を区別する記載となっているにすぎないと主張するが,請求項1の前記文言に照らすと,請求項3及び4は,むしろ,請求項1の「係合部」が揺動部材の一方の一部を構成していることを前提とした上で,その構成を限定しているものと解するのが相当である。
    以上のとおり,本件特許に係る特許請求の範囲の記載によれば,本件発明の「係合部」は揺動部材の一方の一部を構成するものであると解される。
イ  次に,本件明細書等を参酌して,同明細書等における「部材」と「部」の意義についてみると,「部材」については,「揺動部材」の他に「コマ部材16」及び「ボルト部材17」が「部材」とされている(段落【0019】等,【図4】参照)のに対し,「部」については,「係合部」の他に,「凹部10」(段落【0015】等),「ヒンジ部6」(請求項1等)及び「楔形部8」(段落【0014】等)について「部」という語が用いられている。 
    このような記載によれば,本件明細書等において,「部材」という語は独立した部分を意味するものとして,「部」は部材の一部を構成するものとして用いられているということができ,係る用法に照らしても,「係合部」は一方の揺動部材の一部分を構成すると解することが相当である。
 また,本件明細書等に開示された実施例に関する記載である段落【00 15】には,「第2対の揺動部材3a,3bには,…幅方向外方に延びる突起(係合部)9が備えられている。また,第1対の揺動部材2a,2bには,…前記突起9を収容する凹部10が設けられている。」と記載され,第2対の揺動部材に設けられた突起9が「係合部」に当たると説明されている一方で,第1対の揺動部材に設けられた凹部10が「係合部」に当たるとの説明はされていない。こうした実施例の記載も,本件発明の「係合部」は揺動部材の一方の一部を構成するとの上記解釈と整合するものということができる。
 以上のとおり,本件明細書等に照らしても,本件発明の「係合部」は揺動部材の一方の一部を構成すると解するのが相当である。
ウ  これに対し,原告は,構成要件Eの「係合」は2対の揺動部材が同時に開くように係り合うことを意味し,2対の揺動部材がそのように係り合うことを可能にする部分が「係合部」であるので,「係合部」は揺動部材とは別の部材や普段は取り外して保管できる形態のものも含むと主張する。
    しかし,原告の「係合部」に関する解釈は,請求項1の「前記2対の揺動部材の一方に,…係合部が設けられている」との記載や請求項3及び4の記載と必ずしも整合するものではなく,前記判示に係る本件明細書等の記載に照らしても,採用し得ない。      
      エ  証拠(甲3)によれば,被告製品の角度調整器及び留め金は,各揺動部材とは独立した部材と認められ,一方の揺動部材の一部分として構成されているとは認められないので,被告製品は,構成要件Eを充足しない。」

「3  争点2(被告製品による均等侵害の成否)について
  (1) 特許請求の範囲に記載された構成に,相手方が製造等をする製品又は用いる方法(対象製品等)と異なる部分が存する場合であっても,①当該部分が特許発明の本質的部分ではなく(第1要件),②当該部分を対象製品等におけるものと置き換えても,特許発明の目的を達することができ,同一の作用効果を奏するものであって(第2要件),③そのように置き換えることに,当業者が,対象製品等の製造等の時点において容易に想到することができたものであり(第3要件),④対象製品等が,特許発明の特許出願時における 公知技術と同一又は当業者が当該出願時に容易に推考できたものではなく(第4要件),かつ,⑤対象製品等が特許発明の特許出願手続において特許請求の範囲から意識的に除外されたものに当たるなどの特段の事情もないとき(第5要件)は,当該対象製品等は,特許請求の範囲に記載された構成と均等なものとして,特許発明の技術的範囲に属するものと解するのが相当で ある(最高裁平成6年(オ)第1083号同10年2月24日第三小法廷判決・民集52巻1号113頁,最高裁平成28年(受)第1242号同29年3月24日第二小法廷判決・民集71巻3号359頁参照)。
      本件発明と被告製品との相違点は,本件発明では,係合部が一方の揺動部材の一部分を構成するものであるのに対し,被告製品では,揺動部材2から 揺動部材1に力を伝達する部分である角度調整器のピン及び留め金の突起部が揺動部材2とは別部材である点にあるところ,被告は,原告の均等侵害の主張に対し,第4要件を充足することは争わないものの,その余の要件の充足性を争うので,以下検討する。
(2) 第1要件(非本質的部分)について 
    ア  均等侵害が成立するための第1要件は,特許請求の範囲に記載された構成と対象製品に係る相違点が特許発明の本質的部分ではないことを要するとするものである。特許法が保護しようとする発明の実質的価値は,従来技術では達成し得なかった技術的課題の解決を実現するための,従来技術に見られない特有の技術的思想に基づく解決手段を,具体的な構成をもって社会に開示した点にあることに照らすと,特許発明における本質的部分とは,当該特許発明の特許請求の範囲の記載のうち,従来技術に見られない特有の技術的思想を構成する特徴的部分であると解すべきである。
    イ  そこで,本件発明と被告製品の相違点に係る構成が本件発明の本質的部分に該当するかどうかについて検討する。
(ア) 本件発明は,前記のとおり,一対の拡大器を用いて切込みを拡大した場合には,拡大器が移植物の挿入の妨げとなり,また,挿入時に拡大器を切込みから取り外した場合には,切込みが拡大された状態に維持されず,移植物の挿入が困難になるという課題を解決するため(本件明細書等の段落【0002】,【0003】),開閉可能な2対の揺動部材を着脱可能に組み合わせるとともに,揺動部材が組み合わされた状態で一方の部材が他方の部材に係合するための係合部を設けることにより,2対の揺動部材が同時に開くことを可能とし,2対の揺動部材で切込みを拡大した後には,一方の揺動部材により切込みの拡大を維持しつつ,閉じられた他方の揺動部材を取り外して,移植物の挿入可能なスペースを確保して移植物の挿入を容易にするものである(本件明細書等の段落 【0006】~【0008】,【0012】)。
 上記によれば,本件発明において従来技術に見られない特有の技術的思想を構成する特徴的部分は,開閉可能な2対の揺動部材を着脱可能に組み合わせるとともに,揺動部材が組み合わされた状態で一方の部材が他方の部材に係合するための係合部を設け,これにより,2対の揺動部材が同時に開くことを可能にするとともに,2対の揺動部材で切込みを拡大した後には,一方の揺動部材によりその拡大状態を維持しつつ,閉じられた他方の揺動部材を取り外して,移植物の挿入可能なスペースを確保して移植物の挿入を容易にする点にあるというべきである。
  (イ) 他方,被告製品は,①変形性膝関節症患者の変形した大腿骨又は脛骨 に形成された切込みに挿入され,当該切込みを拡大して移植物を挿入可能なスペースを形成する骨切術用開大器であり,②開閉可能な2対の揺動部材を着脱可能に組み合わせるとともに,各揺動部材の上側揺動部に角度調整器のピンを挿通させるためのピン用孔を設け,同各揺動部材の下側揺動部に留め金の突起部をはめ込むための開口部を設けるとの構成を備えることにより,③開口部に留め金の突起部がはめ込まれ,ピン 用孔に角度調整器の2本のピンを挿通された状態において2対の揺動部材が同時に開くことを可能にし,2対の揺動部材で切込みを拡大した後には,一方の揺動部材により切込みを拡大した状態に維持しつつ,閉じられた他方の揺動部材を取り外して,移植物の挿入可能なスペースを確保して移植物の挿入を容易にするものであると認められる。  
 被告製品の角度調整器のピン及び留め金の突起部は,2対の揺動部材が組み合わされた状態で一方の部材が他方の部材に係合するための係合部に相当すると認められ,これにより,2対の揺動部材が同時に開くことが可能になり,切込みを拡大した後には,その拡大状態を維持しつつ,その1対を取り出して切込みに移植物を挿入可能なスペースを確保することで移植物の挿入を容易にするものであると認められる。そうすると,被告製品は,本件発明とその特徴的な技術的思想を共有し,同様の効果を奏するものであるということができる。
  (ウ) 本件発明と被告製品との相違点は,前記のとおり,本件発明では,係合部が一方の揺動部材の一部分を構成するものであるのに対し,被告製品では,係合部に相当する角度調整器のピン及び留め金の突起部が揺動部材2とは別部材である点にあるところ,このような相違点は,係合部を揺動部材の一部として設けるか別部材にするかの相違にすぎず,本件発明の技術的思想を構成する特徴的部分には該当しないというべきである。 
      ウ  これに対し,被告は,本件意見書などを根拠として,本件発明の本質的部分は「揺動部材の一方に,他方に係合する係合部を備える点」にあると主張する。
          しかし,被告の指摘する本件意見書の記載部分は,「端部が回転可能に連結されることにより開閉可能に設けられた一対のジョーを備えた開創器アセンブリ」が開示された引用文献1記載の発明との対比において,本 件発明の構成を説明するものにすぎず,同記載を根拠として,本件発明の本質的部分が「揺動部材の一方に,他方に係合する係合部を備える点」にあるということはできない。
          発明の本質的部分は,特許請求の範囲及び明細書の記載に基づいて,特許発明の課題及び解決手段とその効果に照らして認定されるべきところ,本件発明の課題,解決手段及び効果を考慮すると,本件発明の本質的部分は,開閉可能な2対の揺動部材を着脱可能に組み合わせるとともに,揺動部材が組み合わされた状態で一方の部材が他方の部材に係合するための係合部を設けるとの構成にあると認められることは,前記判示のとおりである。 
      エ  以上のとおり,本件発明と被告製品の相違点は,本件発明の本質的部分ではないので,被告製品は,第1要件を充足する。
  (3) 第2要件(置換可能性)について
ア  第2要件は,特許発明のうち対象製品と相違する部分について対象製品等における該当部分と置き換えても,特許発明の目的を達することができ,同一の作用効果を奏することを要するというものである。上記(2)イ(イ)のとおり,被告製品の角度調整器のピンと留め金の突起部は,2対の揺動部材が組み合わされた状態で一方の部材が他方の部材に係合するための係合部に相当し,本件発明のように,揺動部材の一部に係合部を設ける構成を,被告製品の角度調整器のピンと留め金の突起部に置き換えたとしても同様の効果を奏すると認められる。
 イ  これに対し,被告は,揺動部材を閉じる際に,一方の揺動部材を閉じていくと,他方の揺動部材との係合が自動的に解除されるとの点も本件発明の作用効果に含まれるとの解釈を前提に,被告製品の場合,一方の揺動部材を閉じるだけでは,他方の揺動部材との係合は自動的に解除されないことから,本件発明と同一の作用効果を奏さないと主張する。 
 しかし,本件明細書等に記載された本件発明の効果は,「本発明によれば,切込みを拡大した状態に維持しつつ,移植物の挿入を容易にすることができる」(段落【0012】)というものである。このような効果は,2対の揺動部材で切込みを拡大した後に1対の揺動部材を取り外すことにより実現することが可能であり,係合の解除が自動的に行われることは本件発明の効果に含まれないというべきである。
    ウ  したがって,被告製品は第2要件を充足する。   
・・・
 (5) 第5要件(特段の事情)について
      ア  第5要件に関し,被告は,構成要件Eは本件補正によって追加されたものであるところ,本件拒絶理由通知に対する本件意見書における「本発明は,2組の揺動部材を備える点,および,揺動部材の一方に,他方に係合する係合部を備える点において,引用文献1に記載された発明…と相違しています。」との記載によれば,原告は,被告製品のように係合部を別部材とする構成を特許発明の対象から意識的に除外したと理解することができるから,均等侵害は成立しないと主張する。
  しかし,本件意見書には,「引用文献1には,端部が回転可能に連結されることにより開閉可能に設けられた一対のジョーを備えた開創器アセンブリが開示されています。」,「このような構成(判決注:本件発明に係る構成)によれば,2組の揺動部材を同時に開かせることにより,骨に形成した切り込みの拡大作業を容易にし,また,切り込みの切断面に局所的に過大な押圧力が作用することを防ぐことができる」,「2つの開創器アセンブリを単に着脱可能に組み合わせただけでは本発明の構成を導く ことはできません。」「引用発明1には,切り込みの切断面に作用する押圧力を低減するという課題,および,2つの開創器アセンブリを一体で開動作させるという係合部の作用に対する示唆がありません」などの記載がある。
  上記記載によれば,本件意見書の主旨は,特許庁審査官に対し,引用例1が一対の揺動部材を開示していることを指摘し,それに対し,本件発明は,開閉可能な2対の揺動部材を組み合わせ,一方の揺動部材を他方の揺動部材に係合するための係合部を設けることにより,両揺動部材が同時に開くことを可能にするものであることを説明する点にあるというべきである。そして,同意見書には,係合部の構成,すなわち,係合部を揺動部材の一部として構成するか,揺動部材とは別の部材により構成をするかを意識又は示唆する記載は存在しない。
          そうすると,被告の指摘する「2組の揺動部材を備える点,および,揺動部材の一方に,他方に係合する係合部を備える」との記載は,上記説明の文脈において本件発明の構成を説明したものにすぎないというべきであり,同記載をもって,同意見書の提出と同時にされた本件補正により構成要件Eが追加された際に,原告が,係合部を揺動部材とは別の部材とする構成を特許請求の範囲から意識的に除外したと認めることはできない。
ウ  したがって,被告製品は第5要件を充足する。 」

【コメント】
 大手の企業同士の,発明の名称「骨切術用開大器」という特許第4736091号の特許権の侵害訴訟の事件です。

 着目するところは,均等論の対象が補正で加わった所だったとしても,均等を認めたという所でしょうか。

 クレームからです。
【請求項1】
A  変形性膝関節症患者の変形した大腿骨または脛骨に形成された切込みに挿入され,該切込みを拡大して移植物を挿入可能なスペースを形成する骨切術用開大器であって, 
B  先端に配置されたヒンジ部により相対的に揺動可能に連結された2対の揺動部材と,
C  これら2対の揺動部材をそれぞれヒンジ部の軸線回りに開閉させる2つの開閉機構とを備え,
D  前記2対の揺動部材が,前記ヒンジ部の軸線方向に着脱可能に組み合わ せられており,
E  前記2対の揺動部材の一方に,他方の揺動部材と組み合わせられたときに,該他方の揺動部材に係合する係合部が設けられている骨切術用開大器
。」

 何だか想像しただけでも痛そうな感じの器具ですが,図を見た方がいいでしょう。
 
 
  これが明細書の図です。横から見た所でしょうか。
 左の尖った所を骨の隙間に差し込み,右側にあるネジをぐるぐる回して右側が開いていく(ヒンジは左端にあります。)というものです。
 ほんで,こうして開いた骨の隙間に,移植するものを入れるわけですね。

  
  で,従来技術に加えて何がいいかというとこれ,一対,つまり同じようなのが2個並列しているのです。この図3は上から見た図なのですが,このとおり,2個あります。

 それが,図3の上の部材にオス部みたいな突起9があり,これをメス部の凹部10に差し込み,一体的に作動させるわけです。
 一方を開くともう一方も開く~ って感じです。

 被告製品の方です。
  
  これは被告製品の斜め上からの写真と考えた方がいいですね。やはり2個同じようなやつが並列しています。

 ただし,その両者をつなげる部材は,角度調整器のピンと留め金なのですね。本体である揺動部材の一部じゃなく,別の部材から成り立っています。
 ですので,文言侵害はNGということになりました。

 で,均等論ですが,第一要件はクリアです。 
 規範は,例によって,マキサカルシトール大合議の判決です。ま,広く抽象的に本質的部分を認め,そこが共通でしょ,だから違う所は微差微差~という論理です。

 さて,問題なのは他の要件です。
 個人的には,第二要件が本当かなあと思います。
 本件の特許発明の効果には,係合も自動的に解除できるという効果も含まれるのではないかなあと思いますけどね。
 他方,ピンや留め具で係合していた被告製品は,一方を閉じるともう一方も閉じることになり,係合は自動的に解除しません。
 そうすると,一方を取り出すのが面倒→移植物の挿入を容易にすることができない!ってなりそうですけど・・・。
 ま,納得できないのはここだけかなと思います。

 で,先例的意義があるのは,ここよりも第五要件の所だとは思います。
 ただ,従前,補正しすぎた場合に,補正のポイントとは若干ずれた部分を均等で主張するのも憚れるのかどうなのか,が議論の的になっていました。
 主流としては,そういうのもやはりダメなんじゃないの,という所だったと思います。

 しかし,第五要件って信義則発のものです。つまり,いっぺん言ったことと違う~ことは言っちゃダメっていうものです。 
 ケースによっては,補正のポイントとは若干ずれた部分を均等で主張するのが,いっぺん言ったことには当たらない場合も数多いと思います。ですので,そのような場合,第五要件では蹴れないと思っていたのです。

 ですので,今回,このような判示が出たことで,補正した部分を均等主張する場合もためらわずにやっていいのではないかと思います。勿論,明らかに補正のポイントそのものじゃダメですけどね(今回ならばそもそも係合部のない器具だとか)。

【追伸】
 控訴審判決が出ました(知財高裁平成31(ネ)10005号,令和元年7月24日判決)。
 この判決では上記構成要件Eの充足性を認めなかった所,なんと認めました。
まず,「設けられている」との文言の一般的な意味は,「そなえてこしらえる。設置する。しつらえる。」というものにすぎず(広辞苑・甲13),当該文言自体からは,「係合部」が一方の揺動部材と一体であるのか,別の部品であるのかを読み取ることはできない。前記の本件発明の技術的意義に照らしても,「係合部」が一方の揺動部材と一体のものでなければその機能を果たせないとはいえず,別の部品によって係合部を設けることを除くべき根拠は見当たらない。そうすると,係合部が揺動部材に「設けられている」という構成が,係合部が揺動部材の一部を構成しているものに限定されるとはいえない
 という判示があります。
 
 ですので,均等論を使うまでもなくOKということなのですね。

 しかし,地裁の判決は,均等論の第5要件の面白い判示があったのに,知財高裁ではその判断がなくなってしまいました。
 何となく,面倒だから, もう文言侵害でいいんじゃないの~そんな感じさえしますね。