2019年8月5日月曜日

審決取消訴訟 特許  平成30(行ケ)10133  知財高裁 訂正不成立審決 請求棄却

事件番号
事件名
 審決取消請求事件
裁判年月日
 令和元年7月18日
裁判所名
 知的財産高等裁判所第4部                        
裁判長裁判官          大      鷹      一      郎                                
裁判官          國      分      隆      文                                
裁判官          筈      井      卓      矢 
 
「(2)  訂正事項2が実質上特許請求の範囲を変更するものであるか否かについて
ア  訂正をすべき旨の審決が確定したときは,訂正の効果は出願時に遡って生じ(特許法128条),訂正された特許請求の範囲の記載に基づいて技術的範囲が定められる特許発明の特許権の効力は第三者に及ぶことに鑑みると,同法126条6項の「実質上特許請求の範囲を拡張し,又は変更するもの」であるか否かの判断は,訂正の前後の特許請求の範囲の記載を基準としてされるべきであり,「実質上」の拡張又は変更に当たるかどうかは訂正により第三者に不測の不利益を与えることになるかどうかの観点から決するのが相当である
 また,特許請求の範囲の記載に関し,同法36条5項前段は,特許請求の範囲には,請求項に区分して,各請求項ごとに特許出願人が特許を受けようとする発明を特定するために必要と認める事項のすべてを記載しなければならないと規定している。この規定の趣旨は,一つの請求項から発明が把握されるようにするため,各請求項ごとに特許出願人自らが「特許を受けようとする発明を特定するために必要と認める事項のすべて」と判断した事項を特許請求の範囲に記載することを求めたものと解されるから,客観的にみると,一つの請求項に内容的に重複する記載がある場合であっても,相互に矛盾するものでなければ,特許出願人自らが「特許を受けようとする発明を特定するために必要と認める事項」と判断したものとして解釈するのが相当である。
 以上を前提に,訂正事項2が実質上特許請求の範囲を変更するものであるか否かについて判断する。
イ  本件訂正前の請求項1のただし書の「ただし,R 1 及びR 2 が同時に水素原子であることはない。」との文言は,その文理上,R 1 及びR 2 の両方が水素原子でないことを特定するにとどまり,R 1 又はR 2 のいずれか一方が必ず水素原子であることまで特定したものと理解することはできない。 
 しかるところ,本件訂正前の請求項1の記載全体をみると,「R 1 はフッ素であり」及び「R 2 は塩素であり」との記載があり,この記載は,「R 1 」を「フッ素」に,「R 2 」を「塩素」にそれぞれ特定したものであることは明らかである。そして,この記載は,R 1 及びR 2 の両方が水素原子でないことをも意味するものと理解できるから,その点においては,ただし書の記載と重複する内容を含むものであるが,相互に矛盾するものではない。
 また,本件明細書の「前記化学式1において,…R 1 及びR 2 は各々水素原子,C 1 -C 6 アルコキシ,C 1 -C 6 アルキルまたはハロゲンであり,…前記ハロゲンはフッ素,塩素,臭素またはヨー素を意味する。」(【0009】)及び「本発明による前記化学式1で表される化合物において,特に好ましくは,…R 1 及びR 2 は水素原子,F,Cl,メチルまたはメトキシであり」(【0010】)との記載中には,化学式1のR 1 及びR 2 の例としてF(フッ素)及びCl(塩素)が開示されているから,本件訂正前の請求項1において「R 1 」を「フッ素」に,「R 2 」を「塩素」に特定することは,本件明細書の記載との関係においても整合するものである。
 そうすると,ただし書の記載と「R 1 はフッ素であり」及び「R 2 は塩素であり」との記載は,「特許出願人が特許を受けようとする発明を特定するために必要と認める事項」であると理解できるものであり,本件訂正前の請求項1におけるR 1 及びR 2 の定義が不明瞭であるということはできない。
 このように訂正事項2は,本件訂正前の請求項1記載の「R 2 」の「塩素」を「水素」に訂正するものであるから,特許請求の範囲を変更するものである。また,本件訂正前の請求項1の「R 1 はフッ素であり」及び「R 2 は塩素であり」との記載文言から,R 1 は「フッ素又は水素」を,R 2 は「フッ素又は水素」を実質的に意味するものと理解することはできないから,訂正事項2による特許請求の範囲の変更は,減縮的な変更には当たらない。
 そして,訂正事項2により,請求項1に係る発明は,本件訂正前の請求項1に記載される化合物1の置換基である「R 2 」が塩素である化合物群から訂正後の「R 2 」が水素である化合物群に変更されることになるから,この変更により,本件訂正前の請求項1の記載の表示を信頼した第三者に不測の不利益を与えることになることは明らかである。
 したがって,訂正事項2は,実質上特許請求の範囲を変更するものと認められるから,特許法126条6項の要件に適合しないというべきである。これと同旨の本件審決の判断に誤りはない。 」

【コメント】
 発明の名称を「1-[(6,7-置換―アルコキシキノキサリニル)アミノカルボニル]-4-(ヘテロ)アリールピペラジン誘導体」とする特許(特許第6097946号)の特許権者が請求した訂正審判について,不成立審決(訂正の目的違反及びクレームの拡張・変更違反)がくだされたため,これに不服の特許権者が訴訟を提起したものです。

 ここで,訂正審判の審決取消訴訟を紹介するのは珍しいと思います。それはもともとの数が少ないからでもあります。
 私はこの分野の技術に詳しくはないのですが,特許実務者ならほぼ分かる話ですので,ここで取り上げました。
 
 まずは,クレームからです。
 「【請求項1】 下記化学式1で表される1-[(6,7-置換-アルコキシキノキサリニル)アミノカルボニル]-4-(ヘテロ)アリールピペラジン誘導体又は薬剤学的に許容可能なそれらの塩。
 
 前記化学式1において,
 X及びYは各々NまたはC-R⁷ であり,
 R¹はフッ素であり,
 R²は塩素であり
 R³はC 1 -C 3 アルキルであり,
 R⁴ ,R⁵ ,R⁶ 及びR⁷ は各々水素,C 1 -C 3 アルコキシ,C 1 -C 3 アルキル,C 1 -C 3 ハロアルキル,C 1 -C 3 アルキルカルボニル,ハロゲン,シアノまたはニトロである。
 ただし,R¹及びR²が同時に水素原子であることはない。 」

 そして,問題の訂正後です。
 
「【請求項1】  
 下記化学式1で表される1-[(6,7-置換-アルコキシキノキサリニル)アミノカルボニル]-4-(ヘテロ)アリールピペラジン誘導体又は薬剤学的に許容可能なそれらの塩。

 
 前記化学式1において,
 X及びYはC-Hであり,
 R¹はフッ素であり,
 R²は水素であり,
 R³はメチルであり,
 R⁴ はメトキシであり,R⁵ は水素でありそしてR⁶ はメトキシである。 」

 今回審決でNG!と言われたのは,R2です(上付き文字省略)。ここをもともとはフッ素だったものを水素としたのですね。
 訂正の根拠は,「R¹及びR²が同時に水素原子であることはない。」とあるので,明瞭でない記載の釈明~などと主張したわけです。
 
 一応126条の条文を示します。
(訂正審判)
第百二十六条 特許権者は、願書に添付した明細書、特許請求の範囲又は図面の訂正をすることについて訂正審判を請求することができる。ただし、その訂正は、次に掲げる事項を目的とするものに限る。
一 特許請求の範囲の減縮
二 誤記又は誤訳の訂正
三 明瞭でない記載の釈明
四 他の請求項の記載を引用する請求項の記載を当該他の請求項の記載を引用しないものとすること。
 まずはこれです。あと,これも重要です。
6 第一項の明細書、特許請求の範囲又は図面の訂正は、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものであつてはならない。

 補正は新規事項追加じゃなきゃ,まあ結構自由に補正できます。だけど,訂正って一旦権利が発生した後のことですので,新規事項追加じゃなきゃいいとなると,第三者は明細書の全範囲をずーっと監視しないといけなくなります。
 なので,訂正にはかなり厳しい要件がつくのですね。

 判旨の最初もこのことを述べているだけです。だけど,訂正の要件の趣旨なんてあまりお目にかかることもないですから,非常に意義があろうというものです。
 
 まあ結局,化学の専門じゃなくても,塩素の基を水素に変えるって, そりゃかなり画期的な変更になるっちゅうのはわかるというものです。