2019年2月20日水曜日

審決取消訴訟 特許   平成30(行ケ)10100  知財高裁 不成立審決 請求棄却

事件番号
事件名
 審決取消請求事件
裁判年月日
 平成31年2月6日
裁判所名
 知的財産高等裁判所第3部     
裁判長裁判官                鶴      岡      稔      彦      
裁判官               寺      田      利      彦       
裁判官               間      明      宏      充

「4  取消事由4-訂正要件違反④(明確性要件違反1/第2次取消判決の拘束力抵触/独立特許要件違反)について
 本件訂正事項4は,本件訂正前の請求項1に記載された「経皮吸収製剤」から「目的物質が医療用針内に設けられたチャンバに封止されるか,あるいは縦孔に収容されることによって基剤に保持されている経皮吸収製剤」(除外製剤)を除外するものであるところ,原告の主張は,要するに,この除外製剤が物として技術的に明確でないとするものである。
 そこで検討するに,除外製剤における「医療用針」が,目的物質を注入するための注射針やランセット,マイクロニードルなどを意味することは,出願時の技術常識に照らして明らかであるといえる。また,「チャンバ」又は「縦穴」が当該「医療用針」内に設けられたものであること,及び「目的物質」が「チャンバに封止されるか,あるいは縦孔に収容されることによって基剤に保持されている」ことは,いずれも除外製剤の構造を特定するものであって,その特定に不明確な点があるとは認められない。
 そうすると,上記除外製剤が,特定の構造を有する「医療用針」である「経皮吸収製剤」を意味していることは明らかであるから,上記除外製剤は物として技術的に明確であり,さらには,かかる除外製剤を除く「経皮吸収製剤」についても,発明の詳細な説明の記載,例えば,【0070】の「基剤に目的物質を保持させる方法としては特に限定はなく,種々の方法が適用可能である。例えば,目的物質を基剤中に超分子化して含有させることにより,目的物質を
基剤に保持させることができる。その他の例をしては(判決注:「その他の例としては」の誤記と認める。),溶解した基剤の中に目的物質を加えて懸濁状態とし,その後に硬化させることによっても目的物質を基剤に保持させることができる。」に接した当業者であれば,出願時の技術常識を考慮して,物として明確に理解することができるといえる。
 そうである以上,本件訂正事項4によって訂正された請求項1の記載は明確であるというべきであって,これに反する(あるいは前提を異にする)原告の主張はいずれも採用できない。
 したがって,原告が主張する取消事由4は理由がない。」 

【コメント】
 発明の名称を「経皮吸収製剤,経皮吸収製剤保持シート,及び経皮吸収製剤保持用具」とする特許第4913030号 に関する無効審判が不成立審決となったあとの,審決取消訴訟の事件です。
 
 この件は,もう何度も特許庁と知財高裁を行ったり来たりして,訂正も何度もやられているという典型的なキャッチボール事案のものです。

 まずは,クレームからです。
水溶性かつ生体内溶解性の高分子物質からなる基剤と,該基剤に保持された目的物質とを有し,皮膚(但し,皮膚は表皮及び真皮から成る。以下同様)に挿入されることにより目的物質を皮膚から吸収させる経皮吸収製剤であって,  
 前記高分子物質は,コンドロイチン硫酸ナトリウム,ヒアルロン酸,グリコーゲン,デキストラン,プルラン,血清アルブミン,血清α酸性糖タンパク質,及びカルボキシビニルポリマーからなる群より選ばれた少なくとも1つの物質(但し,デキストランのみからなる物質は除く)であり,  

 尖った先端部を備えた針状又は糸状の形状を有すると共に前記先端部が皮膚に接触した状態で押圧されることにより皮膚に挿入される,経皮吸収製剤(但し,目的物質が医療用針内に設けられたチャンバに封止されるか,あるいは縦孔に収容されることによって基剤に保持されている経皮吸収製剤を除く)
 下線部が訂正分です。

 さて,本件を取り上げたのは理由がありまして,以前の審決取消訴訟(知財高裁平成26年(行ケ)10204号(平成27年3月11日判決))では,

「【請求項1】 水溶性かつ生体内溶解性の高分子物質からなる基剤と,該基剤に保持された目的物質とを有し,皮膚に挿入されることにより目的物質を皮膚から吸収させる経皮吸収製剤であって,
 前記高分子物質は,コンドロイチン硫酸ナトリウム,ヒアルロン酸,グリコーゲン,デキストラン,キトサン,プルラン,血清アルブミン,血清α酸性糖タンパク質,及びカルボキシビニルポリマーからなる群より選ばれた少なくとも1つの物質(但し,デキストランのみからなる物質は除く)であり,
 尖った先端部を備えた針状又は糸状の形状を有すると共に前記先端部が皮膚に接触した状態で押圧されることにより皮膚に挿入される,経皮吸収製剤但し,目的物質が医療用針内に設けられたチャンバに封止されるか,あるいは縦孔に収容されることによって基剤に保持されている経皮吸収製剤,及び経皮吸収製剤を収納可能な貫通孔を有する経皮吸収製剤保持用具の貫通孔の中に収納され,該貫通孔に沿って移動可能に保持された状態から押出されることにより皮膚に挿入される経皮吸収製剤を除く)。」

 こういうような訂正を行い,太書きの後半の訂正部について,訂正要件違反があるとして,審決が取り消しになったのです。
 このときは, 特に,「及び」以降の,「経皮吸収製剤を収納可能な貫通孔を有する経皮吸収製剤保持用具の貫通孔の中に収納され,該貫通孔に沿って移動可能に保持された状態から押し出されることにより皮膚に挿入される」が技術的に明確でないから,特許請求の範囲の減縮を目的としていない!として訂正要件違反になりました。

 ま,この認定自体どうかな~と思う所もあるのですが,これはこれで致し方ありません。

 で,その後さらに色々あって,上記のようなクレームとしたわけです。
 このクレームでは,訂正要件違反とされた, 「及び」以降の,「経皮吸収製剤・・・」の部分がありません。
 ですので,訂正要件もOKとなったのでしょう。

 さてさて,この事件,先の判決からも4年,最初の無効審判からも7年近く,いい加減,決着がつくのでしょうかねえ。

 
 

2019年2月14日木曜日

侵害訴訟 特許 平成29(ワ)35663  東京地裁 請求棄却


事件番号
事件名
 特許権侵害差止請求事件
裁判年月日
 平成31年1月24日
裁判所名
 東京地方裁判所民事第47部 
裁判長裁判官          沖 中 康 人 
裁判官          奥              俊      彦 
裁判官          髙 櫻 慎 平  

「1  被告製品は構成要件1-C及び3-Aを充足するか(争点1)について  
 当裁判所は,構成要件1-C及び3-Aにおける「大豆胚軸発酵物」とは,大豆胚軸自体の発酵物をいい,大豆胚軸抽出物の発酵物を含まないと解すべきところ,被告製品は,大豆胚軸自体の発酵物を含有しないから,上記各構成要件を充足しないと判断する。以下,詳述する。
(1)  本件明細書の記載 
 本件明細書には,以下の記載がある(甲2)。
・・・
(2)  本件明細書の記載に基づく構成要件1-C及び3-Aの解釈
ア  上記記載によれば,①本件各発明の課題として,大豆胚軸抽出物は,それ自体コストが高いなどの理由から,エクオールを工業的に製造する上で,原料として使用できないのが現状であったこと,一方,大豆胚軸自体については,特有の苦味があるため,それ自体をそのまま利用することは敬遠される傾向があり,大豆の胚軸の多くは廃棄されているのが現状であったなどのため,大豆胚軸を有効利用するには,大豆胚軸自体の有用性を高めることが重要であったことが挙げられており,また,②本件各発明の効果としては,本件各発明の大豆胚軸発酵物は,エクオールと共に,エクオール以外のイソフラボンやサポニン等の大豆胚軸に由来する有用成分をも含有しているので,食品,医薬品,化粧料等の分野で有用であること,本件各発明の大豆胚軸発酵物は,大豆の食品加工時に廃棄されていた大豆胚軸を原料としており,資源の有効利用という点でも産業上の利用価値が高いこと等が挙げられている。
イ  このように,本件明細書の記載によれば,本件各発明は,従来利用されずに廃棄されていた大豆胚軸自体を有効利用できるようにし,大豆胚軸に由来する有用成分を含有して食品等に有用な大豆胚軸発酵物に係るものであることが明らかであるから,そうである以上,本件各発明の構成要件1-C及び3-Aにおける「大豆胚軸発酵物」とは,大豆胚軸自体の発酵物をいい,大豆胚軸抽出物の発酵物を含まないと解すべきである。 
ウ  これに対し,原告は,本件明細書の段落【0007】及び【0008】の記載は,従来技術の記載に過ぎず,本件各発明は,大豆胚軸に豊富に含まれるダイゼイン類から多量のエクオールが生成されるとともに,栄養成分として発酵原料に含まれるアルギニンを,アルギニン変換能を有するエクオール産生菌によってオルニチンに変換させることで,従来技術において大豆胚軸抽出物に存在したコスト高という欠点を克服すると共に,発酵物をより有用なものにしたものであり,本件各発明は,むしろ発酵原料に栄養素を含めることを積極的に必要としている旨主張する。原告の主張の趣旨は必ずしも判然としないところもあるが,いずれにしても,上記説示のとおり,本件明細書の記載によれば,本件各発明は,従来利用されずに廃棄されていた大豆胚軸自体を有効利用できるようにし,大豆胚軸に由来する有用成分を含有して食品等に有用な大豆胚軸発酵物に係るものであることが明らかであるから,原告の上記主張は,明細書の記載に反し,採用できない。
(3)  本件特許の親出願の出願経過について
 上記の解釈は,本件特許の親出願の出願経過からも裏付けられる。 
ア  親出願の審査の過程で,特許庁は,国際公開2005/000042号(丙3の2)を引用文献1として,平成23年11月9日を起案日とする拒絶理由通知をした(丙3の3)。そこには,以下の記載がある。
「引用文献1の請求項9には,ダイゼイン類およびダイゼイン類含有物質からなる群から選ばれる少なくとも1種に,ダイゼイン類を資化してエ クオールを産生する能力を有するラクトコッカス属に属する乳酸菌を作用させることにより,エクオールを製造することが記載され,請求項10には,乳酸菌がラクトコッカス・ガルビエであることが記載されている。また,第9頁37~41行には,ダイゼイン類含有物質として大豆胚軸が記載されている。 
 してみれば,引用文献1の記載に基づいて,ダイゼイン類含有物質である大豆胚軸に上記ラクトコッカス・ガルビエを作用させることにより,エクオール含量を高めた大豆胚軸発酵物を製造することは,当業者が容易になしうることである。」
イ  これに対し,出願人は平成23年11月29日付意見書(丙3の4)において,以下のとおり主張した。 
・・・
ウ  要するに,親出願の出願経過における原告(出願人)の上記主張は,ダイゼイン類含有物質としては,大豆胚軸以外にも,大豆イソフラボンなどが存在するところ,「大豆胚軸にはダイゼイン類だけでなく,ゲニスチン,マロニルゲニスチン,アセチルゲニスチン,ゲニステイン,ジハイドロゲニステイン等のゲニステイン類,グリシチン,マロニルグリ 20 シチン,アセチルグリシチン,グリシテイン,ジハイドログリシテイン等のグリシテイン類等の多くのイソフラボンやサポニンが含まれています。そして,これら大豆胚軸に含まれる成分には,微生物の生育や微生物を用いた発酵(ダイゼインのエクオールへの変換)を阻害する作用があることが本願の優先日前から知られています。」として,「エクオール産生能を有するラクトコッカス・ガルビエを用いたエクオールの製造において,その発酵原料として大豆胚軸を選択することには阻害要因が
存在します。」とするものであり,ここでは,原告は,明らかに,「大豆胚軸」を「大豆胚軸の抽出物(イソフラボン等)」と異なる「発酵を阻害する成分が含まれる大豆胚軸自体」であると主張していると認められる。 
 本件特許は親出願の分割出願に係るものであるから,本件発明における「大豆胚軸」も親出願と同様に理解されるべきところ,親出願の出願経過における原告の上記主張の内容は,上記(2)の説示と同内容であり,これを裏付けるものということができる。 
・・・
(4)  被告製品について
ア  証拠(甲3,丙5)によれば,被告製品は,補助参加人が被告に供給する「EQ-5」に「ビール酵母」,「ラクトビオン酸含有乳糖発酵物」などを配合したものをカプセルに封入したサプリメントであること,上記の「EQ-5」は,大豆胚軸から抽出された大豆胚軸抽出物である高い純度の原料イソフラボン(その90%以上がダイジンなどの大豆イソフラボンである。)を,さらに発酵させて得られたものであることが認められる。
 そうすると,被告製品に含まれる「EQ-5」は,大豆胚軸抽出物の発酵物であって,大豆胚軸自体の発酵物ではないから,「EQ-5」ひいては被告製品も,本件発明の構成要件1-C及び3-Aを充足せず,本件発明の技術的範囲に属さないものというべきである。 」

【コメント】
 発明の名称を「エクオール含有大豆胚軸発酵物,及びその製造方法」とする特許権(特許第5946489号 )を巡る,結構な大手同士の特許権侵害訴訟の事案です。
 
 クレームからです。
1-A  オルニチン及び
1-B  エクオールを含有する
1-C  大豆胚軸発酵物
  」

 さて,問題となっているのは,1-Cの「大豆胚軸発酵物」です。
 
 と言っても,私,この分野に土地勘があるわけではなく,詳細にはよくわかりません。 

 それでも多少説明すると,大豆胚軸とは,大豆の胚軸,つまり,発芽したところの茎の部分を言うらしいです。
 この部分はイソフラボンが多く含まれ,有用ではあるだろうということは既知だったようです。しかし,判決にもあるように, 「特有の苦味があるため,それ自体をそのまま利用することは敬遠される傾向があり,大豆の胚軸の多くは廃棄されているのが現状であった」とのことです。
 
 他方,大豆胚軸抽出物(イソフラボンを含みます。) に苦味はないのでしょうが,高い!ので,こちらも難点があったわけですね。
 
 ということで,この2点をアウフヘーベンさせたのが,今回の特許だということです。
 
 なので, 1-Cの「大豆胚軸発酵物」には抽出物由来のものは含まれない,というのは自然なクレーム解釈なのではないかと思います。
 ということで,抽出物のイソフラボンを利用した被告製品は,技術的範囲の外,となるのはやむを得ない結論ではないかと思います。
 
 原告は大手なので,控訴するのだと思いますが,ちょっとこれは覆らないのではないでしょうか(均等論も無理だと思います。)。
 

2019年2月1日金曜日

不正競争  平成30(ネ)10038  知財高裁 控訴認容(請求一部認容)

事件番号
事件名
 不正競争行為差止等請求控訴事件
裁判年月日
 平成31年1月24日
裁判所名
 知的財産高等裁判所第4部  
裁判長裁判官          大      鷹      一      郎  
裁判官          古      河      謙      一
裁判官          関      根      澄      子 

「2  争点1(被告商品は原告商品の形態を模倣した商品に該当するか)について
(1)  不競法2条1項3号により保護される原告商品の形態について 
・・・
(イ)  次に,不競法2条1項3号は,他人が資金,労力を投下して商品化した商品の形態を他に選択肢があるにもかかわらず,ことさら模倣した商品を,自らの商品として市場に提供し,その他人と競争する行為は,模倣者においては商品化のための資金,労力や投資のリスクを軽減することができる一方で,先行者である他人の市場における利益を減少させるものであるから,事業者間の競争上不正な行為として規制したものと解される。
  このような同号の趣旨に照らすと,同号によって保護される「商品の形態」とは,商品全体の形態をいい,その形態は必ずしも独創的なものであることを要しないが,他方で,商品全体の形態が同種の商品と比べて何の特徴もないありふれた形態である場合には,特段の資金や労力をかけることなく作り出すことができるものであるから,このようなありふれた形態は,同号により保護される「商品の形態」に該当しないと解すべきである。そして,商品の形態が,ありふれた形態であるか否かは,商品を全体として観察して判断すべきであり,全体としての形態を構成する個々の部分的形状を取り出してそれぞれがありふれたものであるかどうかを判断することは相当ではない。
  しかるところ,乙1(「オリジナル・ツェブラ・サックス・ストラップ  ホームページ」)には,アジャスター(調節つまみ),革パッド,ブレード(紐)及びフックのパーツにより構成される「ツェブラ・ストラップ」の写真が掲載されているところ,アジャスターは,中央部から左右斜め上方に伸びる辺(両翼)を有するY字状であり,中央部の形状が四角形状でない点,両翼の角度が約90度であり,鈍角ではない点,中央部の穴の位置などにおいて原告商品のV型プレートの形態(別紙「原告商品の形態」)と明らかに相違し,基本的構成態様においても,ブレードクリンチを有していない点で,原告商品の全体としての形態と相違する。
  また,乙2(「Protec  LC305M  Neck  Strap」)に掲載された「Neck  Strap」は,ブレードクリンチを有していない点で原告商品の形態と相違するほか,アジャスターは,中央部から左右に伸びる辺(両翼)を有する形状であるものの,中央部の形状が四角形状でない点,中央部の穴が3つであり,4つでない点,中央部の穴の位置などにおいて原告商品のV型プレートの形態と相違し,基本的構成態様においても,ブレードクリンチを有していない点で,原告商品の全体としての形態と相違する。
  さらに,乙3(国際公開公報(WO  00/41589)・訳文乙11)記載の「キャリングストラップ」の「滑車装置」(図11)(アジャスターに相当)は,T字状であり,中央部が四角形状でない点,乙4(再公表特許公報(WO2008/107939))記載の「楽器用ストラップ」の「楽器連結具」(アジャスターに相当)は,細長い棒状である点,乙5(「新型説明書公告本」(TWM443110U1)・訳文乙12)記載の「吊り部品」の「支持ロッド」(図3,4)(アジャスターに相当)は,細長い棒状であり,4つの穴のある四角形状部と「吊り紐」で連結している点において,いずれも原告商品のV型プレートの形態と明らかに相違し,基本的構成態様においても,革パッド部分の形状が原告商品の全体としての形態と相違する。
  そうすると,乙1ないし5から,原告商品の販売が開始された平成28年3月当時,原告商品の形態がありふれた形態であったものと認めることはできない。他にこれを認めるに足りる証拠はない。
(ウ)  したがって,被控訴人の前記主張は理由がない。
ウ  被控訴人は,旧原告商品からモデルチェンジされた商品である原告商品の形態と旧原告商品の形態は実質的に同一であるから,原告商品の形態は,旧原告商品の形態とは別の形態として,不競法2条1項3号により保護されるものではない旨主張する。
  そこで検討するに,旧原告商品(検甲1)は,別紙「旧原告商品目録」のとおりのサックス用ストラップであり,基本的構成態様が,V型プレート,革パッド,ブレードクリンチ,ブレード(紐)及びフックの5つのパーツにより構成され,5つのパーツは,ブレードクリンチの留めネジ(六角ボルト)を緩めてブレード(紐)を外すことにより,分解することができる点,V型プレートは,中央部の四角形状とその上部から左右に伸びる辺からなり,両翼の先端(左右の端)のそれぞれに穴が1つずつ,中央部に穴が4つあるという基本的形状を有する点,革パッドは,2枚の革を張り合わせ,内部に丸みを帯びた三角形状の2つのクッションを配置し,中央部にクッションを入れずに窪みを設け,中央部から左右の端に向けて幅が狭くなったテーパー型のパッドである点において,原告商品(検甲2)の形態と共通する。
  しかしながら,原告商品のV型プレートと旧原告商品のV型プレートの形態は,別紙「原告商品と旧原告商品の変更点」記載の図4(a)及び(b)のとおり,原告商品のV型プレートは,旧原告商品のV型プレートと比べ,中央部の四角形状から左右に伸びる両翼の形状及び幅が大きく変更され,細長くなっており,両者の形態は一見して明らかに相違することが認められる
  加えて,サックス用ストラップの形態において,V型プレート(アジャスターに相当)は,需要者が注意を引きやすい特徴的部分であることを踏まえると,V型プレートの形態の上記相違により,原告商品から受ける商品全体としての印象と旧原告商品から受ける商品全体としての印象は異なるものといえるから,原告商品の形態は,商品全体の形態としても,旧原告商品の形態とは実質的に同一のものではなく,別個の形態であるものと認められる
  したがって,被控訴人の上記主張は理由がない。
  この点に関し原判決は,①原告商品は,旧原告商品からモデルチェンジされた商品であり,V型プレート,革パッド及びブレード(紐)が旧原告商品からの変更部分である,②原告商品の形態が,旧原告商品の形態の保護期間(不競法19条1項5号イ)が経過した後であっても,同法2条1項3号の保護を受け得るのは,そのV型プレートの変更部分が商品の形態において実質的に変更されたものであり,その特有の形状が美観の点において保護されるべき形態であると認められることによるものであるから,同号による保護を求め得るのは,この変更部分に基礎を置く部分に限られる旨判断したが,前記イ(イ)で説示したとおり,同号の趣旨に照らすと,同号によって保護される「商品の形態」とは,商品全体の形態をいうものであり,また,上記のとおり,原告商品の形態と旧原告商品の形態は,実質的に同一の形態とは認められないから,原判決の上記②の判断は妥当ではない。
エ  以上によれば,原告商品の形態は,その商品全体の形態が,不競法2条1項3号により保護されるべきものと解される。
 
(2)  形態の実質的同一性について 
・・・
イ  そして,原告商品(検甲2)の形態と被告商品(検甲3)の形態とを対比すると,①両者は,基本的構成態様が,V型プレート,革パッド,ブレードクリンチ,ブレード(紐)及びフックの5つのパーツにより構成され,5つのパーツは,ブレードクリンチの留めネジ(六角ボルト)を緩めてブレード(紐)を外すことにより,分解することができる点,V型プレートは,中央部の四角形状とその上部から左右に伸びる辺からなり,両翼の先端(左右の端)のそれぞれに穴が1つずつ,中央部に穴が4つあるという基本的形状を有する点,革パッドは,2枚の革を張り合わせ,内部に丸みを帯びた三角形状の2つのクッションを配置し,中央部にクッションを入
れずに窪みを設け,中央部から左右の端に向けて幅が狭くなったテーパー型のパッドである点において共通し,②V型プレートをはじめとする各パーツの具体的な構成態様においても,形状,色彩,光沢及び質感において多数の共通点(別紙「原告商品と被告商品の各構成態様」のC,D,F,HないしK,N,P,Q,S,T,VないしX,aないしd,fないしhの各欄のとおり)があり,原告商品と被告商品から受ける商品全体としての印象が共通することによれば,商品全体の形態が酷似し,その形態が実質的に同一であるものと認められる
  もっとも,原告商品と被告商品とは,V型プレートにおける中央部の側面及び下面(底辺)の形状,中央部の4つの穴のうち,上部の2つの穴の位置及び間隔,両翼の角度及びその先端部分の角度,光沢,ロゴの位置,革パッドの内側の革の色,革パッドの長さ及びクッションの大きさ,ブレードクリンチの色彩及び光沢,フックの色彩等において相違するが,次に述べるとおり,これらの相違は,商品の全体的形態に与える変化に乏しく,商品全体からみると,ささいな相違にとどまるものと評価すべきものであるから,原告商品の形態と被告商品の形態が実質的に同一であるとの上記判断を左右するものではない。・・・ 」 

【コメント】
 サックス用ストラップの形態模倣が問題になった不競法の事件です。
 一審 (東京地裁平成29(ワ)21107号, 平成30年3月19日判決)では,請求棄却になったのですが(地裁29部,嶋末部長の合議体でした。),知財高裁で逆転の原告勝利となったものです。
 
 お互いの商品は,以下のような感じです。
  
 
 一審では,モデルチェンジしたときから,「日本国内において最初に販売された日」はスタートするものの,モデルチェンジした部分のみを保護する旨の判示でした。そのため,モデルチェンジした部分,具体的には,V型プレートが相違するとして,棄却されたわけです。
 
 ところが,控訴審では,保護されるのは商品の全体であり,しかも本件では,モデルチェンジ前後で同一性もないのだから,V型プレート部分のみに着眼するのはダメだとしたわけです。
 
 その上で,全体の印象が共通で,全体の形態は酷似しているのだから,形態模倣としたのです。なお,一審の際,着目されたV型プレートの違いはささいな相違と判断したようです。 
 そのV型プレートに的を絞った写真がこちらです。
  
 
  結構違うようにも見えますが,まあ全体優先ならささいな相違なのでしょうね。
 
 まあしかし,商品の形態というのは目に見えるものですから,目に見えない特許などと比べると,通常,予測可能性は高いと思います。 
 ところが,今回,一審と控訴審で真逆の結果です。知財事件って企業にすると,なかなか戦略の立てられないものと言えそうです。