2019年2月14日木曜日

侵害訴訟 特許 平成29(ワ)35663  東京地裁 請求棄却


事件番号
事件名
 特許権侵害差止請求事件
裁判年月日
 平成31年1月24日
裁判所名
 東京地方裁判所民事第47部 
裁判長裁判官          沖 中 康 人 
裁判官          奥              俊      彦 
裁判官          髙 櫻 慎 平  

「1  被告製品は構成要件1-C及び3-Aを充足するか(争点1)について  
 当裁判所は,構成要件1-C及び3-Aにおける「大豆胚軸発酵物」とは,大豆胚軸自体の発酵物をいい,大豆胚軸抽出物の発酵物を含まないと解すべきところ,被告製品は,大豆胚軸自体の発酵物を含有しないから,上記各構成要件を充足しないと判断する。以下,詳述する。
(1)  本件明細書の記載 
 本件明細書には,以下の記載がある(甲2)。
・・・
(2)  本件明細書の記載に基づく構成要件1-C及び3-Aの解釈
ア  上記記載によれば,①本件各発明の課題として,大豆胚軸抽出物は,それ自体コストが高いなどの理由から,エクオールを工業的に製造する上で,原料として使用できないのが現状であったこと,一方,大豆胚軸自体については,特有の苦味があるため,それ自体をそのまま利用することは敬遠される傾向があり,大豆の胚軸の多くは廃棄されているのが現状であったなどのため,大豆胚軸を有効利用するには,大豆胚軸自体の有用性を高めることが重要であったことが挙げられており,また,②本件各発明の効果としては,本件各発明の大豆胚軸発酵物は,エクオールと共に,エクオール以外のイソフラボンやサポニン等の大豆胚軸に由来する有用成分をも含有しているので,食品,医薬品,化粧料等の分野で有用であること,本件各発明の大豆胚軸発酵物は,大豆の食品加工時に廃棄されていた大豆胚軸を原料としており,資源の有効利用という点でも産業上の利用価値が高いこと等が挙げられている。
イ  このように,本件明細書の記載によれば,本件各発明は,従来利用されずに廃棄されていた大豆胚軸自体を有効利用できるようにし,大豆胚軸に由来する有用成分を含有して食品等に有用な大豆胚軸発酵物に係るものであることが明らかであるから,そうである以上,本件各発明の構成要件1-C及び3-Aにおける「大豆胚軸発酵物」とは,大豆胚軸自体の発酵物をいい,大豆胚軸抽出物の発酵物を含まないと解すべきである。 
ウ  これに対し,原告は,本件明細書の段落【0007】及び【0008】の記載は,従来技術の記載に過ぎず,本件各発明は,大豆胚軸に豊富に含まれるダイゼイン類から多量のエクオールが生成されるとともに,栄養成分として発酵原料に含まれるアルギニンを,アルギニン変換能を有するエクオール産生菌によってオルニチンに変換させることで,従来技術において大豆胚軸抽出物に存在したコスト高という欠点を克服すると共に,発酵物をより有用なものにしたものであり,本件各発明は,むしろ発酵原料に栄養素を含めることを積極的に必要としている旨主張する。原告の主張の趣旨は必ずしも判然としないところもあるが,いずれにしても,上記説示のとおり,本件明細書の記載によれば,本件各発明は,従来利用されずに廃棄されていた大豆胚軸自体を有効利用できるようにし,大豆胚軸に由来する有用成分を含有して食品等に有用な大豆胚軸発酵物に係るものであることが明らかであるから,原告の上記主張は,明細書の記載に反し,採用できない。
(3)  本件特許の親出願の出願経過について
 上記の解釈は,本件特許の親出願の出願経過からも裏付けられる。 
ア  親出願の審査の過程で,特許庁は,国際公開2005/000042号(丙3の2)を引用文献1として,平成23年11月9日を起案日とする拒絶理由通知をした(丙3の3)。そこには,以下の記載がある。
「引用文献1の請求項9には,ダイゼイン類およびダイゼイン類含有物質からなる群から選ばれる少なくとも1種に,ダイゼイン類を資化してエ クオールを産生する能力を有するラクトコッカス属に属する乳酸菌を作用させることにより,エクオールを製造することが記載され,請求項10には,乳酸菌がラクトコッカス・ガルビエであることが記載されている。また,第9頁37~41行には,ダイゼイン類含有物質として大豆胚軸が記載されている。 
 してみれば,引用文献1の記載に基づいて,ダイゼイン類含有物質である大豆胚軸に上記ラクトコッカス・ガルビエを作用させることにより,エクオール含量を高めた大豆胚軸発酵物を製造することは,当業者が容易になしうることである。」
イ  これに対し,出願人は平成23年11月29日付意見書(丙3の4)において,以下のとおり主張した。 
・・・
ウ  要するに,親出願の出願経過における原告(出願人)の上記主張は,ダイゼイン類含有物質としては,大豆胚軸以外にも,大豆イソフラボンなどが存在するところ,「大豆胚軸にはダイゼイン類だけでなく,ゲニスチン,マロニルゲニスチン,アセチルゲニスチン,ゲニステイン,ジハイドロゲニステイン等のゲニステイン類,グリシチン,マロニルグリ 20 シチン,アセチルグリシチン,グリシテイン,ジハイドログリシテイン等のグリシテイン類等の多くのイソフラボンやサポニンが含まれています。そして,これら大豆胚軸に含まれる成分には,微生物の生育や微生物を用いた発酵(ダイゼインのエクオールへの変換)を阻害する作用があることが本願の優先日前から知られています。」として,「エクオール産生能を有するラクトコッカス・ガルビエを用いたエクオールの製造において,その発酵原料として大豆胚軸を選択することには阻害要因が
存在します。」とするものであり,ここでは,原告は,明らかに,「大豆胚軸」を「大豆胚軸の抽出物(イソフラボン等)」と異なる「発酵を阻害する成分が含まれる大豆胚軸自体」であると主張していると認められる。 
 本件特許は親出願の分割出願に係るものであるから,本件発明における「大豆胚軸」も親出願と同様に理解されるべきところ,親出願の出願経過における原告の上記主張の内容は,上記(2)の説示と同内容であり,これを裏付けるものということができる。 
・・・
(4)  被告製品について
ア  証拠(甲3,丙5)によれば,被告製品は,補助参加人が被告に供給する「EQ-5」に「ビール酵母」,「ラクトビオン酸含有乳糖発酵物」などを配合したものをカプセルに封入したサプリメントであること,上記の「EQ-5」は,大豆胚軸から抽出された大豆胚軸抽出物である高い純度の原料イソフラボン(その90%以上がダイジンなどの大豆イソフラボンである。)を,さらに発酵させて得られたものであることが認められる。
 そうすると,被告製品に含まれる「EQ-5」は,大豆胚軸抽出物の発酵物であって,大豆胚軸自体の発酵物ではないから,「EQ-5」ひいては被告製品も,本件発明の構成要件1-C及び3-Aを充足せず,本件発明の技術的範囲に属さないものというべきである。 」

【コメント】
 発明の名称を「エクオール含有大豆胚軸発酵物,及びその製造方法」とする特許権(特許第5946489号 )を巡る,結構な大手同士の特許権侵害訴訟の事案です。
 
 クレームからです。
1-A  オルニチン及び
1-B  エクオールを含有する
1-C  大豆胚軸発酵物
  」

 さて,問題となっているのは,1-Cの「大豆胚軸発酵物」です。
 
 と言っても,私,この分野に土地勘があるわけではなく,詳細にはよくわかりません。 

 それでも多少説明すると,大豆胚軸とは,大豆の胚軸,つまり,発芽したところの茎の部分を言うらしいです。
 この部分はイソフラボンが多く含まれ,有用ではあるだろうということは既知だったようです。しかし,判決にもあるように, 「特有の苦味があるため,それ自体をそのまま利用することは敬遠される傾向があり,大豆の胚軸の多くは廃棄されているのが現状であった」とのことです。
 
 他方,大豆胚軸抽出物(イソフラボンを含みます。) に苦味はないのでしょうが,高い!ので,こちらも難点があったわけですね。
 
 ということで,この2点をアウフヘーベンさせたのが,今回の特許だということです。
 
 なので, 1-Cの「大豆胚軸発酵物」には抽出物由来のものは含まれない,というのは自然なクレーム解釈なのではないかと思います。
 ということで,抽出物のイソフラボンを利用した被告製品は,技術的範囲の外,となるのはやむを得ない結論ではないかと思います。
 
 原告は大手なので,控訴するのだと思いますが,ちょっとこれは覆らないのではないでしょうか(均等論も無理だと思います。)。