2019年1月28日月曜日

侵害訴訟 特許   平成28(ワ)25956等  東京地裁 請求棄却


事件番号
事件名
 特許権侵害損害賠償請求事件
裁判年月日
 平成30年12月27日
裁判所名
 東京地方裁判所民事第46部    
裁判長裁判官            柴      田      義      明 
裁判官            佐      藤      雅      浩                                     
裁判官            大      下      良      仁 

「 2  本件発明のサポート )について
    事案に鑑み,まず,本件発明のサポート要件違反の有無(争点(2)ーエ) について検討する。
    特許法36条6項1号は,特許請求の範囲の記載は,特許を受けようとする発明が発明の詳細な説明に記載したものでなければならないとしており,いわゆるサポート要件を規定している。
 特許請求の範囲の記載が,明細書のサポート要件に適合するか否かは,特許請求の範囲の記載と発明の詳細な説明の記載とを対比し,特許請求の範囲に記載された発明が,発明の詳細な説明に記載された発明で,発明の詳細な説明の記載により当業者が当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のもので あるか否か,また,その記載や示唆がなくとも当業者が出願時の技術常識に照らし当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否かを検討して判断すべきである。
  本件発明の技術的意義は前記1(2)のとおりであり,式( 1)の関係を満たすことで,良好なオーバーカレント特性が得られ,記録電流値の裕度を確保することができるというものである。被告は,当業者は式(1)の関係を満たすことで上記課題を解決できると認識できないと主張するので,以下,当業者が,式(1)の関係を満たすことで上記課題を解決できることを認識できるかについて検討する。
(2)ア  式(1)について,磁気記録媒体の技術分野で広く知られている式であることを認めるに足りる証拠はない。また,本件明細書において,式(1)の意義に関する記載はない
イ  原告は,式(1)は,磁気記録媒体のヒステリシス曲線に関連付けられて設計されたものであり,式自体に技術的意義があり,当業者は,技術常識を参酌して,磁気記録媒体のヒステリシス曲線に基づき,式(1)によって課題を解決できると容易に認識することができると主張する。そして,その内容として,式(1)は,Hc+0.5ΔHの数値を230以上とし(SFDは,ΔH/Hcであるから,式(1)は,Hc+0.5ΔHと変形される。),Hcと併せてΔHを大きくすることで,実用上の消費電力の増加を抑制しつつ一旦記録がされれば記録が消えにくい磁気記録媒体を得られるようにするものであること,ΔHは,磁性層中に存在する磁性体粒子一つ一つの保持 力のばらつきの指標であるところ,ΔHが大きくなってヒステリシス曲線のHcの近傍の傾きを小さくすると,磁性体粒子自体のHcのばらつきが大きくなり,記録が一旦されれば当該記録が消えにくくなることを主張する。
    本件発明は,式(1)の関係を満たすことによって,前記 のとおり,オーバーカレント特性が良好となり,記録電流値の裕度が大きくなるというの であるから,原告の上記主張は,式(1)の意義に関して,オーバーカレント状態において,磁性粒子自体のHcのばらつき(ΔH)が大きくなることによって,そのばらつきが大きくない場合に比べ,再生出力が大きくなり記録電流値の裕度が大きくなるというものといえる。
  しかし,本件明細書には,上記の内容を述べる記載がないだけでなく,当業者にとって,本件出願当時,Hcが大きくなれば記録電流値の裕度が大きくなることが技術常識であったとしても(乙9),オーバーカレント状態において,磁性粒子一つ一つのHcのばらつき(ΔH)が大きくなることによって,そのばらつきが大きくない場合に比べ,再生出力が大きくなり記録電流値の裕度が大きくなることが,技術常識であったことを認めるに足りる証拠はない。 
(3)ア  本件明細書をみると,本件明細書の発明の詳細な説明には,実施例1ないし4及び比較例1及び2を作製し,それぞれ測定及び評価を行ったことが記載されており,各具体例の数値は以下のとおりである。なお,実施例1は,式(1)の関係を満たさず,本件明細書においても「比較例(参考例)に相当する例であって,実施例2~4及び比較例1~2との比較対象 となるリファレンスである。」(段落【0054】)とされているとおり,比較例である(段落【0054】~【0065】,【0070】~【0082】)。
イ  本件明細書には,「最適記録電流」について,「最適記録電流は,リファレンス(実施例1)に対してのズレが±15%以内であれば,実用上良好であると評価した。」(段落【0075】),「これによると,最適記録電流のリファレンス(実施例1)に対するズレが±15%以内であるものは,2.2≦Hc/Rs≦2.6の範囲であることが分かる。Hc/Rsの値が2.6を超える比較例1のサンプルにおいては,最適記録電流の値が124%と大きくなってしまい,リファレンスとのズレが大きく,充分な出力を得るための消費電力が大きくなってしまった。」(段落【0080】)との記載がある。 
 これらによれば,最適記録電流については,実施例1の±15%以内が実用上良好と判断できる上限であるといえる。そうすると,最適記録電流が実施例1の+16%である実施例3は本件発明の実施例とはならないともいえる。そして,実施例3が実施例とならないとすると,実施例となるのは実施例2と実施例4であり,本件明細書上,式(1)によって,記録電流値の裕度を確保するという課題を解決できると認識できるHc×(1+0.5×SFD)の範囲は,230.1(実施例2)~245.8(実施例4)の範囲となる。また,実施例3を本件発明の実施例としても,上記の範囲は,230.1(実施例2)~247.5(実施例3)となる。
    なお,本件明細書には,「記録電流特性」の評価について,「記録電流特性については,リファレンス(実施例1)に対してのズレが±20%以内であ れば,実用上良好であると評価した。」(段落【0075】)との記載があり,実施例3,4について,記録電流特性がリファレンス(実施例1)の1に対して1.2となっていることを評価していて(段落【0079】),記録電流特性における1.2を記録電流特性が実用上良好と判断できる上限であるとしている。 
ウ  以上によれば,式(1)には上限値は定められておらず,下限値である230以上の数値の全てにわたり式(1)を満たすことになるにもかかわらず,本件明細書記載の実施例において課題を解決できることが裏付けられるHc×(1+0.5×SFD)の範囲は,230.1~245.8(又は247.5)に限られることになる。そして,本件明細書にはこの範囲よりも大きい数値の磁気録媒体の記録電流値の裕度を大きくすることができることに関する記載はない。
 これらによれば,式(1)には,Hc×(1+0.5×SFD)の値の上限値がないところ,実施例で示されているのは前記の範囲であって,その値が実施例で示されたものよりも大きくなった場合などを含めた,式(1)の 関係が満たされることとなる場合において,当業者が,前記の課題を解決できると認識できたとはいえないとするのが相当である。
エ  更に,本件発明においては,Hcの上限値やSFDの下限値は定められていないから,ΔH,ひいてはSFDの値を大きくせず,Hcの値を例えば230以上の数値にすると,SFDの値が実施例を大きく下回る場合も式(1)の関係を満たすこととなる。しかし,このように実施例を大きく下回るSFDの値の場合に当業者が前記課題を解決できると認識できるとはいえない。
 原告は,文献(乙9),実施例2及び実施例4の記載に接することで,SFDが実施例の数値を大きく下回るなどの場合でも,式(1)によって課題を解決できると認識することできると主張するが,式(1)の技術的意義,実施例が示す範囲や本件明細書の記載は前記のとおりであり,採用することができない。
オ  したがって,当業者は,本件明細書の記載から,式(1)によって記録電流値の裕度を確保するという課題を解決できると認識できるとはいえず,また,本件出願当時の技術常識から,上記課題を解決できると認識できるともいえない。 
  以上によれば,本件発明に係る特許請求の範囲の記載が,本件明細書の記載により当業者が当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるとはいえず,また,その記載や示唆がなくとも当業者が出願時の技術常識に照らし当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるともいえないから,本件発明にはいわゆるサポート要件違反がある。 」

【コメント】
 大手同士(原告ソニー,被告富士フィルム等)の特許権侵害訴訟の事件です。
 特許は,特 許 番 号  第4370851号で,発明の名称 「磁気記録媒体 」とするものです。
 
 まずはクレームからです。
A  非磁性支持体の一主面上に, 
B  少なくとも無機粉末と結合剤とを含有する非磁性層と,
C  少なくとも強磁性粉末と結合剤とを含有する磁性層とが形成されてなり,
D  上記非磁性支持体の他の一主面上に,バック層が形成されてなり,
E  保磁力Hc〔kA/m〕と,SFD(スイッチング・フィールド・ディ ストリビューション)が,下記式(1)の関係を有し,
F  上記磁性層の保磁力Hc〔kA/m〕と,角形比Rs〔%〕とが,下記式(2)の関係を有し,
G1  全厚12μm以下である
G2  磁気記録媒体。 
H  230≦Hc×(1+0.5×SFD)・・・(1)
I  2.2≦Hc/Rs≦2.6・・・(2) 

 いわゆる数値限定発明であるし,さらにいわゆるパラメータ発明でもあります。
  
  構造的には,こんな感じでイメージしやすいのですが,発明の本質は,上記のクレームのとおり,保磁力等の或るパラメータ同士の関係ですから,結構複雑です。
 
 とは言え,(1)式も(2)式も単純な式ですから,かなりの範囲に渡ってサポートされていると言えるには,実施例等が多くないと難しいと思われるでしょう。
 初期の大合議事件であるパラメータ事件判決 (知財高裁平成17年(行ケ)第10042号)からすると,当然の話です。

 ところが,判旨にあるとおり,これじゃあ,式全体であんたの言う通りかどうか全く分からんと判断されたわけですね。結局発明の実施例となるのが2点のみということでした。
 
 ちょっとこれじゃあお話になりませんでした(パラメータ事件の事例にそっくりとも言えます。)。 
 
 大手と言ってもこんな感じになることもあるのだなあ,記載要件不備で権利行使が不能となったのはいつ以来なのだろう?と思ったので,取り上げた次第です。

 

2019年1月17日木曜日

侵害訴訟 商標 平成29(ワ)22543  東京地裁 請求一部認容

事件番号
事件名
 商標権侵害行為差止等請求事件
裁判年月日
 平成30年12月27日
裁判所名
 東京地方裁判所民事第46部    
裁判長裁判官            柴      田      義      明      
裁判官            佐      藤      雅      浩        
裁判官            大      下      良      仁 
 
「  1  争点 (原告商標と被告標章は同一であるか)について
      証拠(甲2の2~9,甲3,12)及び弁論の全趣旨によれば,原告標章及び被告標章は共に構成要素①ないし⑤(ただし,被告標章の構成要素④のシェードの直径は比が2.95:50:21:11である。)を有することが認められ,原告標章と被告標章はランプシェードの直径の比について若干の相違があるものの,標章全体を見た際に判別し得る相違点とはいえず,原告標章と被告標章の外観は同一であると認められる。また,原告商標及び被告標章はいずれも何らかの観念ないし称呼が生じるとはいえず,これらが相違するものともいえない。
 そうすると,原告商標と被告標章は,外観が同一であり,観念及び称呼において区別されないと認められる。また,原告商標と被告標章につき,商品の出所を誤認混同するおそれがないとするような取引の実情等があるとは認められ ない。なお,被告は,被告商品を販売するに当たり,原告商品が正規品であることや被告商品がリジェネリック・リプロダクト品であることを強調し,原告商品に比べて低価格で販売していたと主張するが(第2,3(3)イの被告の主張等),それらの事情が上記取引の実情等に当たるとは認められない。
 以上によれば,原告商標と被告標章は同一であると認められる。  
 
2  争点 (原告商標の指定商品である「ランプシェード」と被告商品は類似するか)について
      対象となる商品が指定商品に類似しているか否かは,問題となる商品の製造業者,販売店ないし販売場所,需要者,用途等を総合考慮し,これらの商品に同一又は類似の商標が使用された場合に出所の混同を生ずるおそれがあるか否かによって判断すべきである。 
      被告商品は照明用器具であるところ,照明用器具は主にランプシェードと電球取付部によって構成され,ランプシェードにその他の部品が組み合わされた照明用器具が店舗やウェブサイト上で販売されるのであり,ランプシェードとその完成品である照明用器具は販売店ないし販売場所,需要者が重なるといえること,ランプシェードに照明用器具以外の用途はないことからすれば,ラン プシェードと照明用器具は商品としての関連性が極めて強く,これらの商品に同一又は類似の商標が使用された場合に出所の混同を生ずるおそれは高いといえる。
 したがって,ランプシェードと照明用器具である被告商品は類似すると解するのが相当である。 
      これに対し,被告は,原告が原告商標の登録出願の過程において指定商品を「ランプシェード」と変更したことを挙げて,原告商標は照明用器具には及ばないと主張する。しかしながら,上記のとおり,対象となる商品が指定商品に類似しているか否かは,これらの商品に同一又は類似の商標が使用された場合に出所の混同を生ずるおそれがあるか否かによって判断すべきであり,被告の 主張は採用することができない。 」

【コメント】
 11類「ランプシェード」を指定商品とする商標権(第5825191号 )についての商標権侵害訴訟の事件です。
 ポールヘニングセンという超有名な照明器具に関するもので,知っている人は多いと思います。で,被告の方はジェネリック家具ということでこれを売っていたようなのですね。

 他方,原告の方は,それは許せんということで,その販売が分かってから,このポールヘニングセンの立体商標を取得したというものです。
 
  これが原告の標章ですね。まさに,立体商標!

 被告の標章というか,被告商品はというと,こんな感じです。
 
 
 ジェネリックとして売ってましたので,似ていて当たり前です。

 で,今回これをなぜ取り上げたかというと,立体商標の侵害訴訟で,双方に代理人がついていたという稀有な例だったからです。

 よく引かれる例は,エルメスのバーキン事件があります(東京地裁平成25年 ( ワ ) 第31446号)。しかし,これは被告が本人訴訟でした。なので,双方に代理人が就いた事例が待ち望まれていたわけですね。

 で,漸くこの事件が現れました。しかし,やはり,被告側がダメですね。
 
 皆さん,知りたかったし,戦いようがあるだろうことは,立体商標における商標的使用って何だろうって所だと思います。
 ところが,この事件,商標的使用が全く論点に上がっていません。
 
 あと,被告の使用後の商標登録出願なので,先使用権の主張もあり得る所でしょうが,これも主張がありません(さすがに,周知性がないと踏んだのかもしれませんが。)。 

 ですので,折角の双方代理人の事件にもかかわらず,実にしょうもない判決となっております。要するに,本人訴訟並みってことです。
 被告は金を惜しんだか,地元の弁護士に依頼したようですが,知財は多少分かっている代理人に依頼しないと弁護士費用の無駄に終わりますね~♡