2019年10月10日木曜日

審決取消訴訟 特許   平成30(行ケ)10108  知財高裁 拒絶審決 請求認容

事件名
 審決取消請求事件
裁判年月日
 令和元年10月2日
裁判所名
 知的財産高等裁判所第1部 
裁判長裁判官          高      部      眞  規  子  
裁判官            小      林      康      彦 
裁判官            関      根      澄      子 

「イ  引用発明への甲2技術の適用 
 しかしながら,仮に引用発明に甲2技術を適用しても,甲2には,前記有機系廃棄物の固形物上にトバモライト構造が層として形成されることの記載はないから,相違点2’に係る「前記重金属類が閉じ込められた 5CaO・6SiO 2 ・5H 2 O 結晶(トバモライト)構造」が「前記有機系廃棄物の固形物上に」「層」として「形成」されるとの構成には至らない
 この点につき,本件審決は,引用発明に甲2技術が適用されれば,「前記重金属類が閉じ込められた 5CaO・6SiO 2 ・5H 2 O 結晶(トバモライト)構造」が「前記有機系廃棄物の固形物上に」いくらかでも「層」として「形成」されて,重金属の溶出抑制を図ることができるものになる旨判断し,被告は,生成した造粒物の表面全体をトバモライト結晶層で覆うことになるのは当業者が十分に予測し得ると主張する。しかしながら,特開2002-320952号公報(甲8)にトバモライト生成によって汚染土壌の表面を被覆することの開示があるとしても(【0028】,図1。図1は別紙甲8図面目録のとおり。),かかる記載のみをもって,トバモライト構造が「前記有機系廃棄物の固形物上に」「層」として「形成」されることが周知技術であったとは認められず,被告の主張を裏付ける証拠はないから,引用発明1に甲2技術を適用して相違点2’に係る本願発明の構成に至るということはできない。
ウ  小括
 以上によれば,引用発明に甲2技術を適用することによって相違点2’に係る構成を想到するに至らないのであるから,本件審決の理由によって,本願発明は引用発明及び甲2技術に基づいて容易に発明できたものとはいえない。 」

【コメント】
 本件は,拒絶審決(進歩性なし)後の審決取消訴訟という査定系の事件です。
 特許は,発明の名称を「重金属類を含む廃棄物の処理装置およびそれを用いた重金属類を含む廃棄物の処理方法」 (特願2014-508992)です。

 まずはクレームからです。
【請求項2】 
  開閉自在の排出口を有するとともに閉鎖空間を有する密閉容器の内部に,固形状の有機系廃棄物および重金属類を含むスラリー状または固形の有機系廃棄物,および前記有機廃棄物の炭化処理中に少なくとも前記重金属類を 5CaO・6SiO 2 ・5H 2 O 結晶(トバモライト)構造中に封じ込めるための 5CaO・6SiO 2 ・5H 2 O 結晶(トバモライト)が形成されるのに十分な量の Ca 成分原料および SiO 2 成分原料を収容させる工程と,/前記固形状の有機系廃棄物を粉砕しながら,前記 Ca 成分原料および SiO 2 成分原料と撹拌混合する工程と,/密閉容器内に収容され,前記撹拌手段により粉砕,混合されつつある前記固形状の有機系廃棄物および Ca 成分原料およびSiO 2 成分原料に,高温高圧の水蒸気を噴射して処理し,前記重金属類が閉じ込められた 5CaO・6SiO 2 ・5H 2 O 結晶(トバモライト)構造の層を前記有機系廃棄物の固形物上に形成するための高温高圧の水蒸気を噴出する工程と,/処理後に密閉容器内の蒸気を冷却して,前記重金属類の水溶性化合物を含む処理された液体とするための工程と,/前記重金属類の水溶性化合物を含む処理された液体と前記重金属類が封じ込められたトバモライトを含む処理された廃棄物とを分離回収する工程と/を備えたことを特徴とする重金属類を含む廃棄物の処理方法。」 

化学系で,しかも長いためなかなか理解できませんが,「 本願発明の目的は,重金属類を含む廃棄物を高温高圧の蒸気を用いて簡便に処理して,前記重金属類を固定化して溶出を抑制した廃棄物と液体を含む混合物を排出して,両者を分離して回収できる,重金属類を含む廃棄物の処理方法を提供すること」が目的らしいです。
 
 主引例との一致点,相違点は以下のとおりです。
「  イ  一致点及び相違点
(一致点)
  開閉自在の排出口を有するとともに閉鎖空間を有する密閉容器の内部に,固形状の有機系廃棄物および重金属類を含むスラリー状または固形の有機系廃棄物を収容させる工程と,/前記固形状の有機系廃棄物を粉砕しながら,撹拌混合する工程と,/密閉容器内に収容され,前記撹拌手段により粉砕,混合されつつある前記固形状の有機系廃棄物に,高温高圧の水蒸気を噴射して処理する,高温高圧の水蒸気を噴出する工程と,/処理された液体と処理された廃棄物とを分離回収する工程と/を備えた,重金属類を含む廃棄物の処理方法。
(相違点1)
  本願発明では「有機系廃棄物」及び「前記有機系廃棄物の炭化処理中に少なくとも前記重金属類を 5CaO・6SiO 2 ・5H 2 O 結晶(トバモライト)構造中に封じ込めるための 5CaO・6SiO 2 ・5H 2 O 結晶(トバモライト)が形成されるのに十分な量の Ca 成分原料および SiO 2 成分原料」を処理するのに対して,引用発明では「(固形状の有機系廃棄物および重金属類を含むスラリー状または固形の)有機系廃棄物」を処理する点。
(相違点2)
  本願発明では「固形状の有機系廃棄物および Ca 成分原料および SiO 2 成分原料」から生成された「前記重金属類が閉じ込められた 5CaO・6SiO 2 ・5H 2 O 結晶(トバモライト)構造」が「前記有機系廃棄物の固形物上に」「層」として「形成」されるのに対して,引用発明では「(固形状の有機系廃棄物および重金属類を含むスラリー状または固形の)有機系廃棄物」が炭化される点。
(相違点3)
  本願発明では「高温高圧の水蒸気を噴射し」た「処理後に密閉容器内の蒸気を冷却して,前記重金属類の水溶性化合物を含む処理された液体とするための工程」を有するのに対して,引用発明は当該工程を有するのか不明である点。
(相違点4)
  本願発明では「前記重金属類の水溶性化合物を含む処理された液体」と「前記重金属類が封じ込められたトバモライトを含む処理された廃棄物」が生じるのに対して,引用発明では「処理した廃棄物と液体」が生じる点。

  そして,相違点2に関し,副引例の甲2には,「「重金属を含有する廃棄物」を対象に,密閉容器内で「水熱処理」を行うことにより「トバモライトなどの結晶性カルシウムシリケート(ケイ酸カルシウム)」が生成されるように「重金属溶出抑制をはかるに十分な量」のカルシウム化合物とシリカを添加することで,「重金属は,内部に閉じこめられ(固定化され),外部への溶出が抑制されるようになる」こと,「水熱処理」は「130  ~300℃の飽和蒸気の存在下において1~48時間行う」ものであり,これにより「結晶が成長し強度の高いトバモライトを生成」し「溶出抑制効果は期待できる」こと 」が載っていたようです。

 また,相違点2(相違点1も)に関し,「引用例1には,有機系廃棄物に重金属類を含むことを記載していない以上,この点は一致点となるものではない。
として,
(相違点1’)
本願発明では「固形状の有機系廃棄物および重金属類を含むスラリー状または固形の有機系廃棄物」及び「前記有機系廃棄物の炭化処理中に少なくとも前記重金属類を 5CaO・6SiO 2 ・5H 2 O 結晶(トバモライト)構造中に封じ込めるための 5CaO・6SiO 2 ・5H 2 O 結晶(トバモライト)が形成されるのに十分な量の Ca 成分原料および SiO 2 成分原料」を処理するのに対して,引用発明では「有機系廃棄物」を処理する点。
(相違点2’)
本願発明では「固形状の有機系廃棄物および重金属類を含むスラリー状または固形の有機系廃棄物および Ca 成分原料および SiO 2 成分原料」から生成された「前記重金属類が閉じ込められた 5CaO・6SiO 2 ・5H 2 O 結晶(トバモライト)構造」が「前記有機系廃棄物の固形物上に」「層」として「形成」されるのに対して,引用発明では「有機系廃棄物」が炭化される点。
」 と再度認定されました(当事者に争いなし)。

 で,甲2もよく似た発明だったようですが,上記判旨のとおり,主引例+副引例を組み合わせることはできるけども,いまだ埋まらない点(トバモライト構造の固形物上の層)が残ったわけです。
 
 こういう場合,特許庁がよく使う手が容易の容易という論理です。
 本件でも高部部長はわざわざ指摘しておりませんが,「周知技術であったとは認められず,被告の主張を裏付ける証拠はないから,」と大人の書き方で,特許庁を一蹴しております。
 
 副引例でも埋められない差をどう判断するか,そこはまさに判断者の胸先三寸の話ではありますが,ここ最近はそれを容易の容易で対処するということがはばかられるようになってきた,と言えるのではないかと思います。