2019年11月19日火曜日

審決取消訴訟 特許  平成31(行ケ)10015  知財高裁 無効審判 無効審決 請求棄却


事件番号
事件名
 審決取消請求事件
裁判年月日
 令和元年11月11日
裁判所名
 知的財産高等裁判所第3部        
裁判長裁判官       鶴 岡 稔 彦 
裁判官                山 門   優        
裁判官                高 橋   彩  

「ウ  事案に鑑み,ゼロクロス時間の下限値について判断する。
 訂正事項A-bは,ゼロクロス時間の上限値を2.50秒と特定するのみで下限値を特定していないところ,これは,ゼロクロス時間を0秒以上2.50秒の範囲と特定して特許請求の範囲に限定を付加する訂正であるということができる。そこで,ゼロクロス時間が0秒以上2.50秒以下であることについて,特許請求の範囲又は本件明細書に明示的に記載されているか,その記載から自明である事項であるといえるかを検討する。
  まず,本件訂正前の特許請求の範囲にはゼロクロス時間に関する記載はない。 
 次に,本件明細書には,上記イのとおり,酸化スズ形成処理がされ,ゼロクロス時間が0秒以上2.50秒以下の範囲に該当するものとして,ゼロクロス時間が2.40秒,2.35秒及び2.30秒のタブ端子(実施例1,2,4,5)が明示的に記載されているということができるが,ゼロクロス時間が0秒以上2.30秒未満であるタブ端子についての明示的な記載はない。
 そして,本件明細書の記載からは,ウィスカの成長抑制処理として熱処理を行った場合について,①熱処理温度を110℃,130℃,180℃,200℃と変化させると,ウィスカの長さは130℃で一旦長くなるが,200℃にかけて上昇させると短くなり,ゼロクロス時間は130℃で一旦短くなり,200℃にかけて上昇させると長くなること,②熱処理をしないウィスカの長さは0.23㎜であり,熱処理をした実施例1~3及び比較例1ではウィスカの長さはいずれも許容範囲であるが,200℃で熱処理した比較例1のゼロクロス時間は長すぎてハンダ濡れ性が不十分であることが理解できるものの,熱処理温度とゼロクロス時間との間に単調な相関関係があるとは認められず,実際に測定された各温度以外の熱処理温度においてどのようなゼロクロス時間をとるのかを予測することは困難である。
 また,ウィスカの成長抑制処理として溶剤処理を行った場合について,実施例4及び5に関する前記イ⑥の記載から,ゼロクロス時間が2.30秒未満となる具体的な溶剤処理を推測することはできない。
 このように,本件明細書の記載から,ゼロクロス時間を2.30秒未満とした上でウィスカの発生を抑制することが自明であるということはできないし,このことは,上記アの技術常識を勘案しても同様である。
 以上のとおりであるから,訂正事項A-bは,明細書等に明示的に記載されていないし,その記載から自明であるともいえないから,訂正事項A-bに係る訂正は,新たな技術的事項を導入しないものであるということはできず,「願書に添付した明細書,特許請求の範囲又は図面…に記載した事項の範囲内において」するものとはいえない。」
「  3  取消事由2(本件発明7に関する明確性要件違反の判断の誤り)
(1)  明確性要件について
 物の発明についての特許に係る特許請求の範囲にその物の製造方法が記載されている場合(いわゆるプロダクト・バイ・プロセス・クレームの場合)において,当該特許請求の範囲の記載が特許法36条6項2号にいう「発明が明確であること」という要件に適合するといえるのは,出願時において当該物をその構造又は特性により直接特定することが不可能であるか,又はおよそ実際的でないという事情が存在するときに限られる(最高裁平成24年(受)第1204号同27年6月5日第二小法廷判決・民集69巻4号700頁参照)。
(2)  本件発明7について
 本件発明7は,「前記溶剤処理が,リード線端部にアルミ芯線を溶接した直後に行われるものである,請求項6に記載のタブ端子。」として,請求項6の「前記の酸化スズ形成処理が,溶剤処理により行われる,請求項1または2に記載のタブ端子。」を引用するものであり,「酸化スズ形成処理が溶剤処理により行われる」との記載は製造方法であるから,特許請求の範囲にその物の製造方法が記載されている場合に当たる。 
 そうすると,本件発明7について明確性要件に適合するというためには,出願時において本件発明7の「タブ端子」を,その構造又は特性により直接特定することが不可能であるか,又はおよそ実際的でないという事情が存在することを要するところ,原告はかかる事情について,具体的な主張立証をしない。 」

【コメント】
 本件は,「電解コンデンサ用タブ端子」とする発明に係る特許権(特許第4452917号)に対し,被告である無効審判請求人が起こした無効審判において無効審決(訂正不可。進歩性なし等。)をくだされたことから,これに不服の原告が審決取消訴訟を提起したものです。
 まず,クレームからです。
【請求項1】  芯材表面にスズからなる金属層が形成されてなるリード線端部に,圧扁部を有するアルミ芯線が溶接されてなる電解コンデンサ用タブ端子であって,前記リード線と前記アルミ芯線との溶接部に,ウィスカの成長抑制処理が施されてなり,前記のウィスカ抑制処理が,酸化スズ形成処理である,電解コンデンサ用タブ端子。
・・・
【請求項6】  前記の酸化スズ形成処理が,溶剤処理により行われる,請求項1または2に記載のタブ端子。
【請求項7】  前記溶剤処理が,リード線端部にアルミ芯線を溶接した直後に行われるものである,請求項6に記載のタブ端子。
 
・・・ 」

 これを訂正でこうしました。
【請求項1】  芯材表面にスズからなる金属層が形成されてなるリード線端部に,圧扁部を有するアルミ芯線が溶接されてなる電解コンデンサ用タブ端子であって,前記リード線と前記アルミ芯線との溶接部に,ウィスカの成長抑制処理が施されてなり,前記のウィスカ抑制処理が,酸化スズ形成処理であり,
 前記の酸化スズ形成処理により,前記リード線と前記アルミ芯線との溶接部に少なくともSnOまたはSnO 2 が含まれてなり,JIS  C-0053はんだ付け試験方法(平衡法)に準拠して測定されたゼロクロス時間が2.50秒以下である,電解コンデンサ用タブ端子。 
・・・
【請求項6】(削除)
【請求項7】(削除) 
・・・

 この請求項1の訂正事項等が新規事項追加で認められなかったわけです。
 ということなので,まあ今どき珍しい判示(PBPクレームでNG等)になったわけです。なかなかにチャレンジングと言いましょうか,無鉄砲と言いましょうか,そんな感じです。

 最近の新規事項追加は一昔前(直接的かつ一義的基準)に比べれば随分緩やかにはなっていますが,それは限度があります。
 クレームにもない,明細書にもない,しかも数値限定・・・定性的じゃないのだからやはり無理!と言うしかないのでは?と思いますね。
 
 

2019年11月18日月曜日

 特許取消決定取消訴訟 特許 平成30(行ケ)10178 知財高裁 取消決定 請求棄却

事件名
 特許取消決定取消請求事件
裁判年月日
 令和元年10月24日
裁判所名
 知的財産高等裁判所第4部                        
裁判長裁判官          大      鷹      一      郎                                
裁判官          古      河      謙      一                                
裁判官          岡      山      忠      広  
 
「  (1)  甲1が本件出願前に電気通信回線を通じて公衆に利用可能となったと認定したことの誤りの有無について 
ア  甲1の記載事項について
          甲1(<http://  以下省略> 「 2017/09/01」)には,次のような記載がある(下記記載中に引用する画像1ないし画像6については別紙2を参照)。
(ア)  「FC2」  
  「ドラコレ旅日記 GREE のアプリ「ドラゴンコレクション」を楽しむ管理人の日記」
(1頁タイトル。画像1)
(イ)  「スポンサーサイト 
Cat:スポンサー広告 
「みんなでにゃんこ大戦争  新機能登場!」」
「上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。 新しい記事を書く事で広告が消せます。」
(1頁上段。画像2) 
        (ウ)  「11/25 更新情報 
2011.11.25 23:18  Cat:旅日記  
・・・
  イ  検討
 前記アの記載によれば,甲1は,2017年(平成29年)9月 1 日にインターネットで検索して表示された「ドラコレ旅日記  GREE のアプリ「ドラゴンコレクション」を楽しむ管理人の日記」と題する「FC2ブログ」のコピーであること,同ブログは,広告欄の「スポンサーサイト」,ブログ本文の「11/25 更新情報」,「最新コメント」,「関連記事」等の各項目で構成されていること,「11/25 更新情報」の項目の右横には「2011.11.25 23:18  Cat:旅日記」(画像3)との表示があること,同項目欄に掲載された記事(本件更新情報)には,「「友情のきずな」キャンペーンを開催中です。」,「期間:11/25(金)14:00~11/29(火)14:00」との記載があること(画像4)が認められる。
 上記記載から,本件更新情報は,「11/25 更新情報」の項目の右横に表示された「2011.11.25 23:18」(2011年11月25日23時18分)に更新され,保存されたことが認められる。
 したがって,本件更新情報は,本件出願前(出願日平成25年9月27日)の平成23年(2011年)11月25日,電気通信回線を通じて公衆に利用可能となったものと認められる。
・・・
  (3)  相違点1の容易想到性の判断の誤りの有無について
ア  甲4が本件出願前に電気通信回線を通じて公衆に利用可能となったと認定したことの誤りの有無について
(ア)  甲4の記載事項について
 甲4(<https://  以下省略> 「 2017/09/01」)には,次のような記載がある(下記記載中に引用する画像1ないし画像5については別紙3を参照)。
          a  「メイプルストーリー」(見出し)
 b  「おかえりなさい!友情復活キャンペーン
 ギルドを組んでいた友達,よくチャットをしていた友達,一緒に狩りをした友達
きみがもう一度会いたい友達に招待メールを送って,ゲームに戻ってきてもらおう!
今遊んでいるプレイヤーは招待メールを送るだけでプレゼント!しばらく遊んでいないプレイヤーはゲームにログインするとプレゼント!
※招待メールを受信していないプレイヤーも復帰プレゼントは受け取れます。」 
・・・
  (イ)  検討
 甲4は,インターネットアーカイブのウェイバックマシンによって保存されていたウェブページを「2017/09/01」(平成29年9月1日)に検索して作成したコピーである。
 しかるところ,乙3(国立国会図書館のホームページの世界のウェブアーカイブ(おすすめコンテンツ)の「インターネットアーカイブ "ウェイバックマシン"」)には,「Wayback Machine」(ウェイバックマシン)は,インターネットアーカイブが保存するウェブサイトを閲覧できるサービスであり,ウェイバックマシンを利用すれば,ウェブページが保存された時点での状態を閲覧できること,世界中のウェブ情報を代表とするさまざまなデジタル情報をアーカイブしている非営利法人であるインターネットアーカイブは,デジタル形式で保存された歴史資料を,研究者や歴史学者ひいては全世界の人々が将来にわたって利用できるようにインターネット上に図書館を作るためにデジタル情報を収集,保存し,保存しているデータ量(2019年2月現在)は40ペタバイト(約4万テラバイト)以上になること,ウェイバックマシンにおける検索の例として,「試しに2012年4月14日の国立国会図書館ホームページを見てみましょう。カレンダーから該当する日を選択すると,URL が https://web.archive.org/web/20120414205607/http://www.ndl.go.jp/となるページが表示されます。この URL は 2012 年 4 月 14 日 20 時 56 分07 秒に収集した http://www.ndl.go.jp/のページということを表しています。」との記載があることが認められる。上記記載によれば,ウェイバックマシンでコンテンツを検索した場合に表示される URL「https://web.archive.org/web/20120414205607/…/」のうち,「…」の部分は収集した当該コンテンツの URL を示し,数字部分(上記検索の例では「20120414205607」)は,当該コンテンツが収集された日時(保存日時)を示すことが認められる。
 加えて,①乙4(「Internet Archive Metadata」)には,インターネットアーカイブのメタデータに関し,「スキャンデイト」の項目に「・使用上の注意:  物理アイテムがスキャン/デジタル化されるとき,scandate はデジタル化が行われた日時を表します。…」,「・定義:メディアがキャプチャされた日時(UTC)。」との記載があること,②「UTC」とは,「Coordinated Universal Time」(「協定世界時」)の略語であり,「世界各地の標準時は協定世界時を基準とし」,「日本標準時(JST)」は協定世界時よりも9時間早く,「+0900(JST)」と表記する。」こと(ウィキペディア),③「協定世界時」とは,セシウム原子時計の示す原子時に基づき,世界時との差が大きくならないように調整した時法。」を意味すること(広辞苑第七版)に照らすと,甲4のURL(https:  以下省略)の記載から,ウェイバックマシンが,「20130427103728」である2013年(平成25年)4月27日10時37分28秒(協定世界時)(日本標準時同日19時37分28秒)に「http:/ 以下省略」のウェブページを収集し,保存したことが認められる。
 したがって,甲4は,本件出願前(出願日平成25年9月27日)の平成25年(2013年)4月27日,電気通信回線を通じて公衆に利用可能となったものと認められる。
・・・ 」 

【コメント】
 本件は,特許権者である原告(グリー)の,発明の名称を「ゲームプログラム,ゲーム処理方法および情報処理装置」とする特許第6100339号に対する異議申し立て(進歩性なし)について,取り消しが認められたため,これに不服の原告が取消決定取消訴訟を提起したものです。
 
 まずは,クレームです。
【請求項1】
 ネットワークを介してプレイするゲームのゲームプログラムであって, コンピュータに,
所定の条件に基づいて,メッセージを送信する少なくとも一の他のユーザを抽出する抽出機能と,
 一のユーザによる他のユーザにメッセージを送信するか否かの選択を受け付ける選択受付機能と,
 前記選択受付機能が他のユーザにメッセージを送信するとの選択を受け付けた場合に,前記抽出された少なくとも一の他のユーザにメッセージを送信するメッセージ送信機能と,
 前記メッセージ送信機能により送信されたメッセージを受信した前記他のユーザが前記ゲームに参加した場合に,前記一のユーザに報酬を付与する報酬付与機能と,
を実現させ,
 前記他のユーザは,前記ゲームをプレイしたことがあり,かつ,所定の期間以上前記ゲームをプレイしていない休眠ユーザを少なくとも含むゲームプログラム。
 
 ま,字面だけ追ってもそんなに難しくないゲームのクレームです。
 判旨にも書いているのですが,ソシャゲでプレイヤー同士の交流を増すと何らかの報酬がもらえるということはあったみたいです。ですが,もうプレイするのに飽きて,やらなくなる場合も多く,そういうときに休眠プレイヤーを復活させるためのメッセージを出せる機能の発明であり,実際に復活した場合に,報酬がもらえるというようなものらしいです。

 で,甲1は,この特許権者であるグリーの,恐らくこの特許のゲームのプレイヤーのブログであり,それが主引例なのですね。
 さらに,甲4は,別のネクソンというゲーム会社のメープルストーリーというゲームのこれはお知らせのページのようです。 
 
 で,一致点・相違点等は以下のとおりです。
ア  引用発明1
ドラコレをお休み中の仲間に復帰を呼びかけると1人につき100友情ptプレゼントされ,
さらに仲間が復帰したら2000友情ptプレゼントされ, 復帰した仲間には自分用回復薬1個と2000友情ptがプレゼントされる,「友情のきずな」キャンペーンであって,
呼びかけ方法は,
1.仲間リストにある「呼びかける」ボタンを押す
2.メッセージが表示されるので「送信」ボタンを押す
もので,呼びかけるボタンがない場合は「すでに呼びかけた」「他の冒険者3人が呼びかけた」「お休み中ではない」に該当するものである「友情のきずな」キャンペーンが開催される,ネットワークを介してプレイするゲームのゲームプログラム「ドラゴンコレクション」。
      イ  引用発明4
          2013年2月19日(火)以降ログインしているプレイヤー全員を招待メールを送ることができる対象プレイヤーとし,2011年9月22日(木)~2012年12月19日(水)までにログインの実績があり,2012年12月20日(木)以降ログインしていないプレイヤー全員を復帰対象プレイヤーとし,対象プレイヤーが復帰対象プレイヤーに招待メールを送ると,対象プレイヤーはプレゼントがもらえ,復帰対象プレイヤーに招待メールが届き,復帰対象プレイヤーはゲームにログインするとプレゼントがもらえる,おかえりなさい!友情復活キャンペーンを有する,ゲーム「メイプルストーリー」。 

ウ  本件訂正特許発明1と引用発明1の一致点及び相違点
(一致点)
「ネットワークを介してプレイするゲームのゲームプログラムであって, コンピュータに,
所定の条件に基づいて,メッセージを送信する少なくとも一の他のユーザを抽出する抽出機能と,
前記一のユーザによる他のユーザにメッセージを送信するか否かの選択を受け付ける選択受付機能と,
前記選択受付機能が他のユーザにメッセージを送信するとの選択を受け付けた場合に,前記抽出された少なくとも一の他のユーザにメッセージを送信するメッセージ送信機能と,
前記メッセージ送信機能により送信されたメッセージを受信した前記他のユーザが前記ゲームに参加した場合に,前記一のユーザに報酬を付与する報酬付与機能と,
を実現させ,
前記他のユーザは,前記ゲームをプレイしたことがある休眠ユーザを少なくとも含むゲームプログラム。」である点。
(相違点1)
本件訂正特許発明1では,他のユーザは,「所定の期間以上前記ゲームをプレイしていない」休眠ユーザであるのに対し,引用発明1は,その点が明らかでない点。
 
 ま,上記のとおり,甲1と甲4を組みあわせると,構成要件はすべて揃い,両者ともソシャゲのようですから,組み合わせの動機づけもバッチグー!なものです。 
 ですので,戦い方は,もう甲1と甲4に引例適格性がない,くらいしか残っていないわけです。
 
 ですが,判旨のとおり,適格性もバッチグーと判示されております。
 
 さて,今回特筆すべきは,甲4の引用先をウエイバックマシーンにしたということです。
 ウエイバックマシーンは,この辺の仕事をやっていると結構知られているサイトです。 

 要するに,巨大なキャッシュ保存サイトです。ネットの世界では,元気にずーっと見続けられるというのが例外で,むしろ一定の期間をすぎるとあああのよく見ていたサイトもあの世行きになるのが通例です。
 ですが,ウエイバックマシーンなら,サイトのURLさえ分かれば,5年前でも10年前でもあの世行きになったサイトを保存してあるので,見ることができるのです。 

 ま,そんなのこのブログを見ているマニアの皆さんなら先刻ご承知とは思いますが,一応URLを書いておきますね。
 
 私もこの仕事をやるようになって結構経ちますが,判旨でウエイバックマシーンに触れたのはそんなに記憶がありません。初めてくらいではないでしょうか。
 ま,判決というか裁判は世の中からいつも遅れ気味ですので,こんなものかもしれませんね。
 
 あと,この特許は成立すると結構な威力になったと思いますが(ソフトウエアにもかかわらず,ソースコードの解析をせずに侵害立証できそうなので。),異議申し立ての威力をまざまざと見せつけられていますね。

2019年11月14日木曜日

審決取消訴訟 特許  平成31(行ケ)10023  知財高裁 無効審判 不成立審決 請求棄却


事件番号
事件名
 審決取消請求事件
裁判年月日
 令和元年10月31日
裁判所名
 知的財産高等裁判所第2部                      
裁判長裁判官          森              義      之                                  
裁判官                  眞      鍋      美  穂  子                           
裁判官                   佐      野              信 
 
・無効理由1について(甲3(米国特許第7104361号明細書)に記載された発明及び周知技術(甲5~8)に基づく進歩性欠如
 「本件訂正発明1は,前記1(2)のとおり,①作業者が天板の突出方向と反対側で作業を行う場合には,天板の端を目視で確認しながら作業を行わなければならず,作業の効率が低下してしまうという問題や②天板の突出方向の反対側にも同様の手摺を取り付けたとしても,作業者が可搬式作業台を昇降する際に手摺を乗り越えたり,手摺をくぐったりしなければならないことから,天板と主脚との間の移動を自由に行うことができず,かえって作業の効率が低下してしまう問題を解決し,作業空間を包囲することにより作業の効率化を図るとともに,天板と主脚との間の移動を容易に行うことができる脚立式作業台を提供することを目的とするものであって,特許請求の範囲請求項1の構成をとることによって,「作業の効率化を図ると共に,天板と主脚との間の移動を容易に行うことができる」という作用効果を奏するものである。本件訂正発明1の相違点1に係る構成も,上記のような課題を解決し,作用効果を奏させるための構成であるということができる。
  これに対して,甲3発明は,容易に運搬できないかさばった構造のプラットフォームラダーにおいて,高い安全性を損なわないようにしつつ,容易に運搬できるようにすることを課題として,その解決のために,前記(1)イのような構成をとったものである。
  そして,本件訂正発明1の相違点1に係る構成である,一対の前方バーについて,「作業者が接触することで前記作業床用天板の端部付近で作業をしていることを認識させる」ものであること,第1の状態において,「互いの先端部が隙間を介して対向して略直列に位置するように前記軸着部によって支持され」ること,「前記軸着部に配置されるそれぞれ一つの軸支ピンのみを中心に回動可能であって,前記第1の状態となる位置と,前記第2の状態となる位置との間を平面上に沿ってのみ移動可能」であることについては,甲3には,それらの構成を示唆する記載はなく,甲3発明の上記技術的意義に照らしても,それらの構成が想起されるということはできない。また,原告が周知技術と主張する甲5~8,11及び12を併せて考慮しても,甲5~8,11及び12には,周知技術としては,作業台の「軸支ピンを中心に回動可能な手すり部材」が開示されているにすぎず,当業者が甲3発明及び周知技術に基づいて本件訂正発明1を容易に発明することができたとは認められない。  」

・無効理由2(甲3発明及び甲4(米国特許第5080192号明細書)に記載された発明並びに周知技術(甲5~8)に基づく進歩性欠如
「   (イ)  甲4に開示されている事項について
  上記(ア)によると,甲4には,次の甲4発明が開示されていると認められる。 「ラダーへのアクセスをブロックするゲート部材を有するラダーにおいて,  側部辺22及び24の各々に略平行に設けられた傾斜状の支柱にステップ30,32を有して梯子状に形成され,作業者の昇降側となるはしご部材と,
  前記はしご部材の上端に配置されるステップ34と,
  側部辺22及び24と,側部辺22及び24を互いに連結する部材とを有し,上記ステップ34の上方を包囲するコ字状の枠部材と,
  前記はしご部材にアクセスする側のステップ30より手前に位置する,ラダーへのアクセスをブロックする一対のゲート42及び44と,を備え,
  前記はしご部材にアクセスする側から見たときに,側部辺22に連なる一方のフレーム26側を右とし,側部辺24に連なる他方のフレーム28側を左とすると,
  前記ゲート42及び44は,
  各フレーム26及び28の一対のクランプ48及び50により受取られるロッド46に搭載されており,それぞれ略左右対称に,各ロッド46をクランプ48及び50を介して枢動させることができるものであって,
  互いの先端部が隙間を介して対向して,ラダー20の横向き方向に概ね平行して延びる状態に向けてスプリング付勢されている状態と,
  クランプ48及び50を介して枢動させて開くことで,互いの先端部が離れるように且つ隙間が広がるように開かれ,ステップ30,32及び34へのアクセスを可能とする状態と,に変形可能であり,かつ,
  前記ゲート42及び44は,
  ゲート42及び44が,各クランプ48及び50で形成される1つの枢軸のみを中心に回動可能であって,ラダー20の横向き方向に概ね平行して延びる状態に向けてスプリング付勢されている状態と,ステップ30,32及び34へのアクセスを可能とする状態との間を平面上に沿ってのみ移動可能であるラダー。」 
  (ウ)  甲3発明の「前方バー107」及び甲4発明の「ゲート42,44」は,共に,それぞれ略左右対称に回動可能であって,互いの先端部が対向して略直列に位置するように支持される状態と,作業者が作業空間へ移動可能な状態と,に変形可能な部材である点で共通する。
  しかし,甲3発明の「前方バー107」は,プラットフォーム50に登った作業者の安全性を確保するためのレールの一部となるものであるのに対して,甲4発明の「ゲート42,44」は,ラダーが不正に使用されないようにアクセスをブロックするためのものであるから,甲3発明の「前方バー107」の構成に代えて,甲4発明の「ゲート42,44」の構成を適用する動機付けはない。そして,甲3発明と甲4発明に原告が周知技術と主張する甲5~8,11及び12を併せて考慮しても,当業者が甲3発明と甲4発明に基づいて本件訂正発明1を容易に発明することができたとは認められない。
    (4)  したがって,本件審決の本件訂正発明1についての無効理由1の判断及び無効理由2の甲3発明を主引用例とする判断は,結論において誤りがないから,本件訂正発明1についての原告の請求は理由がない。 」
 
【コメント】
 本件は,「脚立式作業台」とする本件特許(特許第6254847号)を巡る,無効審判の審決取消訴訟の事例です。
 無効審判では,進歩性ありということで,不成立審決となったことから,これに不服の請求人(原告)が訴訟を提起したわけです。
 
 クレームからです。
「 【請求項1】
  [A]上側が回動部を介して回動自在に軸着され,下側に向かって外側に傾斜し,
それぞれ一対の支柱が梯子状に形成され,作業者の昇降側となる第1主脚および作業者の昇降側としない第2主脚と,
  [B]前記第1主脚および前記第2主脚の間に亘って配置される作業床用天板と,
  [C]前記作業床用天板の上方に形成される作業空間のうち前記第1主脚側のみを開放した状態で,前記作業床用天板の上方に配置される略コ字状の枠部材と,
  [D]前記作業空間のうち前記第1主脚側に位置して,前記作業空間を前記枠部材と共に包囲し,作業者が接触することで前記作業床用天板の端部付近で作業をしていることを認識させる一対のバーと,を備え,
  [D1]前記第1主脚側から見たときに一方の支柱側を右とし,他方の支柱側を左とすると,
  前記一対のバーは,
  それぞれ略左右対称に軸着部を介して回動可能であって,
  前記第1主脚側において互いの先端部が隙間を介して対向して略直列に位置するように前記軸着部によって支持され,前記作業床用天板の昇降側の端部の上方位置に配置される第1の状態と,
  前記軸着部を介して回動して開くことで,前記互いの先端部が離れるように且つ前記隙間が広がるように開かれ,左右方向から見て互いに重なり合うように略並列に位置して,作業者が前記第1主脚と前記作業空間との間を移動可能な第2の状態と,に変形可能であり,かつ,
  [D2]前記一対のバーは,
  前記軸着部に配置されるそれぞれ一つの軸支ピンのみを中心に回動可能であって,前記第1の状態となる位置と,前記第2の状態となる位置との間を平面上に沿ってのみ移動可能であることを
  [E]特徴とする脚立式作業台。 」
 
 普通のはしごではなく,プラットフォームラダーと呼ばれるものです。画像検索してみるとわかるのですが,作業用の天板部が広く,そこに立てることで長時間の作業を可能とするようなものです(一見すると見晴らし台のよう)。
 
 そして,発明のポイントは以下の図のように,バーです。
倒れて,ちょっととうせんぼするような形になります。ただし,その状態のときでも,バーの間に隙間ができることが重要です。じゃないと移動が容易にできないからです。
 
 さて,主引例となる甲3発明との一致点・相違点ですが,審決の認定に多少誤りがあったようで,裁判所で改めて認定しています。
「 <一致点>
「上側が回動部を介して回動自在に軸着され,下側に向かって外側に傾斜し,それぞれ一対の支柱が梯子状に形成され,作業者の昇降側となる第1主脚および作業者の昇降側としない第2主脚と,
  前記第1主脚および前記第2主脚の間に亘って配置される作業床用天板と, 
  前記作業床用天板の上方に形成される作業空間のうち前記第1主脚側のみを開放した状態で,前記作業床用天板の上方に配置される略コ字状の枠部材と, 
  前記作業空間のうち前記第1主脚側に位置して,前記作業空間を前記枠部材と共に包囲する一対のバーと,を備え, 
  前記第1主脚側から見たときに一方の支柱側を右とし,他方の支柱側を左とすると,
  前記一対のバーが,
  前記第1主脚側において互いの先端部が対向してその一部が略直列に位置するように支持され,前記作業床用天板の昇降側の端部の上方位置に配置される第1の状態と,
 それぞれ略左右対称に軸着部を介して回動して開くことで,前記互いの先端部が離れるように開かれ,左右方向から見て互いに重なり合うように略並列に位置して,空間が存在する第2の状態と,に変形可能である
  脚立式作業台。」

<相違点1>
  作業空間のうち第1主脚側に位置して,作業空間を枠部材と共に包囲する一対のバーについて,
  本件訂正発明1では, 
「作業者が接触することで前記作業床用天板の端部付近で作業をしていることを認識させる」ものであり(技術的構成[D]),
  第1の状態において「互いの先端部が隙間を介して対向して略直列に位置するように前記軸着部によって支持され,」(技術的構成[D1])
「前記軸着部に配置されるそれぞれ一つの軸支ピンのみを中心に回動可能であって,第1の状態になる位置と,第2の状態となる位置との間を平面上に沿ってのみ移動可能である」(技術的構成[D2]) のに対して, 
  甲3発明では, 
「作業者が接触することで前記作業床用天板の端部付近で作業をしていることを認識させる」ものであるとの特定がされておらず(技術的構成[D’]),
  第1の状態において,「前方バー107の内部におけるスピゴット109の相互作用により直列状態となるように拘束されるまでスピゴット109を挿入して,係合させることで,直列状態にラッチ止めされ」(技術的構成[D1’]),
「前記軸着部に配置されるそれぞれ一つの軸着ピンのみを中心に回動可能であって,前記第1の状態となる位置と,前記第2の状態となる位置との間を平面上に沿ってのみ移動可能」(技術的構成[D2’])であるか明らかでない点  」

 
 甲3発明は上図のようなものです。バーがあり,倒すことはできるのですが,その際,隙間なくピッタリとラッチ止めされます。 
 あと,このバーを倒す目的も,本願とは違うようです。
 
 さらに,甲4ですが,以下の図のような発明です。
  これにもバーがありますが,上記判旨のとおりの認定がされています。
 
 ですので,まとめると,本件においては,似ている引例はあったのだけれど,目的(とすれば課題も)が全く違ったので,容易想到じゃないし,動機づけ不可だし, ということになったのだと思います。