2019年8月29日木曜日

審決取消訴訟 特許  平成30(行ケ)10164  知財高裁 不成立審決 請求認容

事件名
 審決取消請求事件
裁判年月日
 令和元年8月28日
裁判所名
 知的財産高等裁判所第1部    
裁判長裁判官          高      部      眞  規  子      
裁判官          小      林      康      彦 
裁判官          関      根      澄      子  

「⑷  相違点2の容易想到性
ア  前記⑶イのとおり,各文献には,ショ糖の約650倍の甘味を有する非代謝性のノンカロリー高甘味度甘味料であるスクラロースが,アスパルテーム,ステビア,サッカリンナトリウム等の他の高甘味度甘味料と比較して,甘味の質においてショ糖に似ているという特徴があることから,多くの種類の食品において嗜好性の高い甘味を付与することが見込まれているとの記載があり,加えて,前記⑶アのとおり,本件出願前に,ショ糖や,アスパルテーム,ステビア,サッカリンといった慣用の高甘味度甘味料が酸味のマスキング剤としての機能を備えることが,当業者に周知であったことからすると,引用発明のアスパルテームに代えてスクラロースを採用してみることは,当業者が容易に想到することができたというべきである。
イ  また,前記⑶イのとおり,各文献には,スクラロースをその甘さが感じられる閾値より低い濃度で用いた場合でも,塩なれ効果,卵風味の向上効果を奏すること,製品100重量部に対して0.0001〜0.1重量部(製品に対して0.0001~0.1重量%)のスクラロースを用いた実施例によれば,カプサイシン0.001%のとき,甘味度が0である0.0001重量部(同0.0001重量%)又は0.005重量部(同0.005重量%)で辛味増強効果を奏すること,スクラロースの甘味を感じさせない0.0025重量%のアルコール/スクラロース水溶液でエチルアルコールの苦味の抑制効果を奏することの各記載がある。
  以上の記載によれば,スクラロースの添加については,向上させようとする風味や製品によって使用量は上下するものの,下限値として,製品に対して0.0001重量%,0.0025重量%,0.005重量%で用いたものなどが知られており,スクラロースの甘味を感じさせない量であっても製品の風味の向上が可能であることを当業者は認識していたものと認められる。
  他方,引用例には,アスパルテームによる酸味緩和効果を得るための下限値として1mg%(0.001重量%),1.5mg%(0.0015重量%),5mg%(0.005重量%)が挙げられ,上記のスクラロースと同様のレベルの使用量で酸味のマスキングが行えることが記載され,更に,アスパルテームの甘味により,食品・調味料の呈味バランスが崩れないようアスパルテームの添加量は食品・調味料の種類に応じ,適宜設定すべきであるとされている。
 また,酸味のマスキングは,甘味の付与を目的とするものではなく,所望の酸味のマスキング効果を奏する場合には,甘味がつきすぎて味のバランスが崩れることがないように,甘味料の使用を減らすことは考えても,増量することは考えないから,スクラロースを酸味のマスキング剤に使用する場合であっても,当業者は,酸味のマスキングが実現可能な低い濃度でスクラロースを使用することを指向する。
 そうすると,スクラロースを,引用発明の食酢を含む食品(ドレッシング,ソース,漬物,及び調味料などの製品)における,酸味のマスキング剤として使用するにあたり,酸味緩和効果が得られるものの,スクラロースの甘味により前記製品の旨味バランスを崩さない濃度範囲のうち低い濃度を,製品ごとに選択して,スクラロースの従来の使用濃度である0.0001~0.005重量%に重複する0.0028~0.0042重量%という濃度範囲に至ることは,当業者に容易であったということができる。
ウ  そして,本件明細書の実施例2~4を参照しても,0.0028~0.0042重量%の濃度範囲を境にして,当業者の期待,予測を超える格別顕著な効果を奏しているとは評価できない。
エ  以上によれば,アスパルテームを製品濃度1~200mg%(=0.001~0.2重量%)で添加する引用発明から,スクラロースを製品の0.0028~0.0042重量%で添加することは,容易に想到することができたものである。 」

【コメント】
 本件は,発明の名称を「酸味のマスキング方法」とする特許第3916281号をめぐる無効審判の事件です。
 特許庁の無効審判では,進歩性あり,サポート要件違反なしということで,不成立審決となったため,これに不服の原告が審決取消訴訟を提起したわけです。

 まずは,クレームからです。
【請求項1】  醸造酢を含有するドレッシング,ソース,漬物,及び調味料からなる群より選択される少なくとも1種の製品に,スクラロースを該製品の0.0028~0.0042重量%の量で添加することを特徴とする該製品の酸味のマスキング方法。
 作用機序等はともかくも,直感的には理解しやすい発明だとは思います。あと,数値限定発明であることに注意です。

 主引例との一致点・相違点です。
「  (ア)  一致点 
 食酢を含有するドレッシング,ソース,漬物,及び調味料からなる群より選択される少なくとも1種の製品に,酸味のマスキング剤を添加する,該製品の酸味のマスキング方法である点。
  (イ)  相違点1
 製品が含有している食酢が,本件発明では,醸造酢であるのに対し,引用発明では,そのような特定はない点。
  (ウ)  相違点2
 酸味のマスキング剤が,本件発明では,スクラロースであり,その添加量が製品
の0.0028~0.0042重量%であるのに対し,引用発明では,アスパルテームであって,その添加量が製品濃度で1~200mg%である点。

 ポイントは相違点2ですね。引用発明がアスパルテームという甘味料であるのに大して,本件発明がスクラロースであるという違いです。
 
 審決は,以下のような論理だったようです。
(ア)  ショ糖,アスパルテーム,ステビア又はサッカリンの添加により酸味を緩和することについては,甲2文献,甲3文献,甲7文献及び甲8文献に記載があるが,スクラロースを甘味の閾値以下の量で添加することにより酸味を緩和することができることについてはそのような記載はない。
(イ)  引用発明も,酸味のマスキング剤としてアスパルテームのみを対象とし,それ以外の酸味のマスキング剤の使用を意図していないこと,甲48の記載によればトレハロースのように醸造酢の酸味を増強する甘味料も存在することからすると,引用発明並びに甲2文献,甲3文献,甲7文献及び甲8文献の記載から,高甘味度甘味料一般が酸味を緩和させる効果を有することまで導き出すことはできない。

 まず,記載がないということと,甘味料ひとくくりで何でもかんでも酸味をマスキングできるわけじゃないって所です。
 
 だけど,上の判旨のとおり,スクラロースはショ糖に似ており,そのショ糖には酸味のマスキング効果があるので,置き換えは容易~。
 あとは,数値限定の範囲に臨界的意義があるかどうかですけど,甘すぎるとダメという上限と,マスキング効果が得られないとダメという下限があるのは当然なんだから,本件発明の数値範囲は想到容易で,臨界的意義もなし!って所なんだと思います。
 
 これはこのとおりかなあと思いますね。
 基本的に,スクラロースでやることにこんなすごくてスンバラシイことがあるんだから,いいんだ!ってのがないと,なかなか難しいのではないかと考える次第です。

2019年8月28日水曜日

不正競争    平成31(ネ)10016  知財高裁 控訴棄却(請求棄却)


事件番号
事件名
 競業差止請求控訴事件
裁判年月日
 令和元年8月7日
裁判所名
 知的財産高等裁判所第3部
裁判長裁判官            鶴 岡 稔 彦        
裁判官                   山 門   優        
裁判官                   高 橋   彩 

「1  本件競業行為が本件各合意に違反するか(争点1) 
 (1)  退職者に対する競業の制限(以下「競業制限」という。)は,退職者の職業選択の自由や営業の自由を制限するものであるから,個別の合意あるいは就業規則による定めがあり,かつその内容が,これによって守られるべき使用者の利益の内容・程度,退職者の在職時の地位,競業制限の範囲,代償措置の有無・内容等に照らし,合理的と認められる限り,許されるというべきである。 
  (2)  就業規則及び退職時合意の効力
 ところで,控訴人の就業規則には,①社員は,退職後も競業避止義務を守り,競争関係にある会社に就労してはならない,②社員は,退職または解雇後,同業他社への就職および役員への就任,その他形態を問わず同業他社の業務に携わり,または競合する事業を自ら営んではならないとの規定があるが,この定めは,退職する社員の地位に関わりなく,かつ無限定に競業制限を課するものであって,到底合理的な内容のものということはできないから,無効というほかはない
  また,被控訴人が退職時に提出した「誓約・確認書」には,前述のとおり,退職後2年間,国分寺市内の競合関係に立つ事業者に就職しないとの約束をすることはできない旨の被控訴人の留保文言が付されていたのであるから,これによって競業制限に関する合意が成立したということはできない。
        これに対し,控訴人は,控訴人が「誓約・確認書」に「この文言は,当社が指定した書式ではないので,無効。会社記載文言のみ有効。また,既に入社時誓約書に記載もあるので,そちらの誓約書を根拠とすることも可能。」と記載してその旨説明し,被控訴人も「わかりました」と述べたものであるから,「誓約・確認書」の不動文字のとおりの合意が成立したと主張するが,控訴人の主張する事実を裏付ける的確な証拠はないし,仮に,このような事実があったとしても,これにより「誓約・確認書」の不動文字どおりの合意が成立したと解することはできない。 」
 
【コメント】
  本件は,東京都国分寺市内でまつげエクステサロンを営む控訴人が,元従業員である被控訴人が,控訴人を退職後に同市内のまつげエクステサロンで就労したことは,被控訴人と控訴人の間の競業禁止の合意に反したとして,被控訴人の退職後2年間の同市内におけるアイリスト業務への従事の差止めを求めた事案です。

 大きな話ではないような感じがありますが,知財高裁でこのような判示がされましたので,非常に重要な判決だと思います。なお原審は,東京地裁の立川支部なので,裁判所のサイトに判決のアップはされておりません。
 
 さて,退職者の競業というのは,企業側にとって実に悩ましい話です。
 日本の大きな電機会社を辞めたエンジニアが台湾,中国,韓国などの競業に就職し,そこで日本企業をのしていく様な活躍をするというのは,平成の中盤に入ってから多少問題視されておりました。

 そこで,企業側としては,退職するに際して誓約書等を徴する,こういう実務になっていたかと思います。
 
 ところが,一律に競業避止義務を課すというのは,退職者に対して過度の制約となり,これは公序良俗違反で無効じゃないかという議論もあります。
 
 だけど,最近の判決でそのような事例を扱ったものはなかなかないと思います。
 書籍などでは,「営業秘密と競業避止義務の法務」(ぎょうせい)というのがありますが,通説的見解で書かれていないのと,すでに出版から10年以上も経つことあり,これもイマイチでした。
 要するに,なかなか実務に対応できる基準みたいなものが はっきりしなかったのです。

 上記の判旨のとおり,本件では,「誓約・確認書」の文言について,判決上明文での提示がないため,はっきりしませんが,「退職後2年間,国分寺市内の競合関係に立つ事業者に就職しない」という旨の文言があったのだと思います。
 
 しかしながら,本件判決によると,この2年の競業避止義務はダメということです。
 通常,2年程度の競業避止義務なら,無限定にOKと考えられていたため,今後は,退職者の誓約書については,検討し直さないといけないでしょう。 
 
 ポイントは, 社員の地位に応じたものにすることと,内容に限定を施す,ということです。そうすれば,逆に2年を超えた競業避止義務も認められうると思います。
 


2019年8月21日水曜日

審決取消訴訟 特許 平成30(行ケ)10055  知財高裁 無効審決 請求認容

事件名
 審決取消請求事件
裁判年月日
 令和元年7月22日
裁判所名
 知的財産高等裁判所第3部        
裁判長裁判官     鶴 岡 稔 彦        
裁判官     山 門   優        
裁判官    高 橋   彩 
 
「2  取消事由1(引用発明の認定の誤りに基づく相違点の看過)について 
・・・
 上記(1)の記載によれば,甲1文献には,前記第2の3(2)アのa)~m),o),p)の構成を備えた煙検知装置が開示されており,この点については当事者間に争いがない(以下「引用発明の争いのない構成」という。)。
 さらに,この煙検知装置について,「n)  長波長光からの振幅信号と短波長光からの振幅信号との比を比較することにより煙粒子の大きさを判定し,」との構成が開示されているかが問題となる。 
・・・    
(イ)  これによれば,「信号の比」(記載⑤)における「信号」は,「長波長光」が生成する「振幅信号」(記載③)と,「短波長光」が生成する「振幅信号」(記載④)であり,「信号の比」とは,長波長光が生成する振幅信号と短波長光が生成する振幅信号の比であると理解することも文脈上は可能であるようにみえる。
イ  本件記載の技術的意義について
    そこで,このような理解を前提に,本件記載を技術的に理解することができるかについて検討する。
(ア)  技術常識 
・・・
(イ)  本件記載の技術的意義
a  レイリー理論を前提とした場合
 記載④には,「短波長光は,大小の粒子いずれの場合にも,相対的に等しい振幅信号を生成することになる」という記載があり,この記載は,記載⑤の前提となっている。
 しかし,審決も指摘しているとおり,レイリーの理論からすれば,質量濃度を一定とした場合,長波長光が,小さな粒子の場合に小さな振幅信号を生成し,大きな粒子の場合に大きな振幅信号を生成するとすれば,短波長光は,長波長光よりさらに小さな粒子についても,粒子の大きさに比例した振幅信号を生成することとなり,大小の粒子いずれの場合にも相対的に等しい振幅信号を生成するとはいえない。
 そうすると,レイリーの理論から,記載④のようにいうことはできず,記載④を記載③及び記載⑤と整合的に説明することはできない。
          b  ミー散乱領域に関する理論を考慮した場合
  そこで,審決は,ミー散乱領域も考慮すれば,記載④に矛盾はないとする。すなわち,「α<0.3の領域における散乱光強度は粒径の3乗に比例し,α>5の領域における散乱光強度は粒径に反比例することからすると,α<0.3の領域の方が,α>5の領域よりも散乱光強度に対する粒径の影響が大きいものといえる。そして,同じ粒径の粒子に対して光を当てた場合,長波長の光を当てた場合の方が,短波長の光を当てた場合よりも粒径パラメーターαが相対的に小さくなるから,長波長の光を当てた場合の散乱光強度との関係はα<0.3寄りに,短波長の光を当てた場合の散乱光強度との関係はα>5寄りに位置するものと理解できる。したがって,長波長の場合に比べ,短波長の光を当てた場合の方が,粒子の大きさによって受ける影響の度合いは小さくなるので,『短波長光は,大小の粒子のいずれの場合にも,相対的に等しい振幅信号を生成することになる』といえる。」という趣旨の指摘をするのである。
  しかし,仮にα<0.3に近い領域においては散乱光強度が粒径の3乗に比例する関係が成立し,α>5に近い領域においては散乱光強度が粒径に反比例する関係が成立するとしても,その間における散乱光強度と粒径との関係については,審決は何ら明らかにしていないのであるから,これによって,常に長波長光に比べ短波長光は,相対的に等しい振幅信号を生成するといえるかどうかは明らかではないといわざるを得ない。この点について,被告は,「レイリー散乱領域からミー散乱領域よりもαが大きい条件の領域に向かって,レイリー散乱領域に近い側では,αが大きくなるに従って散乱強度が大きくなり,いずれかで必ず極大値に達し,その後αが大きくなるに従って散乱強度が小さくなって,ミー散乱領域よりも大きい条件の領域に近づく。」と主張するが,この主張は,散乱強度の大きさの変化を説明しているのにとどまるから,散乱強度と粒径と間の定量的な関係について説明がないという問題は,依然として解消されていない。
  また,審決の見解は,散乱角の違いによるばらつきを考慮していないという点においても問題があるものといわざるを得ない。すなわち,レイリー散乱領域よりαが大きい領域においては,上記(ア)b,cのとおり,散乱光強度は散乱角に依存して大きく変化し,αが変化した場合の散乱光強度の変化の仕方や程度は,散乱角θによってまちまちであることがわかる。そうすると,散乱光強度に対する粒径の影響は,散乱角θによって異なるといわざるを得ないのであるから,この点を考慮していない審決の見解には問題があるものといわざるを得ないのである(なお,引用発明の争いのない構成においては,第1の照明から照射される光と第2の照明から照射される光とでは,散乱角が異なることになるから,散乱角θによる影響はより一層複雑なものにならざるを得ないものと予想される。)。
  そうすると,審決の上記理解には問題があるといわざるを得ないから,ミー散乱領域を考慮したとしても,「長波長光が,小さな粒子の場合に小さな振幅信号を生成し,大きな粒子の場合に大きな振幅信号を生成するのに対し,短波長光が,大小の粒子いずれの場合にも相対的に等しい振幅信号を生成する」ということはできない。
          c  そして,他に記載④が成り立つことを裏付けるに足りるような根拠を見出すこともできないから,結局,記載④を記載③及び記載⑤と整合的に説明することはできないものといわざるを得ない。
 そうすると,当業者は,甲1文献から,引用発明の争いのない構成において「長波長光からの振幅信号と短波長光からの振幅信号との比を比較することにより煙粒子の大きさを判定」するという技術的思想を認識することはできないものというべきである。
(3)  相違点の看過
  以上のとおりであるから,本件発明1と引用発明は,相違点1のほかに,「本件発明1は,前記第1発光素子による煙の散乱光量と,第2発光素子による煙の散乱光量とを比較することにより煙の種類を識別する構成を有するのに対し,引用発明はこのような構成を有しない点」も相違点とするものといえる。本件発明2~6,8は本件発明1を直接ないし間接に引用するものであるから,上記に説示したところは,本件発明2~6,8にも妥当する。 そうすると,上記相違点の看過は,本件発明1~6,8についての特許を無効とした審決の結論に影響を及ぼすものであることが明らかであるから,取消事由1には理由がある。 」

【コメント】
 名称を「散乱光式煙感知器」とする発明に係る特許権(特許第4010455号)の特許権者である原告と,無効審判請求人である被告との間での無効審判からの審決取消訴訟の事件です。
 
 無効審判では,無効審決だったのですが(進歩性なし),訴訟では逆転で審決取り消しとなったものです。

 まずは,クレームからです。
【請求項1】
 検煙空間に向け,第1波長を発する第1発光素子と,第1波長とは異なる第2波長を発する第2発光素子と,第1発光素子と第2発光素子から発せられる光を直接受光しない位置に設けられた受光素子とを備えた散乱光式煙感知器に於いて,
 前記第1発光素子と受光素子の光軸の交差で構成される第1散乱角に対し,第2発光素子と受光素子の光軸の交差で構成される第2散乱角を大きく構成し,
 第1発光素子から発せられる第1波長に対し,第2発光素子から発せられる第2波長を短くし,前記第1発光素子による煙の散乱光量と,第2発光素子による煙の散乱光量とを比較することにより煙の種類を識別することを特徴とする散乱光式煙感知器。
 
 これも図が分かりやすいです。
 
 
  この図で,θ2>θ1であり,λ2<λ1というわけですね。

 こうすると「2つの発光素子につき受光素子に対する散乱角を異ならせることで煙の種類による散乱特性の相違を作り出し,同時に2つの発光素子から発する光の波長を異ならせることで波長に起因した散乱特性の相違を作り出し,この散乱角の相違と波長の相違の相乗効果によって煙の種類による散乱光の光強度に顕著な差を持たせることで煙の識別確度を高め,調理の湯気やタバコの煙による非火災報を防止し,更に火災による煙についても黒煙火災と白煙火災といった燃焼物の種類を確実に識別することができる。 」らしいです。

 他方,主引例である甲1発明との一致点・相違点です。
[一致点]
A)検煙空間に向け,第1波長を発する第1発光素子と,第1波長とは異なる第2波長を発する第2発光素子と, B)第1発光素子と第2発光素子から発せられる光を直接受光しない位置に設けられた受光素子とを備えた散乱光式煙感知器に於いて,
C)前記第1発光素子と受光素子の光軸の交差で構成される第1散乱角に対し,第2発光素子と受光素子の光軸の交差で構成される第2散乱角を大きく構成し,
D´)第1発光素子から発せられる第1波長に対し,第2発光素子から発せられる第2波長を異ならせ,
E)前記第1発光素子による煙の散乱光量と,第2発光素子による煙の散乱光量とを比較することにより煙の種類を識別する
F)散乱光式煙感知器。 
 
[相違点1]
  本件発明1は,第1発光素子から発せられる第1波長に対し,第2発光素子から発せられる第2波長を短くしているのに対し,引用発明の第1の照明と第2の照明とは,どちらの照明の波長が短いか特定されていない点。
  」
 
 これに対して,原告の方は,判旨のとおり, 上記E(前記第1発光素子による煙の散乱光量と,第2発光素子による煙の散乱光量とを比較することにより煙の種類を識別する )の一致点は間違いで,そんな記載は甲1にはないと主張したのですね。
 
  で,要するに技術常識からすると,甲1の記載自体ようわからん話であり,それをそのまま鵜呑みにした審決はうーん何でしょ?!というレベル,したがって,一致点としたEの記載を認めることはできないとしたわけです。
 
 ま,これはきちんと解析した原告,そしてそれをちゃんと判断した裁判所の方に軍配が上がりそうな事案です。
 進歩性で,一致点・相違点認定がおかしい,つまりは引用発明の認定が変だというのは,あまり無い話です。だけれども,それがあれば審決を取り消せる致命傷に出来ますので,代理人としてはある意味ラッキーだったでしょうね。

 
 

2019年8月5日月曜日

審決取消訴訟 特許 平成30(行ケ)10145  知財高裁 無効審判 不成立審決 請求認容

事件番号
事件名
 審決取消請求事件
裁判年月日
 令和元年7月18日
裁判所名
 知的財産高等裁判所第4部                        
裁判長裁判官          大      鷹      一      郎                                
裁判官          國      分      隆      文                                
裁判官          筈      井      卓      矢 
 
「 (5)  相違点1の容易想到性の有無について
ア(ア)  前記(2)イ認定のとおり,甲1には,①従来,海水動物の付着抑制剤として用いられてきた有効塩素発生剤(塩素,次亜塩素酸塩等),有機スズ化合物,有機イオン化合物,第4級アンモニウム塩等には,残留毒性,蓄積毒性があり,広く海水動物の生態環境を破壊するものと指摘され,これらの薬剤に代わる安全な新しい薬剤の開発や,これらの薬剤の使用量を効果的に減少させる方法の開発が強く要望されていたこと,②「本発明」(甲1に記載された発明)は,それ自体低毒性でかつ蓄積毒性,残留毒性のほとんどない過酸化水素を,従来の抑制剤と組み合わせて使用することによって,相乗効果により,従来の抑制剤の使用濃度を実質的に低下せしめ,環境問題の見地からこれらの薬剤を有利に使用することを可能ならしめたという効果を奏することの開示があることが認められる。
          一方で,前記(4)ア(エ)の甲5の記載事項から,甲1記載の有効塩素発生剤と過酸化水素を組み合わせた海水動物の付着抑制方法(甲1発明)には,塩素剤である有効塩素発生剤の添加により有害なトリハロメタン類が生成するという課題があり,その生成防止のために塩素剤の添加量を0.07mg/l未満に減少させた場合,塩素剤の海生付着生物に対する付着及び成長抑制効果を期待できず,また,過酸化水素剤については,特に過酸化水素剤の分解酵素を多く有しているムラサキイガイ等の二枚貝類に対しては,2mg/l以上使用しないと抑制効果が少ないため,海水使用量の大きな冷却水系統においては,その使用量が膨大な量になり,経済的ではないという課題があることを理解できる。
      (イ)  甲1には,二酸化塩素に関する記載はなく,過酸化水素と二酸化塩素を組み合わせて使用することについての記載及び示唆はない。
          しかるところ,本件優先日当時,二酸化塩素は,塩素含有の化合物であるが,水への溶解度は塩素よりも高く,酸化力が塩素よりも強い上,塩素剤の添加により生成する有害なトリハロメタンが発生しない,海生生物の付着防止剤として知られていたことは,前記(4)イ認定のとおりである。
          そして,前記(3)の甲2の記載事項によれば,甲2には,①甲2記載の水中生物付着防止方法は,塩素の代わりに,塩素の2.6倍の有効塩素量を有し,水溶性の高い二酸化塩素又は二酸化塩素発生剤を用いることにより,薬品使用量の減少を図り,ひいては,毒性のあるTHM(トリハロメタン)の生成を防止しつつ,海洋中などの水中における生物付着を防止すること(前記(3)ウ),②二酸化塩素は,実施例1の結果(表2)が示すように,有効塩素発生剤である次亜塩素酸ナトリウムと比較し少量で効果があり,更にトリハロメタンの発生がなく,環境汚染がない,反応生成物は海水中に存在するイオンのみで構成され,残留毒性,蓄積毒性がないという効果を奏すること(前記(3)エ及びオ)の開示があることが認められる。
 加えて,前記(4)ア(ア)の甲3の記載事項によれば,甲3には,甲3記載の水路に付着する生物の付着防止又は除去方法は,低濃度の二酸化塩素水溶液を連続的に水路に注入することによって,冷却系水路の内壁に付着するムサキイガイ等の生物を効果的に付着防止し,又は除去することが可能であり,また,二酸化塩素は有害な有機塩素化合物を形成しないことから,海や河川を汚染することもないという効果を奏することの開示があることが認められる。
        (ウ)  前記(ア)及び(イ)によれば,甲1ないし3,5に接した当業者は,過酸化水素と有効塩素剤とを組み合わせて使用する甲1発明には,有効塩素剤の添加により有害なトリハロメタンが生成するという課題があることを認識し,この課題を解決するとともに,使用する薬剤の濃度を実質的に低下せしめることを目的として,甲1発明における有効塩素剤を,トリハロメタンを生成せず,有効塩素発生剤である次亜塩素酸ナトリウムよりも少量で付着抑制効果を備える海生生物の付着防止剤である甲2記載の二酸化塩素に置換することを試みる動機付けがあるものと認められるから,甲1及び甲2,3,5に基づいて,冷却用海水路の海水中に「二酸化塩素と過酸化水素とをこの順もしくは逆順でまたは同時に添加して,前記二酸化塩素と過酸化水素とを海水中に共存させる」構成(相違点1に係る本件発明1の構成)を容易に想到することができたものと認められる。 」

【コメント】
 発明の名称を「海生生物の付着防止方法およびそれに用いる付着防止剤」とする特許(特許第5879596号。)について,無効審判を請求した原告に対して,不成立審決がくだされたことから(進歩性ありなど),これに不服の原告が,審決取消訴訟を提起したものです。

 そして,知財高裁は逆転で進歩性なし!と判断しております。
  
 まずは,クレームからです。
【請求項1】
 海水冷却水系の海水中に,二酸化塩素と過酸化水素とをこの順もしくは逆順でまたは同時に添加して,前記二酸化塩素と過酸化水素とを海水中に共存させることにより海水冷却水系への海生生物の付着を防止することを特徴とする海生生物の付着防止方法。

 引例1である甲1発明との一致点・相違点です。
(一致点)
「海水冷却系の海水中に,過酸化水素を添加して,海水冷却水系への海生生物の付着を防止する海生生物の付着防止方法」である点。
(相違点1)
 本件発明1は,海水中にさらに「二酸化塩素」を「この順もしくは逆順でまたは同時に添加して,前記二酸化塩素と過酸化水素とを海水中に共存させ」ているのに対して,甲1発明は,海水中にさらに「有効塩素発生剤」を「同時または交互に注入する」点。

 要する,過酸化水素は共通しているものの,甲1では有効塩素発生剤で,本件発明のような二酸化塩素の記載も示唆もないのです。
 他方,二酸化塩素の海洋生物の付着防止効果については,甲1等様々な記載があったようです。
 
 ですので,甲1と甲2を組み合わせる動機付けがあるかどうかという典型的な進歩性の論点が問題となったわけです。
 
 これに対して,審決の方は,甲1発明の有効塩素発生剤は, 過酸化水素との反応で,一重項酸素を発生させるのが主眼であって,そうすると,ここを二酸化塩素に置き換えても一重項酸素の発生はないのだから,動機付けできない!つまり進歩性ありとしたわけです。
 
 他方,本件の訴訟の方では,いやいやいや,海洋生物の付着防止のメカニズムに関して,別に一重項酸素を発生させるのが主眼というわけではなく,むしろそれによる有害なトリハロメタンの発生を抑えたいという課題の方も認識するのであり,そうであれば,有効塩素発生剤に変えて二酸化塩素にするという動機付けはあり!としたのですね。
 
 まあこれは甲2等を見ればそんな感じもしますね。ですが,どっちに転んでも不思議ではないという所です。このようなところが進歩性の予測可能性のなさ,でしょうか。
 
 

審決取消訴訟 特許  平成30(行ケ)10133  知財高裁 訂正不成立審決 請求棄却

事件番号
事件名
 審決取消請求事件
裁判年月日
 令和元年7月18日
裁判所名
 知的財産高等裁判所第4部                        
裁判長裁判官          大      鷹      一      郎                                
裁判官          國      分      隆      文                                
裁判官          筈      井      卓      矢 
 
「(2)  訂正事項2が実質上特許請求の範囲を変更するものであるか否かについて
ア  訂正をすべき旨の審決が確定したときは,訂正の効果は出願時に遡って生じ(特許法128条),訂正された特許請求の範囲の記載に基づいて技術的範囲が定められる特許発明の特許権の効力は第三者に及ぶことに鑑みると,同法126条6項の「実質上特許請求の範囲を拡張し,又は変更するもの」であるか否かの判断は,訂正の前後の特許請求の範囲の記載を基準としてされるべきであり,「実質上」の拡張又は変更に当たるかどうかは訂正により第三者に不測の不利益を与えることになるかどうかの観点から決するのが相当である
 また,特許請求の範囲の記載に関し,同法36条5項前段は,特許請求の範囲には,請求項に区分して,各請求項ごとに特許出願人が特許を受けようとする発明を特定するために必要と認める事項のすべてを記載しなければならないと規定している。この規定の趣旨は,一つの請求項から発明が把握されるようにするため,各請求項ごとに特許出願人自らが「特許を受けようとする発明を特定するために必要と認める事項のすべて」と判断した事項を特許請求の範囲に記載することを求めたものと解されるから,客観的にみると,一つの請求項に内容的に重複する記載がある場合であっても,相互に矛盾するものでなければ,特許出願人自らが「特許を受けようとする発明を特定するために必要と認める事項」と判断したものとして解釈するのが相当である。
 以上を前提に,訂正事項2が実質上特許請求の範囲を変更するものであるか否かについて判断する。
イ  本件訂正前の請求項1のただし書の「ただし,R 1 及びR 2 が同時に水素原子であることはない。」との文言は,その文理上,R 1 及びR 2 の両方が水素原子でないことを特定するにとどまり,R 1 又はR 2 のいずれか一方が必ず水素原子であることまで特定したものと理解することはできない。 
 しかるところ,本件訂正前の請求項1の記載全体をみると,「R 1 はフッ素であり」及び「R 2 は塩素であり」との記載があり,この記載は,「R 1 」を「フッ素」に,「R 2 」を「塩素」にそれぞれ特定したものであることは明らかである。そして,この記載は,R 1 及びR 2 の両方が水素原子でないことをも意味するものと理解できるから,その点においては,ただし書の記載と重複する内容を含むものであるが,相互に矛盾するものではない。
 また,本件明細書の「前記化学式1において,…R 1 及びR 2 は各々水素原子,C 1 -C 6 アルコキシ,C 1 -C 6 アルキルまたはハロゲンであり,…前記ハロゲンはフッ素,塩素,臭素またはヨー素を意味する。」(【0009】)及び「本発明による前記化学式1で表される化合物において,特に好ましくは,…R 1 及びR 2 は水素原子,F,Cl,メチルまたはメトキシであり」(【0010】)との記載中には,化学式1のR 1 及びR 2 の例としてF(フッ素)及びCl(塩素)が開示されているから,本件訂正前の請求項1において「R 1 」を「フッ素」に,「R 2 」を「塩素」に特定することは,本件明細書の記載との関係においても整合するものである。
 そうすると,ただし書の記載と「R 1 はフッ素であり」及び「R 2 は塩素であり」との記載は,「特許出願人が特許を受けようとする発明を特定するために必要と認める事項」であると理解できるものであり,本件訂正前の請求項1におけるR 1 及びR 2 の定義が不明瞭であるということはできない。
 このように訂正事項2は,本件訂正前の請求項1記載の「R 2 」の「塩素」を「水素」に訂正するものであるから,特許請求の範囲を変更するものである。また,本件訂正前の請求項1の「R 1 はフッ素であり」及び「R 2 は塩素であり」との記載文言から,R 1 は「フッ素又は水素」を,R 2 は「フッ素又は水素」を実質的に意味するものと理解することはできないから,訂正事項2による特許請求の範囲の変更は,減縮的な変更には当たらない。
 そして,訂正事項2により,請求項1に係る発明は,本件訂正前の請求項1に記載される化合物1の置換基である「R 2 」が塩素である化合物群から訂正後の「R 2 」が水素である化合物群に変更されることになるから,この変更により,本件訂正前の請求項1の記載の表示を信頼した第三者に不測の不利益を与えることになることは明らかである。
 したがって,訂正事項2は,実質上特許請求の範囲を変更するものと認められるから,特許法126条6項の要件に適合しないというべきである。これと同旨の本件審決の判断に誤りはない。 」

【コメント】
 発明の名称を「1-[(6,7-置換―アルコキシキノキサリニル)アミノカルボニル]-4-(ヘテロ)アリールピペラジン誘導体」とする特許(特許第6097946号)の特許権者が請求した訂正審判について,不成立審決(訂正の目的違反及びクレームの拡張・変更違反)がくだされたため,これに不服の特許権者が訴訟を提起したものです。

 ここで,訂正審判の審決取消訴訟を紹介するのは珍しいと思います。それはもともとの数が少ないからでもあります。
 私はこの分野の技術に詳しくはないのですが,特許実務者ならほぼ分かる話ですので,ここで取り上げました。
 
 まずは,クレームからです。
 「【請求項1】 下記化学式1で表される1-[(6,7-置換-アルコキシキノキサリニル)アミノカルボニル]-4-(ヘテロ)アリールピペラジン誘導体又は薬剤学的に許容可能なそれらの塩。
 
 前記化学式1において,
 X及びYは各々NまたはC-R⁷ であり,
 R¹はフッ素であり,
 R²は塩素であり
 R³はC 1 -C 3 アルキルであり,
 R⁴ ,R⁵ ,R⁶ 及びR⁷ は各々水素,C 1 -C 3 アルコキシ,C 1 -C 3 アルキル,C 1 -C 3 ハロアルキル,C 1 -C 3 アルキルカルボニル,ハロゲン,シアノまたはニトロである。
 ただし,R¹及びR²が同時に水素原子であることはない。 」

 そして,問題の訂正後です。
 
「【請求項1】  
 下記化学式1で表される1-[(6,7-置換-アルコキシキノキサリニル)アミノカルボニル]-4-(ヘテロ)アリールピペラジン誘導体又は薬剤学的に許容可能なそれらの塩。

 
 前記化学式1において,
 X及びYはC-Hであり,
 R¹はフッ素であり,
 R²は水素であり,
 R³はメチルであり,
 R⁴ はメトキシであり,R⁵ は水素でありそしてR⁶ はメトキシである。 」

 今回審決でNG!と言われたのは,R2です(上付き文字省略)。ここをもともとはフッ素だったものを水素としたのですね。
 訂正の根拠は,「R¹及びR²が同時に水素原子であることはない。」とあるので,明瞭でない記載の釈明~などと主張したわけです。
 
 一応126条の条文を示します。
(訂正審判)
第百二十六条 特許権者は、願書に添付した明細書、特許請求の範囲又は図面の訂正をすることについて訂正審判を請求することができる。ただし、その訂正は、次に掲げる事項を目的とするものに限る。
一 特許請求の範囲の減縮
二 誤記又は誤訳の訂正
三 明瞭でない記載の釈明
四 他の請求項の記載を引用する請求項の記載を当該他の請求項の記載を引用しないものとすること。
 まずはこれです。あと,これも重要です。
6 第一項の明細書、特許請求の範囲又は図面の訂正は、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものであつてはならない。

 補正は新規事項追加じゃなきゃ,まあ結構自由に補正できます。だけど,訂正って一旦権利が発生した後のことですので,新規事項追加じゃなきゃいいとなると,第三者は明細書の全範囲をずーっと監視しないといけなくなります。
 なので,訂正にはかなり厳しい要件がつくのですね。

 判旨の最初もこのことを述べているだけです。だけど,訂正の要件の趣旨なんてあまりお目にかかることもないですから,非常に意義があろうというものです。
 
 まあ結局,化学の専門じゃなくても,塩素の基を水素に変えるって, そりゃかなり画期的な変更になるっちゅうのはわかるというものです。