2019年3月26日火曜日

審決取消訴訟 特許   平成30(行ケ)10076  知財高裁 無効審決 請求棄却

事件名
 審決取消請求事件
裁判年月日
 平成31年3月13日
裁判所名
 知的財産高等裁判所第1部 
裁判長裁判官          高      部      眞  規  子 
裁判官          杉      浦      正      樹 
裁判官          片      瀬              亮  

「 (ウ)  原告の主位的主張について
  a  原告は,本件各発明の本質は,豆乳発酵飲料について,pHが4.5未満であり,ペクチンの添加量の割合がペクチン及び大豆多糖類の添加量総量100質量%に対して20~60質量%の範囲にあり,かつ,粘度が5.4~9.0mPa・sの範囲にあるという構成を採用する場合に,タンパク質成分等の凝集の抑制と共に,酸味が抑制され,後に残る酸味が少なく後味が優れるという効果が得られるところにあるから相違点1-1~1-4に相当する構成は互いに技術的に関連しており,これらを1つの相違点1-Aとして認定すべきであるなどと主張する
  b  しかし,本件明細書によれば,本件各発明は,タンパク質成分等の凝集を抑制するという効果を奏する点では共通するものの,ペクチンの添加量の割合が30~60質量%の場合(本件発明6)はこれに加えて「後に残る酸味が低減され,かつ口当たりが滑らかな」ものとなるとの効果を奏し(【0019】),30~50質量%とされた場合(本件発明7)は「後に残る酸味が低減されるとともに,酸っぱい風味が抑制され,また口当たりがより一層滑らかになる」との効果を奏すること(【0020】)が記載されている。また,こうした記載が先行するにもかかわ
らず,【発明の効果】としては,「タンパク質成分等の凝集が抑制された豆乳発酵飲料の提供が可能」,「タンパク質等の凝集が抑制された豆乳発酵飲料の製造が可能」といった点が挙げられるにとどまる(【0024】)。これらの記載に照らすと,酸味が抑制され,後に残る酸味が少なく後味が優れるという効果は,本件各発明に共通する効果とは必ずしも位置付けられていないものということができる。
  他方,官能評価試験の結果,「ペクチン及び大豆多糖類の混合物中のペクチンの割合が60質量%~0質量%」の範囲では,「酸っぱい風味」及び「後に残る酸味」の評点がいずれも低く,「酸味が抑制されていた。」,「後味がより優れていた。」との評価がされている(【0080】,【0081】)。これらの記載によれば,上記各効果は本件各発明に共通し,そのうち特に優れた効果を奏するものを本件発明6及び7として取り上げたと理解する余地はあり得る。もっとも,試験結果に係る上記分析は,本件明細書の記載上,本件各発明の効果の記載(【0024】)には反映されていない。そして,本件明細書において各評価項目の評価基準,評価手法等が明らかにされていないことや,試験結果の数値のばらつきを考慮すると,前記のような理解の合理性ないし客観性には疑問がある。
  このように,本件各発明の効果に関しては,本件明細書の内部において不整合があるといわざるを得ず,原告の上記主張はその前提自体に疑問がある。
  c  その点を措くとしても,タンパク質成分等の凝集抑制の効果について,本件明細書によれば,請求項2,【0011】及び【0072】に記載された試験方法により沈殿量を評価した場合の沈殿量が0cm超かつ11cm未満にある場合,タンパク質成分等の凝集がより抑制されると説明されている(【0011】,【0012】)。また,表4及び図3には,pH4.3及び4.5それぞれの場合においてペクチン添加量の割合を変化させた豆乳発酵飲料の沈殿量を示す実験結果が記載されているところ,沈殿量が0cm超かつ11cm未満を満たさないものはペクチン及び大豆多糖類を共に含まないサンプルNo.1(pH4.3及び4.5),大豆多糖類のみを含むNo.12(pH4.3及び4.5),ペクチンを10質量%で含むNo.11(pH4.3及び4.5)に止まり,ペクチンを20~100質量%で含むNo.2~No.10は,pHの高低に依拠することなくタンパク質成分等の凝集の抑制効果を奏することが示されている
  この点に鑑みると,タンパク質成分等の凝集の抑制効果につき,ペクチン添加量の割合が20~60質量%の範囲内にあることやpHの高低との関連性を見出すことは,必ずしもできない。 
  また,本件明細書によれば,pH4.5の場合でも,No.2~No.10ではペクチン及び大豆多糖類の混合物を添加することによりタンパク質成分等の凝集の抑制効果があるとされているところ(【0076】),このうちペクチンを50~20質量%含むNo.7~No.10は,7℃における粘度が5.4mPa・s未満である(表3及び図2)。この点に鑑みると,タンパク質成分等の凝集の抑制効果と5.4~9.0mPa・sの粘度範囲との間に何らかの関連性を見出すことはできない。 
 以上によれば,タンパク質成分等の凝集の抑制効果は,ペクチン添加量,pH及び粘度の全てが請求項に規定された範囲にある場合に初めて奏する効果であるとは認められない。
  d  酸っぱい風味,後に残る酸味及び口当たりの滑らかさの効果について,pHを4.3で固定した場合である表5及び図4の実験結果によると,酸っぱい風味は,ペクチンと大豆多糖類を併用したサンプルのうち,おおむね,ペクチンのみを含むNo.2で酸っぱい風味が強く,大豆多糖類の量が増えるに従いこれが低減される傾向がうかがわれ,No.6~No.12(ペクチンの割合が60~0質量%)につき「酸味が抑制されていた」との評価がされ,中でもNo.7~No.10(ペクチンの量が50~20質量%)で特に抑制されているとの評価がされている(【0080】,図4)。他方,ペクチンを60質量%含むNo.6は,大豆多糖類のみを含むNo.12やペクチンを10質量%含むNo.11よりも酸っぱい風味が強いとの評価がされている(【0080】)。
  また,後に残る酸味の点では,ペクチンを60~0質量%で含むNo.6~No.12がより優れていると評価され(【0081】,表5,図5),口当たりの滑らかさの点では,ペクチンを60~30質量%で含むNo.6~No.9が優れていると評価されている(【0082】,表5,図6)。もっとも,ペクチンのみを含むNo.2も,後に残る酸味及び口当たりの滑らかさの両面でこれらの範囲内にある評点を得ている。また,口当たりの滑らかさの点では,ペクチンを20質量%含むNo.10は口当たりの滑らかさの評点が低く,逆に,大豆多糖類のみを含むNo.12は口当たりの滑らかさで優れているとされる上記サンプルの数値の範囲内に含まれる。
  このように,pH4.3の場合の官能評価の結果からも,酸味の抑制,後に残る酸味の低減,口当たりの滑らかさに係る効果は,ペクチンと大豆多糖類を併用しない場合やペクチンの添加量が20~60質量%から外れる場合でも得られることが示されているから,これらの効果は,pH,粘度及びペクチン添加量の全てが請求項に規定された範囲にある場合に初めて奏する効果であるとは認められない。
  e  このほか,本件明細書には豆乳発酵飲料以外の豆乳飲料や酸性乳飲料を比較対象とした実験結果が記載されていないことも考慮すると,本件明細書からは,本件各発明につき,相違点1-1~1-4に係る構成を組み合わせ,一体のものとして採用したことで,タンパク質成分等の凝集の抑制と共に,酸味が抑制され,後に残る酸味が少なく後味が優れるという効果を奏するものと把握することはできない。
  したがって,この点に関する原告の主位的主張は採用できない。 」
 
【コメント】
 発明の名称を「豆乳発酵飲料及びその製造方法」とする発明(特許第5622879号)についての無効審判請求(進歩性なし)を巡る紛争の事件です。
 大手同士(原告は特許権者でサッポロホールディングス,被告は無効審判請求人でキッコーマンです。)の争いで,多少注目すべき所があります。
 
 クレームからです。
【請求項1】
 pHが4.5未満であり,かつ7℃における粘度が5.4~9.0mPa・sであり,ペクチン及び大豆多糖類を含み,前記ペクチンの添加量が,ペクチン及び大豆多糖類の添加量総量100質量%に対して,20~60質量%である,豆乳発酵飲料(但し,ペクチン及び大豆多糖類が,ペクチンと大豆多糖類とが架橋したものである豆乳発酵飲料を除く。)。
 
 まあ要するに,豆乳ヨーグルトの数値限定発明なわけです。
 
 引用発明は沢山あって,そのうちの引用発明1-1との違いです。
「  (ア)  引用発明1-1との一致点・相違点
  a  一致点1-1:ペクチン及び大豆多糖類を含む,食品(但し,ペクチン及び大豆多糖類が,ペクチンと大豆多糖類とが架橋したものである食品を除く。)。
  b  相違点
  (a)  相違点1-1:pHについて,本件発明1では,4.5未満であるのに対して,引用発明1-1では,2.5~5.0である点。
  (b)  相違点1-2:本件発明1では,7℃における粘度が5.4~9.0mPa・sであるのに対して,引用発明1-1では,粘度が不明である点。
  (c)  相違点1-3:本件発明1は,ペクチンの添加量が,ペクチン及び大豆多糖類の添加量総量100質量%に対して,20~60質量%であるのに対して,引用発明1-1は,ペクチンと大豆多糖類との比率が不明である点。
  (d)  相違点1-4:食品について,本件発明1は,豆乳発酵飲料であるのに対して,引用発明1-1は,酸性蛋白食品である点。
」  

 一見すると,相違点が多いようですが,引用発明では・・・が不明な点とあるパターンは,他の引例と併せて,当業者に想到容易となるパターンです。
 ですので,原告としては,このままじゃ負けると踏んだのでしょう。
 
 ですので,私が上記判旨で引用したちょっと珍しい主張をするに至ったのです。
 相違点を細々分けるな,まとまって一つの効果なんだから!というわけです。
 
 しかし,上記判旨のとおり,いやいやいや,pHの高低と関係なく凝集が抑制されているようじゃない~,しかも,クレームより粘度の低い所でも凝集が抑制されているようじゃない~♪そうすると,全部がAND集合で集まった所でしか功を奏さない,ってわけじゃないよね,ってことで敢え無く敗訴~となったようですね。 
 
 これはしょうが無いでしょう。
 となると,どうして最初の審査のときに,特許庁がこれで登録したのだろうか~ということですね。出願が,平成25年3月5日ということですので,外注の調査がイマイチだったのかもしれませんね。
 



2019年3月11日月曜日

育成者権侵害 知財高裁  平成30(ネ)10053等  原判決変更(請求一部認容)

事件名
 育成者権侵害差止等請求控訴,同附帯控訴事件
裁判年月日
 平成31年3月6日
裁判所名
 知的財産高等裁判所第3部      
裁判長裁判官      鶴      岡      稔      彦
裁判官        寺      田      利      彦        
裁判官        間      明      宏      充 

「4  法2条5項2号に基づく収穫物に対する権利行使の可否について
(1) 種苗法は,育成者権者は品種登録を受けている品種(登録品種)及び当該登録品種と特性により明確に区別されない品種を業として利用する権利を専有する(法20条1項)と規定した上で,その「利用」に関しては,「その品種の種苗」を生産,譲渡等する行為をいうものとし(法2条5項1号),「その品種の種苗を用いることにより得られる収穫物」(同項2号)や「その品種の加工品」(同項3号)については,育成者権者等が種苗の生産者等の行為(加工品の利用にあっては,収穫物の生産者等の行為を含む。)について「権利を行使する適当な機会がなかった場合」に限りその育成者権を及ぼすことができるとして,権利の段階的行使の原則を定めている(同項2号かっこ書,同項3号かっこ書)。そして,この場合における「権利を行使する適当な機会」とは,種苗法の規定の基となった植物の新品種の保護に関する国際条約(UPOV条約)14条の規定をも参酌すれば,育成者権者等が,第三者によって登録品種の種苗や収穫物が利用(無断増殖等)されている事実を知っており,かつ,当該第三者に対し,許諾契約を締結することなどによって育成者権を行使することが法的に可能であることをいうものと解される。
 しかるところ,被告各しいたけに関して控訴人が行った行為は,収穫物である被告各しいたけの販売(譲渡)にすぎないのであるから,かかる控訴人の行為に対して被控訴人が本件育成者権を及ぼすことが可能かどうかは,まず,被告各しいたけの種苗における行為に関して被控訴人が本件育成者権を行使する適当な機会があったかどうかによる。
(2) そこでまず,被告各しいたけに係る取引の経過について検討するに,控訴人提出の証拠(乙39,41~48,50,51,54,59,61,99,100等。枝番があるものは特に限定しない限り全ての枝番を含む。以下同じ。)及び弁論の全趣旨によれば,①控訴人が河鶴農研から購入した被告各しいたけには,河鶴農研が国内の輸入業者であるSSITから購入した菌床で栽培したものが含まれており,②かかる菌床はSSITが中国の菌床製造業者から輸入したものであり,③中国の菌床製造業者は中国の種菌業者から種菌を購入してかかる菌床を製造したものと認められるから,これを原判決「事実及び理由」第2の2記載の前提事実と併せて時系列に従って整理すれば,客観的な取引経過は大要次のとおりであったと認められる。
ア  中国の業者が中国国内で本件育成者権の権利範囲に属する種苗(菌床)を生産した。
イ  アの種苗(菌床)を日本の仲介業者であるSSITが日本国内に輸入して河鶴農研に販売(譲渡)した。
ウ  河鶴農研がその種苗(菌床)を用いて収穫物である被告各しいたけを生産(栽培)した。
エ  ウの被告各しいたけを控訴人が買い受けて(他の仕入品と共にパック詰めして)各小売店に販売(譲渡)した。
 しかるところ,法2条5項1号における「輸入」とは,外国にある種苗を国内に搬入する行為をいうものと解されるから,前記イのSSITの行為のうち,前記アの種苗を日本国内に輸入した行為は,正に同号における「輸入」に該当するものと認められ,また,同種苗を河鶴農研に販売(譲渡)した行為は,同号における「譲渡」に該当する。
(3) そこで,被控訴人に本件育成者権を行使する適当な機会があったかどうかについて検討する。
 前記のとおり,「権利を行使する適当な機会」とは,育成者権者等が,第三者によって登録品種の種苗や収穫物が利用(無断増殖等)されている事実を知っており,かつ,当該第三者に対し,許諾契約を締結することなどによって育成者権を行使することが法的に可能であることをいうものと解される。 
 これを本件についてみるに,被控訴人が平成24年5月14日付け内容証明郵便(甲25・本件通知書)によって,本件品種と対峙培養試験を行った結果,被告各しいたけが本件育成者権を侵害している可能性が高い旨を通知したのに対し,控訴人は,同年6月4日到達の書面(乙62の1・本件回答書)によって,①被告各しいたけは,いずれも河鶴農研から仕入れているものであること,②河鶴農研が控訴人に納入するしいたけには,国内の生産者から仕入れているものと,河鶴農研自身が入手した菌床を基に生産しているものとがあること,③後者の生産に関しては,河鶴農研は商社であるSSITを通じて中国の菌床生産者から購入した菌床により,しいたけの生産を行っていること等を回答しており,これによれば,本件回答書には,中国の菌床の購入先や種菌の購入先の名称及び住所のみならず,SSITの名称や住所(本店所在地)についても明記されていたことが認められる。
 そうとすれば,被控訴人は,本件通知書を発出した時点で既に対峙培養試験を行って被告各しいたけが本件育成者権を侵害している可能性が高いとの客観的な証拠を得ており,なおかつ,本件回答書によって,種苗である菌床を国内の輸入業者(SSIT)が輸入して販売しているとの事実及びその輸入業者を具体的に特定するに足る情報を得たのであるから,これにより,本件品種の種苗が第三者(SSIT)によって利用(無断増殖等)されている事実を知ったといえ,また,少なくとも本件回答書の到達以降に国内で販売(譲渡)される輸入菌床については,かかる第三者(SSIT)との間で許諾契約を締結することなどによって本件育成者権を行使することが法的に可能となったとみるのが相当である。
(4) これに対し,被控訴人は,本件回答書には,中国及び日本の菌床生産業者及び種菌の購入先の名称及び住所が記載されているにすぎず,当該菌床生産者が侵害行為をしたことを裏付ける客観的な資料や説明はなく,かえって,唯一の日本の菌床輸入業者であるSSITは同社が河鶴農研に販売した菌床が本件品種であることを否定し,当該菌床は「L-808」と「香菇SD-1」であると説明していたのであるから,本件回答書を受領した後も,被控訴人が控訴人及び河鶴農研以外の侵害者を特定して権利行使することは法的にも事実上も困難であった,などと主張する。
 しかしながら,本件回答書に菌床の輸入販売を行った者としてSSITの名称や本店所在地が明記されていたことは前記のとおりであるし,被控訴人が,本件回答書を得た時点で既に対峙培養試験を行って被告各しいたけが本件育成者権を侵害している可能性が高いとの客観的な証拠を得ていたことも前記のとおりであるから,被控訴人がSSITに対して(SSITを種苗に関する侵害者と特定して)権利行使することについて少なくとも法的な妨げはなかったというべきである。
 また,被控訴人は,るる事情を指摘して,控訴人がカスケイド原則を主張して被控訴人の請求を拒むことは信義則に反し許されないとも主張するが,いずれも採用するに足る事情であるとは認められない。
(5) 以上によれば,被控訴人は,少なくとも本件回答書を得た平成24年6月4日以降にSSITを通じて国内で販売(譲渡)されるしいたけの菌床については,種苗の段階で(SSITに対して)権利を行使する適当な機会がなかったとはいえないから,被控訴人は,控訴人による被告各しいたけの販売のうち,同日以降に国内で販売(譲渡)されたしいたけの菌床によって得られた収穫物であるしいたけの販売については,法2条5項2号により権利行使できないことになる。
 そして,本件品種につき,生産者にしいたけの菌床が届いてから培養・発生を終了して菌床を廃棄するまでの日数(生産者栽培期間)が230日(培養80日,発生150日)とされているところ(甲16),本件品種と特性により明確に区別されない品種である被告各しいたけについても同様に考えることができるといえるから,遅くとも,平成24年6月4日から230日余を経過した平成25年2月以降に販売される被告各しいたけ(収穫物)については,全て平成24年6月4日以降に国内で販売(譲渡)された菌床(権利行使可能な種苗)によって得られたものと合理的に推認することができる。また,平成24年6月4日から,菌床の培養期間(80日)が経過した後である,遅くとも平成24年9月以降は,平成24年6月4日以降に購入された菌床からのしいたけも収穫されることになる。したがって,平成24年9月以降に販売された被告各しいたけには,平成24年6月3日以前に購入された菌床からのしいたけと,同月4日以降に購入された菌床からのしいたけが含まれるものであり,両者の割合は各2分の1と推認するのが相当である。
 したがって,平成24年9月から平成25年1月までの被告各しいたけの販売のうちその半量分と,平成25年2月以降に行われた被告各しいたけの販売は,法2条5項2号かっこ書の要件を満たさないものとして,同号本文の利用行為に該当せず,被控訴人は控訴人に対し権利行使できないと認めるのが相当である。 」

【コメント】
 珍しい種苗法の育成者権侵害の事例です。とは言え,これは控訴審であって,一審はここで紹介しております(東京地裁平成26(ワ)27733号,平成30年6月8日判決)。
 
 ということで,事件の概略や,育成者権一般の話は,そこで見てください。 
 本件で注目されるのはカスケイド原則についての解釈と当てはめですね。
 
 カスケイド原則とは(つづりはCascadeかな),法2条5項の2号,3号のそれぞれのカッコ書きで表されるものです。
 法を見てみましょう。
 
 まずは,20条です。
(育成者権の効力) 第二十条 
 育成者権者は、品種登録を受けている品種(以下「登録品種」という。)及び当該登録品種と特性により明確に区別されない品種を業として利用する権利を専有する。」 
 特許法と同じですね。「利用」する権利を専有するということで,「利用」が重要です。
 
 つぎに,2条です。
5 この法律において品種について「利用」とは、次に掲げる行為をいう。
一 その品種の種苗を生産し、調整し、譲渡の申出をし、譲渡し、輸出し、輸入し、又はこれらの行為をする目的をもって保管する行為
二 その品種の種苗を用いることにより得られる収穫物を生産し、譲渡若しくは貸渡しの申出をし、譲渡し、貸し渡し、輸出し、輸入し、又はこれらの行為をする目的をもって保管する行為(育成者権者又は専用利用権者が前号に掲げる行為について権利を行使する適当な機会がなかった場合に限る。)
三 その品種の加工品を生産し、譲渡若しくは貸渡しの申出をし、譲渡し、貸し渡し、輸出し、輸入し、又はこれらの行為をする目的をもって保管する行為(育成者権者又は専用利用権者が前二号に掲げる行為について権利を行使する適当な機会がなかった場合に限る。)
 
 この5項の1号が種苗そのものを, 2号が収穫物を,3号を加工品を,規定しています。
 
 ほんで,重要なのは,2号と3号のカッコ書きだったのですね。
 2号を見ると,「前号に・・・」 とあります。つまり,種苗に権利行使する適当な機会が無かった場合にのみ,収穫物に権利行使できるというわけです。
 同様に,3号を見ると,「全二号に・・・」とありますので,種苗と収穫物に権利行使する適当な機会が無かった場合にのみ,加工品に権利行使できるというわけです。
 
 ちょっと,普通の産業財産権的な考えからすると,なかなか発想しづらい考え方です。というのは,産業財産権の場合は,太らせてから食おう~というように,実施しているということは分かっていても,権利行使しない場合なんてよくあります。
 相手方がやめられなくなり,また実施品の売上がそこそこ大きくなったときに, 権利行使を行う,非常に効果的だと思います。

 ですが,種苗法はそういう権利行使のやり方を認めていないのです。これがカスケイド原則,すなわち,段階的権利行使の原則です。
  まあ,収穫物とか加工品にまで権利行使されると流通が大混乱に陥るから~らしいですけど,パクった種苗で大儲けするやつもいる時代になんとも呑気な話としか言いようがありません。こういう所も種苗法で改正した方がいい所かもしれません(著作権法とのワンチャンス主義,つまりは消尽と関係あるようですが,ちょっと手ぬるい感は否めません。)。
 なお,cascadeとは,階段状,縦(直列)つなぎとかそんな意味がありますね。IT系では差込口を増やす接続のことをカスケイド接続なんて呼ぶこともあるようです。
 
 さて,今回,知財高裁は, 「権利を行使する適当な機会」とは,・・・育成者権者等が,第三者によって登録品種の種苗や収穫物が利用(無断増殖等)されている事実を知っており,かつ,当該第三者に対し,許諾契約を締結することなどによって育成者権を行使することが法的に可能であることをいう,と解釈しました。ちなみに,この解釈は,農水省の出している,コンメンタールそのまま~という何ともひねりのないものです。
 
 2つの要件があり,それが「かつ」で結ばれていることが重要です。
 というのは,権利者側からすると,「適当な機会」が無かったというのが要件ですので,ド・モルガンの法則から,① 育成者権者等が,第三者によって登録品種の種苗や収穫物が利用(無断増殖等)されている事実を知らない場合,又は,②当該第三者に対し,許諾契約を締結することなどによって育成者権を行使することが法的に可能でない場合,のどちらか一つであるときは,権利行使できるということになります。
 
 本件では,上記のとおり,①も②も両方ダメだったので,あえなくある時点からの権利行使はNGとなりました。 ですので,一審に比べて,差し止め等は出来なくなっているし,お金も少なくなってしまいました。

 判決の少ない分野のものですので,いろいろ参考になると思います。