2019年4月12日金曜日

審決取消訴訟 特許   平成30(行ケ)10034  知財高裁 無効審決 請求棄却

事件名
 審決取消請求事件
裁判年月日
 平成31年3月20日
裁判所名
 知的財産高等裁判所第1部
 裁判長裁判官          高      部      眞  規  子                                  
裁判官          杉      浦      正      樹                                  
裁判官          片      瀬              亮  

「3  取消事由2(サポート要件違反の判断の誤り)について
  ⑴  特許請求の範囲の記載がサポート要件に適合するか否かは,特許請求の範囲の記載と発明の詳細な説明の記載とを対比し,特許請求の範囲に記載された発明が,発明の詳細な説明に記載された発明で,発明の詳細な説明の記載により当業者が当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否か,また,発明の詳細な説明に記載や示唆がなくとも当業者が出願時の技術常識に照らし当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否かを検討して判断すべきものである。そして,サポート要件の存在は,特許権者が証明責任を負うものと解される。
  ⑵  本件訂正発明が解決しようとする課題
  ア  本件訂正明細書には,前記1⑴ア(イ)及び(ウ)の記載があり,また,本件訂正発明の具体的な例として,メソゲン化合物⑴~⑷を用いた例1A及び例1B,メソゲン化合物⑸,⑹を用いた例2,メソゲン化合物⑸,⑺,⑻を用いた例3が記載されている(前記1⑴エ)。
  イ  これらの記載によれば,本件訂正発明の解決しようとする課題は,「偏光板の光学的性質を広い視角範囲にわたり増強させ,組立てが容易であり,重合性メソゲン物質の混合物が高融点を示し配向及び重合に高温を要するという欠点を有していない補償膜の提供,及びこのような補償膜を備えた液晶表示デバイスの提供」にあるものと認めるのが相当である。そして,本件訂正発明は,このような課題を解決するための手段として,特定の構造を有するメソゲン化合物を含む混合物の重合によって構成されるホメオトロピック配向又は傾斜したホメオトロピック配向を有する補償膜を用いたものであると認められる。 
 ウ  原告は,本件訂正発明が解決しようとする課題は,「ホメオトロピック配向または傾斜したホメオトロピック配向を有する補償膜を提供すること」であって,高温を要しないことや重合性液晶混合物の融点が低いことは必要条件ではないなどと主張する。
  しかし,「ホメオトロピック配向」とは「アニソトロピックポリマー層の光学対称軸が層に対して垂直に配向されているか,あるいは本質的に配向されていること」を,「傾斜したホメオトロピック配向」とは「上記層の光学対称軸が層平面に対して90度よりも小さいが,45度よりも大きく,好ましくは60度よりも大きく,特に75度よりも大きい範囲にあるチルト角を有すること」を意味するものである(本件訂正明細書4頁14行目~22行目)。補償膜等の光学異方性フィルム(偏光板)においては,その用途によって,ホメオトロピック配向のほかに,水平方向(ホモジニアス配向)など,種々の配向のものが用いられることは技術常識である(甲1-2,25,26等)ことに鑑みれば,本件訂正発明は,単に,ホメオトロピック配向又は傾斜したホメオトロピック配向を有する補償膜を得たものではなく,式 I に係るスペーサー基など,特定の構造を有するメソゲン化合物を用いて,好適なホメオトロピック配向又は傾斜したホメオトロピック配向を有する補償膜を提供することによって,光学的性質の改善や生産性の向上等を図ったものと理解することが,本件訂正明細書の発明の詳細な説明の記載に沿うものというべきである。
  したがって,この点に関する原告の主張は採用できない。
  ⑶  特許請求の範囲の記載と発明の詳細な説明の記載との対比
  ア  前記のとおり,特許請求の範囲に発明として記載して特許を受けるためには,明細書の発明の詳細な説明に,当該発明の課題が解決できることを当業者において認識できるように記載しなければならない。そして,本件訂正発明におけるメソゲン化合物a,a1,a2を定義する式 I ないし I’は,請求項によってその具体的内容を多少異にするものの,いずれも当該式を構成する重合性基P,スペーサー基Sp,結合基X,メソゲン基MG,末端基Rといった基本骨格部分において非常に多くの化合物を含む表現である上,これらに結合する置換基の選択肢も考慮すれば,その組合せによって膨大な数の化合物を表現し得るものとなっている
  このような場合に,特許請求の範囲の記載が,明細書のサポート要件に適合するためには,発明の詳細な説明は,上記式が示す範囲と得られる効果との関係の技術的な意味が,特許出願時において,具体例の開示がなくとも当業者に理解できる程度に記載するか,又は,特許出願時の技術常識を参酌して,当該式が示す範囲内であれば,所望の効果が得られると当業者において認識できる程度に,具体例を開示して記載することを要するものと解するのが相当である。換言すれば,発明の詳細な説明に,当業者が当該発明の課題を解決できると認識できる程度に,具体例を開示せず,特許出願時の当業者の技術常識を参酌しても,特許請求の範囲に記載された発明の範囲まで,発明の詳細な説明に開示された内容を拡張ないし一般化できるとはいえない場合,サポート要件に適合するとはいえない。
  イ  前記のとおり,本件訂正発明におけるメソゲン化合物a,a1,a2を定義する式 I ないし I’は,その組合せによって膨大な数の化合物を表現し得るものとなっている
  他方,本件訂正発明の実施例である例1A~例3においてメソゲン化合物として用いられている化合物⑴~⑻は,いずれも式 I において,重合性基Pがアクリレート基(CH 2 =CHCOO-),Sp(スペーサー基)が炭素数3又は6個の直鎖状アルキレン基,Xが-O-,nが1という,化学構造が類似するごく限られた化合物に限られる
  例えば,重合性基Pがメタクリレート基であるモノマーを含むと安定な配向を得にくくなる場合が生じてくることが知られている(乙4)。また,例えばスペーサー基Spを構成する(その一部の置換えも含む。)アルキレン基として炭素数が1の場合と20の場合とでは化合物の特性が大きく異なることが予測されることなど,配合するメソゲン化合物の化学構造がその配向性や配向膜の特性に影響することは,現に引用例において様々な構造の化合物につき検討されていることからもうかがわれるように,本件優先日当時における当業者の認識であったと考えられる。そうすると,本件訂正明細書の発明の詳細な説明における他の記載を参酌しても,補償膜の調製に用いる混合物につき,上記具体例として示された化合物とは構造が異なる化合物を成分とする混合物に係る本件訂正発明の範囲にまで拡張ないし一般化した場合,すなわち本件訂正発明に係る式 I で表される広範な重合性メソゲン化合物のいずれかを含む混合物とした場合に,これによって,前記認定に係る本件訂正発明の課題を解決するような補償膜として好適なフィルムが得られるとはいえない。
  したがって,本件訂正明細書の発明の詳細な説明に開示されている内容からは,本件特許の特許請求の範囲に記載された発明が,発明の詳細な説明に記載された発明であり,本件訂正発明の課題を解決できると当業者が認識できる範囲のものとはいえない。そのように認識できる範囲のものというべき本件特許出願時の技術常識を認めるに足りる証拠もない。
  ウ  本件訂正発明の解決しようとする課題のうち,「高融点を示し配向および重合に高温を要するという欠点を有していない」点について,本件訂正明細書の発明の詳細な説明には,「低融点,好ましくは100℃またはそれ以下,特に60℃またはそれ以下の融点を有する重合性混合物を使用すると好ましく,これにより低温で混合物の液晶相において硬化を行うことができる。…60℃以下の硬化温度は特に好ましい。」との記載がある。加えて,実施例(例1A)には,基板に塗布し,50℃で溶剤を蒸発させることによってホメオトロピック配向膜を得られることが示されている。もっとも,「高温を要するという欠点」を回避し得る融点を具体的に特定する記載はない。
  他方,本件訂正明細書で液晶の配向に高温を要する例として掲げたJP05-142531(乙1)の【化2】で表される化合物について,引用例には,「108~211℃という非常に高い温度範囲でネマチック相を示し,実際にこの化合物を含有する重合性組成物を液晶状態で重合して作製した光学異方フィルム(カラー偏光板)は外観も不均一であり,むらが生じる欠点があった。」と記載されている。
 また,本件訂正明細書で同様に「高融点を有し,従って配向および重合に高温を要」するものとして例示された Heynderickx,  Broer 等の刊行物(乙2)に記載されている‘Scheme 1’の化合物については,引用例にも,「一般式(R-2)において,R 5 がメチル基の化合物80重量部及びR 5 が水素原子の化合物20重量部から成る液晶組成物は,80~121℃と室温よりかなり高い温度範囲でネマチック層を示し,また予期しない熱重合に起因してこのような重合性液晶組成物を用いて作製される光学異方フィルムのメソゲンの配向が不均一となるという欠点があった。」と記載されている。ところが,これらの化合物はいずれも,本件訂正発明に係る式I で定義される広範な化合物に含まれるのであって,本件訂正明細書の内部でいわば記載内容に矛盾を生じている
  そうすると,本件訂正発明に係る式 I で定義されるメソゲン化合物を含む混合物は,その全てが本件訂正発明の課題を解決し得る「高融点を示し配向および重合に高温を要するという欠点を有していない」ものとはいえない。その点からも,本件訂正明細書の発明の詳細な説明に開示されている内容からは,本件特許の特許請求の範囲に記載された発明が,発明の詳細な説明に記載された発明であり,本件訂正発明の課題を解決できると当業者が認識できる範囲のものとはいえず,また,そのように認識できる範囲のものというべき本件特許出願時の技術常識を認めるに足りる証拠もない。
  エ  小括
  以上より,本件訂正発明は,いずれも発明の詳細な説明に記載されたものとはいえない。」

【コメント】
 大手企業同士の,発明の名称を「液晶表示デバイス」とする発明について(特許3828158号)の,無効審判からの審決取消訴訟の事件です。
 
 クレームから・・・と行きたい所なのですが,クレームが超長いので省略します。
 液晶の材料が関わる発明はいつも非常に長いです。判旨で見てください。
 
 さて,今回のこの事件を取り上げたのは,いまだにこういうのがあるんだ!という所があったからです。
 
 要するに,サポート要件NGでダメになる,化の典型例だからです。
 
 上記のとおり,実施例が少なすぎて,クレームという上位概念すべてに,その理屈が通用するのか?という疑問に答えられない。
 さらに,この事件では,その広いクレームの中でのある物質について,それじゃあ課題解決できないだろうという点まで見つかって,いわばシッチャカメッチャカです。

 化学だと本当こういう例が典型です。でも,特許庁もそうですし,裁判所でもそうですが,こういう場合はサポート要件NGだというのを,そうですね~もう10年近くに渡り公表等していますので(その昔の進歩性検討会,今は審判実務者研究会),今更こういうのってどうなのかなあ~??と思います。

 ただし,本件,出願日が平成9年6月18日ですので,相当昔です。ですので,あまりそういうことをうるさく言われなかった時代のやつかなあ~という気はします。