2019年3月11日月曜日

育成者権侵害 知財高裁  平成30(ネ)10053等  原判決変更(請求一部認容)

事件名
 育成者権侵害差止等請求控訴,同附帯控訴事件
裁判年月日
 平成31年3月6日
裁判所名
 知的財産高等裁判所第3部      
裁判長裁判官      鶴      岡      稔      彦
裁判官        寺      田      利      彦        
裁判官        間      明      宏      充 

「4  法2条5項2号に基づく収穫物に対する権利行使の可否について
(1) 種苗法は,育成者権者は品種登録を受けている品種(登録品種)及び当該登録品種と特性により明確に区別されない品種を業として利用する権利を専有する(法20条1項)と規定した上で,その「利用」に関しては,「その品種の種苗」を生産,譲渡等する行為をいうものとし(法2条5項1号),「その品種の種苗を用いることにより得られる収穫物」(同項2号)や「その品種の加工品」(同項3号)については,育成者権者等が種苗の生産者等の行為(加工品の利用にあっては,収穫物の生産者等の行為を含む。)について「権利を行使する適当な機会がなかった場合」に限りその育成者権を及ぼすことができるとして,権利の段階的行使の原則を定めている(同項2号かっこ書,同項3号かっこ書)。そして,この場合における「権利を行使する適当な機会」とは,種苗法の規定の基となった植物の新品種の保護に関する国際条約(UPOV条約)14条の規定をも参酌すれば,育成者権者等が,第三者によって登録品種の種苗や収穫物が利用(無断増殖等)されている事実を知っており,かつ,当該第三者に対し,許諾契約を締結することなどによって育成者権を行使することが法的に可能であることをいうものと解される。
 しかるところ,被告各しいたけに関して控訴人が行った行為は,収穫物である被告各しいたけの販売(譲渡)にすぎないのであるから,かかる控訴人の行為に対して被控訴人が本件育成者権を及ぼすことが可能かどうかは,まず,被告各しいたけの種苗における行為に関して被控訴人が本件育成者権を行使する適当な機会があったかどうかによる。
(2) そこでまず,被告各しいたけに係る取引の経過について検討するに,控訴人提出の証拠(乙39,41~48,50,51,54,59,61,99,100等。枝番があるものは特に限定しない限り全ての枝番を含む。以下同じ。)及び弁論の全趣旨によれば,①控訴人が河鶴農研から購入した被告各しいたけには,河鶴農研が国内の輸入業者であるSSITから購入した菌床で栽培したものが含まれており,②かかる菌床はSSITが中国の菌床製造業者から輸入したものであり,③中国の菌床製造業者は中国の種菌業者から種菌を購入してかかる菌床を製造したものと認められるから,これを原判決「事実及び理由」第2の2記載の前提事実と併せて時系列に従って整理すれば,客観的な取引経過は大要次のとおりであったと認められる。
ア  中国の業者が中国国内で本件育成者権の権利範囲に属する種苗(菌床)を生産した。
イ  アの種苗(菌床)を日本の仲介業者であるSSITが日本国内に輸入して河鶴農研に販売(譲渡)した。
ウ  河鶴農研がその種苗(菌床)を用いて収穫物である被告各しいたけを生産(栽培)した。
エ  ウの被告各しいたけを控訴人が買い受けて(他の仕入品と共にパック詰めして)各小売店に販売(譲渡)した。
 しかるところ,法2条5項1号における「輸入」とは,外国にある種苗を国内に搬入する行為をいうものと解されるから,前記イのSSITの行為のうち,前記アの種苗を日本国内に輸入した行為は,正に同号における「輸入」に該当するものと認められ,また,同種苗を河鶴農研に販売(譲渡)した行為は,同号における「譲渡」に該当する。
(3) そこで,被控訴人に本件育成者権を行使する適当な機会があったかどうかについて検討する。
 前記のとおり,「権利を行使する適当な機会」とは,育成者権者等が,第三者によって登録品種の種苗や収穫物が利用(無断増殖等)されている事実を知っており,かつ,当該第三者に対し,許諾契約を締結することなどによって育成者権を行使することが法的に可能であることをいうものと解される。 
 これを本件についてみるに,被控訴人が平成24年5月14日付け内容証明郵便(甲25・本件通知書)によって,本件品種と対峙培養試験を行った結果,被告各しいたけが本件育成者権を侵害している可能性が高い旨を通知したのに対し,控訴人は,同年6月4日到達の書面(乙62の1・本件回答書)によって,①被告各しいたけは,いずれも河鶴農研から仕入れているものであること,②河鶴農研が控訴人に納入するしいたけには,国内の生産者から仕入れているものと,河鶴農研自身が入手した菌床を基に生産しているものとがあること,③後者の生産に関しては,河鶴農研は商社であるSSITを通じて中国の菌床生産者から購入した菌床により,しいたけの生産を行っていること等を回答しており,これによれば,本件回答書には,中国の菌床の購入先や種菌の購入先の名称及び住所のみならず,SSITの名称や住所(本店所在地)についても明記されていたことが認められる。
 そうとすれば,被控訴人は,本件通知書を発出した時点で既に対峙培養試験を行って被告各しいたけが本件育成者権を侵害している可能性が高いとの客観的な証拠を得ており,なおかつ,本件回答書によって,種苗である菌床を国内の輸入業者(SSIT)が輸入して販売しているとの事実及びその輸入業者を具体的に特定するに足る情報を得たのであるから,これにより,本件品種の種苗が第三者(SSIT)によって利用(無断増殖等)されている事実を知ったといえ,また,少なくとも本件回答書の到達以降に国内で販売(譲渡)される輸入菌床については,かかる第三者(SSIT)との間で許諾契約を締結することなどによって本件育成者権を行使することが法的に可能となったとみるのが相当である。
(4) これに対し,被控訴人は,本件回答書には,中国及び日本の菌床生産業者及び種菌の購入先の名称及び住所が記載されているにすぎず,当該菌床生産者が侵害行為をしたことを裏付ける客観的な資料や説明はなく,かえって,唯一の日本の菌床輸入業者であるSSITは同社が河鶴農研に販売した菌床が本件品種であることを否定し,当該菌床は「L-808」と「香菇SD-1」であると説明していたのであるから,本件回答書を受領した後も,被控訴人が控訴人及び河鶴農研以外の侵害者を特定して権利行使することは法的にも事実上も困難であった,などと主張する。
 しかしながら,本件回答書に菌床の輸入販売を行った者としてSSITの名称や本店所在地が明記されていたことは前記のとおりであるし,被控訴人が,本件回答書を得た時点で既に対峙培養試験を行って被告各しいたけが本件育成者権を侵害している可能性が高いとの客観的な証拠を得ていたことも前記のとおりであるから,被控訴人がSSITに対して(SSITを種苗に関する侵害者と特定して)権利行使することについて少なくとも法的な妨げはなかったというべきである。
 また,被控訴人は,るる事情を指摘して,控訴人がカスケイド原則を主張して被控訴人の請求を拒むことは信義則に反し許されないとも主張するが,いずれも採用するに足る事情であるとは認められない。
(5) 以上によれば,被控訴人は,少なくとも本件回答書を得た平成24年6月4日以降にSSITを通じて国内で販売(譲渡)されるしいたけの菌床については,種苗の段階で(SSITに対して)権利を行使する適当な機会がなかったとはいえないから,被控訴人は,控訴人による被告各しいたけの販売のうち,同日以降に国内で販売(譲渡)されたしいたけの菌床によって得られた収穫物であるしいたけの販売については,法2条5項2号により権利行使できないことになる。
 そして,本件品種につき,生産者にしいたけの菌床が届いてから培養・発生を終了して菌床を廃棄するまでの日数(生産者栽培期間)が230日(培養80日,発生150日)とされているところ(甲16),本件品種と特性により明確に区別されない品種である被告各しいたけについても同様に考えることができるといえるから,遅くとも,平成24年6月4日から230日余を経過した平成25年2月以降に販売される被告各しいたけ(収穫物)については,全て平成24年6月4日以降に国内で販売(譲渡)された菌床(権利行使可能な種苗)によって得られたものと合理的に推認することができる。また,平成24年6月4日から,菌床の培養期間(80日)が経過した後である,遅くとも平成24年9月以降は,平成24年6月4日以降に購入された菌床からのしいたけも収穫されることになる。したがって,平成24年9月以降に販売された被告各しいたけには,平成24年6月3日以前に購入された菌床からのしいたけと,同月4日以降に購入された菌床からのしいたけが含まれるものであり,両者の割合は各2分の1と推認するのが相当である。
 したがって,平成24年9月から平成25年1月までの被告各しいたけの販売のうちその半量分と,平成25年2月以降に行われた被告各しいたけの販売は,法2条5項2号かっこ書の要件を満たさないものとして,同号本文の利用行為に該当せず,被控訴人は控訴人に対し権利行使できないと認めるのが相当である。 」

【コメント】
 珍しい種苗法の育成者権侵害の事例です。とは言え,これは控訴審であって,一審はここで紹介しております(東京地裁平成26(ワ)27733号,平成30年6月8日判決)。
 
 ということで,事件の概略や,育成者権一般の話は,そこで見てください。 
 本件で注目されるのはカスケイド原則についての解釈と当てはめですね。
 
 カスケイド原則とは(つづりはCascadeかな),法2条5項の2号,3号のそれぞれのカッコ書きで表されるものです。
 法を見てみましょう。
 
 まずは,20条です。
(育成者権の効力) 第二十条 
 育成者権者は、品種登録を受けている品種(以下「登録品種」という。)及び当該登録品種と特性により明確に区別されない品種を業として利用する権利を専有する。」 
 特許法と同じですね。「利用」する権利を専有するということで,「利用」が重要です。
 
 つぎに,2条です。
5 この法律において品種について「利用」とは、次に掲げる行為をいう。
一 その品種の種苗を生産し、調整し、譲渡の申出をし、譲渡し、輸出し、輸入し、又はこれらの行為をする目的をもって保管する行為
二 その品種の種苗を用いることにより得られる収穫物を生産し、譲渡若しくは貸渡しの申出をし、譲渡し、貸し渡し、輸出し、輸入し、又はこれらの行為をする目的をもって保管する行為(育成者権者又は専用利用権者が前号に掲げる行為について権利を行使する適当な機会がなかった場合に限る。)
三 その品種の加工品を生産し、譲渡若しくは貸渡しの申出をし、譲渡し、貸し渡し、輸出し、輸入し、又はこれらの行為をする目的をもって保管する行為(育成者権者又は専用利用権者が前二号に掲げる行為について権利を行使する適当な機会がなかった場合に限る。)
 
 この5項の1号が種苗そのものを, 2号が収穫物を,3号を加工品を,規定しています。
 
 ほんで,重要なのは,2号と3号のカッコ書きだったのですね。
 2号を見ると,「前号に・・・」 とあります。つまり,種苗に権利行使する適当な機会が無かった場合にのみ,収穫物に権利行使できるというわけです。
 同様に,3号を見ると,「全二号に・・・」とありますので,種苗と収穫物に権利行使する適当な機会が無かった場合にのみ,加工品に権利行使できるというわけです。
 
 ちょっと,普通の産業財産権的な考えからすると,なかなか発想しづらい考え方です。というのは,産業財産権の場合は,太らせてから食おう~というように,実施しているということは分かっていても,権利行使しない場合なんてよくあります。
 相手方がやめられなくなり,また実施品の売上がそこそこ大きくなったときに, 権利行使を行う,非常に効果的だと思います。

 ですが,種苗法はそういう権利行使のやり方を認めていないのです。これがカスケイド原則,すなわち,段階的権利行使の原則です。
  まあ,収穫物とか加工品にまで権利行使されると流通が大混乱に陥るから~らしいですけど,パクった種苗で大儲けするやつもいる時代になんとも呑気な話としか言いようがありません。こういう所も種苗法で改正した方がいい所かもしれません(著作権法とのワンチャンス主義,つまりは消尽と関係あるようですが,ちょっと手ぬるい感は否めません。)。
 なお,cascadeとは,階段状,縦(直列)つなぎとかそんな意味がありますね。IT系では差込口を増やす接続のことをカスケイド接続なんて呼ぶこともあるようです。
 
 さて,今回,知財高裁は, 「権利を行使する適当な機会」とは,・・・育成者権者等が,第三者によって登録品種の種苗や収穫物が利用(無断増殖等)されている事実を知っており,かつ,当該第三者に対し,許諾契約を締結することなどによって育成者権を行使することが法的に可能であることをいう,と解釈しました。ちなみに,この解釈は,農水省の出している,コンメンタールそのまま~という何ともひねりのないものです。
 
 2つの要件があり,それが「かつ」で結ばれていることが重要です。
 というのは,権利者側からすると,「適当な機会」が無かったというのが要件ですので,ド・モルガンの法則から,① 育成者権者等が,第三者によって登録品種の種苗や収穫物が利用(無断増殖等)されている事実を知らない場合,又は,②当該第三者に対し,許諾契約を締結することなどによって育成者権を行使することが法的に可能でない場合,のどちらか一つであるときは,権利行使できるということになります。
 
 本件では,上記のとおり,①も②も両方ダメだったので,あえなくある時点からの権利行使はNGとなりました。 ですので,一審に比べて,差し止め等は出来なくなっているし,お金も少なくなってしまいました。

 判決の少ない分野のものですので,いろいろ参考になると思います。